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尾山憲一(ytvアナウンサー)『スポ根劇場尾山の大将』

関京戦 ( スポーツ ) > ( アメフト ) 

明日は関西学生アメリカンフットボールの伝統の一戦。


昨シーズン関西2連覇&学生日本一の王者関学は、
今季もリーグNO.1の攻撃力を武器に4戦全勝。

対する京大、前節甲南大に引き分けでしまったものの、
無敗で宿敵関学に挑めるモチベーションは計り知れない。


1947年創部の京大は、
1976年、関学の公式戦連勝記録を145で止める快挙を成し遂げる。
しかし、悲願は達成したものの、甲子園の土は踏めなかった。

関西NO.1になったのは、それから6年後の1982年…

80年代後半から90年半ばまでは京大の時代と言っていいほどの猛者の集団だった。

残念ながら、96年以降、リーグ優勝から遠ざかっているが、
国立大学の躍進が幅広いファン層を作り上げたことを考えると、
京大の復権がフットボール界全体を再び盛り上げることにもなる。


今季、プロ野球では、巨人が12年前のメークドラマを超越したメークレジェンドを成し遂げた。

同じくねずみ年の08年。
今度は京大のギャング達が何かをやってくれるはずだ。


試合の模様は、明日の深夜ytvで録画放送します!
(後日、インターネット配信あり)

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月31日(金) | コメント (0)

混乱… ( スポーツ ) > ( アメフト ) 

アメリカンフットボールの取材のために某大学にお邪魔しています。

年に1~2回伺うのですが、今時の学生さんのキャンパスライフを生で垣間見て、
今から約20年前の自分自身とシンクロさせたりして楽しんでいます。

もちろん、仕事までの時間潰し中の話です。。。


さて…


★WBC問題
★浪速のジョーこと辰吉選手5年ぶりのリング
★阪神タイガース歴史的V逸の検証
★野球人気は本当に低下しているのか?
★今週末は関西学生アメフト伝統の一戦
などなど…


執筆したい案件が山ほどあるのはわかっているのですが…

まぁ~追ってアップします!

しばしお待ちを。。。


さぁ~熱き学生達の下へと取材へ行ってきますわ。

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月28日(火) | コメント (0)

新たな一歩 ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

さきほど、阪神タイガース第31代監督・真弓明信氏の就任会見がありました。


画質が悪くて申し訳ないです。
会見場が広く、後ろの方で取材していました。これじゃ誰が誰だかわかりませんね…


真弓新監督がこの日身に着けていたネクタイは、娘さん夫妻からのプレゼントだそうで…
(まったく見えませんね。ごめんなさい…)


えぇ~すでに嫁いだ娘さんがいるとは…


見た目も荒々しいタイガースOBが多い中、超ダンディーな真弓新監督。
マダム阪神ファンが増えるのは確実ですなぁ~


来季の構想など、具体的な発言はなかったものの、
やはり野球は‘守り’であると、岡田前監督の路線を継承するようです。


ただ…


日本シリーズに進んだ巨人も西武も打ち勝ってきたチームですが???
との記者の問いに…


巨人の方が有利じゃないかな。。。


さすがネット裏で喋りを鍛えただけあって、そこは評論家モードに切り替えましたね。


いずれにしても、CSで敗れ去った阪神にとっては新たな一歩。
真弓丸は明後日から始まる秋季練習から出航します!

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月27日(月) | コメント (0)

原監督の涙 ( プロ野球 ) > ( 巨人 ) 

昨夜、リーグ優勝の巨人がクライマックスシリーズを制し、
6年ぶりの日本シリーズ進出を決め、
同じくパリーグ優勝後、プレーオフを勝ち抜いた埼玉西武ライオンズとの対決が決まりました。


勝利監督インタビューで見せた原監督の涙…


昨年のことがあるだけに、様々な想いがあったでしょうね。


シーズン前、どの評論家も巨人のぶっちぎり優勝を予想しました。
そりゃ~あれだけ戦力補強すれば、机上の計算ではそうなりますわ。

でも、そうじゃないのが勝負事…

巨人にとっての計算外は、
‘開幕5連敗’と‘阪神の独走’だったでしょう。

ただ、思い出すのは、今春の宮崎キャンプ。

A班(外国人・主力ベテラン野手)C班(手術明けのけが人・新人)はマイペース調整させ、
B班(若手野手・1軍半選手ら)を徹底的に鍛え上げていたのです。
2008年3月のブログ参照


阪神や中日にはなく、今年の巨人にあったのは‘若手選手の底上げ’

それは、2月のキャンプから想定し、監督も我慢強く起用し、
最後に花咲いたこと。

19歳の坂本、一昨年は育成選手だった山口、越智・東野ら実績がない投手、
亀井・脇谷・古城らの中堅に加え、木村拓・大道らベテランの相乗効果。

序盤から夏場前まで、主力が万全でないことで、
若手の起用に思い切れたのではないでしょうか?


