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2006年12月26日

2006年を振り返る

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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“党の顔”が大きく変わった
「2006年の国内ニュース」の主なところは……
○安倍政権発足
○日銀が量的緩和解除・ゼロ金利解除
○秋篠宮家に悠仁さま誕生
○3知事が汚職・談合で逮捕
○改正教育基本法・防衛省昇格法成立……というところでしょう。


「安倍政権発足」をはじめ、今年の「政局」を振り返ると、“政党の顔”
が大きく変わりました。
『自民党』の「総裁」は、小泉純一郎氏から、安倍晋三氏へ。
『民主党』の「代表」は、前原誠司氏から、小沢一郎氏へ。
『公明党』の「代表」も、神崎武法氏から、太田昭宏氏へ。
これほどの大きく変わったのは、珍しいのではないでしょうか。
それぞれが来年夏の『参議院選挙』に向けて、「マニフェスト」を発表
し,“党の顔”として活躍することになるのでしょう。
しかし、ちょっと不安なことがあります。「安倍さんの顔」だけではな
く,「小沢さんの顔」も「太田さんの顔」もよく見えません。
「太田さん」は余り馴染みがないので仕方ないのでしょうが,「与野党
逆転」を狙う「小沢さんの顔」が見えないのは何故でしょうか。
「党を纏めるために,敵を作らず、丸くなりすぎてしまった」という
声が出たりしています。
「安倍さんの顔」が見えないのに、『改正教育基本法』と『防衛省昇格法』
がすんなり成立したことも、『民主党』と「小沢代表の存在感」を薄れ
させています。
小沢さん、“好々爺”にならずに、「政局」を面白くしてください。


北朝鮮に振り回された
「2006年の海外ニュース」の主なところは……
○北朝鮮が核実験
○米中間選挙で民主党大勝
○イラクでテロ激化・内戦の危機に
○原油高騰・一時1バレル=78台に
○中国経済が高成長、外貨準備高が世界一に……というところです。

『北京』で開かれていた『6者協議』は、「核についての議論」もなく、
またもや閉会されました。
『北朝鮮』は「核保有国」の立場を主張して、「アメリカの金融制裁・
敵視政策の解除」を求め、話し合いには全く応じませんでした。
このままでは「朝鮮半島の非核化」は『中国』の「議長声明」だけで
終わってしまいそうです。
『日朝公式対話』もないままに終わりました。『北朝鮮』は「拉致問題」
を『6者協議』で触れようともしません。
『日本』にとっては「拉致問題解決」が重要ですが、「朝鮮半島の非核
化」を優先する『中・米・韓・ロ』から浮き上がる恐れもあります。
来年も『北朝鮮』を課題とした難問題が続くことになりそうです。

今年の「漢字一文字」は「命」……「悠仁さま誕生」という明るい話
題の一方、「いじめ自殺」や「飲酒運転による死亡事故」など「命の重みを
痛感した年」だったからです。
今年の「新語・流行語大賞」は「イナバウアー」……『トリノ五輪』で
の荒川静香選手の「金メダル」は嬉しい話題でした。
この他、「スポーツ」では、「王ジャパンのWBC優勝」「日ハム日本一
と新庄劇場」「ハンカチ王子の甲子園」など楽しい話題がありました。
来年は「松阪大輔投手のレッド・ソックス入団」があります。
どんな年になるのでしょうか。

2006年12月25日

危機管理に甘い安倍内閣

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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このところ支持率が低下している安倍政権に、またもや低下の原因と
なりそうな出来事がありました。
11月に安倍首相の強い意向で『政府税制調査会』の会長に起用された
ばかりの本間正明氏が、就任1ヵ月半で辞任に追い込まれたのです。

原因は、『東京・渋谷』の一等地に立つ豪華な官舎に家族ではない女性
と暮らしていた「公私混同」が世論の厳しい批判を浴びたからです。
本間氏は『経済諮問会議』の民間議員時代に、「官舎を含む国有財産の
売却」を主張していたにもかかわらず、当時から「官舎暮らし」をし
ていました。国民に税負担を求める立場の税調会長が「道義的責任」
を問われたのはしかたないのでしょう。
安倍首相が、財務省が推す石弘光前会長の再任を退け、本間氏を会長
に起用したのは、小泉時代の竹中平蔵氏のように“改革の知恵袋”と
して支えて欲しかったからだといわれています。
本間氏は就任早々に「法人減税」の答申を纏め、安倍首相の経済成長
重視の「上げ潮路線」を打ち出しました。
それだけに「官舎問題」が発覚した当初、安倍首相は「職務を全うす
ることで責任を果たして欲しい」と擁護していました。

しかし、安倍首相も「一身上の都合」とする岡田氏の辞任意向を認め
て、事実上の更迭に踏み切りました。
このままでは、来年1月に招集される『通常国会』での「予算審議」
に悪影響が出ると判断したのでしょう。
それにしても、何で対応が遅れたのでしょうか。もっと早く更迭して
おけば、これほどの騒ぎにはならずに済んだと思われます。
また21日の「記者会見」で安倍首相は、「一身上の都合」を13回、
「やむを得ない」を11回も繰り返し、「自信の任命責任」については
ついに触れることがありませんでした。


後手後手に回る安倍首相
安倍内閣が発足して3ヶ月。当初は『訪中・訪韓』で『東アジア外交』
の第一歩を築き、『北朝鮮の核実験』に際しても『国連の制裁決議』を
主導し、「やるじゃないか」と評価を高めました。
それがおかしくなってきたのは、『復党問題』からです。
「郵政選挙で造反した無所属議員11人の復党」を認めたことに、有権
者は「来年の参院選を見据えた対応」と見透かされ、支持率を落としま
した。また、この復党騒ぎの中で、守旧派や派閥の領袖たちが発言権を
回復し、「安倍与(くみ)しやすし」という流れが強まりました。今度の『本間
問題』でも、『党税調』が「本間更迭」を早くから口にしていました。
次いで、『道路特定財源の見直し』……「揮発油税の一般財源化」を目
指しながら、与党の猛反対を受けて結局譲歩、「揮発油税の明文化」は
取りやめました。

さらに『タウンミーティングやらせ質問』……これは小泉政権の官房
長官時代に起きた事件なのに、正面からは答えず、「首相給与の中から
月30万円・3ヶ月分を国庫に返納」と発表して終わりにしました。
これらの事件に共通するのは、安倍首相の“若さ”からくる「情報収集
力の甘さ」「優柔不断さ」「危機管理意識の欠如」が上げられます。
事件が問題になると、中川幹事長・塩崎官房長官が矢面に立ち、自分の
“顔”は見せずに後手後手に回ることが多かったように感じます。
また、安倍首相の発言はメリハリがなく、長いのが欠点です。
説明すれば説明するほど、不安に見えてくるのです。
“仲良し”で発足した『チーム安倍』は、「周りに敵を作らない」が
キーワードなのでしょうが、すごみが感じられません。

また、「補佐官制度」も導入したはずですが、それも機能していません。
この年末年始の休暇の中で、どのように締め直してくるのでしょうか。
「危機管理は3日以内」が原則ですから、後手後手を踏む安倍首相に
「指導力のなさを感じる」という声が、安倍ウォッチャーの中にも日
に日に強くなっています。

2006年12月21日

メディア論コーヒーブレイク12

辛坊 治郎辛坊 治郎
読売テレビ・報道局局次長兼解説委員


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いやあ、恐ろしいもので、一回か二回のつもりではじめたコーヒーブレイクも数えるこ
と12回、なんと年を越ええることが確実になりました。

先日、言葉にうるさい某Mアナからメールをもらって、「シンボウさん、メディア論に戻
るつもりないんじゃないですか?」と聞かれたのですが、そんなことはありません。戻
る気十分です。でも戻れないのです。戻り方が分からないのです。いったん道を逸れ
始めると、本当に元に戻るというのは難しいものですね。ですから、今、非行に走ろう
とか、人の道に外れようとしている皆さん、いったん外れると、戻るのは難しいですよ。
どうぞ、道を外さないでくださいね。もう既に間違ってそれてしまった人、誰とは言いま
せんが、「都市部の公務員宿舎は、役人優遇のシンボルだ」なんて言いながら、一番
条件のいい公務員宿舎に、最高の条件で入っていた偉い人などは、とにかく職を辞し
て頭を丸めることからはじめてくださいね。さあ、そんなわけで、今回も道を外してのス
タートです。


