18年6月22日(金)「#4009 週末」

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今日のミヤネ屋の中で、週末はいつかという話題になった。番組の中でと言っても放送中ではなく、CMの間のスタジオでの出演者同士の会話である。 週末というと私などは土曜日と日曜日を思い浮かべるが、必ずしもそうでないらしい。どういうことかというと、週の始まりは月曜日ではなくて日曜日なので、日曜日は週末ではないという説。また、金曜日から週末だという意見もある。いや、金曜日の仕事終わりからが週末だという考えも説得力がある気がする。 カレンダーやスケジュール帳でも、日曜日始まりのものもあるし、月曜日始まりパターンもある。因みに私の予定帳は月曜日始まりなので、私の中では週末といえば、土曜日と日曜日である。 いずれにしても週末は毎週必ずやって来るのだが、もう長い間、週末をゆっくり過ごした記憶がない。今日は何も予定が無いなという週末が、懐かしい。 春先は卒業や進学や就職などで人の動きがある季節である。我が家でも子供達がそれぞれ節目を迎えており、親もそれに対応してとても忙しい日々を過ごして来た。プライベートでアメリカに飛び、取材でシンガポールに行くなど、短期間に海外に出る機会が重なったことも忙しかった理由だ。 それに加えて人事異動の季節を迎えて、私自身もバタバタしている。公私ともに、あっちこっちからこれだけ忙しさが一時にやって来たのは珍しいのではないか。仕事でもプライベートでも、ずっと走り続けている人生は楽しいものだが、昔の様に体力が有り余っている訳ではないので、たまには休息も必要だということは、よく分かっている。 この週末も予定が沢山入っている。これが過ぎたら少しゆっくり過ごしたいと思っている。何もない週末が、待ち遠しい。

18年6月21日(木)「#4008 偶然」

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  偶然というのは、突然やってくる。いや、必然と言った方が良いのかも知れない。以前は定期的に晩御飯を御一緒したりしていた知り合いの方と、最近はご無沙汰になっていた。仕事の忙しさにかまけて、連絡をとらないままに、どうしているのかな、久し振りにお会いしたいなと思っていた。

  その方と東京で偶然お会いした。仕事の会食が終わって、ホテルに戻ろうと電車に乗ったところ、その人が目の前に立っていたのだ。先方も驚かれていたが、こちらもびっくりした。広い東京で、お互い大阪から来た二人が、電車で一緒になるとは。

  そういえば、以前にも同じようなことがあった。大阪に住む別の友人とも東京の地下鉄のホームで偶然に会ったことがある。この時もその偶然にお互い驚いたが、長らく会っていないその人は最近どうしているのかなと思っていたところだった。

  東京でばったり会った2人とも、東京で偶然に会ったというよりも、会うことが必然だったのかも知れない。先方は分からないが、少なくとも私はお会いしたいと思っていたのだ。思いが通じたのだと思う。東京の電車内で偶然お会いしたので、すぐにメールで連絡をとって大阪で晩御飯を御一緒する約束をした。

  運命と言えば大袈裟かも知れないが、そうなるべく何かに導かれていると感じることがある。その場合は、偶然ではなく必然だと思ってしまうのだ。但し、運命は自分で変えられるとも思っている。こうしたい、という思いは通じるのだ。口に出して言えば、さらに実現する可能性が高まるとも思っている。

  何事も諦めない。前向きに思って行動すれば、望みが叶うと思う。思いが強ければ、願いが現実になる。

  以前はよくご一緒したのに、何か理由がある訳では無く、いつの間にか連絡を取り合わなくなっている人たちが何人かいる。久しぶりにご連絡して、ご飯でも食べようかな。また、新しい展開があるかも知れない。

