19年3月19日(火)「#4279 季節の変わり目」

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

  なんとも悩ましい季節である。毎朝、仕事に出かける際に、コートを着て行こうか、ズボンの下に肌着を着用するか迷ってしまう。結局、今日はコートは着ずに、肌着は着用して家を出たが、あまりに暑いので出先で肌着を脱いだ。

  本当なら、この時期には薄めのスプリング・コートを着ればいいのだろうが、持っていたスプリング・コートが古くなり廃棄したので、ちょうど良い頃合いのコートが無くて困っているのだ。コートを着ずに家を出ると、帰りが遅くなった際には寒いのだ。

  暑い、寒い、の判断が難しいといえば、夜に眠る時にも迷ってしまう。眠る時間帯にはそれほど寒くないので知らないうちに布団を外してしまい、気温が下がる明け方には寒気を感じて目が覚めるということもあった。室内でも温度調節が難しい季節である。

  これだけ一日のうちで温度差があると、体調を崩すことが何より心配である。朝起きた時に、喉が痛くなっていないか気になる。日中は、外出する際には必ずマスクをするようにしている。

  今後は一雨ごとに、暖かくなっていくのだろう。あっという間に、コートも冬物のスーツも必要なくなるだろう。心も気持ちも、温めて行こう。

  目の前で、あのイチローがマリナーズのジャージ(ユニフォーム)を着て、打ち、守り、走っている。長年のメジャーファンとしては、何だか夢を見ている様な時間だった。

  東京ドームでのメジャーリーグ開幕戦のプレシーズンゲームである、マリナーズ対巨人の試合を観てきた。イチローは昨日に続き、9番レフトで先発出場し三度打席に立った。

  久しぶりに観たイチローの印象。気のせいだろうか、少し痩せた様に見える。変わったのは、やたらとファンにフレンドリーな点だ。公式戦でないということもあるのかも知れないが、笑顔が目立つ。スタンドに向けて笑顔で手を振るイチローの姿は、ほとんど記憶がない。試合開始直前には、スタンドのファンに対して、かなりの時間サインをしていた。これも珍しい。メジャーでいつまでプレーするかはともかく、日本でプレーを見せるのは最後になる可能性が高いということから、日本のファンに感謝の気持ちを示したいという思いが強いのだろう。その気持ちは痛いほどよく分かるが、試合直前や試合中は、いつもの様にファンにあまり気を遣わずにプレーに集中して欲しいと思うのは私だけだろうか。

  今日も三打席でヒットは無かった。正直言って、球場で実際に観ると、ヒットを打てそうな雰囲気は残念ながら無かった。チャンスで変化球をあっさり見逃したイチローの姿は痛々しくもあった。やはり動体視力が落ちているのだろうか。凡退したイチローに拍手を贈るのはいかがなものだろうか。

  しかし、守備は昔の姿そのままである。ライトフライをとってサードにノーバウンドで返球したレーザービームは健在だった。これだけでも入場料を払う意味がある。これぞプロである。

  明後日はいよいよ開幕戦だ。イチローなら、必ずヒットを打ってくれる。

19年3月17日(日)「#4277 凱旋」

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

  イチローが帰って来た。マリナーズのジャージ(ユニフォーム)を着て、東京ドームでプレーしている。日本でプレーするイチローを観られるなんて、何だか不思議な感じがする。きょうメジャーリーグの日本での開幕戦直前のプレシーズンゲームであるマリナーズ対巨人の試合が東京ドームで行われた。

  私ももちろん現場で観た、と言いたいところだが、きょうは大阪にいた。明日、大阪で予定が入ったので行けなかったのだ。当然、この試合のチケットも入手していたのだが観に行けなかったので、長男が楽しんできてくれた。

  テレビで観たイチローは、いつものイチローのままだった。9番ライトで先発出場し三打席立ったがヒットは出なかった。しかし、ライトの守備ではフェンス際のフライを好捕するなど、昨シーズンはほとんど公式戦に出なかったブランクを感じさせない。

  明日もう一試合、巨人とプレシーズンゲームを行い、調整日を挟んで水曜日にはいよいよ公式戦の開幕を迎える。そこにイチローが先発出場してくれることを強く望む。そして開幕二連戦で活躍すれば、アメリカに戻ってからのレギュラーシーズンでの出場も見えてくる。イチローなら出来る。今日は出番を終えてからも、ベンチからじっと試合の行方を見ていた。その試合を見る鋭い目は、戦う者の目だった。

