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2006年08月31日

メディア論コーヒーブレーク4

辛坊 治郎辛坊 治郎
読売テレビ・報道局局次長兼解説委員


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さて「看板読み」と並んで、茂木さんの本には、次なるアドバイスが記されていました。
その話の前にちょっと、コミュニケーションについて考えて見ましょう。

基本は五感
人間は五感で情報を受け取ります。五感とはすなわち、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚です。世の中
で優れている人の多くは、この五感以外の感覚、すなわち第六感に秀でた人が多いようですが、ま
あ、この話はちょっと置いておきましょう。
人は情報を受け取るときに、この五感をフルに働かせます。そして、この五感を通じて「世の中」とい
うものを認識するのです。それでは、逆に情報を伝えるときに人は何を使うでしょうか?目は口ほど
に物を言い、というくらいですから、目で情報を伝えるケースは、少なくはありません。しかし、目で論
理的な情報を伝えることは不可能ですし、逆に考えれば、わざわざそんな格言があるくらい、目でも
のを伝えるのは例外的ということでしょう。耳は情報を受け取るのが専業で、情報を発信することに
は不向きです。鼻も同じく、なかなか、情報を発信する地位にはつけません。私の友人に、鼻で笛を
吹くのを特技にしている者がおりますが、まあ、あまり人前でやらないほうが身のためです。触覚は
立場が微妙です。肌は、確かに情報を受け取る感覚器ではありますが、時として実に雄弁にモノを
語るコミュニケーションツールでもあります。また味覚をつかさどる舌にも、同じような側面があって、
こちらも、絶妙なテクニックを駆使することで、十分意思伝達の手段に使えます。
ただ、そのいずれも、それをコミュニケーションツールとして使うためには、それを使う個々人の間に
十分な関係が出来ていなくてはならないという大きな弱点があります。なんと言っても、初対面の相
手にいきなり舌を絡ませるわけにはいきませんから。っていったい何の話をしているのでしょう。そう
です。情報の伝達です。


情報発信の要
 こうして考えてみると、人が文字やカメラなどの道具を使わず、リアルタイムで情報を伝える方法は、
実はとても限られているということがわかります。その最大の手段は、のど、口、舌、肺のコンビネー
ションから生まれる言葉です。ただ、口が勝手に動いて言葉を紡ぎだすことはありません。口を動か
すためには、この器官に命令を出さなくてはなりません。この命令を出すのは脳です。もし、脳に蓄
積された情報を発するだけなら、これで発信装置としては完結します。しかし、日常の生活で求めら
れている能力は、自分の考えを口から出すだけではなく、五感で感じたものを、口から音にして発信
するという能力です。テレビ局のアナウンサー、リポーター、記者にとっては、必須の能力といってい
いでしょう。生まれつきその能力に優れた人は存在します。そういう人を天才と呼びます。しかし、私
のような凡才は、この能力を鍛えなくてはなりません。そして、確実に言えるのは、この能力は鍛えら
れるということです。

 さて、話は、この稿の冒頭に戻ります。茂木さんの本にはこんなアドバイスが載っていました。
「目に見えるもの全てを実況せよ。」
 この日から、私の口から出る言葉の量は飛躍的に増え始めました。


実況の効用
 目の前で起きていることを、言葉に置き換えて、それを見ていない人に的確に伝える。離れ小島で
生涯ひとりで暮らすのでない限り、この能力は、社会生活全てに役立ちます。これを鍛える方法はた
だ一つ、「場数を踏む」、これしかありません。特に、変化するものを描写すると、脳の反応速度は目
に見えて向上して行きます。目の前で動くものがないときには、自分のほうが動けば、見えるものは
変化します。そうです。電車に乗るのです。
 「おおっと、見えてきましたのは、わが母校、埼玉県立豊岡中学校の赤い屋根。校庭では色とりど
りの帽子をかぶった子供たちが、今、まさに運動会の予行練習の真っ最中であります~!!」

 一週間で確実に効果が出ます。嘘だと思ったら、明日から通勤電車の中でやってみてください。コ
ツは、たとえどんなに小さな音でもいいから、実際に口を動かすことです。頭の中での思考の速度と、
それを表現する器官の反応速度は違います。それは自分で体験しなくてはわからないことなのです。
筋力トレーニングと同じです。また、口や舌を動かすためには、実際に筋肉を使いますので、頭の中
だけで言葉を紡いでいるのでは効果がないのです。だまされたと思って一週間チャレンジしてみてく
ださい。必ず効果が出るはずです。ただ、あまり大きな声は出さないほうがいいでしょう。それは、は
た迷惑というものです。しかし、周りに少し聞こえるくらい声を出すと、私の経験では、どんなに満員
電車でも、すっと回りに空間が出来、運がよければ、目の前で座っている人が不気味さのあまり席を
譲ってくれるという効果があります。ただ、これは、あまりお勧めしません。
さあ、そんな一ヶ月間があっという間に過ぎて、いよいよフジテレビの二次選考試験が始まりました。
以下次回です。

2006年08月30日

早くも秋の味覚・・・の裏側

大泉 純子大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者

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中国産マツタケの思い出
先日、中国産のマツタケが大阪の百貨店で販売開始というニュースを
見ました。
インタビューに答えていた男性は、「中国産といっても昔と違って
国産と変わらないですね」などと話していました。
以前はどんなマツタケが輸入されていたのでしょうか。


マツタケの産地として知られるのは中国南西部の雲南省。採れるのは
マツタケだけではなくて、本当にいろいろな種類のキノコが採れます。
一時期、中国産の野菜から日本の基準値を超える農薬が検出されると
いうニュースが相次ぎました。ほうれん草やら枝豆やら。
あるとき、マツタケからも検出されたというので雲南省の農家を取材
したことがあります。
応対してくれた男性は、基準値がどうのこうのというより、マツタケ
を栽培するのに農薬など使うわけがないと言い張りました。そもそも
マツタケはわざわざ栽培しているのではなく、自生しているのでほと
んど面倒をみていない。さらに、「海抜3000メートル以上という山へ
誰がいちいち農薬なんか撒きに行くものか……」ということでした。
中国人の言い訳は言葉通りに受け取らないほうが良い場合が多いです
が、このときだけは「そらそうや……と納得してしまいました。
コトの真相は、収穫したあとのマツタケに必要のない農薬がふりかけ
られていたことでした。
知識のない農家の人たちは、とにかく薬をぶっかければ虫が着かなく
ていい、などと思っていたようです。恐ろしい。
でもこのような『汚染』マツタケは水際でチェックされるはずですか
ら、店頭に並んでいるマツタケは安心して食べて大丈夫だと信じたい
ものです。
でも、世の中に『絶対』はありませんからね。

さて、別にマツタケの悪口を書くのが目的ではありません。
日本で売られている中国産マツタケは、小売価格で100グラム1000円
から1500円程度のようですが、ということは、そこそこの大きさの
マツタケなら2本か3本で1万円くらいするということですよね。
全く!高すぎます。
中国での値段を知ってしまったらびっくりしますよ……。
日本では高級食材のマツタケも、中国では特別扱いされていません。
そもそも、“秋の味覚”でもないような気がします。真夏でも真冬で
も食べることができました。その他大勢のキノコにひっそりと混じっ
ていることが圧倒的に多いです。雲南省へは何度も行きましたがその
たびに名物のキノコ鍋をいただきました。レストランに入ると、入り
口にはずらりと生のキノコが並んでいます。
えのきや舞茸など日本語で名前がわかるのはほんの少し、「なんじゃ
これは」というキノコがほとんど自生しているという中国はやっぱり
すごいなぁ……と思わずにはいられません。
そしてマツタケを発見。ほかのキノコと値段はほとんど変わりません。
桁違いの安さでした。
「マツタケ山盛りにして~」と小躍りしながら注文するわたし。お店
の人も、支局のスタッフも「日本人ってマツタケ好きですよねぇ」と
あまりその価値を認識していない様子でした。
そのキノコ鍋。鶏ベースのスープにひたすらキノコを放り込むだけの
シンプルなお鍋。
いろいろなキノコのエキスが合わさってそれはおいしいのですが……。
せっかくマツタケを山盛りにしてもらったのにマツタケの風味はどこ
へ……ああもったいなや。
あまりにももったいないので、思案の末マツタケ炒飯を作ってもらい
ました。
ご飯よりマツタケのほうが多い炒飯。幸せでした。

2006年08月29日

民主党も公明党も代表選挙がある

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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小沢代表は参院選もイーグルで
小沢一郎・民主党代表は、先日、郵政造反組の綿貫民輔・堀内光雄・
平沼赳夫氏とゴルフを楽しみました。

この日の小沢氏は「久しぶり」と言いながらイーグルを決めてご満悦
でした。4氏ともに自民党時代から親しく、慶応のOBでもあること
から「旧交を暖めるためのゴルフだった」と言っていますが、小沢氏
が「来年の参院選」を見て仕掛けたゴルフだったことは明らかです。
綿貫氏・堀内氏・平沼氏はそれぞれが「1人区」に根強い人気を持っ
ています。「1人区29」のうち20を占めて、与野党逆転を狙いたい
小沢氏にとって、3氏を味方につけることが本心だと思います。
そこで「参院選もイーグルで……」という発言になったのでしょう。
9月の「民主党代表選」はほぼ無投票で決定です。ですから、関心は
「来年の参院選」に集中しているわけで、自民党より先に先に仕掛け
ていることが分かります。
しかし、「トロイカ体制で順調」と言われていた「小沢・鳩山・菅」の
間に少しずつきしみが見え隠れするようになってきました。
鳩山氏が安倍氏の「改憲」に意欲的なところを見せるのに、小沢氏は
否定的です。また、小沢氏が「保守2大政党」を目指しているのに、
菅氏は『自治労の大会』で「社民党との協調」を説くなど「保革2大
政党」を捨てきれずにいるようです。
さらに『民主党』では岡田克也・元代表が『核軍縮促進議連』を立ち
上げ会長に就任して再始動を始めました。
小沢氏としては、『小沢主義(オザワイズム)』の一枚岩にするために
も、「参院選での与野党逆転」は実現しなければならないのです。
参院選で敗北すれば「小沢民主党は解体する」恐れもあります。