マイウ子って誰だ?
世の中には、その業界では当たり前でも、部外者にとってはいったい何よそれ?って
いうことが沢山あります。これを利用すれば、その道のプロになるのは遠い道でも、そ
の道のプロのふりをするだけなら簡単です。まずその業界の言葉を覚えればいいの
です。ジャズマンのふりをしたければ、何でも言葉をさかさまに言えばオーケーです。
メシはシーメ、ウマイはマイウ、オンナはナオン、トマトはトマトです。これから派生して、
芸能界でも言葉を逆さまにする習慣があります。と、これを聞きつけた、いとうまいこさ
んのファンが、ファンレターに「まいう子さんへ」と宛名を書いてきたのは有名な話です。
この話は本人に聞きました。伊藤さん!私は好きです。
さて、放送業界にも符丁があります。「ホリ」といえばスタジオの壁などの背景のこと、
「ワラウ」といえばかたずけること、「ヤオヤにする」と言えば、カメラで撮りやすいよう
に、モノを傾けてディスプレイすることです。「ホリの前のヤオヤの本ワラッといて」と言
われて、大阪城のお堀端で本を売ってる八百屋を探しに行くようでは商売になりませ
ん。逆に業界に入りたては、そんなことばかり覚えて、どうしても本業が付いてきませ
ん。でもそれでもいいのです。最初は何でも形だけなのです。形に、そのうち中身が
入り、やがて魂が移るのです。もちろん一生形だけで終わる人もいます。それも、それ
でいいと思います。いくら中身や、魂があっても、形がなければ見えませんから。どう
せ放送業界なんて、そんな薄っぺらなもんですし、ってだんだん話が自虐的になって
きました。本論に戻しましょう。今日は鼻濁音の話でした。


鼻濁音って何?
アナウンスの研修を開始してまず驚いたのは、今まで自分が持っていた常識が常識
でないということを知ったことです。多分、学生時代にアナウンス研究会などに所属し
ていた人にとっては当たり前のことなんだと思いますが、何せ私はドの付く素人です。
「シンボウ君、そこ、ビダクオンだから気をつけてね」なんて言われても、日本語が理
解できません。ビダクオン、漢字で書くと鼻濁音です。別にアナウンス用語でなくて、
語学としての日本語の世界では常識の言葉なのですが、私は見たことも聞いたことも
ありませんでした。どういうことか説明しましょう。ここに一つの文章があります。「私が、
学校へ行ったのは、八時十五分過ぎだったので、先生に小言を言われた。」この文章
をかなで表記すると、「わたしが、がっこうへいったのは、はちじじゅうごふんすぎだっ
たので、せんせいにこごとをいわれた。」となります。さて、この文章には、ガ行の音が
五つ出てきます。この中で、普通の濁音はがっこうの「が」と、じゅうごふんの「ご」だけ
で、それ以外のガ行の音は鼻濁音です。多分このパソコンでも濁点のかわりに○を
書く鼻濁音表記があるはずですが、その出し方が分からないので、便宜的に、がの鼻
濁音を、「んぐあ」と表記することにします。これを使って先ほどの文章を表記すると、
「わたしんぐあ、がっこうへいったのは、はちじじゅうごふんすんぐいだったので、せん
せいに、こんぐおとをいわれた。」となります。つまり鼻濁音とは、ガ行をはっきりと発
音せずに、鼻に音を抜いて発音することを意味するのです。東京を中心とするいわゆ
る標準語圏では、文頭および数字の五を除いて、ガ行ははっきりと発音せずに、鼻に
音を抜いて、「んぐあ、んぐい、んぐ、んぐえ、んぐお」と発音するのです。多分関東の
人は無意識で出来ているはずです。しかし、全国の多くの人にとって、発音するどころ
か、聞き分けることも、概念を理解することも難しいでしょう。まあ、聞き分けられる人
がいなければ、話分ける必要もないわけで、「どうでもいいじゃないか」という感じです
が、業界としては「どうでもいい」ではすみません。とうわけで、アナウンサーの研修で
は、徹底してその使い分けを指導されることになるのです。この研修でとにかく私が思
ったのは、「標準語なんかくそくらえ」ということと、「世の中には俺の知らないことが確
実にある」ということでした。さすがに今では、意識すれば、自分が濁音か鼻濁音か、
どちらを発音しているかは分かりますし、アナウンサーの研修をやれといわれれば、
教えることは出来ますが、はっきり言ってどうでもいいようなことだと考えています。も
ちろん、公式にはそんなことは言えません。


ボインのムセイカ
さて、「鼻濁音」なんていう、標準語の基礎の基礎でも、ドの付く素人の私にとっては、
カルチャーショックでしたが、必死に鼻に息を抜いてフガフガ言っていた私を次なるシ
ョックが襲いました。それは、ボインノムセイカでした。「何?ボインでムセイ、そんな猥
褻な」なんて思ったあなた、それじゃあ、私と同じレベルです。さあ、その正体は、とい
うあたりは年が明けてからということで。それでは皆さんよいお年を!

2006年12月20日

中国は覚えたてのクリスマスブーム

大泉 純子大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者

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なぜかピザが人気のクリスマス
もうすぐクリスマス……ということで、「中国のクリスマス事情」です。
2002年、私が『上海』へ行った最初のクリスマスは、街を歩いて
いても、そんなにクリスマスムードではなかったと記憶しています。
浮かれているのは日本人と西洋人だけだったような……。

中国語でクリスマスは『聖誕節』といいます。「そのままやん」ですね。
年を追うに連れて、「クリスマスは一大商機」というムードが高まって
きたように思います。
ショッピングセンターには巨大な「クリスマスツリー」がお目見えし、
レストランでも「クリスマスディナーセット」なるものも登場しまし
た。カップルで過ごすロマンティックなクリスマス……。
でも、伝統的中華料理レストランに「サンタクロースは何だかヘン!」
そんななか、「クリスマスに一番行列のできるレストランはどこだ」と
思いますか?

答→『ピザハット=ピザのチェイン店』……。

どうして「聖なる夜の食事が『ピザハット』で満足なのか、かなり不
思議……です」が、本当にすごい行列ができるんです。
(ちなみに、バレンタインデーも『ピザハット』は大繁盛!)
「ピザ」は「身近な西洋料理」の代表格なのかもしれません。
とはいえ、「クリスマスとは一体何ぞや?」というのが一般庶民の感覚
だといえます。

カフェを経営している日本人の友人が、クリスマスを控えて店のドア
にクリスマスリースを飾ったところ、出勤してきた地元従業員に「誰
か死んだんですか??」と言われたそうです。
「樒(しきみ)」と間違えたんでしょうか……縁起の悪い。

スーパーでは、あちらこちらで店員さんが「サンタクロース」格好を
して販促キャンペーン。
ある時、「なぁなぁ、恥ずかしくない?」と聞いてみたら、「ちょっと
ね……仕方ないわ」という答えが返ってきました。素直でよろしい。
クリスマスが近づくと、近所の「按摩屋」のおかみさんまでも「聖誕
節快楽!(メリークリスマス)」……というわけで、今年も覚えたての
クリスマスムードが盛り上がっているものと思われます。

『日本』では、クリスマスが来たら、今年ももうすぐ終わり。
そして新年を迎えるということで、気分的にも区切りがついて良いの
ですが、『中国』の場合は違います。『中国』は「旧暦」で新年を迎え
るため、それまで街中がずーっとクリスマスデコレーションなんです。
これ、結構間抜けです。来年の場合は「旧暦の新年」2月18日から
ですから、それまでずーっと街中で「もみの木」や「サンタ」が見ら
れるのでしょう。レストランの壁のデコレーションはだんだん剥げて
きて……思い入れのなさがうかがえます。


クリスマスを雲南ワインで祝おう
さて、クリスマスには「ちょっと高いワインでも開けましょう!」と
いきたいところです。
『中国』手に入る「ワイン」は、外国産のものはさておき、「中国産の
ワイン」を選ぶ際には注意が必要です。
ラベルに「干紅」「干白」と書かれているのが、いわゆる普通のワイン
で、それ以外は、お砂糖や香料が添加されていて、ほとんどシロップ
のようです。
でも、中国の人たちにとっては、甘―いほうがまだまだ主流のようで、
せっかく「干紅」「干白」であっても、あまりおいしくないのもたくさ
んあります。そうしたワインをどのように味わうかといいますと……
まず「ビール用のピッチャー」用意して、ワイン1本をピッチャーへ
全部入れます。
その後、「スプライト(!)」をダバダバダバ……次いでお好みで氷を
……(私は氷を入れる派)。
ワインの専門家が見たら「おい!何すんねん!」と怒られそうですが。
しかし、郷に入れば郷に従え……というべきか、おいしくないワイン
もこうすれば、ワインクーラーみたいになって楽しく飲むことができ
ます。
「江沢民前国家主席がこの飲み方を好んだ」といわれ、「江沢民割り」
との異名を持つ飲み方です。
口当たりがよいので、飲みすぎると……安いワインであればあるほど
翌日お坊さんが頭の中でゴンゴン鐘をついているような頭痛に見舞わ
れます。

2002年の12月、あまりに寒いので温かい『雲南省』か『海南島』
で何か取材ができないかと思い、リサーチをしていたところ、ありま
した!……『雲南省』のワイン。
「中国のワイン」といえば、ブドウの産地である『山東省』のものが
有名です。「長城(グレートウォール)」とか、「皇朝(ダイナスティ)」
といった、歴史を感じさせるネーミングで、日本でも出回っているの
ではないでしょうか。
「雲南省でブドウが採れる」というのは、中国の人でもあまり知らな
いようでした。
緯度や日照条件は実はブドウ作りにぴったり。
かつてフランスの植民地だった『ベトナム』と国境を接していること
から、「ワイン作りのノウハウ」は昔からあったそうです。
昔から細々と作られていた「ワイン」に目を付けたのは、『香港』のあ
る投資家で、最新の設備を持ち込んで本格的に「雲南ワイン」の生産
を始めました。
(この投資家さんの自宅にもうかがったのですが、マンションなのに
家の中に池がありました……ゴージャス!)

