◆ことばの話3575「願わくば」

川上弘美さん『なんとなくな日々』(新潮文庫)の中の「大通り」というエッセイを読んでいたら、
「願わく、どの店もカメラの画面からしゅっと消えることがありませんように。心から祈っている。」
という文章が出てきました。この「願わく、これって正しくは、
「願わく
ですね。最後の「は」、濁りません。でもけっこう「願わくば」と思っている人も多いはず。恥ずかしながらわたくしも、数年前までそうでした。ネット上でもGoogle検索では(4月8日)、
○「願わくは」=10万5000件
×「願わくば」=48万1000件
で、なんと「願わくば」の方が5倍近く多く使われているのでした。
たしか以前、読売新聞編集委員の橋下五郎さんも、この「願わくば」について書いていたなあ。西行法師の有名な歌
「願わくは 桜の下で 春死なん その如月の 望月のころ」
「願わくは」を「願わくば」と思っていた、というような内容だったと思います。
2009/4/7
(追記)

有川 浩(ひろ)さんの小説『三匹のおっさん』(文藝春秋:2009、3、15)の中に、
願わくばこのまま、行きつ戻りつしながら何かがいい方向へ変わっていけばいい。」(391ページ)
「願わくば」が出てきました。
2009/5/5
(追記2)

『極北クレイマー』(海堂 尊、朝日新聞出版:2009、4、30)の101ページに、
『室町院長が宣言する。「本年度の極北市民病院の忘年会、及び今中外科部長歓迎会は以上で終了する。願わくば、来年も忘年会ができることを祈念する。これにて散会」』
と、「願わくば」が出てきました。
2009/5/13
(追記3)

『女子と鉄道』(酒井順子、光文社文庫:2009、7、20・単行本は2006年11月刊)という本の142ページに、
「願わくばもう少し缶が長いと、さらに電車感が強まるのではないかと思っておりますが」
「願わくば」が出てきました。
2010/4/13


◆ことばの話3574「暴徒化」

4月2日、日本テレビのお昼のニュースで、ロンドンで開かれているG20(ジー・トゥエンティ)で、
「暴徒化」
という言葉が出てきましたが、耳で聞いていたら、
「ボートか・・・なんで『ボート』」がロンドンで・・・・?」
と一瞬思ってしまいました。もともと、
「群集が暴徒と化して」
という言い方はあったと思いますが、「暴徒化」のように「化」をつけて言葉を作ってしまうのは、どうなのでしょうかね。以前も書きましたが、
「見える化」
とか、
「視認化」
とか、文字を見れば分かるけど、音で聞くと分かりにくい言葉が「〜化」には多いのではないでしょうか?できるだけわかりやすく、かみ砕いて読む努力を、テレビマンは行うべきだと思いました。
2009/4/7
(追記)

『新聞・TVが消える日』(猪熊建夫、集英社新書)という本で、任天堂の宮本 茂専務『タイム』誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたと書かれていたんですが、その中の文章で「〜化」とよく似た「〜視」が出てきました。
「宮本 茂さんといえば、ゲーム・ファンやゲーム業界の間でカリスマ視されている人物だ。」
「ゲームソフトのクリエーターの間で宮本 茂さんは『ゲーム界の魔術師』と偶像視されるようにになった。」
「カリスマ視」「偶像視」
という2つでした。
2009/4/14


◆ことばの話3573「こっぱずかしい」

玉置浩二と石原真理子の結婚で、東京駅の前でインタビューに答えていた二人の「服装=ペアルック」について、「どう思います?」と街頭インタビューしたものを、2月26日の「情報ライブミヤネ屋」で放送しました。その中で、おそらく60代ぐらいの男性が、
「こっぱずかしい」
と言っていました。これは「はずかしい」に「こ」がついて強調されて促音化したものですよね。「はずかしい」と「こっぱずかしい」だとどちらが「恥ずかしい」か?
これはもう「こっぱずかしい」の圧勝でしょう。でも「きれい」と「こぎれい」だと、「こ」がついた方が、「ちょっと=少し」というニュアンスが加わるのに、どうして「こっぱずかしい」は、本家の「はずかしい」よりも意味を強めてしまうのでしょうかね?
ほかにも「こ」「こっ」が付く言葉を思い浮かべてみると、
「こっぴどく」
「こぎたない」
うーん、あまり思いつかない。『精選版日本国語大辞典』「こっ」を引きました。

