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2007年03月29日

コーヒーブレイク18

辛坊 治郎辛坊 治郎
読売テレビ・報道局局次長兼解説委員


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いやあ、ショックでした。何がショックかは、ともかくとして、
勘違いシリーズを続けましょう。


白系ロシア
この間、日本を代表する、とある週刊誌の政治関係の記事を読んでいて、ちょ
っと、愕然としました。記事の中に何度も何度も「白系ロシア」という言葉が出て
きたのですが、どうも筆者は「白系ロシア」を「白人のロシア人」という意味で使
っているようなのです。私は、旧ソ連の頃から、何度もロシアに足を運んでいて、
白人のロシア人美少女にクラクラ来たことは何度もあります。この記事の中で
も、その「白系ロシア人」美少女にクラクラしてしまった日本の政治家、というよ
うな内容でこの言葉が使われていたんです。何が愕然としたかというと、若い
ライターなら「白系ロシア」を「白人のロシア人」と勘違いすることはあるでしょう。
ただ、これだけの発売部数を誇る週刊誌ですから、編集長や校正者など何人
もの目や手を経ているはずなのに、それでもこんな文章がノーチェックで出てし
まうことに愕然としたのです。

ちなみに「白系ロシア人」とは、ソビエト政権が革命で生まれた後に、共産主義
を嫌ってロシアを出た人達の事を言います。日本で戦前からある有名なロシア
料理店や、高級洋菓子店などの中には、この本当の意味での「白系ロシア人」
をルーツに持つ店は少なくありません。ちなみにうちの会社で、「俺ってロシア
人のクオーターなのよ」が口癖の先輩がいますが、この人は、「白系ロシア人」
つまり亡命ロシア人を祖父に持っているわけですね。しかし、白人のロシア人
女性はあんなにきれいなのに、どうして男は!って、まあ、そんなことはどうで
もいいです。

要するに「白」系ロシアの「白」とは、共産主義の「赤」に対する「白」であって、
透き通るように白いロシア美少女の肌とは何の関係もない言葉なのです。

ところで、私がショックを受けたのは、この話ではありません。しかし、原因は、
同じ週刊誌の最近のコラムにありました。


ウサギは美味しい?
今まで延々勘違いネタを並べてきて、一番最後にこのネタ、と決めていたエピ
ソードがありました。それは、歌にまつわる勘違い話です。歌の場合、いつも歌
詞カードを見ながら聞くという人はたぶん少数派でしょう。特に童謡のように、
まず耳に音として言葉が飛び込んでくるケースに、この勘違いが多発します。
日本で一番勘違いしている人が多い歌は、多分童謡の「ふるさと」です。さあ、
ちょっと歌ってみましょう。
「ウサギおいしかのやま~、こぶなつりしかのかわ~」

後ろに小鮒が来ているところが勘違いの元です。小鮒、釣り、てんぷらにして
食う!と、なんとなく思いますから、当然対になっているウサギも食べられる運
命に陥ります。
「そうか、昔は野うさぎ食ってたし、フランス料理にだってウサギ料理はあるも
んな」というわけです。はい、違いますね。ウサギが美味しい訳ではありません。
ウサギを追いし、つまりウサギを追ったあの山というのが正解です。
ただ、私も大きなことは言えません。私は、「ウサギが美味しい」とは思ってい
ませんでしたが、田舎では「ウサギを背いし」つまりウサギを背負って遊ぶんだ
と長い間思っていました。ほんとに馬鹿です。

という風に、まず耳で言葉を把握する歌では、この種の勘違いが頻発するんで
す。
ほかにも私は、大漁節という有名な民謡で、「まつしま~の、さよ~ずいがんじ
ほどの」という冒頭部分の寺の名前は「さよずいがんじ」なんだとずいぶん長い
間思っていました。これは「さよ」の部分が接頭語で寺の名前が「ずいがんじ」
です。


またも登場H君
で、本題です。私のアナウンス時代の後輩にH君がいるのですが、彼がある日
言うんです。
 「昔はテニスコートを均すのに、『こんだら』使ったもんですが、最近ではアン
ツーカーになってずいぶん楽になりましたよね。」
 「ん?『こんだら』って何よ。」
 「『こんだら』っていったら、『こんだら」』ですよ。ほら、グラウンド均すのに引っ
張る巨大なローラーみたいなもの。」
 「ふーん、あれって、『こんだら』って言うんだ。」
 「いや、ぼくも巨人の星のアニメで知ったんですけどね。」
 「巨人の星にそんな言葉出てきたっけ?」
 「ほら、テーマ曲の始めのところですよ。『おもい~こんだら』っていうところで
星飛雄馬が『こんだら』引っ張ってるじゃないですか!」
 「あの、萩原君、それは『重いこんだら』、じゃなくて、『思い込んだら』じゃない
のか?」
 「え~!!!!じゃあ、あの『こんだら』はなんていうんですか?」
 「だから、あれは『こんだら』じゃなくて、ローラーでしょがあ!!」
 「う~ん、ショック~」
 ショックなのはこっちです。


最大のネタが!
という話を、勘違いシリーズの落ちで使おうと思っていたのに、それなのにで
す。
例の白系ロシアで間違っていた週刊誌の三月十五日号の連載コラムで、某
「SM」さんが、まったく同じネタで一文をしたためているじゃあないですか。ショ
ックでした。半年暖めたネタの結末に、こんな不幸が待っているとは!くそ、椎
名誠!どうしてくれるんだ!!!

ところで巨人の星といえば、当時星飛雄馬の声を担当していた声優の古谷徹
さんと知り合う機会がごく最近ありました。ウチの会社で数少ない、他社でも通
用する名物プロデューサーのS氏にパーティで紹介されたんですが、本当に感
激しました。感激しただけじゃなくて古谷さんの歳を聞いてまたびっくり。現在、
五十三歳なんですって。だって、巨人の星って、もう四十年近く前のアニメです
よ。で、聞いてみたんです。
 「あのころ、いったいお幾つだったんですか?」
 「星飛雄馬の声を始めたころは、中三でした。」
 「きょえー!!何たる早熟の天才!」
 ちなみに見かけは、とても五十三歳じゃあありません。三十歳後半って言っ
ても十分通用する若さです。
名探偵コナンの新作でも、なぞの登場人物役の声を担当されてるそうですの
で、是非ご覧ください。
なんてことを、だらだら書いているうちに、年度が変わります。
来年度こそ、いよいよ「ボインのムセイカ!」です。うそじゃありません。もう勘
違いシリーズも、ネタが尽きてきましたしね。ほんとだよ~。
とうわけで、四月になったら心機一転!のつもりで今はいます。今はね。


2007年03月28日

謎の肺炎~SARS5

大泉 純子大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者

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『北京』も『万里の長城』もがらーん
『謎の肺炎』……2002年2月に『中国』での発生により世に知ら
れることとなった「新型肺炎」は、直後に新型の「コロナウィルス」
が原因であることが判明しました。

肺炎に似た症状は、激しい咳、呼吸困難に加え、38度以上の発熱が
特徴です。感染した人の咳やくしゃみによってウィルスが飛び散り、
それを吸引してしまうのが「ヒトからヒトへの感染ルート」とされて
いますが、『香港』のマンション『アモイガーデン』での集団感染では
排泄物説もあり、この期に及んでも詳しくはまだ解明されていないの
が現状のようです……と書くと、冷静でとてもいいんですが、当時は
とにかく『原因不明の伝染病』というイメージばかりが広まっていた
ように思います。
『広東省』、『香港』、そして『北京』と、当時「SARS」の発生地を
追いかけるように遠征を続けていた私に、日本にいる友人知人からの
メールはとても励ましになりました。

そんな中での笑い話……2002年3月といえば、『イラク戦争』が開
戦したときでもありました。当時『NNNパリ支局』にいらした日本
テレビの大先輩・今泉記者は、アメリカ軍に従軍し、連日戦場からの
リポートを送っておられました。「大泉」と一文字違いの「今泉」先輩。
あるとき、『北京』からの私の「SARSリポート」を見たという知人
からのメール。そのまた知人が、「今泉さんって、イラクで取材してい
た人よね? 今度はSARSで北京から出てはったね……危ないとこ
ろばっかり行く人なんやねぇ」って。私は大泉です。
さて、『北京』での日々。先週書いた「スーパーでの買いだめ取材」の
翌日は、世界的な観光名所『万里の長城』へ行ってみました。
ようやく暖かくなる4月下旬、例年なら大勢の観光客で大賑わいなの
ですが、案の定訪れている人はまばら。さっそく現地でのリポートと、
お土産屋さんの嘆きの声などを取材しました。この『万里の長城』も、
通常であれば「取材許可」を取るのに煩雑な手続きがあり、テレビ用
のカメラを持ってうろうろしていると絶対に「許可はあるのか?」と
呼び止められるところなのですが、今回ばかりは撮ったもん勝ち!
非常に心地良い時間でありました。