  明日は私も東京ドームに応援に行く。私が行けば、イチローもヒットを打つだろう。そして開幕二連戦。日本でメジャーの公式戦を観られるなんて、なんて幸せなんだろう。

19年3月16日(土)「#4276 恩師」

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

  恩師といえば、小学校から中学、高校、大学のお世話になった先生をイメージする。それ以外にも、学生時代のスポーツの監督を恩師と呼ぶ場合もあるだろう。恩師も様々である。

 これに対して、社会人になってからお世話になった上司や先輩はどうだろうか。会社の上司や先輩を恩師と呼ぶのはあまり聞いたことはない。でも、社会人になってから出逢った方で恩師と呼びたい人もいる。

 社会人になってからキャリアを形成していく上で、大きな影響を与えてくださった先輩方も、私にとっては恩師である。会社に入った時の初めての上司の方や、編集マン時代の師匠には本当にお世話になった。私が海外特派員を目指すきっかけを作ってくださった先輩方や、お世話になった上司の方々も私にとっては恩師である。

 恩師と呼べるかどうかは、必ずしも付き合いの長さだけではない。一緒に働いた期間がたとえ長くなくても、社会人として生きていく上で大きな影響を受けた方もいる。今の私があるのはこの人のおかげだと思える人は、私にとっては大切な恩師だ。

 まだ私も現役の組織人なのでこれ以上は書けないが、本来なら恩師の方々のお名前をここに書いて感謝の気持ちを述べたいほどである。あなたにも、沢山の恩師がいますか。恩師とたまには会っていますか。恩師は大切にしましょう。

19年3月15日(金)「#4275 盟友」

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

  自分自身よりも、私のことをある意味よく知っていてくれるかも知れない有難い存在である。困ったり迷ったりすることがある時に相談すると、迷うことなくすぐに明確な答えが返ってくる。

  元気が無くて落ち込んでいる時には励ましてくれ、元気があり過ぎて調子に乗っている時には、そっと注意してくれる。時には愚痴を言いたい時もあるのだが、その際には黙って聞いてくれる。

  何だか出来過ぎた存在のようだが、実際に私の周りにいてくれるのだから、感謝の気持ちでいっぱいである。何かあった時に、電話一本でいつでも連絡がとれて話を聴いてくれる存在は何者にも代えがたい。

  そんな有難い存在だが、逆に私は相手のために何か出来ているのだろうか。たまに愚痴を聞くことはあっても、難しい問題について相談を受けて私が的確なアドバイスを送ったという記憶はあまりない。役に立つことが出来たという思い出も、正直ない。

  ということは、私が一方的に支えて貰ってばかりということか。それでは盟友とは呼べないかも知れない。私が一方的に盟友と思っていることは確かだ。そんな頼りがいのある盟友がいて、私は幸せである。

19年3月14日(木)「#4274 大相撲」

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

  何年振りかの大相撲。難波の体育館で行われている大阪場所を、長女と一緒に観て来た。番組で大相撲についてコメントすることが多いのだが、このところ相撲についてよりも、残念ながら暴力事件や元親方の離婚、その息子の問題など周辺の事柄について話すことが多いのが残念だ。出来れば、相撲そのものについてコメントしたいと日々思っているので、今日は取材する良い機会だった。

  有難いことに土俵の近くで観戦出来たので、迫力満点だった。土俵から押し出された力士が自分の方に飛んで来たらケガをするのではと、緊張感漂う近さである。

  大銀杏を結った力士同士の取り組みを間近で観ていると、何だか江戸時代にタイムスリップした様な不思議な感じがした。歌舞伎の舞台を鑑賞している様に思うこともあった。いずれにしても、日常とはかけ離れた独特な雰囲気に包まれた空間である。これもまた、大相撲の魅力の一つである。

  力士以外にも、土俵周りには多くの人がいるのに改めて気付いた。勝敗を判定する行司も次々に交代する。取組が進むにつれて行司の位も上がり、来ている装束も立派になる。呼出の仕事は数多い。対戦する力士の名前を呼びあげるだけでなく、土俵を掃き清めたり、力士にタオルを渡したりもする。懸賞幕を持って土俵を周るのも呼出の仕事だ。その中にはとても若い呼出もいる。どうしても、そうした脇役にも目が行ってしまう。

  土俵の上では、仕切りの際の力士が相手を見る目の厳しさが印象に残る。制限時間いっぱいになって土俵際に戻ってくる際の、力士たちの気合の入れ方の違いに個性が出ていて面白い。いま人気が高い関脇の貴景勝が、土俵下に入ってきて座布団に座る際の座り方がとても興味深い。徐々に腰を下ろしていく仕草が可愛い。

