2008年に会いましょう!
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
上海生活の締めくくり
日本に帰ってきて、1年と1か月が過ぎました。思い起こせば、去年
の4月は「もう、引継ぎ」と称して連日連夜の宴会三昧。
「せめて最後にお食事を……」との申し出は果てしなく続き、夜だけ
では日が足りなくなってお昼まで。引越しの準備もギリギリまで放っ
たらかしにして、「惜別の杯」を交わしていました。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
上海生活の締めくくり
日本に帰ってきて、1年と1か月が過ぎました。思い起こせば、去年
の4月は「もう、引継ぎ」と称して連日連夜の宴会三昧。
「せめて最後にお食事を……」との申し出は果てしなく続き、夜だけ
では日が足りなくなってお昼まで。引越しの準備もギリギリまで放っ
たらかしにして、「惜別の杯」を交わしていました。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
「反日」の源は何か~~私の悲劇は再び~~
2005年4月16日……『上海』での大規模なデモが起きて以降、
『上海』に住んでいた日本人駐在員の思いは、大きく分けて2つあり
ました。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
特派員生活の中で最も忙しい日々
『上海』の「反日デモ」は、文字通り“嵐”のようでした。投石など
の激しい被害を受けた『日本総領事館』は、翌17日に領事館の敷地を
メディアに公開しました。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
上海で、突然無言のデモが始まった
2005年4月16日、早朝。中国は日本とⅠ時間の時差があるので、
日本時間の午前7時は中国では午前6時でした。まず向かったのは、
デモのスタート地点とされた『上海市』中心にある『人民広場』です。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
インターネットの書き込みが煽った
2005年4月3日(日)に起きた『広州』の「反日デモ」は、日本
をはじめ海外のメディアには広く報道されたものの、『中国』国内では
新聞・テレビ共に全く“無視”していました。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
BBSに書き込まれた反日感情
2年前の今日、4月25日に起きた最大のニュースといえば、『JR
宝塚線の脱線衝突事故』でした。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
病気の発生は終わっても噂はしきりと続いた
『上海』での「SARS患者」発生は、結局2003年5月23日の
8人目の報告が最後となりました。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
上海でのSARS発生の対応
「SARSネタでいつまで引っ張るつもり……?」と突っ込みが入り
そうですが、お伝えしたい話がまだまだあります。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
伝染阻止が最優先課題のハプニング
『北京』での「SARS取材」は一段落し、『上海』へ戻ることになっ
たのは5月1日。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
『北京』も『万里の長城』もがらーん
『謎の肺炎』……2002年2月に『中国』での発生により世に知ら
れることとなった「新型肺炎」は、直後に新型の「コロナウィルス」
が原因であることが判明しました。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
~SARSを追って北京へ~
季節の変わり目、相変わらず風邪をお召しの方が多いようです(花粉
症かもしれないですけど)。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
中国一の見本市にSARSの影響あり
先々週に次回は『SARS北京編』と書きましたが、「取材ノート」を
見直してみると4月の中旬に再び『広東省・広州』へ行っていました。
『広州交易会』と「日本人学校」取材するためです。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
記者団の場所取りが早朝から始まる
きょうは「SARS」の話は一回お休みです。
というのも、3月の『中国』は政治の季節。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
香港中で大流行
前回お伝えした、2月半ばの『広州』での取材を終えたあとも、しば
らく「SARS=重症急性呼吸器症候群」は、まだ広く知られるには
至りませんでした。なぜかといいますと、『中国』の地方政府が事態を
ちゃんと把握せず、中央政府へ報告していなかったからです…
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
中国の口コミ情報流布速度は速い
2003年2月のこと。中国南部の『広東省』で原因不明の伝染病が
流行し、「数人が死亡したらしい」との一報。東京のデスクは、「原因
不明っていうのが、何か気になるよね。さくっといけますか?」
(さくっといけますかって伝染病で死人が出ているのに……)と心の
中でぼやきつつ、現地ではマスクが品切れになっているというので、
マスクを用意して『広州』へ飛びました。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
新年の10日前から始まる帰省ラッシュ
連休を利用して『上海』に行ってきました。
『中国』では旧暦で新年を迎えます。「太陰暦」ともいいますが、我々
が用いる西暦(太陽暦)より1か月ほど遅れてやってきます。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
黒龍江省の片田舎まで飛んだ
去年2月、滋賀県長浜市で「通園途中の2人の園児が殺害される」と
いう事件が起きました。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
今年に入り、『宮崎・岡山』と相次いで「鳥インフルエンザ」の発生が
報告されています。
「鳥インフルエンザウイルス」は、「A型インフルエンザ」が鳥類に感
染する感染症。
正直なところ、最初にこの感染症の存在を知ったときは、「そない大騒
ぎするもんかいな……?」と思ったものでした。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
零下30℃の氷まつり
『日本』は今、1年で最も寒いとされる時期なのに、『大阪』はこのと
ころ暖かい日が続いています。
そこできょうは、『黒龍江省ハルビン』での凍える体験です。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