このほか、『天安門広場』や『北京一の繁華街・王府井(ワンフーチン)』
もがらーん。これまでに目にしたことのない北京の町でした。天安門
の有名な『毛沢東主席の肖像画』の下でリポートを撮ろうとしたとこ
ろ……。民生用のカメラだったので最初は数少ないとはいえ観光客を
装うことができたのですが、マイクを取り出した瞬間に護衛の兵士が
飛んできました。「素人ですけど、いつもこんな本格的なマイク持ち歩
いているんですよ~」とかわしつつ、逃げました。


苦労した取材も、今思うと懐かしい
北京市内でも患者の発生が続々と報告されるなか、新聞にはご丁寧に
「○○通り何丁目何番地で患者が発生」という記事が載るようになり
ました。これは、周辺地域の警戒を呼びかけるためです。当時患者が
出た家の周辺数メートル以内には近づくことができず、家にいる人も
一定期間を置いて「感染していない」と証明されるまでは外出ができ
ない……という状況になっていました。
新聞に番地まで載っていれば、「行きたくなる」のが我々の習性という
ものです。番地を頼りに行ってみると、当該の家の数メートル前から
「立ち入り禁止」の警戒線が張られていました。
それをくぐって取材を開始、レポートを収録して現場を離れようとし
た瞬間……運悪く北京市当局の監視員に出くわしてしまいました。
「何をしている?」「見たらわかるでしょ」「許可は取ったのか?」
そうなんです。北京市では原則、中国外務省が発行した記者証を持っ
ていても、ひとつひとつ許可を取らなければ取材ができないのです。
「しまった、もう少しで逃げられるところだったのに」と思っても仕
方がありません。こうなったら優先順位一位で守るべきは、取材した
テープ。幸い、相手方も我々への職務質問に時間をかけている余裕が
なさそうで、私たちをとことん詰問しようという雰囲気ではなかった
ので、「いやーすいません。あとまだ何も取材していないんですよ。も
うすぐ帰りますから」……と適当に時間稼ぎをしている間に、カメラ
マンは家の周辺をさりげなく撮影。どうにか難をのがれることができ
ました。患者が発生した家の前でのレポートは、もうこれ以上もたも
たしていられないので一発勝負。コメントは噛んでしまったけれど、
そのほうが却って臨場感があったりするものでした。(これはやや自画
自賛)

『北京』は言うまでもなく「中国の首都」でありますが、市街地の中
心部から車で30分も走ればのどかな風景が広がる農村地帯です。
それぞれの集落では、せめて自分たちの村からはSARS患者をださ
ないようにしようと、苦肉の自衛策を講じていました。それは「村人
以外の人は村に入れないこと」と、「外から帰ってきた村人の車や自転
車を徹底的に消毒すること」でした。村の入り口には24時間見張り
の人が立っていて、外からの侵入者をチェックしていました。見張り
の人繰りがつかない村では、入り口に盛り土をして鉄パイプで封鎖。
「そんな程度で防げるの?」思いつつ、村の人たちは必死です。「すい
ませ~ん、SARSが流行している北京市内からではなくて日本から
来たんですけど……」と半ば冗談まじりに聞いてみたところ、「どこか
ら来たヤツでも村人以外は一切入れないよ!」とマジで返されてしま
いました。

こうした取材を一日中続け、くたくたになって最後の楽しみは「夜の
一杯!」といきたいところなのですが、当時“夜遊び”は自粛ムード
で、ホテルのバーでも早々に店じまい。おまけに、「ホテルの部屋」が
なんだか蒸し暑い……いらいらしながらフロントに聞いてみると、「当
局の指導によりホテル全体の中央空調をストップさせている」といい
ます。「こんなに空気の悪いところでは却って菌が繁殖するぞ……」と
思いました。こうした日々が悶々とした日々が、ゴールデンウィーク
で『中国』全土が休暇に入るまで続きました。


2007年03月27日

北朝鮮の本音はどこにある

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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アメリカの宥和策は続くのか
先週の『北京』での『6者協議』は、何の成果もなく、「休会」に至り
ました。

『ニューヨーク』での『米朝国交正常化作業部会』が“蜜月ムード”
に進行し、『アメリカ』はその時の約束通り、今度の『6者協議』の冒
頭で『マカオ』の『バンコ・デルタ・アジア=BDA』に「凍結して
いた資金2500万ドル(約29億円)」を解除したにもかかわらず、
『北朝鮮』の金(キム)桂(ゲグ)寛(ァン)・外務次官は「返還が完了していない」と態度を
硬化し、『代表者会合』に出ることなく、帰国してしまったのです。
信じられないほどの『北朝鮮』の行動でした。
『マカオ政府』も『BDA』も「米朝合意」を受けて、「口座のカネ」
を『中国銀行』経由で『北朝鮮』に送る作業に着手しました。

しかし、口座の数が多く、作業に時間がかかることが分かると、「返還
されるまでは協議に応じない」と主張し続けたのです。
金次官の顔には『ニューヨーク』で見せた“笑顔”がなく、いつもの
「言いたいことは言う」という厳しい表情でした。
『アメリカ』のヒル国務次官補は、「金次官が本国から『BDA処理』
の早い完了を強く言われてきたと感じた」と言っています。
『BDA』に預けてある資金は、『北朝鮮』が「米ドル札の偽造や麻薬
輸出に手を染めたカネ」です。だからこそ「凍結」したはずですが、
それを問わずに『アメリカ』が「解除」に踏み切ったのは、『北朝鮮』
が「これをテコに核廃棄に進展を見せてくれること」を期待したから
でしょう。

しかし、『北朝鮮』は「アメリカの“宥和策”がどこまで本気なのか」
を見ようとしているのではないでしょうか。
この時、金次官に会った『ロシア』のロシュコフ外務次官によると、
「北朝鮮はアメリカが定められた期限に返還の責務を果たせなかっ
た」と見ていて、「自分たちの核放棄に向けた責務をある程度遅らせる
権利があると言っていた」と言います。
となると、「理屈をつけての時間稼ぎ」は、「北朝鮮の予定通りの行動
だった」と見ることが出来ます。
『北朝鮮』の“しぶとさ”を改めて感じています。


アメリカの強硬論は安倍政権の追い風に
ヒル国務次官補は、「北朝鮮は1~2週間で『6者協議』に戻ってくる」
と、まだ楽観的な見方をしています。

2月の『6者合意』で、「北朝鮮が60日以内に『寧辺』の「核施設の
運転を止めて封印する」としたことを信じているからです。
その「合意」から40日が経ち、来月中旬には「期限」がきます。
経済難の『北朝鮮』が、「期限前に凍結された資金を手に入れ、期限は
なんとしても引き延ばしたい」という思いでいることは見え見えです。
『北朝鮮』がこのような“強気”でいられる背景は、「核を持っている」
という自信と、「今のアメリカは『イラク』で手一杯で“2正面作戦”
を展開する余裕はない」という思いこみがあるからです。

しかし、『アメリカ』の「保守派」の中には、「ブッシュ政権の宥和策
に批判の声」が強く出ています。
ボルトン前国連大使に至っては、「ブッシュ政権には怒りを感じる」と
まで言っています。
また、「93年の『米朝合意』の再現」を心配する声もあります。
当時のクリントン政権は、「北朝鮮の“原子力開発”をアメリカが支援
する代わりに、北朝鮮は“核開発”を中止する」という「合意」を信
じて裏切られました。
「今度も“欲しい経済援助”を手に入れたら、“合意”は破られる」と
心配するのです。
それだけに『北朝鮮』の“わがまま”がこれ以上続くと、『ブッシュ政
権』が再び「北朝鮮とは直接交渉せず」に戻る可能性はないとは言え
ません。
そうなると、「拉致問題が解決しなければ北朝鮮支援はしない」と言い
続けてきた『安倍政権』にとって“追い風”になるのではないでしょ
うか。
『北朝鮮』に翻弄されているイメージの強い『アメリカ』がこれから
どう出るのか、『日本』が無縁であるとは思えません。

2007年03月26日

無党派をどう争奪するか

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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政党にとっては“参院選の前哨戦”だが
「統一地方選」は、先週22日の『13都道県知事選』の告示に続い
て、昨日も『札幌・静岡・浜松・広島市長選』が告示されました。

