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脇浜紀子(ytvアナウンサー)『脇浜紀子のDive into the net』

クラッシックな落とし穴

先日行われた南海トラフ大地震を想定した災害報道訓練での一幕。


フェーズ3として、地下フロアにある報道部が水没したことを想定し、上階のフロアに報道機能を移して放送を継続するという訓練が行われた。読売テレビの横には第二寝屋川が流れていて、大雨の時には決壊まで数十センチのところまで水位が上がることもあり、津波で本当に水没する危険性はある。


訓練は、ぎりぎりまで地下フロアのスタジオで放送を続け、同時に、必要最低限の機材を持ち上がって、すみやかに放送を再開する、というもの。カメラ、音声、照明機材などを技術スタッフが運ぶ一方で、先発隊として報道記者が2名、モバイルパソコンとモバイルプリンタを持ち上がっていた。ニュース原稿サーバは社内LANとは別に構築されており、通常の業務の端末からは原則はアクセスできないので、フロアにあるパソコンやプリンタは使えないのだ。


今回は全体の訓練を客観的に見てチェックをするオブザーバーの役割だった私は、彼らに少し遅れて合流した。急増の簡易スタジオが着々とセッティングされていくかたわらで、2人の記者がモバイルパソコンの前で首をひねっている。本当はオブザーバーに徹しなければならなかったのだが、思わず、「どうしたの?」と声をかけてしまった。


記者:「プリンタがつながらないんです・・・。」

私:「へ?それってドライバが入ってないんちゃうの?」

記者:「あ、そうですよね。えっと、、、」

私:「プリンタのバッグの中にCDかメモリか入ってないの?」

記者:「何も入ってないです。」

私:「じゃあ、ネットで探してダウンロードするしかないよね。」

記者:「わかりました」

ドライバの検索に時間がかかっている記者に、

私:「ドライバがダウンロードできなかった時に備えて、同時進行で横の社内LANの端末立ち上げておけば?最悪、原稿をコピペでメールで送ったら、LANのネットワークプリンタから印刷できるやん。」

と言ったのだが、聞き流されたのか、ドライバダウンロード作業にかかりっきりの記者。
フロアには続々と他の記者やデスクたちが体制を整えるべく集まってきている。
「よし、プリンタはここに2台あるんだな」と確認するデスクに、あせりまくる2人の記者。
結局、他の会社のPC同様、このモバイルパソコンにも勝手にドライバ等をインストールができない設定になっていることがわかり、すべて徒労に。


その間に私は、3つ目の策として、そのフロアにある社内LAN端末の中で1台だけWindows7に更新されていて、そこからはニュース原稿サーバにアクセスできるという情報をつかんでいた。
仕掛人に許可をもらって、それを記者たちに伝え、訓練がはじまる直前になんとか原稿をプリントアウトできる環境を整えた。


それにしても、ドライバが入ってないなんて、なんどもクラッシックな落とし穴。
そもそも緊急報道用のモバイルパソコンとモバイルプリンタというなら、
動作確認をしておくのは必須だ。
でも、万一、こんなトラブルが起こったときに、
その置かれた環境で他にどんな策があるのか、知識を持っておくことも必要。
普段からIT機器の設定は人任せにしていると、この知識が身に付かない。


かれこれ、ITへの習熟度をあげることに真剣に取り組まないといけないと思うのだが・・・、
と、10年以上前から言い続けてる自分の無力さに自己嫌悪。

投稿者: 脇浜紀子 日時: 2013年01月30日(水) | コメント (0)

災害時のマスメディア・ソーシャルメディア連携研究がまとまったそうですが、、、

「東日本大震災におけるマスメディアとソーシャルメディアに関する調査研究が出版されました」

という記事を見つけた。(ガ島通信)
和歌山放送の古田誠報道制作部長がFaceBookにあげていたので、リンクをたどっていったのだ。
公益財団法人新聞通信調査会の委託を受けた調査研究だそうで、新聞、地方新聞、ローカル放送局、Yahoo、ニコ動、Ustream、Twitter、とヒアリングを行っている。「大規模震災時における的確な情報流通を可能とする、マスメディア・ソーシャルメディア連携の可能性と課題」を論じたものということで、私自身がまさに研究テーマとしているところである。他の5つの研究とともに一冊の本として出版されたということなので、是非とも手に取ってみたいと記事を読み進めて行って、、、、、、、、衝撃!!!!

この『大震災・原発のメディアの役割〜報道・論調の検証と展望』という本は、アマゾンでの取り扱いがないらしい・・・・。記事は、「必要な方は新聞通信調査会にお問い合わせください」と結ばれている。「新聞通信調査会」にリンクが貼られていたので、飛んでいってみると、購入方法が記載されていた。メールで購入希望の旨を知らせた上で、郵便振替で代金を振り込むようにと。さらに、通信欄に念のため名前や住所を記入しろ、と。


う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜む。しばらく唸ってしまった。
マスメディアとソーシャルメディアが連携した的確な情報流通を考察する本、なんだよなぁ。
紙の振り込み用紙でしか購入できない、ってことでいいのか????


