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2007年02月28日

謎の肺炎~SARS2

大泉 純子大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者

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香港中で大流行
前回お伝えした、2月半ばの『広州』での取材を終えたあとも、しば
らく「SARS=重症急性呼吸器症候群」は、まだ広く知られるには
至りませんでした。なぜかといいますと、『中国』の地方政府が事態を
ちゃんと把握せず、中央政府へ報告していなかったからです…

…ということは、WHOなど世界機関への報告もなされないまま、S
ARSはじわじわと各地へ広がり続けていました。今こうして書い
てみると、あらためて恐ろしい。

3月の中旬にWHOが警告を出し、「SARS」は「コロナウィルスを原因
とする新型の肺炎」で、「咳や発熱などの症状」が出る。最悪の場合は
死亡する。感染力が非常に強い……ということがわかってきました。
『香港』での患者数はあっという間に膨れ上がり、街ゆく人はみんな
マスクを着用……という異様な光景が見られるようになってきました。
(この時点で、すでに『北京』などでも発生していたにもかかわらず、
中国大陸での発生状況はまだ明らかになっていません)

いざ、出陣!死者続出、謎の疫病が流行っているところへ行かなけれ
ばならないなんて、親兄弟の心配はいかほどであろう……。でも当時
は、怖いという気持ちは全くありませんでした。
これはええカッコしぃでも何でもなくて、現場があればそこへ行くの
が我々の使命。
生まれつきの向こう見ずではありません。「記者」というのはそういう
性質なのです。

『香港』で最初の患者が確認されたのは2003年2月。
『中国』の『広東省』で感染し、その後『香港』へやってきた医師が
最初の患者でした。この医師が宿泊したホテルの同じフロアに宿泊し
た人たちが、感染を知らないまま『シンガポール』や『カナダ』へ渡
航したため世界中へ広まる原因となります。
私が『香港』入りしたのは4月1日でした。すでに『香港』中に正体
のわからない病気が広まり、“100万ドルの夜景”で有名な観光スポ
ット『ピーク』をはじめ、普段は賑やかな香港の街は閑散としていま
した。
とりあえず、街の様子などを見つつ本格的な取材は明日から。


レスリー・チャンの自殺に遭遇
「どう切り込もうか」と考えていた矢先に、『東京』からの電話……
「レスリー・チャンが自殺したらしい」。「はぁ……?」。
レスリー・チャンといえば、知る人ぞ知る香港の大スターで、日本人
のファンも多く、歌もうまいし、数多くの映画に出演しています。
(私の大学時代の友人は未だに、「彼がこの世にいないのが信じられな
い」と言って悲しみに暮れています)
現場は、『香港』の『セントラル』地区のホテルらしい。『セントラル』
には高級ホテルが当時5つしかなかったので、「これはすぐ割れるわ」
と思ったところ、一つ目でヒット。
現場はすでにクリーニングが終わっていたものの、歩道と車道を分け
る柵が一箇所壊れていました。最上階のフィットネスクラブのベラン
ダから飛び降りたらしい。
ニュースを聞きつけたファンが花やDVDを持って現場に集まり始め
ていました。その中に、日本人観光客の姿を見つけたので、すかさず
インタビュー。「大ファンだったの……きょうは4月1日だし、エイプ
リルフールだと思ったら信じられない」とショックを受けておられる
様子でした。その後搬送先の病院へも行ってみましたが、すでに死亡
が確認されていて、大きな動きはありませんでした。
というわけで、SARSの取材で『香港』へ来たものの、東京へ最初
に送ったリポートは「レスリー・チャンさん自殺」……東京のデスク
曰く、「引きが強いっていうか、大泉さんが行くところ、何かあるよね」。
これは誉め言葉としてありがたく頂戴しました。


ゴーストタウンと化した香港のマンション
さて、本題のSARS……現地の報道によると、「あるマンションのひ
とつの棟で集団感染」が発生していました。
マンションの上下で患者が発生しており、「排泄物から下水管を通じて
感染が拡大している可能性がある」といいます。
『九龍地区』や『香港島』のよく知られたきらびやかな香港ではなく、
少し北にある住宅街の一角です。マンションの隣にあるショッピング
センターも閑散としており、お店もほとんど閉まっていました……と
いうのも、住民たちは行政の指導で郊外の施設に集団疎開していたか
らです。「関係者以外立ち入り禁止」の規制線を乗り越えて中へ入ると、
大きなマンションなのに人がほとんどおらず、まさにゴーストタウン
さながらのようす。
洗濯物が干しっぱなしの家もあり、住民がとにかく急いでマンション
を後にしたようすが伺えます。

この頃、SARSが日本で連日どのように報じられていたのか、その
温度差はわかりませんが、ひとつ言えることは「日本で報道されてい
たほど恐怖に脅えていたわけではない」ということです。
『香港』は患者が多数報告されてはいたものの、街がいわゆる「パニ
ック」状態になっていたわけではありませんでした。
日本から見たら、「正体のわからないものに脅かされている……」とい
うストーリーができればわかりやすかったのでしょうが、実際は確か
に出歩く人は少なかったけれど、普通に生活していた人も多かったよ
うに思いました。実際よりも、「外から一部を切り取って見た状況が作
り上げられているのでは?」……とも思いました。

香港取材3日目は、春休みで観光客で賑わうはずの『香港』で「閑古
鳥が鳴きまくり」という取材。
「4日目はどうしよう…… 」と考えていたところで、東京より退去指
示が出ました。
現場にいる者としてはもっとガンガン行きたいのはヤマヤマでしたが、
会社のリスク管理という観点からこれ以上の取材はするな、というこ
とでした。状況は最初から変わっていないのに……。
「香港編」ここまでです。次回は「北京編」です。お楽しみに。

2007年02月27日

誰かが手を挙げないか

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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55年体制崩壊期に似ている今
私が「初代報道東京駐在」として転勤していたのは、1993年9月。
「宮沢内閣不信任案」が可決され、『衆議院』が解散し、『自民党』が
分裂し、それに続いた「衆院選挙」で『自民』が過半数割れとなり、
『新生・日本新党・新党さきがけ』で103議席を獲得、「7党1会派
連立」で“非自民政権”の『細川護煕内閣』が誕生した直後でした。


今の政局は、「55年体制の崩壊」と言われたあの頃の政局に似ている
ように思えてならないのです。
「55年体制」というのは、1955年(昭和30)、『左右社会党』の
統一に刺激されて、『民主・自由党』の「保守合同」で『自由民主党』
が結成されて出来た「保・革を対立軸とした体制」のことです。
以来38年、一時的に『新自由クラブ』との連立時代はあったものの、
ただ1党だけで過半数の議席を占め、「政権」を握り続けてきました。
それが93年7月の「衆院選」で過半数割れとなり、「55年体制」が
崩壊したのです。

その崩壊の兆しは、前の年にありました。
92年には、『共和汚職』『佐川急便事件』があり、「政治不信」から
『宮沢内閣』の支持率が低落、さらに『竹下派』から小沢・羽田らが
離脱して『羽田派』を結成しました。
一方、前熊本県知事・細川護煕氏が『日本新党』を結党し、「参院選」
で「ミニ政党」としては過去最大の4議席を獲得しました。
そして、『自民党』を離党した『羽田派』が『新生党』となり、同じく
離党した竹村正義議員らが『新党さきがけ』を結党したのが93年の
「衆院選」前でした。

それまでの「派閥」に飽き足らなくなっていた人が多く、誰かが「この
指止まれ!」と手を挙げると、同じ考えの人が集まってきました。
今、誰かが「この指止まれ!」と手を挙げたら、“面白い政局=第3局”
が生まれそうに思うのは、私だけでしょうか。


