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#2027月15日(日)10:25~放送
アメリカ/カリフォルニア

 今回の配達先はアメリカ・カリフォルニア州サンディエゴ。47歳にして現役の女子のプロアメリカンフットボール選手として奮闘する鈴木弘子さんと、東京で1人暮らしをする母・惇子さん(74)をつなぐ。母は「娘は年齢がいっているので若い人とは違う。ケガだけが心配。ハードなスポーツをやっているところをあまり見たくないのが本音です」と案じる。
 現在アメリカには96の女子アメフトチームがあり、3つのプロリーグに分かれて戦っている。弘子さんはその最大リーグWFAの強豪「サンディエゴ・サージ」に所属。47歳は現役プレーヤーの中でも最年長だという。平均年齢27歳のチームの主力選手である弘子さんのポジションは攻撃の要となる「センター」。常に先頭に立ち、数百種類もある作戦を把握して、スナップと呼ばれるパスを正確に出さなければならない。しかもその後すぐに最前線で、体重が倍近い相手のタックルをブロックするというハードなポジションだ。その肉体は、現役メジャーリーガーも頼りにする有名なカイロプラクティックのスポーツドクターが「オリンピック水泳選手の筋肉に似ている。実年齢とはまったく違う。30歳前後の体ですね」と太鼓判を押すほどだ。
 弘子さんは現在、チームの本拠地サンディエゴから、車で3時間もかかるロサンゼルスに住んでいる。その理由を弘子さんは「プロとはいえ収入は月に数十~数百ドルにしかならない。シーズン以外は働かなければならないんです」と明かす。ビジネスチャンスの多いロスで、仕事を掛け持ちしながら生計を立て、アメフトを続けているのだ。
 短大を卒業後、スポーツクラブのインストラクターとして働いていた弘子さん。30歳の時に友人の勧めでアメフトと出会うまでは、観戦すらしたことがなかったという。そんなアメフトを趣味として始めたが、気がつけば国内で敵無しに。そして35歳のとき、世界の舞台を肌で感じようと半年の予定で渡米した。「日本では選手として物足りなかったし、アメリカでも負ける気がしなかった。でも6ヵ月ぐらいしたら帰国して、また普通の生活に戻るんだと私も母も思ってました」。だが弘子さんは瞬く間に頭角を現わし、1年目で日本人として初めて女子アメフトのオールスター戦に出場した。それから13年。実は弘子さんはまだ一度も優勝の喜びを味わったことがなく、「とにかく勝ちたい。目標は優勝です!」と悲願を語る。そんな弘子さんのアメリカでの様子を初めて見た母は「自分のやるべき事に邁進して頑張っているのに感動しました」と胸を熱くする。
 母のそばにいてあげられないことを申し訳なく思いながらも、全米チャンピオンを目指してアメフトにすべてを賭ける弘子さん。そんな弘子さんに母から届けられたのはゴールドのネックレス。見覚えのないものだったが、弘子さんが渡米する直前、母娘で行ったフランス旅行で、母が弘子さんとの思い出にと買って大切にしていたものだという。母の深い想いを知って涙する弘子さん。添えられた手紙には「これは私がお守りとして使ってきました。あなたのケガだけが心配です。今度はあなたがこれをお守りと使ってくれれば嬉しいです」と綴られていた。弘子さんは「みんなから"ケガもせず、いつまでもアメフトができる体に生んでもらったことを親に感謝しなさい"と言われます。十分感謝はしているのですが、なかなか言葉では伝えられなくて…。もうあと何年かなので目をつぶっていてください」と母へ想いを伝えるのだった。