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2007年05月23日

忘れられない取材

大泉 純子大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者

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「反日」の源は何か~~私の悲劇は再び~~
2005年4月16日……『上海』での大規模なデモが起きて以降、
『上海』に住んでいた日本人駐在員の思いは、大きく分けて2つあり
ました。

ひとつは、『中国が好きで、中国語を勉強し、中国を理解しようと努め
てきたけれど、何だか裏切られたようで気持ちのやり場がない』とい
うもの。もうひとつは、『中国なんて所詮わけのわからない国だと思っ
ていたけれど、やはりそうだった。もう中国は信じられない』という
もの。
私自身は、前者のほう……とはいえ、落ち込んでばかりもいられない
ので、原因を追究することにしました。
「中国人が日本を憎むのはなぜ?」「いつかちゃんと読まなくては」と
買ったままになっていた中国の近現代史や日中関係に関する本を読み
まくりました。改めて思ったのは、中国では小学校からちゃんと教え
られている「日本の侵略戦争の歴史」を、「私たちは習っていないよな
ぁ……」ということ。中学校の歴史の授業では、例えば、鎌倉幕府が
できた年は1192年だと覚えているのに「盧溝橋事件は何年の出来
事か、即答できますか?」。私自身でいえば、学校で習った歴史は、大
正デモクラシーあたりで終わっていて、先生は、「あとは教科書読んで
おくように」と言っていたような気がします。
とはいえ、今日はここで日本の歴史教育についてとやかく言いたいわ
けではありません。「反日のルーツ」を探るうち、行き当たったのは「中
国共産党」とはという問題でした。本物の中国の専門家からすれば、
たいそう的外れな発想かもしれませんが、とにかくそのときは、毛沢
東のルーツを探ってみたいという気持ちがどんどん大きくなってきま
した。
いろいろと調べていくうちに、6月の末、『湖南省・韶山』というとこ
ろで、『地元の共産党結成60周年』の記念イベントが行われることが
わかりました。『韶山』は、毛沢東の生まれ故郷です。取材を申し入れ
ると、難なくOKの返事。さっそく、現地へ飛びました。そして、私
の特派員生活で“最大の悲劇”に見舞われることになります。


もてなされて、つい失敗
『上海』から『湖南省・長沙』までは、飛行機で2時間弱。空港から
『韶山』までは車で1時間ほど。高速道路が整備されていて、楽勝で
現地に到着したのが午後2時ごろでした。
その日の予定は、夕方の歓迎夕食会と翌日から2日間にわたって行わ
れるイベントについての説明記者会見だけ。
その日はお昼を食べるタイミングを逸していたため、到着して「少し
お腹が減ったなぁ、カップラーメンでも食べようかな」……と思った
ものの、「ちょっと我慢すればそこそこ豪華な食事が提供される」と思
い、お茶を飲んで待つことにしました。
歓迎夕食会は、午後6時に始まりました。『中国共産党韶山市委員会』
の書記(=地元の最高幹部)をはじめ、地元の有力者がずらり。中国
メディアの記者が大勢出席する中で、外国のメディアは意外にも私た
ちだけ!スタッフと一緒に後ろのほうの席に座っていたら、一番前の
ViPテーブルに私の席が名札付で用意されていました。あらら。私
は、地元幹部に挟まれて上席につきました。
宴会が始まり、主催者の挨拶のあと、来賓の紹介。「こちらは、『読売
テレビ上海支局』の小泉女史です」。「あーもう、また間違えられた」。
後ろの席で、アシスタントとカメラマンが笑いをこらえていました。
大泉と小泉……何度間違えられたことか。お陰さまで、「小泉じゃなく
て、大泉です。私は日本の首相より大きいんだからね」というネタも
でき、多くの取材先で名前をすぐ覚えてもらえることができました。
小泉前首相に感謝しています。
話はそれますが、『純子』という名前で、「中国の人が一番よく連想す
る日本の有名人は誰でしょう?」……答えは、ドラマ『サインはV』
のヒロイン、小鹿純子です。
私の世代よりすこし上の人でないと、ピンと来ないかもしれませんし、
私もこのドラマをよく知りません。しかし、どうやら『中国』で一世
を風靡したもののようで、名前を一回で聞き取ってもらえないときに
「小鹿純子の純子」というと、「ああ」と理解されることがよくありま
した。
さて、宴会です。お昼ごはんを食べ損ねていた私はもうお腹ぺこぺこ
でした。テーブルの上に次々と運ばれてくる料理。「湖南料理」は中国
で一番“辛い料理”として有名です。辛さには全く抵抗のない私……
「どれから食べよう~」と浮かれていた矢先、中国名物「乾杯」攻撃
がやってきました。それもビールなんて生易しいものではありません。
「白酒=パイチウ」です。アルコール度数50度以上。ひとたび口に
含めば焼け付くような感覚と独特の匂い。「一気に喉の奥へ流し込む」
のがルール。両隣の人と一杯、同じテーブルの人たちと一杯。
会場でただ一人、外国メディアの記者である私は“貴賓”なので、別
のテーブルからも次々と「乾杯」を求める人たちがやってきます。
何杯飲んだかなんて、全く覚えていません。
中国の宴会には、日本でいう「中締め」の習慣がないので、お腹がい
っぱいになった人から、三々五々帰っていきます。次から次へと杯を
開けるうちに、私は3人の地元紙の記者と意気投合し、4人で「いろ
いろな話」をしました。「いろいろな」とは何かというと、何を話した
のかは全く覚えていないということです。4人で700ml入りほどの
「52度の白酒」の瓶をさらに3本開け、そのうちの2人はいつの間
にか席を立ち、気がつくと、ほかの参加者も皆おらず、私と地元新聞
のカメラマンとの2人だけになっていました。ホテルのレストランの
人から「もう閉めますよ」と言われ、その場を離れ、ホテルの中庭に
座ってまたいろいろと話を続けていました。アシスタントから、翌日
の取材の出発時間を確認する電話がありました。
そこで、私の記憶はプッツリと途絶えます。


