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2006年10月19日

小林薫被告、死刑確定 1「量刑」

横須賀 ゆきの横須賀 ゆきの
読売テレビ放送 編成局アナウンス部・報道局


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奈良市の小学一年生・有山楓ちゃんが誘拐され殺害された事件から2年。
死刑判決を言い渡された小林薫被告は、控訴を取り下げ刑が確定しました。

判決は、「殺害された被害者が1人でも死刑」と踏み込んだものとなりました。
これまでの死刑判決は、「被害者の数」が特に重視され、
犠牲者が一人の場合は、殺人の前科があるか、金銭目的の犯行に限られていました。

今回、奈良地裁は、
「女児への異常な性欲を満たすための犯行で動機に酌量の余地はない。
更に、楓ちゃんが水中で苦しむ姿を目の当たりにしながらも、
長時間にわたり沈め続けるなど、極めて残忍な犯行だ」と厳しく批判。
被害者の数は重要ではあるが、
その犯行の悪質性、更生は困難、遺族感情の尊重、社会的影響の大きさなどから、
「被害者が1人であることは死刑回避の理由にならない」との判断を下しました。

この奈良の判決も含めて、最近は、世論の動きを反映させた判決が見られます。
山口県光市の母子殺害事件で、最高裁は、
犯行当時18歳の被告に対し「死刑としない十分な理由がない」として、
無期懲役の2審判決を破棄、高裁に差し戻しました。
少年であることを理由に特別扱いしないという判断。
この背景にも世論の高まりがあると思います。
「死刑」か「無期懲役」か、
時代とともに揺れ動き、今は、厳罰化が進んでいます。

3年後、2009年には一般の市民が刑事裁判に参加する裁判員制度が始まります。
有罪・無罪や量刑をも判断します。
それこそ、命を持って償わせるべきかどうか、
という究極の選択を誰もがしなくてはならないわけです。
奈良の判決は1つの判断基準を示したものであるといえます。

厳罰化の流れにあり、裁判員制度を控える今だからこそ、
私達一人一人が「判決の重さ」について考えてみることが大切なのかなと思いました。

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