私が取材に行ったときはちょうど「今年の新酒=ヌーボー」の出荷が
最盛期でした。
赤も白も、ブドウの味がしっかり残っていて、しかも余計な混ぜ物の
ない純粋な味……一口飲んですっかりファンになってしまいました。
「かつては土壁のボロボロの家に住んでいた」いうブドウ農家を訪ね
ました。ワインのおかげで新しい家を建て、まっさらの洗濯機に大き
なカラーテレビ……「ブドウ農家でよかった」と嬉しそうに話してい
ました。

この「雲南ワイン」は「ラベルに描かれた絵」また素晴らしく、取材
して以来、毎年ケースで買い求めていました。
一時、『全日空』の国際線の機内販売で取り扱われていたのですが、
チャンスがあればぜひまた手に入れたいものです。

2006年12月19日

防衛省で集団自衛権はどうなる

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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PKO取材で感じた制服組の悩み
今日で『臨時国会』が閉幕します。
『改正教育基本法』も『防衛省昇格関連法』も成立し、「政府提出法案」
のすべてが成立したのですから、安倍首相は「最初の国会を見事に乗
り切った」と言えます。


これらの法案の中で、私が強く関心を持ったのは、『防衛庁』が『防衛
省』に昇格する『防衛省昇格関連法』です。
私は1992年(平成4)に「国際援助活動への『自衛隊』の参加」
を可能とする『国際平和協力法=PKO協力法』が成立して以来、数
多くの「自衛隊PKO活動」を取材してきました。

92年の『カンボジア』、93年の『モザンビーク』、96年の『中東・
ゴラン高原』、この他94年には『ルワンダ』での「難民救援活動」に
も同行して、「虐殺現場」を取材しています。
04年に『イラク・サマワ』に陸上自衛隊が「復興支援活動」で派遣
された時、佐藤正久一佐という“ヒゲの隊長”が人気になったことを、
皆さんも覚えているでしょう。

私は、あの佐藤さんと縁があるのです。
初めての出会いは92年の『カンボジア』で、佐藤さんは『国連カン
ボジア暫定統治機構=UNTAC』の「停戦監視要員」の一人でした。
武装は「拳銃と小銃」のみ……それでいて「戦死者が一人でも出たら、
政権(当時は橋本政権)は転覆する」といわれた時代です。

2度目は96年の『ゴラン高原』……『イスラエル』と『シリア』の
国境地帯にある『ゴラン高原』に、『国連兵力引き離し監視隊=UND
OF』の「輸送部隊」として、自衛隊が派遣されました。
当時、佐藤さんは三佐で、「輸送部隊長」でした。
『イスラエル』から『ゴラン高原』に駐留する「国連監視隊」に食糧
などの支援物資を運ぶのが、彼らの仕事です。
そこは『シリア』側でしたから、私はちょっと意地悪く、「ゲリラが襲
撃してきたら、どうするのですか」と聞いてみました。
すると、まじめな佐藤さんは、「防衛庁本庁と連絡を取りまして……」
と答えたので、さらに「今ここでですよ」と追及すると、佐藤さんは
絶句してしまいました。
「集団的自衛権」と「武器使用」は、派遣された自衛隊だけでは解決
できない問題で、実は今も解決されていません。

そして、これが海外派遣の制服組の最大の悩みです。
この『ゴラン高原国際平和協力業務』は今も半年交替で継続されてい
て、今年『レバノン』の武装兵力『ヒズボラ』が『イスラエル』国境
を攻撃した時、「地下壕に避難した」という話が伝えられ、その存在を
思い出しました。


法律の裏付けのある派遣を
小泉前首相は就任直後に「集団的自衛権を行使出来るように憲法解釈
を変更するべきではないか」と主張していました。
「集団的自衛権」とは、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻
撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力で阻止する
権利」のことで、『日本』では「憲法上、認められていない」とされて
きました。

しかし、『防衛省』昇格で、「自衛隊の海外活動」は「付随的活動」か
ら「本格任務」に格上げされます。
これまでのような曖昧模糊とした解釈では、「海外派遣の根拠」とする
訳にはいかなくなるでしょう。
『教育基本法改正』と『防衛省昇格』で、「戦後レジームからの脱却」
の第一歩を踏み出した安倍首相は、これを機会に「明文化・条文化」
を進めるともの見られています。
『防衛省』での「自衛隊の海外活動」は、「法律の裏付けのある派遣で
なければならない」と思っています。
個別な具体的な例を数多く挙げたケーススタディを重ねて、多くの人
に信頼される「明文化・条文化」を進めて欲しいものです。


余りにもこういう話をしないジャーナリストが多いので、今日は敢え
てしてみました。

2006年12月18日

安倍首相念願の「戦後脱却」への第一歩

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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『改正教育基本法』と『防衛省昇格法』が成立
安倍晋三首相が『臨時国会』の“最重要法案”と位置づけていた『改
正教育基本法』が15日、参議院本会議で与党の賛成多数で可決され、
成立しました。

『教育基本法』は昭和22年に公布施行された法律で、改正は59年
ぶり、初めてのことです。
この日の参議院本会議には『防衛省昇格関連法案』なども採決される
とあって、これを阻止したい民主・共産・社民・国民新党の野党4党
は、『安倍内閣不信任案』と『麻生外相不信任案』を衆議院に共同提出
しました。

一方、与党は“野党の抵抗”で時間切れとなり、廃案・継続審議になる
ことを恐れて、「4日感の会期延長」を両院議長に申し入れました。
『臨時国会』も最終日にきて、ようやく与野党対決が見られそうだっ
たのですが、「不信任案の提案理由説明」で演壇に上がったのは、署名
した小沢一郎・民主党代表ではなく、菅直人・代表代行でした。
菅氏は、「タウンミーティングの“やらせ”問題」や「教育基本法案の
衆院強硬採決」、「麻生外相の核武装論議の必要性」などをゆっくりと
1時間もかけて説明したのですが、小沢代表の姿は議場にはありませ
んでした。

「不信任案」は反対多数で否決され、「会期延長」は認められました。
野党は参議院に『伊吹文科相問責決議案』を提出したものの、これも
否決されて、いよいよ2つの重要法案の決議に。
そして、『改正教育基本法』も『防衛省昇格関連法』も成立しました。
安倍首相としては、自ら主張した「戦後レジーム(体制)からの脱却」
の第一歩を踏み出したことになります。
この『臨時国会』で、「政府提出法案」はすべて成立していますから、
「顔が見えない」といわれながらも、安倍首相は「何とか最初の国会
を乗り切った」と言えるのでしょう。


どうした小沢民主党
『臨時国会』の最終盤で、野党が「不信任案」を出したことに、「昭和
の社会党に戻ったみたいだ」と評した自民党幹部がいます。
野党としては、「タウンミーティングの“やらせ”」や、“いじめ”や
「必修科目の履修漏れ」など、“教育基本法改正案の廃案への追い風”
が吹いたにも拘わらず、チャンスを生かすことが出来ませんでした。
特に、『民主党』には、「戦略がなかった」ように思えます。
「タウンミーティング」は「共産党が拾い上げ、社民党が追求した問
題だ」として積極的には取り上げず、「不信任案提出」にも小沢代表は
「否決されれば、信任されたことになる」と否定的でした。
それが突然「他の野党と組んで、不信任案提出」になっては、民主党
議員の中にも戸惑いがあったようです。

かつての“豪腕・小沢”は「与党の弱みを突く」という“対決路線”
だったのに、それが岡田克也氏や前原誠司氏などの「政権能力を独自
案で示す」という“対話路線”を採るようになってから、“豪腕”ぶり
が薄れてきました。
特に、今国会では「教育」でも「防衛省」でも「与党と民主党の主張
に似通う点」が少なくなく、与野党の議論が展開されず、“小沢さんの
存在感”が感じられずに終わったように思えます。
また、体調の不調からか、小沢代表は「国会への遅刻・欠席」が多く、
「小沢さんも“顔”が見えない」といわれています。

年が明ければ、1月半ばには『通常国会』が招集されます。
夏の『参院選挙』で“与野党逆転”を狙う小沢・民主党代表も、“戦後
レジームからの脱却の第一歩”を踏み出した安倍首相も、「“顔”が見
えない」では済まないのではないでしょうか。
来年が「2大政党時代にふさわしい論戦が展開されること」を願って
います。
特に、安倍首相については「支持率の低空飛行を回復するには、自分
の声で発言すべき時にきている」と言えそうです。

