この「アホの壁」の「アホ」とは、「無駄」、とか「甲斐無い」、という意味か。「愚鈍」という意味での「アホ」ではない。
もちろん、同じ新潮新書から出たベストセラー、養老孟先生の『バカの壁』を意識したタイトルである。
筒井節を久々に聞いた気がするが、「やはり大分丸くなられたなあ」という感じも。
「アホな喧嘩はアホが勝つ」
というのには「なるほどな」と。筒井さんお得意の心理学的な分析もおもしろい。
この「アホの壁」の「アホ」とは、「無駄」、とか「甲斐無い」、という意味か。「愚鈍」という意味での「アホ」ではない。
もちろん、同じ新潮新書から出たベストセラー、養老孟先生の『バカの壁』を意識したタイトルである。
筒井節を久々に聞いた気がするが、「やはり大分丸くなられたなあ」という感じも。
「アホな喧嘩はアホが勝つ」
というのには「なるほどな」と。筒井さんお得意の心理学的な分析もおもしろい。
『60歳までに1億円つくる術』(内藤忍、幻冬舎新書:2009、11、30第1刷・2010、1、15第4刷)
著者はマネックス・ユニバーシティ社長。僕より2つ年下かな。
「勝間にはなれない」と書いていたが、ならなくていいし、なるつもりもないでしょ。
「今使うお金」と「将来使うお金」のバランスを考えなさいというのは、「なるほどな」と思った。それ以外には特に収穫なし。1億円も作れるわけないし、作る必要が果たしてあるのか?という疑問が。タイトルで買わせようという作戦だね。や、この本に780円+税も払ってしまった・・・。
『勉強会に1万円払うなら上司と3回飲みなさい』(前川孝雄、光文社新書:2010、2、20)
光文社新書にありがちな「キャッチーなタイトルがすべて」の本かなあと思いながら読んだ。最初は「やっぱりなー」というか、そもそも20代の若者向けに書かれた本なので、「こんなのわざわざ本で読まなくても・・・」というような内容だったので、読み飛ばすように読んでいったら、後半からちょっと様相が変わってきた。40代のおじさんが読んでも、ためになる話が!
朝、5歳の娘と一緒に保育所へ行こうと、
「行こかあ・・・イコカー減税」
とオヤジギャグで声を掛けたら、娘がなにやらモゴモゴと
「×ジョキンモ」
と言ったので、
「え?何て言ったん?」
と聞くと、
「オジョキンモ」
と繰り返しました。2、3秒考えて、
「あ、『補助金も』かあ!」
と気付いてびっくり!
テレビCMの力はスゴイですねえ・・・。改めて思いました。
バンクーバーオリンピックも終盤、女子フィギュアのメダルの行方に日本中の(?)注目が集まっています。
読売テレビの報道フロアにもたくさんのテレビ受像機がありますが、その多くがオリンピック映像を映し出しています。
そして「ミヤネ屋」スタッフも、その映像を食い入るように見つめているのですが、ジャンプが決まったり、こけたりするたびに、
「おお!」
とか、
「ああ!」
というどよめきが起こります。ただ・・・報道フロアにあるテレビ受像機はデジタルとアナログが混ざっているので、アナログを見ている人が「先に」どよめくので、「デジタルテレビ」でジャンプの瞬間をまだ見守っている人たちは、ジャンプする前に、
「おお!」
とか、
「ああ!」
という声を聞いてしまい、ものすごく興ざめします。その間、およそ2秒の時差。バンクーバーと日本との時差に比べれば何でもないのですが、同じ「生中継」を見ていても差が出てしまう。ふだんは、アナログテレビよりも映像がきれいな「デジタルテレビ」ですが、こと「速報性」に関しては、「アナログ」に負けてしまっている、これは「逆デジアナ格差」なのかもしれません。
2月23日の日経新聞朝刊に、
「『女子飲み』で話砲台から男性に気兼ねなく 居酒屋に限定プラン」
という見出しが。この、
「女子飲み」
という言葉が、近頃はやりの「女子」が進出していることを物語っています。本文を読むと、
「居酒屋などの飲食店で、女性だけで楽しむ『女子会』用のプランが活況だ。」
とあります。やはり世の中の経済・景気を動かすのは、「女性の力」なんでしょうか?
この、
「女子会」
という言葉を、私が初めて目にしたのは、後輩の森若佐紀子アナウンサーのブログでした。彼女はよく「女子会」を開き「女子飲み」をしているようです。「よく」とか書くと怒られちゃいそうですが・・・。
これまでの語法(「○○飲み」)に関して言うと、たとえば「酒飲み」と言うと、
「酒をたくさん飲む人」
のことを指します。「一気飲み」と言えば、
「一気に(お酒などを)飲む」
ことを指しますが、「女子飲み」は、
「女子をたくさん飲む人」
ではありません。
「女子だけで集まってお酒を飲むこと」
であり、その意味では新しい語法のようでもあります。
「女子飲み」の参加者は、その名のとおり、「女子、のみ」なんでしょうね・・・。
Google検索では(日本語のページ、2月26日)
「女子飲み」= 4万9200件
「女子会」=127万0000件
でした。
芸能人がバンクーバー五輪を応援!でアニマル浜口の娘さんも、
「気合だあ!」
という様子を2月23日の『ミヤネ屋』でお送りしました。その放送前、に、
「この『気合』に送り仮名の『い』は要るのでしょうか?」
とADのK君が聞きに来ました。普通考えたら、
「気合い」
で「い」が要るだろうと思って『新聞用語集2007年版』を見ると、
「気合」
と「い」がありません。『精選版日本国語大辞典』『広辞苑』を見ても、
「い」がない「気合」。
そこで、
「『い』は、なしの『気合』で」
と指示しました。その後、さらに調べてみると、
<気合>
『新聞用語集2007年版』=「気合」
『精選版日本国語大辞典』=「気合」
『広辞苑』=「気合」
『新明解国語辞典』=「気合」
『三省堂国語辞典』=「気合」
『読売スタイルブック2008』=「気合」
『共同通信記者ハンドブック第11版』=「気合」
『毎日新聞用語集』=「気合」(慣用)
『朝日新聞の用語の手引』=「気合」
<気合(い)>
『デジタル大辞泉』=「気合(い)」
『岩波国語辞典』=「気合(い)」
『新潮現代国語辞典』=「気合(い)」
<気合い>
『明鏡国語辞典』=「気合い」(※公用文では「気合」)
『NHK日本語発音アクセント辞典』=「気合い」
と、圧倒的に「気合」です。『毎日新聞用語集』の(慣用)というのと、『明鏡国語辞典』の(※公用文は「気合」)というのがポイントのように思えます。おそらく「放送」も「公用文」にあたるのでしょう。
Googleで検索したら(2月23日)
「気合い」=371万0000件
「気合」 =533万0000件
「気合い、アニマル浜口」= 8万3100件
「気合、アニマル浜口」 =17万3000件
でした。またYahoo検索では(2月23日)
「気合い」=3590万0000件
「気合」 =5620万0000件
「気合い、アニマル浜口」=2万3800件
「気合、アニマル浜口」 =3万5300件
また、『アニマル浜口の人生気合ダァ!!』(大泉書店、2002年)『気合ダァ!200連発!!』といった本があるようなので、「アニマル浜口」関連の「きあい」は、
「送り仮名なしの『気合』」
で良さそうです。
『巡査の休日』(佐々木譲、角川春樹事務所:2009、10、18第1刷・2009、11、18第4刷)
主人公は小島百合巡査。最後まで姿を現さない犯人・鎌田も不気味で、サスペンスの醍醐味を味わえる。佐々木作品で一連の道警ものでは、一番完成度が高いように思った。往年の逢坂剛の味わいがある。
『日本人の知らない日本語2』(蛇蔵&海野凪子、メディアファクトリー:2010、2、19)
ベストセラーの第2弾。マンガとエッセイがミックスされた本。相変わらずおもしろく、笑わせてもらったが、さすがに第1弾ほどのインパクトはない。それにしても「蛇蔵さん」が女の人とは思わなかった!これが一番のサプライズ。
去年の9月、関西外国語大学の名誉教授で、「広辞苑」で有名な新村出先生の財団の理事長でも知られる堀井令以知先生の講演会が、うちの近くの公民館で開かれたので聞きに行きました。先生は、ご近所さんなんです、実は。
1時間半の予定の講演が、会場からの質問に堀井先生が答えているうちに、なんと2時間10分にもなり、その間こちらは椅子に座っているのに、先生は立ったままで・・・会場の方もお年寄りが多かったんですが、その会場の人たちよりも、講師の堀井先生が一番のご高齢なもんで、気を遣う、気を遣う・・・。
「先生お座りになったら・・・」
と声を掛ける方が出ましたが、
「いや、私は立ってる方がラクなんです」
と毅然として言い放つ堀井先生。こういう方のことを、
「かくしゃくとしている」
と言うのでしょうね。漢字で書くと、
「矍鑠としている」
です。うわあ、大変なことだ、これは!
もう、お話はとってもおもしろかったのですが、中でも「目からうろこ」が落ちたのは、
「めーぼ」「めぼ」=京都
「めばちこ」=大阪
という話。これは知っていました。標準語では、
「ものもらい」
というものですね。医学的には「麦粒腫(ばくりゅうしゅ)」。
この「ネーミング=名づけ」に関してなんですが、私は「めーぼ」「めぼ」「めいぼ」は、当然、
「目のイボ」
だと思っていました。すると先生は、
「『めーぼ』は『目のイボ』ではありません!」
とおっしゃるではないですか!じゃあ、一体何なの?と、その先のお話に引き込まれて聞いていたら、
「『めぼ』は、元は『めぼいと』と言ったんです。それが短くなって『めぼ』。『ほいと』というのは『乞食』のことです。つまり、この病気は『人から物をもらうと直る』という『病気の治し方』が、病気の名前になっているんです。『ものもらい』も同じです。民間療法では『小豆を井戸に投げると治る』とか『櫛を目に当てると治る』というのもある。」
そうだったのか!
「めぼいと」→「めぼ」→「めーぼ」
なのか!さらに先生は、この病気の名前の呼び方が、地方によって様々であることに触れて、
「九州では『ななし』とも呼ぶが、これは本当の名前を言うのがはばかられるから『名無し』。タブーを避けているのです」
これを聞いてすぐに思い浮かべたのは・・・・・そう、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』で出てきた「顔無し」です。あれも本当の顔を見るのがはばかられるから?また、「ハリーポッター」シリーズで、「悪の魔法使いの名前」(ヴォルデモード)を言うのがはばかられていましたね。おんなじだ!
