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2007年04月18日

謎の肺炎~SARS8~

大泉 純子大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者

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病気の発生は終わっても噂はしきりと続いた
『上海』での「SARS患者」発生は、結局2003年5月23日の
8人目の報告が最後となりました。

とはいえ、上海在住日本人の間ではまだ、“実し(まこと)やかなウワサ”が飛び
交っていました。
中でも最高傑作だったのが、「某所で満員のバスが走っていて、全員が
パジャマ姿だった」というもの……誰が言い出したのか知りませんが、
患者は公式には8人しか報告されていないものの、「実はまだまだ隠さ
れていて、集団で隔離されている」というわけです。
さすがに笑い飛ばしましたが、ひょっとしたらあるかもしれない……
と思ってしまうところが『中国』。
「謎の肺炎に感染するかもしれない」という危機感は少しずつ薄れて
いきましたが、次にやってきたのは、いわゆる“風評被害”……一番
ダメージを受けたのは観光業界でした。
観光客はもちろん、日本企業の中には「中国出張」を自粛するところ
が相次ぎ、『上海』のホテルのどこも閑古鳥が鳴いていました。
日系の大手旅行会社によると、「日本からのツアーはキャンセルが相次
ぎ、前年の1割程度にまで落ち込んでいる」ということでした。
そんななか最大手のホテルグループが、お客さんがいないのに営業を
続けても出費ばかりがかさむので、これを機に一部のホテルを改装し
てしまおうという動きに出たのです。
その中のひとつが、老舗の『和平飯店』でした……ところが、どこか
らか「和平飯店がつぶれたらしい」というこれまた根も葉もないウワ
サが湧き出てあっという間に広まってしまったのです。
真偽のほどを確かめるべくさっそくホテルを訪れたところ、「改装中の
ため、しばらく営業停止します」との張り紙。
これを真に受けて、信じるか、あくまで建前に過ぎず本当はつぶれる
んだと思うか……とりあえず、どちらの可能性もあると考えたほうが
よいのも『中国』です。
その後ホテルの支配人と連絡がつきました。
やはり改装中で、「リニューアルオープンするときには是非取材に来て
ください」ということになりました。
その1週間後……まだ改装が済んでいないのに、『和平飯店』が再オー
プンするという情報が入りました。
さっそくコンタクトを取り、ホテルの様子を取材させてもらうことに
なりました。
通常なら公開はしないであろう「まだ改装の途中のスイートルーム」
を見せてくれるなど、とても協力的な対応のウラに、営業停止という
ウワサを払拭したいという強い意気込みを感じました。
さらに、『和平飯店』の名物と、知る人ぞ知る「オールドジャズバンド」
のジャズバー。メンバーの平均年齢が70歳は越えていると思われる、
それは味のあるライブ。日本人観光客にも根強い人気を誇るスポット
です。実は、この「ジャズバンド」……通常取材を申し込むと日本円
で数万円の「取材協力費」を要求されます。しかし、このときばかり
は「タダ(!)」。これはラッキーな経験でした。ただし、お客さんは
我々取材クルー3人を除けばカウンターに西洋人が2人のみ。
撮影が終わった我々も、申し訳なくてなかなか席を離れることができ
ず、自腹でビールを何杯も注文せざるを得なくなってしまいました。
高かった……。


『三峡ダム』取材でのSARS騒ぎ
そうこうしている最中、私は『中国』最大の水力発電施設『三峡ダム』
取材の準備を進めていました。
『三峡ダム』の貯水が始まったのは2003年の6月1日。そこから
遡って1週間かけて『長江』を船で下り、貯水で沈む村やダム周辺の
取材を計画していたのです。こちらの取材そのものの話はまた改めて
書くつもりです。今回は、SARSのおかげで、余計な手続きが発生
したという裏話です。
『長江』船で下る、いわゆる『三峡下り』の出発点は、『重慶』です。
重慶市の外国記者取材窓口の担当者と連絡を取っていたところ、取材
はOKだが、「上海から重慶へやってくるのに健康証明書が必要だ」と
いいます。何かというと、要は「SARSにかかっていない証明書」
なのです。仕方がないので、近所の病院へ行きました。「採血やレント
ゲン撮影が必要だ」といいます。この病院というのが、「日本人専用病
院」と銘打ってはいるものの、レントゲン撮影の装置は地元の病院と
共用で、フィルムをはめる枠が木製だったのを今でも覚えています。
私自身はまったく元気なのに、カゼを引いてゴホゴホ咳をしている患
者さんがいっぱいの待合室に入れられたのが一番イヤでした。
おかげさまで「SARSではありません証明書」を発行してもらい、
『三峡下り』取材へと旅立ちました。
さて、本当に言いたいのはこれからです。『三峡ダム』の取材・放送を
無事終えた私は、健康診断という名目で一時帰国しようと思いました。
今時の上海で、日本の同じレベルの健康診断を受けることはできます。
でも病気でもないのにまた中国の病院へ行くのは勘弁して……と本気
で思い、会社に申し出たところ……返ってきた答えは「ちょっと待て」。
それは確かにSARSの発生地域でほぼ3か月間取材をしていました。
まるで私がSARS感染者のような警戒……気持ちは理解できなくは
ありませんが、その前に「お疲れさま!」とか「大変でしたね」でし
ょうが……。当時他の会社でも、一時帰国する社員に対し、「2週間は
自宅やホテルで待機」という対策を取っていたようです。
「本当に私の健康を心配してくれているのか」、「日本で初の患者を出
すのが怖いのか」……間違いなく、後者の対応といっていいでしょう。
こちらとしては、『三峡下り』取材で入手した「SARSに感染してい
ない証明書」を盾に帰国を主張。一旦は認められたところで、直前に
また「待った」がかかります。「帰国は認めるが、会社へ来る前に関西
空港の対岸にある病院で検査を受けるように」といいます。「ああもう
好きなようにせい~」と思いました。ところが、案の定といいますか、
同じように一時帰国する社員のために、検査をして欲しいという問い
合わせが当該病院に殺到していたそうです。
結局、「そこまでしなくてもいいのでは・・・」ということになり、や
っと『大阪』へ戻ることができました。
「SARSの話」は、今回で終わります。また思い出したら、書くか
もしれません。

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