  力士たちの肌の艶にも注目した。実力も人気も兼ね備えた力士たちの肌は美しい。貴景勝の白い肌は、仕切りを繰り返していくうちに、だんだんと赤みを帯びていく。肌の色艶が最も美しかったのは、やはり横綱の白鵬だった。さすが、第一人者である。相撲人形のような立ち姿だった。勝負だけでなく細かいところにも目が行く、大相撲観戦であった。

19年3月13日(水)「#4273 あと1週間」

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

  いよいよイチローがやって来る。マリナーズのユニフォームに身を包んで、現役のメジャーリーガーとして日本に帰ってくるのだ。2019年のメジャーの日本での開幕戦であるマリナーズ対アスレチックス戦まで、あと1週間となった。

  アメリカでのオープン戦に出続けているイチローだが、このところヒットが出ない。先日の試合では、今年からマリナーズの一員となった菊池の後ろで守って難しい打球を処理したが、バッティングでは元気がない。

  しかし、マリナーズの外野陣に故障者が出ているので、試合には出続けている。このままいけば、いつもよりベンチ登録人数が増える日本遠征のメンバーにはなるだろうが、先発出場するかどうかは微妙である。日本のファンは、イチローの日本での晴れ姿を一打席でも多く観たいと思っているだろうが、結果が残せなければ、顔見せで出場するほどメジャーは甘くない。だが、イチローならやってくれるだろう。開幕戦でヒットを打つ予感がする。

  菊池はメジャーでの投球にも慣れ、二戦目に先発することが決まった。日本からメジャーに行った日本人選手で、メジャーデビューが日本になる選手は菊池が初めてではないか。歴史的な投球をこの目に焼き付けたい。

  イチローと菊池がやって来るメジャーの開幕戦まで、いよいよ一週間。待ちきれない。

19年3月12日(火)「#4272 疲れ」

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

  やはり年齢を重ねて、無理は出来ないようになってきたのだろうか。先の週末に駆け足で東北取材に行って来て、身体を休めることが出来なかったので、予想通り身体の疲れを感じる。

  疲れてきた時のいつもの症状だが、首がこってきた。今回は右側である。自宅にいる時には、入浴した際にバスタブの角に首を押し付けるようにしてマッサージするのだが、旅先ではなかなか上手くいかない。首が張ってきたら疲れてきたサインなので、次の週末に指圧の先生を予約した。疲れが深刻にならないように、ちょっと首や腰が張ってきたなと感じたら、早めに治療に行くことにしている。

  忙しいのはいいことだが、それも程度の問題である。若い頃なら、少々厳しいスケジュールでも何とかなったが、この歳になると体調に細心の注意を払わねばならない。

  身体は疲れているが、お陰様で心は極めて元気である。何事も前向きに、いつもの様に現場取材を大切にして走り回っている。

  もうすぐ年度末となり、月が替われば新年度が始まる。新年度になれば進学や就職などで大きく環境が変わり、新たな生活が始まる人も多いだろう。新たな出会いの季節でもある。疲れを早くとって、体調を整えよう。

19年3月11日(月)「#4271 3.11」

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:
今年もまた、この日を迎えた。2011年3月11日午後2時46分に、東日本大震災が発生して、今日で丸8年となった。死者1万5897人、行方不明者2533人、震災関連死者3701人。亡くなった方々の御冥福をお祈りします。 ピーク時には47万人が避難したが、19年2月現在で5万1778人の方が避難生活を余儀なくされている。 3.11は1.17と共に私にとっても忘れられない日付である。阪神淡路大震災が起きたのは1995年1月17日午前5時46分。発生時の分数は東日本と同じ46分だった。東日本大震災が起きた直後は、阪神大震災を経験した私にとっては、大震災といえばあくまで阪神大震災だったが、最近では大震災といえば東日本大震災となった。それだけの時間が経ったのだ。 3.11の前に、毎年、東北取材をしている。大震災発生の翌日に一人で取材に入ったルートを基本的には訪ね歩いている。取材に同行してくださるタクシーの運転手さんも毎年同じ。取材でお話をお聞きする方々も同じである。定点観測の様に同じ場所を訪ねることで、大きな流れの中での変化を感じ取ることが出来る。 ここ数年の取材では、あまり被災地の変化が感じられず、復興が進んでいないのではと思うことも多かったが、今年はかなり変化を実感した。各地で防潮堤がかなり完成し、仮設住宅も減った。鉄道や道路の整備も目に見えて進んだ。そして何より変化を感じたのは、今まで殆ど見かけなかった土地で、子供達の姿を見るようになったことだ。子供は社会の宝である。何処でも高齢化が進む中で、子供達が元気に遊んでいるのを見るとホッと安心させられる。 被災地を取材して、お世話になった方々とお別れする際に必ず言われる言葉がある。「春川さん、来年も来て下さいね」。南相馬市小高で毎年訪ねる理髪店には、毎年事前に連絡することもなくぶらっと顔を見せるのだが、今回訪ねた際には「そろそろ春川さんが来る頃だと思ってました」との言葉を掛けられた。有難いことである。 阪神大震災を経験した身としては、大きな災害があった時には、現地を取材したいと強く思うし、実際にそうしてきた。しかも、発生直後だけではなく、毎年の様に訪ねて復興の様子を見守りたい。次の災害被害が少しでも小さくなる様に、自分の出来ることを今後も続けていきたい。