昨年のクライマックス敗退、巨大な選手補強…
逆に重圧だったかもしれない環境…


原監督の涙には、色々な想いが伺えました。


クライマックスシリーズ第2ステージは全試合見ましたが、
中日との熾烈な戦いは、野球の醍醐味でした。

タイガースでなかったのが残念ではありましたが、
皆さん、お疲れ様でした。
残った2チームは、日本最高峰の戦いで、また素晴らしい試合を見せて欲しいものです。

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月26日(日) | コメント (0)

捨てられない癖… ( よもやま話 ) 

ytv放送のテレビ番組で、
『家族全員、収集癖があり、家の中が片付かない…』との悩みで、
回収業者が‘買い取り’か‘有料処分’かを判定しながら、
家の中をスッキリさせる内容のコーナーがありました。


あ~気持ちわかるなぁ~


私は、収集癖はないものの、捨てられない癖があるんです…


いつかは使うのではないか???
そんな理由で、物が溜まっていく一方なのです。。。


公私ともに…


実は、妻もそうなのです。。。


ちなみに、我が子達も…


部屋の模様替え…


尾山家は一苦労です。。。

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月25日(土) | コメント (0)

寂しい知らせ… ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

球団から1通のお知らせメールが届きました。


『川原新治打撃投手との契約解除』


大阪商業大学から、83年のドラフト4位で阪神に入団
(その年の1位:中西清起、2位:池田親興、3位:仲田幸司)
現役は84年~87年の4年間と短いものでしたが、
翌88年から裏方の世界(打撃投手)で活躍されました。


ですから、93年入社の私はずっとお世話になってきた方です。


今でこそ上手投げで打者のために投げ続けている川原さんですが、
現役時代はアンダースローでした。

2005年、千葉ロッテとの日本シリーズ直前…
地球一下から投げる‘渡辺俊介投手’対策として、
あの頃を思い出して下手投げで各打者の相手をしていたのを思い出します。

昔かたぎな性格で、我々報道陣にも厳しくも温かく接してくれた川原さん…

21年間、毎日毎日投げ続けた疲労は、今シーズン隠し切れなかったですね。
猛暑だった夏場に、かなり苦しそうな顔をしていたのがよくわかりました。

岡田監督ではありませんが、今はゆっくりして下さい!


今年の高知県安芸キャンプで飲んだあの日の夜を忘れません…


川原さんお疲れ様でした。。。

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月24日(金) | コメント (0)

虚無感… ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

阪神ファンと思われる方から温かいコメントを頂きました。
私の実況を1人でもそのように感じている方がいるだけで今後の励みになるものです。
ありがとうございます!


昨日、クライマックスシリーズ第2ステージを見ました。


つい数日前まで緊迫した試合をしていた中日のユニフォーム…
タイガースが試合をしていない現実…
テレビ観戦している自分…


なんか不思議な感じです。。。


昨日はエントリーをさぼってしまいました…

選手の個人ホームページを見ても、ほとんどが更新されていません。

きっと、まだファンに報告する気になれないのでしょうし、
1年間の疲れがドッと出ていることでしょう。


体を動かしていない私でも、疲れが取れず…
昨日なんかは廃人と化していたのですから…


ん…


それは…


歳のせい???


…だなんて言わないで下さいね。


これでも世間の同級生に比べれば若い部類に入ると思っているので…
(私を知っている方ならわかってくれるはず…苦笑)

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月23日(木) | コメント (0)

涙…涙…涙… ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

‘まさか’続きの2008年秋だった…


9月下旬の東京ドーム3連敗…

10・3神宮、ブルペン崩壊にて5点リードも逆転負け…

10・8直接対決完敗…

10・10優勝を逃し、翌11日岡田監督辞意表明…


そして…


昨夜のクライマックスシリーズ敗退…


しかも…


岡田阪神の‘象徴’の1人藤川球児の痛恨被弾…




阪神タイガースの2008年が終わった。。。


リーグ優勝 ⇒ クライマックスは第2ステージから ⇒ 日本シリーズ ⇒ 日本一

こちらの予定も最大(マックス)で考えていたが、何もなくなった…


敗戦後、残ったファンからの『岡田コール』の大合唱。
現役時代のコンバットマーチ。

ファンは帰らない…


選手が色々な想いから監督を胴上げ…
1人1人と握手…


『最後に打たれたのがお前でよかったよ』

球児が号泣した…
あまり感情を表に出さなかった岡田監督が泣いていた…


2008年10月20日の夜を、こんな形で迎えるなんて想像すらしなかった。


岡田監督も涙…選手も涙…我々も…

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月21日(火) | コメント (1)

逆王手??? ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

一昨日…

ytv中継で負けました…

今季、甲子園での中日戦中継では、5戦5勝だったのに…

肝心な時に敗れるとは…

ゲン担ぎも功を奏さず…


しかし、昨夜は、岡田監督の愛弟子・鳥谷選手の2本のホームランで快勝!

対戦成績を1勝1敗として、今日勝った方が東京ドームへ進出となります。



さて、一昨日中日が勝ったことで、中日は王手をかけました。
昨日、阪神が勝ったことで、阪神も王手をかけました。


ですが、この時期流行の新聞やネット上の見出しに‘逆王手’という文字が躍ります。


記者席でのたまに話題になるこの言葉使い…
意味合いやニュアンスはわかるのですが、正しいかと言うと…


詳しくは、道浦アナの「平成ことば事情」をご覧下さい。
(ことばの話2314◆逆王手の項)


さぁ~阪神中日、どちらが巨人に挑めるのでしょうか…

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月20日(月) | コメント (0)

いざ決戦! ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

舞台は整った…


あとは、選手の頑張りと岡田監督の総決算…


夜、9時前後には勝敗はわかる。


いい試合に恵まれるよう、こちら側は再びゲンを担ぐ…










見~つけた!!!