『語り継ぐ、1・17』
いつもは「中国のウラ話」ですが、今回は『阪神・淡路大震災』です。
当時私は入社4年目で、神戸支局に勤務していました。
『神戸』は大学時代の4年間を過ごした、私にとってはいわば“第二
の故郷”ともいえる場所。怒涛の日々が始まりました。ひとつひとつ
の取材エピソードを書き始めたら本当にもうエンドレスなのですが、
中でも忘れられない話をご紹介します。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
なぜかピザが人気のクリスマス
もうすぐクリスマス……ということで、「中国のクリスマス事情」です。
2002年、私が『上海』へ行った最初のクリスマスは、街を歩いて
いても、そんなにクリスマスムードではなかったと記憶しています。
浮かれているのは日本人と西洋人だけだったような……。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
外国メディア担当部署がナーバスに
12月13日は、「旧日本軍が中国の南京に攻め入った日」。
この日から6週間にわたって、「日本軍は略奪や婦女暴行、罪のない
人々を次々に殺害した」とされるのが、いわゆる『南京大虐殺』です。
犠牲者は中国政府の見解では、30万人以上とされています。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
オリンピックまであと1年8か月で特例措置
今月1日、中国当局が「外国人記者の取材規制を期間限定で改定する」
と発表しました。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
中国のお正月は旧暦で祝う
今年も残すところあと一か月あまりとなりました。で、お正月の話題
です。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
箱乗り取材は苦手でした先々週の話の続きです。
2003年1月……『北朝鮮』から脱北した日本人女性が44年ぶり
に帰国することがわかり、「箱乗り取材」の指令が出ました。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
フィギュアスケート中国大会を見て思ったこと
「女子フィギュアスケート」の『グランプリシリーズ』が行われてい
ます。(他局ですが)
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
中国のホテルの暖房は、真冬でもエアコンだけ
そろそろ本格的な冬到来。朝晩は特に冷え込むようになってきました。
『中国』での取材で大変なことはいろいろありましたが、その一つが
「冬の寒さ」でした。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
人気はまだまだだが
今年のプロ野球シーズンが終わりました。新庄選手の涙には、『日本
ハム』のファンでなくともグッとくるものがありました。
数あるスポーツの中でも、野球を見るのが一番好きな私です。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
『紹興』産の酒だけが「紹興酒」
先週は「上海蟹」のことを書いたので、今週は蟹を食べるときに欠か
せない「紹興酒」のウラ話です。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
陽澄湖産が最高だが、偽物も多い
上海の秋の味覚といえば、やはり蟹。
毎年9月末から10月になると上海のレストランに登場するご当地名物
です。
普段は上海料理を出していないお店でも、日本でいえば「冷やし中華
始めました」というような感じで、お店にメニューが貼られます。
最近では独自に養殖をしていて一年中食べられる専門店もありますが、
やはり旬の時期はミソの詰まり具合が全然違います。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
絵に描いたような汚職事件
先月末のこと。夕方飛び込んできた『上海市書記、陳良宇氏解任』の
一報に、私の周りにいた記者やスタッフは誰も反応しませんでしたが、
私は『うぇぇぇぇぇぇ!!!』と心の中で叫んでいました。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
一週間の連休となる中国
10月1日は『中華人民共和国』の『建国記念日』した。
1949年10月1日、毛沢東主席は『中華人民共和国』の成立を宣言。
『中華人民共和国』は、57歳になりました。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
犯罪報道も警察や司法の宣伝番組
奈良地裁で、7歳の女の子を誘拐して殺害したという男に死刑判決が出
ました。
この事件については横須賀さんが詳しく書くと思いますので、ここで
は「中国の事件報道」についてご紹介したいと思います。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
日中友好コンサートの裏側
先週、私の大好きな歌手の話を少ししましたが、関連してぜひお伝え
したい裏側がありました。
私が上海に赴任したのは2002年の5月。当時は、ちょうど1972年の
日中国交回復から30周年にあたり、至るところで日中友好ムードが
漂っていました。
牛丼の吉野家やユニクロが上海に進出したのもこの年で、それは明る
いニュース取材に奔走していたものです。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
香港での“初”体験
ちょうど一年前の今頃、私は『香港』にいました。
何の取材かといいますと『香港ディズニーランド』のオープンの取材
です。9月12日でオープン一周年を迎えました。
何を隠そう、私はそれまで『ディズニーランド』という場所へ行った
ことがありませんでした。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
グルメだけじゃない台湾
夏休みを利用して『台北』と『香港』と『マカオ』に行ってきました。
「4年も中国に住んでいたのにまた中華圏に行くの?」といろいろな
人に言われましたが……。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
中国産マツタケの思い出
先日、中国産のマツタケが大阪の百貨店で販売開始というニュースを
見ました。
インタビューに答えていた男性は、「中国産といっても昔と違って
国産と変わらないですね」などと話していました。
以前はどんなマツタケが輸入されていたのでしょうか。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
中国で入院初体験
私が『上海』へ赴任した翌年(2003)の夏……。それは暑い日が
続いていました。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
冷えてないビールは当たり前・・・氷なんてとんでもない!