「統一地方選」と「参院選」が重なる「亥年」は、多い人は「知事選」
「道府県議」「市町村長」「市区町村議」と「参院・地方区」「比例区」
の6枚の「投票用紙」を手にすることになります。
この「13知事選」と「4市長選」は、「政党」にとっては“参院選の
前哨戦”として力を入れたいところですが、どうも“政党色の薄い選
挙”になりそうです。
「知事選」の42人の候補者を見てみると、「現職vs新人」が9人、
「自&公」が7人、「民主」が3人、「与野党相乗り」が2人、「共産」
が13人、「推薦支持なし・その他」が残りの17人となります。
『自民』も『民主』も「推薦はせずに・実質支援」という形になった
『東京』と『神奈川』では、「無党派」を取り込むために“政党色”を
薄めた「第一声」となりました。

石原慎太郎候補の第一声は『JR立川駅前』……「無党派」の多い『多
摩地区』を意識してのものです。
浅野史郎候補と吉田万三候補が『都庁前』で、黒川紀章候補が『新橋』。
志位和夫『共産党』委員長が『JR新宿駅前』に駆けつけましたが、
安倍晋三『自民党』総裁も小沢一郎『民主党』代表も「演説なし」で、
“顔”を見せませんでした。
では“政党の顔”はどこに行ったかというと、中川秀直『自民党』幹
事長・菅直人『民主党』代表代行・太田昭宏『公明党』代表・福島瑞
穂『社民党』党首は、揃って『札幌』で「第一声」を挙げました。
『北海道知事選』は「与野党激突」だけに、「各党の幹部が揃った」と
言うことなのでしょうが、“そのまんま東現象”の教訓から、「政党が
前面に出ると無党派が逃げる」と、「国政にも影響する『東京』を敬遠
した」ようにも思えます。
“2大政党の顔”を見せずに、どのような選挙戦を戦うのでしょうか。


風が吹くのは直前3~4日前
『東京』では、14人が立候補しました。久しぶりの多人数です。
『東京』には1万4千カ所近くの「ポスター掲示板」がありますが、
その多くは「石原・浅野・吉田」の3人のポスターだけで、「黒川」と
あるのはまだ少数です。これは「支援・推薦あり」と「支援なし」を
示しています。ポスター貼りに動員できる人数の差が現れるからです。
そして今回から「知事選」でも「マニフェスト」が認められました。

しかし、『東京』では候補者が多人数ながら、「選択肢」は「慎太郎が
好きか・嫌いか」「オリンピックに賛成か・反対か」だけになってしま
ったような流れです。これも“2大政党の顔”が姿を見せず、「政策論
争」を避けているからではないでしょうか。
私が聞いた話によると、「石原陣営はかなり危機感を感じている」と言
いますし、スタッフからは「絶対にかんしゃくを起こすな!」「有権者
の反発を買うような失言をするな!」と厳しく言われているようです。
そのためか「今回の石原慎太郎候補はおとなしい」という声も多く出
ています。

ある世論調査では、東京の有権者の95パーセントが「選挙に行く・
行くつもり」と答えていますし、無党派の過半数が「まだ誰に投票す
るかは決めていない」のだそうです。
『宮崎』で“そのまんま東の風”が吹いたのは、「投票日の3~4日前
からだった」と言います。
無党派が「誰に投票するか」を決めるのは、その頃になってからなの
でしょう。
どのような結果になるのか……『都知事選』は単なる「地方選」では
なく、「参院選」やその後の「政界再編」の“起爆剤”になる可能性を
秘めていると思っています。
もう一度「マニフェスト」に目を通して、必ず投票に行ってください。

2007年03月21日

謎の肺炎~SARS4

大泉 純子大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者

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~SARSを追って北京へ~
季節の変わり目、相変わらず風邪をお召しの方が多いようです(花粉
症かもしれないですけど)。

通勤途中の街中でも会社でもマスクを着用されている方の姿をみるた
びに4年前の春を思いおこさずにはいられません。2003年4月。
『広東省』から一旦『上海』に戻り、4月下旬に『北京』へ。
実は、『北京』へ行った目的は、当初は「SARS」取材ではありませ
んでした。「アメリカと北朝鮮が中国の仲介で会談する」というので、
それをマークするために行ったのです。

当時、便宜的に「3者協議」などと呼んでいましたが、これがその後、
現在も進行中の「6か国協議」となります。
ただし日本も参加している今の「6か国協議」とは違って、アメリカ、
北朝鮮、中国の3か国……つまり「日本は関係ない」というわけで、
日本のメディアに対する取材便宜は一切ありません。
ひたすら北朝鮮とアメリカの大使館で張り番。出てきた車を追いかけ
て会談場所を突きとめ、外交筋から内容を聞き出す……というまこと
に地味な仕事をする「はず」でした。
因みに今まさに『北京』で開催されている「6か国協議」は、北朝鮮
以外の各国の代表がホテルを朝出るところと夜戻ってきたところで、
「ぶらさがり」と呼ばれるコメント取材に応じ、『日本』の場合は毎晩
協議終了後に日本からの同行記者と現地に駐在している日本の記者に
向けて、「ブリーフィング」という内容説明が行われます。
(とはいえ、「まだ協議進行中なので詳しくは言えません」となること
がほとんどなのですが……)


「3か国協議」よりも優先した「SARS取材」
「3か国協議」の取材を始める直前、『北京市』が実は「SARS」の
患者を実際よりもかなり少なく公表していたことが明らかになりまし
た。数日経って、留学生は自主的に日本へ一時帰国し始め、駐在員の
引き上げを決める日本企業も出てきました。
「えらいこっちゃ……」というわけで、『東京』からは「中継で伝えて
くれ」というオーダーが来ました。

ここ数日の「6か国協議」などの中継映像でよくご覧いただいている
と思いますが、「北京からの中継」はいつも同じ道路やビル郡が背景に
見えていますよね。あの中継は支局のベランダで行われています。
「市中で中継車を出して行う中継」には当局の許可が必要なんですが、
支局から行う分については慣例……ということなのかいちいち許可を
取る必要がありません。
その日は、もともと北京駐在の『日テレ』の記者さんが「3か国協議」
についての中継リポートを行う準備を進めていました。
そこへ「SARSについても中継せよ」ということで、スタッフ一同
「困ったぞ」……というのも、違う内容の中継リポートをするのに、
「同じ背景で別の記者が出てくるのは何かヘンだよね」……というわ
けです。当時の北京支局のベランダは2畳分ほどの長方形のスペース
で、カメラと照明を置いてカメラマンと記者が立ったらもういっぱい。
しかし、「どうしても背景を変えたい!」ということになり、2分間の
CMの間に方向を変えることにしたのです。
図を描いて説明しないとわかりにくいとは思いますが、まず長方形の
片方の辺をバックに北京の記者さんが「3か国協議」について生中継。
終わるや否やカメラと照明を数メートル動かし、反対側の辺をバック
にセッティング……今度は私が「北京の最新SARS状況」について
中継しました。たった2分の間に機材を動かしてカメラ位置を決めて
照明を決めて……と結構スリル満点でした。ご覧になった方々がどこ
までお気づきになったかはわかりませんが、今さらにして思えばアホ
なことしとったな……でもすごい楽しかったのを覚えています。

その日から、北京とソウルから応援に来た記者が主に「3か国協議」
を、私は「SARS」を主に取材するという役割分担ができてしまい
ました。その日の「夕方ニュースの中継」が終わり、支局のスタッフ
とうだうだ話をしていたところ、北京の総局長から、「北京が封鎖され
るという噂が流れているらしい。ちょっと街中のスーパーを覗いてき
てほしい」との言われたのです。「ふーん、なんでスーパーなんだろ?」
と思いつつ、行って見ると!!……食料品売り場は今まで見たことな
いほどの買い物客で大混雑。カートにはお正月の前かとおもうような
保存食がどっさり。特にインスタントラーメン売り場はものすごい人
だかりで、店員さんが補充用の商品を持ってくると同時にあっと言う
間になくなってしまう有様でした。
「なるほど。北京市が封鎖されると食料が供給されなくなる……とい
う発想だったのでした。
それで、市民はできるだけ早く今手に入る食料をかき集めておこうと
スーパーへ殺到していたわけです。社会主義の国の人たちが、「自分は
自分で守る」という行動に出ていたことに衝撃を受けたのを覚えてい
ます。
(因みに、このテの取材はお店に取材を申し込んでも断られる可能性
が高いうえ、当局に取材許可を申請する時間もないので、隠しカメラ
です。カメラマンさんとともに怪しまれないように買い物客を装い、
話しかけると普通に答えてくれてよかった)