先日の‘えべっさん’に次ぐラッキーアイテム発見!


準備OKです。

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月18日(土) | コメント (0)

阪神の伝説は… ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 



巨人にレジェンド(伝説)を作られてしまった阪神は、
明日からクライマックスシリーズ第1ステージで3位中日と戦います。


去年、中日が2位から勝ち上がって日本一になった事例もあります。
阪神版のレジェンドを築こうじゃありませんか~!


先手必勝…


選手に口からは『とにかく明日の初戦…』


そして、岡田監督は…


『5年間の総決算』




関西地区&東海地区では明日夜7時から中継します!

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月17日(金) | コメント (0)

決戦の舞台にて… ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

『振り返りたくない…』


『でも、気持ちは切り替えた…』


トラのアニキは語りました。






決戦まであと2日…

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月16日(木) | コメント (0)

責任の取り方… ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

阪神タイガースの岡田監督が辞任を伝えてから5日が経とうとしている。

球団社長や球団オーナーが慰留に努めたようだが、
本人の意思が固く、どうやらクライマックス&日本シリーズまでの指揮となるようだ。


人気球団で、しかも関西では報道過多気味の阪神を統率するのは、
想像以上に厳しいのだろう。

03年の日本シリーズ終了の翌日に、大阪市内某所で行われた監督就任会見。
星野前監督と握手を交わした岡田監督の写真と今の監督の写真を見比べれば一目瞭然…


ただ、この5年間で岡田監督が残した足跡は成績はもちろん素晴らしいものだ。

718試合 393勝 307敗 18分

04年…アテネ五輪で安藤・ウィリアムス離脱を見越して、藤川・久保田の中継ぎ起用
05年…相手に優位なラッキー7をせき止めるため、7回に絶対的な藤川登用
    ⇒ 『JFK』の確立
    03年首位打者の1番今岡のサードへのコンバート&5番専念
    ⇒147打点(打点王)
06年…今岡右手バネ指の影響もあり打線低迷(手術)
    オフには井川がポスティングで渡米
07年…終盤、脅威の10連勝もあったが、力尽きる…
08年…ご存知の通り…


3・27 開幕前夜

‘今年は期待していて下さい’

監督のこの言葉にウソ偽りはなかった。
それだけ、手応えがあったのだ。

現実、その通りになった。
8月の北京五輪で主力数名がいなくなるのも想定していた。

誤算があったとすれば…

★野手の20代選手が3~40代ベテランを脅かすくらいの勢いがなかった。
★先発陣の柱に期待した福原のケガであり、若手先発陣が出てこなかった。
★JFK結成4年目、思いの外、疲労があったと思われる。


このタイミングで辞任を申し出ることに賛否あるようだが、
それだけ、優勝する自信があったはずだし、それを逃した責任を痛感したのだ。

タイミング云々の問題ではないはずだ。
それを考えるのは、政治家であり、政治家的発想の持ち主だろう。
自身のその後のことを考えるから…

岡田監督のそれに損得はないはずで、決して投げたわけではない。


先日執筆した藤川と岡田監督の関係。
岡田監督の5年間=アニキ金本の阪神での4番歴

この2人が岡田野球の象徴と言っていいだろう。


岡田監督の勇姿は、クライマックスで敗退した瞬間に幕を降ろす…

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月15日(水) | コメント (0)

私の指紋って… ( よもやま話 ) 

このところずっと野球ネタばかりだったので、気分を変えて…


最近はセキュリティーも高度になり、
各人の指紋を登録した上で、本人かどうかを識別する
『指紋認証』なるシステムが設定されることが増えています。

私の周りでは…

★我がアナウンス部への入室時
★パソコンのログイン時

この2つがあります。


しかし…

私の場合、マイ指紋が登録はされても、いざという時に認証してもらえないのです…

理由はわかりませんが、いずれにしても…

1人では部屋にも入れないし、パソコンも使えないのです。。。

幸い、部への入室には、パスワード式で難を逃れてはいますが…


何ですかねぇ~

私は何者なのでしょうか???


でも、先輩にあたるSキャスターは登録すらできなかったので、
先輩に比べればまだマシかも…

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月14日(火) | コメント (0)

辞任報道と最終戦 ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

昨日の横浜スタジアム…
阪神岡田監督は選手達の前で辞意を伝えたようだ。

‘岡田監督辞任’

今朝のスポーツ各紙の1面を飾った…

皆さん、色々な意見や感想があるでしょう。



今日の最終戦、試合終了後、チーム全員がファンに一礼した。

果たしてどうなるかわからないが、
今のままでは、CSで敗退した時点で岡田政権が幕をおろす。


今宵、ラストを締めくくった守護神:藤川球児。
彼の1年目(99年)は、岡田2軍監督元年だった。
ドラフト1位ながら、ケガなどに泣いてきた藤川にとっては、
岡田2軍監督との時間の方が多かったはずだ。

流行語にもなった‘JFK’

04年のアテネ五輪期をきっかけに、
岡田監督が、藤川の能力を見極め、適材適所に配置しなければ、
今の藤川球児はいないと言っても過言ではないだろう。


自身のことより、選手のことばかり考えていた岡田監督…

こんな選手想いの監督のユニフォーム姿を1日でも長く見るためには、
クライマックスシリーズを勝ち抜き、日本シリーズ進出、23年ぶりの日本一しかない。




Xデーの可能性があったとは言え、消化試合に大勢のファンが詰め掛けた。

関係者に配られた‘大入袋’

たくさんのファンが阪神のシーズンラストを見届けた。

色々あるだろうが、ファンのためにも、岡田監督のためにも、
クライマックスは‘やるしかない!’