さらに、
「九州などでも『だんなさん』とか『おひめさん』なんていうふうに『良い呼び方』で呼ばれることがあるが、これは『病気が悪いものだから逆によい名前をつけている』のです」
とのこと。うーん、奥が深い!!さらにさらに、
「『ナイス』という英語は18世紀までは悪い意味だった。『バカな』とか『愚かな』という意味。元はラテン語で『ネ・スキオ』。『スキオ』は『わかる』で、『ネ』が否定。それが『ネ・スキュース』になって『ナイス』になった。その間に、意味も逆転した」
なんて話は正に「ナイス!」。初めて知りました。また「目からうろこ」。
堀井先生のお話を聞いて、「めいぼ」の語源に関して「目からうろこ」が落ちたんですが、それからしばらくして読んだ『大阪のことば地図』(
「モノモライ」「メバチコ」「メバチョコ」「メバチ」「メバツコ」「メボツコ」「メバスコ」「メボシ」「メイボ」「ネイボ」「メバ」「デバツコ」
といった少なくとも12種類のバリエーションがあるそうで、この「麦粒腫」を直す「おまじない」は、
「井戸に小豆を投げ入れる」
「櫛(主に柘植=ツゲ)を畳に擦り患部につける」
「小豆を熱したりする」
「糸に結び目をつける」
「包丁を患部に当てる」
「針で突くしぐさをする」
「赤い煙管(キセル)で患部を擦る」
「他人にうつす」
「藁に結び目をつくる」
「雨だれを目に入れる」
といった具合。解説を読むと『日本国語大辞典・第二版』から、全国に多様な名称があるが、大きく分けると、
(1)「コジキ類」(モノモライ、メコジキ、メボイト、メカンジキ)
(2)「メイボ類」(メイボ、メボ、メンボ)
(3)「メバチコ類」
(4)「その他」
の4つに分けられるそうです。そして「コジキ類」は、
「この病気を患った際に、他人から米などの特定の食物をもらうと治るという、治癒に関するまじないの行為からきた名称」
だそうで、これは堀井先生のお話に合致しますね。そして、「メイボ類」ですが、これは、
「目にできる疣(いぼ)からの命名」
だそうです。あれ?やっぱり、そうなの?私が最初に思っていた通り!堀井先生のお話と違うぞ。
「その他」では、宮城県を中心とした「バカ」、九州全域の「インノクソ(犬の糞)」や「オヒメサン」「目+性器」などは、
「禁忌への発想からの命名」
とされています。これも、堀井先生のお話にありましたなあ。
そして「メバチコ類」ですが、これは大きな分布勢力を持ちながら、
「命名の由来がわからない」
のだそうです。なんじゃ、そりゃ!!
でも「推測」として、古くは「メバツコ」であり、これは、「メ」と「ハツコ」に分けられる。「ハツコ」は「鉢」+「子」ではないか?そうすれば「托鉢」のように「物をもらう行為」を意味するので、「治癒の方法による命名」につながるのではないか?と書かれていました。
うーん、やはり語源は難しいですねえ。
2月24日、バンクーバー冬季オリンピックの女子フィギュアスケート、ショートプログラム(SP)で、浅田真央選手は2位、1位に立ったのは、ライバルの、韓国キム・ヨナ選手でした。
この「キム・ヨナ」のアクセントについて、「ミヤネ屋」のナレーターの中矢さんから質問を受けました。
『「キム・ヨナ(選手)」のアクセントは、
「キ/ムヨ\ナ」(中高アクセント)
でしょうか?それとも、
「キ/ムヨナ」(平板アクセント)
でしょうか?また「選手」を付ける場合には、
「キ/ムヨ\ナ・セ\ンシュ」
と「2語意識」で読むでしょうか?それとも一気に「1語意識」で、
「キ/ムヨ\ナ・セ\ンシュ」
でしょうか?』
うーん、ぼくはこれまで、
「キ/ムヨ\ナ」(中高アクセント)、「キ/ムヨナ・セ\ンシュ」
と読んできましたが、中矢さんは「平板アクセント」で、
「キ/ムヨナ」(平板アクセント)、「キ/ムヨナ・セ\ンシュ」
と読んだそうです。私は、
「どちらも間違いではないと思います」
と答えましたが、気になったので、各社のアナウンサーなどの知り合いにメールで聞いたところ、2月25日午後6時時現在で、以下のような返事がきました。(到着順)
○=「平板」傾向、●=中高傾向
****************************************
○(新潟総合テレビ)
意識もせずに「平板アクセント」の印象が強い。「選手」が付いても「キム/ヨナ選手」という読みの方が耳に残っている。
●(高知放送)
「キ/ムヨ\ナ」(中高アクセント)、「キ/ムヨ\ナ・セ\ンシュ」
●(NHK)
あくまで個人的な感覚だが、私は、[キ「ムヨ\ナ]しか使わない。相当慣れ親しんだ人であれば[キ[ムヨナ→]という平板型もあるのかもしれない。「キム・ジョンイル」はすでに1語化して[キ「ムジョ\ンイル]となっているるがが、当初はおそらく[キ\ム・ジョ\ンイル]であったように想像する。キム・ヨナの場合は、
【当初(2語段階)】 キ\ム・ヨ\ナ
【そのあと(1語段階)】 キ「ムヨ\ナ
【さらにそのあと(平板化)】 キ「ムヨナ→
といったように説明されそう。
○(フリーアナウンサーH氏)
キムヨナは、単独でも「選手」が付いても「平板アクセント」でやっている。同業者数人に尋ねたが、同じ答えだった。
●(静岡放送)
「選手」がつく場合は「キ/ムヨ\ナ・セ\ンシュ」2語意識、つかない場合は「キ/ムヨ\ナ」と「中高」でやっている。
●(福岡放送)
個人的見解だが、「選手」なしは「キ/ムヨ\ナ」(中高アクセント)、「選手」を付ける場合には、「キ/ムヨ\ナ・セ\ンシュ」(2語意識)と一気に「1語意識」で「キ/ムヨナセ\ンシュ」の「両方あり」。
●○(テレビ金沢)
本来は「キ/ムヨ\ナ」であると思う。しかし「キ/ムヨナ」の「平板アクセント」の方が、流通していると感じる。もともと韓国・北朝鮮の人名では苗字と名前とに分けずコンパウンドするようだ。「イミョンバク」「ノムヒョン」「キムデジュン」「キムヨンサム」などはコンパウンド(1語意識)。だから類推ならば「キ/ムヨ\ナ」が正しい。ただし例示したものは、途中で撥音「ン」が入って拍子が取りやすく、まとめて発音しやすい。「キ・ム・ヨ・ナ」は別々に発音しても不自然ではないので、「平板アクセント」が一般化したのではないか。もし「キムヨンナ」だったら、きっとコンパウンドしていたに違いない。「選手」がついても、一語で読む意識はなくても良いと考える。
●(山形放送)
うちのアナウンサーは、「中高アクセント」で読んでいる。また「選手」がつけば、「キ/ムヨ\ナ・セ\ンシュ」と「2語意識」で読んでいる。
○(フリーアナウンサーM氏)
「キ/ムヨナ」と「平板アクセント」。「選手」を付けると「1語意識」で「キ/ムヨナセ\ンシュ」が多い。しかし「キ/ムヨ\ナ」と「中高」になったこともあった。フジテレビの『ジャーナる!』のナレーション録音では「平板」「1語意識」だった。
●(宮城テレビ)
「選手」を付けない場合は「キ/ムヨ\ナ」と「中高アクセント」、「選手」を付ける場合は「キ/ムヨ\ナ・セ\ンシュ」という「2語意識」の読みが多いと思う。
<※それぞれ「会社としての回答」ではなく、「知り合い個人としての回答」です>
○(福井放送)
「キ/ムヨナ」(平板アクセント)で読んでいる。「選手」を付ける場合は、やはり「キ/ムヨナセ\ンシュ」と思うが、正直あまり自信はない。特に外国選手の場合は悩むが、周りスタッフの意見なども参考にしながら読んでいる。
○(朝日放送)
私個人は「キ/ムヨナ」(平板アクセント)、「キ/ムヨナセ\ンシュ」。
●(北日本放送)
個人的には「キ/ムヨ\ナ」(中高アクセント)、「選手」を付ける場合も「キ/ムヨ\ナ・セ\ンシュ」。普段の会話では「平板」だが、ニュースでは「中高」。
○(中京テレビ)
(女子フィギュア日本代表選手が)3人とも愛知県ということで、こちらでも連日報道しているが、「キ/ムヨナ」(平板アクセント)、「キ/ムヨナセ\ンシュ」と、うちでは発音している。特に理論的に考えているわけではないが、この発音で統一されている。
● (四国放送)
弊社
○(静岡第一テレビ)
「キム・ヨナ」のアクセントは、私たちは「キ/ムヨナ」(平板アクセント)、「キ/ムヨナセ\ンシュ」と言っている。「キムヨナ」を、ひとつのまとまりのように捉えているからだが、考えてみると、どちらの方がいいのか、分からないが・・・。
なお、きょう(24日)のフジテレビの生放送で実況アナウンサーと解説者(八木沼さん?)は、
「平板アクセント」で「キ/ムヨナ」
1語意識で「キ/ムヨ\ナ・セ\ンシュ」
と言っていました。
また、24日17時台の各局のニュースをウオッチしていたら、
○●(テレビ朝日)