参院選後に政治のエポックメーキングが起こる
「55年体制崩壊期」に活躍した人々を「第一革命世代」だとすると、
これから手を挙げるのは、「第二世代」になります。
しかし、「誰が?」というと、なかなか「この人!」と名前を挙げるこ
とが出来ません。
『自民党』で「政策新人類」と呼ばれた人は、安倍晋三氏は首相になり、
塩崎氏は官房長官、渡部喜美氏も行革担当相として入閣、石原伸晃氏
と根本匠氏はそれぞれの役職にあって、とても「この指止まれ!」と言
い出しそうにありません。
『民主党』はというと、岡田克也元代表や前原誠司前代表・枝野幸男政
調会長代理などの名が上がるのでしょうが、これも今の段階では手を
挙げそうにはありません。
その意味では、健康を損ねなければ、平沼赳夫氏にチャンスがあったの
かも知れません。
誰でもいいのです。どちらの党でもいいのです。
「自分のルートで現実を把握し、自ら政策を立案し行動するタイプの
政治家」が出てきて欲しいものです。

世論調査によると、「無党派層」は5割を超えています。
“そのまんま東現象”が「国政の場」で起こっても不思議ではないと
思います。
小沢代表は「参院選で与野党逆転を図る」と主張し続けていますが、
「首相にはならない」と宣言しています。
しかし世の中には「小沢シンパ」が多く、「一度は小沢の首相としての
手腕を見てみたい」という声は依然としてあります。
安倍首相が“求心力”を回復しない限り、選挙の行方は不明です。
参院選後に「政治のエポックメーキングなことがある」と思えてなら
ないのは、私だけでしょうか。

2007年02月26日

官邸VS自民党VS民主党

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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官邸と自民党のきしみを明らかにした中川幹事長発言
中川秀直自民党幹事長が講演で漏らした「閣議前の控え室に安倍首相
が入ってきても、私語や雑談を続け、起立もしない大臣がいる」とい
う「裏話」が、「官邸」と「自民党」の“きしみ”を明らかにしました。
閣僚や官僚を抑え込んでいた小泉時代には見られなかった現象だけに、
幹事長としては見過ごせなかったのでしょう。

そして、この話の前後には、「閣僚・官僚のスタッフは首相に対し絶対
的な忠誠、自己犠牲の精神が求められる」「自分が目立つことを最優先
する政治家や、野党の追及が怖くて改革を進められない政治家は、内
閣・官邸から去るべきだ」という厳しい言葉が続いていたのです。
『チーム安倍』には、当選回数が首相よりも多い人や、仲良し気分の
ままの人がいて、“首相を軽く見ている傾向”あることは自民党内では
早くから噂されていました。
しかも「産む機械発言」や「米国批判」など「閣僚の失言・放言」が
続き、「内閣支持率」はさらに低迷し、回復の兆しも見えません。
中川発言に対し安倍首相は「心配していただく必要はない」と不快感
を示し、塩崎恭久官房長官も「閣議は規律正しくやっている」と弁明
しました。
幹事長としては激励の意を込めた“親心”だったのでしょうが、内閣
の“求心力”のなさを露呈する逆効果になってしまったようです。
『自民党』の「官邸に対する不満」は、塩崎官房長官にも向けられて
います。

塩崎氏は、かつて安倍晋三氏・石原伸晃氏らと共に「政策新人類」と
呼ばれた政策通ですが、閣僚は今度が初めてという経験の浅さが党内
では評価されていません。
本人も「根回しは苦手」と認めていますが、中川流で言うと「自己主
張が強い政治家」の一人で、「物言いの強さ」に反発を覚える議員もい
るようです。
そして「官房長官がベテランなら、内閣はもっとうまく回るのに」と、
「内閣改造に期待する声」も出てきました。
「官邸」と「自民党」の“きしみ”は、どうなるのでしょうか。


「政治とカネ」で小沢代表は約束を果たしたが
小沢一郎民主党代表は、「事務所費問題」で約束通り領収書などの書類
を含めて「詳細」を報道陣に公表しました。

それにしても『東京・世田谷区』の自宅近くに「政治資金」で土地を
買い、秘書寮を建てた分を含めて「事務所費」が4億1千5百万円余
というのには、その額の大きさに改めて驚かされました。
「自ら公表することが、もっともわかりやすい解決策であり、国民の
政治不信を取り除くことになる」というのが小沢代表の弁ですが、「こ
の額では政治不信が増すのでは」と言う思いもあります。
「個人の資産づくりではないのか」という疑問については、弁護士立
ち会いのもとで記者会見した小沢代表は、「個人としては何の権利も持
っていない」と、「引退・死亡後の不動産の処分」にも言及しました。

小沢代表がこうして「政治資金の使い途」を公開したことは、「政治と
カネの問題を透明にする第一歩」としては評価されます。
しかし、「野党の代表が公表したのだから、自民党も疑惑が指摘されて
いる閣僚や党幹部も公表しろ」という声に、『自民党』は「法に則って
処理している」と開き直り、公表に応じる様子は感じられません。
このままだと「安倍政権は政治とカネ問題に不熱心だ」というイメー
ジが作られてしまう恐れがあります。
それは『自民党』としても避けなければならないでしょう。
『自民党』と『民主党』の「政略優先」のなじり合いではなく、「政治
資金の透明性を確保する制度論議」に繋がることを期待しておきます。

2007年02月21日

謎の肺炎~SARS1

大泉 純子大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者

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中国の口コミ情報流布速度は速い
2003年2月のこと。中国南部の『広東省』で原因不明の伝染病が
流行し、「数人が死亡したらしい」との一報。東京のデスクは、「原因
不明っていうのが、何か気になるよね。さくっといけますか?」
(さくっといけますかって伝染病で死人が出ているのに……)と心の
中でぼやきつつ、現地ではマスクが品切れになっているというので、
マスクを用意して『広州』へ飛びました。

現地の新聞によると、謎の病気は、「非典型肺炎」という名前。直訳で
きる日本語はなく、「前例のない肺炎」と訳してみました。
その後、『新型肺炎』とも言われ、後に『WHO=世界保健機関』が『重
症急性呼吸器症候群』としました。いわゆる『SARS~サーズ』と
の付き合いは、このときに始まりました。

『広州』に到着すると、本当に道行く人たちはみんなマスクをしてい
ました……かなり異様な光景です。
患者が入院している『第八人民病院』の周辺は、外国の記者だとばれ
ると一発拘束の緊張感が漂っており、門の付近で様子をうかがうのが
精一杯でした。
「どういう病気なのかよくわからないものの、謎の伝染病で何人かが
死亡。政府はすでに対策を打ち、感染者も増えていないのでこれ以上
蔓延する心配はない」……この時点での、現地での報道です。
後に大ウソであることが判明しますが、このときはまだ、「中国のみな
らず世界中が大混乱に陥る病気だ」とは全く思っていませんでした。
とりあえず、街の雰囲気を取材して市民にインタビュー。
「よくわからないので怖い」という人と「普段からカラダを鍛えてい
るから大丈夫」というのん気な人もいました。

続いては、『特効薬』とされる薬があるというので薬局へ。
『板藍根』という「風邪薬」がどういうわけか、謎の伝染病に効くと
の噂が飛び交っていました。
こういう緊急事態下での『中国』の口コミ情報流布速度というのは、
びっくりするほど早い。
案の定、売り切れ続出。薬局では「板藍根入荷しました!」という張
り紙も見られ、急にブームになっている様子がうかがえました。
とりあえず、一袋購入……10元(=約150円)なり。お湯に溶か
して飲むと、確かに身体はぽかぽかと温まります。
「風邪薬」というより、「生姜湯」みたいな感じです。
「こんな薬で“謎の伝染病”が治るわけないよ」……。


酢が効くという噂も流れた
続いては、街中の日用品のお店にて「酢」の取材。
なぜ「酢」なのか……お店の人に「売れ行き」を聞くと、「これもまた
非常によく売れている」といいます。
中国では、「酢を使って掃除をすると、殺菌効果がある」とされている
そうです。
どうやって使うのかといいますと、雑巾を酢水に浸して拭き掃除をし
たり、鍋で「酢」を温めると、蒸気が部屋の空気を殺菌するとか……。
これはどうやら、謎の伝染病騒動が起こるずっと以前から、中国では
「生活の知恵」とされていたことらしく、この期に及んで多くの市民
が実践に移していたとみられます。
念のため、この方法に科学的根拠はまったくありません。
後日WHOの人にも聞いてみたところ、「酢の殺菌効果など聞いたこと
がない」と話していました。