19年3月10日(日)「#4270 東北取材2日目」

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:
毎年この時期に東日本大震災の取材のために東北に来ているが、これまでで今年が最も暖かいのではないか。日中はコートがいらない程である。 海水の温度も上がっているようで、今年はワカメがあまり取れず、その影響で魚の漁獲量もかなり減っているという話をあちこちで聞いた。今日も暖かい。 朝一番の電車で仙台から福島を目指している。日曜日の朝ということもあるのだろう。JR常磐線の車内はガラガラだ。原ノ町で車に乗り換えて飯舘村へと向かった。 飯舘村へと向かう峠越えの県道にはトンネルが出来て便利になった。村役場の前には小中学校、こども園と並んで、スポーツ公園も完成していた。人工芝の素晴らしいサッカー場では、県内の高校が練習試合を行い、野球場でも試合が行われていた。今までは飯舘村で人を見かけることはあまり無かったが、こうして子供達の声が聞こえると何だかホッとする。 サッカーの応援に来ていた保護者の方々に話を聞くと、初めて飯舘村にサッカーの為に来た時は、どうしてわざわざかつて放射線量が高かった飯舘村に来るのかと戸惑いがあったということだ。 飯館村にはかつて5000人ほどが住んでいたが、原発事故で全村避難となり、避難解除から丸2年を迎えて、現在の村の人口は約1000人まで戻ってきたという。しかしその多くは高齢者で子供は少ないということだ。避難先で子供達が学校に入ったことも大きい。2020年度で国の復興・創生期間が終わった後の村の財源が最も心配だと、役場の職員は話してくれた。 飯館村に出来た道の駅には昨年も来たが、今年は飯館村で作っているほうれん草やネギ、ブロッコリーなどが販売されているのを見つけた。また一歩前へ進んだように感じる。 南相馬市の小高では、毎年訪ねている理髪店に行き御夫妻と息子さんにお会いした。お客さんも順調に増えているというのを聞き私も嬉しかった。今回は御無理を言って私も顔剃りをしてもらった。夢見心地で気持ちよかった。小高でも公園で小さい子供とお母さんが遊んでいるのを見かけた。これまで何度も小高に来たが、初めてのことだ。商店街に新しく出来たお店でランチをいただいた。街に活気が戻って来ている。 JR浪江の駅周辺は相変わらずひっそりとしていたが、駅前にはカフェが出来ていた。避難先から浪江に戻って来たおばあさんに話を聞いたが、お店が殆ど営業していないので、買い物が大変だということだった。 国道6号線を南に走ると、双葉町、大熊町となり事故を起こした福島第一原発の地元である。この辺りでは国道の両側にある店が事故当時のままに残っており、8年間時間が止まったままのようだ。ここに来る度に、少し緊張する。 大熊町役場が、常磐自動車道のインターチェンジの近くに新しく建てられ、住民らの帰還に備えることになった。ただ、国道からかなり離れた場所なので、住民にとっては不便である。 その後、富岡町で昨年11月にオープンした東京電力廃炉資料館を見学した。館内の展示の最初の半分は、原発事故に対する反省についてである。「防げる事故を防げませんでした」、「東京電力の驕りと過信」、「謙虚で誠実な姿勢が不足」などの言葉が並び、これでもかという深い反省が何度も示される。その気持ちは伝わって来るが、廃炉資料館なのだから、廃炉についての資料展示がもっと充実していてもいいのではと感じた。 一連の取材を終えて富岡からJR常磐線に乗りいわきに向かっている。今夜は、被災地で医療に取り組んでいる医師達と意見交換する。 今回、二日間に亘って駆け足だったが岩手、宮城、福島と東日本大震災の現場を取材してみて、復興に向けて着実に前に進んでいると感じた。何よりも嬉しかったのは、訪ねた先々で人の動き、特に子供達の姿が見られたことだ。確実に高齢化が進んでいる被災地であるからこそ、若い人達がいることに勇気づけられる。毎年、同じ場所を訪ねて定点観測しているからこそ、その変化に気付けたのではと思っている。やっぱり現場取材が大切だと、東北に来る度に思う。