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月12日(日) | コメント (0)

一夜明けて… ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 




2008年10月10日@横浜スタジアム

この瞬間に、神宮球場では巨人原監督の胴上げが始まった。

今から44年前の10・10に東京オリンピックの開会式が行われた。
データ的に晴れが多いことから選んだと言うが、この日の横浜は泣いていた…



一夜明けて…


責任を背負っているように写るアニキの目の下にはクマらしきものが見えた。

練習中は鬼の形相だったが…

自身の練習が終わると一転、最近のアニキのマイブームである葛城選手いじり…

そのやんちゃな子供のような姿に一同大爆笑!!!

アニキの一挙手一投足は、周りの雰囲気を変える。。。

岡田監督も旧知の中の新聞記者をいじって笑いを誘っていた。


ベテランの桧山選手がこう話してくれた。
『受け止めたくないけど現実だから…その現実を受け止めないと次へ進めないから…』


もちろん完全には立ち直れないとは思う。
歴史の残ってしまう逆転負けを喫したのだから…

でも、人は受け止められない現実を受け入れた時に強くなれる。

シーズン2位…これは夢ではない…

ただ、そこにお通夜のような敗戦ショックはなかった。

なぜなら、次のステージが待っているから…

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月12日(日) | コメント (0)

さらばウルトラマン…ゼットン登場… ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

あっちは勝ちました…

こっちは負けました…

こっちはアッチが打たれました…

だから、あっちが優勝しました…

こっちではアッチがうなだれました…


セリーグ史上初の伝説達成…


ブラザー新井の加入で勢いがついた今年のタイガース打線
北京五輪への召集、帰国後の骨折判明、最後の打者…

新井で始まり、新井で終わった2008年

8回表、この回先頭のアニキが三振に倒れた瞬間、
降り続いていた雨が強さを増し中断…

『涙雨』

記者席ではそんな言葉が飛び交っていた


初代ウルトラマンは、
カラータイマーが赤になるとスペシウム光線で数々の敵を葬ってきたが、
最終回、宇宙恐竜‘ゼットン’の前に力尽きた…

ゼットン = 横浜の4番村田

一昨日の巨人戦でも、昨日もホームランを放った。
「悪あがき」とコメントしたが、ある意味、両チームへ平等に意地を見せた。

ゼットンに敗れた初代ウルトラマンは、ウルトラ兄弟の長兄ゾフィーに命を救われた。


阪神にとってのゾフィーはクライマックスシリーズ!


1週間後の戦いから阪神のメークヒストリーが始まる。


ウルトラマンは帰ってくる…
23年ぶりの日本一を勝ち取るために…

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月11日(土) | コメント (0)

ブレイクレジェンド ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

昨日、10月8日は、
14年前に巨人と中日が史上初の最終戦決戦が行われた事から(巨人勝利で優勝)
『ジャイアンツの日』と、1塁側は盛り上がっていた。

一方の3塁側は、返す刀で…

『10と8をかけたら80やんか!』

阪神岡田監督は自分の背番号を見ながら周囲をアッと言わせた。

担当記者から 『と言うことは、10・8は岡田監督の日ですね』
笑いに包まれた。


巨人に敗れ、今シーズン初めて首位の座を明け渡した阪神。

メークレジェンド

最大13ゲーム差をひっくり返せば、12年前のメークドラマを上回るため、
9月中ごろからこの言葉が紙面をにぎわせていた。


ところが、今朝のスポーツ紙にこんな言葉が…


ブレイクレジェンド


テニスでは、相手のサービスゲームを物にすると‘ブレイクポイント’と言う。

なるほど~

レジェンドを壊せばいいんやぁ~

あと3試合…
今日の練習は、若手中心の指名練習だったが、アニキ金本選手も志願で参加した。

想像するに、バットを振って、汗をかいて…

ホテルにいても悶々とするだけだから…

ある首脳陣は

『カネはそういう男や!』

とその姿勢を絶賛した。

晴れ渡った横浜の空は、ちょっと暑いくらい…
しかし、その空の青さが‘まだ終わっていないぞ’と言っているようだった。

‘ブレイクレジェンド’は明日から始まる!

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月09日(木) | コメント (1)

こうなったら神頼みだぁ~ ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

頭がガンガンします…飲みすぎました…

こんな出だしでスミマセン m(_ _)m

超二日酔いの中、先程会社へ電話を入れたら、
可愛い後輩の小林杏奈アナが慰めてくれました。

小林~ありがとう~


岡田監督も選手も現実を受け入れざるを得なかった昨夜。


でも、終わってしまったこと。。。


チームの主力が口をかたくなに閉ざした昨夜…

しかし、藤川球児は我々に…その向こうにいるファンに向けて言葉を発しました。

『みんなが注目していた試合に負けて情けない…今日に関しては、相手の力が上だった』


ytv野球解説者の掛布雅之さんは、現役時代、チームのすべてを背負っていたと言います。

『負けた時ほど、僕の一言があれば、他の選手が矢面にさらされないから』


アニキは無言だった…
アニキの一言が聞きたかった…
アニキの悔しさを知りたかった…




たまたま見かけた、某スナック菓子のパッケージには…

えべっさん!!!