公明党は太田代表・北側幹事長
『公明党』の神崎武法・代表は、任期が切れる9月30日の党大会で、
冬柴鉄三・幹事長と共に退任することになりました。
後任は太田昭宏・幹事長代行で、幹事長には北側一雄・国土交通相が
就任する見込みです。
太田昭宏氏は『創価学会青年部長』を務めた“公明党のプリンス”で、
早くから「代表候補」と見られてきました。
「安倍新政権」になっても「自公連立政権」が続くのでしょうが、
それには「来年の参院選で自公が勝つ」ことが絶対条件です。
そのためには最近の安倍氏の発言が問題になるのではないでしょうか。
安倍氏の出馬正式表明は今週の金曜日で、その時に発表される政策は、
「憲法改正・教育基本法改正・自衛隊派遣の恒久法」が中心になると
思われます。
特に「教育基本法改正」では、「愛国心」と「宗教教育」について「自
公」では大きな違いがあり、その「改正議論」の底流は「憲法改正」
にも繋がっています。
『太田・北側公明党』がどこまで『安倍政策』を受け入れるのか、
本格的な「政策協議」を結ばないと連立を続けていくことはできない
のではないでしょうか。
参院選で自公が敗北すれば、「安倍新政権は僅か10ヶ月」ということ
も考えられます。
『安倍政権』も『小沢民主党』もどちらにしても、「参院選敗北」では
生き残ることができず、「政界再編が起こる」と思っています。

2006年08月28日

自民党総裁選は安倍氏独走

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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中堅・若手vs領袖・ベテランvs森派
安倍晋三官房長官の出馬正式表明は、今週の金曜日(9月1日)に
なります。
つまり出馬表明なしに、「総裁選」は“安倍独走”という形になってし
まいました。

先ず安倍支持を打ち出したのは、超党派の中堅・若手を中心とした『再
チャレンジ支援議員連盟』で、次いで「人事・組閣」で有利になりた
い各派閥の領袖・ベテランが安倍支持に傾き、それに安倍氏が属する
『森派』が絡んで、“安倍独走”が実現しました。
それだけに「誰が選挙対策本部を司るか」で揉めそうになったのです
が、「安倍氏合同本部長」に柳沢伯夫党税制調査会長(丹羽・古賀派)
というベテランが就くことになりました。
これにより「総裁選」は、“安倍・谷垣・麻生の3氏の争い”になる
わけですが、703票(議員票403+党員票300)はどうなるの
でしょうか。一説によると、「谷垣氏と麻生氏は100票ずつが限界な
ので、安倍票は500に及ぶ」と見られています。
平成13年4月の総裁選は、「小泉298・橋本155・麻生31」で
したから、「500は前例のない大きな票」ということになります。
政策論争もないまま大差での「総裁誕生」は、吉と出るのでしょうか、
凶となるのでしょうか。
「政治への関心が薄れ、来年の参院選が心配だ」と不安視する声が
大きいのも現実です。

新総裁の試金石は10月の衆議院補選
「自民党総裁選」は9月20日。その2日後の22日には「臨時国会」
が召集され、首相指名が行われ、「新政権」が発足することになります。
「安倍支持」に回り、人事・組閣で有利な展開を望んだ各派閥はどの
ような結果を手に入れることになるのでしょうか。
小泉政権で一人の閣僚も持てなかった『伊吹派』や『高村派』の思い
はどうなるでしょうか。一ヶ月後には判明しています。
“小泉方式”を継承したい安倍新総裁は、「誰にも相談せずに人事・
組閣を決行する」ことも考えられます。
そして10月22日には“新総裁の試金石”といわれる「衆議院補選」
が『神奈川16区』と『大阪9区』で行われます。
どちらも「自民党議員の死」を受けての「弔い補選」ですが、どちら
かの2勝なのか、1勝1敗なのか……自民党の関係者の中には「2敗」
を心配する人もいます。そうなると「選挙に弱い安倍」が定着して、
来年の参院選への不安が増大する恐れがあります。
何しろ15議席の差が出ると、与野党逆転で、「参議院ではどの法案も
通らない」ということが起こりかねないのです。

2006年08月23日

ナレーションのうら側

横須賀 ゆきの横須賀 ゆきの
読売テレビ放送 編成局アナウンス部・報道局


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ナレーション、アナウンサーの技量を特に問われる仕事の一つです。
制作、報道、スポーツ各番組でアナウンサーは
様々なナレーションを様々な形式で録音していますが、
ここでは、
スクランブルにおけるナレーション】についてご紹介します。

スクランブルではハードなものからやわらかいものまで多彩なニュースを
お届けしており、色んな質のナレーションが要求されます。

長尺の特集の場合・・・・
ほとんどの場合前日から編集をしている為、
プレビュー後ディレクターとトーンや言い回しを話し合った上で、録音に臨みます。

当日取材&当日編集の企画やニュースの場合・・・
ディレクターも編集マンも音巧さんも1分1秒の闘いの中で作業をしているので、
映像を見ないで臨むこともしばしばです。

さぁ!いよいよ録音です!
録音ブースには、映像も音楽もありません。
よって、イメージを膨らませながらナレーションを入れていきます。
ブースは一つ。
もたもたしていると、外に他の企画のナレを入れるアナウンサーやナレーターの行列が
出来てしまう為、かなり焦るのですが、、、、
ここで心を落ち着けて集中力を高めないと、トーンがずれてしまいます。
僅かなずれでも、VTRを台無しにしてしまうのです。
ですので、瞬時にVTRの中身を理解する能力や
どう肉付けしていくのかという想像力も問われます。
正直、非常にプレッシャーのかかるお仕事。
でも逆に、映像と音楽とナレーションがびたっと嵌った時は
心地よく視聴者に響く作品となります。まさにオーケストラです。
それだけ、ナレーションが持つ力って大きいんだと思います。


【よりよいナレーションを目指して】
経験の積み重ねでナレーションの技量は磨かれていくはず!
というわけで、先輩にナレーションの技を教えて頂く勉強会を
アナウンス部では定期的に開いています。
(みんなシフトがばらばらなので、一度に大勢は集まれませんが)
自分だけで反省しても限界があるんですよね。
自分のナレーションをどれだけ客観的に捉えられるかが上達への第一歩。
他のアナウンサーに聴いて貰って、自分の癖を教えて頂いきます。
ナレーションは音楽と一緒なので、リズムや音の高低が何より大切。
それこそ、助詞の音の下がり方が中途半端とか、テンポがずれているとか、
もっとそこは間をとるべきとか。
15秒のナレーション1本を題材に、3時間の特訓も行われます。
更には、YTVに限らず各番組のナレーションを題材に、
自分が日頃使わない音やリズムをまねてみよう!なんてこともやります。
ここで自分のナレの特徴がより浮き彫りになるわけです。
例えば・・・・私は特にリズム感が無く・・・・・
何度指摘されても自分のリズムで読んでしまいます。
途中で「イッー!!」となってくることも多々あります。
それでも、先輩方は根気よく指導してくださいます。
坂キャスターの「何度も何度も聴けば音やリズムはとれるようになる」
という言葉を信じで臨む日々。
本当かなぁ~~~~~~~  なんてこと言ったら駄目ですよね・・・・・


【ちょっと話が脱線しますが・・・・】
ナレーションという枠からは少しはみ出ますが、今、「朗読」にも興味津々なんです。
NSのHP「ニュースの合間のひとり言」にも載せましたが、先日「絵本の朗読会」を開
催しました。ナレーションとは全然勝手が違うので、いざ挑戦すると、初めは大分戸惑い
ました(苦笑)
でも当日は小さなお子さんから年配の方までたくさんの方に集まって頂きました。
日頃はカメラの向こうの視聴の皆さんにお伝えしていますので、
この会で、皆さんとの距離もぐぐっと縮まって、同じ空間を共有できるというのはとって
も嬉しいことです。
会場を絵本の世界でどう包んでいこうか・・・・・・
声のトーンやテンポだけでなく、表情やしぐさ等にも拘って、お届けしたつもりです。
でももっともっといい世界を作っていけるはず!
絵本に限らず、朗読会の機会をこれからも数多く持てたらなと考えています。
というわけで!
ナレーションに限らず「音声表現」をどんどん磨いてまいりたいと思います!