これから1週間ほど、「北京でのSARS取材」に奔走することになり
ました。続きは、また来週。

2007年03月20日

なんとかしてよ、民主党

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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野党内から聞こえる不満の声
先週、野党の『社民党』と『共産党』から、『民主党』への不満の声が
上がりました。

『社民党』の又市征治・幹事長の言葉を引用すると、
「武部さんをやったら、永田さん。
 佐田さんをやったら、角田さん。
松岡さんをやったら、中井さんが出てくる。
ブーメラン現象のようなことばかりだ。
 正直しっかりしてくれ、と言いたい」
ということになります。

「武部さん」は当時の『自民党』幹事長・武部勤氏のことで、「ホリエ
モンが武部氏の二男に300万円を振り込んだ」として野党が追及し
ようとしたところ、『民主党』の永田寿康議員が掴まされた「偽メール」
を信じた事件のことで、永田氏は議員辞職、前原誠司・代表も引責辞
任に追い込まれました。
「佐田さん」は佐田玄一郎・行革担当相のことで、「事務所費問題」で
辞任させられたものの、この騒ぎの最中、角田義一・参院副議長の「献
金疑惑」が浮上して、角田氏も辞任しました。
そして「松岡さん」は松岡利勝・農水相のことで、「光熱水費問題」を
追及していたら、中井洽元法相の「光熱水費の付け替え問題」が発覚
してしまいました。
野党が『自民党』のスキャンダルを追及しようとすると、『民主党』の
不祥事が明るみに出て、尻つぼみになってしまうのです。
『共産党』の志位和夫・委員長の言葉も引用しておきましょう。
「自民・民主がすねに傷を持ち、お互いになあなあで済ませたら、国
民の強い批判を浴びる」
まさにこの通りなのでしょう。「安倍政権の支持率」が低迷している中、
「民主党の支持率」が伸び悩んだことが、「国民の批判」を示している
と言えます。


民主党は知事選も6県不戦敗
『都知事選』だけが大きく注目されていますが、22日には他に12
の「県知事選」も告示されます。
『東京』で『民主党』が「候補者選び」に難航したことはよく知られ
ていますが、推薦を受けなかった浅野史郎氏を「全面支援」すること
になりました。『自民党』も推薦を断った石原慎太郎知事を支援するの
で、事実上の「自・民激突」になります。
『神奈川』も、『民主』が「党出身の現職」を支援するので、『自民』
の「県連が支援する新人」との事実上の「自・民激突」。
『北海道』は、事実上の『自民』候補・高橋はるみ知事に、『民主』の
荒井聡議員が挑戦。『岩手』は、『民主』の達増拓也議員と「自民推薦
の前滝沢村村長」の争い。『福岡』は、『自民』支援の現職・麻生渡知
事に「民主・社民推薦の新人」と「共産推薦の新人」の争いです。
『北海道』『岩手』『福岡』も事実上の「自・民激突」と言えます。
そして『民主党』は「相乗り禁止」を原則としながら、『福井』と『三重』
では「現職知事」を「自・民相乗り」で推薦することになりました。
「県連」が「独自候補の擁立」を模索中だった『佐賀』では、ついに
「候補」の擁立を断念、そして『奈良』『鳥取』『島根』『徳島』『大分』
の5県では、『民主党』は独自候補を立てずに「不戦敗」になることが
決まっていましたから、『佐賀』を加えて「6県不戦敗」と言うことに
なりました。
この6県は「参院選の1人区」……「与野党逆転」を狙う『民主党』
にとっては、“カギ”となる「重要区」のはずです。
「知事選不戦敗」の影響は残らないのでしょうか。

2007年03月19日

マニフェストによる選挙が実現するか

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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“都の顔”を変える必要があるのか・ないのか
先週土曜日(17日)の『ウェークアップ!ぷらす』は、『都知事選』
の有力立候補者4人の「対談」が実現しました。

3選を狙う現職知事・石原慎太郎氏と、前宮城県知事・浅野史郎氏、
元足立区長・吉田万三氏、建築家・黒川紀章氏の新人3人が「東京決
戦」について語り合いました。
4人ともそれぞれの「マニフェスト=政権公約」を発表した後だけに、
それに基づいた激しい議論が展開されることを期待したのですが。
「石原知事の2期8年」については、「ディーゼル車規制」や「都財政
の立て直し」「職員の削減」「治安回復への取り組み」など“実績”は、
新人たちも認めています。
そこで“討論の焦点”は「オリンピック開催」と「新銀行東京」「首都
移転」「教育・福祉」「情報公開」になりました。
また、「知事のマニフェスト」の中に、「私自身の政治姿勢についても
反省すべきことが多々あった」と書いてあったことから、「豪華出張」
や「四男問題」など“ゴシップの追及”も避けられました。
先ず、「今度の都知事選で何を訴えるか」については……
  石原氏 「安心・安全 緑の東京」
  浅野氏 「日本のための東京 あなたと創り直す」
  吉田氏 「くらしの安全 のびのび東京」
  黒川氏 「経済と文化の共生の首都」
と挙げました。
どれも余りパンチの効いた「キャッチフレーズ」とは思えませんが、
「よりよい東京へ」という思いはこめられているようです。

「2016年の東京オリンピック開催」については、“男の夢”として
推進を説くのは石原知事だけで、浅野氏は「見直し」、吉田氏は「白紙」、
黒川氏は「中止」……。
「新銀行東京」については、「2年後には軌道に乗る」と説明する知事
に対し、浅野氏は「解体的な見直し」、黒川氏は「民間へ売却」、吉田
氏は「処理」……。新人3人は立場こそ違い、共通するのは「反石原」
ですから、知事は“1対3”で絶えず責められる形になりました。
しかし、知事の受け答えは穏やかなものでした。これまでの石原氏は
“説明不足”の印象が強かったのですが、「今度の選挙では“攻め方”
を変える」と言っていた通りになっていたようです。
これも“そのまんま東現象”の教訓で、「“無党派”を取り込むのには、
“怖い石原・傲慢な石原”では通用しない」と悟ったのでしょう。


情報公開は選挙の争点になるのか
宮城県知事時代に「情報公開」に取り組んできた浅野氏は、「東京都の
情報公開の遅れ」に突っ込みました。
『全国市民オンブズマン連絡会議』が発表した「都道府県情報公開度」
で、『東京都』は「閲覧手数料を取っている」などの理由で10年連続
して「失格」。
浅野氏は「2年以内にトップ3にする」と公約し、吉田氏は「ガラス
張りの都政」を約束し、黒川氏は「第3セクターの不良債権も情報公
開する」としています。
これに対し石原知事は、「知事交際費の公開」を始め、「世界の最先端
都市に相応しい情報公開を推進する」ことを公約しました。
しかし、「情報公開がどうゆうものなのか分からない」という声もあり
ます。
それぞれの「マニフェスト」が発表されて、都民には“選択肢”が与
えられたことになりますから、「暮らし・福祉・高齢化・少子化・教育」
について、もっと“具体的な施策”についての話し合いを聞きたかっ
たように思います。
「今度の都知事選」について、私は「“都の顔”としての石原知事が要
るのか・要らないのかを都民が判断する選挙だ」と思っています。
「マニフェスト」に目を通し、投票に行って、自分の意思を行動で示
してください。
「都知事選の告示」は3日後です。

2007年03月15日

コーヒーブレイク17

辛坊 治郎辛坊 治郎
読売テレビ・報道局局次長兼解説委員


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さあ、ボインのムセイカです。
「どうせ、また、話がそれてほかの話をするんだろう」と思ったあなた、
正解!です。

足踏みの理由
 何で、ボインのムセイカで足踏みしているかというと、実は理由があったんです。
それは、私自身、このテーマについて何かの文献を見ずに適切な説明ができる
ほどの知識を持ち合わせていないからなのです。で、ちゃんと定義や方言の違
いによる、発音の分布状況などをしっかり調べてから書こうと思っているうちに、
こんなことになってしまったんです。どうもすいません。とにかく今忙しいんです。
なんでそんなに忙しいかというと、新刊の最終ゲラチェックにかかっているからで
す。このところ、宴会のお誘いも、デートのお誘いも一切お断りしている状況なん
です。今ならたとえ、木村カエラ様のお誘いでもたぶん断ると思います。嘘だと思
ったら、木村様、試しに誘ってみてください。

