誰かが手を挙げないか
岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)
55年体制崩壊期に似ている今
私が「初代報道東京駐在」として転勤していたのは、1993年9月。
「宮沢内閣不信任案」が可決され、『衆議院』が解散し、『自民党』が
分裂し、それに続いた「衆院選挙」で『自民』が過半数割れとなり、
『新生・日本新党・新党さきがけ』で103議席を獲得、「7党1会派
連立」で“非自民政権”の『細川護煕内閣』が誕生した直後でした。
今の政局は、「55年体制の崩壊」と言われたあの頃の政局に似ている
ように思えてならないのです。
「55年体制」というのは、1955年(昭和30)、『左右社会党』の
統一に刺激されて、『民主・自由党』の「保守合同」で『自由民主党』
が結成されて出来た「保・革を対立軸とした体制」のことです。
以来38年、一時的に『新自由クラブ』との連立時代はあったものの、
ただ1党だけで過半数の議席を占め、「政権」を握り続けてきました。
それが93年7月の「衆院選」で過半数割れとなり、「55年体制」が
崩壊したのです。
その崩壊の兆しは、前の年にありました。
92年には、『共和汚職』『佐川急便事件』があり、「政治不信」から
『宮沢内閣』の支持率が低落、さらに『竹下派』から小沢・羽田らが
離脱して『羽田派』を結成しました。
一方、前熊本県知事・細川護煕氏が『日本新党』を結党し、「参院選」
で「ミニ政党」としては過去最大の4議席を獲得しました。
そして、『自民党』を離党した『羽田派』が『新生党』となり、同じく
離党した竹村正義議員らが『新党さきがけ』を結党したのが93年の
「衆院選」前でした。
それまでの「派閥」に飽き足らなくなっていた人が多く、誰かが「この
指止まれ!」と手を挙げると、同じ考えの人が集まってきました。
今、誰かが「この指止まれ!」と手を挙げたら、“面白い政局=第3局”
が生まれそうに思うのは、私だけでしょうか。
参院選後に政治のエポックメーキングが起こる
「55年体制崩壊期」に活躍した人々を「第一革命世代」だとすると、
これから手を挙げるのは、「第二世代」になります。
しかし、「誰が?」というと、なかなか「この人!」と名前を挙げるこ
とが出来ません。
『自民党』で「政策新人類」と呼ばれた人は、安倍晋三氏は首相になり、
塩崎氏は官房長官、渡部喜美氏も行革担当相として入閣、石原伸晃氏
と根本匠氏はそれぞれの役職にあって、とても「この指止まれ!」と言
い出しそうにありません。
『民主党』はというと、岡田克也元代表や前原誠司前代表・枝野幸男政
調会長代理などの名が上がるのでしょうが、これも今の段階では手を
挙げそうにはありません。
その意味では、健康を損ねなければ、平沼赳夫氏にチャンスがあったの
かも知れません。
誰でもいいのです。どちらの党でもいいのです。
「自分のルートで現実を把握し、自ら政策を立案し行動するタイプの
政治家」が出てきて欲しいものです。
世論調査によると、「無党派層」は5割を超えています。
“そのまんま東現象”が「国政の場」で起こっても不思議ではないと
思います。
小沢代表は「参院選で与野党逆転を図る」と主張し続けていますが、
「首相にはならない」と宣言しています。
しかし世の中には「小沢シンパ」が多く、「一度は小沢の首相としての
手腕を見てみたい」という声は依然としてあります。
安倍首相が“求心力”を回復しない限り、選挙の行方は不明です。
参院選後に「政治のエポックメーキングなことがある」と思えてなら
ないのは、私だけでしょうか。