お酒に強いはずだったのに
気がつくと、見慣れたようで見慣れない部屋。自分の部屋ではない・・・
アシスタントの顔が見えました。隣のベッドの上に、私の洋服がたた
んでおいてありました。点滴、鼻に酸素チューブ、心電図のコード。
ここまで確認して、私は事態を察知しました。
「あぁ、やってしもた……」。時刻は、午前2時頃でした。
付き添ってくれていたアシスタントをホテルへ帰し、その後は看護婦
さんが付き添ってくれました。不思議なことに、頭痛や気分が悪いと
いった症状は全くなく、何となく脱力感がするくらいでした。
看護婦さんによると、「心拍数が異常に低下していた」のだそうです。
「52度の白酒は、場合によっては2本で致死量だ」と聞いていまし
た。私と地元紙のカメラマンは、二人してホテルの中庭に倒れていた
そうです。ホテルの従業員が気づき、救急車で運ばれたのでした。
午後9時頃だったそうです。
朝になり、アシスタントから、「とりあえず私たちだけで取材に行きま
す」との電話。電話の液晶はきれいに割れていて、メモリーは使えな
いし、メールもできません。「何をしているのか私は……」と自己嫌悪
に陥っていると、すごい勢いで男の人が病室に入ってきました。
昨夜最後まで一緒にいたカメラマンでした。彼も一緒に倒れて、隣の
部屋に一晩入院していたのでした。私ほど症状が重くなかったようで、
「ほな、取材言ってくるわ!」といって元気よく出かけていきました。
看護婦さんが点滴を交換しに来ました。
猛烈に空腹感を感じたので、10元渡して、「何か食べるものを買って
きて」とお願いしました。しばらくして、彼女が戻ってきました……
片手に缶詰のお粥、もう一方の手にお釣り。そして、口にアイスキャ
ンデーを咥えていました。元気なら、「何という勤務態度!」と怒るか
もしれないところ、このときは笑いがこみ上げてきました。
点滴がなかなか落ちず、結局お昼過ぎに退院することができました。
会計に行って治療費を払い、「急性アルコール中毒」という診断書をも
らいました。「ああ、情けなや……」。
ホテルに戻ってしばらくすると、その日の取材を終えたアシスタント
とカメラマンが戻ってきました。「必要なものは撮れたと思う」という
ので、その日はホテルで休むことにしました。


人間万事、塞翁が馬
翌日、『毛沢東の生家』や『毛沢東の大きな銅像』にお参りする人たち、
『毛沢東別荘』で当時の様子がそのままに残る『滴水堂』などを取材。
「何とか一本リポートが成立する材料」はそろえることができました。
その日の夜……まだあまり食欲はなく、「スープとご飯ちょっとでいい
わ……」と思っていた私に、同席した地元共産党の幹部は、いきなり
私にビールを勧めたのでした。
彼は、私が病院に運ばれたいきさつを全て知っているはずです。
さすがに「きょうはお酒はやめておきます」と申し出たところ、「こん
なん、お酒ではない、大丈夫ですよ」、「大丈夫じゃないってば……」。
でも、コップに半分くらい飲んでしまいました。
「あーあ、何しに行ったのやら……」。
「中華人民共和国のルーツを探る取材だったはずなのに……」。
一緒に倒れた中国人のカメラマンとはその後も親交が続き、私が日本
に帰ることになったとき、「中国語を忘れないように」と大きな「辞書」
をくれました。
「人間万事、塞翁失馬=人生の吉凶・禍福は予測がつかない」……。
悪いことがあれば、いいこともあるのです。

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