本当は、できればレギュラーの仕事もお断りしたいところですが、そうすると、ご
飯が食べられなくなりますので、仕方なく会社に行ってるような状況なんです。何
とか新年度に入ると時間が作れそうですので、それまでしばしボインのムセイカ
については忘れて下さい。というわけで、今日も「ウダ話」です。


すっごく仕事のできたある先輩
 さて、人は基本的に勘違いをする生き物である、という話は、ここ数回のメイン
テーマでした。で、思い出したことがあるんです。私が入社したころ、アナウンス
部の先輩に、とにかく仕事のできる人がいました。この人は今に至るも、アナウ
ンサーの技量という点では、関西でダントツだと思っています。なにせ、新卒で他
の系列の地方局に入社しながら、数年で大阪局に移ってくるくらいの実力の持ち
主でした。いまでこそ、途中入社は珍しくありませんが、当時は、よほどのことが
なければ、新卒入社終身雇用が当然の時代でしたから、これは画期的なことだ
ったんです。この人は、アナウンサーのテクニックが優れているだけでなく、文化
芸能方面には超人的な知識も持ち合わせていました。


目が点になるとはこのことか
 ところがこの先輩と話をしていて、あるとき本当に目が点になりました。

先輩; 「辛坊君、いやあ、驚いたなあ。」
私;  「は?何ですか?」
先輩; 「いやね、取材で天文観測所みたいなところへ行ったんですよ。」
私;  「ほう、それで。」
先輩; 「いや、僕はね、地球というのはボールのような球だと思ってたんですね。」
私;  「はあ、違うんですか。」
先輩; 「いや違うんですね。地球というのは中が詰まってるらしいんですよ。」
私;  「はあ???」
先輩; 「ほら、地球が回ってるって言うでしょ。」
私;  「回ってますよね。」
先輩; 「回ってるのに、どうして遠心力で飛ばされないか知ってますか?」
私;  「そ、それは、地球に引力があるからじゃないですか?」
先輩; 「ありゃ、よく知ってますねえ!」
私;  「はあ」
先輩; 「僕は、人間は遠心力で張り付いてると思ってたんですよ」
私;  「ど、どういうことですか?」
先輩; 「地球というのは、ボールのように薄い皮のような状態の地面がぐるっと
丸くなってできていて、人間は、その内側に、頭を中心に向けて立っていると思っ
ていたんですよ。つまり、遠心力で足が地面に張り付くから立っていられると思っ
てたんですよね。」
私;  「え?それじゃあ、太陽はどこにあるんですか?」
先輩; 「地球の中心に決まってるじゃないですか!?」
私;  「じゃ、じゃあ、そのほかの宇宙や天体はどこにあると思ってたんです
か?」
先輩; 「う~ん、そのへん?」

 そのへんって、どのへんよ?!これには、かなり驚きました。世の中には、理
系に弱い人はたくさんいますが、ここまで弱い人は珍しいですよね。


才能の総量は人間誰でも変わらないかも
 でもこの時思ったんです。人間は才能というのを、実はみんな同じ量だけ持っ
ているんじゃないかって。先輩の場合、文系のほうに才能が集中してしまったん
で、理系の分が無くなっちゃったんじゃないかって、そう思ったんです。
 世の中には、「自分には何の才能もない」と悲観している人もいるみたいです
が、きっとそれは今まで自分で自分の才能に気がついていないだけなんじゃな
いですか?だって、人間の才能なんて、全部足すとだれでもほとんど同じなんで
すよ、きっと。
 だから、誰でも自分でまったく気がついていないところに、とんでもなく大きな何
かが埋もれているに違いありません。ただ、そうだとしても、今までと同じ生活で
は、一生自分の才能を発見できずに終わってしまうかもしれません。それじゃあ、
もったいないじゃないですか。ちょっと、いつもと違う事して見ませんか?いつもと
違う道、いつもと違うコンビニ、いつもと違う雑誌、そんなちょっとした変化で埋も
れかけていた才能が花開くかも知れませんよ。
 あ、だからといって、「いつもと違う彼女」や「いつもと違う彼氏」とややこしいこと
になって揉めても私のせいにしないでくださいね。
 春です。キーボードから手を離して、さあまずは近所の公園に出かけることか
ら始めましょうよ。
それで、何かいいこと見つけたら、ちょっとだけおすそ分けしてください。
 というわけで、勘違いシリーズまだまだ続きます。


2007年03月14日

謎の肺炎~SARS3

大泉 純子大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者

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中国一の見本市にSARSの影響あり
先々週に次回は『SARS北京編』と書きましたが、「取材ノート」を
見直してみると4月の中旬に再び『広東省・広州』へ行っていました。
『広州交易会』と「日本人学校」取材するためです。

そこで今回は『SARS北京編』ではなく、『再び広州編』です。
2002年2月に初めて「SARS関連の取材をしてからほぼ2か月。
広東省での「SARS=Severe Acute Respiratory Syndrome=重症急
性呼吸器症候群」の流行はこのときすでにピークを過ぎており、最初
に取材に行ったときの“何やら不気味な雰囲気”は薄れていたように
感じました。(実はこの時点で『北京』など中国の北のほうへ広がって
いたのですが、まだ公にはされていなかったのでした) 
街の人たちに聞いてみても、「もうそんなに注意していません」という
答えが返ってきました。

『広州交易会』とは、毎年春と秋の2回開かれる「中国最大の貿易商
談会」で、世界中からバイヤーが集まります。正式名称は『中国輸出
品交易会』といいますが、毎年広東省の広州で開かれるので広州交易
会。中国では略して『広交会』とも言われます。会期は2週間ほどで、
洋服や靴・文房具などの日用雑貨から、電化製品、食品、工業製品、
宝石……ともうありとあらゆる「メイド・イン・チャイナ」が、文字
通りずらーーーっと並びます。全部をちゃんと見ようと思ったら3日
はかかるかもしれません。周辺のホテルは、通常の値段の3倍以上に
跳ね上がります。「公式ホームページ」によると去年10月開催分では
出展ブースが3万を超えていました。名実共に「世界最大の商談会」
といえる催しで、中国としては世界中に自慢したいイベントのはず。
なのに……例によって「地元の政府」に取材申請をしたところ、「今回
は海外メディアの取材は許可しない」というつれない返事。
向こう側の言い分は、「毎年取材に来ているメディアの申請しか受け付
けない」といいます。「中国を代表する世界的なイベントがSARSの
せいで精彩を欠いている」……そう報道されるのを嫌がっているとい
うことはすぐにわかりました。

逆に言えば、「SARS」がなければ、「経済専門のメディア」以外は
取材することはなかったわけです。
日本からのバイヤーを受け入れている代理店に聞いてみると、やはり
申し込みはいつもの年の10分の1ほどに落ち込んでいました。
「SARSがあっても、きちんと開催していることを取材するんで
す!」としつこく粘り、現地入りしてから開催前ぎりぎりになって、
なんとか「取材パス」を入手することが出来ました。
主だったブースを回ってみたところ、以前「中国のニュース」で見た
ときの混雑振りとは違い、「ブース」の番をしている人たちは携帯メー
ルに熱中していて、「参加者激減、中国一の見本市SARSの影響あり」
という取材ができました。


SARSでも冷静だった日本人学校
もうひとつは、「広州の日本人学校」の取材です。
ちょうど入学式が行われるタイミングでした。
保護者の方々に聞いてみると、「日本にいる親戚や知人から、“ヘンな
病気”が流行っているらしいけど大丈夫なの?と聞かれるのが、一番
嫌だ」と言っておられました。
「例え“未知の病気”が流行っていたとしても、私たちは家族でここ
に住んでいるし、SARSを怖がっていきなり日本の学校に転校する
のも現実的に無理……」という話。まったくそのとおりです。
日本では、「SARSがよく知られていない病気」あると、煽り気味の
報道が続いていたようですが、報道されているほど現地は動揺してな
んかいなかったのです。

実際に、パニック状態でもなく子供たちは手洗いやうがいをしっかり
やって元気に過ごしていました。「普通にやっています」ということを
伝えたいのだと言うと、学校側も快く取材を了承していただきました。
在校生の3分の1ほどの児童は、SARS騒ぎが収まるまでは……と
いうことで、春休みの間に日本に一時帰国したまま戻ってきていない
状態で、少し寂しい新学期を迎えました……というリポートを日本に
送りました。取材のあと、当時の校長先生から「日本での放送を見た
知人からみんな元気そうで安心しましたという連絡をもらった」と、
お礼の言葉をいただきました。
些細なことではありますが、特派員の仕事のやりがいを感じるのは、
こういうときだったりするものなんです。
「SARSのうら話」はまだまだ続きます。