2006年12月14日

魂の殺人 ―社会の理解を得るためにー

横須賀 ゆきの横須賀 ゆきの
読売テレビ放送 編成局アナウンス部・報道局


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11月下旬に出された2006年の犯罪白書は、
国民が身近に不安を感じ、社会的にも関心が高いとして
「性犯罪」を特集テーマに取り上げています。
それによると凶悪犯罪である強制わいせつ、強姦罪の認知件数は
2003年に1万件を突破。
ここ2年間は減少していますが、今だに高い数字。
検挙率は、以前低水準が続いています。
しかも内閣府の調査では性犯罪被害者の95%は警察に届け出ないとの結果も出ています。

魂の殺人と言われる性犯罪。
死に直面するような体験がきっかけで起こる精神障害・いわゆるPTSDの発症率は
あらゆる犯罪被害者の中でも性犯罪の被害者が最も高いと言われています。
犯罪そのものでさえ、心身ともに深い傷を負うのに、
その後も、苦しみは続きます。
「逃げられたのではないか?被害を受けたのは自分が悪かった」
被害者なのに自分を責めてしまう。
誰にも相談できず、自分ひとりで思いつめてしまう・・・・


【被害者を取り巻く環境】
今回は成人の被害者のケースを中心に考えてみたいと思います。
「そんな時間に歩くから・・・」「ふしだらな・・」「被害者の態度に日頃から問題があるんじゃない?」
それからよく言われる「女も悪いでしょう」。
周囲の人も安易に被害者を責める風潮・・・
被害にあったのに言われもない中傷を受ける、
被害者がより深く傷つけられる一因がここにあります。
私も社会人になるまで、
被害者も悪いと考えた事はありませんが、
注意していたら避けられた可能性もあるのでは?と、
事情をきちんと調べもしないのに思っていたこともありました。
取材を通じて被害にあった方々に直接話を聞くと、
その考えが大きな間違いであることに気づかされます。

例えば、
1.会社から帰宅途中、突然車に引きずり込まれた。
2.玄関の鍵を開けた瞬間、後ろから部屋の中に突き飛ばされた。

両方とも、午後7時~9時くらいまでの出来事。
他に、裁判傍聴の中でも上記の様な事件はいくつもありました。
浪速姉妹殺害事件も 2 のケースでした。
被害者の不注意でも何でもありません。

ごくごく日常の延長線上で起きてしまった犯罪なのです。
そして、上記を含む全ての性犯罪の事案を考える上で最も大事なこと。
例えばそれが夜の深い時間帯であったとしても、警戒が足りなかったとしても、
大前提として、悪いのは加害者であって、被害者ではないです。
罪を犯したのは「加害者」なのです。
特に性犯罪においてはこの大前提が薄れがち、また、すっ飛ばして話を進めるがゆえ
被害者を責める風潮が生まれやすくなっています。

{被害者の切実な思い 話すべきか、話さぬべきか}
近年、誰にも相談できずにいた被害者が声を上げやすくなる体制が
徐々に整えられてきています。
ある被害者の会のメンバーは

「死なないとニュースにもならない。死ぬまでのことをしないといけないの?」
「一番わかってもらいたいのに一番誰にも話せないんですよ。
でもここはみんな最初からわかってるから」と話します。

とは言え、性被害は話せば必ず楽になるとは言えない側面もあります。
「二次被害」、話すことによって受ける中傷です。
15年に亘り性被害者の心の傷に向き合ってきた臨床心理士の先生は、
人に話すことを必ずしも勧めないと言います。
「身近な人に打ち明けて不適切な対応をされた場合、
何も話さなかった場合より、もっと大きな影響を受けますよね。
人に話せて適切に受け止めてもらえたら一番。
でも二次被害を受けるくらいなら、誰にもいわない方が懸命だと思います」。


{刑法から}
また、一概に比べることは出来ませんが、
刑法では、人間の尊厳を奪う強姦罪が懲役3年以上なのに対し、
物を奪う強盗罪は懲役5年以上。
背景にあるのはやはり社会の理解不足でしょうか・・・
「被害にあった女性が必死に抵抗したかがどうかが問われていて、
どれだけ身を守ったか。つまり貞操を守る。そういう女性は法律が守りますよ。
そうでなければ犯罪になりませんよ。というのが刑法のもともとの考え方」と指摘する弁護士
もいます。


【私達が出来ること】
今日も性犯罪に関連するニュースが入ってきています。
性的欲求が動機・原因の殺人、暴行、障害、逮捕監禁、略取誘拐。
更に、視点を広げれば、性目的のストーカーや痴漢、セクハラ。
(これらについては周囲の理解不足がより際立ち不用意な言動で被害者を傷つけるケースが目立ちます)
上記の犯罪・事案を少しでも減らす為に・・・・・・・・
やはり被害者に対する社会の理解を深めていくことが何よりの近道です。
他の犯罪被害者の方に対する理解と同じように、
性被害者の方がどのような思いでいるか改めて考えてみて欲しい。
その理解する心が、性犯罪を防ぐ手立てへの原動力となるはずです。

{実感として・・・・}
確かに以前より理解は深まりつつありますが、
取材を重ねる中、生活をする中で「まだまだである」と私は感じています。
性犯罪関連の話題の時、
その人なりの考えがあってなのか。無意識にぽろっとしゃべってしまうのか。
いずれにしても理解不足だなと感じる局面は多々あります。
真剣に心と言葉を尽くせば分かって貰える人もいます。

一方で、
はなから独断・偏見・思い込みで受け付けない人もいます。
何も男性に限ったことでなく、女性でもいます。
というか女性であるが故により一層無遠慮に発言をしてしまう人も。
そういう人たちの口から漏れる言葉の数々を耳にすると、
重いため息とともに悲しい気持ちが胸に渦を巻き、そして問うてみたくなります。
「事案について詳しく調べた上で何か根拠があっての発言なのでしょうか」
「自分の大切な人が被害にあってもそんな事を言うのでしょうか」
そして、「自分が被害にあってしまったら、どれだけ辛い思いをするか」
この点を踏まえたら安易に『被害者も悪い』と言えるでしょうか。
その言葉を口にする前に、一度飲み込んで考えをめぐらせて欲しい。

「こういう人たち含め広く理解を得る為には
どのような報道をしていけばいいのだろうか」

この視点を改めて自分の中で反芻しニュースを発信するということを心がけています。

{水際対策になりますが}
ここでは例として、凶悪犯罪の強姦、強制わいせつのデーターあげます。
発生時間は深夜が多く、
発生場所は、強姦は住宅比が屋外比(道路、駐車場、空き地、公園等)より高く、
強制わいせつは屋外比が高くなっています。
被害者と被疑者の関係については「面識なし」の比率は強姦70%、強制わいせつ90%近く。
(最近は「面識あり」の比率が上昇傾向にあります)

大前提として、悪いのは加害者ですが、
犯罪がなくならない以上、
犯罪にあわないようリスクを減らす努力を私達自身もせざるを得ない状況です。
そういう意味で、
例えば、人通りのない夜道を避ける、なるべく深夜に一人歩きをしないとか、
防犯グッズを常に携帯する。玄関のドアを開けるとき辺りを注意する。
戸締りはしっかりと(夏とか寝苦しくて窓を開けたくなりますが)等々。
また、面識ありが上昇傾向であることも踏まえ、
局面局面での想像力、判断力、瞬発力を働かせる為にも、
日頃から思いつく限りの様々な警戒対策を怠らないということが大切になってきますね。

私が書くことによって、声を発することによって、
知らぬうちに被害者の誰かを傷つけてしまっている場合があるかも知れません。
そう思うととても怖いですが、
淡々と、現状と考えられる対策を伝えていくのが今出来る精一杯のことです。
今回は、誤解を恐れずに書かせて頂きました。

年内は横須賀の担当はこれで最後です。
2007年もどうぞよろしくお願いします。
では!よいお年をお迎えくださーい。

2006年12月13日

南京大虐殺にまつわる映画の話

大泉 純子大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者

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外国メディア担当部署がナーバスに
12月13日は、「旧日本軍が中国の南京に攻め入った日」。
この日から6週間にわたって、「日本軍は略奪や婦女暴行、罪のない
人々を次々に殺害した」とされるのが、いわゆる『南京大虐殺』です。
犠牲者は中国政府の見解では、30万人以上とされています。

そもそも「これらの行為があったのか、なかったのか」という議論も
続いていますが、ここでは私が体験した取材の裏話をお伝えします。
2002年のこと……『南京大虐殺』を描いた「香港映画」が『中国
大陸』でも公開されることになったのですが、この内容をめぐってあ
る論争が起こりました。

