一足早いお正月 ~貴州省・ミャオ族の新年~
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
中国のお正月は旧暦で祝う
今年も残すところあと一か月あまりとなりました。で、お正月の話題
です。
太陽暦の1月1日を新年とする『日本』とは異なり、『中国』は旧暦を
利用しているので、毎年1月中旬から2月中旬の間に新年を迎えます。
(毎年変わります。来年は2月18日だそうです)
「年越し」に関する話題を取材しようと毎年考えるのですが、『中国』
が新年を迎える頃には『日本』すでに「お正月ムード」は過ぎ去って
しまっていて、どうも収まりが悪い。
何か「日本の迎春ムード」に合わせて面白い話題はないものか……と
探していたところ、見つけました!あるもんです。
『中国』には最多民族の『漢族』のほかに55の「少数民族」がいて、
それぞれ独自の文化を守り続けています。(少数民族に関してはいろい
ろ政府の施策というか思惑もあるのですが)、それはさておき、私自身
学生のころから「中国の少数民族の文化や風習」に深い興味があった
ので実際に取材する機会ができて、興奮を覚えるほど嬉しかったです。
なんと『ミャオ族』の新年は11月の中旬
中国・南西部の『貴州省』。『ミャオ(苗)族』という少数民族が多く
暮らしています。
この『ミャオ族』は、陽暦でも陰暦でもなく、『ミャオ暦』という独自
の暦を用いています。
調べてみると、「11月の中旬に新年を迎えるお祭り」があることがわ
かり、さっそく省の外事弁公室に取材を申し込み、ある村へ取材に行
くことになりました。
しかし、村には村長さんの家にしか電話がない……というようないわ
ゆる「ど田舎」。どのような「お祭り」が行われるのか、とにかく行っ
てみないとわからない……という状況で取材開始です。
前日に村長さんに聞いたところ、「朝6時には村人が準備を始めるよ」
というので、まだ夜も明けやらぬ5時半過ぎにはスタンバイ。
6時、7時……と待ち続けるもどうも活動しているのは、ニワトリのみ。
大事なことを忘れとった……。
『中国』の、特に「田舎」では“時間の概念”は、我々の理解と全く
かけ離れています。
このときに限らず、「何時に開始、あと何分です」という言葉に裏切ら
れたこと数え切れず。
8時ごろようやく村の広場に人々が集まり始め、やぐらを組んだり、
飾りつけが始まりました。
村の男衆は山へ先祖を迎えに行き、その間村の人たちはお供えを用意
します。
お米、干したサカナ、ニワトリ(活)など、お正月らしいごちそうが
ずらりと並びます。
新年最初のイベントは、「豚を丸ごと一匹の解体」です。
体長1メートル50センチほどはありそうな大きな「豚」が引っ張られ
てきました。
大人が5、6人がかりで引っ張っているのですが、なかなか思うよう
に動きません。
広場には村中の人たちが集まっています。
事態を察知したのか、豚は悲鳴のような鳴き声をあげ始めます。
とうとう台の上に乗せられ、頚動脈を一突き。真っ赤な鮮血が当たり
に飛び散ります。
しばらくすると豚は息絶え、動かなくなりました。
血まみれの豚に熱湯をかけてきれいに洗い、これまた大きな包丁で大
人が3人がかりでまずは皮をはぎ、身を分け、内臓を出し、あっとい
う間に解体されていきました。
まずはご先祖様にお供えをし、そのあと村の人に振舞われます。
残酷なことを……と思われるかもしれませんが、こうした「少数民族
ならではの風習」を目の当たりにするのは、私自身はこの上ない喜び
でした。
そうこうしているうちに、シャリシャリシャリ~と涼しげな鈴の音が
流れてきました。村の女性たちが、「ミャオ族伝統の民族衣装」姿で、
広場に集まってきました。
刺繍が得意なことでも知られるミャオ族……全面に刺繍を施した上着
とスカートの上に、銀や胴でできた腰巻、腕輪、冠を纏いでもう言葉
にできない美しさ。
キラキラ輝く銀や胴の飾りは、ミャオ族が太陽を崇拝する民族だとい
うことを表しているのだそうで、こういうエピソードの一つ一つにも
また身震いするほど感激してしまいました。
正装した男女が広場に集い、お祭りはいよいよクライマックスを迎え
ます。
新年を祝う歌を歌いながら、村人全員が輪になって踊るのです。
難しい振り付けもステップもない、ただ輪になって歩くだけ……とい
う素朴な踊りです。
中国のお祭りにお酒は欠かせない
素朴な踊りでもずうっと見ていても飽きないなんて、「不思議なもんや
な……」と感慨にふけっていたところ、村の人たちがやかんとお茶碗
をもって我々のもとへやってきました。来たぞっ!……やかんの中身
はもちろん「お酒」です。なみなみと注がれたお酒を飲み干すまで村
の人は私の前から立ち去ろうとしません。仕方ない。
このお酒は「米酒(ミーチウ)といって、土地の人が自分で作ってい
るお酒でした。どうやって醸造されているのか全くわからない、いわ
ゆる「ヤミ酒」です。
このお酒により、私は後にとんでもない災いを食らうのですが、その
ときは全く警戒せず楽しくいただきました。
村の人たちはお供えのお下がりを食べ、お酒を飲み、三々五々引き上
げていきました。
村長さんが、「ご苦労様」ということで我々取材班を家に招いてくれま
した。
『貴州』の名物料理の一つに「酸湯鶏(または魚)」という料理があり
ます。「辛くて酸っぱいスープで食べる鍋料理」で、味は『タイ料理』
の「トムヤムスープ」、または中華料理の「酸辣湯(サンラータン)」
に似ているのですが、酸っぱさの元は「酢」ではなくて「米を発酵さ
れた特製の調味料」……『上海』でもよく食べていた大好きな料理な
のですが、これを地元の家庭で食べることができるなんて!