2007年03月13日

相手の失点が得点にならず

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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“鈍感力”なのか、“鈍感”なのか


先週の安倍晋三首相は、ますます“強気な発言”が目立ちました。
『参議院予算委員会』で「支持率の低迷」の感想を聞かれると、「支持
率のために政治をしているのではない。民主党の支持率はどうなって
いるのか」と問いただしました。

「支持率なんか気にするな」という小泉前首相の“鈍感力のススメ”
から、“強気・タカ派の安倍”が戻ってきたようです。
また、今国会の最重要法案とする『国民投票法案』については、「与党
単独提出も辞さず。基本的には法律は成立すればいい」と、今国会中の
成立に意欲を表明しました。
安倍政権は「単独提出・単独採決」の方針を強く打ち出しました。
そして『アメリカ議会下院』で審議中の『従軍慰安婦問題』をめぐる
「日本政府に謝罪を求める決議案」については、「官憲による強制連行
があったことを証明する証言はない。決議されても謝罪はしない」と
発言して、『アメリカ議会』を刺激してしまいました。
この「決議案」は、ここ数年、選挙区に韓国系アメリカ人を多数抱えて
いる議員から提出されていたのですが、日本との関係を重視する『共和
党』主導の議会では封印されてきました。しかし、去年の「中間選挙」
で『民主党』が多数派となり、「決議案」が通る可能性が高くなってき
ているのです。

また、この決議案には「日本は“拉致問題”を非難するが、こんな過去
もあるということを周知したい」という思惑もあるようです。
戦後生まれの安倍首相は「歴史の見直し」に積極的な政治家のお一人
ですが、この「安倍発言」は1993年当時の宮沢内閣の官房長官・
河野洋平氏が「旧日本軍の関与と強制」を認めた「河野談話」を否定
することになります。
『自民党』内には「河野談話を見直す動き」もあるのですが、今度の
「安倍発言」は不用意だったと思いますし、少し“配慮不足”だったよ
うに思えます。


23回の「適切に報告している」
“光熱水費”の全てを税金で賄われている『議員会館』に「資金管理
団体の事務所」をおいている松岡利勝農林水産相が「“光熱水費”とし
て約507万円を計上していた問題」は、“政界不信”をさらに高めて
います。

『参院予算委』で最初にこの問題を指摘された松岡農水相は「水道に
は○(なん)○(とか)還元水とかをつけている。光熱については暖房なり別途含まれ
ている」と釈明し、「調べて答える」ということになりました。
しかし、7日の答弁では、「適切に報告している」を23回も繰り返し
て、具体的な説明はなしで済ませました。
松岡農水相は「家賃のいらない議員会館」を事務所にして、毎年2千万
から3千万円の「事務所費」を計上していることでも問題になってい
ました。
「光熱水費」と「事務所費」は『政治資金規正法』で「経常経費」と
して扱われ、「収支報告書」に領収書を添える必要がありません。
だから「適切に報告している」ということになるのでしょうが、議員
がそれほど優遇されていることに誰もが疑問を感じ、うんざりしてい
るのです。

しかし、『参院予算委』の審議は、いつまでこのような“些細なこと”
の責め合いの繰り返しなのでしょうか。
「相手の失点を、自分の得点にする」というこの形が飽きられている
ことを与野党共に早く気づいて欲しいものです。
そして、安倍首相はいつまで松岡農水相を庇いきれるのでしょうか。
国民の反発なしに庇いきれると思うなら、かなり“鈍感”に思えます。
“政治不信”がこれ以上高まれば、それも「安倍首相の責任」と言うこ
とになりかねません。

2007年03月12日

世界を振り回す北朝鮮

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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米朝は蜜月、日朝は千日手
先週『ベトナム・ハノイ』で行われた『日朝国交正常化作業部会』は、
2日間で僅か3時間の協議で日程を終えました。

安倍政権になって初めての本格的な「対北朝鮮政府間交渉」であり、
1年1カ月ぶりの「対話の場」でありながら、「拉致問題」の具体的な
進展を求める『日本』と、「拉致は解決済み」とする『北朝鮮』は全く
噛み合わないまま、同じことを繰り返す“千日手”に陥っています。

『北朝鮮』代表の宋(ソン)日昊(イルホ)・朝日国交正常化交渉担当大使の言葉を拾って
みると、「エネルギー支援」については「拉致問題が解決しなければ、
6者で合意したエネルギー支援をしないという日本の態度は、非核化
の“安保列車”へのただ乗りと同じだ」といい、「拉致問題の今後」に
ついては「日本の言うことは、死んだ人間を生き返らせて帰せというこ
とだ」とまでいっています。

また、「今後の『日朝部会』の見通し」についても「全面的に日本の態
度いかんだ」と声を張り上げ、硬い表情を崩すことがありませんでした。
一方、これに先立ち『ニューヨーク』で行われた『米朝国交正常化作
業部会』は、まさに“蜜月ムード”でした。
『アメリカ』は、『北朝鮮』代表の金(キム)桂(ゲグ)寛(ァン)・外務次官を「元首なみの警
備」で待遇し、「ミュージカル」や「レストラン」に招待し、“友好的な
演出”をして見せました。
数カ月前までの「北朝鮮との直接交渉を拒否してきたブッシュ政権」とは
大きく変わったことが感じられました。
そして「作業部会」では、「テロ支援国家指定や経済制裁」の解除」や
「核施設問題」などが話し合われ、 金次官は「雰囲気は非常に良く、
建設的」といい、アメリカのヒル国務次官も「目標達成に楽観的な感触」
といい、共に笑顔を見せていました。
『米朝』と『日朝』の2つの「作業部会」を比べてみると、『北朝鮮』
にとっては、ようやく同じテーブルに引っ張り出した『アメリカ』が重
要で、『日朝作業部会』は「米朝対話の添え物として開けばよかった」
と思われます。
そして感じられるのは、『北朝鮮』の「6者協議からの“日本外し”の
思惑・演出」がさらに強まりつつあることです。


南北の駆け引きは50年余も続く
先週、在日の『北朝鮮』の関係者と、『韓国』の著名なジャーナリスト
に会う機会がありました。
『北朝鮮』関係者は、「万景峰号の入港禁止だけでもなんとかならない
か」と嘆いていました。
『日朝作業部会』でも「経済制裁の撤回」や「朝鮮総連に関する捜査
の中止」が『北朝鮮』から要求されましたが、『在日』の人々にとって
も大きな問題になっているようです。
『韓国』の記者の話で興味深かったのは、「北との交渉は長い時間がか
かる」と言うことでした。
『朝鮮戦争』の「休戦協定」から53年余り……「押したり引いたり
の“駆け引き”が続いているのに、何にも見えていない」というのです。
金大中大統領から盧武鉉大統領に引き継がれた『北朝鮮への宥和策=
太陽政策』も『韓国』では批判が高まっています。
今年は5年に1度の『韓国大統領選挙』の年です。
盧武鉉政権を支えた「386世代=60年代生まれ、80年代に大学
で民主化運動を経験した30代の若年層」から盧武鉉の後継者が生ま
れるのか、『ハンナラ党』の朴(パク)槿(ク)恵(ネ)か、李(イ)明博(ミョンパク)が大統領になるのか……
大統領に誰がなるかによって『南北問題』は大きく変わるのです。
「融和策」の後だけに、厳しい「対立策」が採られるかも知れません。
そして、「38度線=休戦ライン」が消え、「南北和解・南北統一」が
実現するのはいつになるのか……「20から30年はかかる」という
声もあって、誰も分からないのが現実のようです。
また『韓国』には、「南北統一は韓国が北朝鮮に呑み込まれたとき」と
考える人もいるようです。
「それなのに、『日本』も『アメリカ』も急ぎすぎる。『北朝鮮』には
“核放棄”をする気はなく、“核廃絶”をキーワードに世界を好きなよ
うに振り回していることが続くのではないか」と彼は語っていました。

2007年03月07日

中国の国会開会中

大泉 純子大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者

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記者団の場所取りが早朝から始まる
きょうは「SARS」の話は一回お休みです。
というのも、3月の『中国』は政治の季節。