ここでも「酢」を一本購入し、取材を終えて『上海』へ戻る空港にて。
『中国の国内線』はかつてテロ未遂があったため、「機内への液体類の
持ち込み」が厳しく制限されています。
預ける荷物の中に入れてあれば問題ないのですが、手荷物の場合は、
係官がふたを開けてニオイを嗅ぎ、「飲んでみて」と言われることもあ
ります。このときもひっかかり、「飲んでみて」と言われたので、アホ
らしくなり、「もういいわ、あげる」と言って係官にプレゼントしまし
た。家の掃除に使ったのでしょうか。

というわけで、最初の広州取材は、私自身も謎の伝染病が「SARS」
だとはわからないまま終えました。
その後、わが身に降りかかる危険など全く予想しませんでした。
この続きは、次回に。

2007年02月20日

試されている与野党

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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そのまんま東現象はまだまだ続く
東国原英夫=そのまんま東・宮崎県知事の初めての「所信表明」は、
大変好評でした。

「宮崎をどげんかせんといかん」などと“宮崎弁”を交えながら、熱
く「施政方針」を語りかけました。
議場には、28社120人の記者と35台のテレビカメラが詰めかけ、
抽選で選ばれた60人が一般傍聴として議場に入りました。
『宮崎県』は「自民党王国」で、「県議員」の大半の32名が「自民党
議員」です。
そして多くの「自民党議員」が「自分の言葉で良かった」とか、「勢い
があって良かった」と、東知事の存在感を認めていました。

東知事が当選した「知事選」では、「無党派」だけではなく、「自民党
支持者」の多くが東氏に投票したことが「出口調査」で明らかになっ
ています。「自民党県議」も「東氏に投票した県民の票」を集めなけれ
ばなりませんから、東国原知事に反対してばかりはいられなくなった
ことが、県議の反応に現れています。
東知事は「既成政党」に信頼感を失った「県民党」ともいうべき人々
によって選ばれたことに気づき、これらの人々の票を無視できなくな
ったのです。

同じようなことが、「もったいない」で『東海道新幹線』の『南びわ湖
駅』の建設反対で当選した嘉田由紀子知事の『滋賀県』でも起こって
います。
「オール野党」で、何でも「反対・反対」で苦しんでいた嘉多知事に
対し「強い応援団」が登場したのです。
「嘉田知事を選んだ人々」が、今度の『地方統一選挙』で、「全選挙区
から候補者を立てる」という動きを見せ始めたのです。
今までの“しがらみ”で当選してきた県議が、「県民党」といえる人々
を無視できるでしょうか。
この動きは『宮崎県』や『滋賀県』だけではなく、「他の県」でも見ら
れそうです。
「政党離れ」は予想以上に広がっているように思えます。


都知事候補さえ選べない民主党
『民主党』は「都知事候補選び」に難航しています。
「もしかしたら石原知事に勝てるかも知れない」と期待された“最強
候補”の菅直人・代表代行は、最初からその気はなく、ようやく正式
に「辞退」を表明しました。

その菅・代表代行が狙っていたのは、前宮城県知事の淺野史郎・慶大
教授ですか、「無党派でやってきたのだから、党の候補にはなりたくな
い」と断られてしまいました。
「都知事選告知」まで後1ヶ月余り……このスケジュールは早くから
分かっていたのに、まだ候補者が選べていないのは、どうしたことな
のでしょうか。

これまでに『民主党』が名前を挙げた候補者は誰もが「石原知事の強
力な対抗馬」とは言えず、「民主党の限界」を感じさせていました。
また、『自民党』も『福島・山梨』の「参院補選」での「候補者選び」
には苦労しています。
特に“そのまんま東現象”を見てからは、選挙民の「政党離れ」がど
うなるか読めないでいるようです。
その意味で、「既成政党の与野党は、共に選挙民に試されている」と言
えそうです。

2007年02月19日

6者協議が合意文書を採択

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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安倍内閣の支持率はさらに低迷
『NNN』の世論調査では、「安倍晋三内閣支持率」がさらに低下して
42.1%となり、僅かに「不支持」を抑えましたが、或る「通信社」
の調査では、「支持34.2%・不支持39.2%」となり、初めて「不支
持」が「支持」を上回りました。

しかも、「30%台の前半になったら、政権は持たない」といわれてい
た数字に近づいてしまったのです。
安倍首相は『6者協議』が開かれている間中、「拉致問題の解決が先」
と言い、「合意文書」が採決された後も、「拉致問題が解決しなければ
支援はしない」と“強い安倍の姿勢”を貫いてきたのですが、「支持率
回復」の決め手にはならなかったようです。

『6者協議』の流れは、『北朝鮮』が求めてきた「金融制裁解除」から、
『米・中・韓・ロ・日』が要求する「核放棄」に傾き、「北朝鮮核停止・
重油支援」という「合意」となりました。
しかし、『日本』は「拉致問題が解決していないから、当面は支援の負
担をしない」と独自の立場を取ることになりました。
これに対し、早くも韓国の高官から「日本は“核放棄”という“実”
はとっても、“代償”は払わないのか?」と強い抗議を突きつけられて
います。

安倍首相は、「拉致や国交正常化について話し合う作業部会」の設置が
決まったことから「一定の前進があった」と評価していますが、『自民
党』内には「国際社会からの孤立」を心配する声が上がっています。
15日の『安倍内閣メールマガジン』に、「これまで圧力だけでやって
きたが、対話も必要」という内容の一文が載っていましたから、本音
では「対話と圧力」「拉致も核も」という姿勢への転換点を狙っている
のかも知れません。

これから60日は日に日に難しくなる
「合意で決まったこと」は、「初期段階として、60日以内に核施設を
稼働停止・封印し、国際原子力機関=IAEAの要員を復帰させれば、
重油5万トンに相当するエネルギー支援を60日以内に開始する」と
いうものです。

「キーワード」は「60日以内」……日に日に期限が近づいてくる中
で、『日本』は「どの道を選ぶか」という難しい選択を迫られることに
なります。
この『6者協議』の合意に、ブッシュ米大統領は「満足した」と発言
していますが、強硬派からは「クリントン政権の94年枠組み合意と
どこが違うのか」と批判されています。
あの時、『北朝鮮』は「合意」を無視して、「核兵器の開発」を続け、
「核兵器」を手にしてしまいました。
今度は、その轍を踏まないためにも、「厳密な検証」が必要になります。
そのためには5カ国の根気強い関与が欠かせないのですが、「拉致」に
こだわったままの独自の姿勢」を『日本』はどこまで保てるのでしょ
うか……。

「エネルギー不足」は極限状態にあるのでしょうが、「核保有」を宣言
した『北朝鮮』が本当に「核廃棄」に応じるのでしょうか……。
「100万トンの重油を求めて、とりあえず5万トンで手を打った」
背景には何があるのでしょうか……。
「北朝鮮ウオッチャー」の中にも様々な声があって、どれが正しいの
か、私も早く見極めたいと思っています。

2007年02月15日

コーヒーブレイク15

辛坊 治郎辛坊 治郎
読売テレビ・報道局局次長兼解説委員


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ども。いやあ、「ボインのムセイカ」で足踏みしてすいません。きょうこそ先に進めましょう。
といっても、このコーヒーブレイク自体、本論のメディア論から逸れてずいぶん遠くまで来
てしまいました。もう、道を踏み外してこんなに経つと、なにが本当の道だったかなんて、
誰も覚えていないでしょうなあ。