男性ナレーター「キ/ムヨナ」(平板アクセント)
女性アナウンサー「キ/ムヨ\ナ・セ\ンシュ」(2語意識)
元五輪代表・佐野稔さん「キ/ムヨナさん」(平板アクセント)
○(日本テレビ)
『リアルタイム』スポーツコーナー女性アナウンサー「キ/ムヨナセ\ンシュ」(1語意識)
●○(読売テレビ)
・『ten!』ナレーターの藤田さん「キ/ムヨ\ナ・セ\ンシュ」(2語意識)=ただご本人に確認したら、
「『キ/ムヨナ』と『平板アクセントで言った』と、自分では思っていた」
ということでした。
●萩原アナウンサー「キ/ムヨ\ナ」、「キ/ムヨ\ナ・セ\ンシュ」
○坂・元アナウンサー「キ/ムヨナ」、「キ/ムヨナセ\ンシュ」
25日朝の日本テレビ『スッキリ!!』では、
○プロスケーターの村主(すぐり)千香さん=「キ/ムヨナセ\ンシュ」
● ○葉山エレーヌアナウンサー=1回目「キ/ムヨ\ナ・セ\ンシュ」、2回目「キ/ムヨナセ\ンシュ」。
● 加藤浩次さん=「キ/ム・ヨ\ナセンシュ」
○荒川静香さん=「キ/ムヨナセ\ンシュ」
また、フジテレビ「とくダネ!」で、
○小倉智昭さん=「キ/ムヨナ」
と、まあかなり揺れていますが、特に誰も意識していなくて、文句も来ていないことから、「どっちもOK」
なのでしょうね。また、おそらく、
「キ\ム・ヨ\ナ」→「キ/ムヨ\ナ」→「キ/ムヨナ」
というアクセントの変化があったのだと思います。真ん中の「キ/ムヨ\ナ」は、
「日本語的なアクセント」
のように思いますし、最後の「キ/ムヨナ」という「平板アクセント」は、
「外来語っぽい感じ」
がします。
「プ/リシラ、カ/リメロ、ハ/バネロ、マ/ツキヨ」
といった「4文字平板アクセント」語群に属するのではないでしょうか。え?最後のは、なんだかちょっと違う気がする?気にしない、気にしない。
「よく使う言葉のアクセントは平板化する」
と明海大学の井上史雄先生がおっしゃっていますが、あれですね、きっと。「キムヨナ」さんの名前が、日本の皆さんの間でも根付いたことの、一つのあらわれではないでしょうか。昔は、
「ド\ラム、ギ\ター、バ\イク、ド\ラマ、ディ/レ\クター」
と言っていましたが、その時代でも、よくこの言葉を使う人たちの間では、
「ド/ラム、ギ/ター、バ/イク、ド/ラマ、ディ/レクター」
という「平板アクセント」である、という話と共通しているように思えますね。
(追記)
2月25日、お昼の日本テレビ「ニュースダッシュ」で、丸岡いずみキャスターは、
「キ/ムヨナ」(平板アクセント)
でした。翌26日の「ニュースダッシュ」でも「平板」で、一緒に出ている男性アナウンサーの枡太一君も、「平板」で、
「キ/ムヨナ」
でした。ただ、キム・ヨナ選手の地元、韓国・
「キ/ムヨ\ナ」
と「中高」に聞こえました。
(2010、2、26)
(追記2)
2月26日の日本テレビ『スッキリ!』の男性ナレーター、女性ナレーターはともに、
「キ/ムヨ\ナ・セ\ンシュ」
田中アナウンサーは、
「キ/ムヨナ」、「キ/ムヨナセ\ンシュ」
女性ナレーターは、
「キ/ム・ヨ\ナセンシュ」8回、「キ/ムヨナセ\ンシュ」1回。
韓国人(日本語)リポーターの金亮香さんは「平板」で「キ/ムヨナセ\ンシュ」3回。
そして、同じく『スッキリ!』で流した、過去に荒川静香さんが『ニュースZERO』でやったインタビューで、浅田真央選手が、
「キ/ムヨ\ナ・セ\ンシュ」
と言っていました。なお、『スッキリ!』では「キム・ヨナ選手」が何度も出てくるので、後半の方は省略して、
「キ\ム選手」
になっていました。2月26日の「ミヤネ屋」で、宮根誠司さんは、
「キ/ムヨ\ナ」「キ/ムヨ\ナ・セ\ンシュ」「キ/ムヨナセ\ンシュ」
と、いろいろなアクセントで喋っていました。
それにしてもキム・ヨナ選手、すごかった・・・。真央ちゃん・・・頑張ったけど残念でした・・・。
2月22日の「ミヤネ屋」で、バンクーバー五輪で盛り上がる「カーリング」を取り上げた時のこと。原稿を見ていると、
「スーパーショット」
というような言葉が出てきました。それを見て、
「カーリングはストーンを『投げて=氷の上を滑らせて』要るが、あれを『ショット』と言っていいのか?」
という疑問が。「ショット」は、バットかクラブかラケットかで「打つ」んですよね、普通のスポーツでは。スタッフに聞くと、
「『ショット』で良いようです」
ということでしたので、そのままにしましたが、気になっていました。
翌朝、2月23日の日本テレビ『スッキリ!!』を見ていたら、「クリスタルジャパン」(チーム青森)の一員・近江谷選手のお父さん(この方も元カーリングの選手だそうです)が、
「スーパーショット」
というふうに「ショット」を使っていらしたので、「ああ、『ショット』でよかったんだ」と思いました。ところが、きょう(2月23日)の「ミヤネ屋」の原稿には、
「最後の一投」
という言葉も出てきて、
「やっぱり、投げてるじゃないか」
と。でも、その後に、
「ナイスショット!」
という言葉も出てきて、
「投げたのにショットなのか???」
と、やはり 疑問は深まってしまいました・・・。こんなことを考えているのは私だけでしょうか?(往年の「はみだしぴあ」みたいになってきた・・・。)
「ヤジは国会の華」
と、民主党新人議員は幹部から教えられていると、2月18日の朝日新聞に書かれていました。それを見て思ったのは、
「『華』と『花』の使い分けの基準はなんだろうか?」
ということ。「華やか」とは書くが、「花やか」とは書かないなあ。
とりあえずこういった時は・・・ということで『新聞用語集2007年版』を引いてみました。
「花」=(一般用語。直物)生け花、傘の花が咲く、花形、花が散る、花の5人衆、花の都、花道、花も実もある、花を添える、一花咲かせる。
なるほど、文字通り「植物の花」ですね。一方「華」は・・・
「華」=(比喩・形容表現に)火事とけんかは江戸の華、華々しい、華やか、華やぐ、武士道の華、文化の華。
なるほど!しっかりと見えてきました!比喩的な場合は「華」なんですね!
やはり、こういった微妙な区別には、『新聞用語集』は役に立ちますねえ!!よ、『用語』の華!
それにしても「華道」は、どうして「花道」ではなんだろう?もう「植物の花」ではないのかな?それとも、
「はなみち」
と読まれないためかな?そんな気もします。
以前、と言ってももう5年ほど前(2005年3月)に「平成ことば事情2001ホームページ、ウェブサイト、ウェブ、サイト」にも書きましたが、最近の事情を・・・。
2009年10月20日、女優の常盤貴子さんが「結婚した」と報じられた際、その「結婚報告」を自分のホームページで発表した、ということを、各メディア(ケータイサイトの。あ、サイトって使った!)はどう表現しているかのメモが出てきました。それによると、
(共同通信)ホームページ
(朝日新聞)自身の公式サイト
(毎日新聞)常盤さんが公式サイトで
(読売新聞)ホームページ
でした。いま「ホームページ」と「サイト」(しかも「公式サイト」)がせめぎあっているなあという感じですかね。これに「ブログ」がどう絡んでくるのか、それとも「ツイッター」になっていくのか、興味のあるところです。
電車の中でチラッと見かけた「吊り広告」に目が留まりました。国立国際美術館の催しの告知ポスターです。そこには、
「絵画の庭~ゼロ年代日本の地平から」(1月16日~4月4日まで)
とありました。この、
「ゼロ年代」
が気になったのです。そうこうしていると、今度は、2月18日発売の『週刊文春』で、ブルボン小林の「マンガホニャララ」というコラムで、
『「地に足がついた」ゼロ年代の漫画表現』
というタイトル。ここでも、
「ゼロ年代」
という言葉が出ていました。本文にも、
「ゼロ年代にデビューした渡辺ペコ」
と「ゼロ年代」が出てきました。この「ゼロ年代」というのは、
「2000年から2009年の10年」
を指すもの。
「ゼロゼロ年代」
という呼び方もあるようです。Google検索(2月22日)では、
「ゼロ年代」 =94万1000件
「ゼロゼロ年代」= 2190件
あ、圧倒的に「ゼロ年代」ですね。このあいだ「ミヤネ屋」では「ゼロゼロ年代」で紹介したなあ。
でもそもそも年代の区切りとしては、2000年は「20世紀」なので、「21世紀」で区切るなら、
「2001年から2010年で区切るべきだ」
という声もあるようです。でも、これまでは、
「70年代」「80年代」「90年代」
でやって来たんだから、それに従うとやはり「2000年から2009年」で区切る方が自然な感じもします。皆さんは、どう、お感じですか?