暑い日が続いております。一日中汗だくになって働いて、さぁビール
飲むで~!というときに、常温のビールが出てきたらどうしますか。
冷蔵庫の普及具合の問題なのかどうか真偽のほどは確かめていません
が、中国では飲み物を冷やす、という習慣がなかなか定着しません。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
杉本信行氏に捧ぐ
『大地の咆哮』(PHP研究所)という本をご存知でしょうか。
中国に関心をお持ちの方なら、すでに読んだという方もいらっしゃる
かと思います。2004年春の「総領事館員の自殺」に関する記述に
はじまり、今の中国か抱える問題、日本の首相の靖国参拝の問題点な
ど非常にわかりやすく、またデータが新しいので参考になりますし、
いろいろ考えさせられる本です。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
中国には夏休みがない・・・?
夏休み真っ只中。毎日何して遊ぼうかな~って悩む子供たちが羨まし
いですね。長い休みがなくなってもう10数年になります。
日本では、夏のお盆をはさんで一週間前後休みを取る会社も多いです
よね。
ちなみに、『よみうりテレビ』では、交代で一週間くらいの夏休みを
取ります。
ニュースは毎日動いているので全員休むわけにはいきません
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
~○○していいですか~
中国から帰国してまもなく3か月になります。
この間、日本って何かにつけて気を使うよなと、つくづく感じます。
マナーとして必要な部分はあるにせよ、それにしてもちょっと謙りす
ぎでは?
一番顕著なのは、他人に何かをお願いするとき。目上の人に何かお願
いするときや、無理をお願いするときの「○○していただいていいで
すか?」はわかるのです。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
~オリンピックまであと2年~
週末を利用して北京に行ってきました。
2年後に「オリンピック」開催を控えて、今北京はものすごい建設
ラッシュ。
あちこちで高層ビルの建設が行われていて、日毎に、と言えるほど
街の姿が変わっていくのがわかります。
私が泊まったホテルの近くでいつも目印にしていたガソリンスタンド
の看板がなくなっている・・・と思って近くまで行ってみたら、道が
ひとつなくなっていました。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
~6カ国協議の裏側~
北朝鮮がミサイルを発射。「ほんまに撃ちよった・・」と思いました。
北朝鮮に関しては日本国内ではとかく拉致問題に関心が向きがちです
が、核開発・ミサイル問題は大きな脅威です。それをあらためて実感
しました。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
中国といえばやはり・・・トイレの話
読売テレビ上海支局のオフィスは、とあるオフィスビルの一室です。
外資系の会社が多数入居していますが、そこで働くOLさんはもちろん
ほとんどが中国人。
赴任した直後、トイレにてある不思議な光景に出くわしました。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
中国のニュースはこうして作られる
私は、この6月から毎週月曜日から金曜日の夕方にお送りしている
『ニューススクランブル』のデスクを担当しています。
午後6時16分に始まる「ニュース」に向けて、毎日昼夜を問わず記者
やカメラマンなど大勢のスタッフが走り回っているのは横須賀キャス
ターの報告にもあったとおりです。
では、「中国のテレビニュース」はどうでしょうか。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
何事もメンツが大事 - 中国の過剰警備
前回に引き続きサッカーの裏話です。
2004年の夏、『中国』で行われた『アジアカップ』で、本格的な
サッカーの試合を初めて見たわけですが、確かにスタンドで見る試合
はなかなか迫力のあるものでした。
そのほぼ一年後、サッカーといえば思い出す「不愉快な出来事」が
起こりました。
2005年5月、『山東省の済南』で行われた『アジアチャンピオンズ
リーグ』の予選です。
この年の『アジアチャンピオンズリーグ』は、そもそも放送権の関係
もあり、取材をする予定はありませんでした。
(サッカーに限らず、スポーツの取材は放送権を持つテレビ局以外は
いろいろな制限があるのです)
ところが、ちょうどその1か月ほど前から中国各地でいわゆる「反日
騒動」が起きていました。
一連の騒動がそろそろ収束へというタイミングで、『横浜F・マリノス』
と『中国の山東魯能』との試合が行われたのです。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
サッカー観戦初体験
ワールドカップが開幕しました。
残念ながら、中国ではサッカーに関する良い思い出がありません。
もともとさほど熱心なサポーターでもなかったのですが・・・。