18年6月20日(水)「#4007 大金星」

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にわかファンである。サッカーに詳しくない。本田と香川と長友、長谷部、岡崎はもちろん分かるが、それ以外の選手の顔と名前が一致するかは、正直自信がない。そんな私でも、大迫のヘディングシュートでゴールネットが揺れた時には、ホテルの部屋のテレビの前で興奮した。 サッカーのワールドカップ・ロシア大会で日本がコロンビアに快勝した。ワールドカップでアジア勢が南米のチームに勝ったのは初めてということで、今日のブログのタイトルも、最初「金星」にしていたのを「大金星」とした。まさか、強豪コロンビアに勝つとは思っていなかった。 日本時間の昨夜9時から試合が始まるのは知っていたが、政治家の勉強会と重なっていた。勉強会が終わるや否やタクシーに飛び乗るとラジオの生中継。1対1の同点で後半が始まったばかりだった。 大急ぎでホテルに戻りテレビで観戦した。試合開始直後の退場で10人となったコロンビアは、それでも日本と互角に戦っているのだから、いかに強いかが分かる。 大会直前に監督が交代し心配したが、西野監督は日本人監督ならではのベテランへの配慮があった。先発から外れたものの、後半になって本田や岡崎をキッチリ試合に出した。そしてその本田がアシストして結果を出した。監督はもちろん、サッカー協会のお偉いさんは歓喜しただろう。監督交代は吉と出ている。 野球のメジャーでもそうだが、やはり海外の一流選手と日頃からしのぎを削っている選手達は強い。押しの強い強引な外国人選手に負けていない。やはり若いうちに海外に出ることが重要なのだと改めて思う。 サッカーの試合で勝つだけで国中が何か元気になると感じさせられるのは、やはりワールドカップの凄いところである。有名なベテランも大切だが、若い選手達が晴れ舞台で堂々とプレーしているのを見ると、こちらも勇気が湧いてくる。これがサッカーの魅力である。 日本中のにわかサッカーファンの皆さん、応援しましょうね。若手の誰のファンになるのか、自分でも楽しみである。

18年6月19日(火)「#4006 余震」

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夜中に揺れを感じると、直ぐに眼が覚める。何とも言えない嫌な感じである。もっと激しく揺れるのではないかと、身構えてしまう。 大阪北部を震源とする最大震度6弱の地震が起きてから初めての夜となった昨夜から今朝にかけて、何度か身体に感じる余震があった。今日の読売新聞夕刊によると、余震とみられる揺れは今日午前10時現在で震度4が1回、震度3か3回、震度2が7回、震度1が15回も起きているという。 気象庁によると、これから1週間程度は震度6弱程度の地震が起きる可能性があるということだ。その気象庁は「余震」という言葉を使うのをやめた。一昨年の熊本地震の際に、最初の震度7の地震が起きて2日後にさらに大きな本震が発生したからだ。余震というと、最初の地震に比べて小さい地震というイメージがあるため、さらに大きな地震が来る可能性に備えて、余震という言い方をしなくなった。これを受けて、メディアでも余震という言葉遣いに慎重になっている。 最初の地震に比べて小さな揺れでも、とても敏感になっている。揺れる度に、阪神淡路大震災、東日本大震災、熊本地震の取材の際に、何日か揺れが続いた時に実際にその場で感じた不安な気持ちを思い出す。 今回の地震を受けて、大阪、京都、兵庫で413カ所の避難所が開設されて800人以上が避難して一夜を過ごしたという。新聞で「被災地」という言葉を目にして、また関西が被災地になったことを実感した。昨日は全国や海外の知り合いの皆さんから、安否を尋ねる連絡をいただいた。有難うございます。仕事のため、大阪を離れて東京へ向かっている。