夏の終わりの思い出

大泉 純子大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者

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中国で入院初体験
私が『上海』へ赴任した翌年(2003)の夏……。それは暑い日が
続いていました。

『阪神タイガース』が18年ぶりに首位を独走していて、連日仕事が
終わると、日本の衛星放送が見られる居酒屋に友人と集まって、どん
ちゃん騒ぎをしていました。(これも思い出のひとつです。)
8月下旬、ちょうど今頃のことです。何となくノドが痛いなぁ……と
いう日が2、3日続き、ある朝痛みに耐えられなくなり、自宅から
歩いて10分ほどの病院へ行きました。
地元の病院なのですが、「ワンフロアだけ日本人向けサービス充実」
というふれ込みの病院で、とにかく点滴でも打ってもらって早く元気
になろう!と思ったのです。

診察の結果、「呼吸器感染症」と診断されました。薬をもらい、少し
熱もあったので、その日は家で静かにしていることにしました。
夕方になるにつれて、具合はよくなるどころか咳はひどくなり、熱を
測ってみたら40℃近くあったので病院に電話してみたところ……。
「まーそれは大変、すぐいらっしゃい!」「もうフラフラや~そっち
から来てくれ・・・」と心の中で叫びつつ、文字通り這うようにして
病院に到着。
「もうあかん~」「すぐ入院して!」「入院って!何も持ってきてい
ませんよ~」「パジャマもタオルも全部あるから早く寝て!」……と
半ば無理やりの初入院となってしまったのです。


携帯もタバコもおかまいなし! 恐るべし中国の病院
フラフラの状態で病室へ運ばれ、ふと目に入ったのはテーブルに置か
れていた灰皿。看護士さんが、「たばこ吸うんだったら灰皿そこね~」
「誰が今たばこ吸いたいと言った」…‥「もうフラフラなのにいち
いちツッコミをさせないでちょうだい!!』
その後一晩、点滴を打ちながら苦しみまくり、翌朝少し楽になりまし
た。とりあえず、本社に連絡しなければ・・・と思い、こっそり携帯
を取り出し電話をかけていると、看護士さんがやってきました。
「やばっ」と思いつつ電話を終えると、「誰にかけてたの~?」と
お気楽そうなようす。日本の病院では携帯はご法度ですが、どうやら
全く問題なし。
支局のアシスタントにパソコンを持ってきてもらって携帯をつないで
チャットしまくり。
医療機器への影響はどうなっているのか、未だに不明です。
ひょっとしたら、そんなに高度な機器がなかっただけなのでしょうか。

2日目のお昼。まだ食欲はあまりないところへ運ばれてきたのは病院食
ではなく、日本食のお弁当屋さんのカツカレー。たぶん日本人に人気
のメニューを聞いてくれたんだと思います。気を遣っていただいたこ
とにはものすごく感謝していますが、「呼吸器感染症」の患者にカツ
カレーはないだろう。ご飯と福神漬けちょっとだけいただきました。

3日目で退院するつもりだったのに、朝また熱が出てもう一泊すること
になりました。
仕方なく本を読んだりテレビを見たりとゆっくり過ごしていたところ、
看護士さんがやってきて、「日本人からなんだけど、ちょっと電話に
出てくれる?」「はーい」
点滴を付けたまま受付に行き、受話器を取ると、日本人女性の声……
旦那さんがケガをされたらしく、すぐ見てくれる病院を探しておられ
ました。土曜の夜だったので、「日本語OK」の病院が軒並み閉まって
いて、ここなら24時間診察とあるので……と切羽詰ったようすでした。
ところが電話をしてみたら、こちらも夜間で日本語を話せる人がおら
ず、私に電話が回ってきたというわけでした。一通り事情を聞き、


私:こうこう、こういうわけで今から見てもらいたいそうですが、
先生日本語できる?

当直医師:いや、フランス語だったらできる。

私:フランス語できてもどないもならん。どうしたらいい?

医師:来るのなら日本語がわかる医者を呼ぶよ。

電話の女性はかなり不安そうな様子でしたが、早く旦那さんの治療を
しなければなりません。

私:来られても大丈夫そうです。

電話の女性:ありがとうございます。あの、お宅さまは?

私:一入院患者です。

電話の女性:しばらく絶句……じゃ、すぐ行きます。


病室に戻ってテレビを見ていたら、外が慌ただしくなりだしました。
看護士さんに聞いたら、「さっきの電話の人が来ました。ありがとね」
とのこと。
確かによかったのですが、「患者に通訳させるなー」というわけで、
日本では入院なんかしたことのなかった私の初入院体験は非常に思い
出深い3泊4日でした。

2006年08月22日

若き日の事件 グリコ・森永事件 2

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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夜討ちの毎日だった
『グリコ・森永事件』の起こった1984年、私は『大阪府警記者
クラブ』のキャップとして、この事件を追っていました。
『江崎グリコ』の江崎勝久社長の自宅には、「朝駆け」の日参をして、
ついに、誘拐されていた小屋から自力で脱出して初めての江崎社長の
肉声を捉えました。
「かい人21面相」の「江崎グリコゆるしたる」という「収束宣言」
からの私の仕事は、捜査側からの情報を得るための「夜討ち」になり
ました。

当時の鈴木刑事部長の官舎は、西淀川区の都島にありました。
その官舎の前には「夜討ち」の新聞記者がずらりと並んでいます。
その姿がなくなるのは午前1時半頃、朝刊の締め切りになるからです。
そして我々民放テレビの取材はそれからですが、会ってくれるかどう
かは分かりません。
ある夜のこと、新聞記者が引き上げてしばらくすると、部屋のランプ
が消えて、「あれ、寝てしまったのかな」と思いながら耳をそばだてて
いると、電話で捜査陣に指示を出していることが分かりました。
そこで意を決してボタンを押すと、「誰だ!」と怒鳴り声……
「読売テレビの岩田です」と答えると、「何だ、今頃?」とパジャマ姿
の部長がドアを開けて現れ、「でも入れ!」と入れてくれます。
この頃の私の残業時間は200時間とか、250時間になり、芦屋の
自室に帰るのは着替えと仮眠だけでした。

不審車と接触しながら取り逃がす
11月14日、「かい人21面相」は『ハウス食品』に、「1億円を車
に積み、『名神高速・大津パーキングエリア』まで来い」という脅迫状
が届きました。このパーキングエリアは過去に「キツネ目の男」が
何度か目撃されていたところです。
そして『ハウス』社員に変装した捜査員がパーキングに到着し、指定
された場所にあった指示書を読むと、「名古屋方向に向かい、白い旗が
見えたら、缶に入れた指示書を見よ」とありました。
ちょうど同じ頃、近くの高速道路と一般道が交差する辺りで警邏中の
滋賀県警のパトカーが不審車を発見、職務質問しようと近づくと、
車は急発進し、パトカーを振り切って逃走しました。
この不審車が停まっていた場所の真上のフェンスに白い布が巻き付け
られていたことから、ここが現金の投下場所と見られています。
何でこのようなミスが起こったかというと、滋賀県警は幹部だけにし
か『グリコ・森永事件』の広域捜査を知らせていなかったからです。
この不審車は乗り捨ててあったのが発見されました。車の中には警察
傍受無線が残され、特殊な工場廃棄物も発見されました。
「かい人21面相」は犯行の際に多くの遺留品を残しています。でも
そのほとんどは広範に流通されているもので犯人の特定には至らず、
この廃棄物は特殊なものなので期待されたのですが、犯人に結びつく
ことはありませんでした。

再び鈴木部長に夜討ち
この「不審車の事件」の後、鈴木刑事部長に「夜討ち」を掛けました。
「誰だ!何だ、今頃?でも入れ!」で、部屋に上げて貰って、
「犯人が逃走に使った車について、我が社は独自の情報を掴んだので
すが、イエスかノーか答えて下さい」と問いかけると、
「これは重要な事件だし、警察庁の命令もあるし、一切イエスかノー
なんて答えないし、捜査の進捗状況を含めて質問には答えない」と、
身も蓋もない答えです。
困った私は、「肉声がだめなら、身振りではどうですか。私の質問が
真実に近いときにはアゴの角度を下げ、違うのであれば横を向くので
はどうでしょうか」と提案すると、「バカなことを言うな」と言います。
それでいて、「俺は知らんぞ」と言いながら首を縦に振り、「俺はたま
たま首の運動をしたいのだ」ととぼけるのです。
この模様は映像では使えませんが、大いに助けられました。
この事件は長期化し、食品業界の狼狽は続きました。
「かい人21面相」の最後のメッセージは翌60年8月12日のもの
で、「もうゆるしたろ くいもんの 会社 いびるの もお やめや
悪党人生 おもろいで」と、終息を宣言しました。
以後、「かい人21面相」も「キツネ目の男」も動きを消しました。
そして、2000年(平成12年)2月13日、時効となりました。

「鈴木さん、警察は犯人グループの尻尾を掴んでいたのですか」
刑事部長を退任するとき、私は聞きに行きました。
「岩ちゃん、それを知りたかったら、俺が本当に棺桶に片足突っ込ん
だときに来い」
「そうしたら、やっぱりお前の捜査に関する取材の道筋は正しかった
と言ってくれるんですか」
「それでもやっぱり言わないまま、あの世に行ってしまうのかな」
こんな会話がありました。
鈴木さんは今もお元気で東京で活躍されております。

2006年08月21日

若き日の事件 グリコ・森永事件 1

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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それは風呂場からの拉致で始まった
私が「大阪府警記者クラブ」の担当になったのは、1979年9月、
30歳の時でした。
普段は「記者クラブ」に詰めていて、「事件発生!」と共に取材に飛び
出すのです。がたい(図体)が大きいので、「現場を走り回らしても
遣い減りはしないだろう」ということで、事件記者の仲間入りをした
ことになります。
様々な事件・事故がありましたが、忘れられないのは『グリコ・森永
事件』です。