中国人のサッカー熱は相当なもの。
国内リーグはもちろん、中国中央テレビのスポーツチャンネルでは
世界トップクラスの試合も放送されています。
卓球、バスケットボールに並ぶ人気スポーツです。
ちなみに「ワールドカップ」は中国語で「世界杯」といいます。
そのままですね。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
上海のタクシー争奪戦
先月の末、休みを利用して再び『上海』に行ってきました。
特派員の任務を終えて帰国してからちょうど1か月が過ぎていました。
『中国』……特に『上海』は「3か月見ていないと何か変化がある」
とよく言われます。
「今回は一か月しか経ってへんしな~」と軽い気持ちでいたところ、
やはり変化がありました。
タクシーの初乗り運賃が10元から11元に値上がりしていたのです。
1元は約15円ですから、150円から165円になったというわけ
です。
些細なことだと思われるかもしれませんが、「やっぱり変わっていた」
と驚きました。
今回の値上げの理由は燃料代高騰のためだということです。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
その後の天安門広場
64(ろくじゅうよんではなく、ろくよんと読んでください。ゲーム
機ではありません)
これを見て、ピンとくるものがある方は、少なからず『中国』に関心
があるはずです。
1989年6月4日。
岩田解説委員が現場で命がけの取材をしていた当時、大学で中国語を
勉強していた私はクラスメートと共にたいそう心を痛めたものでした。
この年の春休みを利用して1か月ほど、上海に中国語の研修に行って
いました。
帰国した数日後、89年4月15日に胡耀邦氏が死去し、『血の日曜日』
へとなだれ込んでいきます。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
お酒が飲めなければ取材もできない
海外での取材は、基本的には国内での取材と同じだと思っています。
でも、言葉の違い、習慣の違い、さまざまな悪条件が我々の行く手を
阻むのです。
中国で、中国人相手(特に地方のお役人)に取材をする場合、カギを
握るのは何だと思いますか?
語学力? ニュースの取材力? 答えはずばり、お酒が飲めるかどう
かです。
本当によく飲まされました。
「まあまあ、ちょっと一杯どうぞ」などという生易しいものではあり
ません。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
詳しいプロフィールを見る>>
中国の広さは日本の26倍
いつどこで起こるかわからない事件や事故を私たちは「発生もの」と
呼んでいます。
発生ものがあると、すぐ現場へ駆け付けるのが記者の仕事の基本です。
現場で取材をする、これは日本でも中国でも同じこと。
ただし、取材へ向かうための移動距離が大きな違いのひとつだと言え
ます。
中国の面積はおよそ960万平方キロメートル。日本のほぼ26倍も
の広さがあるのです。
『読売テレビ』は近畿2府4県のニュースをカバーしています。
大阪にある読売テレビの本社から,東西南北カバーエリアの端まで移
動したとして最も遠くても100キロ程度。それでも陸路で移動する
ため相当時間はかかるんですが……。
NNNでは、北京と上海の2つの支局で香港、台湾を含む中国全土を
カバーしています。
企画の取材で事前に準備をした上での出張であれば、心の準備もでき
ているものですが、これまたいつどこで何が起こるかわからないのが
ニュースの醍醐味。突然何百キロも離れたところへ飛んでいかなけれ
ばならないことがしばしばあります。
広い中国を移動する手段は飛行機が一番便利。そこから必要があれば
車で目的地へ向かいます。
大泉 純子
読売テレビ放送 報道局 報道部記者
皆様こんにちは。
この度連載をさせていただくことになりました、大泉純子です。
ニュース特派員を終えて……今、中国は
2002年5月からついこの間まで、中国・上海にニュース特派員と
して駐在していました。
上海を拠点に、中国大陸だけでなく香港、台湾、時には東南アジアま
で飛び、いろいろな取材を通じて貴重な体験をさせていただきました。
そうした取材の『ウラ側』を、これから皆さんにお伝えしていこうと
思います。
外国に住んでいたというと、「いいな、羨ましいな」と思われる方も
いらっしゃるかもしれません。
中国は今、目覚しい経済発展の真最中。テレビや雑誌などでご覧にな
ったり、実際に旅行に行かれたことのある方も多いと思います。
私が駐在している間も、本当にたくさんの友人、知人が遊びに来てく
れました。おいしくて安い中華料理に、歴史を感じさせる観光地。
おしゃれで可愛い雑貨のショッピングも楽しいし、エステやマッサー
ジも超格安。
数日間滞在して、みんな「ああ、楽しかった。また来るね」と大満足
で帰っていきました。
それはそれでいいのですが、それはやはり中国のほんの表の部分。
中国での生活は、それはもう一言ではとても言い表すことができない
困難と驚きの連続。大阪の人間としては、「なんやそれ?」と突っ込
みどころ満載の日々でした。