「こっ」=「こ(小)」の変化したもの)動詞、形容詞の上について、いささか、相当に、はなはだしく、などの程度を表す。「こっぱずかしい」「こっぱずれる」「こっぴどい」など。

うーん、「いささか」であったり「はなはだしい」であったりするのであれば、「どのぐらいの程度を表すか」はケースバイケース、どの言葉に付くかで変わってくるということですよね。規則性はないのか。さらに「こ(小)」を引くと、

「こ(小)」=名詞や用言の上に付いて、小さい、わずかな、などの意味を加える。
(1) 名詞の上に付いて「そのものが、小さい、細かい、などの意を表す。親愛の情の意を含むこともある。「小島」「小山」「小屋」「小石」など。
(2) 名詞の上に付いて、その量がわずかであることを示す。いささかの。「小降り」「小銭」「小人数」など。
(3) 人、あるいは生き物を表す名詞の上に付いて、年若なものであることを現す。若い、後輩の。押さない。「小冠者」「小犬」「小童」。
(4) 数量を現す名詞、数詞の上に付いて、その数量にはわずかに及ばないが、ほぼそれに近い意を表す。およそ。ほぼ。「小半時」「小一時間」「小一里」
(5) 名詞の上に付いて、したの述語の表す動作・状態の諒や程度の小さいことを表現する。人体の一部を示す名詞に付くことが多い。少し。ちょっと。「小首をかしげる」「小当たりに当たる」など。
(6) 動詞・形容詞・形容動詞・副詞などの上に付いて、その動作・状態の量や程度が小さいことを表す。すこし。なんとなく。「小ざっぱり」「小高い」など。
(7) 名詞や用言などの上について、軽んじたり、やや馬鹿にしたような意味を表す。なまはんかな。「小せがれ」「小憎たらしい」など。
(8) 名詞や用言の上に付いて、ほとんど意味を加えることなく、語調を整えたり、強めたりするために添える。「こ甘い」「こしゃく」など。

あ、これだ、これだ。どうやら、ここで問題にしている「こ」は、(6)〜(8)あたりのようですね。(6)は本来の意味を「少し」というように弱める働きがあるのに対して、(8)は「強調」に使われています。そう言えば、アナウンサーの滑舌練習で使われ、歌舞伎十八番の一つでもある『外郎売』の中にも「こ」が付く言葉が出てきましたね。
「小棚の 小下の 小桶に こ味噌が こ有るぞ 小杓子 こ持って こすくって こよこせ」
というフレーズでした。これなんかは「調子を整える」ですね。
今風にいうならば、(6)は「ちょっと」、(8)は「むっちゃ」と正反対の意味になりますが、今「フツー(普通)」という言葉も、「文字通り普通」に使われる、
「味は?」「普通。」
というケースと、
「フツーにおいしい」
というやや強調に使われるケースも、もしかしたらこの「こ」に通じる部分があるのかもしれませんね。ああ、日本語って難しい!
2009/4/7
(追記)

古田新太のエッセイ集『柳に風』(新潮文庫)の80ページに、
「こっぱずかしい」
が出てきました。まだ全部読んでなくて、パラぱらっとめくっていて、目に付きました。やっぱり、ふだんは意識していないので気付かないだけで、気を付けてみていると、色んなところにこういった言葉は転がっているんでしょうね。それにしてもあんまり、関西人は「こっぱずかしい」なんて言葉は使いそうにないのですが、古田さんはもしかしたら「外国語」として身に付けて意識して使っているのではないでしょうかね。
2009/4/10
(追記2)

川上弘美『なんとなくな日々』(新潮文庫)の中の「すっぽん」に、
「時間もなくて、不案内で、そのうえこうるさい。困ったものだ。」
と、「こうるさい」が出てきました。この「こ」は、「強調」とともに、発言者の「照れ」のようなものも感じられる気がします。
2009/4/15
(追記3)

