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脇浜紀子(ytvアナウンサー)『脇浜紀子のDive into the net』

プロフィール

脇浜紀子のDive into the net
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Q&A

著作権について思いつくままに

今日は著作権関連のニュースが目立つ。右は私のファーストコンタクト。


●ウィニー開発者無罪確定 ← 昨日、魚井宏高先生のツイッターで

●作家らが「自炊」代行業者を提訴 ← 今朝、読売新聞で

●米国でSOPA(Stop Online Piracy Act)が成立か? ← 今朝、佐々木俊尚さんのツイッターで

●米NBCテレビがスーパーボウルをストリーミング配信へ ← TV Todayのニュースレターで


この内、国内の動きについてしばし。

「ウィニー」は、逮捕から7年半かかってようやくの無罪判決。
ICTの世界では100年は無駄にしたって思った方がいいだろう。ツールの悪用をツールのせいにすることに知恵と時間を使うより、ツールを悪用されないようにすることとそのツールを善用することに全力を挙げていれば、iTunes Storeは日本から生まれていたかも・・・、ってさすがにそれは無理か???


「自炊」裁判には何年かかるんだろうか? 
読売新聞によると提訴した一人の浅田次郎氏は会見で、「作品は血を分けた子供と同じで、裁断された本は正視に堪えない」と述べたという。気持ちはとてもよくわかる。私も一度だけ本を出版したことがあるが、表紙や題字、紙の質など、装丁にもこだわりと思いをこめて本というのはできあがるのだと知った。でも、「血を分けた子供」は必ず紙の本でないといけないのだろうか?PCやタブレットにデジタル表示される作品は「子供」扱いされないのか。

紙の本を裁断してスキャナーで読み込む作業の代行が商売として成り立つのは、電子書籍へのニーズがあるからに違いない。紙の本とともに、電子書籍でも販売するという選択肢を読者に与えることが何故できないんだろう。すでに本を持っている人には優待価格で電子書籍版もダウンロードできるようにすればいいのではないか。デジタル化すると違法コピーが出回り、作家という職業が成立しなくなる恐れがある、というのだが・・・。

ビートルスの曲がiTunes Storeで発売された時、1週間で200万曲がダウンロードされた。1曲200円とすると4億円の新たな収益が生まれたことになる。その多くはすでにビートルズの曲をレコードやテープ等なんらかの形で持っている人たちだろう。手間さえかければ手持ちの音楽をデジタル化することはできるだろうが、手間なくダウンロードできるならお気に入りの曲を新たに手に入れたい。また、悪意を持って著作権侵害をする人がいったいどれだけいるのか。1週間で200万曲という数字は、合法的なサービスが、適正価格で、簡単に利用できるなら、法など犯したくないという人が大半であるという証左ではないか。


フェアユースの概念さえ成立していない日本だけれど、ツールの善用については本当に真剣に考えないと、いや、考えるだけでなく、もう取り組まないと、世界との差は開いていくばかりだ。

投稿者: 脇浜紀子 日時: 2011年12月21日(水) | コメント (0)

ヨミナリエも節電

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節電要請が始まった。


読売テレビのイルミネーションも早朝の「すまたん」放送時限定。


会社帰り、試験的に点灯していたところをiPhoneで。


早速、フォトストリームで共有される快感。


そんなわけで、昨夜は研究仲間と1年振りに再開し、自らの怠惰を反省。


なるべく更新を心がけよう。

投稿者: 脇浜紀子 日時: 2011年12月20日(火) | コメント (0)

どうしても苦手で

シイタケが食べられない。
匂いも味もすべてがダメ。
キノコ類が苦手という訳ではない。
シイタケだけが食べられないのだ。


子供の頃は、めんつゆの材料にシイタケが入っていたことを知らず口に入れ、
吐いてしまったことも・・・・。


そんなわけで、昨日の「かんさい情報ネットten」の山本アナのシイタケ園からの中継。
彼が、大きなシイタケをガブリとやった瞬間、直視できなくなり、
最後まで見られなかった。


