謎の肺炎~SARS6
この日は、『中国 』では「労働節」という祝日で、「日本のメーデー」
とほぼ同じ位置づけです。旧暦のお正月である「春節」、建国を記念す
る「国慶節」と並んで、「中国の三大連休」のひとつで、5月1日から
一週間は全国的に休日となります。
連日の「SARS取材」でくたくたになっていた私……ようやく家に
帰ることができるとほっとしていた矢先。まだまだハプニングは続き
ます。
当時、「SARSの伝染阻止」が『中国』の国家的最優先課題となって
いました。
そのひとつとして、移動する場合は必ず当局に届け出なければならな
いというお達しが出ました。具体的には、飛行機の中で「健康申告書」
の提出です。
「健康申告書」というのは「発熱、咳の症状はないか?」「SARSの
患者と接触したか?」「過去2週間どこに滞在していたか?」「この先
2週間はどこに滞在するか?」「連絡先は?」など、健康状態について
の簡単な問診と、連絡先を記入するもので、『東南アジア』へ行かれた
ことのある方はご存知でしょう。つまり、外国へ行き来する際に提出
する申告書を、中国では国内の移動であっても提出しなければならな
くなりました(現在は国際線で入国するときのみ)。
乗客はみなマスク姿という異様な光景のなかで「健康申告書」に記入
する様子をリポートしました。
『北京』を飛び立った飛行機は無事『上海』に到着。
しかし、なかなか「降りていいですよ」という案内がありません。
しばらく待っていると、白衣姿のお医者さんらしき人が飛行機に乗り
込んできました。
手には、耳の穴で測るタイプの体温計。乗客全員を対象に「検温」が
行われるのです。
一人一人「ピッ」と熱を測って回ります。カメラマンにカメラを回し
てもらい、体温を測られるシーンを撮影。
大勢の乗客一人一人をチェックしなければならないので、結構時間が
かかります。
「早く降ろしてちょうだいよ……」とイライラし始めた矢先、機内の
後方でどよめきが起きました。「何事か」と思いきや……検温の結果、
乗客の中にひとり、39度近い熱を出している人がいたのです。
当時、38度以上の発熱症状があれば、「SARSの疑いのある患者」
とされ、「飛行機という密室にいた我々も全員一緒に隔離される」とい
います。「えぇ~、ほんまかいな!!もうくたくたなのに、早く家に帰
えらせてよぅ……」。「今撮影したテープを東京に伝送するにはどうし
たらいい!?」「隔離施設の場所を調べて、『上海』に残っていた別の
スタッフに連絡し、移動のバスの窓から投げてようか?」……と真剣
に考えていたところ、39度近い熱を出していた男性に再度検温が行
われ、結果平熱であることが判明しました。どう見てもしんどそうな
様子はなかったのですが、どうやら「緊張してしまった」ということ
でした。飛行機が着陸してからほぼ1時間が経過し、我々乗客はよう
やく無事地上に降り立つことができました。
「機内でのハプニング」は早速東京へ伝送し、当日の「夕方ニュース」
に間に合いました。
北京に行ってきた大泉さんとは会わない方がいい
『香港・広州・北京』と「SARS発生地区」を追ってきた長いロー
ドが終わり、久しぶりに『上海』に戻ってきました。「労働節の休暇」
でもあり、友達とゆっくり食事でもしようと思っていたところ、嫌な
話が耳に入りました。仕事は抜きで仲良くしていた(つもり)の日本
人の知人の中に、「大泉さんって、北京に行っていたんでしょう。しば
らく会わないほうがいいんじゃないの?」という主旨の発言をした人
がいるらしい。「はぁ~?どういう意味や??」……当時、「もしもし?」
と突っ込まざるを得ない流言蜚語がまことしやかに流れていました。
例えば、「香港資本のショッピングセンターは、香港の人が多く出入り
しているのでSARSに感染する危険がある」とか……。
我が身を守るためには過剰な防衛も時には必要なのかもしれませんが
「ちょっと違うんじゃないの……」。
当時、『上海』ではまだSARS患者は発生していませんでした。
友人と、あるレストランへ行きました。普段は外国人客で賑わうお店
に、ほとんどお客さんがいません。さらに、注文を取る前に店員さん
がカードを持ってきて、「連絡先を書いてほしい」といいます。
「何のため」と尋ねたら、「もしうちのお店に出入りした人の中にSA
RSの患者が発生したら、知らせるためです」。
すぐそばに大量の感染者がいる中で取材していたときには全く感じな
かったある種の恐怖感と脱力感のようなものを、もやもやと感じ始め
ていました。
『上海』に戻っても、「SARSとの闘い」は続きました。続く。