映画のタイトルは、『五月&八月(May & August)』。
「南京大虐殺で両親を殺害され2人きりになってしまった五月ちゃん
と八月ちゃんという幼い姉妹の物語」です。
南京大虐殺そのものを描くというよりは、幼い姉妹の生き様を描いた
映画なのですが、映画の「ポスター」に書かれた宣伝文句に待ったが
かかりました。「南京大虐殺で女性のレイプシーンを描いた初の作品」
というセンセーショナルな文言です。
観客の興味をそそるこの手の宣伝は、きわど過ぎるという理由……
まぁ、これは理解できます。
『南京市』を管轄する『江蘇省』の「外国メディア担当部署」に取材
を申し込んだところ、許可がなかなか降りませんでした。
かなりナーバスになっていることがうかがえます。

とりあえず「口頭で取材OK」といわれたので、「初日のプレミア上映」
取材のため、一路『南京』へ向かいました。
『上海』から『南京』までは、車で4時間くらいです。
さっそく映画館へ赴くと、結局「問題の部分を黒く塗りつぶしたポス
ター」が貼られていました。

その後、映画会社の担当者と会うことになっていたのですが、約束の
時間になっても、誰も現れません。
ようやく電話が通じ、事務所まで押しかけたものの、「取材は受けられ
ない」との回答。
役所の許可は下りていることを伝えても、「聞いていない」の一点張り。
このときあらためて、許可は口頭ではなくファックスをもらっておく
べきだったと反省しました。
本来ならば、ここで主演した香港の女優も参加した初日の舞台挨拶を
取材するはずだったのに、会場にカメラを持ち込むことはできませんでした。

仕方ないのでチケットを買って会場へ。
しかし我々が外国のメディアであることがすでにバレてしまっていて、
チケットを持っているにもかかわらず、もぎりのおばちゃんに阻止さ
れ会場へも入れません。入り口でもめている間に舞台挨拶も終わって
しまい、「あーあ……」でした。


泣かせるいい映画だったのだが
その後に行われた一般上映を見ました。
映画は、幸せな4人家族が日本軍の侵略によって、まず父親が殺され
ます。その後、熱を出した妹の八月ちゃんのために決死の覚悟で薬を
買いに出た母親が日本兵に捕われてレイプされた上、殺されてしまい
ます。
2人きりになった五月ちゃんと八月ちゃんは、生きるために町をさま
よい、さまざまなアクシデントを乗り越えながら、同じように孤児に
なった少年とサバイバル生活を送る、というストーリー。
この2人の子役の演技が結構泣かせます。
「南京大虐殺の描写の評価は分かれる」と思いますが、映画には余り
詳しくない私としては、「泣かせるいい映画だ」と思いました。
なぜ、この映画をめぐって論争が起きたのでしょうか。

ラストシーンで、『日本軍の侵略行為は、1937年12月13日から翌年
の4月まで続いた』『犠牲者は30万人』という字幕が出ます。
ここが問題だったのです。ネット上で湧き上がった議論は、「大虐殺は
実際は6週間だったが、4月まで、と期間が実際より長い」「犠牲者の
数を30万人と言い切っている」……つまり、「史実が歪曲されている」
というものでした。

誤解を恐れずに言えば、「いちゃもんレベルの論争」です。
「こんな低次元の論争のために思うような取材ができなかったのか」
と思うと、腹立たしいのを通り越して、もうばからしい。
会場から出てきた観客に感想を聞いてみると、「芸術作品としてみれば、
少々事実と異なっていてもいいのでは」という意見もあれば、「史実を
歪曲するなどもってのほかだ!」という怒りの声もありました。
怒りの声については、本当にその人が自分の考えから思っていればい
いのですが、ネット上での議論を鵜呑みにして根拠なく発言している
としたら、「怖いなぁ」と思いました。

製作者サイドは、「この映画はドキュメンタリーではなく芸術作品であ
る」とのコメントを出しました。それでいいと思うわ……。
ちなみにこの映画、残念ながら日本ではまだ公開されておらず
DVDも発売されていないようです。

2006年12月12日

対イラクに転換期がくるか

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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アメリカも認めるイラク戦略の間違い
『アメリカ議会』が作った超党派の『イラク研究グループ』が提出し
た『報告書・前進への道』が、“世界の新しい動き”になりそうです。
この「報告書」は「イラク開戦以来の数々の過ち」を指摘し、ブッシュ
大統領に「全面的な政策の転換」を提言しています。

具体的には……「来年3月までに大部分の米戦闘部隊の撤退が可能」
「イラクな影響力を持つイラン・シリアとの対話を再開する」「イラク
安定化のためにパレスチナなど中東の包括和平に外交努力を注ぐ」な
どを“柱”に79項目の提言を連ねています。
この「報告書」に、これまで反米的だった『フランス』や『ドイツ』も
賛意を示しています。
「中間選挙」で大敗したブッシュ政権としては、ラムズフェルト国防
長官を更迭し、ボルトン国連大使が辞任しましたが、『米軍の統合参謀
本部』や『国家安全保障会議』でも「イラク政策の見直し作業」を続
けています。

ブッシュ大統領は、これらを纏めて早ければ今年末までと期限を切っ
て「新たな外交攻勢」を仕掛けることになりそうです。
今でも『イラク』で暗躍するのは、オサマ・ビン・ラディンを指導者
とする国際テロ組織『アルカイダ』と思っている人も多いようですが、
「今のイラクの暴力」の主な原因は「宗教対立」です。
かつてフセインを頂点としていた『イスラム教スンニ派』の武装勢力
が、『シーア派』のイラク市民や『クルド族』「中流アメリカ兵」など
に「自爆テロ」「自動車爆弾」「地雷」などで、イラク人だけでも一日に
平均120人もの死者が出る「内線」のような事態です。
これに対し、研究グループの一人・ベーカー元国務長官が「魔法のよ
うな解決策は存在しない」のでしょうが、何とかしなければならない
時期にきているのは確かです。

『イラク』でのアメリカ兵の死者は3000人に達しようとしていて、
それが“アメリカの厭戦気分”を高めています。
「ベトナム戦争の時と同じようだ」という人もいます。
いずれにしても、この年末に「対イラク戦略に転換期がきたことは望
ましいことだ」と思います。


対イラク戦略の転換は、日本にどう影響するか
『報告書・前進への道』は、「来年3月までに大部分のアメリカ戦闘部
隊の撤退が可能」としています。
今、「イラクに駐留するアメリカ兵」は14万人。
一部は「復興支援」などで残ることになるのでしょうが、どれだけが
撤退するのでしょう。

『北朝鮮』にとっては、これは想定外な出来事のように思えます。
これまで『北朝鮮』は、「アメリカ軍にはイラクと北朝鮮の2正面作戦
は出来ない」と高を括っていた感じがありました。
しかし、撤退した兵の大部分が『韓国や沖縄』などに派遣されてきた
ら、どうするのでしょうか。
これが強いプレッシャーになり、「核廃棄」に進む勢いが生まれること
も考えられます。

また、「イラク戦略」の見直しが進む中で、政府は「イラク派遣の航空
自衛隊の駐留延期」を来年7月末までと閣議決定しましたが、これ以
上の延期はなくなるでしょう。
そして、『イラク』が安定すれば、「原油の値段が下がる」ことが見込
めます。
「アメリカの対イラク戦略の転換」は、日本にとっても望ましいこと
だと思います。
「楽観的過ぎる」という批判もあるでしょうか。


2006年12月11日

顔が見えない安倍晋三総理・総裁

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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無党派層に進む安倍離れ
安倍内閣発足当初は、「訪中・訪韓・北朝鮮の核実験への対応」などの
外交面での評価もあって、60数%~70%近くあった内閣支持率が、
僅か2ヶ月あまりで50%を割り込むところまで落ち込みました。

世論調査を見てみると、「郵政造反議員11人の復党」が国民の理解を
得られなかったことを示しています。
3分の2以上の人が、「復党を評価しない」と回答し、その理由として
「昨年の衆議院選挙の結果を無視するものだ」と答えています。
「郵政民営化」を軸に、「改革派か抵抗勢力かの選択を有権者に求めて
大勝した選挙は何だったのか」というわけです。

特に、先の選挙で「自民党支持」に回った無党派層では半数を超える
人が「不支持」と答え、「支持・不支持」が初めて逆転し、“安倍離れ”
が進んでいることを鮮明にしています。
この「復党劇」は青木幹雄・自民党参議院議員会長の「復党させなけ
れば参院選は惨敗だ」発言に始まり、先月10日にはホテルでの秘密
会合で、安倍首相も「復党」を受け入れていたといいます。

しかし、安倍首相は表に出ず、中川秀直幹事長任せにしていました。
その結果は「“筋”の中川vs“情”の青木・片山」となり、小泉時代
には「総理が言うのでは仕方ない」と反論できなかった議員たちが、
自分の考えを堂々と述べるようになりました。
その声の大きさに押されて、“安倍さんの顔”がますます見えにくくな
っているようです。


後退か、玉虫色か、道路特定財源の見直し
「道路特定財源の見直し」について、政府=安倍政権と与党=自公が
大筋で合意しました。
「道路財源の見直し」は、「は、小泉前首相が01年5月に打ち上げた
改革案で、安倍政権が「構造改革イメージ」の“目玉”として引き継
ごうとしていました。
安倍首相は、「所信表明」で「現行の税率を維持しつつ、一般財源化を
前提に見直しを行い、年内に具体案をとりまとめる」と演説し、「経済
財政諮問会議」でも「揮発油税を含め道路特定財源全体を見直しの対
象としたい」と発言しています。