それが起こったのは、84年(昭和59年)3月18日の夜、西宮市
の自宅で入浴中だった『江崎グリコ』の江崎勝久社長が侵入してきた
3人の男に拉致されたのです。自宅前に赤い車が待機していて、江崎
社長を押し込むと急発進して逃走しました。
犯人の要求は、「身代金10億円と金塊100㎏をヘリコプターから
撒け」というものでした。
先ず、その身代金と金塊の大きさが話題になりました。
その3日後の午後、江崎社長は警察に保護されました。摂津市の淀川
沿いの治水組合の作業小屋から自力で脱出してきたというのです。
事件はこれで収まったかに見えました。ところがこれが世間を恐怖に
陥れた脅迫事件の始まりでした。

かい人21面相からの脅迫状
やがて「かい人21面相」を名乗る犯人から脅迫状が新聞社に送りつ
けられました。
その脅迫状は、「けいさつの あほども え」という書き出しで始まる
もので、和文タイプライターで記されていました。
5月になると、「青酸ソーダ(シアン化ナトリウム)入りのグリコ製品
を置いた」と書かれていて、無差別脅迫となりました。
そして予告通り、西宮市内のコンビニから「どくいり きけん たべ
たら しぬで かい人21面相」と関西弁で書かれた紙が貼られた
菓子が発見され、シアン化ナトリウムが検出されました。
コンビニの防犯カメラに「野球帽を被った不審な男」が写っていたの
で公開されましたが、有力な情報は手に入りませんでした。
その頃の私は朝6時には記者クラブに行って、脅迫状や毒入り菓子の
情報を確認し,8時半頃には西宮の江崎の自宅社長へ行きます。
出社する社長に「おはようございます」と挨拶し、「読売テレビの岩田
です」と名乗って、何とか一言貰いたいと努めていました。新聞なら
原稿だけでいいのですが、テレビでは肉声をマイクの前で喋って貰わ
なければオンエアすることができません。
こんなことが1ヶ月も続きました。
脅迫状は次第に「報道機関を通した警察への挑戦状」の様相を強めて
いきました。
何度目かの「かい人21面相からの脅迫状」が来た日の朝、出社する
車に乗り込む前の社長に、おそるおそる
「済みません、読売テレビの岩田ですが、またあの挑戦状が参りまし
た。卑劣な犯人からの動き、どうお思いでしょうか」
と声を掛けてみたのです。すると江崎社長は私の目を見て、
「いや、できればこういう犯行というのは、もうこれでやめて欲しい」
と呟くように答えてくれたのです。
自力で脱出してから初めての社長の肉声を捉えたのです。記者冥利に
尽きる一瞬でした。そして、この日の新聞の夕刊の見出しは各紙とも
「もうこれでやめて欲しい」でした。

犯人逮捕と喜んだが
「かい人21面相からの脅迫状」は相次ぎました。6月2日の脅迫状
には、「現金3億円を乗せた白のカローラバンをファミリーレストラン
の駐車場に置いておけ」というものでした。
捜査陣が目立たぬように待機していると、車で来た一人の若い男が白の
カローラバンに乗り換えて出て行きました。そのバンにはエンスト
する仕掛けがしてあり、後部に捜査員が潜んでいました。
予定通りバンがエンストし、男は取り押さえられ、「犯人逮捕!」と
大喜びしたのですが、間もなく男は犯人グループから「車を取って
来い」と命じられた人だと分かりました。
この男は淀川の堤防で恋人とデートしていると、銃身のようなものを
持った3人組に襲われ、「白いバンを運転して来い!言うことを聞かな
いと彼女の命はないぞ!」と脅され、その指示に従っていたのでした。
彼女は電車賃2000円を貰って解放されていました。
そして6月26日、新聞社に「かい人21面相」から「江崎グリコ
ゆるしたる」という収束宣言が送られてきました。
事件の発端から3ヶ月……『グリコ製品』はスーパー・コンビニから
撤去され50億円以上の損害が出ていたと見られています。
「かい人21面相の収束宣言」は、別の展開の予告でもありました。
『丸大ハム』に「グリコと同じようになりたくなかったら5000万
円を用意しろ」という脅迫状が届きました。
それには「高槻から京都に向かう東海道線に乗り、鉄橋の近くで旗を
見つけ次第、車窓から金を入れたボストンバッグを投げ込め」とあり
ました。しかし、電車の速度が速くて投げることができませんでした。
この前後に「キツネ目の男」が複数の捜査員に目撃されています。
この男は現金を持った捜査員が京都から高槻に戻るときにも同じ電車
に乗り込み、捜査員を尾行していたと思われます。
そして「キツネ目の男」は似顔絵が掛かれ、全国に配布されたのです
が、犯人逮捕には至りませんでした。
「かい人21面相」は、さらに標的を広げ、『森永製菓』『ハウス食品』
『不二家』『駿河屋』にも脅迫状を送り、現金を要求し続けました。
『森永製菓』は、犯人に指定された場所に現金を置いたものの、犯人
は現れませんでした。

2006年08月17日

メディア論コーヒーブレーク3

辛坊 治郎辛坊 治郎
読売テレビ・報道局局次長兼解説委員


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看板読みで見えてきたこと
看板読みをはじめてしばらくすると、今まで気が付かなかったいろんなことに気が付くようになりました。

大体、普段人が歩くときにそんなにきょろきょろあたりを見回しているわけではありません。せいぜい十メートルくらい前方から足元までくらいが視野の範囲でしょう。昔は今ほど、道路事情が良くなかったですから、下を見ていないと穴ぼこに落っこちたり、大きな石にけつまづいたりしたものです。特に昭和三十年代までは、かなりの都会でも道端のどぶ(今では側溝と言うらしいですが)にふたがないのは当たり前で、私はよく小学校の帰りに落っこちて泣きべそをかいたものです。不思議なことに、そこにどぶがあるとわかっているのに、いつでも同じコーナーを曲がるときに、同じ場所でどぶにはまるのです。どぶにはまるとたいてい、向こう脛をどぶのヘリにぶつけることになるのですが、これが痛いの何のって、まあ、そんなことはどうでもいいですね。とにかく、昔は足元に気をつけないと危険でしたから、われわれ以上の世代の人間はどうしても下を向いて歩く癖が付いているようです。


時代が変われば視線も変わる
ちなみに、もう少し時代が下ると、足元の側溝にはたいていふたが付き、道の真ん中に大きな石が落ちていることも無くなりましたので、危険はいくぶん視線の高いところに集中します。それは交通事故です。ですから、今の若い人は、われわれの世代よりも、歩くときの視線が高いように思います。そのうち、自動車が空を飛ぶようになれば、危険は上から降ってくることになるでしょうから、未来人の視線はもっと上がって、皆、上を向いて歩くことになると思います。上を向いて歩こう!懐かしいですね、坂本九さん。

地域が変われば視線も変わる
ただ、世代が同じでも、地域によって、視線の高さや、周囲に対する目の焦点の合い方は違うような気がします。なんといっても、視野が広く、実に周囲をよく観察しているのが大阪のおばちゃんです。私が出演している「ズームイン!!SUPER」は東京のほうがずっと視聴率は高いのに、町でおばちゃんに声をかけられる比率は大阪のほうが高いのです。もちろん、声をかけるかどうかは、その人の性格にもよるのですが、道行く人、私に気が付いているかいないかは、なんとなく感覚でわかります。その点で大阪のおばちゃんが、よく気がついてくれているのは肌で感じるのです。東京では、おばちゃんより、よく女子高生に声をかけられます。もしかすると、東京の女子高生の、「大阪のおばちゃん化」が進んでいるのかもしれません。


なぜ大阪のおばちゃんの視野は広いのか?
大阪のおばちゃんの視野が広いのは、単に好奇心が大せいというだけではなく、地域の事情も影響しています。それは圧倒的な引ったくりの多さです。日ごろから周囲に目を配り、防御体制を敷かないと、とても大阪の町は歩けません。ところで、ウサギのように常に猛獣の襲撃におびえていなくてはならない動物は左右の目が離れていて、360度、周囲を観察することが出来るようになっています。これに対して、襲う側の猛獣のほうは、獲物までの距離を正確につかむため、前方をしっかり立体視できるように顔の前面に目が付いています。となると、大阪にずっと住んでいると、周囲がよく見えるように、目の間が少しずつ広がって行くかもしれません。そうならないように、太田知事、大阪の引ったくり件数、何とか減らしてくださいねって、どんどん話がそれてしまって申し訳ありません。ちょっと休み明けで疲れているので、勘弁してください。

看板読みを始めてみると
話を元に戻します。看板を読み始めると、視線が自然に上を向くようになり、同じ通学路なのに、今までと違った景色に気が付くようになりました。見慣れた退屈な道に、なんだか新しい色が加わったようなそんな感覚です。うちの近所に仏壇屋があったのですが、その看板を読んでいてびっくり!「仏壇仏具は○○商店で。ただいま、クリスマスセール実施中!」ちょっと待ってよ、仏壇屋でクリスマスセールはないだろう、というところから、日本人と宗教観について思いを馳せたり、「どうも看板にはラ行と、カ行が含まれる単語が多いな。そう言えば、トヨタの車はカローラ、コロナ、カリーナ、みんなカ行とラ行だな」なんてことに気が付いたり、それはそれは楽しい日常が始まりました。皆さんも、毎日の生活に疲れたら、ほんの少し視線を変えてみてください。何も、アナウンサーになろうって訳じゃないでしょうから、看板を音読しなくても大丈夫です。首の角度をちょっとだけ変えるだけで、新しい発見があるはずです。ただ、あまり視線を上げすぎると、車が目に入らなくなりますから、その点は十分お気をつけくださいね。
なんて書いているうちに、話を前に進めるスペースがなくなってきました。看板読みをはじめてからの話はまた次回続けます。

2006年08月16日

暑いときには何を飲みますか?

