メディア論コーヒーブレイク6
辛坊 治郎
読売テレビ・報道局局次長兼解説委員
いやあ、面目ない。毎回堅苦しいメディア論ばかりじゃあ、読むほうも疲れるだ
ろうと、ほんの息抜きのつもりで始めたコーヒーブレイクだったんですが、書き出
すと途中で止まらなくなって、ついには第六回と相成りました。もう少しで終わり
ますので、どうぞお付き合い下さい。
スプレー缶って何だ
フジテレビの三次選考でいきなり目の前にスプレー缶が出されたところで前回
の話が終わっていましたが、アナウンサー試験って本当に変な試験なんです。
目の前のスプレー缶は、確か青いペンキのスプレー缶だったような気がします。
で、とにかく一分考えろというのです。一分なんてアット言う間です。「目の前に
はスプレー缶が存在する」それ以上、何の考えも思いも浮かんできません。そり
ゃそうです。考えろといわれても、そのスプレー缶をどうしろという指示なんか何
もないのです。スプレー缶があって、ただ「考えろ」という指示だけ。これでは考
える方向性すらわかりません。一分が過ぎました。そこで始めて次の指示が下
されます。「そのスプレー缶を二分で宣伝してください。」なんだとー、スプレー缶
の宣伝しろだとー???腹が立つというか、なんで、この場で、スプレー缶の宣
伝をいきなり始めなくちゃいけないのか、猛然と疑問がわいてきました。だって
そうでしょう。私の受験しているのは、放送局であって、日本ペイントじゃないん
ですから。まず頭に浮かんだのは、「やめて帰る」ということでした。千円の日当
欲しさにそこにいるということ自体なんだかとっても腹立たしくなって、帰ろうと思
った瞬間、ふと頭をよぎったものがありました。
それはトムソーヤーだった
「トムソーヤーの冒険」は私の愛読書でした。その中のこんなシーンが突然目
の前に現れたのです。トムはペンキ塗りが大嫌いでした。目の前にスプレー缶
を突き出されていきなりなんかしゃべれ、といわれた私の「嫌な気分」と、嫌なペ
ンキ塗りの作業を命じられて何とかやらずに済まそうかと考えたトムの気持ちが、
ペンキの缶という目の前の物を通じてシンクロしたんだと思います。トムはペン
キ塗りを回避するために一計を案じます。それはとても楽しそうにペンキ塗りを
することでした。とても楽しそうにペンキ塗りをしていると、友達が通りかかりま
す。友達は楽しそうにペンキを塗っているトムを見て、「ちょっとやらせてくれ」と
頼みます。トムは「こんな楽しいこと、誰が代わってなんかやるものか」と言いま
す。こうなると友達はペンキを塗りたくてたまらなくなります。最後には、しぶしぶ、
しかも恩着せがましくペンキ塗りを友達に押し付けて、めでたくトムはいやなペ
ンキ塗りの作業から逃げてしまうのです。気が付いたら、私は、スプレー缶を片
手に、淡々とこのエピソードを語っていました。宣伝をしろというのが試験問題で
すから、どっかでPRめいたことも 喋ったのかもしれませんが、それは覚えてい
ません。とにかく、与えられた二分のほとんどをトムソーヤーの冒険話に終始し
たのです。当然試験には落ちたと思いましたが、はじめから落ちてもともとの試
験です。もらった千円で池袋駅の地下食堂「大阪うどん」でサラダうどんを食べ
て家に帰りました。
四次選考に進む
無欲というのは強いもので、その日に届いた通知はまたも合格。翌週第四次
選考です。ここまでくるとさすがに受験者も絞られてきました。でもまだざっと五
十人くらいは居たように思います。四次選考も妙な試験でした。いきなりヨーロッ
パのどこかの町の白黒写真パネルが手渡されたのです。またも指示は「一分間
考えろ」というものでした。前回の経験がありましたから、今度もまた宣伝をしろ
って言う試験なんだな、と一人で納得して、宣伝文句をあれこれ考え出しました。
一分後に指示が出ました。「はい、それじゃあ、一分間で、その写真パネルの中
を実況してください。」えー、宣伝じゃないのか、先に指示を言えよな、と愚痴の
一つも言いたいところでしたが、まあ、実況するだけなら、その写真に写ってい
るものを口にするだけのことです。その上、写真の中は動きませんから、そんな
に難しい問題ではありません。この試験には数回前のコーヒーブレークでお話
した、「とにかく目に見えるもの全てを実況せよ」という本の実践が役に立ちまし
た。さあ、そして迎えたのは第五次選考です。五次選考はあっさりしたものでし
た。三十秒ほどのニュース原稿の音読と、一分間 $N 自己PRのみです。ここ
まで残ったのがおよそ十人。その日のうちに結果発表が行われ、三人が最終
の役員面接に臨むことになりました。この当時役員面接というのは形だけのセ
レモニーのようなもので、ここで落ちるケースは一般にはほとんどありませんで
した。私も、この段階ですっかり通った気持ちになっていましたので、家に帰って
「とうちゃん、どうもフジテレビ受かってもうたようや。県庁断ってもええかなあ」な
んて会話をした記憶が朧に残っています。
役員面接で気になったこと
役員面接で記憶していることは二つだけです。一つはたくさんのおっさんが横一
列にずらっと並んでいたこと。もう一つはその中央の少し猫背のおじさんがテー
ブルの下で靴を脱いで、面接の間中ずっと左足で右足を掻き続けていたことで
す。あ、そうだ、もう一つ覚えていることがあります。その当時私がフジテレビで
熱心に見ていた番組というのは、昼の十一時からやっていたリビングイレブンと
いう通販番組だったのです。ですから「会社に入ってどんな番組をやりたいか」
と聞かれて、間髪入れず「リビングイレブンのような番組を担当したいです」と答
えたのです。面接官から失笑が漏れました。何で笑われたのか、当時はまった
くわからなかったのですが、今はよーくわかります。せめて「夕方のニュースで
す」くらい言っておけば私の人生は変わっていたかもしれません。最近入社試
験の面接をやると、「ドキュメンタリーを作りたい」という志願者が大勢いて本当
に閉口するのですが、まあ、知らないというのは強いというか、恐ろしいというか、
もう少し志望先の会社事情は研究したほうがいいかもしれません、ってオマエ
が言うなっていう感じですけどね。
結果は、当然というべきか、落ちました。その頃にはほとんど通った気になって
いましたので、ちょっとショックではありましたが、まあ、そんなこともあるだろうと、
日常に戻っていた私のもとに、ある日一本の電話が入ったのです。以下次回。