しかし、「復党問題」で首相を押しきった「道路族」などの与党幹部が、
「地方や納税者が欲しいのは道路だ」と主張し始めました。
公共事業が削減された地方では、「景気回復のためにも道路などのイン
フラ整備は欠かせない」という声が根強くありますし、自動車やガソ
リンなどの業界には「一般財源化するなら、揮発油税を減税し、高速
道路を安くしろ」という声があります。
「道路族」は、選挙のためにもこれを無視できません。

そして「改革後退とか、先送りといわれるのは残念だ」と首相発言が
後退し、ついに「政府・与党の合意」となったのです。
その合意とは、「増税したまま、必要な道路は造る」というものです。
さらに「具体的計画は08年度に作成する」・「揮発油税の文言は書か
ない」という曖昧なものになりました。

つまり「見直しは来年の参院選後まで先送り」ということです。
「社会保障」や「財政再建」が論じられないままの「特定財源の見直
し」で、有権者の理解を得られるのでしょうか。
このまま支持率が低下し続けると、『自民党』にとっては大変なことに
なりそうです。


2006年12月07日

メディア論コーヒーブレイク11

辛坊 治郎辛坊 治郎
読売テレビ・報道局局次長兼解説委員


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さあ、アナウンサーとしての第一歩を踏み出しました。とは言うものの、連日研修に次ぐ
研修です。アナウンサーですから、まず発声練習かと思うとそうではありませんでした。
目の前に差し出されたのは、今まで見たことのない物体だったのです。

こんな辞書があったのだ
目の前の物体は、白い表紙の、新明解国語辞典を少し分厚くしたくらいの辞書でした。
タイトルは「NHKアクセント辞典」です。アナウンサーを目指そうという人にとっては、そ
の存在は常識なんでしょうが、まったくの素人の私にしてみたら、「へーこんな辞書が世
の中にあったのか」という感じでした。左にずらりと横書きで見出し語が並んで、その隣
にかな書きの「読み」が続き、その「読み」に沿って上下する線によってアクセントが表
示してあります。実は一般の辞書にも、たとえば新明解国語辞典などは、傍線のアクセ
ント記号はないものの、類型、つまり「この言葉は頭が高くて二字以降は下がり最後の
一文字で上がる」なんていうことが数字の記号で記入されています。これは意外と知ら
れていない表記ですので、手近にあったらちょっと確かめてみてください。さて、このNH
Kのアクセント辞典は、そんな国語辞典の見出し語とアクセントだけをずらりと並べた特
殊な辞書なのです。アクセント辞典には、もっと薄い三省堂のものもありますが、NHK
の辞典を使うのが業界の標準となっています。


赤青二色鉛筆登場
この辞書を前にしてやらされたのは、まず仮名読みの部分を紙で隠して、見出しの漢字
を声を出して読み上げ、その後、紙で隠したアクセント記号付きの仮名読みと照らし合
わせるという作業でした。そうしてアクセントが合っていれば無印、アクセントが間違って
いれば青印、さらに、読み方を間違えたら赤印というように辞書に書き込みをして行き
ます。会社の意図としては、見出し語全てのアクセントをチェックしなさいということと、ア
ナウンサーにとっては致命傷となりかねない、誤読を見つけなさいということにあります。
私の場合、家庭の中は関西弁でしたが、外に出るとほぼ関東標準語圏でしたから、ア
クセントがそんなに狂うということはありませんでした。ただ、我ながら恐ろしいと思った
のは、思い込みによる誤読です。たとえば「大輪」という言葉がありますが、これを私は
ずっと「ダイリン」と読むと思い込んでいたのですが、正しくは「タイリン」であったりと、そ
んなケースです。耳で言葉を覚えた人より、小さい頃から優秀で、目で見て言葉を覚え
た人のほうが、知らず知らずに、人が聞いたら仰天するような読み間違いをしていると
いう事がありますので、アナウンサーを目指さずとも、一度同じ方法で辞書を読み込ん
で見てはいかがでしょうか。思わぬ誤読に気づいて、一人で顔を赤らめることは誰にで
もあるはずです。誤読をしていると気づかないまま一生が終われれば、それはそれで
幸せですが、気づくのが後になれば後になるほど、それまで知らず知らずに恥をかいて
いるわけですから、早めに顔を赤らめたほうが身のためです。

私の先輩の中には、おそらくこの研修をいい加減にしていたんでしょう、あるとき、「難
波の土性骨(なにわのどしょうぼね)」と言うべきところを、「なんばのどしょっこつ」と生
中継で口走って、先輩アナウンサーに殴られた人もいます。思い込みによる誤読は、誰
にでも必ずあります。社会に出ると、相手に恥をかかせてはいけないと、誰も指摘してく
れなくなるものです。でも、陰で笑われているケースは決して少なくありません。私も、あ
る時とても社会的地位の高い人が、目の前で「メディアのかごじ!」と連発するのを聞い
てとても戸惑ったのですが、ついに間違いを指摘することは出来ませんでした。皆さん
大丈夫ですよね。「メディアのかごじ」でなく、「メディアのちょうじ(寵児)」ですよ。


伝説の人
私の場合、埼玉の南のほうで育ちましたから、家の外で話す言葉はほぼ標準語、うっ
かり地元の同級生と話していると「そうだんべ」なんて言うことはありますが、幸いアクセ
ントが大幅に狂うということはありませんでした。ところが、苦労するのは地方出身者で
す。今は、地方局の中には、その地方の方言を話せるということがむしろ採用試験を突
破するのに有利なケースもありますが、私が受験した当時は、とにかく標準語を話せる
というのが絶対条件でした。私の上の世代ではなおさらです。そんな事情から、地方出
身者でアナウンサーを目指す人の中には、それこそ血のにじむような努力をした人もい
たようです。現在、東京某キー局で役員にまで上り詰めている、元男性スポーツアナも
その一人です。この人は、入社前に大学のアナウンスサークルに所属していたのです
が、常にアクセント辞典を持ち歩き、日常生活で発する全ての言葉を辞書を引いて調べ
るという作業をしていたそうです。その結果大学を卒業するまでに三冊のアクセント辞
典を、文字通りつぶしたというのですから本当に頭が下がります。ただ、その代わりこ
の人物、後輩のアクセントの間違いにもとても厳しく、新人からは「鬼の○○」と恐れら
れる、別の意味でも伝説の人物になりました。どのくらい恐れられていたかというと、そ
の人物が入社してから十年後に入社した、似たようなキャラクターの人物が、「鬼の小
○○」と呼ばれるくらい、業界では、その苗字が「言葉に厳しい人物」の代名詞になった
程です。ちなみに、我読売テレビで一番言葉に厳しいのは、アナウンス部部長補佐の
道浦氏ですが、彼は温厚な人柄ですから、誰も「鬼の道浦」とは呼びません。ただ、私
は「言葉オタクのみっチャン」と呼んでいます。本も出していますから、言葉で分からな
いことがあれば、彼に聞いてください。


知らないこと
さてアナウンス辞典を読んでいて、変な記号に出くわしました。それは「が」の「゛」の代
わりに、「○」が付いている「か」でした。専門用語で言うと、鼻濁音という音です。いった
いこれは何か?というあたりは、また次回に。

浪速姉妹殺人事件と裁判員制度

横須賀 ゆきの横須賀 ゆきの
読売テレビ放送 編成局アナウンス部・報道局


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【結審】
去年11月大阪市浪速区のマンションで、帰宅した2人を相次いでナイフで襲い、
顔や胸、腕などを刺して殺害、その後小銭を奪い、部屋に火を放って逃走した事件。
強盗殺人などの罪に問われた山地悠紀夫被告に対する裁判が結審しました。

検察側は、
「人間性の一片も見出せない犯行で、反省も伺えず更生の可能性は全くない」として
「極刑以外に選択肢はもはや「絶対」にありえません」と断固たる姿勢で死刑を求刑。
一方の弁護側は、「被告の責任能力に疑いがある」と心神耗弱を主張し、
無期懲役が相当としました。
最後に裁判官から意見を求められた山地被告は「何もありません」と
一言ぼそっとつぶやきました。

公判中、時折、口端笑みを浮かべていた山地被告。
「法律的に刑罰の対象となるとしても、私としては、
例えそのようなことをしても罪悪感はないのです。」
「私にとって、人を殺すことは物を壊すことと余り違いがありません」等と供述し、
その口から謝罪の言葉が語られることはついにありませんでした。
公判を通じて、罪の意識をまったく感じていないと思わせる山地被告の言動と、
気の遠くなるような怒りや悲しみに耐えながら傍聴している遺族の姿。
余りにも大きな隔たりがある双方の姿が脳裏から離れません。
そして、犠牲になった2人の女性を思うとき、
言葉で表現することの限界。
とてもそんなものでは表せない出来ない事柄であることを痛感させられます。