過去のある記憶がよみがえった。
拙著「テレビ局がつぶれる日」(東洋経済新報社)のプロローグ冒頭で書いたエピソード。
インターネットホームページで行った番組グッズプレゼント企画の応募受付がハガキのみだった、という話。「3通しか応募がこなかった、インターネットなんて誰も見てない」と私に愚痴る担当者に私はかける言葉を失っていた。めまいがして、、、。
これが、1996年のことだ。あれから、17年。。。。あかん、まためまいがしてきた。


前出の私が出会った記事から、そのままアマゾン等でポチッとできていたら(購入できていたら)、明日にはこの本は私の手元にあっただろう。
こうして、せっかくの素晴らしい調査研究が「拡散」される機会が失われていくわけだ。

投稿者: 脇浜紀子 日時: 2013年01月24日(木) | コメント (0)

これからの災害報道

NNN系列では、まもなく大規模な災害報道訓練が行われる。
南海トラフ巨大地震を想定したもの。
津波のときに、1人でも多くの命を救う放送ができるか、というのがテーマである。
今日、その概要を聞いたのだが、一点気になることが。
情報収集・発信において、ソーシャルメディアの利用が全く想定されていない。
災害時、音声通話が真っ先に厳しくなる状況で、メールやツイッターなどのデータ通信が比較的つながりやすかったことは、東日本大震災においても実証されている。
本当に命を救いたいならば、こうしたツールも積極的に活用する必要があるのではないか。


どこかに取り残されて孤立しているというつぶやきがあるかもしれない。
自治体の公式発表も近頃はツイッターで真っ先に行うようなこともある。
まずはハッシュタグを設定して情報を集約する、という発想があってもいいのではないだろうか。


また、情報発信においても、放送事業者として一義的にテレビ放送の継続を第一にするのはもちろんだが、停電などのことを考えれば、テレビ放送の内容を同時にSNSでテキストに起こして発信することも有効に思える。


まだまだできることがある気がする。「訓練」であるなら、そうした未知の領域にもチャレンジしたかった、と、感じた、今日、1月17日。

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そんな、もどかしい思いを抑えつつ、新しい衛星電話の使用感を確かめた。
とても軽くなり、日本語対応するのは素晴らしいのだが、
文字入力のインターフェースが恐ろしく悪い、、、。
この点、日本のガラケーに見習うところがあるかも。


投稿者: 脇浜紀子 日時: 2013年01月17日(木) | コメント (0)

BBCのヘリコプター事故報道を見ながら

ロンドンでヘリコプターがクレーンに接触し墜落というニュースが飛び込んできた。
なんと、事故現場は、昨夏のロンドン五輪取材で私たちが宿泊していたホテルのすぐ近く。
ただちにBBCのインターネットサイトにアクセス。今、まさに見ている。


サイトでは、テレビのライブ報道がそのまま流されている。
時に2画面で表示され、とてもわかりやすい。
そして同時に音声の報道がテキストでどんどんと表示されていく。


万人のための報道とはこういことを言うのだろう。


テレビ放送の番組をインターネットにあげていいのか、とか、
著作権はクリアできるのか、とか
テキストを打ち込む人員が確保できない、とか
放送エリアの区切りをどうするか、とか、、、、、、


日本で日々直面している議論が、とてもむなしい。

投稿者: 脇浜紀子 日時: 2013年01月16日(水) | コメント (0)

吹き替え

最近、吹き替えの仕事がやたらと多い。これが本当のところ、複雑な気持ちだ。
今日は友近さんの吹き替えをやった。
芸能人がブログでさまざまなコメントを発表するようになったので、テレビ的にはそれを音声にして表現しなくてはならず、アナウンサーなどが「その人風に」読むことになる。


人々に知られている芸能人の場合は、まあ、この人ならこんな感じでしゃべるかな、と、視聴者もある程度斟酌して聞いてくれる、と思う。困るのが、一般の人の吹き替え。取材を元に、Aさんがこう言った、というのを台詞として読まなくてはならないのだが、どのくらいの喜怒哀楽をこめていいのか、実際の場面を見ていないので測りかねる。


本来、客観的な事実を伝えるべきニュースで、「演技」することがそもそも許されるんだろうか?いつからこんな演出方法が多用されるようになったんだろう?誰も「危ない」って思わないんだろうか?


私が、「危ない」「恐い」と明確に意識したのは、和歌山毒物カレー事件の時。林真須美被告の吹き替えを何度も何度もやらされた。彼女が語ったとされる言葉が、カギ括弧付きの台詞となって、原稿として渡される。その言葉は、私の読み方ひとつで印象を変えられる。意地悪に聞こえるようにもできるし、正直者に聞こえるようにもできる。本当に恐ろしい。


これまでのところ、現場で私とこの危機感を共有してくれる人は少ない。
せめて学生たちの前で話す機会がある時は、この危機感を伝えようと思っている。

投稿者: 脇浜紀子 日時: 2013年01月15日(火) | コメント (0)

アナウンサー