18年6月18日(月)「#4005 地震」

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阪神淡路大震災の時のような身の危険は感じなかったが、かなり揺れた。今朝7時58分、大阪北部を震源とする最大震度6弱、マグニチュード6.1の地震が起きた。 枕元に飾っているメジャーリーガーのサインボールがガタガタと音を立てて崩れて来た。阪神淡路大震災や東日本大震災の揺れを思い出した。 激しい横揺れが10秒ほど続いたように感じた。もっと揺れるのかと身構えたが、揺れは収まった。直ぐにテレビをつけたら最大震度6弱と告げていたので、出社を決め直ぐに着替えて、自宅や家族の安全を確認して家を飛び出した。 運良く自宅を出て直ぐにタクシーに飛び乗ったところ、読売テレビ本社まで約1時間とナビが示していた。何とか初期報道に間に合うと思ったが、甘かった。高速道路が閉鎖されたので下道を走ったのだが、直ぐに大渋滞に捕まった。通勤時間帯だったので、大阪市内に向かう車で道路は溢れていた。 こんなに時間が掛かるのであれば、タクシーの車内から電話リポートをすれば良かっと思ったのだが後の祭りだった。普段は車で45分程の距離をなんと3時間以上掛かった。 今日はミヤネ屋の出演日では無かったが、今日出演予定のコメンテーターの方々が東京から来られなかったり遅れたりするので、急遽、私が出演することになった。ローカルの特番には間に合わず助けることが出来なかったので、少しでもお役に立てて良かった。 番組の中では、いつもより積極的に発言して、非常事態を救うために少しでもお役に立てたかなと思う。こんな時には、普段の情報の蓄積とこれまでの経験が役に立つのだ。もう少し早く出社出来ればなお良かったのだが。 これから1週間はまだ大きな地震が来る可能性があるので、気を抜けない。

18年6月17日(日)「#4004 父の日」

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  きのうの大学での講義の際に「明日の日曜日は何の日か知っている人?」と聞いてもほとんどの学生が知らなかった。そう、今日は父の日である。カーネーションなどのプレゼントを渡す母の日に比べて、父の日はあまり知られていない。それはそのまま、母への愛情と、父への愛情との違いから来ているのではないかと、残念ながら思う。

  そういう私も、母の日にプレゼントをした思い出は幾つかあるが、父の日に何か渡して感謝の言葉を伝えた記憶はない。所詮、父とはそういう存在なのだ。やっぱり、お腹の中から出てきたという事実は重い。両親は既に亡くなったが、正直言うと、父よりも母のことを思い出だすほうが多い。お父さん、ごめん。

  今日は妻と長女が一緒に朝から外出したが、自宅で朝に顔を合わせても父の日に触れることはなかった。私も何かを期待していた訳ではない。「今日は何の日かな?」と嫌味たらしく聞くこともしなかった。父の日は、それぐらいの存在感である。

  と思っていたら、アメリカにいる二男から無料通話アプリでメッセージが送られてきた。「父の日、毎日世話になってます。いつも家族のためにありがとうね。」だって。普段は生意気なのに、こういう時だけ抑えるのは何とも二男らしい。可愛いやつである。

  この話をブログに書いたら、また二男から「家族のことをブログに書き過ぎ」と怒られるだろう。でも、こんなに嬉しいメッセージに感謝しているのだから、今回は許してくれるだろう。ほろっとさせられる父の日である。

18年6月16日(土)「#4003 補講」

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  こんなお天気の良い日に働くなんて。雲一つない快晴。梅雨なのに晴れ間が広がり、湿度も低くとても爽やかな日である。自宅でのんびりしたいところだが、今日は大学の講義の補講日である。4月に一度休講したので、その代わりの講義をしなければならないのだ。受講生がみなスケジュールが合う日程を調べて貰ったら、なんと土曜日の午後になってしまった。

  今日の講義では基地問題を中心に沖縄について教えた。いつものように最初は学生2人がパワーポイントを使ってプレゼンテーションを行う。そしてそれを受けて学生が討論するのである。ここで、思いついた。プレゼンテーションはパソコンが無ければ出来ないが、討論は何処でも可能だ。せっかくの天気だし、土曜日だということもあったので、学生とも相談し、教室から飛び出すことにした。

