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2006年12月07日

浪速姉妹殺人事件と裁判員制度

横須賀 ゆきの横須賀 ゆきの
読売テレビ放送 編成局アナウンス部・報道局


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【結審】
去年11月大阪市浪速区のマンションで、帰宅した2人を相次いでナイフで襲い、
顔や胸、腕などを刺して殺害、その後小銭を奪い、部屋に火を放って逃走した事件。
強盗殺人などの罪に問われた山地悠紀夫被告に対する裁判が結審しました。

検察側は、
「人間性の一片も見出せない犯行で、反省も伺えず更生の可能性は全くない」として
「極刑以外に選択肢はもはや「絶対」にありえません」と断固たる姿勢で死刑を求刑。
一方の弁護側は、「被告の責任能力に疑いがある」と心神耗弱を主張し、
無期懲役が相当としました。
最後に裁判官から意見を求められた山地被告は「何もありません」と
一言ぼそっとつぶやきました。

公判中、時折、口端笑みを浮かべていた山地被告。
「法律的に刑罰の対象となるとしても、私としては、
例えそのようなことをしても罪悪感はないのです。」
「私にとって、人を殺すことは物を壊すことと余り違いがありません」等と供述し、
その口から謝罪の言葉が語られることはついにありませんでした。
公判を通じて、罪の意識をまったく感じていないと思わせる山地被告の言動と、
気の遠くなるような怒りや悲しみに耐えながら傍聴している遺族の姿。
余りにも大きな隔たりがある双方の姿が脳裏から離れません。
そして、犠牲になった2人の女性を思うとき、
言葉で表現することの限界。
とてもそんなものでは表せない出来ない事柄であることを痛感させられます。


【裁判員制度を見据えて】
もう一つこの公判で印象に残ったのは、検察官の姿でした。
この裁判は、公判前整理手続き=初公判前に裁判官、検察官、弁護人が協議して
争点を絞り込み公判日程を事前に決め、裁判を迅速に進めていく形をとっています。
3年後スタート予定の、一般の人も審議に参加する裁判員制度を見据えたものです。
その制度を意識しているのに加え、
いたたまれない、やりきれない事件であるということもあるのですが、
検察側の論告は胸に迫るものがありました。

今まで見聞きしている裁判では、
難しい専門用語の羅列なのに、
ぼそぼそと不明瞭に読み上げるという感で、
えっ!?今のところもう一度言って下さい!と
お願いしたくなるところが何箇所もありましたし、
第一、この人は誰に向かって伝えているんだろう、
というか、伝える気があるんだろうか・・・・・とすら正直、
思わせる場面に度々遭遇しました。

今回は、難解な専門用語を使った文の後に、必ず、つまりこれはこういうことです。
と、噛み砕いて表現をするように心がけていたように見受けられました。
そして、緩急をつけて読み上げていたので、ここを強く訴えたいというのも伝わってきま
した。姉妹が惨殺された事件の全容を振り返る件では、声を詰まらせて読み上げる場面が
ありました。この是非はともかく、聴く者の胸を強く打ったのは確かです。
そのくだりは、このように締めくくられました。

「法律家は、被害者の心を奥深くまで真剣に考えなくてはならないのです」

一つ一つの言葉に体温を感じた論告。
裁判の中身も確実に変化してきているとことを実感します。

裁判員制度は、
国民の意見や経験(社会常識)を裁判の内容に反映させるようにしよう。
それにより国民から遠いものとなっていた裁判をより身近でわかりやすいものにしようと
いうものです。
日本は、先進国の中で国民が裁判に参加しない国としては例外的な国。
民主国家として健全な形をなすためには裁判員制度が必要であることは確かです

ただ、肝心の参加する人たちの意識は・・・・というと、
裁判に参加したい人25.6% 参加したくない人70.0%(内閣府の世論調査)
理由としては、「有罪・無罪の判断が難しそう」がもっとも多く、
他にも、「人を裁きたくない」「裁判や事件にかかわりたくない」
「逆恨みが心配」等の心理的不安や
「仕事に差し障りがある」生活に影響が出ることへの懸念等、どれもよく分かります。
そもそも私も、「傍聴」ですら、この仕事をしているから行くのであって、
そうでなければ、多分行く機会はほとんどなかったと思います。

裁判に参加する意欲を高め、心理的不安を解消するためには、
裁判員制度がなぜ必要でどう社会の役に立つのか、
もっと具体的に提示していく必要があると思います。
それに裁判参加への日程調整も含めて
参加しやすくする為の環境づくりも必須の課題です。
国民に相当の負担を求める制度です。
十分な理解と協力を得られないと、有効に働くとは思えません。
あと3年でスタートしてしまいます。時間があるとは言えないでしょう。
広報活動も頻繁に行われていますが、世論調査を見る限り効果があらわれているとは
いいがたいものがあります。
司法に少しでも携わる人々は、知恵を絞り様々な工夫を凝らし
この制度を国民に浸透させるべく、それこそ相当の努力をお願いしたいものです。

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