5日に『全国人民代表大会』が開会しました。「日本の国会」にあたる
会議で、略して『全人代』といい中国各地から、日本の国会議員にあ
たる人民の代表が『北京』に集まります。これより数日前に、各界の
代表が名を連ねる『全国政治協商会議』という会議も開かれ、全人代
とあわせて「両会」と呼ばれています。
私も毎年この時期には、『北京』へ行きました。中国各地の地元の記者
も、『北京』に大集結です。
『全人代』開幕の日の朝は早い。会議が始まるのは、現地時間の午前
9時からなのですが、会場の『人民大会堂』前には午前6時にはカメ
ラマンの列ができます。どうしてそんなに早いのか。それは場所取り
をするためです。午前7時頃に「セキュリティチェック」が始まり、
チェックを終えたカメラマンは、一目散に重たい3脚を抱えて議場を
目指します。中には転倒する人もいて、「ここは西宮戎神社か」と思う
ほど。流血もお構いなく激しい争いが繰り広げられます。
最初に目の当たりにしたときは本当にびっくりしました。

しかし、最初の猛ダッシュの末にたどり着くのは議場の前まで。
扉の前で、さらに列を作って待たなければなりません。
待つこと小一時間、議場の扉が開くと、狭い上に階段状になった通路
を我先にと駆け出すカメラマン。あっという間に、記者席のある議場
2階の最前列はテレビとスチールの三脚で埋まります。この時点で、
一日のエネルギーの9割を使ってしまうといっても言い過ぎではない
と思います。

さらに、「場所を確保できたから」といって、まだ安心はできません。
我々の常識では、「一旦置かれた三脚に他社のスタッフが触れる」のは
タブーですが、『中国』ではたまに、「これを勝手に動かす不届き者」
がいます。自社の三脚がなぜか後ろに下げられていて、別の三脚が置
かれているのです。何のために早起きして走って来たのか、ここまで
の労力が大台無しに……。しかし、ここで言い争ったりすると、残さ
れたエネルギーをさらに消費してしまいます。
三脚の持ち主がその場を離れた隙に、あくまで穏やかに元の場所を取
り返さなければなりません。


もう一つの記者団の行列
外国メディアのカメラマンがこうして死に物狂いで場所取りに挑む中、
議場前にはもう一つ、記者の行列ができます。開会の30分ほど前に
配られる「政治活動報告の全文」を入手するためです。
「政治活動報告」とは、日本でいう「総理の所信表明演説」のような
もので、これから1年間中国政府が取り組む全ての課題が盛り込まれ
ています。中国語版はもちろんですが、外国メディアの記者のために
英語をはじめいくつかの外国語版があり、ありがたいことに日本語版
も用意されているのです。これらを求めてどうして行列を作って待つ
のかというと、早く入手しないとなくなる可能性があるからです。
実際に配布される窓口は5か所くらいしかないのに、なぜか行列の最
後尾がそれ以上にあり、なかなか前に進まない。どうしてこんなとこ
ろでボトルネック現象が起こるのか全く不思議でした。

さて、「政治活動報告」を無事入手できれば開会までに内容に目を通し、
ポイントとなるべき箇所をチェックします。
「実際に首相が読み上げたところ」を以って「ニュースとして流す」
ことができるお約束になっています。
現地時間の9時に開会する『全人代』は、最初少しセレモニーがあり、
「政治活動報告」が始まるのは9時15分くらいから。1時間の時差
がある『日本』はこの時点で午前10時15分。報告はほぼ2時間続
くので、『日本』でお昼のニュースが始まる11時半の段階でどこまで
進んでいるかを見極めなければなりません。
映像そのものは『中国中央テレビ(CCTV)』の国際中継でリアルタイム
に『東京』へ届いていて、ぎりぎりのところで「これを使おう!」と
決断し、本社での編集作業が行われます。
もう一つ、『全人代』開会中の重要な仕事に、「外交部長(外務大臣)
の記者会見」があります。
「外交部長発言」は、これから1年の中国との外交関係を方針付ける
重要なもの。各国の記者が一斉に挙手する中、最初に指名されるのは、
『新華社』か、『中央テレビ』の記者など中国国営メディアです。合間
に、『香港』、『台湾』のメディア、『欧米』系のメディア、『ロシア』の
通信社、『ンガポール』や『韓国』のメディアなどが入り、よきところ
で『日本』のメディアも必ず指名されます。
気をつけて観察していると、指名される外国記者の隣には、外交部の
担当者が必ずついています。ある年の記者会見で発言を許された日本
の新聞社の記者さんによると、「今年は御社です」という通告があった
のだそうです。「やっぱりね……」という感じです。ただし、質問内容
までは事前にチェックされないとのことでした。
とはいえ、聞きたいことといえば何より「日中関係について」なので、
誰が質問しても結局想定内の回答になります。去年は、小泉前総理の
靖国参拝に嫌悪感を露にした李肇星外相も、報道によれば今年は全体
的に温厚ムードだったとのこと。来月には温家宝首相が訪日しますが、
関係改善に向けて一体何がどう行われるのか、やや無責任に注目して
います。

2007年03月06日

鈍感力の励ましが効いたのか

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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強い姿勢を見せ始めた安倍首相
先週の安倍晋三首相は、突然のように“強い姿勢”を取り始めました。
『07年度予算案』は3日早朝に『衆院本会議』で可決され、『参院』
に送付されました。

「予算」は、憲法上「参院の議決」がなくても、衆院通過後30日以内
に自然成立するので、これで「年度内成立」が確実になりました。
そして「憲法改正手続き」を定める『国民投票法案』の「会期内成立」
を最優先にする方針を固めました。
これまで「指導力が見えない」と言われ続けた安倍首相としては、自ら
のリーダーシップを強調したことになります。

また、「衛藤晟一前議員の復党」でも“強い姿勢”を見せました。
衛藤前議員は、『郵政民営化法案』に反対し、無所属で昨年の総選挙に
出て落選した後離党した「造反組」の一人です。
ただ安倍首相とは仲が良く、『日本の前途と歴史教育を考える若手議員
の会』では衛藤氏が幹事長、安倍氏が事務局長のコンビを組み、『拉致
義連』でも役員を務めてきました
その衛藤氏が夏の『参院選比例区』が「自民党公認候補」になるため
には先ず「復党」しなければなりません。
『自民党』には「落選組の復党は参院選後に」という方針がありまし
たが、首相自らがそれを破り、「衛藤氏の復党」に旗を振りました。
「衛藤さんは私と同じ考え方、方向性を持った方。同じ方向に向かっ
て国づくりを進めていこうという人には一緒に参加して貰いたい」と
いうのが言い分です。
幹事長など執行部には「時期尚早」という反対論もありましたが、首
相が見せた“強い姿勢”を受け入れざるを得なかったようです。
『公明党』からも「不快感」が示されました。衛藤前議員の出身地・
大分では「選挙区は自民・比例区は公明」という自公協力の約束があ
るからです。そこで衛藤氏は「大分から住所を移し、大分では選挙活動
をしない」という約束で公明党の理解を得ることになりました。
就任早々は「訪中・訪韓」で高い支持率を得た『安倍政権』が支持率
低迷のきっかけになったのは「離党組の復党問題」でした。
「衛藤氏の復党」は、どういうことになるのでしょうか。


拉致問題は追い風か、向かい風か
低迷の続く「内閣支持率の世論調査」の中で、「拉致問題が解決しなけ
れば支援はしない」という小泉首相を「評価するか・しないか」とい
う項目では、「評価する」が8割を超えています。
不支持が上回った調査でも、「拉致問題への“強い姿勢”は評価されて
いること」になります。
安倍首相は先月25日には『新潟市』を訪れ、首相就任後初めて「拉
致被害者5人」に面会し、「拉致問題の完全な解決へ全力を尽くす」と
約束しました。

そして明日と明後日は、『ベトナム・ハノイ』で、『日朝国交正常化に
関する作業部会』が開かれます。
ここでも「拉致問題への前向きの姿勢を求める」ことになっています。
「経済制裁を解除して貰いたければ、誠意ある対応を示さなければな
らない」というわけです。
『北朝鮮』はどういう姿勢で臨んでくるのでしょうか。
「拉致問題」が“追い風”となるか、“向かい風”となるか……世界の
動きもあるので、当分難問題を抱え続けることになります。
さて、小泉前首相が「支持率」を気にする幹事長や官房長官に「内閣
支持率の上下をいちいち気にすることはない。目先のことには鈍感に
なればいい。“鈍感力”が大事だ」と述べました。
退任後、目立ったことを言わなかった前首相としては、珍しく発言して、
安倍首相を励ましたのでしょう。
安倍首相の“強い姿勢”が見られるようになったのは、これ以後のこと
です。
もっとも、「低支持率が続けば、タカ寄り路線に回帰する」という見方
は早くからありました。
この「路線回帰」が支持率回復に繋がるでしょうか。