  学生達が選んだのは、大学内にある芝生が広がる広場だ。ここで輪になって座って、沖縄について討論をした。いつもと違う環境なのか、最初は学生たちも口数が少なかったが、慣れてくると自分の意見を言い始めた。教室から出て外の空気の良いところで講義をするなんて、なんだかテレビで見た海外の大学のようだ。たまには、こういうのも有りだと思う。

  講義が終わった後は、学生たちと学内にあるカフェでお茶を飲みながらいろいろな話をした。普段は講義が終わるとすぐに番組出演のために会社に行かなければならないので、こういう時間を取るのは難しいのだが、きょうは土曜日の補講ということもあって私も時間があったので、先週から学生達に提案していたのだ。

  これを聞いて、長女は「学生は1人ぐらいしか来ないのでは」と言っていたが、有難いことにほとんどの学生が参加してくれた。私の講義の後にも別の講義に出る学生もいて、その人たちが講義後に参加したこともあって、カフェでのお話が終わったら3時間ほど経っていた。補講も含めて、今日だけで5時間ほど学生たちと時間を共にした。

  学生達とは、大学のこと、就職活動、将来の夢など様々な話をした。私にとってもとても参考になり刺激になることばかりで、私も学生達から多くのことを学ばせて貰った。

18年6月15日(金)「#4002 見学」

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  今日のスタジオには、見学の学生がやって来た。母校野球部の可愛い後輩である現役大学生だ。私が母校の後輩達に「テレビ局の仕事は楽しいよ」と折に触れて言っている影響もあるのか、毎年の様に就職活動でテレビ局を志望する学生が出てくる。

  その際には、出来るだけのサポートをするようにしている。本人たちが希望すれば、会社に招いてスタジオ見学をしてもらったり、テレビ局の仕事について教えたりしている。テレビ業界に限らず、どんな業界でも会社訪問してそこで実際に働いている人たちに話を聞くのが重要だとアドバイスしている。同じテレビ局でも、局によって会社の雰囲気も違うし、そこで働く人たちのカラーも違うので、会社訪問は大切なのだ。

  後輩達には偉そうにアドバイスしているが、自分の就職活動を振り返るといい加減だったと思う。大学を受験した際にマスコミ系ばかり目指したことを考えると、早くからテレビ業界を志望していたのだが、ちゃんとした業界研究もやらなかった。ただ知り合いの伝手を頼って、テレビ局で働く方を訪ねて話を聞いて、それがとても参考になった。だから、私も学生たちが望めば可能な限りテレビ局に招いてアドバイスすることにしている。

  私の場合は、テレビ局への就職活動の厳しさも知らず、ほとんどテレビ局しか受けなかった。私たちの頃は大学4年の10月1日が就職活動の解禁だったことを思えば、テレビ局に採用されてラッキーだったと思う。

  いずれにしても、可愛い後輩達がテレビ業界を目指してくれるのは有難いことである。学生にいつも言っているのは、「いつか現場で会おうね」ということだ。現場が何よりも楽しい業界である。この歳になっても現場にいさせてくれる周りの人たちに感謝している。