大泉 純子大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者

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冷えてないビールは当たり前・・・氷なんてとんでもない!

暑い日が続いております。一日中汗だくになって働いて、さぁビール
飲むで~!というときに、常温のビールが出てきたらどうしますか。
冷蔵庫の普及具合の問題なのかどうか真偽のほどは確かめていません
が、中国では飲み物を冷やす、という習慣がなかなか定着しません。

都会では結構飲み物を冷やしているお店も増えてきましたが、ちょっ
と地方へ行くとほぼ100%絶望的。レストランでビールを注文する
際は、「冷えたやつよろしくね!」と念を押さないと、ぬるーいのが
出てきます。そういうものだとされているのかもしれません。北京で
いつもお世話になっていた運転手さんは、反対に「常温のやつ持って
きて!」と頼んでいました。
ビールだけではありません。コーラなどのソフトドリンクでも、よく
常温で出できます。
常温の清涼飲料水。甘いだけでもう勘弁して……叫びたくなりますが、
中国の人たちはおいしそうに飲んでいました。コンビニや空港の売店
で冷蔵庫には入れてあったとしても、その冷蔵庫がかなりクールビズ
な温度に設定されておりちゃんと冷やしてよ……と何度思ったことで
しょう。
2003年の5月に『三峡ダム』の取材で4泊5日の長江下りをしたとき
のこと。宿泊も食事もすべてチャーターした漁船。食の国中国らしく
なんとコックさんが同乗していて、食事の内容は申し分なかったので
すが。初日の夜。「ビール冷えてないの~?」「冷えていません」
 食材を入れてある冷蔵庫があるのはわかっている。
2日目。「ビール冷やしてくれた?」「冷やしてない」
3日目。「ビール冷やした?」「忘れてた」……ここで大泉大爆発。
「冷たいビールもないのに、食えるか~!」と。
夕食をボイコットしてやったら、コックさんはちょっと悲しそうな顔
をしていました。ごめんなさい。
「ぬるいのなら氷入れればいいじゃない」と思われるかもしれません
が、地方へ行けば行くほど、「水の不衛生さと飲み物のぬるさは比例
する」と言ってもよく、「氷はちょっとやめとこか……」となるわけ
です。
『上海』のそこそこ高級なお店でも、「飲み物に氷を入れるという
とがどういうことかよくわかっていないな……』と思うことがよくあ
ります。アイスコーヒーを頼んだとします。大きなコップに氷を2~
3個だけ入れて、ホットコーヒーを注いだな……と思われる飲み物が
出てきます。飛行機では、飲み物を頼むと「氷入れますか?」と聞か
れます。「入れてください」というと、これまた一個か二個浮かんで
いる。「もっと入れて」と言えばいいんですけどね。または、最初に
「氷いっぱい入れてね」と言って少しでも「なんやこれ?」と不必要
な失望感を抱く前に自己防衛しましょう。
そういえば、『スタバ(あちこちにあります)』のフラペチーノ系の
ドリンクも私が赴任した当初はなかったですね。今では冬場でもあり
ます。
冷たいものを取り過ぎないというのは、身体のためにはいいことだと
は思うのですが、アイスクリームは冬場でもよく食べる中国人。氷点
下20度の『ハルビン』にて、道行く人たちが凍ったサンザシを食べて
いました。不思議でしょう。

2006年08月15日

終戦記念日に想う

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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平和って幻想なのか

今日もレバノンでは戦闘が

戦争が終わって61回目の『終戦記念日』です。
私は昭和24年生まれですから「終戦の日」のことは知りませんが、
父や母は「これで戦争が終わり、本当に平和な日々がくる」と思い、
「戦争放棄の『新憲法』は新鮮だった」と言っていました。
しかし今は、世界的な「不安の時代・混乱の時代」で、「世界平和」は
ますます縁遠いもののように思えます。
今日も世界各地で「戦闘」が起こっています。
少し拾ってみましょう。

先ずは『レバノン』……昨日からようやく「停戦」に入りました。
今回の戦闘の起こりは『レバノン』のイスラム教シーア派武装組織
『ヒズボラ』が国境を越えて『イスラエル』に入り、イスラエル兵
2名を拉致したことでした。
これに対し『イスラエル』は「拉致された兵の釈放」を求めたのです
が、『ヒズボラ』は応じず、『イスラエル』は過剰とも思える報復攻撃
に踏み切りました。『イスラエル』が『レバノン』南部の『ヒズボラ』
の基地を爆撃すれば、『ヒズボラ』はロケット砲を撃ち返し、両国の
死者は1100人を超しました。
「一刻も早く停戦を」というのが国連をはじめとする「世界の願い」
ですが、国際社会の足並みが揃わなかったのは「アラブとイスラエル
の歴史的対立」が複雑に絡み合っているからです。
今度の停戦は長続きして欲しいものです。
「戦闘・内乱」といえば、『アジア』にも数多くあります。
『スリランカ』では、「政府軍と反政府武装組織」との戦い」が80年
代から続いています。これは、少数派のヒンズー教徒・タミル人の
過激派『解放の虎』が、多数派の仏教徒・シンハラ人優先政策に反発
して分離・独立を求めた「内戦」で、つい最近も衝突がありました。
「宗教」と「人種」……これらの複雑な対立は、いつでも“憎しみの
原因”になるのです。
『ネパール』では、「国王派」と『マオイスト』と呼ばれる「共産党
毛沢東派」との「内乱」が終わっていません。
『タイ』南部でも、イスラム過激派が分離・独立を求めた「内戦」を
続け、最近は激しさを加えているようです
そして『フィリピン』南部でも、同じような戦いが展開されています。
「平和」とは幻想なのでしょうか。

未遂で良かった米行き旅客機テロ

驚いたのは、パキスタン系イギリス人のイスラム教徒が計画していた
「アメリカ行き旅客機爆破テロ」です。
幸い未遂のうちに20数人の容疑者が逮捕されたのですが、計画によ
ると狙われた旅客機は9機といいますから、「9・11の悪夢」の再現
となったことは確かです。
容疑者の詳しい背景はまだ不明ですが、去年7月の「ロンドン・テロ」
で自爆した容疑者と同じ「イギリス育ちのパキスタン系イスラム教徒」
と見られています。何故若い世代がテロに共鳴するのでしょうか。
また、『国際テロ組織・アルカイダ』が関与していたことも確かなよう
です。
アメリカのブッシュ大統領やイギリスのブレア首相は、一段と「テロ
封じ込め策」を強化するでしょうし、『アルカイダ』などの「イスラム
過激派」はさらなる「無差別テロ」を仕掛けて、「憎悪の連鎖」が拡大
しそうです。
「日本人は平和ボケで危機感がない」とよく言われますが、「イスラム
過激派」から見れば、「日本はアメリカやイギリスと同じ側」です。
つい何年か前に『アルカイダ』のメンバーが、「日本に滞在して中古車
売買をしていた」ことがありました。
身近に「イスラム過激派」がいても不思議ではありません。
今、東京の国会議事堂・首相官邸からアメリカ大使館にかけての一帯
の警察官の数は、かつての3倍にもなっています。
駅や列車の中から「ゴミ箱」が消えたことにお気づきでしょう。
これらも「イスラム過激派対策」なのだそうです。

平和を願う「終戦記念日」だからこそ、こんな話をしてみました。

2006年08月14日

ポスト小泉は安倍の圧勝か

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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額賀氏も山崎拓氏も降りて安倍氏独走に

「ポスト小泉」を巡って、第2派閥の『津島派』からの擁立を検討し
ていた額賀福志郎防衛庁長官が立候補を断念しました。準備不足と
派内に慎重論も根強かったからです。
また第4派閥『山崎派』の山崎拓会長も不出馬を決意しました。派内
に「山崎離れ」が進んでいたためです。
これを受けるかのように第3派閥『丹羽・古賀派』と第5派閥『伊吹
派』は、早くも「安倍支持」を決めました。
これにより、数では「安倍優勢」は動かず、「安倍独走」になる可能性
が強くなりました。

谷垣禎一財務相が「アジア外交」「地方再生」「財政再建」の3本柱を
掲げ、「消費税増税の必要性」を主張し、麻生太郎外相が新しい政権
構想(21日に発表予定)を示しても、盛り上がらない総裁選になる
ことは間違いありません。
どうしてこうなったかというと、福田康夫さんが降りて「反小泉・
非安倍」の力を集める候補者がいなくなったからです。
各派閥とも今更「非安倍」を唱えて、党内の「反主流」になるよりも、
「安倍さんの支持に回り、官僚や党三役の一画などのいいポストを
得たい」という考えが大方を占め始めています。
それにしても「小泉さんぶっ潰された派閥」の領袖の立場は複雑です。
領袖の言いなりになる子分がほとんどいなくなったからです。
今、『自民党』には、86人の『森派』から11人の『河野グループ』
まで大小9つの派閥があります。75人の『津島派』が『橋本派』だ
ったことは分かっても、32人の『伊吹派』や、15人の『谷垣派』・
『二階派』が「元何派だったか」と考えてしまう人も多いのではない
でしょうか。
「派閥は今や、あるようでない存在になってしまった」と言えます。

