スープのさめない距離



◆ことばの話3530「打線が火をつくのを待ちます」

3月9日、WBCの東京ラウンド決勝・対韓国戦、日本は残念ながら0対1で敗れてしまいました。しかし、真剣勝負、大変素晴らしい試合でした。
その模様を報じた翌10日の日本テレビ『スッキリ!』で、こんなコメントが。
「打線つくのを待ちます。」
これってちょっとおかしい文章ですよね。ねじれています。正しくは、
「打線つくのを待ちます」
もしくは、
「打線噴くのを待ちます」
ではないでしょうか?
最近、こういった「助詞の間違いによる文章のねじれ」をよく目にします。理由はいくつか考えられますが、大きく一言で言えば
「助詞の使い方に慣れていない」
ということではないでしょうか?普段の会話では「助詞なし」の、
「きょう、メシ、行く?」
的な会話が中心となり。助詞が軽視されています。本来の、きっちりとした助詞の使い方を身に付けるには、
「書き言葉で書かれた文章をよく読んで、身に付けることが必要」
ですが、その訓練が足りないのではないでしょうか?野球で言えば、
「こうボールが来たら、左肩を落とさず水平にバットを振り出せば、ヒットが打てる」(適当なことを書いています)
などといくら理論を教えても、「練習」しなければ打てるわけはありません。
それと同じで、いくら、
「この助詞の使い方はおかしい」
と理屈を言っても、正しい文章を数多く読む訓練・練習ができていなければ、助詞の正しい使い方を身に付けることはできないのではないでしょうか?そう思います。
2009/3/10



◆ことばの話3529「コーヘン」

本を読んでいたら、オランダ・アムステルダムの市長の名前が出ていました。それは、
「ヨブ・コーヘン市長」
・ ・・・「呼ぶ・来(こ)ーへん」
よお、でけた話やなあ!しかも大阪っぽい!
こういう、たまたま日本語の音と一致する外国人の方には、つい親しみを感じてしまうことがありますよね。たとえば、国連の
「ガンバリさん」
なんだか親しみがわく名前です。ガンバリさん、ガンバレ!
つい、声援を送ってしまいます。ま、ダジャレ、オヤジギャグなのですが・・・。
2009/3/9


◆ことばの話3528「1分の壁を切る」

3月4日放送の「情報ライブミヤネ屋」の「アニマル」コーナー出演の「シミケン」こと清水健アナウンサーから、番組終了後にエレベーターの前で、「告白」されました。。。
「道浦さん・・・『1分の壁を切る』って、言いますかね?」
「うーん、普通は言わないな。でも、本番でそう言ってたの?」
「はい。」

「気付かなかった・・・」
「言ってしまって、あとから『壁は“越える”じゃないかな』って思ったんですけど・・」
「たしかに、『越える』は『あり』だね」
「でも、『1分の壁を越える』って言うと、1分より早い感じがしないと思いません?」
「そうだな・・。じゃあ『1分の壁を破る』は、どうだろうか?」
「あ、『破る』は、いけますね!」
というような会話がありました。Google検索(3月4日)だと、
「1分の壁を切る」= 4件
「1分の壁を破る」=529件
「カベを切る」=   4件
「カベを破る」= 3100件
「壁を切る」=1万2000件
「壁を破る」=7万1000件

でした。「壁を切る」は、「ゴルフ」で「90の壁を切る」のようなものが最初に出てきました。
2009/3/5


◆ことばの話3527「黄色な」

小5の息子の学校の宿題につき合わされました。国語の音読のチェックです。教科書に載っている題材は、宮沢賢治『注文の多い料理店』でした。その中にこんな一文が。
「『早くいらっしゃい。親方がもうナフキンかけて、ナイフを持って、舌なめずりして、お客様がたを待っていられます。』上に黄色な字でこう書いてありました。」
子どもが、そう読むのを聞いて、
「『黄色な』?『黄色い』か『黄色の』じゃないの?」
と聞き返すと、
「『黄色な』って書いてある」
とのこと。「どれ」と教科書を見せてもらうとたしかに
「黄色な」
と書かれていました。宮沢賢治の「黄色な」は、他の作品にもあるかもしれませんね。
2009/3/5


◆ことばの話3526「公開と更正のアクセント」

本来なら「平成ことば事情2049防犯・判決・支援のアクセント」で「追記」するところですが、既に「追記50」になっているので、項目を改めました。
3月3日、民主党の小沢代表の公設第一秘書が、政治資金規正法違反容疑で逮捕されました。それを受けての釈明会見が、3月4日の午前中に開かれ、小沢一郎代表本人が弁明を行っています(今)。
事実関係や政局に与える影響は別にして、言葉の面で「おや?」と気になったのは、
「公開」
「公正」
という二つの単語のアクセントです。共通語・標準語のアクセントではともに、「平板アクセント」で、
「コ/ーカイ」
「コ/ーセイ」
なのですが、小沢代表は、「公開をしている」「公正を欠く」の「公開」「公正」を、
「コ\ーセイ」
「コ\ーカイ」
「頭高アクセント」で話していました。しかしこれだと、
「後悔」
「後世」
のアクセントになってしまっています。特に、小沢代表いわく、
「わたくしはずっと以前からずっと『コ\ーカイ』している」
だと、政界を「航海」しているのか、それともこれまでの政治活動を「後悔」しているのか、そんなふうに聞こえてしまいませんか?「政治家アクセント」での「頭高アクセント」だと思いますが、これは却って逆効果だと思いました。
2009/3/4
スープのさめない距離