柳川鍋
ところで、皆さん柳川鍋って知ってますか?そうです。泥鰌の鍋です。ほれ、落語かなん
かでありましたが、豆腐と生きた泥鰌(どじょう)を一緒の鍋に入れて煮ると、「あっちっ
ち!」となった泥鰌が、まだ冷たい豆腐の中に頭から潜り込んで、結果、いい具合に、豆
腐と泥鰌が一体になった鍋が出来上がるという、あれです。なんとも残酷な鍋ですね。と
はいうものの、実は聞きかじりで、本物は食べたことがないので分かりません。一説によ
れば、魚に痛覚はないそうですから、本当に泥鰌が「あっちっち!」と感じるのかどうかす
ら疑問です。で、その柳川鍋です。

今週月曜日、私が水・木・金曜に担当しているズームイン!!SUPERの休日特集「G
O!ジャパン」で、日本テレビの西尾アナが九州の柳川市を訪れることになったんです。
先週の金曜日、番組宣伝を兼ねてホームページ用のコメントを収録中、羽鳥アンサーが
こう言いました。
「皆さん知ってました?柳川鍋は柳川が発祥なんですってね!僕は東京の柳川が発祥
だとばかり思っていました。」

確かにこの勘違いはありがちです。私なんか、勘違い以前に、そんなこと考えたこともあ
りませんでした。このとき、とっさに思い出したのが、草津温泉です。


草津温泉はどこにある
草津温泉って皆さん聞いたことありますよね?とっても湯の量の豊富な、北関東を代表
する温泉です。私、全国の露天風呂めぐりが目下最大の趣味なのですが、ここにはまだ
行ったことがないんです。なんとか近々行ってみたいもんです。草津の皆さん!温泉入浴
付なら格安で講演をお受けしますので、どうぞお声をおかけ下さい。

ところで、関西では、この草津温泉、なんとなく滋賀県にあるような気がしている人、意外
と多いのです。というのも、東海道線の、ちょうど琵琶湖の真南あたりに「草津」という駅
があるんです。昔ここは、JR西日本の快速の終点になっていたこともあり、京阪神に住
むものにとっては、とてもなじみのある駅名です。だもんで、全国的に有名な北関東の草
津を知らずに、この東海道線の草津という名前だけを普段目にしている関西人は、なん
となく、滋賀県の草津に草津温泉があると思っているのです。

数年前、講演でこの滋賀の草津に行くことがあったのですが、駅で電車待ちをしていて、
駅員さんに声をかけられました。こりゃいいタイミングだと、聞きました。
「草津に温泉はあるんですか?」
「ありません。でも、毎月一人くらいは、電車を降りるなり、『すいません、草津温泉はどこ
ですか?』と聞くお客さんはいます。」
「そういう時はどうするのですか?」
「京都から、新幹線に乗って、東京まで行って、そこから乗り換えて、群馬県まで行く方法
をお教えします。」
それって、親切かあ?


天草はどこだ?
そういえば、私も昔大失敗をしたことがあります。若いときから放浪癖がありましたので、
高校時代、長い休みには電車に乗ってあちこち出かけていました。
あれは確か高校二年、兵庫県の日本海側のとある駅で、私がこう聞いた時のことです。
「すいません。天草にはどうやって行ったらいいですか。」
「え、天草?遠いですよ。」
「遠くても、天草に行きたくてここまで来たんです。教えてください。」
「じゃあ、まず大阪に出て、そこから福岡に行って、そこで乗り換えて熊本へ行って、、」
「ちょっと、ちょっと、ちょっとちょっと!私が行きたいのは天草なんですが」
「だから天草でしょ。九州の」
「いや、そうじゃなくて、ほれ、股から覗くと綺麗に見える、ほれ、あの、天草」
「お客さん、それは天の橋立」

しかし、お馬鹿は私だけではありません。世の中にはとんでもない勘違いをしている人が
いるもんで、という話はまた次回。

2007年02月14日

中国はもうすぐお正月~新年はブタの年~

大泉 純子大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者

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新年の10日前から始まる帰省ラッシュ
連休を利用して『上海』に行ってきました。
『中国』では旧暦で新年を迎えます。「太陰暦」ともいいますが、我々
が用いる西暦(太陽暦)より1か月ほど遅れてやってきます。


今年は2月18日が旧暦での1月1日にあたります。この日から4日
間は祝日となり、前後の週末が振りかえられて1週間ほどは全土的に
お休みになります。
ビジネスもストップしてしまうので、多くの外国人は休暇を取って帰
国したり外国へ旅行に出かけたりするようですが、私は『上海』にい
た4年の間はすべて『上海』か『北京』で過ごしていました。せっか
くだし……。

この前の土・日は年内最後の週末ということで、ショッピングセンタ
ーはお正月用の食材や帰省のお土産を買う人たちなんでしょうか、大
変な混雑でした。『上海』に住んでいたころは休みの日にわざわざ人の
集まるところへ出かけるのは却って疲れるだけ……と敬遠していたの
ですが、旅人として訪れるとまた感覚が違うもんだなと思いました。
街中には来年の「干支・イノシシ」のオブジェが溢れていました。
この「イノシシ」、漢字で書くと「猪」なんですが、中国語では「猪」
とは「ブタ」のこと。そうです。街中ブタだらけ!
お恥ずかしい話、中国のことをずっと勉強してきた(つもり)ですが、
「干支」が「ブタ」だったとは知りませんでした。ブタ年に生まれた
人は金運に恵まれるとも言われているそうです。

中国にも「帰省ラッシュ」があって、「春運」といいます。
家族はもちろん、遠い親戚も含め普段離れているからこそ、「年越しの
ときだけは一緒に過ごそう」という気持ちをすごく大事にします。
日本の年末の「帰省ラッシュ」は仕事収めの翌日頃から突然始まって
ピークは一日程度ですが、中国の場合やはりスケールがでかい。新年
の10日ほど前から大移動が始まります。
大きな荷物をたくさん抱え、飛行機ならせいぜい2、3時間で移動で
きるところを、数十時間かけて値段の安い列車やバスで移動する人が
圧倒的に多いため、駅やバスターミナルは想像を絶する大混雑。
ある知り合いの女性は、毎年『上海』から『四川省・成都』までバス
で「片道30時間以上かけて帰る」と言っていました。

人それぞれ事情はあるのでしょうが、家族と離れて暮らさなければな
らない現実、そして何が何でも年越しだけは一緒に過ごすという気持
には敬服します。


年越しは「年夜飯」を食べ、爆竹で祝う
「家族が集まり年越しの夜に食べるご飯」を「年夜飯」といい、「1年
で一番大切な食卓」です。
日本の「おせち料理」のような感覚で、さまざまな料理が並びます。
中でも欠かせないのは「魚」……「魚」は「余」と同じ発音なので、
「余裕のある暮らし」への思いが込められています。

最近では家ではなく「高級レストランやホテルでの年夜飯」が、準備
の手間も省けて大人気。『上海』や『北京』などの都会を中心にこれが
益々豪勢になってきていて、“末広がりの縁起”をかついだ「888元
(1万3000円ほど)のコースメニュー」なども登場。普通のレス
トランなら888元も出せば、10人以上が十分食べて飲んで大満足
できるものですが、これがなんと1人前!
お店にとっては、最高のかき入れ時となるわけです。

年が変わる1時間ほど前から、どこからともなく爆竹や打ち上げ花火
が始まり、至るところでものすごい爆音が響きわたります。
都市の中心部では禁止されているにもかかわらず、そんなものおかま
いなし。延々一時間以上続いた空は、一面白い煙に包まれすぐそばの
ビルが見えないほどモヤモヤに。最初に体験したときは「何とすごい
こと……」とかなり困惑したのを覚えています。
除夜の鐘を突いて厳かに過ごす日本のお正月とのギャップに苦笑しつ
つ、中国の人たちの何とも言えない底力のようなものを感じる瞬間で
もありました。

「猪」年もよい年でありますように!
祝! 身体健康! 万事如意! 恭喜発財!