小沢のカゲにおびえる自民党の中堅・若手議員たち

派閥を超えて「党内一致・安倍支持」を唱えるのは、中堅・若手の
議員たちです。去年の『総選挙』は「小泉ブーム」で楽勝でしたが、
来年の『参議院選挙』がどうなるかが頭にあるからです。
『民主党』の小沢一郎代表が選挙に強いのに対し、安倍さんは幹事長
時代の『04参院選』では苦労し、最近では『千葉7区補選』でも、
地元の『岩国市長選』でも負けました。
「安倍は選挙に強くない」と言う思いが強いのです。
何しろ来年の『参院選』で、「自・公の与党」が過半数割れになれば
政局にも大きな影響が出るからです。
その鍵になるのが、「1人区」……『04参院選』では14勝13敗で
かろうじて『自民党』が勝ちましたが、今度は29になりました。
『民主党』が「1人区」で大勢を占めれば、「与党の過半数割れ」も
実現可能です。
このため小沢代表は早くも手を打ち、「郵政民営化の造反議員」だった
鳥取の川上義博元議員を『民主党』に入党させました。
川上さんは『鳥取選挙区』から立候補するのでしょう。
また、地方には、「民主党」というよりも、「豪腕・小沢にやらせたい」
という声が強くあるのも事実です。
これもまた、『自民党』の中堅・若手の議員たちには恐怖です。
「党内一致でなければ、『小沢・民主』とは戦えない」というわけです。
さらに、長老の中にも、青木幹雄自民党参院議員会長のように、
「過半数割れになれば、新総裁の寿命は10ヶ月で終わる」
と心配する人もいます。
そして過半数割れを防ぐためには、「来年の『参院選』は、『衆・参
同時選挙』で……」という声も出てきました。
『参院選』だけでは盛り上がりに欠け、負けるかも知れないからです。
「総裁選」は「安倍優位」で動き出していますが、安倍さんにとって
は安心できる状況ではなさそうです。

2006年08月11日

ニュース現場を支えるスタッフ

坂 泰知のプロフィール坂 泰知
読売テレビ放送報道局解説委員


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 7月28日から8月6日まで、大阪の天保山ハーバービレッジで、今年も読売テレビが送る夏の大型イベント「わくわく宝島」が開催されました。各番組が趣向を凝らしたブースを開く中、ニューススクランブルは「君もキャスター」と題して、番組を疑似体験できるミニスタジオを展開。お蔭様で一番人気のブースとなり、たくさんの親子連れで賑わいました。本当にありがとうございます。

 期間中、私も2度ほど足を運んでみたのですが、子供たちのキラキラした眼と真剣な表情が印象に残りました。それもそのはず。会場には3台のカメラがあり、それぞれにカメラマンを配置。フロアディレクターが素早く指示を出すなど、まさに本物のスタジオ感覚を味わえるのです。その中で、子供たちは実際に放送された原稿を読み、VTRもそのまま流れるわけですが、なかなか上手にこなしているのには驚きました。更に、クロマキーと言って、自分が立っている背景に映像を映し出すことができるシステムの前ではリポーター体験をしてもらったのですが、こちらでも臨場感あふれるリポートぶりを見せてもらい、かえって、私たちのほうが気を引き締めなければと思い知らされました。


 普段、ニューススクランブルにチャンネルを合わせていただくと、私と横須賀キャスター、それに、お天気の小谷キャスターと大浦・武村キャスターがスタジオ出演しているのがわかると思います。しかし、その影には決してテレビに映ることのないたくさんのスタッフがいます。「わくわく宝島」でキャスター体験してもらった子供たちも、もしかしたら、こんなに大勢の裏方さんが働いていることにびっくりしたかもしれません。テレビの世界は、本当にたくさんのスタッフがそれぞれの役割を果たす中で番組が出来上がっていきます。スタジオでの出演者は、その最終送出部分を担っているに過ぎないのです。


 ニュース現場を例に、番組に携わっているスタッフを数えてみましょう。まず、読売テレビには、何かあれば即座に取材先へ駆けつける報道記者が40人ほどいます。更に、番組を進行したり演出したりするディレクターが20人以上います。カメラマンは支局駐在のスタッフも含めて30人ほど、これにアシスタントスタッフも加えれば50人に膨れ上がります。VTRを編集するエディターとその助手が30人、字幕スーパーを打ち込んだり、フリップを作成したりするスタッフも15人ほどいます。さあ、ここまでのスタッフを合計すると150人以上になりました。でも、これだけいても、まだ皆さんのお茶の間に番組は流せません。音声や映像・中継などを担当する技術スタッフが必要なのです。どんなにアバウトに想像しても、少なくとも200人以上のスタッフがいて、24時間カバーしているからこそ、各地のニュースをお届けできるというわけです。


 と、書いている私のほうが空恐ろしくなってきました。これだけのスタッフに支えられて初めて、番組に出演してるわけです。その最後に大失敗するわけにはいきません。みんなの苦労に報いる仕事をしなければ・・・・キャスター稼業というのも、なかなかにしんどいものです。

2006年08月09日

大泉純子のニュースの裏側

大泉 純子大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者

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杉本信行氏に捧ぐ
『大地の咆哮』(PHP研究所)という本をご存知でしょうか。
中国に関心をお持ちの方なら、すでに読んだという方もいらっしゃる
かと思います。2004年春の「総領事館員の自殺」に関する記述に
はじまり、今の中国か抱える問題、日本の首相の靖国参拝の問題点な
ど非常にわかりやすく、またデータが新しいので参考になりますし、
いろいろ考えさせられる本です。

『大地の咆哮』を読んで一番印象に残ったのは、現在の中国の問題点
はもとより、杉本氏が研修生として初めて中国へ渡られたときのエピ
ソードでした。
国交回復後間もない時代、生活必需品を手に入れるのにも膨大は労力
を要する時代。
外国人はスパイだと思われ、ルームメイトとも馴染み切れなかった話
などはとても興味深く、「以前はそうやったんやなぁ・・・。当時の
中国はキツかったやろうなぁ・・・」と何度も思いました。
中国へは、今でこそビザなしで観光にも行けますし、中国への進出
企業は数千社に上ります。
短期滞在を含めれば上海の在留邦人は5万人とも6万人ともいわれま
すし、留学生も上海だけで数千人といわれます。中には残念ながら、
「あんた何のために中国にいるの?」という輩も少なくないのが現状
ですが・・・。
杉本氏のような諸先輩方の苦労の積み重ねがあって今があると改めて
思いますし、この時代の生の中国を知る人の体験談には本当に頭が
下がります。

私が上海へ赴任した当時の総領事が杉本氏でした。
大阪で記者をしている限り、外務省の役人が取材対象になることは
ほぼありません。それだけに外交官と呼ばれる方々とのお付き合いも
私にとっては貴重な経験でした。
他の国の事情はよく知りませんが、『上海』では月に一回総領事と
在記者の懇談会がありました。
最近起きた日中間の気になる出来事について、ときには共産党の人事
にも話しは及び、毎回勉強させていただきました。
杉本氏は、とにかくよくしゃべる。ひとつ質問をぶつけると、延々
講義が続いたものです。「長いなぁ~」と少々退屈に思ったときも
ありましたが、それは中国に対する熱意と愛情の表れでもあったのか
なぁと、今さらながらに思います。
仕事の上だけではなく新しくできた日本料理レストランの情報交換を
したり、月に一度のペースで記者の有志とゴルフもご一緒させていた
だきました。杉本氏は、お世辞にもうまいとはいえないフォームなの
になぜかスコアがよいのが不思議でした。

杉本氏は、この8月3日に57歳という若さで逝去されました。肺がん
だったそうです。
一昨年の秋に一時帰国された際にご病気がみつかったということで、
一旦上海に戻られたあと、任期半ばで文字通りバタバタと帰国され、
その翌日には入院されたとききました。
帰国される前日公邸にご挨拶にうかがった際、「元気になってまた
ラウンドしてください」とゴルフボールをプレゼントしたら、とても
喜んでくださいました。
出版社の方によると、杉本氏から執筆の申し出を受けたのは今年の
お正月だったそうです。
著書にもありますが、抗がん剤による副作用に苦しみながらパソコン
に向かい、半年足らずで書き上げられた本は、まさに渾身の一冊。
これが絶筆となってしまいました。
こんなに早く逝ってしまわれるとは思いもよりませんでした。
日中関係や、中国のさまざまな問題について、現地でのご経験に基づ
く分析から今後も外交のみならずさまざまなフィールドで活躍される
べき人でしたし、もっともっと意見交換をしたかったです。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

2006年08月08日

東アジアでの日本人観

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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小泉総理の靖国参拝はあるか
来週の火曜日は、8月15日。
小泉総理が「靖国神社参拝を行うか」について国民の注目が集まって
います。
小泉さんは、「靖国参拝は心の問題」といい、「靖国参拝で首脳会談が
開けないのはおかしい」と、「参拝批判」に反論します。
しかし、植民地支配された中国や韓国には、「日本の総理の靖国参拝」
には異論があるのも当然だと思います。
それでも私は、小泉さんの「言い出したら聞かない頑固な性格」と、
「首相就任時の公約を守る最後の機会」として「参拝する」と思うの
ですが、どうでしょうか。

