メディア論コーヒーブレイク9
二日目の試験が始まった
普通アナウンサーの採用試験というのは、書類審査に始まり、簡単な「読み」の試験、ペーパ
ーテストなど何回もの関門を経て、カメラテストへと向かうのですが、何せ急ごしらえの二次募
集試験、集められた八人全員は、試験二日目にカメラテストに臨むことになりました。小さな物
置小屋のような部屋(入社してから、そこはなんと、読売テレビにあった唯一の報道スタジオだ
ということを知りました)に順番に案内された私たちの前に突き出されたのは、B4版の写真パ
ネルです。はっきりとは覚えていませんが、どこかの紅葉を背景にした湖の写真だったように
思います。
「はい、二分間その写真を見て、二分間何でもいいからしゃべってください。」
ここにいたって、ようやくアナウンサー試験なるもののパターンに気づきはじめました。これか
らアナウンサー試験でも受けてみようかという皆さん、基本的にどこの局でも、試験のバリエー
ションは似たりよったりです。この種の試験の対処法は二つです。一つは、その写真に写って
いるものをそのまま実況することです。特に局側がスポーツアナウンサーを採りたいと考えて
いるようなケースや、アナウンサーにカメラの代わりも求められるラジオ局の試験では、そこに
あるものを正確に描写する能力を示すことは有効です。もう一つの対処方法は、写真は単な
る発想のきっかけにして、まったく違う方向に話を展開することです。私はこの方法をとりまし
た。
どんな経験でも役に立つもんだ
中学校のときに一時期写真部に入っていたこともあって、クラ~イ私の当時の趣味は、写真集
を開くことでした。そんなわけで、その写真を見た瞬間、ある写真集に載っていた一組の写真
が脳裏によみがえったのです。それは、ヨーロッパの、とあるローカル鉄道の車内のスナップ
写真でした。その写真の一枚目はぼんやりと車内で過ごす中年男性です。次の写真は鉄橋に
差し掛かった列車の中の同じ男性。そして、最後一枚は目を見開いて、車窓に広がる湖に見
入る男性、といういわゆる「組み写真」です。当然この写真のテーマは「水に対する郷愁、共
感」です。そんなわけで、試験用の写真を見ながら、湖と水と心の三題話めいたものを展開し
たように記憶しています。どんな経験でも役に立つことがあるもんだと、当時つくづく思いまし
た。
ところで、後々採用試験をする側に回って感じるのですが、この種の試験で絶対のタブーがあ
ります。それは、勝手な思い込みを延々と語ることです。一番多いのが、紅葉の写真を見せて
何かしゃべってくださいというと、いきなり、「これは嵐山の紅葉です。」と断定して、延々嵐山の
解説をする受験生がいるのです。それが本当に嵐山なら「大正解!」ですが、それが奈良公
園なら、これは完全にアウトです。この業界で最大のタブーは、嘘をついたり、不正確な情報を
事実のように伝えることです。もちろん、紅葉の写真を見て、とっさに嵐山しか思いつかない場
合もあるでしょう。そんなときは、「美しい紅葉ですね。ところで紅葉の名所といえば、嵐山です
が、、、」というのならオーケーなのです。つまり、どんな時でも嘘をつかない、分からないこと
は分からないと言える、そのことこそが試験で試されているのだと覚えておいてください。
午後の試験はインタビュー
さて、午前は写真を見てのカメラテスト、午後はインタビューのテストです。これも昔から、アナ
ウンサー試験の定番です。
いくつかパターンがありますが、局の先輩アナウンサーが、「時の人」に扮して、その人に受験
者がインタビューするというケースが代表的です。この場合、役柄に扮する局員には、どんな
質問が来るか事前に想定して、学習することが求められます。たとえば、堀江被告に扮する事
を強いられた中間管理職などは、少なくとも一般的な受験生が持っている堀江氏に関する知
識くらいは持っていないと、自分が他の試験官の前で恥をかくことになりますので、かなりの緊
張を強いられます。
また、中には役になりきる努力を徹底するあまり、ハメをはずす人も出てきます。大昔、炭鉱事
故が相次いでいた時代に、「生き残った炭鉱夫の役」を命じられた男性アナが、いきなり顔を
真っ黒に塗ってスタジオに現れ、大顰蹙を買うということもあったようです。何でもやりすぎはい
けません。
この試験で試されているのは、基本的にインタビューの技術ではありません。まず、「時の人」
に関する時事的な知識を有しているかといるかということ、これがまず試験の第一の目的です。
その上で、対話者と常識的な人間関係が築けるかということ、これが重要視されます。つまり
どこまでも、問われているのは「常識力」なのです。
このインタビュー試験を採点者の立場で見ていると、受験生の十人に一人くらい必ず、インタ
ビューしている相手が誰だか分からなくなる人がでます。今、自分がインタビューしているのが、
アナウンサーが演じている時の人なのか、時の人を演じているアナウンサーなのかごちゃごち
ゃになってくるらしいのです。結局、何がなんだか収拾が付かなくなって時間切れを迎えてしま
います。こうならないためには、試験の設定・前提を、徹底的に「思い込む」ことが重要です。
競争率四倍のアナウンサー
こうして午前、午後のカメラテストが終わり、後は発表を待つばかりとなりました。記憶があい
まいなのですが、その日に家に帰り着くまでには結果が出ていたように思います。結果は八人
中二人合格でした。同時に採用されたもう一人は、フジテレビの最終試験で一緒に落ちたM君
でした。つまり、フジテレビの最終試験で残った三人のうち、一人がフジテレビに入り、落っこち
た二人が読売テレビで仕事をすることになったのです。八人中二人!全国にアナウンサーの
採用試験を受けて局に入った人が何人いるか分かりませんが、たった四倍の競争率で入社し
たのは、私とM君だけだと思います。これが、私がこの業界に入ったきっかけです。人生という
のは分からないものです。
M君は、しかし私と受験の背景がまったく違っていました。彼はなんと中学校時代にNHKのア
ナウンスコンクールの全国大会で入賞した経験があるほどの、この業界に入るべくして入って
きた男、私は、彼のおまけで入社した男です。後から聞いた話ですが、一次募集で内定者に
逃げられた後遺症で、万一M君に逃げられたときのバックアップ要員として私に内定を出した
ようなのです。そんなわけで、入社してから、毎日が仰天の連続でした、という話はまた次回。







