謎の肺炎~SARS2
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
香港中で大流行
前回お伝えした、2月半ばの『広州』での取材を終えたあとも、しば
らく「SARS=重症急性呼吸器症候群」は、まだ広く知られるには
至りませんでした。なぜかといいますと、『中国』の地方政府が事態を
ちゃんと把握せず、中央政府へ報告していなかったからです…
…ということは、WHOなど世界機関への報告もなされないまま、S
ARSはじわじわと各地へ広がり続けていました。今こうして書い
てみると、あらためて恐ろしい。
3月の中旬にWHOが警告を出し、「SARS」は「コロナウィルスを原因
とする新型の肺炎」で、「咳や発熱などの症状」が出る。最悪の場合は
死亡する。感染力が非常に強い……ということがわかってきました。
『香港』での患者数はあっという間に膨れ上がり、街ゆく人はみんな
マスクを着用……という異様な光景が見られるようになってきました。
(この時点で、すでに『北京』などでも発生していたにもかかわらず、
中国大陸での発生状況はまだ明らかになっていません)
いざ、出陣!死者続出、謎の疫病が流行っているところへ行かなけれ
ばならないなんて、親兄弟の心配はいかほどであろう……。でも当時
は、怖いという気持ちは全くありませんでした。
これはええカッコしぃでも何でもなくて、現場があればそこへ行くの
が我々の使命。
生まれつきの向こう見ずではありません。「記者」というのはそういう
性質なのです。
『香港』で最初の患者が確認されたのは2003年2月。
『中国』の『広東省』で感染し、その後『香港』へやってきた医師が
最初の患者でした。この医師が宿泊したホテルの同じフロアに宿泊し
た人たちが、感染を知らないまま『シンガポール』や『カナダ』へ渡
航したため世界中へ広まる原因となります。
私が『香港』入りしたのは4月1日でした。すでに『香港』中に正体
のわからない病気が広まり、“100万ドルの夜景”で有名な観光スポ
ット『ピーク』をはじめ、普段は賑やかな香港の街は閑散としていま
した。
とりあえず、街の様子などを見つつ本格的な取材は明日から。
レスリー・チャンの自殺に遭遇
「どう切り込もうか」と考えていた矢先に、『東京』からの電話……
「レスリー・チャンが自殺したらしい」。「はぁ……?」。
レスリー・チャンといえば、知る人ぞ知る香港の大スターで、日本人
のファンも多く、歌もうまいし、数多くの映画に出演しています。
(私の大学時代の友人は未だに、「彼がこの世にいないのが信じられな
い」と言って悲しみに暮れています)
現場は、『香港』の『セントラル』地区のホテルらしい。『セントラル』
には高級ホテルが当時5つしかなかったので、「これはすぐ割れるわ」
と思ったところ、一つ目でヒット。
現場はすでにクリーニングが終わっていたものの、歩道と車道を分け
る柵が一箇所壊れていました。最上階のフィットネスクラブのベラン
ダから飛び降りたらしい。
ニュースを聞きつけたファンが花やDVDを持って現場に集まり始め
ていました。その中に、日本人観光客の姿を見つけたので、すかさず
インタビュー。「大ファンだったの……きょうは4月1日だし、エイプ
リルフールだと思ったら信じられない」とショックを受けておられる
様子でした。その後搬送先の病院へも行ってみましたが、すでに死亡
が確認されていて、大きな動きはありませんでした。
というわけで、SARSの取材で『香港』へ来たものの、東京へ最初
に送ったリポートは「レスリー・チャンさん自殺」……東京のデスク
曰く、「引きが強いっていうか、大泉さんが行くところ、何かあるよね」。
これは誉め言葉としてありがたく頂戴しました。
ゴーストタウンと化した香港のマンション
さて、本題のSARS……現地の報道によると、「あるマンションのひ
とつの棟で集団感染」が発生していました。
マンションの上下で患者が発生しており、「排泄物から下水管を通じて
感染が拡大している可能性がある」といいます。
『九龍地区』や『香港島』のよく知られたきらびやかな香港ではなく、
少し北にある住宅街の一角です。マンションの隣にあるショッピング
センターも閑散としており、お店もほとんど閉まっていました……と
いうのも、住民たちは行政の指導で郊外の施設に集団疎開していたか
らです。「関係者以外立ち入り禁止」の規制線を乗り越えて中へ入ると、
大きなマンションなのに人がほとんどおらず、まさにゴーストタウン
さながらのようす。
洗濯物が干しっぱなしの家もあり、住民がとにかく急いでマンション
を後にしたようすが伺えます。
この頃、SARSが日本で連日どのように報じられていたのか、その
温度差はわかりませんが、ひとつ言えることは「日本で報道されてい
たほど恐怖に脅えていたわけではない」ということです。
『香港』は患者が多数報告されてはいたものの、街がいわゆる「パニ
ック」状態になっていたわけではありませんでした。
日本から見たら、「正体のわからないものに脅かされている……」とい
うストーリーができればわかりやすかったのでしょうが、実際は確か
に出歩く人は少なかったけれど、普通に生活していた人も多かったよ
うに思いました。実際よりも、「外から一部を切り取って見た状況が作
り上げられているのでは?」……とも思いました。
香港取材3日目は、春休みで観光客で賑わうはずの『香港』で「閑古
鳥が鳴きまくり」という取材。
「4日目はどうしよう…… 」と考えていたところで、東京より退去指
示が出ました。
現場にいる者としてはもっとガンガン行きたいのはヤマヤマでしたが、
会社のリスク管理という観点からこれ以上の取材はするな、というこ
とでした。状況は最初から変わっていないのに……。
「香港編」ここまでです。次回は「北京編」です。お楽しみに。









