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2007年01月09日

亥年は選挙の年

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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亥年現象は起こるか
明けましておめでとうございます。
今年も『ウェークアップぷらす』と『ザ・ワイド』、そして『ニュースの裏側』をよろしくお願いいたします。

今年は「亥年」。
「亥年」は、「春の統一地方選挙」と「夏の参議院選挙」が行われる
「選挙の年」です。
昭和22年(1947)に初めて「統一地方選挙」と「参議院選挙」
が行われて以降、4年に1度の統一地方選挙と3年に1度の参議院選
挙が4×3で12年ごとに同じ年に行われるので、今年が6度目です。
そして「亥年の選挙」には「亥年現象(いのししどしげんしょう)と
いう共通点が現れる」と言われています。
その第一は、「投票率の低下」です。
地方議員は自分たちの死活問題である「春の統一地方選挙」で力を使
い果たし、「夏の参議院選挙」の応援まで力が残っていません。特に、
『自民党』は「有力な地方議員の集票能力に依存した政党」ですから、
影響が大きく、『自民党』は苦戦を強いられることになります。
「投票率」をグラフに描いてみると、前の参院選よりも大きく低下し
ているところが「亥年の選挙」です。
例えば、41.32%という史上最低の投票率を示しているところが、
前回の「亥年の選挙=1995年」です。
この時、『自民党』は、『自社さ』という形で「与党」に戻って戦い、
46議席を取りましたが、40議席の『新進党』の躍進を許しました。
また、この年は「無党派」という言葉が流行語になり、「地方選挙」で
青島幸男東京都知事と横山ノック大阪府知事が誕生しています。
その前の「亥年の選挙=1983年」は「比例代表制が初めて導入さ
れた参院選」にも拘わらず、投票率は49.33%と過半数を割り、
『自民党』の議席は68にとどまり、『サラリーマン新党』『福祉党』
など「ミニ政党」の進出がありました。また、この時の「地方選挙」
では「勝手連」に推された横路孝弘氏が北海道知事に当選しました。
このように、「亥年の選挙」は『自民党』の苦戦の歴史でもあります。


安倍政権は短命か
「参院選」には、「政権交代」ということもあります。
『自社さ連立政権』の村山富市首相が退陣したのは、「亥年の選挙=
1995年」で『新進党』の躍進を許した結果ですが、それに次いだ
橋本龍太郎首相が退陣したのは「98年の参院選で自民党の改選議席
を大きく下回った」からで、後継に小渕恵三首相が選ばれました。
小沢一郎民主党代表が早くから「参院選で与野党逆転」を主張してい
たのは、「亥年現象で政権交代がある」と信じていたからでしょう。
何しろ「今年の夏の参院選」では、「与党」が65議席を取らなければ
過半数を制し得ないのに、「野党」は58議席で過半数に達するのです。
小沢代表が「一人区」と「比例代表枠」で「民主党の勝利」に力を入
れているのは、このような背景があるからです。
「安倍政権の支持率」がこのまま低下して30%台になったら、自民
党内の「安倍退陣を望む声」がさらに大きくなります。
年末には麻生太郎外務大臣が、閣僚にもかかわらず、『麻生派』を立ち
上げたのも、「ポスト安倍を目指しての行動だ」と見られています。
そして「与党」が勝利しても、僅差だった場合には、「98年の参院選
の橋本→小渕の例」に倣って、「自民党内での交代」もあり得ます。
安倍首相の今年の第一声は「美しい国づくり元年」と「憲法改正を参
院選で訴える」で、小沢代表は「選挙は生活に身近な問題を訴える」
で、共に「参院選」を意識したものでした。
与党が勝つのか、野党が勝つのか……いずれにしても「都市との格差」
に不満を持つ地方の有権者が「自民党への批判票」を投じれば、「安倍
政権は短命に終わる」ことも考えられます。
『安倍政権』としては、政権発足当初の「訪中・訪韓」のような何か
「支持率回復のカギ」が欲しいのですが、今のところ「外交」も「内
政」も目玉になるようなものが見当たりません。

今年は、「春の統一地方選挙」から「夏の参議院選挙」まで、“政局”
から目を離すことが出来ません。
「亥年現象」が起こるのでしょうか。
何年後かに振り返った時、「2007年のあれが“節目”だった」と思
うようなことが起こるように気がしています。

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