2007年02月13日

「柳沢発言」で“少子化”に関心が集まった

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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“言葉狩り・揚げ足取り”に国民は呆れてきた
柳沢伯夫厚生労働相の「女性は子どもを産む機械」という発言で空転
していた「国会」が、1週間ぶりに野党が『少子化対策の集中審議』
から審議に復帰して、正常化しました。

柳沢厚労相は「女性は産む機械」に続いて、6日には「若い人たちは、
結婚したい、子どもは2人以上持ちたいという極めて“健全”な状況
にいる」と発言して、野党から「子どもがいなかったり、1人なのは
“不健全”なのか」と追及されることになりました。
『集中審議』には、安倍晋三首相をはじめ全閣僚が出席していたので
すが、質問は柳沢厚労相に集中し、厚労相が頭を下げるシーンが続き
ました。

しかし野党は、審議拒否をしてまで「厚労相の辞任」を要求したので
すが、結局は辞任に追い込むことは出来ませんでした。
『民主党』の若手の中には、「審議拒否という古い国会戦術で良かった
のか」とか、「柳沢氏に世間の同情が集まっている」という声も出てき
て、「辞任要求」よりも「本格的な審議」に傾いてきていたのです。
『北九州市市長選』で勝ち、『愛知県知事選』で自公候補を追い込み、
「小沢代表の審議拒否作戦」を評価していた民主党幹部も、その勝ち
誇ったような振る舞いに、国民がシラケてきたことに気づき始めてき
ました。
「野党の言葉狩りや揚げ足取り」に、国民は呆れ、飽き飽きしていた
のです。

そして、『集中審議』の[柳沢追及]の合間に、「産科医の不足など産科
医療の危機」「安心して子どもが産めない労働環境」[ワーキングプア
の拡大][高い保育料]など「少子化をめぐる様々な問題点」が明らかに
されていきました。
「柳沢発言」は「多くの国民を傷つけた」ことは確かですが、これま
でよく分からなかった「少子化問題」に国民の関心を集めたことで、
“功”があったとも言えるようです。
「子育てと仕事が両立できる社会をどう築くのか」「どうすれば少子化
に歯止めがかかるのか」「育児休業をどうするか」など……与野党共に
それぞれの「少子化対策」を示し競い合って欲しいものです。


労働6法案が国会論戦へ
政府・与党は、「残業代割増率」を引き上げる『労働基準法改正案』を
今国会に提出する方針を決めました。
3月上旬までは、『19年度予算』の審議が続きますが、『予算案』が
成立すると、『社会保険庁改革関連法案』『労働関連法案』『教育関連法
案』が審議入りします。

このうち、『労働関連法案』は、柳沢厚労相が担当大臣です。
だからこそ、安倍首相は「辞任要求」を退け、「職務を全うして欲しい」
ということになったのだと思いま『労働関連法案』は、「育児休業給付」
を引き上げる『雇用保険法改正案』と、「求人の年齢制限」を廃止する
『雇用対策法改正案』、「パート労働者の正社員化」を促進する『パー
ト労働法改正案』、「企業と労働者契約をルール化」する『労働契約法』、
そして「残業代割増率」を引き上げる『労働基準法改正案』の6法案
です。

「働き方の見直し」をテーマにするこれらの法案の審議では、“言葉狩
り・揚げ足取り”を止めて、野党も具体的な「代替案」を示して、素晴
らしい論戦を展開して欲しいものです。

2007年02月12日

対北朝鮮外交の転換点か

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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6者協議再開される
「北朝鮮の核問題」をめぐる『6者協議』が、先週8日から『北京』
で再開されています。
1ヵ月半前の協議では、『北朝鮮』が強硬に「アメリカの金融制裁解除」
にこだわり、まともな論議もないまま終わったのですが、今回は少し
様子が違いました。

あの後『米・朝』が接近、『ベルリン』と『北京』で双方の代表が会い、
『ベルリン』では「原子炉停止と支援を同時に行う」という「覚書」
が交わされていたのです。
それを表すかのように、ヒル・米国務次官補も金(キム)桂(ゲ)寛(グァン)・北朝鮮外務次官
も穏やかな表情で『釣魚台国賓館』に入りました。

そして協議初日、『中国』が示した「草案」に対し、金桂寛外務次官は、
「初期段階の措置として、寧辺の原子炉の稼働停止とIAEA=国際
原子力機関の検証・監視の受け入れについて議論する用意がある」と
発言し、ヒル国務次官補は「今日は実際の進展があった」と北朝鮮の
対応を評価しました。

しかし2日目になると、北朝鮮は「敵視政策を止め、金融制裁解除だ
けではなく、テロ国家指定も解除して欲しい」と、アメリカに対する
強硬な姿勢に戻りました。
3日目は、「草案合意に基づく『中国』の修正案」をめぐっての論議が
重ねられましたが、「具体案」になると妥協点が認められず、“産みの
苦しみ”を見せていました。
ここで“したたかな北朝鮮”から思い出すのは、94年のクリントン
政権時代の「枠組み合意」です。
『北朝鮮』は「核兵器開発を凍結、核拡散防止条約=NPTに留まり、
国際原子機関の査察の再開」を認め、『アメリカ』は「発電用軽水炉
2基と、軽水炉完成まで年間50万トンの提供」で合意したのです。
ところが、『北朝鮮』はその合意を無視して「核兵器開発」を進めてき
ました。

今度も“その手”を使うのではないかという不安はあります。
議長国『中国』は威信をかけて「対立点の解消」を目指すのでしょう
が、どうなるでしょうか。


安倍首相の「圧力」だけでは孤立しないか
『6者協議』で「日朝間の国交回復の作業部会」の設置が決まりまし
たが、「拉致問題」についての話し合いはまだ行われていないようです。
そして安倍首相は「核廃棄への動きが見えても、拉致問題が解決しな
ければ制裁を解かず、支援もしない」という従来からの主張を重ねて
います。
小泉さんの「対北朝鮮の姿勢」は「対話」と「圧力」でしたが、安倍
首相は「圧力」だけ。
安倍さんが“政治家として評価”を高めたのは「拉致問題」でしたし、
70%という高い支持で政権をスタートすることが出来たのも、“タカ
派”として揺るがない主張をとり続けたからです。
その安倍首相が「拉致問題」にこだわるのは、当然のことでしょう。
しかし今、「米朝接近」が本物で、他の国も「北朝鮮への制裁解除」の
方向にあるとしたら、『日本』が「拉致」ばかり主張していると、国際
社会の中で「孤立」するという見方もあります。
このまま「日朝間に対話がないままだ」と、『北朝鮮』の「日本無視」
が続きます。

そこで少し見直されてきたのが「山崎拓氏の訪朝」です。
「拉致問題に進展はない」という報告に、「何のための訪朝だったのだ」
と評価が低かったのですが、「北朝鮮とのパイプを閉じてはいけない」
という姿勢は間違っていなかったと思われてきたからです。
また、帰国しての「2月から3月に大きな動きがあるかも知れない」
という発言は、『北朝鮮』で「米朝接近の感触の一端」を掴んできたか
らではないでしょうか。
もっとも「日本が孤立することはない」という声もあります。
『アメリカ』も『中国』も『ロシア』も「エネルギー支援」を、『韓国』
は「食糧支援」を口にしていますが、「経済援助」を『日本』に期待し
ていて、「日本が欠ければ、北朝鮮支援が成り立たない」という見方が
あるからです。

しかし、いずれにしても『安倍政権』は「対北朝鮮外交」をどうする
か、難しい局面にあることは確かです。
後で歴史を振り返ったとき、「あの2~3ヶ月が転換点だった」という
ことになるのかも知れません。

2007年02月07日

日本に嫁いだある中国人女性の故郷

大泉 純子大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者

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黒龍江省の片田舎まで飛んだ
去年2月、滋賀県長浜市で「通園途中の2人の園児が殺害される」と
いう事件が起きました。