2007年03月05日

都知事選告示まで17日

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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今週にも浅野史郎氏正式出馬表明
出馬するか、しないかで迷っていた前宮城県知事・浅野史郎氏の出馬
がほぼ確実になりました。

2日の夕方の記者会見で、「公約などをまとめて、来週中に正式に出馬
表明する考え」を初めて示しました。
それまでは3日朝の『ウェークアップ!ぷらす』のゲスト出演が決ま
っていて、「出馬」について直に聞くことを楽しみにしていたのですが、
「立候補の意思を示した人はゲストに呼ばない」という『読売テレビ』
の内規からお会いすることが出来ませんでした。
2月中旬、『民主党』からの打診を受けて、「知事は卒業した」「出馬す
る必然性がない」と発言してから色々ありましたが、有識者や反石原
の市民グループが“勝手連”的に「市民集会」を開いた25日あたり
から、出馬に心が揺れ始めたものと思われます。
もっとも、打診した直後に鳩山由紀夫・民主党幹事長に会ったとき、
幹事長は「支援するとも、しないとも言えないが、静観している」と言
っていましたから、『民主党』としてはかなり早くから「淺野氏の出馬」
への期待を高めていたものと思われます。

しかし、『民主党都連』には「知事選に自党から候補を出したい」とい
う思いが強くあり、海江田万里・前衆議院議員を念頭に置いた人選が
続いていました。
海江田氏は「擁立説」を否定していますが、海江田氏の本音には「当初
に候補として声をかけられたら、やりたい」ということがあったのかも
知れません。淺野氏が「民主党から候補者を擁立すれば出る幕はない」
と言うようになって、海江田氏も諦めざるを得なくなったのでしょう。
淺野氏は「無党派選挙」を実践してきた人ですから、「民主党の推薦」
は受けないでしょうが、「支援」は想定内でしょうから、この“しこり”
が残らないように願いたいものです。

前回の都知事選は、石原氏308万票に対し、対抗馬の樋口恵子氏が
81万票という大差になりました。これは『民主党』が“一枚岩”に
なれなかったからだと見られています。
『民主党』がこの轍を踏むと、浅野氏の出馬で面白くなりそうな今回の
都知事選が、盛り上がりを欠く恐れが出てきます。
宮城県知事としての浅野氏は、「談合」を排除し、「福祉政策」と「情
報公開」で実績を上げています。
しかし、“負の遺産”として「財政難」も残しています。
「都知事選」は単なる「地方自治体の長」選びではありません。
浅野氏がどんな公約を掲げてくるかも、これからの注目点です。


団塊の世代がキーパーソン
今年は「2007年問題」で、「“団塊の世代”が定年を迎える」こと
が大きな話題になっています。
また、「1954年生まれの安倍晋三氏の首相誕生」で、“団塊の世代”
には「出番がないまま追い越された」という思いもありました。
しかし、今度の「民主党の都知事候補選び」の中で話題になった人々
の選ぶ方も選ばれる方も、多くが“団塊の世代”です。
ウェークアップ!ぷらす』の常連ゲストのお一人で、早くから打診が
あった寺島実郎・日本総研会長は、1947年(昭和22)生まれ。
浅野史郎氏が48年。海江田万里氏が49年。
鳩山由紀夫・幹事長も、円より子・都連会長も47年。菅直人・代表代
行は1つ上の46年生まれ。
こう並べてみると、まさに“団塊の世代”だらけです。

また、舛添要一氏が48年で、復党問題の衛藤晟一氏が47年。
「政界」だけではなく、「言論界」にも「経界」にも、これからのキー
パーソンになりそうな人が“団塊の世代”に多くいそうです。
私も49年生まれの“団塊の世代”……「ボヤボヤしていないで頑張
らなくちゃ」と改めて感じています。

2007年03月01日

コーヒーブレイク16

辛坊 治郎辛坊 治郎
読売テレビ・報道局局次長兼解説委員


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さあ、ボインのムセイカです。
鼻濁音にも戸惑いましたが、このボインのムセイカにはもっと戸惑いました。
それにしても、会社員をやっていると戸惑うことには事欠きません。つい先だって
もこんなことがあったんです。

新しい事務のアシスタントさんが東京支社に来てくれることになり、彼女が私のパ
ソコンを使えるように設定し直す作業が行われたのです。支社総務のパソコン保
守を担当する若い女性が、私のパソコンを開いて設定作業しているちょうどそのと
き、私が出社したんです。

彼女は私の席に座っています。隣に私の新しいアシスタントさんが立っています。
新しいアシスタントさんは、私の顔を見て、ちょっと戸惑ったような笑顔を浮かべ、
「おはようございます」と軽く頭を下げました。
私も、いつもの素敵な笑顔で彼女に微笑みを返して、横の総務の女性にも同じ笑
顔を向けたそのときでした。
あろうことか、彼女は私から目をそむけたのです。そして、カチャカチャと私のパソ
コンを触っていた彼女は、やがて、パタンとパソコンの蓋を閉めました。
「設定終わりました。新しいアシスタントさんも、これで辛坊さんのパソコンを使えま
す。それでは。」と言い残してそそくさと帰って行くではありませんか。
「ななな、なんでー!!俺があんたの気分を害するようなことを何かしたのかああ
ああ!」と叫びだしたいのをぐっとこらえて、作り笑顔で
「ご、ご苦労様です、、、」
と言いました。
僕って大人です。
で、分かったんです。いったい何を彼女が怒っていたかが。
彼女は、私のメールボックスの設定を変える作業をしていたのです。
で、私のメールボックスを見てしまったのです。

私のメールボックスは、今大変なことになっているんです。
それは去年の夏くらいのことでした。
ある日、こんなメールが会社の私のアドレスに送りつけられてきたのです。
「沢尻エリカ様が、あなた様を選びました」
ん?沢尻エリカ?何で沢尻エリカ様が私を選んだのかしら?沢尻様はいいけれど、
木村カエラ様ならもっといいのに!なんてアホなことを考えながらメールを開いて
びっくり仰天、それから悪夢の日々が始まったのです。
そうです。スパムメールです。

その日から、私の会社のパソコンには、綾瀬はるか様やら、藤原のりか様やら、木
村よしの様やら、暇でエッチな人妻やら、全開女学生やらが連日訪れるようになっ
たのです。
なにせ忙しくて、週一回くらいしか会社のパソコンは見られませんので、それ以来、
パソコンを開けるたびに数百通のスパムメールを削除するという情けない作業に
追われることになりました。
誓って言いますが、私が何かの折に、不埒なホームページに行ったなんてことも
無ければ、私のメルアドを知っている人から激しく恨まれる覚えもありません。でも、
スパムメールの津波に、私の受信箱は飲み込まれてしまったのです。
で、数ヶ月前、恥ずかしいのをこらえて、本社のパソコン担当の男性エキスパート
に頼みました。
「このスパムメール何とかならんの?」
「ああ、それですか。問題のあるファイルを含むメールは自動で削除されているは
ずですが、それをかいくぐってくるメールはどうにもなりません。」
「どうにもならないって、どういうこと?」
「根気よく削除するしか無いってことです」
「はああ~」
思わず大きなため息が出ました。

その後、長澤まさみ様や佐藤えりこ様や山本モナ様も差出人に加わり、私のメー
ルボックスはとっても華やかなことになっています。どうせなら、憧れの秋吉久美
子様にも参入してほしいものです。なんだったら、ヘップバーン様でもかまいませ
ん。
で、何が起きたかというと、要するに、支社のパソコン担当のうら若い女性は、そ
んな私のメールボックスを見てしまったということなのです。

開けた瞬間、彼女の目に飛び込んできた「全開女学生」らからのメールの洪水に、
こう思ったに違いありません。
「わ!このオヤジの受信箱は何これ?エッチメールのオンパレードじゃないの。こ
ういうメールを何百通も削除せずに放置してるなんて、なんていやらしい人なのか
しら。辛坊さんて、見かけや話し方はさわやかで、まるでオダギリジョーみたいって
思っていたし、近づくといい匂いがするし、頭もとってもよさそうだし、着ているもの
の趣味もいいのに、何かしら!このメールボックスは!!これじゃあ、ただのスケ
ベオヤジじゃないの。ショック~」
とこう考えたに違いありません。

はっきり言います。冤罪です。お願いです。僕をウエクサを見るような目で見ない
でください。
それにしてもボインのムセイカはいったいどうなったんでしょうか?
ということでまた次回。

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