普通は鶏や魚で作るのですが、この日はさっき捌いたばかりの豚肉を
入れて特製「酸湯猪(中国語では豚は「猪」なんです)」の出来上がり。
村長さんよりも奥様が豪快な方で、さらに近所の女性もやってきて
お酒を酌みかわしながら大宴会が繰り広げられました。
この時点で、時間は正午を少し回ったくらいでした。いい取材ができ
て、お腹もいっぱい。
大満足で村長さんと集まってくれた人たちに何度もお礼を言い、村を
後にしました。
ここまでは、表の話です。ここから、ウラ話。
見事に酔ってしまった私
気がつくと、私はベッドにいました。首元まできっちり布団をかけて
いました。もそもそと動いてみると、下着も何もかも身に着けていま
せんでした。……んんん?
状況を把握するのに少し時間がかかりましたが、そういえば、村を出
て山を下りて、ふもとに停めてあった車を見て、「あー車だ」と思った
ところまで記憶が戻りました。
ベッドの脇にはゴミ箱が置かれ、ナイトテーブルにはスタッフからの
メッセージ。
「明日は午前8時にロビー集合です。このメモを見たら連絡ください」
時計を見ると、午前4時。スタッフに確認メールを送って、さらに状
況把握を開始。
酔っ払っていたことだけは確かですが、二日酔い特有の頭痛や吐き気
などの症状はまったくありません。
部屋を見渡すと、脱いだ服が散乱し、電気スタンドは倒れ、電話は床
に吹っ飛んでいました。
バスルームには下半身に着けていた下着とタイツとジーンズが、一緒
にくるくるっとひっくり返って落ちていました。
あああ、まだ状況が理解できないし、そもそもどうやって帰ってきた
んだろう。
とにかく服を着て、もう一度眠りました。
午前8時少し前。取材に同行してくれていた貴州省外事弁公室の方か
ら部屋に電話がありました。
「大泉さん、起きましたか?ならよかった。もうすぐ出発しますよ」
フラフラと下りていくと外事弁公室の方は、「本当によかった!」とい
う満面の笑顔で迎えてくれ、そして言いました。
「一体どれくらい飲んだのですか?あの米酒は度数も原料もわかった
もんじゃない。酔っ払って寝てしまうと丸2日間目を覚まさない人も
いるくらい危険なお酒なんですよ。
それなのに、半日で目を覚ますなんて、大泉さんすごい!」
誉められると普通は嬉しいものですが、このときばかりはバツが悪す
ぎて恐縮しっ放し。
どうやら取材を終え車に乗り込んだとほぼ同時に寝込んでしまったこ
とが判明。その後の記憶はないし、どうやって部屋に戻ったんだろう?
スタッフに聞いてみると、ホテルに到着した後、私をいくらゆすって
も叩いても起きないので、私はホテルの荷物を運ぶ台車に乗せられて
部屋まで運ばれたことが判明しました。
その後部屋がなぜ荒れていたのか、服を着ていなかったことについて
は……怖くて未だに聞けていません。
別のスタッフが写真を数枚見せてくれました。
村長さんの家で、奥さんと遊びに来た近所の女性と肩を組んで踊る私。
全く記憶なし!
少数民族のお酒には要注意!という大原則を再確認しました。ああ、
情けない。










