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尾山憲一(ytvアナウンサー)『スポ根劇場尾山の大将』

責任の取り方… ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

阪神タイガースの岡田監督が辞任を伝えてから5日が経とうとしている。

球団社長や球団オーナーが慰留に努めたようだが、
本人の意思が固く、どうやらクライマックス&日本シリーズまでの指揮となるようだ。


人気球団で、しかも関西では報道過多気味の阪神を統率するのは、
想像以上に厳しいのだろう。

03年の日本シリーズ終了の翌日に、大阪市内某所で行われた監督就任会見。
星野前監督と握手を交わした岡田監督の写真と今の監督の写真を見比べれば一目瞭然…


ただ、この5年間で岡田監督が残した足跡は成績はもちろん素晴らしいものだ。

718試合 393勝 307敗 18分

04年…アテネ五輪で安藤・ウィリアムス離脱を見越して、藤川・久保田の中継ぎ起用
05年…相手に優位なラッキー7をせき止めるため、7回に絶対的な藤川登用
    ⇒ 『JFK』の確立
    03年首位打者の1番今岡のサードへのコンバート&5番専念
    ⇒147打点(打点王)
06年…今岡右手バネ指の影響もあり打線低迷(手術)
    オフには井川がポスティングで渡米
07年…終盤、脅威の10連勝もあったが、力尽きる…
08年…ご存知の通り…


3・27 開幕前夜

‘今年は期待していて下さい’

監督のこの言葉にウソ偽りはなかった。
それだけ、手応えがあったのだ。

現実、その通りになった。
8月の北京五輪で主力数名がいなくなるのも想定していた。

誤算があったとすれば…

★野手の20代選手が3~40代ベテランを脅かすくらいの勢いがなかった。
★先発陣の柱に期待した福原のケガであり、若手先発陣が出てこなかった。
★JFK結成4年目、思いの外、疲労があったと思われる。


このタイミングで辞任を申し出ることに賛否あるようだが、
それだけ、優勝する自信があったはずだし、それを逃した責任を痛感したのだ。

タイミング云々の問題ではないはずだ。
それを考えるのは、政治家であり、政治家的発想の持ち主だろう。
自身のその後のことを考えるから…

岡田監督のそれに損得はないはずで、決して投げたわけではない。


先日執筆した藤川と岡田監督の関係。
岡田監督の5年間=アニキ金本の阪神での4番歴

この2人が岡田野球の象徴と言っていいだろう。


岡田監督の勇姿は、クライマックスで敗退した瞬間に幕を降ろす…

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月15日(水) | コメント (0)

アナウンサー