「靖国参拝」と言えば、次々と話題が出てきます。
先ず昭和天皇が「A級戦犯の合祀に不快感を抱き、靖国参拝をやめた」
という側近のメモが出てきました。
そして先週は、「安倍官房長官が4月に参拝していたこと」が明らか
になりました。 
「安倍参拝」には、早くも中・韓両国から反発がありました。
安倍さんは、「靖国参拝」の意志を国の内外に示した上で、「総裁選」
の争点を「内政」に移したい気持だったようですが、どうなるのでし
ょうか。
また、こんな話もあります。遺族会などにも「A級戦犯の合祀に反対
する声」が強くなってきましたが、「分祀できない」のは『靖国神社』
をはじめ神道では「一度合祀した祭神を分祀することはできないと
いう教義になっているからだ」と関係者は語っていました。

殴られた人は、その痛みを忘れない
私は、NNNのマニラ支局長を3年間務めたことによって、東アジア
の人々が「日本をどう見ているか」を教えられました。
一言で言うと、「殴ったことは忘れてしまうが、殴られた人はその
痛みを忘れない」ということです。
例えば、『フィリピン』で採用した秘書は、「父方と母方とによって
全く違う日本人観をもっている」と、私に語ってくれました。
父方は「祖父が日本の憲兵によって殺された」という理由から「日本
嫌い」なのに対し、母方は「隊長がいい人で、村人に迷惑をかけない
ように務めた」と「日本人びいき」……同じ家族の中でも「語り継が
れる印象が違うこと」を知らされました。
また、「あの戦争中にフィリピンでおよそ50万人の日本人の軍人・
軍属が戦死した」と原稿を書いていたら、現地スタッフが「フィリピ
ン人もあの戦闘に巻き込まれて100万人もの死傷者があったこと
を忘れないで下さい」と言われました。
そして、日本の憲兵に悪感情を持っている人が多く、「憲兵」という
言葉を日本語で覚えていて、何かの口論ですると激昂すると、「旧軍
の憲兵みたい!」というのには驚きました。
一方意外だったのは、『タイ』と『ミャンマー(ビルマ)』では、日本
人に親近感を持っている人が多かったことです。
『タイ』も『ミャンマー』も「仏教国」という共通点があり、『タイ』
は江戸時代から「日本人町」があって、伝統的に友好が保たれてきた
という背景があったのでしょう。
終戦直後に、陸軍参謀・辻政信大佐(後の参議院議員でラオスで失踪)
を匿ったのもタイの寺院であったことも知られています。
『ミャンマー』には、「イギリスの植民地」だったのを、戦争中に
「日本軍の機関が独立運動を支援した」ことを評価する人もいます。
戦争が終わって61年目の夏です。
「日本とアメリカが戦争した」ことを知らない若者が増えているよう
ですが、『フィリピン』や『中国』は戦場となり、『中国』と『韓国』
は植民地支配されました。
「殴った方は殴ったことは忘れてしまいますが、殴られた方は殴られ
た痛はいつまで経っても覚えている」ことに譬えてみると、『中国』
や『韓国』が「A級戦犯を合祀する靖国参拝に反発する」のも一理
あるような気がします。

2006年08月07日

第6次中東戦争が勃発するか

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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エルサレムを訪れて
「イスラエルvsヒズボラの戦い」は、世界中から「即時停戦」を
求める声が強まっていますが、停戦に向けた見通しは立っていません。
「中東の和平」というのは、かけ声だけなのでしょうか。
私が最初に『中東』を訪れたのは、「自衛隊PKOのゴラン高原派遣」
の時ですから、ちょうど10年前のことになりますが、その時の印象
から少し語ってみたいと思います。

先ず、『イスラエル』の首都『エルサレム』。
『エルサレム』は世界でもっとも古い町の一つで、「4000年前に
町があった」と『旧約聖書』に記されています。
『エルサレム』は、『地中海』からおよそ55㎞ほど内陸に入った
小高い丘の上にあり、ユダヤ人が住む『西エルサレム』と、アラブ人
居住区の『東エルサレム』に分かれています。
この『東エルサレム』が「ユダヤ教・イスラム教・キリスト教」、
いずれの宗教にとっても聖地にあたり、世界中から信者がが訪れてき
ます。
黒い服に黒い帽子を被り、聖書を片手に身体を揺すりながら壁に向か
って祈るのは、『ユダヤ教の聖地・嘆きの壁』です。
その壁の真上にあるのが『イスラム教の聖地・神殿の丘』で691年
に建てられた『岩のドーム』があります。
そして少し離れた『ゴルゴタの丘』には、イエス・キリストが十字架
上で処刑された地に建つ『聖墳墓教会』があります。
城壁に囲まれた『東エルサレム』は『旧市街』と呼ばれ「世界遺産」
に指定されています。この『旧市街』は迷路のように入り組んでいる
のですが、「ユダヤ人地区・ムスリム=イスラム教徒地区・キリスト
教徒地区・アルメニア人地区」の4つに分かれていて、歩いている人
の服装や雰囲気までが違います。
この感じから見ると、宗教・民族の違いを超えて仲良く暮らすことが
できるようなのですが、それができないのが『中東』なのです。
西エルサレム』は『イスラエル』のほとんどの首都機能を持っていま
すが、「国防省」だけはありません。いつ攻撃されて聖地が破壊され
るか分からないからです。

ヒズボラとハマス
『ゴラン高原』とは、どのようなところだと思いますか。
『イスラエル・レバノン・ヨルダン』と国境を接する『シリア』の
高原で、『関西』でいうと『六甲山』のような山並みです。
かつて『シリア』は標高1000m位のその山並みに長距離砲を並べ、
『イスラエル』領内に砲弾を撃ち込むなどの行動を取っていました。
これに対し『イスラエル』は、祖国防衛上の理由から第3次中東戦争
の際、『ゴラン高原』を占領しました。
日本の自衛隊は、『シリア』と『イスラエル』に割って入った国連の
「兵力引き離し監視隊=UNDOF」への物資輸送を担当するために
1996年から派遣されているのです。
さて、『レバノン南部』での「イスラエルvsヒズボラの戦い」は、
『イスラエル軍』が地上軍を侵入させて、『ヒズボラ軍』を国境から
20㎞まで撤退させようとしています。国境から20㎞離れると、
短距離ミサイルの砲弾が『イスラエル』に届かなくなるからです。
さて、「イスラエルとの戦い」を続ける『ヒズボラ』とは、82年に
『イスラエル』が『レバノン』に信仰した時に、『イラン』から送り
込まれた「革命防衛隊」が「シーア派レバノン人」で構成した「民兵
組織」で、テロ路線が強く、今でも『イラン』が武器と資金を援助し、
『シリア』も黙認しています。
『イラン』は、『レバノン』に「イスラム共和国」を建設して「西側
帝国主義を壊滅させよう」というのが狙いだといいます。
今度の「イスラエル vs ヒズボラの戦い」が、「アメリカvs イラン
の代理戦争」といわれる所以もここにあります。
また、『イスラエル』は、南部の『パレスチナ自治区・ガザ』では
イスラム原理主義の『ハマス』との戦いもあります。
『ハマス』は57年に「イスラム教スンニ派」のアフマド・ヤシン師
によって創設された「ムスリム同胞団の武装組織」で、「自爆テロ」
を最初に提唱したことでも知られます。
ヤシン師は2004年3月にイスラエル軍ヘリの攻撃を受けて暗殺
されましたが、私は1999年にそのヤシン師にインタビューしたこ
とがあります。
「パレスチナは3000~4000年前からアラブ人の土地だから、
奪い返すのは当然」というのが、その主張でした。
ヤシン師は大変なカリスマで、アラファトの『パレスチナ解放機構=
PLO』とは一線を画した民衆レベルの抵抗運動を展開してきました。
私はこの取材の時、「自爆テロ」を実行した19歳の女性の家も訪ね
てきましたが、爆弾を身体に巻き付けた出発前の写真が飾ってあって、
家族が「娘は神になった」と胸を張っていたことを思い出します。
『ヒズボラ』は「シーア派」で、『ハマス』は「スンニ派」ですから
共闘することはないのですが、『ヒズボラ』と『ハマス』には共通点
があります。共に「テロ」の印象が強いのですが、医療・教育などに
も力を入れ、貧民層を中心に支持を広げているのです。
現状では『イスラエル』と『パレスチナ』は絶対に相容れません。
「イスラエルvsヒズボラの戦いがこのまま長続きすると、第6次
中東戦争に発展する恐れがある」ように私には思えるのですが、どう
でしょうか。

2006年08月03日

キャスターの裏側 その一面

横須賀 ゆきの横須賀 ゆきの
読売テレビ放送 編成局アナウンス部・報道局


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編成局アナウンス部兼報道局に所属している横須賀。
ニューススクランブルのキャスターが報道局のお仕事であるならば、今から書いていくこ
とはアナウンス部としてのお仕事です。
現在、天保山で開催されている「天保山 10デイズ わくわく宝島
私も連日、足を運んでおります。
というのは、このイベント期間中限定のFMラジオ【宝島WAVE】のクルーだからです。