こうなったら、ラッキーアイテムでも何でもすがってやるぅ~

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月09日(木) | コメント (0)

・・・ ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

負けました…


飲みました…


ウルトラマンの話…


いよいよ、ここからです…


投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月09日(木) | コメント (0)

決戦!ウルトラマンに学ぶ ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

今夜、天下分け目の大一番…

阪神が勝てばマジック3・巨人が勝てばマジック2が点灯。

残り試合数を考えても、今宵の勝者が優勝へググっと近づく。


昨夜の横浜戦…1回表終了後、雨のため中断。
本来なら30分待った上で中止などを決定することになっているが、
先の予報も悪いと判断した審判団は、中断から約22分後に降雨ノーゲームを宣告。

その後、ほとんど雨が降らなかっただけに、しかも幸先良く1点先制しただけに、
阪神サイドのモヤモヤは拭い切れなかった。

岡田監督も、
『この決定がいいのか?悪いのか?それは終わってみないとわからない』
と、話すしかなかった。

ただ、今晩に向けてよかったと言えることは、
記録は残らないが、ケガの赤星&新井にヒットが出たこと。
阪神の代名詞であるブルペン陣は休養になったこと。
ではないだろうか。


先発投手陣・打撃陣…おそらく巨人の方に分があると言われている。
8月以降の勢いも巨人の方が上と思われる。


しかし…
皆さん、よ~く思い起こして下さい。。。


ウルトラマンもカラータイマーが赤になってから怪獣をやっつける。
水戸黄門でも、最後の最後に‘印籠’を見せ付ける。
プロレスでも、相手の必殺技を出させ、それを返してから、
こちらのフィニッシュホールドで粉砕する。


これまで一度も首位の座を明け渡していない阪神。
土俵際に追い詰められてからが勝負だ。

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月08日(水) | コメント (0)

関係ないねっ! ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

先程まで阪神投手陣の取材のため神宮外苑にいました。

プロが練習している横では草野球、隣の神宮球場では学生野球…
朝から野球好きが集っていました。

横で軽く体を動かしながら先発陣は…

『楽しそうやなぁ~』

と、時折爆笑しながら見入っていました。


そりゃ~そうですよね~


チームは再び巨人に追い付かれてしまいました。
もしも、このままだと両軍の対戦成績で順位が決まってしまいます。

やや不利と言っても過言ではなくなりました。

とても楽しめる状況ではありません…


そんな中、その草野球チームの中に、ある有名人が…

かつてアウトローな2人組刑事ドラマで主役だった
S田K兵さんがセカンドを守っていたのです。
もちろん、トレードマークのサングラスをかけながら…

上空は曇り空でしたが、

『関係ないねっ!』

って感じ…


すぐに気付いた下柳投手も『関係ないねっ!』を連発。

私には、周りがどれだけ騒ごうが、
俺たちは俺たちのプレーをするだけだよって聞こえました。

明日の直接対決の先発が予想される安藤投手も、
練習場からの去り際に…

『関係ないねっ!(笑)』


野球の楽しさを目の当たりにした先発陣。
こういったふとしたきっかけが何かを生む…

さぁ横浜へ移動だ…


ちなみに、ドラマ“あぶない刑事”や、
主役だった俳優さんの口癖がわからない方は、
なんのこっちゃわからないでしょうね…

決して、海パン姿の‘そんなの関係ねぇ~’の方ではありませんから…

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月07日(火) | コメント (0)

待ったなし!!! ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

阪神敗れました…



内容は書きません…


これで、阪神・巨人ともにまったく同じ数字になりました。


140試合 81勝 56敗 3分 残り4試合


いよいよ待ったなし…ガチンコ勝負や!!!

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月06日(月) | コメント (0)

林・林・林 ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

セリーグ阪神と巨人のマッチレースはどこまでいくのやら…

日によって内容に浮き沈みがあるのは、
このブログを愛読して下さっている方ならおわかりですよね。

昨夜の試合、ルーキー石川投手(パピー)の好投に、
最後は伏兵バルディリス選手(ひろし)の一発で勝利した阪神。
巨人もデーゲームでエース上原投手の好投で勝利し、その差変わらずです。


石川投手は、年齢の割には落ち着いていて、しっかり者なので、
チームメイトからお父さんみたいと『パピー』と呼ばれています。

育成選手から這い上がってきたバルちゃんは、ベネズエラ人にも関わらず、
山脇コーチから勝手に『ひろし』と命名され、仲間たちからもそう呼ばれて満更ではない様子。


なぜ‘ひろし’???


以前、吉田浩という選手が阪神に在籍していました。
新庄氏と同期入団、左投げ左打ちの外野手で、長いアゴがトレードマークでした。
みんなから‘浩’と呼ばれ可愛がられていましたが、
2002年オフ、星野前監督の血の入れ替えで戦力外…
その後、社会人:住友金属鹿島でチームを都市対抗へ導き、
昨年、ユニフォームを脱ぎ、今は社業に専念しています。


山脇コーチと‘浩’は公私共に師弟関係。
常に‘浩’の声が飛んでいました。


5月初旬、突然1軍へ抜擢されたベネズエラ人のバルちゃんを、なんとかチームに溶け込まそうと、
山脇コーチは待ってましたとばかりにバルちゃんを『ひろし』と呼んだのです。


結局、理由を聞いても「別に意味はあらへんよ…ただ、呼びやすいやろ?」
飄々としていた山脇コーチ。


ん~確かに呼びやすいっすよ! 山脇さん!!