【裁判員制度を見据えて】
もう一つこの公判で印象に残ったのは、検察官の姿でした。
この裁判は、公判前整理手続き=初公判前に裁判官、検察官、弁護人が協議して
争点を絞り込み公判日程を事前に決め、裁判を迅速に進めていく形をとっています。
3年後スタート予定の、一般の人も審議に参加する裁判員制度を見据えたものです。
その制度を意識しているのに加え、
いたたまれない、やりきれない事件であるということもあるのですが、
検察側の論告は胸に迫るものがありました。

今まで見聞きしている裁判では、
難しい専門用語の羅列なのに、
ぼそぼそと不明瞭に読み上げるという感で、
えっ!?今のところもう一度言って下さい!と
お願いしたくなるところが何箇所もありましたし、
第一、この人は誰に向かって伝えているんだろう、
というか、伝える気があるんだろうか・・・・・とすら正直、
思わせる場面に度々遭遇しました。

今回は、難解な専門用語を使った文の後に、必ず、つまりこれはこういうことです。
と、噛み砕いて表現をするように心がけていたように見受けられました。
そして、緩急をつけて読み上げていたので、ここを強く訴えたいというのも伝わってきま
した。姉妹が惨殺された事件の全容を振り返る件では、声を詰まらせて読み上げる場面が
ありました。この是非はともかく、聴く者の胸を強く打ったのは確かです。
そのくだりは、このように締めくくられました。

「法律家は、被害者の心を奥深くまで真剣に考えなくてはならないのです」

一つ一つの言葉に体温を感じた論告。
裁判の中身も確実に変化してきているとことを実感します。

裁判員制度は、
国民の意見や経験(社会常識)を裁判の内容に反映させるようにしよう。
それにより国民から遠いものとなっていた裁判をより身近でわかりやすいものにしようと
いうものです。
日本は、先進国の中で国民が裁判に参加しない国としては例外的な国。
民主国家として健全な形をなすためには裁判員制度が必要であることは確かです

ただ、肝心の参加する人たちの意識は・・・・というと、
裁判に参加したい人25.6% 参加したくない人70.0%(内閣府の世論調査)
理由としては、「有罪・無罪の判断が難しそう」がもっとも多く、
他にも、「人を裁きたくない」「裁判や事件にかかわりたくない」
「逆恨みが心配」等の心理的不安や
「仕事に差し障りがある」生活に影響が出ることへの懸念等、どれもよく分かります。
そもそも私も、「傍聴」ですら、この仕事をしているから行くのであって、
そうでなければ、多分行く機会はほとんどなかったと思います。

裁判に参加する意欲を高め、心理的不安を解消するためには、
裁判員制度がなぜ必要でどう社会の役に立つのか、
もっと具体的に提示していく必要があると思います。
それに裁判参加への日程調整も含めて
参加しやすくする為の環境づくりも必須の課題です。
国民に相当の負担を求める制度です。
十分な理解と協力を得られないと、有効に働くとは思えません。
あと3年でスタートしてしまいます。時間があるとは言えないでしょう。
広報活動も頻繁に行われていますが、世論調査を見る限り効果があらわれているとは
いいがたいものがあります。
司法に少しでも携わる人々は、知恵を絞り様々な工夫を凝らし
この制度を国民に浸透させるべく、それこそ相当の努力をお願いしたいものです。

2006年12月06日

中国のメディア規制が緩和される

大泉 純子大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者

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オリンピックまであと1年8か月で特例措置
今月1日、中国当局が「外国人記者の取材規制を期間限定で改定する」
と発表しました。

この措置は、「取材対象の同意が得られれば、事前に当局の許可を申請
する必要がない」というもので、これまで外国人記者に対して行って
きた「取材規制の撤廃」です。

これは非常に画期的な措置といえます。
これまでにも何度も書いていますが、中国では外国人記者の取材活動
は、原則当局の許可なしに行うことはできません。
とはいえ、事件事故はいつ起こるかわかりませんし、そんなものいち
いち取っていられないのが現状でした。
実際は許可なし取材を行っている場合も多いわけですが、それは万が
一見つかれば「違法行為」であるので、常に「職務質問・身柄拘束の
可能性」を伴っていました。(また、そんなことにいちいちビビッても
いられませんが)
「2008年の夏季オリンピック」開催に向けて、殺到するであろう海外
メディアをどのように捌くのかは注目されていただけに、「こう来た
か」というのが正直な感想です。

しかも、取材対象はオリンピックに関連する内容に限らないとのこと。
これは、中国が世界に向けた「中国をどんどん報道してくれたまえ」
というアピールであり、自信の表れでもあると思います。
今回の規制撤廃は、来年1月1日から2008年のパラリンピックが終了
する10月17日までとなっています。記者発表の内容を公表している
中国外務省のホームページによると、ある記者が「なぜこの新しい規
定は10月17日までなのか?その後も引き続き適用しないのか?」と
いう質問をしています。
『中国外交部(外務省)』の劉建超氏(報道担当のトップ)は、「中国
はたゆまず改革開放を進めており、外国記者に対してもあらゆる方面
で協力していく」と、イエスともノーとも言えない回答。(中国の官僚
も日本と同じかも。で、結局どうなの!!)
いずれにせよ、「取材対象の同意」が必要であるので結局これまで取材
したくても当局の許可がでなかったから出来なかった、という内容が
どこまで見えてくるのかはジャーナリストの腕次第。
報道本来の役割が試されるチャンスでもあるといえます。


服務費の支払いはどうなる
当局の許可が必要なくなるということは、もうひとつ、私が4年間疑
問を抱き続けた「悪しき慣習」がなくなるのでしょうか。
それは、当局へ支払わなければならない「服務費」という費用です。
私は『上海』をベースにしていたので、上海市内で取材する場合には
かからなかったのですが、上海以外の場所へ取材に行く場合、当局に
申請し取材許可が下りるともれなくついてくる費用です。
これは地方によって値段もまちまち。一日100元(1元=約15円)
から300元ほどでスタッフの頭数×取材の日数分というところもあれ
ば、1回の取材でまとめていくらというところもあり。反対に、一銭
もいらないというところもありました。
因みに、日本から上海へ取材に行った場合は一日一人あたり350元
支払っていました。例えば、3人の取材班が上海で3泊4日の取材を
した場合、350元×3人×4日間で、4200元(約6万3000円)
もの余計な費用を支払わなければなりません。
この服務費、一体何のために支払わなければならないのか、まったく
不可思議な費用です。

「服務」とは、日本語にすると「サービス」のこと。
そもそも「サービス」という概念がまだ社会的に浸透していない中国
で「服務費」を取ろうというのがおかしいんです。
手書きで「服務費」と書かれた領収書に何度はらわたの煮えくりかえ
ったことか。
頼みもしないのに「規定」だからといって着いてくる役所の関係者。
本来は『取材班受け入れの責任者』という名目のはずなのですが、
正直『いなければ取材がスムーズにいく……』ということもままあり
ました。
ある取材先が取材に難色を示したとしましょう。
取材の交渉をしてくれるのかと思ったら、「ここはだめです」と言って
全くやる気のない態度。自分で再び交渉してみたらうまくいくことも
あり、余計な気苦労ばかり背負わされる始末。
そういう人に限って食事のときだけ異様に元気になったりして、全く
おめでたい人たちでした。

中国での取材に当局の許可がいらなくなるということは、この服務費
も払わなくてよくなるんでしょうか。
少しは中国取材のストレスが少なることでしょう。

2006年12月05日

広がる「格差」が来年の参院選の焦点に

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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地方の不満に耳を貸そう
今年の「流行語大賞」のトップ10に「格差社会」という言葉が入り
ました。
「格差社会」とは、「国民の間の格差が顕在化してきた社会」のことで、
特に「経済的格差の拡大」が今年は話題になりました。

少し前までは“セレブブーム”に見られるように「富裕層=勝ち組の
の豪奢な生活ぶり」がいろいろと取り上げられたのですが、最近では
“ワーキング・プア”と呼ばれる「働いても生活保護水準以下の暮ら
ししか出来ない負け組」の増加が社会問題になりつつあります。
「格差は頑張った人が報われた結果に生じるもの」と肯定的に捉える
声もあったのですが、「頑張っても報われない傾向」が強まっています。
そして「格差」は、「個人の問題」だけではなく、「住んでいる地域の
問題」になってきました。

先週も少し書きましたが、「講演」で地方都市に行くたびに、「格差の
不満」を聞かされることが多くなりました。
その人たちの多くは「商工会議所」のメンバーで、地方都市の政治・
経済を支え続けてきた人々です。
まず取り上げられるのは、「いざなぎ景気」を上回り、58ヶ月を超え
た「景気拡大」についてです。