NHKのBSで事件を知った私は、「これでまたみんな(=読売テレビ
報道部の同僚)忙しくなるな……」と、かなり他人事の受け止め方を
していました。しばらくして、容疑者の身柄確保との情報。
『同級生の母親で、中国籍の女性』……「中国籍!?」これで自分も
関わらざるを得ないと直感。しかし、現場からの情報では『黒龍江省
出身』ということしかわからず、悶々としていたところ……。数日後、
日本のある新聞に「生家の記事」が出ました。「うわーやられた……!」
と思うと同時に、記事には村の名前まで出ていたので、これは追いか
けるしかありません。
地図の上では、省都の『ハルビン』から東へ300キロほど。
中国大陸の移動としては楽勝の距離。とにかく『ハルビン』へ飛びま
した。

長距離の陸路移動は、ワゴンタイプの車のほうが途中で寝られるし楽
なのですが、今回も例によって許可なし取材なので、「万一途中で怪し
まれたらいけない……」と思い、タクシーを使うことにしました。
早朝5時にホテルを出発。詳細は周辺に着いてから聞くしかないので、
ひたすら東へ向かいます。30分ほどして、高速道路の入り口で運転
手さんが料金所の係員に呼び止められました。
『黒龍江省』には『松花江』という大きな川が東西に流れているので
すが、どうやら我々の向かう村は川の北側……高速道路は川の南側に
あり、「このまま高速道路を使っていくと最後に川を渡らなければなら
ないが、その川を渡すための橋が工事で通行止めになっている」とい
います。

というわけで、我々は高速道路ではなく川の北側の地道で現場を目指
すことになりました。
その道へ回るために、来た道をほぼふり出しまで引き返し、気を取り
直して出発。
この程度のハプニングは、すでに私にしてみればハプニングではあり
ません……中国ですもん。
『ハルビン』の市街を過ぎると、この地道というのが全く舗装されて
いないのはもちろん、何か喋ったら舌を噛みそうな、それは激しいデ
コボコ道でした。私もスタッフも無言。
何度車が宙に浮き、頭を打ったことか。そのまま、5時間耐えました。
ようやく、目的地の村がある県(中国の行政単位は省の下に市があり、
その下に県、その下に村)に差し掛かり、通りがかりの人に、「あと何
本通りを越えたら左とか右とか」聞きながら、ようやくたどり着くこ
とができました。お昼前でした。辺りは一面荒れ野原。
民家が30軒ほどあるだけの小さな集落でした。


零下20度・一面の雪景色の中での取材
村の人を見つけて「鄭永善さんを知っていますか?」と聞く前に、ど
うしてもトイレに行きたかった私は、とりあえず村の一番手前にあっ
た家を訪ねました。

家の人は親切に家に入れてくれて、「トイレはあのドアの向こうです
よ」と言われました。ドアを開けると、そこは一面の雪景色。外です。
一瞬驚きましたが、10メートルほど向こうに小さな囲いがありまし
た。以前にも書きましたが、真冬の黒龍江省は昼間でも零下20度の
冷え込み。現在でも過酷な生活環境です。
トイレを借りた家の人に聞くと、「詳しくは知らないが鄭さんの家なら
たぶんそこでしょう」と教えてくれました。何人かに声をかけてみたところ、
運よく幼い頃の鄭永善被告をよく知っていて、昔は隣に住ん
でいたという女性がいました。生家は間違いなさそうです。

まずは、現場でのリポートを収録。雪が数十センチは積もっていたと
ころで何度も足を取られおまけに吹雪で口がまったく回らない……。
何度も取り直しているうちに、カメラの調子が悪くなってきて、寒さ
のせいかマイクの電源もおかしくなり、不本意ながらOKに。
そのあと、その女性に詳しく話を聞きました。
「鄭さんはとても頭がよく、学校の成績もよかった」といいます。
小さい頃よくかんしゃくを起こして、泣き止まないのでその女性の夫
がなだめに行っていたそうです。10歳のころに家族で別の村へ引越
ししてその後の消息は詳しくは知らないけれど、「日本人と結婚したら
しい」ということは聞いたと話してくれました。
取材に応じてくれた女性は小さな雑貨店を営んでいたので、私はお礼
に「何か買います」と言ったら、女性は「そんなの、いいわよ。また
いつでも来てね」と言ってくれました。
もう会うことはないと思いますが、あのときは本当に助かったと思い
ました。非常感謝。

その後、少し開けた町まで出て日本語学校の取材をし、もう夕方でし
たがようやく昼食を取って、「さぁ、またこれからあのデコボコ道か」
と思っていたところ、運転手さんが、「あれ、通行止めと言われた橋が
通れるみたい」だと言います。
確かに、車が通っていました。橋というより、ほとんど川にフロート
状の鉄板が鎖に繋がれて浮いているだけという感じでした。
ここを渡れば、高速に乗ることができます。
「対向車が来たらどないすんねん……」という状態でしたが、ゆっく
り、ゆっくり進んで、何とか通り抜けることができました。
『ハルビン』市内まで高速をぶっ飛ばして2時間弱。行きしなの苦労
は何だったの……。

さて、ホテルに戻り取材テープを編集してパソコンで大阪へ送ります。
ところが、どうも調子が悪く、10分ほどの素材を送るのに1時間以
上もかかり、送り終わる寸前になぜかストップしてしまうというトラ
ブルに見舞われ、やり直すこと数回。
ようやく送り終わったのが午前4時頃でした。
テレビをつけたら、『トリノオリンピック』の女子フィギュアスケート
の生中継。くたくたに疲れていたものの、「これは見なきゃ!」と思い、
「荒川静香選手の金メダル」に感動して眠りました。


先週、『大津地裁』で鄭永善被告の初公判が開かれました。
鄭被告は起訴事実を否認……「砂人形を刺した。二人は生きている」
と話したり、法廷でつばを吐いたり、不可解と言わざるを得ない言動
が報じられました。
罪は罪として償わなければならないのは当然のことながら、幼いころ
の暮らしぶりの一端を垣間見た私は、「彼女はどんな思いで日本に来た
のだろうか」と改めて考えています。

2007年02月06日

国民は論戦に期待している

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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「政治とカネ」に一石を投じた小沢代表
小沢一郎民主党代表の「代表質問」は、「元気も迫力もがなかった」と
いう声も多かったのですが、「政治とカネ」については小沢代表ならで
はの「一石を投じた発言」がありました。

自身も「政治資金から4億円余を支出して、土地を買い、独身寮を建設
し、事務所費として計上した」ことが問題にされていることもあって、
「事務所費の支出の詳細だけではなく、その領収書や会計帳簿を公開
してはどうか」と提案したのです。
「政治資金をめぐる疑惑を解明し、けじめをつける」ことから、「国会
論議を始めよう」という意志が現れていました。

これに対し安倍晋三首相は、「政治資金規正法の制度的な欠陥を見直す
考え」を示すにとどまり、中川秀直幹事長に「事務所費のあり方につ
いての法改正を視野に検討すること」を求めましたが、“首相主導”で
「閣僚らの事務所費疑惑」について解明する気はないようです。ここ
でも疑惑の閣僚を庇う安倍首相の姿勢が見えています。
それならば、小沢代表が率先して「領収書や会計帳簿」を開示して、
政府に迫ってみてはどうなったのでしょうか。
「政治とカネの問題が解明されること」が“国民の政治不信”を解消
する最大の決め手になるように思えます。
それが“ネテしまった=審議拒否”で、せっかくの提案がうやむやに
なってしまうことは残念です。

また、小沢代表は「代表質問」で、「この6年間で『日本』は“世界で
最も格差のある国”になった」と断定し、『民主党』としては「格差是
正を訴える」ことを主張しました。
しかし、ここでも安倍総理は、「経済成長による全体の底上げで対応す
る」とし、“民主党の土俵”に乗せられることを警戒しています。
久しぶりに「与野党が論戦で火花を散らす国会」を期待していたので
すが、「柳沢発言に始まる混乱」がその期待を無にしてしまっています。