山ちゃん、ごめん。

投稿者: 脇浜紀子 日時: 2011年08月19日(金) | コメント (0)

東日本大震災・被災地岩手を訪問(5)

 私は、大手既存メディア、特に地上民放テレビの地域メディアとしての働きに疑問を持ち、研究を続けている。災害報道においては視聴者から「被災地のための報道になっていない」という批判を受ける事も多い。これについては、東京キー局を頂点とするネットワーク体制に起因するのではないかという問題提起を博士論文(「地域民間放送の経済分析」)で行ったところだ。


 しかしながら、現場で災害報道を支えている柳田さんのような存在を決して忘れてはいけないと、今回、改めて強く思った。データや制度、理論で客観的に分析することは重要だが、そこに「生身の人間」を常に意識しながら論じなくてはならない。これだけは肝に銘じておこう。


 メディアに限らず、この震災では、役所、消防、自衛隊、ライフラインなどあらゆる分野で自ら被災しながら職務に邁進している人たちが大勢いる。そんな彼らに報い、生かす、組織、構造、社会、国家、となっていないことが、最大の不幸だと思う。


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 釜石でとった昼食。周りにガレキが広がる中でなんとか営業をはじめている食堂は、復興作業の人たちでにぎわっていた。漁の再開などいつになるかわからない状況で、これだけの食材を出して人々の胃袋を満たしている。このたくましさ、心意気。柳田さんがおいしそうに丼をほおばっていたのが忘れられない。

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テレビ岩手の岩瀬アナウンサー(左)と柳田さん(右)。笑顔で送ってくれた。

投稿者: 脇浜紀子 日時: 2011年05月30日(月) | コメント (0)

東日本大震災・被災地岩手を訪問(4)

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 「ぼくがまじめなじゃなかったから命が助かったんですよ」


 柳田さんは冗談でも話すようにさらりと言った。大津波警報が出た場合、行政が水門を閉めるシーンを撮りに行くのが「決まり」だそうだ。数日前の警報でもそれを撮影に行った柳田さんだが、その日は、高台に避難する人が目立って多かったのが目に留まり、高台の方が近かったのでそちらにまわったらしい。「朝早くて疲れてたんで近場にしたんです」と。結果的にあの大津波と自分たちの家が波にのまれていくのを見つめる人たちを撮影することになった。水門を閉めにいった職員は全員命を落としている。

 そして、その自らが撮っている津波に襲われる町には彼の自宅がありそこに二人暮らしの母親がいたのだ。助けにいく術は全くなかったという。多くの人がこうしてただ祈るしかなかったのだろう。柳田さんはカメラをまわし続けた。旅館の女将が寸でのところで九死に一生を得る。車に乗り込んだ女性が波にのまれる、が、その後、ビルの屋上でびしょぬれ状態でひとり立ちすくんでる。柳田さんの映像が伝えた修羅の現状。
 盛岡の本社には揺れの直後に「無事」の一報は入れたがその後全く通信手段は途絶えている。実際、本社では柳田さんの生存を危ぶんでいた。翌日、本社から駆けつけた人たちとようやく合流、ただちに本社へ向かい放送準備に入る。そのまま夕方のニュースにも生出演し、撮影した映像とともに津波の惨状を伝え続ける。

 母親が見つかったのは、震災発生から1週間後だった。地元の消防団の人が、自宅の前に流されてきていた船の下からご遺体を発見して連絡をくれたそうだ。

 「表へ出るときの服に着替えてたんで逃げようとはしたんでしょうね」

 そう話す柳田さんに、私は発する言葉を失っていた。同じ、報道に携わる者として、私にここまでできるだろうか。津波に自宅を破壊され、何もかも流され、まさに着の身着のまま仕事を続ける。現住所は避難所。同僚のカンパでなんとか着替えをそろえる。