(2010、2、22)
(追記)
2月24日の日経夕刊・書評欄に、こんな本の紹介が。
『ゼロ年代SF傑作偏』
「ゼロ年代」が定着しているようです。
2010年2月10日の日経新聞夕刊に、
「比在住の子ども つらい境遇~母フィリピン 父は日本人」
という見出しの記事が載っていました。記事の内容は、日本人の父とフィリピン人の母に生まれた国際児のうち、フィリピン在住の子が父から認知された割合は日本にいる子の半分以下で、経済的支援を受けている割合も3分の1以下であることが国際移住機関(IOM)の調べで分かったというもの。そして、こうした国際児は、
「ジャパニーズ・フィリピーノ・チルドレン」
と呼ばれているそうです。これに付いて、「国際児問題に詳しい」という山口元一弁護士がコメントしていますが、この記事には
「国際児」
ということばが特に説明なく、頻出していました。普段の会話では、
「ハーフ」
を使うところでしょう。
国語辞典を引いてみると、『精選版日本国語大辞典』『デジタル大辞泉』『明鏡国語辞典』『三省堂国語辞典』『新明解国語辞典』『広辞苑』『新潮現代国語辞典』にも「国際児」は載っていません。「国際人」は載せている辞書がありましたが、意味が違います。「国際人」は世界を股にかけて活躍していますが、「国際児」は世界の股から生まれて「国」と「国」のまさに「際(きわ)」で見捨てられているような感じです。
Google検索(2月20日)では、
「国際児」=1万1900件
でした。いくつかのサイトから「国際児とは」を拾ってみると、
「国籍と民族が異なる男女の間に生まれた子ども」
「いわゆるハーフ、あるいはダブル(両親の国籍や民族が違っている子ども)のこと」
「国際家族の父と母の間に生まれた子ども」
など。
以前「平成ことば事情1784ハーフ・アメラジアン・国際児」に書いたように、米軍基地のアメリカ人との間に生まれた子どもを、
「アメラジアン」
と呼ぶことは以前からあったようですから、「ジャパニーズ・フィリピーノ・チルドレン」は、それに準じるのでしょうか?そのあたりは、よくわかりません。
また、2月19日の朝日新聞には、
「仏⇔独 父を探して・・・占領下に生まれたハーフたち」
という「ハーフ」という言葉を使った見出しの記事を、フランス東部のバルバック村というところから、飯竹恒一記者が書いていました。それによると、
「ナチスドイツの占領下のフランスで、独兵と仏人女性の間に生まれた人たちが、顔も名前も知らない父親の軌跡をたどる動きが活発になっている」
のだそうです。独兵が残した子どもたちは仏全土で20万人とも言われ、そうした子どもたちは、父親を知らないで育ち、仏独のハーフだといじめられるという三重苦にさいなまれてきたのだそうです。2003年に、仏国内で元独兵を父親に持つ人たちの状況がテレビ番組で紹介されて広く知られるようになり、2004年には「アンファン・モディ(呪われた子どもたち)」という本が出版され、昨年(2009年)、独兵を父親に持つ証しとして独仏の二重国籍の取得も認められるようになったのだそうです。
戦争が残したものが、60年以上経ってこんな形で・・・。
先日、郵便学者の
「岐阜出身の妻の母(義母)の語彙で、東京出身の私がわからなかった言葉に『ねざくる』があります。意味は『こすり付ける』とか、『なすり付ける』とか、そんな感じなんですけど」
という話が出ました。
「ねざくる」
なんて初めて聞いた言葉です。全然知りませんでした。
後日、飯間さんからメールが届きました。
「内藤さんが、たしか奥様の岐阜方言として『ねざくる』をご紹介くださいました。枕カバーに寝汗を『ねざくってはだめ』というように使うとのことでした。『ねざくる』は手元の方言辞典にも見えないのですが、語源は、
『ぬたくる→ねたくる→ねたぐる・ねだくる→ねざくる』
かと考えました。そうだとすると、ずいぶん変化したものです。以下の文献がありました。
山田達也・山口幸洋・鏡味明克『東海の方言散策』中日新聞本社 p.76
---(引用開始)
ネタクル『泥など、ねばつくものを、こすり付ける』
訳が少々長いが意味が狭いからやむを得ない。ネダクルともいう。 昔、どの程度の共通性があった語か分からない。『広辞苑』にもないが、方言としては岐阜県などのネタグル『塗る、なすり付ける』と同類である。尾張の農村。小学校一年生の腕白小僧。私の仲間は皆、着物の袖{そで}口がゴワゴワ、ピカピカしていた。鼻紙、ハンカチなどとは無縁の時代で、だれでも青ばなを袖口でふいて、ネタクッタからである。鼻の下にレールが付いて、出たり、入ったりする青ばなを最近は見かけなくなった。世の中が進むと青ばなも出なくなるものであろうか。(達)---(引用終了)」
そこで私はこんなメールを返しました。
「『ねたくる』は、私も三重出身なので聞いたことがあります。
『ねたくる』の『た』が濁って『ねだくる』、その『だ』が『ざ』に転化して『ねざくる』となるのは、可能性ありますね。『ねたくる』自体も、
『ぬりたくる』→『ぬったくる』→『ねたくる』
と変化したのではないでしょうか?」
それに対して塩田さんが、
「『日本国語大辞典』に以下の項目があるのを見つけました。
ねじくる (中略)[方言](中略)②ぬぐう。 兵庫県但馬652
『ねざくる』との関連を疑わせます。
西日本の一部に、『ねざくる』『ねたくる』『ねじくる』『ねじゃくる』などの変異形が見られることばなのでしょうか。」
そこでまたまた私が、
「『ねじくる』・・・・わたくし、『ねじめ正一』を思い浮かべてしまいました。」
と茶化すと、塩田さんから、
「『ねたくる』は、『日国』にも掲載があるのですね。
ねたくる[他ラ四]こすりつける。ぬりつける。ぬたくる。
煤煙(1909)<森田草平>一九『その儘濡れた掌を男の口髭にねたくり附けた』
で、その『森田草平』は岐阜出身です。
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E6%A3%AE%E7%94%B0%E8%8D%89%E5%B9%B3/
あと、『ぬたくる』の用例で江戸時代のもの『化粧ぬたくりて』が挙げられています。
これは、『ぬりたくって』から来たと考えるのが自然な気がします。
もし、『ぬたくる』と『ねたくる』が同源だとすれば、飯間さん・道浦さんのご指摘どおり、
ぬりたくる > ぬったくる > ぬたくる > ねたくる > ねだくる>ねざくる
という壮大な語形変化のルートが想定できるかもしれませんね。『ねじくる』は関係ないかもしれません。あるいは『ねたくる』と『ねじくる』の混交形が『ねざくる』かも?『やぶる』と『さく』から『やぶく』ができたように。」
とさらに詳しい分析メールが!
もしかしたら方言の専門家には既に解明済みのことかもしれませんが、一つの言葉からいろいろと、話が広がり、楽しかったです。(おもに飯間さんと塩田さんの対話なのですが。)
『パンデミックとたたかう』(押谷仁・瀬名秀明、岩波新書:2009、11、20)
ウイルスの専門家で東北大学教授の押谷仁先生と、『パラサイト・イブ』の著者でミステリー作家の瀬名秀明氏の対談。瀬名氏が、一般の目線で(と言っても、感染症などに関してかなり専門的でお詳しいのだが)ぐいぐいと専門家に疑問を投げかけ、それに対して明快に押谷先生が答えてくれるというもので、大変勉強になった!
「恐れすぎずに恐れる」というのは、情報を伝える立場である我々も、大いに留意しなければならないことだと思った。
今回の新型インフルエンザをめぐる、「色んな失敗」を「次」に生かさなくてはなるまい。
『性的なことば』(井上章一、斎藤光、渋谷知美、三橋順子編・講談社現代新書:2010、1、20)
2004年12月に出た講談社現代新書の『性の用語集』の続編。5年ぶりに出た本は450ページ近い「辞書」のような内容の濃さ。あまり放送では使えないような言葉、つまり「下(シモ)」系の俗語が多いのだが、言葉を使う仕事をしている以上は、その語源や言葉の「経歴」などを押さえおく必要はあるだろう。それは人々の「セイカツ」に根ざしたものだし、ある意味での「教養」でもある。
先日の新聞用語懇談会放送分科会でも問題になった、鳩山総理大臣の夫人の「鳩山幸さん」を指して「幸夫人」と呼ぶような言葉の使い方に関しても、「○○夫人」という項目で載っている。大変勉強になる一冊。
先日、郵便学者の
「岐阜出身の妻の母(義母)の語彙で、東京出身の私がわからなかった言葉に『ねざくる』があります。意味は『こすり付ける』とか、『なすり付ける』とか、そんな感じなんですけど」
という話が出ました。
「ねざくる」
なんて初めて聞いた言葉です。全然知りませんでした。
後日、飯間さんからメールが届きました。
「内藤さんが、たしか奥様の岐阜方言として『ねざくる』をご紹介くださいました。枕カバーに寝汗を『ねざくってはだめ』というように使うとのことでした。『ねざくる』は手元の方言辞典にも見えないのですが、語源は、
『ぬたくる→ねたくる→ねたぐる・ねだくる→ねざくる』
かと考えました。そうだとすると、ずいぶん変化したものです。以下の文献がありました。
山田達也・山口幸洋・鏡味明克『東海の方言散策』中日新聞本社 p.76
---(引用開始)
ネタクル『泥など、ねばつくものを、こすり付ける』
訳が少々長いが意味が狭いからやむを得ない。ネダクルともいう。 昔、どの程度の共通性があった語か分からない。『広辞苑』にもないが、方言としては岐阜県などのネタグル『塗る、なすり付ける』と同類である。尾張の農村。小学校一年生の腕白小僧。私の仲間は皆、着物の袖{そで}口がゴワゴワ、ピカピカしていた。鼻紙、ハンカチなどとは無縁の時代で、だれでも青ばなを袖口でふいて、ネタクッタからである。鼻の下にレールが付いて、出たり、入ったりする青ばなを最近は見かけなくなった。世の中が進むと青ばなも出なくなるものであろうか。(達)---(引用終了)」
そこで私はこんなメールを返しました。
「『ねたくる』は、私も三重出身なので聞いたことがあります。
『ねたくる』の『た』が濁って『ねだくる』、その『だ』が『ざ』に転化して『ねざくる』となるのは、可能性ありますね。『ねたくる』自体も、
『ぬりたくる』→『ぬったくる』→『ねたくる』
と変化したのではないでしょうか?」
それに対して塩田さんが、
「『日本国語大辞典』に以下の項目があるのを見つけました。
ねじくる (中略)[方言](中略)②ぬぐう。 兵庫県但馬652
『ねざくる』との関連を疑わせます。
西日本の一部に、『ねざくる』『ねたくる』『ねじくる』『ねじゃくる』などの変異形が見られることばなのでしょうか。」
そこでまたまた私が、
「『ねじくる』・・・・わたくし、『ねじめ正一』を思い浮かべてしまいました。」
と茶化すと、塩田さんから、
「『ねたくる』は、『日国』にも掲載があるのですね。
ねたくる[他ラ四]こすりつける。ぬりつける。ぬたくる。
煤煙(1909)<森田草平>一九『その儘濡れた掌を男の口髭にねたくり附けた』
で、その『森田草平』は岐阜出身です。
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E6%A3%AE%E7%94%B0%E8%8D%89%E5%B9%B3/
あと、『ぬたくる』の用例で江戸時代のもの『化粧ぬたくりて』が挙げられています。
これは、『ぬりたくって』から来たと考えるのが自然な気がします。
もし、『ぬたくる』と『ねたくる』が同源だとすれば、飯間さん・道浦さんのご指摘どおり、
ぬりたくる > ぬったくる > ぬたくる > ねたくる > ねだくる>ねざくる
という壮大な語形変化のルートが想定できるかもしれませんね。『ねじくる』は関係ないかもしれません。あるいは『ねたくる』と『ねじくる』の混交形が『ねざくる』かも?『やぶる』と『さく』から『やぶく』ができたように。」
とさらに詳しい分析メールが!
もしかしたら方言の専門家には既に解明済みのことかもしれませんが、一つの言葉からいろいろと、話が広がり、楽しかったです。(おもに飯間さんと塩田さんの対話なのですが。)
2月10日の読売新聞で、「読売文学賞」を受賞された作家の丸谷才一さんがインタビューを受けていました。その見出しが、
「酷愛の作品 解説存分に」
とありましたが、この
「酷愛」
という言葉、見慣れないなあと思い、本文でも使われているのかな?と見てみると、
「ジョイスを酷愛する作家にしてはじめて成った、生涯をかけた翻訳、研究だろう」
と本文でも使っていました。記事は尾崎真理子記者によるもの。
『精選版日本国語大辞典』『広辞苑』『三省堂国語辞典』『岩波国語辞典』に「酷愛」は載っていません。
「酷○」という形の言葉は『岩波国語辞典』では、
「酷悪」「酷遇」「酷使」「酷暑」「酷熱」「酷薄」「酷評」「酷吏」「酷烈」
の「9語」しか載っていませんでした。いずれも「酷」は「ひどい」という「マイナスイメージ」で使われていました。この「酷愛」はおそらく「プラスイメージ」で使われているのでしょうが、造語なのでしょうか?造語にしては「 」や" "が付いていないなあ。同じようなイメージの言葉としては、ちょっと甘いイメージはあるけれど、
「溺愛」
があります。「溺愛」は「出来あい」の言葉だから避けたのでしょうか?