政策面での主張をぶっつけ合え
この国会では、「年金・福祉」「安全保障」「教育3法」など、やらなけ
ればならないことが山積しています。
「選挙の年」だから、与野党が「責任のある政策」をぶっつけ合い、
国民に「選択肢」を示すことが大事なはずです。
「安倍政権の憲法改正・教育再生国会」と「民主党の格差是正国会」
と、“キャッチフレーズ”は掲げたものの、「暮らし」や「社会福祉」
「財政再建」などについての「具体策な政策」はほとんど示されてい
ません。
その上、「消費税問題」は参院選が終わるまでは先送り、時代遅れにな
った「労働法制の見直し」も選挙に不利と法案の提出を見送り……
「選挙への思惑」ばかりが先行して、「政策の対立軸」も曖昧にされた
ままです。
「政策面での主張をぶっつけ合え!」と言いたいのは、私だけではな
いでしょう。

2007年02月05日

柳沢厚労相の失言問題の波紋

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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愛知は与党、北九州は野党
昨日行われた『愛知県知事選』は自民・公明が推薦した神田真秋氏が
大接戦の末に3選され、『北九州市長選』は民主・社民・国民新党推薦
の北橋健治氏が当選しました。

『愛知』の神田氏は現職知事として大過なく実績を重ね、当初から有
利だと言われていましたし、『北九州』の北橋氏は衆議院議員からの転
出で、知名度で勝っていましたから、当然の結果だったといえます。
しかし、「女性は子どもを産む機械」という柳沢伯夫厚生労働相の発言
がこの2つの「地方選挙」に持ち込まれ、「国民がこの発言をどのよう
に捉えているか」・「女性票がどう出るかを問う選挙」の様相を示し、
結果を見ても大きな影響があったことが分かります。

「柳沢発言」は、確かに大問題です。「女性への差別」が感じられます
し、「少子化対策」を扱う閣僚としては余りにも不用意な言葉でした。
本人も発言直後にミスに気づき、「機械と言ってごめんなさい」と詫び
たのですが、それでは済まない「大失言」となりました。
『衆議院本会議』での「代表質問」でもこの発言が取り上げられ、そ
の答弁の中で安倍首相は「多くの女性の心を痛めたことに、私も深く
お詫びする」と謝罪しました。閣僚の問題発言について、任命権者の
首相が謝罪するのは異例のことです。
柳沢厚労相も「改めて深くお詫びする」と謝罪しましたが、野党4党
は収まらず、「厚労相の辞任」を求めました。
これに対し首相が「更迭を否定する」と、野党は「国会審議を拒否」
することになりました。

そして、審議を拒否したその日、小沢一郎民主党代表・福島瑞穂社民
党党首・亀井久興国民新党幹事長らは、名古屋入りして「野党候補」
の応援演説に並びました。「柳沢発言が“野党への追い風”になる」と
考えたからで、野党候補の票の伸びがそれを物語っています。
さらに野党の「審議拒否」は続き、『今年度補正予算案』は与党単独で
『衆議院』を通過しました。
しかし小沢代表を筆頭に野党は「何が何でも与野党逆転」が大命題で、
「国会審議はどうでもいい」ように見ているのは、私だけではないよ
うですが、あなたはどうお感じですか。


このままでは政治不信が拡大するだけだ
野党の「審議拒否」は、「柳沢厚労相の更迭」がない限り、今日から始
まる『参議院本会議』でも続けられることになりました。
安倍首相が柳沢厚労相を庇い更迭させないわけは、昨年末の佐田行革
担当相に次いで2人目の閣僚の辞任が続くことは、内閣が成り立たな
いからです。

一方、野党が「審議拒否」という強硬路線を崩そうとしないのは、こ
こで「安倍責め」のポイントを上げておきたいからでしょうが、柳沢氏
が閣僚を辞任すれば一件落着といくのでしょうか。
「柳沢発言」を国会の審議の場で活かすことも考えられます。
「安心して子どもを生むことが出来る環境をどう整えるのか」「仕事と
子育てが両立する仕組みをどう築くのか」など、国会での質疑を通じて
首相や厚労相に質すことこそ、国会議員の務めだと思います。
『宮崎県』の「そのまんま東現象」を思い出してみてください。
あれは、無党派層だけではなく、政党支持層をも飲み込んだ「政党離
れ」「政治家離れ」の結果でした。『自民党』や『民主党』の支持者の
票をも集めて、東国原英夫知事を誕生させたのです。
何かがあれば「審議拒否」をして“ネル”野党と、それならばと単独で
法案を通過させてしまう与党……これの繰り返しではますます「政党
離れ」「政治家離れ」が進みそうです。
「揚げ足取り」では、国民の政治不信を拡大するだけです。
それにしても、「柳沢発言」はひどいものでした。
柳沢氏は、「産めよ!増やせよ!」の時代だった昭和10年の生まれで、
8人兄弟の6番目。どこかで「女性が家庭に戻れば少子化対策が進む」
という思いがあって、それがつい口に出てしまったのでしょう。
私が解説委員の立場で一番気をつけていることは、「誰かを傷つけるよ
うな発言をしないこと」です。
特に「差別」や「人権」に関する言葉は、根底の部分に正しい「認識」
を持っていないと、つい口に出てしまいます。

「柳沢発言」は誤解を生む発言だったことは間違いありませんが、野党
はどのタイミングで“起きて”、国会審議に戻るのでしょうか。
『補正予算』はこのまま“ネテ”、『19年度予算』審議から“オキル”
ことも考えられますが、長引けば野党も安倍内閣も深手を負う危険性
があります。

2007年02月02日

「信頼と期待と・・・・」

坂 泰知のプロフィール坂 泰知
読売テレビ放送報道局解説委員


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「もういい加減、この食べ物が病気に効くとか、身体に良いとか、テレビで言うのをやめ
てくれない?根拠のない話を患者が信じるんで迷惑してるんだよ」・・・・ごく親しい医者の
友人から、ことあるごとにこんな文句を言われていました。

友人によると、病院で処方する薬よりも、テレビで扱った民間療法まがいの当てにならな
い情報をありがたがって、医者の言うことを聞かない患者がいるというのです。そうこう
しているうちに、「発掘!あるある大辞典Ⅱ」の捏造発覚。何とも情けない話です。


普段、私たちがお伝えしているニュース番組という分野は、公権力を批判し、諸悪をただ
す場面が目立つだけに、同じテレビ業界内での不祥事が明らかになると、たとえそれが他
局の話であったとしても、非常に肩身の狭い立場に追いやられます。「どうせ、お前たちも
多かれ少なかれ、でっち上げまがいのことをやってるんだろ?」・・・・そんな冷めた空気を
世間に感じ、今、悔しくてなりません。仮に自分だけが否定したとてテレビに向けられた
不信が晴れるわけではない・・・・そういった意味では、業界最大の不祥事に発展しつつある
今回の番組を作ったスタッフに、「何してくれるねん!」と言いたい気分です。


実際、こういった不祥事が起きると「報道の自由」という大義が揺らぎ、不当な権力介入
を招く元にもなりかねません。NHKが国会議員の意向を汲み取って、ドキュメンタリー
番組の内容を再編集したとされる問題では、裁判にまでなった挙句、取材を受けた側が抱
く期待を保護するために、「編集の自由も一定の制約を受ける」との司法判断が下されまし
た。自立を脅かす判決には納得できませんが、そもそも、誤解を招くような直前編集を行
ったNHKにも「何してくれるねん!」と言いたい気分です。そして、事実関係について
当事者からの反論を招くような報道でこの問題を書き、謝罪を求められている朝日新聞に
も、改めて「どないなってるねん!」と言いたいところです。


