Top

小澤昭博(ytvアナウンサー)『小澤昭博のゴルフナビ』

「阪神・矢野選手の引退に思うこと」

お疲れ様でした!!

阪神タイガース・矢野燿大選手が20年間の現役生活に
ピリオドを打ちました。

生まれ年は違いますが、私と同じ学年の現在41歳。
名前も同じ“あきひろ”ということで、ファンとして
特に応援していた選手の内の一人でした。

阪神に移籍してきた時の矢野選手への印象は
「打撃が良く、外野も守れる捕手」。

中日時代の矢野選手は、控えの選手でまだ捕手としての
評価が決して高いとは言えませんでした。

しかし29歳で阪神に移籍してからは、正捕手の座を掴み、
勿論山や谷はありましたが、一歩一歩着実にその歩みを進め、
齢を重ねるに連れて実力を備えて行き、

「押しも押されもせぬ球界を代表する捕手」という存在にまで
上り詰めました。

日頃から派手に振舞うこともなく、過剰に自分自身をアピールすることもなく、野球選手としては遅咲きの30歳を過ぎてから花を咲かせました。

まさに‘職人’の生き様でした。
その姿から、私もたくさんの影響を受けました。


この年齢での現役生活がどれほど大変なものか、
実際にこの年齢になって経験した人にしかわからない辛さがあります。

私でも毎朝起きると腰に張りがあり、
肩や首はガチガチに凝っていてまわらず、
体の部位が普通に機能するまでに少々時間が掛かります。

大して体を酷使していない私でさえこれなのですから、
長年の過酷な勝負の中で蝕まれてきた矢野選手の体は、
恐らく悲鳴をあげていたに違いありません。

そこに、プレー続行を遮ることになった右ヒジの故障も加わり、
いつ壊れてもおかしくない満身創痍の状態。


勿論、思うように行かない体に対する不安も大きかったでしょうが、
それ以上に、一進一退の怪我の状況に左右される精神的な苦痛
の方が重かったのではないでしょうか。

矢野選手が歩んできた一流選手への道のりを、これ以上、
私が振り返る必要などないでしょう。

とにかく、心身ともにゆっくり休んで第二の人生に向け
たっぷり充電してください!!

体が良くなったら、ぜひ、ゴルフのお手合わせお願いします!!




(我が家の宝物)


日時: 2010年09月04日(土) |

アナウンサー