「追記」で書いた古田新太さんの『柳に風』(新潮文庫)に、今度は、
「小洒落た」
が出てきました。
「この間、昼メシ食いに、とある小洒落たイタメシ屋に入った。」
古田さんは「こ」が好きだな。
2009/4/21


◆ことばの話3572「凱旋帰国」

「平成ことば事情679凱旋」でも書きましたが、最近目立つのは、
「凱旋帰国」
です。海外で活躍して帰国する際に使われていますが、本来「凱旋」の中に「帰る」という意味がありますから、「帰国」という言葉を重ねるのは重複表現ではないか?と思うのです。つい先日も、WBC(ワールドベースボールクラシック)で見事2連覇を成し遂げ帰国した選手たちの様子を表すのに、
「凱旋帰国」
を使っていました(『ミヤネ屋』でも使いました)。『広辞苑』には、
「凱」=「戦勝に奏する楽」、「旋」は「帰る」意。
とあります。やはり「旋」と「帰国」は重複しますね。
「アメリカから凱旋」
ならばOKでしょう。「凱」は『明鏡国語辞典』では、
「戦勝を祝う歌」
とありますから「歌を歌って帰って」こなくては「凱旋」と言えない?今はそんなことはないでしょうけど、もともとは、
「勝利の歌を歌っていた」
ということで。そう言えば、
「勝利の凱歌」
という言葉がありますね。
昨日JR神戸線の電車に乗っていたら、車内のポスターに記された
「パリ凱旋帰国展」
という文字が目に飛び込んできました。力強い虎の絵が描かれていましたが、
「応挙帰る〜パリから今刀比羅宮へ」
という文字も。円山応挙の作品展がパリで開かれ、その作品が日本に帰ってきたことを記念しての展覧会のようです。こんなところにも「凱旋帰国」が使われていました。Google検索では(4月7日)、
「凱旋帰国」=8万3700件
と、かなり使われていました。単に帰ってきたのではなく、
「外国から日本に帰ってきたことを強調する意味」
では、あながち間違いとは言えないのかもしれませんね。
2009/4/7
(追記)

4月11日のケータイサイトのスポニチの記事の見出しに、
「おっぱい凱旋」
というのが出てきました。「もう、何がなにやら・・・」という方のために説明すると、女優の綾瀬はるかさんが主演した青春映画『おっぱいバレー』ロケ地・北九州を、映画の公開を前に綾瀬さんが訪れたということをさして、
「おっぱい凱旋」
と呼んでいるようです。たしかにもう、どうでもいいんだな、スポニチは「凱旋」の使い方は。これなんか映画の宣伝のためにロケチを訪れたのだから、本来は、「ガイセン」は「ガイセン」でも、
「街宣」
の方が妥当な使い方だと思いますよ、「おっぱい街宣」。刺激的だし。
2009/4/13


◆ことばの話3571「乗ると載る」

先月初め、「情報ライブミヤネ屋」でお伝えした俳優の伊藤隆大さんの自殺(3月8日に遺体が発見された。)のニュースで、自動車の中に「七輪」が、
「載っていた」
となっていたので、
「乗っていた」
ではないか?と思ってチェックしたら「載っていた」でOKでした。でもちょっと違和感があったので 平仮名で、
「のっていた」
にしました。あとで、
「『人間がのる・のせる』場合は『乗る』、『物などがのる・のせる』場合は『載る』ではないか?
と思いました。『新聞用語集2007年版』を引くと、
「乗る・乗せる」=(一般用語。主として動作・行為)風に乗って飛ぶ、軌道に乗る、客を船に乗せる、口車に乗る、計略に乗せる、時流に乗る、相談に乗る、電波に乗せる、飛行機に乗る、一口乗る
「載る・載せる」=(掲載・積載)網棚に荷物を載せる、雑誌に広告を載せる、新聞に載った事件、机の上に載っている本
ということで、「積載」の意味で今回は「載っていた」でよかったようですね。なぜか分からないけど「載る」は、
「新聞に載る」「辞書に載る」
というような紙ベースの活字のもののケースだけのように思い込んでいました。
2009/4/7