その朝日新聞は先日の社説の中で「あるある」の捏造問題に触れ、次のように書いていま
した。「フジに全国枠を奪われ、社長が引責辞任したら後任はフジから来るとうわさされて
いる。そんな事態を避けたいなら、関西テレビは視聴者に顔を向けた真摯な対応を重ね、
再生の道を歩むしかない」・・・・何とも上から見た物言いに、寂しさと虚しさを感じます。
視聴者の皆さんの信頼を取り戻すために、我々はテレビ業界に身を置く一員として、今、
ひたすら襟を正すしかありません。

2007年02月01日

メディア論コーヒーブレイク14

辛坊 治郎辛坊 治郎
読売テレビ・報道局局次長兼解説委員


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最近驚いたことがあります。それは、複数の人から立て続けに、「ホームページを見てい
るよ」と言われたことなんです。そもそも、このページは、誰かに読まれることを想定してい
ないので、「読んでる」と言われると、けっこうびびってしまいます。ほんとに、気の小さい男
です。

読まれるのがいやなら書かなきゃいいんですが、これも宮仕えの辛さ、業務命令ですから、
今週もぼちぼち始めます。あ、はっきり言います。他の人のページはともかく、私のページ
には、ろくなこと書いてありません。読むだけ時間の無駄です。なにせ私は、本業の放送で
全力出し切ってしまってますから。このページは、あくまで私的な繰言です。ここから読み続
けようという人は、どうぞ、その点だけは、認識して進んでくださいね。


糸魚川にて
さあそれでは、去年の年末から積み残しの「ボインノムセイカ」に付いて書いて行きましょう。
ところで、その前に、最近ちょっと気になったことからお話します。それは先週の水曜日のこ
とでした、いつものように「取材」で訪れた新潟県の糸魚川市で、地元の人と、こんな会話を
交わしたのです。

「いやあ、いっぺん糸魚川には来たいと思ってたんですよ。多分、日本国民で、この自治体
の名前を知らない人はいないですよね。」と私が言うと、意外な答えが返ってきたのです。

「それは、辛坊さんの世代だから、そう思うんです。確かにわれわれの学校時代は、フォッ
サマグナ、糸魚川~静岡構造線といえば、誰でも教室でたたきこまれた言葉です。でもね
え、今は、学校で習わないんですよ。」

「えー!そうなんですか?」

「そうなんです。ゆとり教育で、見事に教科書から消えてしまったんです。ですから、ある一
定世代より若い人は、糸魚川なんて、もう誰も知りません。いまや糸魚川といえば、世界的
な翡翠の産地として、知る人しか知らない場所になってしまいました。どうです辛坊さん、い
~い翡翠があるんですよ。奥さんか彼女の土産にひとつ買いなさい。」

これは、意味もなく衝撃でした。確かに、糸魚川~静岡構造線を知ってたからといって、豊
かな人生につながるわけでなし、まあ、どうってことありません。そんなこと忘れて、近くを
流れる姫川に翡翠拾いに出かけたほうがよっぽど儲かります。でも、なんだか、世代を超
えて同じ知識を共有していることの、安心感というか、連帯感というか、そんなものがどん
どん希薄になってゆくことがとっても寂しいんです。世代を超えて会話が成立しなければ、
おじさんたちはキャバクラでいったい何を話せばいいのでしょう。なんだか、フォッサマグナ
は、「共感の喪失」、その象徴のように思えるんです。
そういえば、去年の秋にこんな体験をしました。


ハロウィーンで驚いた
ほら、十月も終わりに近づくと、日本中に、かぼちゃのお化けがあふれるでしょう。そうで
す。ハロウィーンです。あのかぼちゃは、ジャック・オー・ランタンって言うんです。ハロウィー
ンという習慣は、西欧で一般的なものだと思っている人が多いですが、そんなことはありま
せん。確かにハロウィーンの翌日、十一月一日は、オール・セインツ・デーといって、キリス
ト社会では重要なイベントです。でもその前夜祭であるハロウィーンは、北米大陸独特の、
いわば土着の習俗なんです。でもいまや、日本中にこの習慣が広がりました。で、近所の
ガキンチョに聞いたんです。

「おまえらなあ、ハロウィーンだのなんだのと大騒ぎしやがって、その上、トリック・オア・トリ
ートかなんか知らんが、お菓子までねだりやがって、何のお祭りか分かってやっとんの
か?!」

すると、近所のガキは言いました。

「知ってるよ。アメリカのお祭りやねん。この日になあ、死んだ人が甦るねん。」

「ふーん、よう知ってるな。日本のお盆と一緒やな。」

「えー?“おぼん”てなんや」

もう世も末です。
ハロウィーンは知っていてもお盆は知らんとです。トリック・オア・トリートを口にすると、お菓
子をもらえるのは知っていても、地蔵盆で子供が集まることはないとです。
なんだが、この国はとってもゆがんだところに進みつつあるような気がして悩みます。それ
とも、これは時代の流れなのだと、笑って受け入れるべきなんでしょうか。


首長族の少女
そういえば、この間、読売新聞を読んでいたら、難民としてタイに避難している、首長族の
母娘の写真に出食わしました。
お母さんは、首に何重にもリングをはめた、どっから見ても見事な首長族の婦人です。娘さ
んは中学生くらいですが、首の周りのリングを明らかに鬱陶しがっているように見えます。
当然私は、首長は優れた文化だと思うし、そういったさまざまな習俗があってこその世界だ
と理解するわけですが、当の娘さんにとっては複雑ですわな。

かつて、「世界」が、それぞれの民族にとって、自分の目で直接見える範囲だった頃には、
少女の周りの女性は全員首にわっかをはめているわけで、何の疑問もなく、そうしていた
んでしょう。多分、その頃その社会では、首にわっかをはめていない女性は、パンツをはか
ずに町を歩くくらいの違和感があったはずです。でも、読売新聞が伝えるところによると、彼
女の通っている学校の同級生女子13人のうち、首にわっかをはめているのは、彼女一人
なんだそうです。こうなると、「何で私だけが、こんなみっともないカッコしなくちゃいけないの
よ。私は大きくなったら、アメリカにでも留学に行って、世界をまたにかけて働くキャリアウー
マンになりたいのよ。ニューヨークを首にわっか巻いて歩けないわよ。」
そんなボヤキが聞こえてきそうな写真でした。
まあ、渋谷や、六本木では、鼻にわっかはめた兄ちゃんがいっぱいいますので、首にわっ
かくらいどうってことないよ、という気もしますが、当人にとっては大問題でしょう。
と書いているうちに思い出したことがあります。


飛騨高山で怒られた
私は予備校時代に、人生に行き詰って、飛騨高山の、とあるお寺に籠もったことがあるの
です。そこは、さすらいの仏師円空の刻んだ「両面すくな像」があることで有名な寺でした。
私は夏の間中、この寺の囲炉裏端で仏像を刻んでいたんです。そのとき、住職の奥さんに
「すばらしいお寺ですね。この佇まい、この雰囲気、後々まで伝えていくのが、今に生きる
私たちの責任ですよね。」
と言うと、おかみさんにこう返されました。

「冗談じゃないわよ。あんたたちは夏来るだけだからいいわよ。冬になったらどんなに不便
で寒いか。郵便だってスノーモビルで週二回しか来ないのよ。そういうことは、冬に来て言
いなさい!」

「すすす、すいません。そそそ、そんなつもりじゃなかったんです。」

文化を守れ!というのは簡単です。でも、果たしてそれを守ることが、今を生きる人にとっ
て幸福なのかどうか、私にはいまだによく分かりません。


びっくり!糸魚川には糸魚川はない
あ、そうだ、糸魚川で、もう一つ思い出しました。皆さん知ってました?糸魚川市には、糸
魚川は流れてないんですよ。というより、糸魚川という川そのものが存在しないんですっ
て。

「へえ、糸魚川に糸魚川はないんですかあ???」

と、大げさに驚いたら、こういわれました。

「なに言ってんですか、神奈川県に神奈川が流れているんですか!」

んー、なるほどね。
とうわけで、ボインのムセイカはまた次回に。

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