18年6月14日(木)「#4001 再スタート」

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このブログも昨日で4000回の大きな節目を迎えたので、新たな目標に向かって再スタートを切ろうと思う。 正直言うと、シンガポールでの米朝首脳会談取材と生中継という大仕事が終わったので、少し休みたいと思うのだが、なかなかそうは行かない。 昨夜は自宅に戻ったのが午後11時半ごろ。そこからテレビのニュースや日本に居なかった間の新聞をチェックしたりしたので、ベットに入ったのは午前1時半ごろだった。 今朝はいつものルーティンをこなして、大阪でミヤネ屋に出演した後で飛行機に飛び乗り東京に着いた。今日ぐらいはゆっくりしたかったが、今夜、東京で会合に出て明日は朝一番の飛行機で大阪に戻り、空港から直接大学へ行って講義をした後、ミヤネ屋の生放送である。我ながら、ハードなスケジュールだと思う。 これだけやる事があるのは幸せなことだが、若い頃の様に体力は無いので、身体と心の疲れ具合と相談しながら進めて行かねば。 ブログの新たな目標は、取り敢えず4367回を目指す。中途半端な数字ではあるが、メジャーファンならもうお分りだろう。そう、イチローの日米通算安打数である。あと367回。毎日書くので、ちょうど1年後に達成する数字である。但し、来シーズン、イチローが安打数を伸ばしている可能性もある。是非、そうあって欲しい。 イチローと言えば、今日のミヤネ屋でまた私のイチローネタが放送された。難しいニュースで解説しても反響は少ないのに、私が番組でメジャーについて何か発信すると、知り合いからリアクションがある。今回も反応が届いている。こんなにリアクションがあるなら、今度はメジャーに関する本でも書いてみようかな。何処かの出版社から声が掛かるのを待とう。 4000回を超えても、ますます忙しくなりそうだ。前を向いて、前向きに、前向きに。

18年6月13日(水)「#4000 祝!4000回」

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シンガポール時間の午前10時過ぎ。トランプ大統領が宿泊していたシャングリラホテルのロビーに来て、カプチーノを飲みながら地元新聞を読み、このブログを書いている。まさか4000回という記念の日をシンガポールで迎えるとは、想像も出来なかった。これも、これまで頑張って来たことに対しての神様からのプレゼントかも知れない。 解説委員になって書き始めたこのブログも、今日で4000回目の大きな節目を迎えた。毎日欠かさず書いているので、この4000回は私の解説委員としての足跡でもある。それにしても、1日も休まずよく書き続けてきたものだと思う。 いま私の目の前にあるシンガポールの地元新聞「ザ・ストレイツ・タイムス」の一面にはアメリカと北朝鮮の両国の国旗の前で握手しているトランプ大統領と金正恩委員長の写真が大きく掲載され、見出しには「平和への長い道のりの最初の一歩」とある。 この見出しが全てを語っていると思う。両首脳が署名した共同声明には、非核化に向けてアメリカが譲らないとしていた「CVID(完全で検証可能な後戻り出来ない非核化)」という文言は無く、非核化に向けての具体的な方法や期限は入らなかったのは、予想通りとはいえ残念だった。ただ、新聞の見出しの通り、平和への時間がかかる長い道のりへの第一歩として、両首脳が実際に会って信頼関係を築こうとしたことは評価してもいいと思う。 ただ、これも今に始まったことではないが、確たる理念も無いままにメディアを通して自分がどう良く見えるかに拘り、その場の雰囲気や直感で物事を決めて行くトランプ大統領のやり方の危うさを改めて認識させられた歴史的な会談でもあった。 国内で叔父や側近まで処刑し、多くの国民に厳しい生活を強いている独裁者である金委員長を、トランプ大統領は指導者として褒めちぎった。私が7〜8mの至近距離で見た金委員長も満面の笑みであったが、そのメディアや世界に向けての温和な表情の裏で強権的な統治を進めてきたことも忘れてはいけない。 そう考えると、今回は朝鮮半島の平和に向けての歴史的な一歩と評価出来る一方で、両首脳による壮大な政治ショーだったというのが今回、現地で取材した感想である。共同声明の中身の無さが、それを証明している。 やはり現地に来て、自分の目で見て、耳で聞いて、空気を感じ取ることの重要性を改めて感じる。シャングリラホテルで両首脳の写真を見ながら、そんなことを思った。 4000回の節目を歴史的な会談の地で迎えられて幸せである。いつも支えてくれている家族、友人、会社の先輩、同僚、後輩の方々、取材でお世話になっている人達のお陰である。有難うございます。5000回の節目を迎える日が来るのかどうか分かりませんが、今後も走り続けますので、応援いただければ幸いです。 シンガポールのシャングリラホテルにて。