この2ヶ月、宝島WAVEに恋したかのように、宝島WAVEのことばかりを考え生きて
きました(笑)
よみうりテレビはテレビ単営局ゆえ、ラジオへの憧れは相当大きいものとなっています。
テレビとラジオ両方持っているアナウンサーの友達が、皆、口を揃えてラジオの方がやっ
てて面白い!と言っているのも大きな要因。
ですから、宝島の企画が通って、ラジオが出来る!!と決まったとき、
ほんとに嬉しいものがありました。
ただ、ラジオのノウハウも全くもたない私たちはまさに0からのスタート。
嵐のような日々の始まりです。

ラジオのクルーは、編成(あだ名はH大臣)、企画(あだ名はPZ長官)、技術、から一人
ずつ、そして大田アナと私の計5人です。
技術部のクルーの方を中心に、国にラジオ放送免許を申請するところからはじめます。
(10日間とはいえ、立派なFMですので♪)
それから、よみうりテレビらしいFMを目指して、どんな企画をお届けしようか。最新の
ヒットナンバー、夏に相応しい爽やかナンバー、懐かしいナンバーもお送りしたいし、よ
みうりテレビの番組の面白さがより伝わるコーナーや、DJを務める各アナウンサーのキ
ャラや音楽の好み、意外な一面までもが見えるコーナーもやりたい! 
それに来場者は親子連れが多いから、各界で活躍している方をゲストに招いて、子供たち
に夢をプレゼントするような企画もやりたいっ!!
そんな思いを具体化していくのが大変でした~~~

兄貴的存在のH大臣やお姉さまPZ長官に励まされ、アドバイスを頂き、助けてもらいな
がら、ゲストブッキング、企画・構成立て、アナウンサーのシフト作り、記者会見のセッ
ティング等々を何とか進めていくことが出来ました。
なんといっても、10日間、1枠1時間半×40枠ありますから、各枠の担当アナを決める
のも大仕事。もちろん通常放送業務もあり、更に宝島ではDJだけではなく他のたくさん
のイベント司会もあるわけで、、、、、、
大田アナと、時には煮詰まり気味にもなりながら何とかシフトを作り上げました。
各アナもDJやってみたいと乗り気な方が多く、色んなアイデアをあげて下さったことに
は本当に感謝。

色んな方に助けて頂きながら、思い描いていたものがどんどん形になっていきます。
イベントラジオ、立ち上げから祝開局!まで携われたことは、私にとって本当にいい経験
です。学んだことがたくさんあり、素晴らしい糧となるはずと確信しています。
開局してから6日、微調整をしながら、それでもよみうりテレビらしさが出ている面白く
充実した内容で放送できているのではないかなぁ~と思います。
リスナーの皆さん!直接遊びに来てくださった皆さん、いかがでしょうか?
後4日、更に強力なラインナップで宝島WAVEお届けしていきますよ♪
わくわく宝島会場内のかわいらしい潜水艦ブースから公開放送していますので
是非足を運んでみてください!
「わくわく宝島」→「FMradio」のHPではBlogも掲載。
こちらも覗いてみてください。
各DJや、ゲスト、PZ長官やH大臣、他にもユニークなスタッフがわきあいあいと登場
しております。チェックしてくださいな。
そして、リクエスト、メッセージ、質問等お待ちしてマース!
では、8月6日まで宝島WAVEをよろしくです。
&スクランブルのスタジオそのままにキャスター体験ができるわくわくテレビ局のブース
も遊びに来てくださいね☆

2006年08月02日

大泉純子のニュースの裏側

大泉 純子大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者

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中国には夏休みがない・・・?
夏休み真っ只中。毎日何して遊ぼうかな~って悩む子供たちが羨まし
いですね。長い休みがなくなってもう10数年になります。
日本では、夏のお盆をはさんで一週間前後休みを取る会社も多いです
よね。
ちなみに、『よみうりテレビ』では、交代で一週間くらいの夏休みを
取ります。
ニュースは毎日動いているので全員休むわけにはいきません

中国の会社では、基本的に夏休みはありません。学校はお休みになり
ますが、役所であっても7月、8月に夏休みを取る習慣はありません。
いつ休むのかといいますと、中国では年に3回、長期休暇があります。
まず大事なのが、旧正月(1月中旬~2月中旬、毎年変わります)。
旧暦の1月1日から7日間が国定休日になります。
次に中華人民共和国の建国記念日、10月1日から7日間。国慶節と
いいます。
そして5月1日のメーデーから7日間。これは日本と同じく「黄金週」
といいます。
それぞれ連休の前後の土日は平日扱いになり、会社も役所も平常通り
出勤しています。「あれ、きょうは何曜日だったっけ?」という勘違
いもしばしば。
あとは、連休ではないですが、元旦(日本と同じ1月1日)はその日
1日だけお休みです。
えー、それだけ?って思いませんか?私も赴任した当初は思いました。
ところどころに祝日がないって、けっこう寂しいものです。
「きょうは日本からの業務メールが少ないなぁ・・・」という日は、
日本は祝日だったり。
年末年始の日本のお正月も、中国では通常通りなので、お正月気分を
味わうこともなく過ごしていました。
日系の会社はほとんど、中国サイドが動いているからという理由で
中国の暦に合わせて休みを取っているようですが、羨ましかったのは
欧米系の会社。中国の休みに加えて、自分の国の休暇もきっちり休ん
でいるところが多かったような気がします。
クリスマスとか、イースターとか。
私自身の去年一年間を振り返ってみると、まず、去年の5月のゴール
デンウィークは反日デモの余波が収まっておらず結局毎日仕事。
10月の国慶節はさぁ、お休みや~と思ってゆっくり寝ようと思って
いたところ、東京のデスクから、「北海道の根室沖でサンマ漁船に
衝突したイスラエルの貨物船が上海へ入港」との連絡が入り、3日間
上海で取材したあとその船を追って香港へ……で、休み丸つぶれ。
2月の旧正月は最初3日間は休んだものの、日本と北朝鮮との2国間
協議が北京で行われることになり急遽出張……というわけで、今年は
夏休みをちゃんと取るぞ!と心に決めています。

2006年08月01日

素顔のポスト小泉の候補者たち

岩田 公雄岩田 公雄
報道局解説委員長(局長待遇)


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気さくで多弁・真面目でガリ勉・悪ぶる坊ちゃん
こんどの自民党総裁選に出馬する方々は、私が記者として接したこと
がある方ばかりです。
そこで「ニュースの裏側」として、その素顔を紹介しようと思います。

先ず、安倍晋三さん。
外相だった安倍晋太郎さんの次男で、早くから「清和会のプリンス」
として期待されてきました、
一言で言うと、「気さくで多弁」。誰とでもつきあい、核心までざっく
ばらんに話してくれます。それだけに知己やブレーンが多く、今後は
慎重な人選びが必要になるかも知れません。
ただお酒は余り強い方ではなく、自分はウーロン茶を飲みながら、
会話を楽しむタイプです。
外交姿勢としては「タカ派」として知られ、「拉致問題」で名を挙げ、
先日の「北朝鮮ミサイル事件」では、サミット外遊中の小泉総理の
留守居役として、国連安保理の動きを陣頭指揮し評価を高めました。
また、総裁選に先立ち『美しい国へ』という新書を出版しました。 
これは「政治提言の本」ではなく、10代・20代の頃、どんなことを
考えていたかを若い人たちに伝えようと書いた本です。

続いて、谷垣禎一さん。
彼も政治家二世で、父親は文相だった谷垣専一さん。
一言で言うと、「真面目でガリ勉」。何度目かの挑戦で、司法試験に
合格して弁護士になり、父親の死で政界に入り、加藤紘一さんの側近
で早くから「宏池会の総裁候補」として期待されていました。「加藤
の乱」で一時は不遇を体験しましたが、政策通で復活し派閥の領袖に。
凝り性で山登りとサイクリングは本格派。選挙区は京都5区=福知山
で選挙戦を取材したことがありますが、父親の実家は酒蔵で、大変な
酒豪。それがワインに凝って「ソムリエの会」の会長に就いています。
「ポスト小泉」を目指して、眼鏡を変えるなどイメージチェンジ中
ですが、エリート臭さが抜ければさらに大きくなると見られています。

そして麻生太郎さん。
母方の祖父が戦後の総理だった吉田茂さんで、明治の元勲・大久保
利通まで辿ると政治家5世になります。
一言で言うと、「悪ぶる坊ちゃん」。初等科から学習院で育った人には、
わざとべらんめえ調で喋る傾向があるといわれていますが、その典型
で、本人曰く「生まれはいいが、育ちは悪い」。怖いもの知らずで、
遠慮することがなく、失言・放言を心配する声が周囲にはあります。
『モントリオール五輪』には「射撃」の選手で出場したスポーツ選手
で、「青年会議所」の会頭を務めたこともあり、英語も堪能。漫画が
大好きで、外務省の執務室にまで持ち込んでいるといいます。
かつては番記者を連れて、銀座を回ることがある親分肌ですが、最近
は控え気味のようです。
3人がそれぞれに個性豊かな政治家だと言えそうです。


政策論争を『ウエークアップ!ぷらす』で
『ウエークアップ!』が始まって今年で15年。私が「初代報道東京
駐在」に就任して13年になります。
この間、誕生した総理大臣は、平成3年の宮澤喜一に始まって、細川
護煕、羽田孜、村山富市、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗、そして
小泉純一郎まで8人になります。
特に小泉さんは「総裁選」に出馬する度に、他の候補者と共に『ウエ
ークアップ!』に出演してくれました。
今度の「総裁選」でも『ウエークアップ!ぷらす』で、各候補者と
政策論戦を展開して欲しいと願っています。

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