謎の肺炎~SARS7~
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
上海でのSARS発生の対応
「SARSネタでいつまで引っ張るつもり……?」と突っ込みが入り
そうですが、お伝えしたい話がまだまだあります。
もう4年も前のことなので、日付やデータの記憶が一部怪しくなって
いて、あらためて調べてみると、「そうや、こんなこともあったわ……」
という出来事が次から次へと出てきます。それだけ大変なことだった
ということで、もうしばらくお付き合いくださいませ。
「労働節(日本のゴールデンウィークと同じ期間)」の休暇が終わった
直後、03年5月8日に『上海』では初めて「SARSによる死者」
が出ました。この段階で、『上海』ではすでに「6人がSARSに感染
した」と診断されていました。
4月に『北京』で「患者隠し」が明らかになって以降、中国中央政府
は各省、直轄市に対して「情報を隠蔽してはならない」と通達を出し
ていました。
これを受けて、上海市当局も定期的に記者会見を開き、患者数の報告
をするようになっていました。
しかし、『上海』で最初に報告された患者は、上海の人ではあるものの、
「感染地域に指定された『広州』に出張した際に感染したと見られる」
といいます。つまり、「上海で発生したのではない」ということです。
そして上海で最初に死亡したのはこの人の父親……明らかに家族感染
しているのに、「もともとは広州でもらってきたものであるから、上海
に責任はない」とでも言いたげな……。
その後に報告された患者も全て、北京から移動してきた人など、全て
「よそで発生したSARSをたまたま上海にもってきただけ、『上海』
は安全です」という発表が続きました。気持ちはわかりますが、これ
をご都合主義と言わずして、何と言うのでしょう。外国のメディアが
いくら突っ込んでも、巧みにかわされるだけ。
この後、別の患者が死亡しました。この患者はその1週間前の会見で
は、容態を聞かれて「順調に回復している」と報告されていました。
記者から『一週間前には回復しているとされていた患者が死亡したの
はどういうことか』との質問が出たものの、スポークスマンはその質
問には答えず、次の質問へと移りました。
『中国』とは、「そういうところなんだ」と思いました。
『上海』で最初の死者発生が公やけになった日、上海市政府は、「北京
や香港などSARSが発生している地域から戻った人は、2週間他人
との接触を避けること」という通告を出しました。
「学校や職場へは行ってはならず、自宅でじっとしておけ」というこ
とです。感染を防ぐためのいわば“強権発動”です。
私が北京から戻ったのは5月1日だったので、この通達にはひっかか
らず、連休明けに支局に出勤したところ……私の住んでいた地域の『居
民委員会=自治会のようなもので一番小さい共産党の組織単位』から
支局に電話がかかってきました。
「北京に行っていましたね。その後体調に異常はありませんか?今後
2週間毎朝体温を報告してください」とのこと……「どうして北京に
行っていたことが知られているのか」、ちょっと驚きました。どこから
情報が伝わったのか、それとも最初から管理されていたのか……。
自宅待機は逃れたものの、それから毎朝「体温チェックの電話」がか
かってきました。検温もせず、「35度8分です」などと適当に答えて
いました。
『居民委員会』の担当者には、全くご苦労さまなお話でした。
担当者としては、自分の管轄する委員会から「SARS患者」が出な
ければそれでいいわけで、毎日「異常なし」と上に報告していたもの
と思われます。
上海にはなかった個人情報保護
そんないい加減な中でも、「やっぱり怖い……」と一番思った出来事。
5月22日。上海では最後となる8人目の感染者が報告されました。
「広州から上海への鉄道の乗務員」で、『K48号』という列車で上海
へ来たあと、「SARS」と診断されました。
テレビのニュースではまず、「当該列車に乗車していた人はすぐ保険所
に届け出るように」という字幕情報が流れました。それから数日後。
字幕情報の内容が「以下の人々、彼らの居所を知っている人はすぐに
保険所に届け出るように。○○区の張○○、○○区の王○○、○○区
の李○○……(全部実名)」。
しばらく何のことだかわからず、テレビを見入っていました。
そしてそれは、「列車に乗っていたことが確認されているにも関わらず、
未だ保険所に連絡のない人の名前だ」ということがわかりました。
「うわぁぁぁ……ひょっとしたら、“感染の疑いのある人”が自分のそ
ばにいるかもしれない」。
でも、そんなことより、「SARSの感染を広げないためには個人情報
もプライバシーもあったものではない」という上海市当局の姿勢。
これが一番恐ろしかった。
本気で感染を阻止する目的とはいえ、ここまでやるか……。
『日本』では「個人情報保護」いう名目で、役所が情報を出さなくな
っている昨今、「このやり方の是非」はともかく、「恐ろしいことだ」
と思いました。まだまだ続く。






