団塊の世代の大量退職に思う
岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)
海外に移住する人も、再び学ぶ人も
「2007年問題」の一つ「団塊の世代の大量退職」が始まりました。
「団塊の世代」とは、作家の堺屋太一さんの造語で、「鉱物学」の「一
塊の単位」を「世代を表す言葉」として用いたことに始まります。
なにしろ『第2次世界大戦直後』の「1947年から49年に生まれ
た世代」は、毎年が約270万人で、全体では約800万人に及ぶと
いわれています。
私も49年生まれの「団塊の世代」の1人です。
これまでは、「その時がきたら考える」とのんびりしていたのですが、
先輩が次々と退職するに至って、「今後のこと」も考えざるを得なくな
ってきました。
私の周りの「退職組」は様々な進路を取っています。経験・ノウハウ・
技能を買われて、特別顧問・定年延長として会社に残る人や、同業他
社に再就職する人もいます。
また、『マレーシア』や『オーストラリア』など「海外に移住する人」
もいます。海外は生活費が安いので、「年金で十分だから」といいます。
『北海道』や『沖縄』など「国内に移住・定住」という声も聞きます。
そして意外に多いのは、「再び学ぶ」という人です。それも「資格を取
って再就職する」というのではなく、「若い頃から学びたかったことに
挑戦する」という本格派です。
「団塊の世代」は、「学齢期」の頃から膨大な数がいたので、教室は
「50人学級」のすし詰め状態で、教室不足を招いていました。また、
高校卒業時の大学進学率はまだ低く、「高度経済成長後期」とあって、
地方の若者は「就職優先」で都会に出て行った時代でした。だから、
“学ぶ”という夢を持ち続けてきた人が多いのです。
そして「2007年問題」には「定年離婚」という話がありましたが、
私の周りでは幸いなことに耳にしません。男どもは酒を飲むと、「今か
ら独りじゃ暮らせないよな」という呟きが出るのが現実ですが。
「大量退職時代」は、これからがますます激しくなります。
北海道の湘南・伊達市の場合
地方自治体には「団塊の世代を呼び込もう」という動きがあります。
私の故郷・『北海道』で進められている『北のふるさとへ、移住計画』
というのもその一つです。「団塊の世代」や「高齢者」に「北海道への
移住」を呼びかけ、「町おこしをしよう」という計画です。
『北海道』で69の市町村に「移住相談窓口」があるといいますから、
「北海道あげての計画」になっています。
しかし、『北海道』には“寒さ”という難問題があります。零下30度
にもなる暮らしというのは、生活した者でなければ分かりません。
確かに現代は、道路もよくなりましたし、除雪も行われています。
どの町にも「スーパー」があり、買い物の不便もありません。土地は
『内地(北海道では本州をこう呼ぶ)』に比べると何分の一の安さです。
“寒さ”さえ克服できれば、「北海道の暮らし」は悪くありません。
そんな中で注目されているのが、北海道南西部にある『伊達市』です。
その名の通り、明治初年に『仙台伊達藩』の支藩『亘理藩』の藩主・
伊達邦茂が家臣220人と入植した土地です。
南は『内浦湾』に面し、北の『有珠山』の向こう側は『洞爺湖』。道内
では最も気候に恵まれた土地で、“北海道の湘南”と呼ばれています。
早くから「欧米式農法」と「農産加工」を取り入れ、米・野菜・豆類・
アスパラガスを産し、畜産も盛んで、目の前の海からは豊かな海の幸
が採れます。
そして今、「移住地」として評価が高いのは、「雪下ろしのない町」と
いうことと、「歩いていけるところに役場・病院・銀行などの公共施設
や食事・介護付きの民間施設が揃っている」ということです。それに
「車で1時間30分の範囲に、ゴルフ・スキー・釣り・温泉と沢山の
行楽地がある」ということも、“団塊の世代の決め手”になっているよ
うです。
先ず『道内』からある家族が移住し、その親類・縁者が『内地』から
も引っ越してきて新しい地域社会が生まれ、「伊達は素晴らしい」とい
う評判が立ったといいます。
『北海道』では、「1万人の移住者があれば、数百億円の経済効果があ
る」と期待されているのですが、果たしてどうなるのでしょうか。