「景気拡大は東京や名古屋・大阪など限られた巨大都市だけのことで、
地方都市のどこに景気拡大が感じられるのだ」というわけです。
「シャッター大通り」になってしまったかつての中心市街地を指して
こう言われると答える言葉も見つかりません。
そして、「公共事業の削減」についての嘆きを聞かされます。
「インフラ整備は終わったと言われても、まだまだ不十分。それに主な
産業のないこの地方では、公共事業が唯一の産業だったと言える。
その公共事業がなくなっては働く人が余り、収入がないから消費も減
り、景気が悪い」と言います。

そして、こういう不満の声の大きい地方都市での「講演」では、「小泉
前首相への褒め言葉」は歓迎されません。
「小泉さんの“光と陰”の“陰の部分”だけを地方が受けているのだ」
と嘆き、「このままでは自民党支持も考えものだ」となります。
かつて「地方の時代」という言葉がありました。
1979年(昭和54)の流行語で、「中央集権的な政治・行財政シス
テムの抜本的な転換を求める動き」でした。
しかし、あれは何だったのでしょうか。


「地方配慮を望む声」もあるが
地方に「公共事業の削減」を嘆く声が大きい中、政府は「骨太の方針」
に基づき,今後5年間は「公共事業費を毎年1~5%削減する方針」
を決めています。

『自民党参議院』の青木幹雄・議員会長や片山虎之助・幹事長はこの
ままでは「地方の反発」を買うことを恐れています。
青木会長は「選挙を戦うからには,戦いやすい予算編成が一番大事」
と言い,片山幹事長は「総額抑制はしても,配分で地方に配慮する」
と言ってます。
また、『全国知事会』は「交付税のカット」に反発する意見をまとめま
した。

選挙の立場からも,地方行政の立場からも,「地方の不満を何とかしな
ければならない」ことは分かってきているのです。
一方、『民主党』は、来年の参院選に向けて、「女性と無党派層をつかめ」
と「戦略特命チーム」を発足させましたが、「地方の保守層取り込み」
で新機軸を打ち出せれば、参院選で勝利し、「与野党逆転も夢ではない」
のかも知れません。
しかし、『民主党』は『和歌山知事選』で「独自候補の擁立」を断念し
ました。
『和歌山』が「自民王国」であることも理由の一つですが、「地方の
組織づくり」で遅れていることを示しています。
これからは,参院選対策として「地方」が大きな焦点になりそうです。

2006年12月04日

防衛「省」昇格に思う

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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民主党も賛成に回った
『防衛庁』を「省」に昇格させ、「自衛隊の海外活動」を「付随的活動」
から「本来任務」に格上げする『防衛庁設置法』や『自衛隊法などの
改正案』が先月末で『衆議院』を通過、『参議院』へ送られました。
法案が成立すれば、来年1月上旬から『防衛庁』は『防衛省』になり、
「防衛庁長官」は「防衛大臣」に格上げされることになります。

「防衛省昇格」も、安倍晋三首相が「総裁選」で主張していた「戦後
レジウムからの脱却」の一つで、今国会での成立を目指す重要法案で
したが、これほどすんなりと成立する見込みとは驚きです。
『民主党』で反対したのは横路孝弘・衆院副議長(現無所属)だけで、
「文民統制=シビリアンコントロールの徹底」「海外派遣に関する国会
への十分な説明責任」などの付帯決議を提案して、賛成に回りました。
「55年体制」だったら、こうはいかなかったことでしょう。
『自衛隊』の前身である『警察予備隊』が発足したのは『朝鮮戦争』
が勃発した1950年(昭和25)で、52年には「海上警備隊」が
組織され『保安隊』となり、54年に『自衛隊法』が施行されて『自
衛隊・防衛庁』が成立しました。
「自衛隊」としたのは『憲法第9条』で保持が禁じられている「軍隊」
とは違う存在であることを内外に明らかにするためでしたし、「庁」も
「省」よりも低い位置づけでした。
しかし「省昇格」の考え方は古くからあり、安倍首相の祖父・岸信介
が総理を務めた『60年安保騒動』の中でもあったと言われています。
安倍首相が「省昇格」に熱心なのは、「祖父のDNAをどこかで受け継
いでいるのではないか」と思ったりもします。

一方、「庁」という形では、時代に合わなくなってきたのも現実です。
91年の『湾岸戦争』で「海上自衛隊」を『ペルシャ湾』の掃海に派遣
して以来、『カンボジア』『ゴラン高原』『ルワンダ』『イラク』など、
「後方支援・復興支援」「平和維持活動=PKO」「難民救助」などで
も「自衛隊派遣」を行ってきました。
「省昇格」には、「自衛隊の海外活動」を「国土防衛」や「災害派遣」
と同じ「本来任務」と位置づけることによってやりやすくする狙いが
あります。


諸外国は、古くから「省・軍」の扱い方だった
私は「NNN・マニラ支局長」時代、『駐フィリピン大使館』で「駐在
の自衛隊員」に会うことがありました。戦前なら「駐在武官」という
存在ですが、彼らの名刺には「駐在防衛官」という肩書きが書き込ま
れています。「かつての軍隊とは違う」と言うことを示しているのです。
しかし、それは「日本人」だけが主張しているのであって、諸外国で
は「駐在武官」という扱いでした。

私は、『カンボジア』にも『モザンビーク』にも『ゴラン高原』にも、
「自衛隊PKO」の取材に同行しました。
「日本」では「PKO=Peace-Keeping Operations=国連の平和維持
活動」ですが、それらの国々では「PKF=Peace-Keeping Forces =
平和維持軍」で、「軍隊」と同じ扱いです。
また、「一佐・二佐・三佐」「一尉・二尉・三尉」という階級も日本だ
けのものなので、「一等陸佐=colonel=大佐」というように「外国の
軍隊」と同じように呼ばれていました。
そして外国の報道機関が「自衛隊」を報道するときには、“Japanese
Army”“Japanese Navy”と書くことが多く、「日本陸軍・日本海軍」
なのです。

『防衛省』になると、これまで形式上、首相を経ていた「法案提出」
や閣議の承認が必要だった「行動発令」などが、防衛相が直接行うこと
になります。しかし、「省」になっても、これまでと実質的な違いはな
いでしょう。
中には「戦前のような軍国主義の復活」を心配する人もいるようです
が、「それはない」と信じています。
それよりも、「省昇格」によって、自衛官が誇りと自信を持って「海外
活動」に当たり、「自衛隊」の国際的評価が高まることの方が意義深い
と思います。

2006年12月01日

すっきりしないポスティング

坂 泰知のプロフィール坂 泰知
読売テレビ放送報道局解説委員


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 阪神タイガースのエース・井川慶投手の大リーグ移籍が、いよいよ目の前
となりました。最高落札額30億円で交渉権を獲得したのは、日本でも人気
のニューヨーク・ヤンキース。ただ、井川投手の長年の夢が叶うことを祝福
したいと思う一方で、どうもすっきりしない
気持ちも湧き上がってくるのです。

 今回、井川投手が利用したのは、「ポスティングシステム」と呼ばれる制度
でした。これは球団を自由に選ぶことができるFA権を獲得する前に大リー
グ入りを希望する場合、日本の球団が移籍を承認することを前提として適用
される制度です。ご存知の通り、選手を欲しいと思うメジャー球団は、交渉
権の獲得を目指して入札を行います。そして、一番高い値段を付けた球団に
独占交渉権が与えられるのです。ここで錯覚してはいけないのは、落札額を
手にするのは選手個人ではなく、送り出す日本の球団側だということ。井川
投手の30億円は阪神タイガースに、そして、60億円という破格の落札額
となった松坂投手の場合は西武ライオンズに、それぞれ支払われることにな
るわけです。

 もちろん、落札額はその選手の実力に対する評価に当たるわけですから、
高ければ高いほど喜ばしいことではあります。「野球とベースボールは違う」
などと、本場・アメリカから揶揄されていた時代とは打って変わって、日本
の選手は今、高い評価を得ているのです。
でも、その対価によって得をしているのは本人ではなく球団・・・・そこに、私
はひっかかりを覚えてしまうのです。阪神タイガースが井川投手に支払って
きた年俸は、この8年間で8億1700万円でした。今回の落札額30億円
からこの年俸総額を差し引くと21億8300万円。つまり、タイガースは
井川投手をメジャーに送り出すことで、20億を超える儲けを手にすること
になるわけです。何というマネーゲーム・・・・そう感じてしまうからこそ、す
っきりしない気持ちが残るのでしょう。

 プロ野球選手は所属球団にしてみれば、いわば「商品」ですから、スター
であればあるほど、見返りを弾んでもらわないと移籍を認めるわけにはいか
ないという理屈はわかります。でも、何か違うんだよなぁ・・・・そんな気持ち
を代弁してくれる署名記事を見つけました。いわく、「プロ野球は〝夢を売る
仕事〟だったはず。〝人を売る仕事〟ではない」(11月16日、読売新聞朝
刊、小石川弘幸記者)。プロ野球の空洞化は何も選手の流出だけが問題なので
はなく、球団のあり様そのものにも原因があるような気がしてなりません。


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