◆ことばの話3600「おいら」

古田新太さんのエッセイ集『柳に風』(慎重文庫)を読んでいたら、古田さんは自分のことを指して、
「おいら」
と言うんだね。いや、言うかどうか知りませんが、書くんですね。
そして、『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』という本を読んでいたら、この著者の町山智浩さんという人も、同じく、
「おいら」
という一人称を使っていました。私が記憶している「おいら」の使い手は、
「ビートたけしさん」と、エッセイストの「堀井憲一郎さん」
の二人ぐらい。それに今回の二人で4人。この人たちに共通点はあるのでしょうか?生まれた年と出身地を調べてみると、
古田新太(1965兵庫生まれ)
町山智浩(1962東京生まれ)
堀井憲一郎(1957京都生まれ)
ビートたけし(1947東京生まれ=足立区)
うーん、もしかしたら、ビートたけしさんのしゃべり方に、3人ともあこがれたのかな?
と思っていたら、堀井憲一さんがエッセイを連載している『週刊文春』(4月9日号)では、「おいら」ではなく「おれ」を使っていたのです!え!いつから?いつも読んでいるのに気づかなかった!
最近、落語関係の書物なども書かれている堀井さん、これまでの軽い調子の「おいら」からの脱皮を図ろうとしているのか?本当の所はどうなんでしょうかね?
「一人称」って、実はその人の「文章上の人格」を規定してしまう感じがしますよね。
これも「役割語」の一つかも知れません。
2009/4/29
(追記)
5月2日に58歳の若さで亡くなった忌野清志郎さん(東京都国立市出身)のCDを借りてきました。清志郎さんも歌詞の中で「おいら」と言っていそうな気がしました。The RCサクセションのアルバム『GOLDEN ☆BEST』の中の16曲の歌詞カードを調べると、
「おいら」と一人称を使っていた曲は、
*『キモちE』〜そうさおいらは一番キモちE 〜
*『ボスしけてるぜ』〜ねえボス少し上げてくれおいらの給料。ぼくの給料。ボスあんたの下でおいら働いてるんだぜ、朝から晩まで。
*『明日なき世界』〜でもよオー何度でも何度でもおいらに言ってくれよ。
*『雨上がりの夜空』〜俺らのポンコツとうとうつぶれちまった〜
4曲でした。『雨上がりの夜空』では、「俺ら」と書いて「おいら」と歌っていました。
そのほか、「ぼく・ぼくら」は、
*『トランジスタ・ラジオ』(ぼくら)
*『わかってもらえるさ』(ぼくら)
*『スローバラード』(ぼくら)
*『よごれた顔でこんにちは』『ヒッピーに捧ぐ』(ぼく・ぼくら)
*『やさしさ』(ぼく)
*『サン・トワ・マ・ミー』(僕)
「おれ・オレたち」が、
*『ロックン・ロール・ショー』(オレたち)
*『ベイビー逃げるんだ。』(おれ)
で、意外と「ぼく、ぼくら」が多いなあと思いました。

そうそう、堀井憲一郎さんの『週刊文春』のエッセイ、2008年1月分までさかのぼって調べてみましたが、その時点では既に「おいら」は姿を消して「おれ」になっていました。そんなに前にイメチェンしていたとは、気づかなかった・・・。
2009/5/15
(追記2)

「週刊文春」の堀井憲一郎さんのエッセイ「ホリのずんずん調査」というタイトルでした。で、2008年5月1日&8日合併号では、
「あっし」と「おれ」
の両方を使っていました。
2009/5/15


◆ことばの話3599「空回る、前倒す」

こんな言葉って、あるのでしょうか?本来、
「前倒し・して」
「空回り・している」
と言うべきものを、
「前倒(まえだお)して」
「空回(からまわ)って」

という言い方。テレビで耳にしました。
「前倒して」は、4月28日朝6時59分の日本テレビ『ズームイン!!SUPER』で男性ナレーターが使っていました。「空回っていました」は、4月28日15時42分頃、『情報ライブミヤネ屋』の芸能ネタでVTRの中でインタビューしている芸能記者(リポーター?)の質問として出てきました。
Google検索では(4月29日)、
「前倒す」   =   1400件
「前倒しする」= 5万0800件
「前倒しして」=44万8000件
「空回りする」= 9万2700件
「空回る」   = 1万2200件
「空回って」  = 1万2500件

