senkaku
尖閣ビデオをめぐって、「犯人探し」が続いている。
神戸の海上保安官が関与を認めているという。
IPアドレスから神戸の漫画喫茶から投稿された可能性が高いということだが、
なんだか違和感だらけだ。
捜査機関に情報提供する検索サイト。
そして、それを大々的に報道する私たち大手メディア。
もし、テレビ局にこのビデオが持ち込まれていたとしたら、
「取材源の秘匿」の原則から、捜査機関への情報提供は大きな問題になるだろう。
持ち込まれたテレビ局側は相当に抵抗するはずだ。
それなのにどうして、
インターネットサイトだったらこぞって「犯人探し」報道するのだろう?
私の周囲の人たちにもそれに関して疑問を抱いている様子が見受けられない。
それ以前に、テレビ局に持ち込まれていても、報道されたかどうかもわからない。
「本物である」という確認をとるハードルは高いし、
仮に報道部が公開を決めても、コンプライアンスなどの社内の他部門や経営陣、
私のあずかり知らないような「天の声」から圧力がかかる可能性は大だ。
それがわかっているから、ネットで公開したということだろう。
テレビとネット動画がいかに違うものであるかが如実にあらわれたともいえる。
ハードとソフトが一致しているテレビは発信する情報に対して、
いい意味でも悪い意味でもフィルター機能を持つ。
視聴者はフィルターを通過したものしか得られない。
ハード・ソフトが分離しているネットでは、発信内容についてリスクを負うのは、
発信者のみで、真偽は受け手が判断することになる。
価値判断がクローズドなのか、オープンなのか。
そしてそれがどうリンクしていくのか。
今回の「事件」の一連の流れをしっかりと見つめておこう。
コメント
組織の中では個人の力なんて無力なんでしょうか?
個人の集合体が国家であるはずなのに。
国益の名の下に国家機密が矮小化しているように思える今回の事案、小人が権力を振り回しているだけのようにも思えます。
マスコミも検察も政府もまた一般人も大事な物はなに?と各人の資質が問われているように思います。
投稿者: バサラ 日時:2010年11月10日(水) at 19:00