日本に嫁いだある中国人女性の故郷
NHKのBSで事件を知った私は、「これでまたみんな(=読売テレビ
報道部の同僚)忙しくなるな……」と、かなり他人事の受け止め方を
していました。しばらくして、容疑者の身柄確保との情報。
『同級生の母親で、中国籍の女性』……「中国籍!?」これで自分も
関わらざるを得ないと直感。しかし、現場からの情報では『黒龍江省
出身』ということしかわからず、悶々としていたところ……。数日後、
日本のある新聞に「生家の記事」が出ました。「うわーやられた……!」
と思うと同時に、記事には村の名前まで出ていたので、これは追いか
けるしかありません。
地図の上では、省都の『ハルビン』から東へ300キロほど。
中国大陸の移動としては楽勝の距離。とにかく『ハルビン』へ飛びま
した。
長距離の陸路移動は、ワゴンタイプの車のほうが途中で寝られるし楽
なのですが、今回も例によって許可なし取材なので、「万一途中で怪し
まれたらいけない……」と思い、タクシーを使うことにしました。
早朝5時にホテルを出発。詳細は周辺に着いてから聞くしかないので、
ひたすら東へ向かいます。30分ほどして、高速道路の入り口で運転
手さんが料金所の係員に呼び止められました。
『黒龍江省』には『松花江』という大きな川が東西に流れているので
すが、どうやら我々の向かう村は川の北側……高速道路は川の南側に
あり、「このまま高速道路を使っていくと最後に川を渡らなければなら
ないが、その川を渡すための橋が工事で通行止めになっている」とい
います。
というわけで、我々は高速道路ではなく川の北側の地道で現場を目指
すことになりました。
その道へ回るために、来た道をほぼふり出しまで引き返し、気を取り
直して出発。
この程度のハプニングは、すでに私にしてみればハプニングではあり
ません……中国ですもん。
『ハルビン』の市街を過ぎると、この地道というのが全く舗装されて
いないのはもちろん、何か喋ったら舌を噛みそうな、それは激しいデ
コボコ道でした。私もスタッフも無言。
何度車が宙に浮き、頭を打ったことか。そのまま、5時間耐えました。
ようやく、目的地の村がある県(中国の行政単位は省の下に市があり、
その下に県、その下に村)に差し掛かり、通りがかりの人に、「あと何
本通りを越えたら左とか右とか」聞きながら、ようやくたどり着くこ
とができました。お昼前でした。辺りは一面荒れ野原。
民家が30軒ほどあるだけの小さな集落でした。
零下20度・一面の雪景色の中での取材
村の人を見つけて「鄭永善さんを知っていますか?」と聞く前に、ど
うしてもトイレに行きたかった私は、とりあえず村の一番手前にあっ
た家を訪ねました。
家の人は親切に家に入れてくれて、「トイレはあのドアの向こうです
よ」と言われました。ドアを開けると、そこは一面の雪景色。外です。
一瞬驚きましたが、10メートルほど向こうに小さな囲いがありまし
た。以前にも書きましたが、真冬の黒龍江省は昼間でも零下20度の
冷え込み。現在でも過酷な生活環境です。
トイレを借りた家の人に聞くと、「詳しくは知らないが鄭さんの家なら
たぶんそこでしょう」と教えてくれました。何人かに声をかけてみたところ、
運よく幼い頃の鄭永善被告をよく知っていて、昔は隣に住ん
でいたという女性がいました。生家は間違いなさそうです。
まずは、現場でのリポートを収録。雪が数十センチは積もっていたと
ころで何度も足を取られおまけに吹雪で口がまったく回らない……。
何度も取り直しているうちに、カメラの調子が悪くなってきて、寒さ
のせいかマイクの電源もおかしくなり、不本意ながらOKに。
そのあと、その女性に詳しく話を聞きました。
「鄭さんはとても頭がよく、学校の成績もよかった」といいます。
小さい頃よくかんしゃくを起こして、泣き止まないのでその女性の夫
がなだめに行っていたそうです。10歳のころに家族で別の村へ引越
ししてその後の消息は詳しくは知らないけれど、「日本人と結婚したら
しい」ということは聞いたと話してくれました。
取材に応じてくれた女性は小さな雑貨店を営んでいたので、私はお礼
に「何か買います」と言ったら、女性は「そんなの、いいわよ。また
いつでも来てね」と言ってくれました。
もう会うことはないと思いますが、あのときは本当に助かったと思い
ました。非常感謝。
その後、少し開けた町まで出て日本語学校の取材をし、もう夕方でし
たがようやく昼食を取って、「さぁ、またこれからあのデコボコ道か」
と思っていたところ、運転手さんが、「あれ、通行止めと言われた橋が
通れるみたい」だと言います。
確かに、車が通っていました。橋というより、ほとんど川にフロート
状の鉄板が鎖に繋がれて浮いているだけという感じでした。
ここを渡れば、高速に乗ることができます。
「対向車が来たらどないすんねん……」という状態でしたが、ゆっく
り、ゆっくり進んで、何とか通り抜けることができました。
『ハルビン』市内まで高速をぶっ飛ばして2時間弱。行きしなの苦労
は何だったの……。
さて、ホテルに戻り取材テープを編集してパソコンで大阪へ送ります。
ところが、どうも調子が悪く、10分ほどの素材を送るのに1時間以
上もかかり、送り終わる寸前になぜかストップしてしまうというトラ
ブルに見舞われ、やり直すこと数回。
ようやく送り終わったのが午前4時頃でした。
テレビをつけたら、『トリノオリンピック』の女子フィギュアスケート
の生中継。くたくたに疲れていたものの、「これは見なきゃ!」と思い、
「荒川静香選手の金メダル」に感動して眠りました。
先週、『大津地裁』で鄭永善被告の初公判が開かれました。
鄭被告は起訴事実を否認……「砂人形を刺した。二人は生きている」
と話したり、法廷でつばを吐いたり、不可解と言わざるを得ない言動
が報じられました。
罪は罪として償わなければならないのは当然のことながら、幼いころ
の暮らしぶりの一端を垣間見た私は、「彼女はどんな思いで日本に来た
のだろうか」と改めて考えています。