でした。さすがに「前倒す」は少ないですね。でも「空回る」「空回って」は1万件以上あるんですね。びっくりです。

2009/4/29


◆ことばの話3598「チャコさん」

4月8日、「情報ライブミヤネ屋」アニマルコーナーに初登場した2年目の山本隆弥アナウンサーは、犬の「チャコちゃん」のことを、
「チャコさん」
「さん付け」で呼んでしまいました。山本アナ本人に、
「わざと、意識して『さん付け』で呼んだのか?」
と尋ねたところ、
「いえ、タレントさんなどには、いつも『さん付け』で呼んでいるので、つい『チャコさん』と言ってしまいました・・・」
と、あわてた様子で話していました。
チャコさん・・・・(笑)「お犬さま」ですねー。少なくともテレビの中では、2年目の若手アナウンサーよりは、「お犬さま」の方が「位が高い」ということで・・・。
2009/4/21


◆ことばの話3597「老婦人」

4月10日、80歳の女性が大阪府に1億円寄付のニュース原稿で、
「老婦人」
という表現をあえて使いました。昼のニュース「おもいっきりDON」の中の丸岡さんが読むストレートニュースでは、
「女性」「80歳代の女性」
としていましたが、「情報ライブミヤネ屋」では(ストレートニュースに近いものの)少し作り手の「意図」を込めた表現として「老婦人」を使いたいと、ディレクターから要望があったからです。
「婦人」
という言葉はお役所などでは使わなくなっていますが(「婦人警官」「婦警さん」も「死語」になりました)
「産婦人科」「貴婦人」「婦人公論」
などといった形では生き残っています。「婦」という漢字は、
「女が箒を持っている形の漢字だからダメ」
という意見もあるようですが、どうなんでしょうか。「貴婦人」も差別的なのでしょうか?(古めかしい言葉ではありますが)。また、「老」に関しても、
「『老女』『老婆』に関しては、使わない方がいい」
と、よく放送用語ガイドには記されていますが、その言い換えは、
「老人」「高齢者」「お年寄り」
です。「老」という言葉が「いけない」わけではありません。何より本来、「老」という漢字は、
「老中」「老子」「大老」「若年寄」
というふうに、江戸時代までは敬意を持って使われてきたはずです。いつから「老」が嫌われるようになったのでしょうね?(「アンチエイジング」なんて、正に「老」を目のかたきにしているような気がしますが・・・)
そこで今回は、ディレクターの意志(意思?)を尊重して「老婦人」を使いました。特にこれについての意見(反論・賛成の声も)は、なかったようです。
2009/4/27


◆ことばの話3596「小西博之さんのコード・スイッチング」

4月21日、清水由貴子さんが自殺しました。その悲報を受けて、欽ちゃんファミリーの一員、コニタンこと小西博之さんのコメントは、こういうものでした。
「当時からとても母親思い、妹思いで・・・。でも死んだらアカン。どんな介護で疲れても自ら命を絶ってはダメだ。冥福なんか祈らない。許さない。化けてでもいいから、はよ戻ってこい。」
このコメントには、亡くなった彼女のことを思う気持ちがあふれています。
この吹き替えを担当した大田アナウンサーから質問が。
「これって、関西弁の『アカン』と、共通語の『ダメダ』が混ざっていますね。どちらかに統一しないとおかしいですね。」
「ん?そうだな。コニタンって関西出身だっけ?」
と調べてみると、小西さんは和歌山県田辺市出身とのこと。それなら関西弁が出るのも不思議はない。そして長いこと東京で仕事・生活をしているので、共通語が出るのも不思議はない。混在しても不思議はありません。しかも、普段はその場・情況に応じて関西弁と共通語を使い分けているのでしょうが、大切な人を当然失ったという状態で、その切り替え=コードスイッチングができない状態になっていると考えられます。もちろん、意識すれば切り替えてどちらかに統一することができるでしょうが、同じく関西弁と共通語の“バイリンガル”である私から見ると、
「あえてそのようなコード・スイッチングに心を砕いたりすることはできないし、したくもない」
という心境なのだと思われます。そうすると、共通語と関西弁が混在したこのコメントは、ものすごく自然で、小西さんの心情が吐露されたものだと考えられます。
それを「吹き替え」で読むのは、「ただ、読む」のではなく、
「同じような心情をなぞる」
という意識があって初めてできる、そういう意味ではものすごく難しい吹き替えだぞと、大田アナにアドバイスをして、録音室に送り出しました。
2009/4/22
(追記)
実は放送では、小西さん本人の電話インタビューが取れたので、吹き替えは使わずに、それ(本物)を放送しました。その音声を聞いていたら、特にコード・スイッチングのようなことは行われずに、小西さんは割りとベタな関西弁でしゃべってました・・・。
2009/4/27
(追記2)
「週刊文春」の堀井憲一郎さんのエッセイ「ホリのずんずん調査」というタイトルでした。で、2008年5月1日&8日合併号では、
「あっし」と「おれ」
の両方を使っていました。
2009/5/15
スープのさめない距離