 「靴がなくってね、大変でした」

 柳田さんは190センチに近い長身で、足のサイズは30センチ。支援物資にもそんな靴はなかなか見つからない。連日の被災地の取材で履いていた靴はすぐにだめになる。ちなみに、1日一緒に過ごして、彼が口にした不満はこれだけだ。(つづく・・・)

投稿者: 脇浜紀子 日時: 2011年05月30日(月) | コメント (0)

東日本大震災・被災地岩手を訪問(3)

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 津波で被災した自宅を写真に撮る柳田カメラマン。赤い旗は、すべて撤去してもらっていいという目印。前の日に自分で立てたという。二人暮らしだった母親を津波で亡くした。その津波を撮影し続け、記者として語り続けた。


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 柳田慎也さん。テレビ岩手・釜石支局を一人で任されていた記者兼カメラマン。面積の広い岩手では県内にいくつか支局を置いているが、経費削減などもあり人員削減が続いている。かつて記者とカメラマンの2人体制だったところも今は1人体制。NHKを除けばどこも同じような状況であろう。
 柳田さんは、カメラマンとして自分で撮影をし、映像を自ら編集し、記者として原稿を書き、リポートし、映像を本社に伝送もする。たった一人で沿岸部の釜石近郊エリアの報道を支えていた。 釜石は柳田さんが生まれ育った土地でもある。


 震災当日、柳田さんは早朝から取材に出かけていた。小さな分校の子供たちの取材。取材を終えて釜石市内に戻って一息ついているところで発災。ただちにカメラを持って出動する。(つづく・・・)

投稿者: 脇浜紀子 日時: 2011年05月30日(月) | コメント (0)

東日本大震災・被災地岩手を訪問(2)

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 津波被害の凄まじさを物語るこの光景。間近で自分の目で見ても信じがたかった。そして、建物の上の船、という光景以上に衝撃を受けたのは、この周りのガレキ。ガレキと一言で片付けてしまうことがいかに残酷なことか。

     まだ真新しいランドセル
     読書感想文コンクールの優秀賞の盾
     おもちゃのトラック

 ガレキなどでは決してない。

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投稿者: 脇浜紀子 日時: 2011年05月30日(月) | コメント (0)

東日本大震災・被災地岩手を訪問(1)

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 東日本大震災から2カ月。被災地の岩手県を訪れた。

 岩手県は広い。四国4県とほぼ同じ面積。盛岡市から津波の被害を受けた沿岸部までは車で2時間半はかかる。峠をいくつか越えて釜石市へ。景色は突然変わる。それまで全くなんともなかったのに、あるところを境に、何もかもがガレキに。阪神大震災の時のガレキとは全く違う。

 重なったのは兵庫県佐用町の豪雨被害。その何百倍、何千倍もの規模。水の破壊力をまざまざと思い知る。岩手の友人は、大きな怪物がやってきて町をすべて食い尽くしてそれをまた全部吐き出したみたいだ、と言った。決して面白く表現しようとしたのではない。あの場所に慣れ親しんでいる彼女にとって、顔なじみを亡くした彼女にとって、現実として捉えがたい、フィクションとしか考えられない光景なのだろう。

投稿者: 脇浜紀子 日時: 2011年05月27日(金) | コメント (0)

try something new

twitcast か ustream か。
立ち上がりの速さ。
告知コメントのしやすさ。
複数のソーシャルメディアとの連携。
音声のクオリティ。
録画処理。
いろいろやってみないとわからないものだ。

投稿者: 脇浜紀子 日時: 2011年05月12日(木) | コメント (0)

hospitalized

チップが入院!!!!!!!!


おもちゃのネズミさんやエビさんを食べてしまったらしい。
太らないように餌を多く与えなかったので、
あまりの空腹に耐えられなかったのか・・・。
早く良くなって帰ってきて。
ごはんいっぱいあげるから。

投稿者: 脇浜紀子 日時: 2011年02月02日(水) | コメント (0)

アナウンサー