Googleで検索してみると(2月22日)、
「酷愛」=34万6000件
もありました!ネット上ではものすごく使われているようですね。「日本語のページ」に限ると、
「酷愛」= 3240件
お、激減。ということは、「中国語から入ってきた言葉」なのか?
「濃く愛」
ということかな?
『大阪づくし私の産声~山崎豊子自作を語る2』(山崎豊子、新潮社:2009、11、25)という本を読んでいたら、こんな文章が出てきました。
「京都女子大へ進学するようになった時、はじめて自由に、それも割にたくさんなお小遣いを持たせて貰った嬉しさは忘れることが出来ない。」(101~102ページ)
この中の、
「たくさんなお小遣い」
という表現が気になりました。普通は、
「たくさんのお小遣い」
とするところではないでしょうか?そのあとにも、
「赤い財布や四角な皮の定期入れを持っているのを、さんざん羨ましげに眺めていた」(102ページ)
というふうに、
「四角な皮の定期入れ」
という表現も。これも普通は、
「四角の皮の定期入れ」
とするのではないでしょうか?また「皮」ではなく「革」を使う気もします。
「平成ことば事情2598ライブな社会」「平成ことば事情3787長身な彼」も、あわせてお読み下さい。
私は普段はあまり見ないのですが、小6の息子が大好きな番組に、某局のクイズ番組があります。3チームに分かれてクイズをして、一番成績の悪かったチームのメンバーは、最後にみんな別々のブースに入って、そのうちの2人だけ、上から水が掛けられるという趣向。それをさして番組で、
「お楽しみゲーム」
と言っていました。字幕スーパーも出ていました。でも・・・あきらかにそれは、
「罰ゲーム」
ですよね。一番成績が悪かった「戦犯」とされていた男性タレントには水がかからず、それで、水がかかるとばかり思っていた彼は、
「(水がかからなかったことが)人生最大の罰ゲームです」
と言っていました。やっぱり「罰ゲーム」なんだ・・・。この言い換えはどうかなあと思いました。今テレビでは「罰ゲーム」も使えなくなっているのでしょうか?
2月18日の朝日新聞を読んでいたら、
『仕分け「独法廃止」も~枝野刷新相、第2弾で』
という見出しが。これを見て私は、
「え?『独法廃止』って・・・『独占禁止法』が廃止されるの?」
と思ってしまいましたが、本文をよく読むと、「独法」は、
「独立行政法人」
のことでした。ああ、そういうこと。「ドイツの法律」でもありません。
Google検索では(2月19日)
「独法、独立行政法人」=8万0400件
「独法、独立法人」 = 7440件
「独法、独占禁止法」= 3960件
「独法、ドイツ法」 = 916件
でした。
「独立行政法人」は「ウィキペディア」には、
「短縮する必要がある場合は独法、独行法人等と表記する」
と書かれていましたが、「独占禁止法」も「独法通則法改正案」などと使われているほか、「ドイツ法」も「EC法、独法」のように使われているようです
しかし私と同じように「わかりにくい、まぎらわしい」と感じた人がいたようです。それは2月4日の産経新聞で、
「独立行政法人の抜本的改革を進める意向を表明した。『独法は原則廃止だ。(天下り
などは)廃止を含め検討しないと止まらない』と述べた。」
というところで感じたようです。 (2010、2、19)
(追記)
2月28日の朝日新聞の見出しに、
『21独法、国費で国債3000億円~余剰資産や基金運用』
と、「独立行政法人」の意味での「独法」が使われていました。朝日は「独法」好き?
去年(2009年)10月2日の「ミヤネ屋」の芸能パネルのコーナーで、内田裕也さんの服装についての部分で、事前のチェックで、
「黒づくめ」
という表記が出てきましたので、
「黒ずくめ」
に直しました。「づ」「ず」「じ」「ぢ」は「四つ仮名」と呼ばれるもので、使い分けが難しいのですが、
「黒ずくめ」は「ず」
「黒づくし」ならば「づ」
なのです。漢字で書くと、両方とも、
「尽くし」
なのですが・・・
『新聞用語集2007年版』によると、
「心尽くし(こころづくし)」
「黒尽くめ(くろずくめ)」
「結構尽くめ(けっこうずくめ)」
という使い分けになっています。
これに関しては、平成ことば事情3669「異例づくしか?異例ずくめか?」で書きました。そこで載せた、専門家の早稲田大学非常勤講師の
『四つ仮名は、「現代仮名遣い」の方針にかかわることで、かなり人為的な、もっといえば恣意的なものですね。
「心づくし」に対して、「黒ずくめ」「力ずく」になる理由は、「つくす」や「つく(つきる)」とのつながりが感じられるかどうかによります。
漢字で書くと、両方とも、「尽くめ」「尽くし」なのですが、「~づくし」は動詞「尽くす」の意識が残っているのに対して、「~ずくめ」「~ずく」は、もはや動詞とのつながりが感じられなくなっているというわけです。
実際、「ずくめ」「ずく」の語源が直感的に分かる人は少ないでしょう。
『日本国語大辞典』によれば、「~ずくめ」は「ヅク(尽)に接尾語メの付いた語」とありますが、語法としてはイレギュラーです。「~ずく」については語源の説明もありません。実際のところ、「尽くす」から来たのか、「尽く(尽きる)」から来たのかも(私にとっては)あいまいです。
「出ずっぱり」とか「つまずく」なども、「出突っ張り」「爪付く」という語源を考えれば「出づっぱり」「つまづく」でよさそうなものですが、語源が忘れられたために、本則は「ず」を使いますね。これらと同様でしょう。
しかし、それなら「こぢんまり」は「小+ちんまり」から来ていることを意識している人は少ないと思いますが、なぜか現代仮名遣いでは「こじんまり」とはしないのですね。恣意的だと私が思うのは、こういう点です。』
飯間さん、ありがとうございます。
また、日ごろ新聞用語懇談会でお世話になっている、日本新聞協会の金武伸弥さんのコメントも再録します。
「『新聞用語集』115~116ページに、
《1、 仮名の使い方は、おおむね発音通りとする。「ぢ、づ」は原則として「じ、ず」を用いる。》
とあり、例外として、117ページに、
《5(2)2語の連合によって生じた「ぢ」「づ」は「ぢ」「づ」と書く》
ことになっています。(例:はなぢ=鼻+血、みかづき=三日+月)
「心尽くし」「あいそづかし」は「心+尽くす」「あいそ+尽かす」ですから2語の連合で「こころづくし」「あいそづかし」です。しかし、同じページの後に、
《なお、次のような語は、現代語の意識では2語に分解しにくいもの等として「じ、ず」を用いて書く》
とあり、「うでずく」「くろずくめ」などが挙げてあります。
「黒ずくめ」「結構ずくめ」などの「ずくめ」は、漢字は「尽」を当てますが、接尾語で、単独でも「つくめ」と発音しません。したがって「黒+つくめ」ではなく、「黒+接尾語ずくめ」であると解釈します。
「腕ずく」「金ずく」「力ずく(力任せ)」も同様で、単独でも「つく」と発音しません。したがって「腕+つく」ではなく、「腕+接尾語ずく」であると解釈します。 (下線は道浦)
同じ漢字を当てても「人妻」は「人+妻」で2語の連合ですから「ひとづま」、「稲妻」は現代語では「稲+妻」の意識はなく、1語ですから「いなずま」とします(語源的には「稲の妻」なのですが。そこで『新聞用語集』118ページには内閣告示「現代仮名遣い」は「いなづま」も許容しているが、この用語集では本則に従う。とあります)
また、「力が付いてくる」という意味の「力付く」は2語の連合で「力づく」です。
このことは拙著『王道日本語ドリル』の「間違えやすい仮名遣い」の項にも解説してあります。」
金武さん、ありがとうございます。
詳しくは『王道日本語ドリル』(集英社新書)を読んでみることにいたしましょう!いや、もう読んだんですけどね、もう一度・・・。
『美女と野球』(リリー・フランキー、河出文庫:2005,10,20初版・2006、9、20第42刷)
この間、京都で劇団四季のミュージカル「美女と野獣」を見た。帰って来て本棚を見ると、読みかけの『美女と野球』が・・・で、読んでみた。
うーん、下品!だよなあ。下品は嫌いじゃないけど、なんかちょっと違う種類の下品です。
のちに『東京タワー~オカンとボクと、時々オトン』につながるようなエッセイも載っていた。これがふくらんで小説・映画になったんだね、と。1997~1998年頃の話。
下品だけど、そんな人間の真実も書かれている、そういった種類の本なので、"好き嫌い"があると思います。でも奥付を見てびっくりした。何と「42刷!」ですよ!この文庫本、発行から1年足らずで!超ベストセラーじゃない!すんごいなあ!!
『若き友人たちへ~筑紫哲也ラスト・メッセージ』(筑紫哲也、集英社新書:2009、10、21)
故・筑紫哲也氏は、早稲田大学と立命館大学で講義をしていた。その講義録を集めたような本。その意味で「若き友人へ」というタイトルはつけられたのだろう。
巻末に、著者が高校時代(だっけか?)に書いた文章が載っている。それを読むと"時代の空気"を感じるとともに、早熟な著者の萌芽を見ることも出来る。青いですけど、すがすがしい気がした。もう、亡くなって1年以上経つんですね・・・。
『47都道府県これ!?マジ条例集』(長嶺超輝、幻冬舎新書:2009、11、30)
各都道府県別に「おもしろい変わった条例」を集めた本。そういう意味では、なかなかないユニークな視点の本。でも、そんなに各都道府県全部に変わった条例があるはずもなく、ちょっと苦しい。全都道府県にこだわらずにおもしろい条例だけを集めてもよかったのに。
やはり「変わった条例ナンバー1」は、帯にも書かれているように「山口県光市」の「おっぱい条例」でしょう。どんな条例かは、本書をお読み下さい。
『ひとりずもう』(さくらももこ、小学館文庫:2010、1、13)
さくらももこさんの中学から高校時代のことを書いたもの。一人のちょっと変わった、でも、ごくフツウの女の子の「青春時代」を描いたもの。これがさくらももこさんのものでなければ、たぶんおもしろくもなんともないと思う。つまり最終的に「成功物語」になっているので、読める。でも悶々としている人は、読むといいかも。
なぜさくらさんが、こういった形の漫画家、つまりエッセイのような漫画を書くようになったかがわかる。
なお、この本を買った場所は本屋さんではなく、何と「コンビニ」でした。
表記で気付いたのは、
「家にいる時は学校で使っているジャージを着ていたので、ジャージは便利だなァと思っていたのである。」
「ジャージ」という表記。「ジャージー」ではなく。
「おんぼろダンス」
というのは「古くてオンボロの箪笥」のことだが、パッと見たときに「ダンス」は、
「踊りのダンス」
のことかと思って、「なんじゃ、そりゃあ!」と思った。
報道のS君から電話です。
「ドキュメンタリーのナレーションの録音をしているのですが、『ワラをもすがる思い』でしょうか?それとも『ワラにもすがる思い』でしょうか?」
「うーん、『溺れる者はワラをもつかむ』とは言うけど・・・この場合は『ワラにもすがる思い』かなあ」
と言った時、にハッと気付きました。これは
「溺れる者はワラをもつかむ」
「ワラにもすがる思い」
という「ワラ」にまつわる2つの言い回しの「混交表現」であると!