ちなみに、巨人へ移籍したクルーン投手は、
横浜時代、内川選手から「たかゆき」と日本人名を付けられました。


そんな‘ひろし’が、この痺れる時期に大仕事をやってくれました。
日替わりヒーローが多く出れば出るほど、そのチームは優勝へ近づくと言われます。


…となると…


そろそろ彼の出番かな???


昨オフの右肩の手術や途中にひざの負傷で、
なかなか本来の打撃が発揮できない‘林 威助’選手!


ぼちぼち林ちゃんの満面のスマイルが見たいなぁ~


そう言えば、今季、日本球界には、

阪神の林(リン:台湾)
巨人の林(はやし:日本)
ヤクルトの林(イム:韓国)

と同じ漢字を使うのに3つの読み方をする選手がいます。
同じアジア圏ながら、言葉って不思議です。




取って付けるようですが…

我が社新人の林マオも順調に育っていますよ!
ytvの林ちゃんもよろしくお願いします。

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月06日(月) | コメント (0)

まさか… ( プロ野球 ) > ( 阪神 ) 

昨日、延長12回、ヤクルトに引き分けた阪神。
デーゲームで巨人が敗れたため、勝てば再び単独首位になるところでした…

試合終了後、神宮のファンに罵声を浴びせられた岡田監督が、
珍しく当事者とやり合うシーンもあったようですが、
結果を一番重く受け止めているのは現場ですから、ファンの皆さんもどうぞご理解を…


一昨日、自慢の中継ぎ陣で逆転負けを喫した阪神。
岡田監督が05年に構築した磐石のブルペン陣での敗戦に、

『まさか…なぁ…』

と監督はコメントしました。


そう言えば、小泉元首相の

『人生には上り坂もあれば下り坂もあります。
もう一つ坂があるんです。‘まさか’という坂であります』

との名言がありましたね。


その‘まさか’があっただけに、
昨日、引き分けはしましたが、ブルペン陣は1日で借りを返したのです。


10・8
巨人との直接対決で何かが起こる…


‘まさか’の何かが…

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月05日(日) | コメント (0)

続・男の花道…会見全文 ( プロ野球 ) 

1つの時代が幕を降ろした…清原選手引退…

少々長くなりますが、新聞などで見聞きしたいない方へ、
セレモニーのあとに行われた記者会見で、清原選手が発した内容を掲載させて頂きます。



小学校3年(9歳)の時から野球を始めて、野球をやっててよかったと思っています。
そして、最後の試合が王監督のホークスなのに運命的なものを感じます。
王監督から試合前に頂いた言葉は一生忘れることはありません。
『来世、生まれ変わったら必ず同じチームでHR競争しような。同じチームでやろう』
<cf ドラフトで意中の王巨人から指名されなかった。指名は桑田>
23年前のドラフトの件があっただけに、王さんから頂いた言葉に感謝の気持ちでいっぱいです。


ホークスの杉内投手には投げづらくさせてしまいました。
王さんのラストシーズンでもあるし、チームの勝利もある中での全球ストレート勝負に感謝したいです。
杉内投手のストレートに空振りし「あっ終わった…」と自分自身納得できました。

今日の打席では、中途半端はやめよう…と、全打席同じ気持ちで立ちました。
2ベースでも三振でもホームランでも…
最後の最後まで自分らしいスイングしたいと思っていました。
それがファンの皆様が求めているものですから…
杉内投手が全球ストレート勝負してくれて気持ちいい打席を最後に迎えられてよかったです。


これまでの思い出はたくさんあっり過ぎてわかりません。
最後にたくさんの方に見送られての引退できて幸せです。
西武時代には日本一に何度もなれていい思い出ばかり。
巨人では苦しい思いばかりでしたが、巨人ファンの大声援が癒してくれました。
オリックスで仰木さんが拾ってくれなかったら、僕の野球人生‘恨み’しか残りませんでした。
感謝することを教えてもらいました。だからこのユニフォームで引退したんだと思います。

オリックスではあまり活躍できず苦しかったですが、
ファンの声援がどんな痛み止めの注射より痛みをなくしてくれました。
大阪・Bsファン・対戦してきた他のチームのファンにも感謝しています。
今年は北海道・仙台・千葉・埼玉・福岡…どこに行っても声援をもらいました。
ひざが痛くて辞めたくなった時もありましたが、グラウンドに立てば声援や拍手を頂き、
心技体すべてを無くしなくしかかった時、‘心’だけが皮一枚残りました。


ずっと幕の引き方を考えていました。
仰木さん言う‘花道’が何なのか?3年間見つめてきました。
一度、昨オフに考えていましたが、まだ恩返ししていなかったので…
ひざの軟骨移植手術は日米通じて(成功した)前例がないので、
だからそのことに挑戦したかったのです。

