メディア論コーヒーブレイク2
携帯の無い時代
もともと就職で目指していたのは公務員でした。もうすでに試験も終わって合格の通知も
受け取っていました。しかし、当時、試験に受かるということと、採用されるということ
は別だったのです。試験の結果発表は八月だったのですが、正式な採用通知は十二月でし
た。この間何もすることがありません。学校に行っても、友人は就職活動に忙しく誰も遊
んでくれません。今の学生さんは結構まじめで、大学へは勉強に行くものだと思っている
ようですが、われわれの頃は、学校とは、麻雀の面子集めの場所でした。今のように誰も
携帯電話なんか持っていませんし、固定電話すら下宿にあるほうが珍しい時代でした。人
と打ち合わせるには、とにかくどこかで直接会うしかなかったのです。
特訓が始まった
さてそんな状況の中で件の本を開くと、こんな事が書いてありました。“看板を読め!”こ
れには少し解説が必要です。人は誰にでもしゃべりにくい言葉があります。マミムメモが
言いにくい人、ラ行が言えない人、サ行が微妙に引っかかる人など、症状は様々です。こ
れは口の形、舌の長さ、歯並びなどが原因です。程度の差はありますが、そもそも、完璧
に全ての音を正確に出せる人など存在しないのです。また、多くは個性として認められる
べきもので、あえて矯正する必要はありません。ただ、この商売(アナウンサー)をしよ
うと思うと時として致命的です。また、一般の人でもこういうことがあります。フリート
ークでしゃべる時に、無意識に、自分の発音しにくい音の含まれる単語を除外する傾向が
生まれるのです。嘘だと思ったら、一度、皆さんが一日に口から出す言葉を全部メモして
みると面白い結果が出るはずです。「めし」、「寝る」、以上終わりというケースすらあるで
しょう。そこまで極端ではなくても、日常の中で使っているボキャブラリーの少なさにび
っくりする人が多いようです。で、意識のないまま、口から出すのを自ら拒絶する音があ
ると、使えない言葉が増え、語彙が貧困になって、ここ一番誰かを説得しようなんていう
局面で、どうしても言葉に力がこもらない、ということも生じます。私の場合、特に発音
しにくい音があったというよりも、そもそも半引きこもり状況で、めったに口から言葉を
出しませんでしたから、言語機能全体がさび付いている状態でした。そこで「看板読み」
です。
これが“看板読み!”だ
“看板読み”とは読んで字のごとく、看板を読むのです。歩きながら目に入った看板の文
字をアトランダムに次々読み上げて行きます。新聞や雑誌を音読するのでもある程度の効
果はありますが、看板読みは、日常生活の中で発声発音が繰り返されるのがミソです。ま
た、看板のなかには、新聞記事には通常使われないような不思議な発音の単語が登場しま
す。「ほのぼのローンレイク」「プロミス」「アイフル」消費者金融の看板だけでも、実に複
雑な音の並びです。こうすることによって、自分の口の形などが原因で、無意識で除外し
ていた音を出す経験を重ねてゆくのです。こうしているうちに、自然に、発声し難い音の
含まれる別の単語も使えるようになり、やがて語彙も増えて行きます。使える語彙が増え
るということは、言葉に力が生まれ、表現力、説得力が増して行くのです。
“ハミラ、ホミラ!”
ところで、私のアナウンサー時代の後輩にH君がいます。彼はとても心優しい男で、町で
捨て猫を見つけると、ほって置けません。ついつい可哀そうになって、拾ってきてしまう
のです。ついに彼の一人ぐらしのアパートには猫四匹が同居するようになりました。彼は
その猫達に奇妙な名前を付けました。ハミラ、ホミラ、ヘミラ、ラミラです。何故か?彼
はラ行の言いにくいアナウンサーだったのです。そこでペットの猫に自分の発音しにくい
音の含まれる名前をつけて、家に帰ってペットの世話をするたびに、発声練習が出来るよ
うにしたのです。「ラミラ!帰ったよ。」「ヘミラご飯だよ!」「ホミラ!駄目じゃないか、
こんなとこで、おしっこしちゃあ」という具合です。一年ほどたつと、効果は、てき面に
現れました。アナウンサーとして無理じゃないかと言われていた彼が、見違えるようにな
ったのです。彼は今でも現役アナウンサーとして、局の看板の一つになっています。正に
捨て猫の恩返しです。いい話です。さて、私に話を戻しましょう。毎日町をぷらぷらして、
看板を読む生活が始まりました。(以下次回です。)