こういう似たものが交じると、何となく正しい感じになるので、知らない間に使ってしまうおそれあり。クワバラ、クワバラ、気をつけないといけません。
ちなみに、Google検索(2月18日)では、まず「正しい」表現の一部、
「ワラをもつかむ」=34万3000件
「わらをもつかむ」=66万2000件
「ワラをも摑む」 = 59件
「わらをも摑む」 = 93件
「藁をもつかむ」 =93万8000件
「藁をも摑む」 = 6100件
次も正しい形。
「わらにもすがる」=120万0000件
「ワラにもすがる」= 77万0000件
「藁にもすがる」 =310万0000件
「わらにも縋る」 = 4万8100件
「ワラにも縋る」 = 8万5900件
「藁にも縋る」 = 65万0000件
そして「混交表現の間違い」ですが・・・・
「ワラをもすがる」= 28万4000件
「わらをもすがる」= 82万5000件
「わらをも縋る」 = 1万4900件
「ワラをも縋る」 = 9960件
「藁をもすがる」 =107万0000件
「藁をも縋る」 = 14万8000件
けっこうたくさん、間違った表現が使われているようですね・・・。
これは「ない」と思いますが、一応(2月29日検索)
「ワラにもつかむ」= 7000件
「わらにもつかむ」=1万7300件
「ワラにも摑む」 = 0件
「わらにも摑む」 = 0件
「藁にもつかむ」 =4万9000件
「藁にも摑む」 = 2件
「藁にもつかむ」と「わらにもつかむ」が、ともに「万」単位で使われているのには驚きました。
いずれにせよ「藁」も「縋る」も、「手書き」だと書けない人が多いのではないでしょうか?
「松下電器産業」が「パナソニック」に社名が変わりましたね。創業者の名前がなくなった。それはつまり、企業として本当に大きくなった、国際的になったということの表れなのかもしれません。もちろん、創業者の名前を冠したまま世界的になっている企業もあるでしょうが。
こんなことをふと思ったのは、読売テレビの近くを歩いていたら、この間までたしか、
「松下電工」
と書かれていた会社の看板が、
「パナソニック電工」
に変わっていたのを見かけたからです。そうか、関連会社も全部名称変更したのか・・・そう思ったときに、一つ大きな疑問が!
「あ!松下政経塾は?『パナソニック政経塾』になったのか??」
・ ・・ということで調べてみたら・・・・そのままでした。ホッ・・・。(なんで!?)
これはある意味、創業者の名前を冠することにこそ意味があるので、やはり変えないんでしょうね。ちょっと安心しました。
2月11日の「ミヤネ屋」の放送で、冬季五輪の選手で、ウインタースポーツのほかにラグビーの選手もやっていることをさして、
「二足のわらじ」
と表現しました。しかし本来「二足をわらし(をはく)」というのは、
「博徒(ばくと)が十手を預かるような、仕事が相矛盾する場合」(『広辞苑』)
を指しました。(「博徒=ばくち打ち=ヤクザのような感じ」が「十手を預かる=警察」)
つまり、似たような仕事をやっていたり、競技は違っても同じ「スポーツ」をしている場合には使わなかったのですが、現在は、
「単に二つの職業を兼ねること」
も意味していますが、一応、知識として、スタッフにも知らせました。
2月18日の朝日新聞スポーツ欄、バンクーバー五輪の記事で、
「W杯の女王、念願の『金』」
という見出しが。女子一人乗りリュージュのドイツ・ヒュフナー選手のことです。この、
「女王」
という表現、スポーツの世界ではよく出てきますね。
一方、同じ2月18日の毎日新聞には、
「見たか皇帝の4回転」
という見出しで、男子フィギュアのロシア・プルシェンコ選手の記事です。こちらは、
「皇帝」
です。スポーツで「皇帝」で思い出すのは、サッカー好きの私にとっては西ドイツ代表の、
「皇帝ベッケンバウアー」
ですね。ドイツ語では「カイザー」でした。サッカーだと他にも、ブラジルのペレ選手が、
「王様(キング・ペレ)」
ですね。また、フランスのミッシェル・プラティニ選手は、
「将軍」
でした。うーん、すごい称号だ。話がそれましたが、「それ」ついでに「皇帝」と言えば、
「皇帝ペンギン」
ペンギンはほかにも、
「王様ペンギン」
という種類も。どっちが偉いんだろ?
あ、私が気になったのはスポーツの世界に出てくる「女王」とか「皇帝」とか「王様」とか「将軍」は、誰がどうやって付ける「称号」なんだろうなあということ。またスポーツの分野によってそれが違ったりするのかなあ?という漠然とした疑問の提示でした。ご存じの方、ぜひ教えて下さい。宜しくお願いします。
の表記に付いて、「ミヤネ屋」のスタッフから質問を受けました。
「"やきにく"は、"焼き肉"でしょうか?それとも"焼肉"でしょうか?」
『新聞用語集2007年版』には、
「焼き肉」「焼き鳥」
など「き」を送ると記されていますので、それに従うように指示しました。
ただ街中のお店の看板には、
「焼肉○○」
のように「き」を抜いた形の物も数多く見受けられます。その店を紹介する場合は「固有名詞」なので、それに従えばいいのですが、日ごろ街中でそういった表記の方を多く目にしていると、
「"焼肉"という表記でいいのではないか?」
と思うのも、ゆえないことではありません。大変有名な、
「『○肉□食』の空欄を漢字で埋めよ」
という問題で、正解は「弱肉強食」ですが、珍答として、
「焼肉定食」
というのも、もしかしたら「焼肉」という表記を支持する人が多いことに関係しているかもしれません。
そんな中、フジテレビは去年(だったと思うのですが、もしかしたら、おととしだったかも)、「焼肉」という表記をOKにしたそうです。
表記の問題は難しいです・・・。
2月10日、「ミヤネ屋」で、宮城県石巻市で起きた殺人・誘拐事件の表現に関して、ディレクターから質問を受けました。
「少年は、二女を一緒に連れて行ってるんですが、これは『連れ去り』でしょうか?それとも『連れ出し』でしょうか?」
わたしは、
「連れ去り」
と答えました。「連れ去り」は、連れ去った人(=犯人)に焦点が当たっています。
それに対して「連れ出し」は、「連れ出された人」の方にやや焦点が当たっています。
今回の事件では、
「連れ去った犯人」
がターゲットで、「連れ去られた」女性は「被害者」ですから、「連れ去り」の方が妥当だと思いますと答えました。『精選版日本国語大辞典』では、
「連れ去る」=連れてその場を離れる。
「連れ出す」=(1)取り出す。また、持ち出す。(2)連れて外へ出す。誘って外へ出す。
ということで、違いは「誘って」という部分。「連れ去る」は「無理やり感」がありますね。
民主党の小林千代美議員側が違法な選挙費用を受けていた疑いで、政治資金規正法違反(企業・団体献金の禁止)容疑で、小林氏の選挙対策委員長の自宅が捜索を受けましたが、違法な選挙費用・資金を提供したとされるのが、
「北海道教職員組合」
このところよく新聞・テレビに、その名前が出てきます。この「北海道教職員組合」ですが、8文字と長いので、略されて、
「北教組」
となっています。「北」は、もちろん、
「北海道」
の略です。2月17日のNHKのニュースでも、
「北教組、不正資金提供の疑い」
という見出しスーパーが、また同じ2月17日の産経新聞でも、
「『千円カンパ』を裏金か?北教組、組合員から選挙の度に」
というふうに「北教組」を使っています。同じく2月17日読売新聞夕刊には、
「北教組資金 別口座に」
日経新聞の同じく2月17日夕刊にも、
「『北教組委員長から現金』経理担当者が説明」
と「北教組」が使われていましたし、朝日新聞でもこの略称が使われていました。しかしこれを見ると、「北」が「北海道」の略ではなく、
「北朝鮮」
の略のように見えてしまいます。実際、同じ日の紙面で産経新聞は、「北朝鮮」の意味でも「北」を使っていました。
多分で地元(北海道)で「北教組」という略称が使われているのでしょう。別に擁護するわけではないんですが、なんだか「北」と略すだけで、「悪いイメージ」が付いてしまっている気もします。いいのかな、この略称で。(2010、2、17)
(追記)
北海道出身の「かくた」さんという方からコメントを頂きました。それによると、
『北海道教職員組合は自ら略称として「北教組(ほっきょうそ)」を昔々から使用していますから、これは変えようがありませんねぇ。』
とのこと。あ、そうか「ほっかいどう」だから「北」と書いてあっても「きた教組」ではなく、
「ほっきょうそ」
なんですね、読み方は!また、
『何かと対立する北海道教育委員会の略称は「道教委」なのが面白いところです。』
ですって。どうも、ありがとうございました!