医者からは「前例がないから0でも100でもない」と言われました。
正直ケガの内容を聞かされた時は‘終わった’と思いましたが、
だからこのケガと戦うんだ、グラウンドに立つことが僕の闘いでした。
そしてグラウンドに戻ることができました。
仰木さんも(病気との)闘いがありました。
僕も…が心の支えでした。

仰木さんなら何て言ってくれるかな…きっと笑顔で
『キヨよかったやろ…大阪へ来てよかったやろ…俺が言ってたこと合ってたやろ…』って言ってくれると思います。


ケガと闘うと決めた時には、グラウンドに立つために闘うと決めました。
決してベンチに座るためじゃないと…
チーム状態が上向きの中、心の葛藤がありました。
チームに貢献する打撃ができなかったけれど、負け続けていたチームをAクラスにできました。


1軍に復帰した時、チームはキャンプ時よりも練習量が増えていました。
チームが変わろうとしているんだと、見ていて感じました。
でも、復帰はしたけど、(自分は)戦力になっていないと感じました。

西武が優勝したのは事実です…
CSは短期決戦、一瞬のスキで‘やる’か‘やられる’世界です。
僕がベンチに座るより、
1つその椅子が空くことによって若い選手に本当に厳しい戦いを知って欲しい思いがあります。

結局何もできなかったけれど、引退の年にチームがCSへ行けて本当にうれしい。
チームメイトのローズが心の支えでし。一緒にCS行こうって言ってくれましたが、
僕の足は限界だし、心も燃え尽きました。



今まで数々の投手と対戦してきましたが、ケガする前の松坂投手との対戦…4打数4三振…すべて直球でかすりもしませんでした。
3年前でしたっけ?衝撃を受けました。

高校卒業してプロに入って、プロでやっていけるか…
18歳まで大阪にいて、埼玉がどこにあるのかもわからなかったくらいですから…
不安だらけのプロ人生が始まった中、やはり最初のホームランが一番思い出深いです。

無冠の帝王って言われますが、それは仰木さんが気遣ってくれた言葉です。
優勝してもタイトル獲る選手はたくさんいます。
それが獲れなかったんだから力不足だったと言うことです。
チームのためでしたってのは言い訳です。

ただ、振り返ってみていつ獲ったタイトルかわからないよりも、
最多三振と最多死球、最多サヨナラホームランの記録が誇りです。
一番三振したバッターであり、一番デッドボール受けたバッターあり、
一番サヨナラホームランを打ったバッターだということですから。

タイトルは獲りたかったですが、8度も日本一になったのに、それ以上望んだらバチが当たります。

僕がケガして野球が出来なかった時は子供も野球をしたがらなかったけど、
ユニフォームを着たらキャッチボールをせがんできました。
悔いが残るとすれば‘息子たちにもう1本ホームラン’を打ちたかったことが唯一の心残りです。



仰木さんから誘われなかったらイチローとの出会いもありませんでした。
彼も大変なシーズンを終えた直後に来てくれました。これも仰木さんのおかげです。
金本選手とは10年以上の付き合いになります。でも広島時代も今も変わっていません。
ケガしたと言えば治療院を紹介してくれたり、巨人時代には、宿舎へ入ってくればいいのに、ファンの中に混じって待ってくれてた姿もありました。


‘とんぼ’は僕の野球人生を表す歌です。
長渕さんは何度も折れそうになる心を励ましてくれました。
そして今日、最後の最後に魂を鎮める歌を歌ってくれました。
感謝の言葉しか出てきません。



僕の野球人生は中間がなく、良いか悪いかでした。
色々な思い・悲しみ・苦しみ…でも最後は1人の力ではダメでした。
本屋敷コーチと熊谷広報は1年間休むことなく働いてくれました。
この2人の支えがなければこの日は迎えられませんでした。
振り返ってみて、最後に答えが出ました。
『感謝』することを学びました。

リハビリ時は、1ヶ月前を振り返れば進んでいることでも、日々では進んでいるとはわかりません。
絶望感からの始まりでしたが、本屋敷コーチは根気強く声をかけてくれました。
もしも1人だったら投げ出していたはずです。
どんなにしんどくても、あいつが待っているから…って気になれました。
これから、同じような立場の選手にはこの体験談を話せますし、
同じ痛みをわかってあげられる人間になれたと思います。

23年間の野球人生で、この1年が精神的にも肉体的にも一番苦しいシーズンでした。
これが最後に与えられた闘いなんだと自覚してやってきましたが、本当に長くて苦しくてつらかったです。
でも、自分はこの勝負に勝つんだ、グラウンドに立つんだって決めたのです。
そして、最後にたくさんのファンに見送ってもらえました。
(ドラフトで)泣いて始まって、最後も泣きましたが、この2つの涙の質は違います。



桑田が巨人を去って海外へ挑戦して、僕がリハビリ中に衝撃的なケガのニュースが飛び込んできました。
日本とアメリカと距離は遠いけど、なぜか巨人時代よりも心が近く感じました。
巨人のユニフォームを着ている時よりも、高校時代のKKに戻れた気がしました。

だから桑田の引退を聞いて、ポッカリ穴が空きました。
自分の心の中に‘桑田’がいたんだとわかり、リハビリを3日間休んだほどです。
でも、ケガと闘うと決めた以上、1軍へ上がる前に桑田の球を打ちたい、そうじゃないと上がれない…
ケガをしたスカイマーク30数球でしたが、激痛が走ったあの打席に何のためらいもなく入れたのは、マウンドに桑田がいたからです。
桑田の存在は僕の中で大きかった。同じ年で引退するのにも運命を感じます。
今日は僕の前には来ませんでしたが、今日の姿を見せられてよかったです。



(先に引退した桑田と)やっと同じ気持ちになれたわって言いたいです。
今は23年間酷使してきた体を休ませてあげたい。
まずは日常生活を取り戻すことから始めたい。
(この先の)夢はありますが、今は休みたいです…



(拍手で会見が終わろうとした時、最後に自ら…)
これまでマスコミの皆さんには色々悪態をついてきた事もありました。
僕は弱い人間だと自覚し、それを守ろうとしていました。
良いことも悪いことも書かれたり言われたりしましたが、23年間取り上げて頂き、こんな幸せなことはありませんでした。
これまでありがとうございました。




長々とお付き合いして頂き、ありがとうございました。
わかりやすく伝えるために、語尾の使い方や話した順番等、
多少変えましたが、内容に一切の偽りはありません。

偉大なために誤解されやすかった清原選手。
四半世紀に渡って1つの時代を築いたスーパースターの‘辞世の句’をお伝えすることで、
彼の功績や偉大さをわかって頂ける気がしました。


PL学園1年生の夏(15歳)から始まったスーパースター伝説…
41歳になり、髪の毛やヒゲに白いものが増えた清原選手は、
清原監督となるのか?清原コーチとなるのか?


第2章は始まったばかりです。

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月04日(土) | コメント (0)

雨のち晴れ…男の花道 ( プロ野球 ) 

小学生の時、私にとっての甲子園のヒーローは、
早稲田実業の荒木大輔であり、徳島・池田高校の水野雄仁だった。

しかし、中学時代に衝撃を覚えたのはPL学園の桑田・清原の1年生コンビの出現だった。
特に清原は規格外の体とパワーをテレビ画面を通じて存分に見せつけた。
間違いなく、私の中でのスーパーヒーローだった。


その憧れの男と私の接点はFAで巨人に移籍してからのこと。

しかし、巨人時代は常に注目を集め、
良くも悪くも話題の中心にいた清原とマスコミ陣との間にはいつも距離があった。

野球小僧…

清原を知る人は必ずそう形容した。

だからこそ、マスコミの報道姿勢が理解できなかったのかもしれない。

私自身、正直近づくのが怖かった。。。
たまにしか接点がなく、挨拶をしても何を聞いても無視されそうで…

オリックスへ移籍してから、昨年1度だけ食事をさせて頂いたことがある。
スポーツ中継の実況とはまた別の緊張感…
何を話したか覚えていないくらい夢の空間だった。

1つだけ鮮明に覚えているのは、今もの凄い球を投げる投手について話が及んだ時の事。

『おぅ~やっぱ球児やなぁ~あいつの真っすぐエグイでぇ~もう漫画の世界や~
ビュビュッ…シュ~ン…ズバッって感じやわ』

満面の笑みだった清原。
もちろんケガと闘っていた最中のことだが、
阪神の藤川球児との対戦を子供のように楽しみにしていた。




2008年10月1日

高校1年生の夏から常に野球界のど真ん中にいた男がグラウンドを去った。

4番DHで出場し、最後の第4打席は豪快なスイングが空を切り三振…

オリックス応援団は、全打席で、
‘オリックス清原のテーマ ⇒ 西武時代のテーマ ⇒ 巨人時代のテーマ’
を演奏し、大声援を送った。

1人の清原ファンとして、23年間が走馬灯のように駆け巡った…


引退セレモニーの雰囲気は、ミスターこと長嶋茂雄の時を彷彿させた。
とは言っても、ミスターの引退は私が3歳の時。
もちろんライブではなく、VTRでしか見たことがない。

1974年10月14日
当時の後楽園球場でマイクに向かったミスターに、大勢のファンからは
『辞めないでくれ~言わないでくれ~』の声が飛んだ。


阪神のアニキ金本が、アニキと慕い憧れた男に涙しながら花束を渡した。
涙したアニキ金本のアニキ清原がアニキと慕うアニキ長淵剛の‘とんぼ’で球場内が1つになった。

スターはスターを呼ぶ…
アニキはアニキを慕う…


85年のドラフトで意中の巨人から指名されずに涙してから23年。
当時の巨人は王監督だった。
最後の花道にホークス王監督が「来世は一緒のチームで野球しよう」と声をかけた。
試合前から涙がこぼれていた…

王監督が勇退し、盟友・桑田も現役を退く。
清原さんは‘運命的なものを感じる’と話した。


この日の男の花道…
清原には『ありがとう!!!』の大合唱だった。
ファンも体が限界だと知っている。



恨みしかなかった巨人時代から、オリックスでは感謝することを知った。
マスコミ陣にも
『色々あったけど、良くも悪くも取り上げてもらい、こんな幸せな男はいない』
と頭を下げた。


戦う獲物を狙うような厳しい目つきはそこにはなかった。
やさしい野球小僧の目だった…

雨のち晴れ…


清原和博


私の中のスーパーヒーローは、スーパースターだった。
男の花道を見事に飾ったこの男は、いつの日か、必ずグラウンドへ帰ってくる。




敬称略

投稿者: 尾山憲一 日時: 2008年10月03日(金) | コメント (0)

アナウンサー