元横綱・朝青龍のニュースを伝えた時のこと。事前に原稿をチェックしていると、
「初の外国人横綱に昇進」
という表現が出てきました。おや?と思い、
「外国人として初の横綱昇進」
に直しました。というのも、
「『外国人横綱』という枠」
があるわけではないので、正確な表現はやはり「外国人として初の横綱昇進」です。
ただその状態を指して「外国人横綱」と呼ぶことはあるでしょう。ですから、微妙ですね。実はナレーションは、既に録音(完パケに)してあったので、放送時間も迫っていたことから録音のとり直しはせず、字幕スーパーのみ、直しました。
去年、オバマ大統領を、
「初の黒人大統領」
と呼ぶかどうかの話がありましたが、あれと基本的に同じことですね
これについて書いたと思っていたら、まだだったみたいなので、個々に書きます。去年(2009年)の2月の新聞用語懇談会放送分科会で「初の黒人大統領」という表現について議題に上がりました。
委員の一人から、
「先般の『オバマ大統領就任』に際し、『黒人初』という表現について、社内で何か議論はあったのか? 」
と質問が出ました。2009年1月21日の新聞・放送各系列は、
(朝日新聞)『オバマ米大統領就任 黒人初(見出し)』『初のアフリカ系(黒人)の第44代大統領(本文)』
(読売新聞)『初の黒人(見出し)』『黒人の大統領誕生は、奴隷制など人種差別の過去を持つ米国史上初めて(本文)』
(毎日新聞)『初の黒人(見出し)』『黒人大統領は米国史上初めて(本文)』
(日本経済新聞)『初の黒人、47歳(見出し)』
(産経新聞)「黒人」の見出しは、なし。『黒人大統領の誕生は、米国独立以来これが始めて(本文)』
<放送・HPのテキストから>
(NHK)
『~バラク・オバマ氏が就任し、アメリカ史上初めての黒人の大統領が誕生しました。』
(TBS=JNN)
『アメリカの建国史上、初めての黒人大統領の誕生です。』
(テレビ朝日=ANN)
『黒人初の大統領誕生の瞬間を見届けようと』
(フジテレビ=FNN)
『アメリカのオバマ新大統領の就任式が21日未明に行われ、⇒「黒人初」特に見当たらず・・。
(日本テレビ=NNN)
『アメリカ初の黒人大統領となるバラク・オバマ新大統領が20日、就任演説を~』
(テレビ東京=TX) テキスト なし
かつて、パウエル国防長官就任時は「カリブ系アメリカ人」との表現も。
という報告がありました。
これについての各社からは、
(NHK)「黒人」に差別性はない(使ってもよい)。「黒人初」はOK。「初の黒人大統領」の方が×」
(TBS)「黒人」はOK。「アフリカ系」について協議したが、そちらの方が却って目立ってしまう。ただ、スーパーで「黒人」とは出たが、コメントでは言わなかった。
(NTV)内容的には「アフリカ系アメリカ人」を中心に使った。(1月20日の就任式後に、「『黒人』は不可」という連絡が、NTVから読売テレビに回ってきたにも関わらず、その後のNTVの番組で「黒人」を使っていた。)
(フジテレビ)特に議論はなかった。普通に「黒人の~」と言っている。
(テレビ朝日)他局と同じ。本記は「アフリカ系」。「黒人」を使っていけないことはない。必要があれば使う。オバマ大統領の発言で「ボクは"雑種"だから」と言ったのをそのまま「雑種」とスーパーした。
(テレビ東京)「アフリカ系」は使っていない。「黒人」を使っている。
(WOWOW)元NHKの手嶋龍一さんが「アメリカの黒人のルーツはアフリカ系(アフリカン・アメリカン)の奴隷。オバマは移民。「アフリカン・アメリカン」であって「黒人」ではない。「ハーフ」であって「黒人」ではない。オバマは後天的にブラック(黒人)を求めてきた。」と言っていたのに納得した。(その説明に私=道浦は納得できなかったのですが・・・)スポーツ中継では「黒人」は使わずに、これまで「アフリカン・アメリカン」を使ってきた。
(共同通信)「初めての黒人大統領」と使った。「黒人」はOK。ただ、特に強調する場合以外には、「黒人」も「アフリカ系アメリカ人」も使わない。
というような意見が出ました。
先週、2人のアナウンサーから同じ日に質問を受けました。
「民主党の『七奉行』の読み方は『シチ奉行』か?『なな奉行』か?」
「民主党の七奉行」というのは、
「岡田克也、前原誠司、野田佳彦、仙谷由人、枝野幸男、玄葉光一郎、樽床伸二」
の各氏のことですね。このうち4人は現職の大臣です。名付け親は、民主党の「黄門様」こと渡部恒三氏。これはもちろん、その昔の自民党の、
「竹下派七奉行」
になぞらえていますよね。「竹下派七奉行」というのは、
「小渕恵三、橋本龍太郎、梶山静六、小沢一郎、羽田孜、渡部恒三、奥田敬和」
の七人。渡部さんも入っていました。このうち3人が総理大臣になっているのですから、すごいです。そのほかの人も政界で力を振るってきました。
さて、この質問にあった「民主党の七奉行」ですが、私はこれまで何回か、
「シチ奉行」
と読んできました。
「七」の読み方に2種類あるのはご存じの通りですが、古い時代は「シチ」と読みます。「なな」になったのは明治30年(1890年代後半)以降と見られています。ですから、現代の話であっても、「奉行」のような古い(江戸時代)言葉に付く「七」には、「シチ」がふさわしいと思います。ちなみに「シチ」と読むものには、
「四十七士」(シジューシチシ=赤穂浪士・忠臣蔵)
「七回忌」(シチカイキ)、「十七回忌」(ジューシチカイキ)
「七人の侍」(シチニンノサムライ)
「七代目」(シチダイメ)※これは「ななダイメ」と言うこともある。
「七段」(シチダン=囲碁・将棋・武道の段位)
「七福神」(シチフクジン)
などがあります。関西は「なな」の勢力が強いように感じます。商売の関係でしょうか?
数年前に問題になったのは、将棋の羽生善治さんが「七冠」になった時、
「ななかん」
と読む人が多かったですが、正しくは「シチカン」であるという声が専門家の間から出ました(柳瀬尚紀氏など)。
また、太宰治の『十二月八日』という作品の中では、「皇紀二千六百年」(=昭和15年)という時代を舞台に100年後の「皇紀二千七百年」の「七百年」部分の読み方について、登場人物が、
「『ななひゃくねん』はおかしい。『シチヒャクねん』でなければ!」
と話すシーンがあります。
そもそも漢語に関して「なな」という読み方は、明治の中ごろ、商売・経済関係で出てきたようで、当時はその語の響きに関しては否定的な意見も多かったようです。
ただ、言葉に詳しいNHKの知り合いに聞くと、
「今回の民主党の『七奉行』は、まだ出てきたことがないが、竹下派・七奉行のときは『なな』だった」
とのこと。え・・・そう言われるとちょっと気持ちが揺れます。
また小学館で辞書を作っている知り合いに聞くと、
「いわゆる名数で、七賢・七雄・七福神・七島などは音で『シチ』なので、『七奉行』も『シチブギョウ』になるのかもしれませんが、『ナナブギョウ』とで『ゆれ』があるのではないかと思います。『ナナブギョウ』と読まれることが多いとすれば、『シチ』の言いにくさも関係があるのかもしれません。」
とのことでした。
「シチとななの読み方」に関しては、助数詞との関係でどう変わるのかに関して、「平成ことば事情2657 NHKアクセント辞典に見るシチとななの変化」に書きましたので、そちらもお読み下さい。
5歳の娘が、
「すごろく、やろ」
と言うので、「じゃあやろうか」と応じましたが、「サイコロ」がありません。
「サイコロ、持ってきて」
と頼むと、
「サイコロないから、これでやろ」
と持ってきたのは、「平べったい消しゴム」。うーん、これでは表か裏かの2種類しか出そうにないなあ。しかも、「何の目が出たか」は、目を書き込んであるわけではないから、わからないし。どうする?数字を書き込む?と聞くと、娘は、
「ううん、何が出たかは、わたしが言う」
と。うーん、ゲームはすべてそっちの裁量かよ。ま、いいか、お遊びなんだし、と思って「平べったい消しゴムのサイコロ」を振って、「何が出たん?」と聞くと、
「うーんと、四」
とか、
「五」
とか言うので、それに合わせてコマを進めていました。しばらくしてまた、「何が出たん?」と聞くと、今度は、
「えーっと、七」
落語の「狸賽」(たぬさい)じゃあないんだから・・・。
「あのね、サイコロの目は、六までしかないんだよ」
と教えると、
「じゃあ、六」
こんな「すごろく」なら、とっても平和です。
2月15日放送の日本テレビ『しゃべくり007』のゲストの女の子で、女子中学生の人気No.1という桐谷美玲さんという人が、
「少女漫画『君に届け』の中に出てくる『風早(かざはや)くん』というのが『好みのタイプ」
だと言っていました。それ自体に私は特に何も興味はなかったのですが、彼女がそのことを指して、
「どタイプなんです」
と言っているのには注意をひかれました。
「どタイプ」
って・・・何でも「ど」をつければいいってもんじゃないけど、「ど」は単なる「強め・強調」の言葉になって、今の若い人たちにとっては、「マイナスのイメージ」というのはないんだなあ、と思いました。Google検索(2月16日)では、
「どタイプ」=5830件
もあって、
「きゃあ!どタイプです(笑)」
「顔がどタイプの女の子」
「超ど対応のかわいい子」
なんて表現がある一方、
「おーるどタイプ」
「まいるどタイプ」
なんてのも含まれていたので、5830件全部がこういった用例とは限りません。
「ど」にか関しては、「平成ことば事情486どキレイ」「2946ド平日」「3487アラ還」もお読み下さい。
2月12日の「ミヤネ屋」のオンエアー前に、Wディレクターから質問を受けました。
「与謝野・元文部科学大臣のことを『四字熟語』で表現したいんですが、『重厚謹厳』っていうのはどうでしょうか?」
「うーん、『謹厳』は、『重厚』とは別のような気がするなあ。『重厚』と聞いてすぐに出てくるのは『重厚長大』だけど、この場合は、全然違うしなあ」
と言いながら、手元の『類語大辞典』で「重厚」を引くと、同じような意味(類語)で載っていたのが、
「端厳(たんげん)」
という言葉。意味は、
「きちんとしていてすきがなく、威厳がある様子」
で、例文としては、
「端厳な老人」
これだ!と思いましたね。正確な意味では、こなれた(世の中でよく使われている)「四字熟語」ではないかもしれないけど、これなら収まりがいいねということで、
「重厚端厳」
という表現にしてオンエアーしました。
Googleで検索(2月16日)したところ、「重厚端厳」という四字熟語は1件も出てきませんでしたが、
「端厳で重厚感が街の誇りとなる秀麗な32邸」
という「マンションの広告」が出てきました。まあ、ゴテゴテしてるけど、重い感じはよく出ていますね。また、
「挙止端厳」
という言葉もありました。黒龍会編『西南記伝』からで、
「大四郎、人となり、眉目秀麗、挙止端厳」
という一文です。ウム、重々しいな。非常に「正しく厳かな感じ」です。
いよいよ開幕した「バンクーバー冬季オリンピック」。
開会式の生放送を見ていたら、
「『インディアン』のことを『ファーストネーションズ』と言う」
と、実況の男性アナウンサーが説明していました。また、
「ネイティーズ」
というのは、
「先住民と欧米人との間の子の子孫」
のことなんだそうです。いずれも初めて聞きました。そのほかに「イヌイット」もいるし、カナダには200もの先住民族がいるそうです。つまり、それだけたくさん先住の人たちがいるところに、ヨーロッパの人たちが後から入ってきたということですね、「新」大陸に。
それはさておき、入場行進を見ていたら、結構「初出場」の国がありました。ガーナ、パキスタン、コロンビア、ケイマン諸島、セルビア(として初出場)など。
そのほか「1人のみ出場」の国は、アルジェリア、エチオピア、香港チャイナ、モンテネグロ、モロッコ、メキシコ、ポルトガル、セネガルなど。エチオピアは2回目参加で1人だけ参加。この選手はなんと、
「北海道でスキーのインストラクター」
していて「日本語堪能」だとか。
「参加人数がひとけた」の国も多かったです。南アフリカ2人、ネパール2人、キルギス(と実況。キルギスタンでは?)2人、ジャマイカ2人、サンマリノ2人、チャイニーズ・タイペイ2人。モナコ3人、インド3人、イスラエルは3人、アイスランド4人、トルコ5人、レ\バノン5人、北朝鮮6人、イラン7人で女性選手1人が初参加。ブラジルとブルガリア8人。
「アフリカ」から「冬季」オリンピックに選手が参加していること自体「オドロキ」ですよね。多くの選手は「カナダ」や「スイス」などといった「雪のある国」に「留学」しているようですが。そう言えば、「冬季五輪」と縁がなさそうな「ジャマイカ」のボブスレー選手の奮闘が描かれた映画『クール・ランニング』では、選手たちの様子が面白おかしく感動的に描かれましたが、そのジャマイカからは、今回2人が参加です。
意外に少ないのは、北欧のデンマーク。18人しか参加していません。また、これまでにとったメダルは長野五輪のカーリングの「銀」のみというのも意外です。
2ケタの選手参加は、ハンガリー16人、ニュージーランド16人、スペイン18人、ルーマニア29人、オランダ34人、カザフスタン38人、韓国46人、ウクライナ47人、ポーランド50人、スロベニア50人、イギリス52人、ラトビア60人、スロバキア79人。
わが日本は94人。これは前回トリノ五輪より18人減っているそうですが、それでも100人近い選手団というのは多いですよね。
ほかにたくさん選手を送っているのは、中国92人、フィンランド100人、ノルウェー100人(=冬五輪でメダル最も多い)、フランスは108人、イタリア109人、スウエーデン118人、スイス154人、ドイツ165人(ボブスレーやリュージュはメダル独占。メダル獲得数が前回トリノ五輪は第1位)、ロシア186人の大選手団(次回の開催地「ソチ」はロシア。ドラケンスバーグ山脈にスキーリゾートあり)、アメリカ220人。開催地カナダは206人参加。
はあ、疲れた。
こう見てくると、やはり夏のオリンピックに比べて、参加地域。人数に偏りがあるような気がします。大選手団を送り込めるのは「雪国」か「先進国」「経済大国」ということが伺えますね。
そのほか国旗を見ていて気付いた事は、
「マケドニア」の旗=黄色い太陽の日章旗。赤地面。
「スウエーデン」の旗=黄色は(やはり)太陽のイメージなのでしょう。日本だと「太陽」は「赤」ですが。
「グルジア」=国旗に喪章が結び付けられていた。リュージュの練習中に投げ出された選手が死亡。
また、先日「ミヤネ屋」では、前回のトリノ五輪の実況を聞いて、
「リンジー・ボン」
と紹介した選手を、NHKの開会式の実況男性アナウンサーは、
「リンゼイ・ボン」
と言っていました。どうやら、そちらが正しいようです。
2月12日放送の日本テレビ『スッキリ!!』で、スポーツコメンテーターの荻原次晴さんがカナダ・バンクーバーからの中継で、
「山のほうは濃い霧に覆われていて・・・」
と話していましたが、それに違和感が。ここは、
「濃い霧に包まれて」
ではないか?と思ったのです。そこで出てきた疑問は、
「覆われて」と「包まれて」の違いは?
ということ。しばらく考えて、
「"包む"は立体的、"覆う"は平面的だなあ」
と思いつきました。
「布巾でお皿を『覆う』」
「風呂敷で花瓶を『包む』」
というような違いです。
たまたま私の席のところに来た脇浜紀子アナウンサーに聞いてみると、「『覆う』は『上の方』という感じがしますね」
とのこと。そこで、
「『大地』は雪に『覆われる』だけど『包まれる』ではない。それは『大地』が『平面的=二次元的』だからで、これが『白銀の世界』となると『立体=三次元的』なので、『包まれる』になるんじゃないかな」
と持論を披露すると、
「そうかもしれませんね」
とのことでした。
ところが、その日の産経新聞(だったかな)の夕刊の記事を見ると、「共同通信」の配信記事として、
「霧に覆われる」
という表現が使われているではないですか!びっくり!Google検索では(2月16日)
「霧に覆われる」=19万1000件
「霧に包まれる」=64万4000件
でした。「包まれる」の方が3倍以上使われていますが、「覆われる」も20万件近く使われています。ちなみに、
*「大地が雪に覆われる」 = 6420件
「大地が雪に包まれる」 = 0件
*「雪に覆われる」 =65万6000件
「雪に包まれる」 =33万7000件
*「白銀の世界に覆われる」= 1万5300件
「白銀の世界に包まれる」= 2万4500件
でした。
開高健の本を読んでいたら、
「ベトナム語で『ニャット・ホア』は『日本花』」
と記されているのを目にしました。ベトナム語は全く分かりませんが、この、
「ニャット」
というベトナム語の源は、
「やまと(大和)」
ではないか?と感じました。「花」を「ホア」と発音するのは中国語ですよね。
「日本」が中国語で「ジツフォン」から、「ジッポン」になり、欧米で「ジャパン」とか「ジャポン」とかになったということを読んだことがありますが、この「ニャット」は、そのルート(ジッフォン)からではないように、ふと思いました。
一応、そう感じたということだけ記しておきます。
「二ヤット」も「ヤマト」も「柔らかいイメージ・響き」ですね。ベトナム、行ったことないけど、そんなイメージの国なのかな?
バンクーバー五輪の男子スノーボード・クロスのゲームを見ていました。すごいですね、あの角度とスピードと斜度!凡人はとてもとても。見ているのが精一杯だと、改めて感じました。アメリカのセス・ウエスコット連覇を果たし、地元・カナダのマイク・ロバートソンはゴール直前で抜かれて敗れました。4人の選手が一斉にスタートして争うのは、ちょっと格闘技的要素もあるように思われ、予想外の転倒もあり、おもしろいです。
その中継アナウンサーの実況を聞いていると、4人は「ビブ」の色で分けられているようです。「ビブ」は「ゼッケン」みたいなものですよね。ちょっと「競馬」のようでもあります。その「ビブ」、色別に、
赤=「レッドビブ」
黒=「ブラックビブ」
青=「ブルービブ」
黄=「イエロービブ」
うーんなんだか、
「ゴレンジャー」
みたいです。また、「青のビブ=ブルービブ」は、
「ブルーギル」
「黒のブビ=ブラックビブ」は、
「ブラックギル」
のように聞こえて、なんだか「魚の名前」のようでもあります。また、
ベスト4の4人で争う「決勝戦」のことは、
「ビッグファイナル」
「5位~8位決定戦」のことは、
「スモールファイナル」
と呼ぶのを知ったのも新鮮でした。
「平成ことば事情3411ゼッケン」「平成ことば事情584スタイ」も、お読み下さい。
西川史子さんの結婚披露宴が2月14日に行われました。
あ、別に私が出たわけではないです、知り合いでも何でもないですし。今日(2月15日)の「ミヤネ屋」でその模様を放送しただけです。その話題の担当のM君が、朝一番に、
「教えてください。」
とやって来ました。
「披露宴のメニューを、ズラーッと紹介しようと思うのですが、これは何と読むのでしょうか?」
と示したそこには、
「小菓子」
という文字が。うーん、「しょうがし」?「こがし」?それとも「さがし」?
見たことはありますが、読み方は考えたこともなかった!辞書を引いても載っていません。
「しょうがない、会場のホテルに電話して聞いてみよう!」
ということで、東京のOホテルに電話しました。宴会担当の人に繋いでくれて、
「小さい菓子、と書いて何と読むのでしょうか?」
と聞くと、一発で答えが出ました。
「『こがし』です。」
あ、それでいいんだ。
「フランス料理のフルコースのメニューの最後にコーヒーと一緒に出る、小さいケーキですとか、チョコレート、マカロンのようなお菓子のことを言います。フランス語では、『プティ・フルー』と言います。」
そうですか、ご丁寧にありがとうございました!これで今後「小菓子」に悩むことはなくなりますね。
『亡国の中学受験~公立不信ビジネスの実態』(瀬川松子、光文社新書:2009、11、20)
という本を読んでいたら、121ページに、
「手っ取り早く地アタマのいい子を仕入れ、目に見える結果を出しておこうという考えなのだろう。」
という文章で、
「地アタマ」
という言葉が出てきました。その後も何回も出てきました。以前から聞いたことがあるような気はしていましたが、こうやって文字で見ると
「あれ?これって、新しい言葉じゃないのか?」
という気がして来ました。
明治大学教授の斎藤孝さんの本にも「地アタマ」という言葉が、たしか付いてたな。新聞広告で見たぞ。「頭がいい」とどう違うのかな?体格みたいなものか?
「地タマゴ」
に見えなくもない。
で、その本を買って読んでみました。
『地アタマを鍛える知的勉強法(齋藤孝、講談社現代新書:2009、12、20)
という本でした。「はじめに」のところに、こう書かれていました。
『「地アタマ」が強いというとき、単なる勉強秀才ではない、タフな頭のよさを私たちは想像する。現実の状況を認識し、自分がどう行動できるかがわかる、といった力、工夫できるしなやかな思考力が、地アタマのイメージだ。』
「地アタマは鍛えらる」というのが著者の主張ですね。
全然関係ないですが、齋藤孝と香山リカは、なんとなくイメージが似ている気がします。
また齋藤さんは、
「知性とは本質をつかまえ、最終地点をイメージし、今の地点からそこへのプロセス(文脈)を見出だす力」
であると。また将棋の羽生善治さんが『簡単に、単純に考える』(PHP文庫)の対談の中で、
「将棋の場合、強い形というのは美しい形なのです。」
と言っているのを取り上げています。
「勉強すると、人にやさしくなれる」
「理解によって不寛容を乗り越える」
などとも書かれています。
「量は質に転化する」
という主張には、私も賛同するのですが、実は、
「質に転化するところまで、量を追求できる人と出来ない人がいる」
ということも、また事実のように、最近思っています。
ちょっと話がそれましたが、Google検索(2月15日)では、
「地アタマ」=6万3400件
でした。
「平成ことば事情3812剛腕か?豪腕か?」の「追記」のようなものです。
2月9日の読売新聞朝刊の特集のタイトルが、
「小沢流 剛腕の影」
でした。「剛」ですね。
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