◆ことばの話3255「小杉のアクセント」

京都府舞鶴市で起きた、女子高校生殺害事件。発生から1週間が経過しました(5月14日時点)が、まだ犯人はつかまっていません。(5月29日時点も、未解決。)
この1週間、被害者の小杉美穂さんの名前をニュース原稿で読むことが多いのですが、その際に、 「小杉」という苗字をどういうアクセントで読むか、迷います。関西の人はまず間違いなく、
「コ\スギさん」
と「頭高アクセント」で読むのですが、関東の人はまず間違いなく、
「コ/スギさん」
と「平板アクセント」で読むのです。今回、事件の起きた土地が関西なので、関西のテレビ局が読む時は、「コ\スギ」で良いと思うのですが、全国ネットのニュースとなって東京のキー局のアナウンサーが読む場合には「コ/スギ」となっても「それはそれで仕方がないかな」とも思います。結局、今回読売テレビでは、
「コ\スギ」
と「頭高アクセント」で読むことにしました。もし、関東の人がたまたま関西を旅行中に事件に巻き込まれたというような場合なら、
「コ/スギ」
と平板アクセントで読んでもいいかもしれません。なお、関西テレビは、最初にフルネームを言った後は、苗字を避けて、
「美穂さん」
と読んでいました。
実は「平成ことば事情647ケイン・コスギ」でも、このアクセントに関連して書いています。「人の名前は難しい。さらに、人の名前のアクセントも難しい」という話です。
2002年4月に、番組の中でYアナウンサーが、ケイン・コスギさんの名前のアクセントを、
「ケ\イン・コ\スギ」
「ケイン」も「コスギ」も「頭高アクセント」で言ったところ、一緒に番組に出ていたタレントのKさんとIさんが一斉に、
「そんなアクセントはないだろ!ケ\イン・コ/スギだ!!」
と、突っこんだというのです。つまり「コ/スギ」という「平板アクセント」だと言うのです。
一方、2002年4月11日の『ズームインSUPER』では女性キャスターが、
「ケ/イン・コ\スギさん」
と、くっつけたコンパウンドしたアクセントで読んでいました。
また、2004年7月11日のNHKのお昼のニュースで放送していた、1995年に起きた警察庁長官狙撃事件の容疑者逮捕のニュース関連で、末田アナウンサーは、「小杉巡査長」というのを、
「コ\スギ巡査長」
「小杉」を「頭高アクセント」で読んでいました。「コ/スギ」という「平板アクセント」ではなかったことも、当時、記しています。
いつから「コ/スギ」という「平板アクセント」が出てきたのか?おそらく、
「ケイン・コスギさんが、日本の東京のタレントとして定着した時から」
でしょう、と以前書きました。もしかしたら「オ/オスギ(大杉)」の「平板アクセント」に合わしたのかも、とも。
「小」で始まる3文字の苗字「小○○」を読む時に、東京では「平板」で読む傾向がありますが、 関西は「頭高」です。そして、関西の人の苗字で、東京とアクセントが極端に違う(ように感じられる)ものを列記 していますが、今回は「こ○○」という苗字に限って考えました。
(1)「頭高アクセントしかないもの」
(2)「平板アクセントしかないもの」
(3)「関西・関東でアクセントが違うもの」
の3つに(道浦の感覚で)分けると、
(1)コ\ニシ、コ\タニ、コ\ナカ、コ\ヤマ、コ\ヤノ、コ\カジ、コ\モリ、コ\ミヤ、コ\サカ
(2)コ/ダマ、コ/ジマ、コ/ヤブ、コ/イデ、コ/スゲ
(3)コスギ、コシロ、コミチ、コタケ、コムロ、コマキ
となりました。この(3)のケースが、両方のアクセントがあってムズカシイのです。関西は「頭高」、関東は「平板」の傾向があって、対立しちゃうんですよね。うーん、規則性は見い出せないなあ。
2008/5/29


◆ことばの話3254「これ見よがしと聞こえよがし」

新聞を読んでいて、
「聞こえよがしに」
という言葉を見つけて、ハッと思いました。
「この『聞こえよがし』の語尾に付いてる、『よがし』って、もしかして、『これ見よがし』の語尾についている『よがし』と同じじゃないのか?『よがし』って何なのかなあ?」と、急に気になりました。今まで、「これ見よがし」という言葉は、
「これ・見よ・がし」
だと感じていたので、「よがし」が一つの言葉(接尾語?)とは感じていなかったのですが、「聞こえ・よがし」を見てから急に、
「これ・見・よがし」
ではないかと気づいたんですね、
そこで『三省堂国語辞典』を引いてみると!載っていました!
「よがし」=(文)あてつけがましくのぞむこと。…してくれればいい。(例)「聞こえよがし」「死ねよがし」
ああ、やっぱり。そんなふうな意味があったんですね!でも「死ねよがし」という言葉は知らなかったなあ。
ちなみにGoogle検索(5月27日)では、
「これ見よがし」=26万0000件
「聞こえよがし」= 4万4400件
「死ねよがし」 =      7件
でした。「死ねよがし」は極端に少ないです。でも待てよ。他の辞書も引いてみよう。電子辞書の『広辞苑』(第5版)には「よがし」は載っていませんでした。そして『精選版日本国語大辞典』にも「よがし」はなく「聞こえよがし」「これ見よがし」を引くと、
「『がし』は接尾語」
とあるではないですか!ありゃま。やっぱり「よがし」ではなく「がし」なのか?そこで「がし」を引いてみると、
「がし」=(一)終助詞「かし」の文末用法が意味的にもやや変化し、濁音化したもの)命令の文を受け、願望の意を表す近世語。
(二)((一)の用法を引用文に用いたところから転じたもの)見る、聞くなどの命令形に下接し、「・・・といわんばかり」の意を表す。
と載っていました。うーん、説が分かれているのかなあ。『新明解国語辞典』を引いてみても「よがし」はなく、「がし」の項に、
「がし」(接尾)=(助詞「かし」の変化)あてつけがましく望む言葉。(例)「出て行けがしに」「聞こえよがしに」(=・・・と言わんばかりに)
とありました。どうやら「がし」が優勢です。でも「聞こえよがし」「これ見よがし」以外にも「がし」が使えるんだなあというのは発見でした。
2008/5/27
(追記)
『三省堂国語辞典・第6版』の編集を担当した、早稲田大学非常勤講師の飯間浩明さんに、この「よがし」の件についてお聞きしたところ、こんなメールが返ってきました。

『「よがし」についてですが、古文の文法に則れば「がし」で取り出すべきところで、『三国』でも「―がし(接尾)」という見出しを立ててはいるのです。分析すれば、
 「これ見よがし」→「これ+見よ(動詞命令形)+がし(接尾語)」
 「聞こえよがし」→「聞こえよ(動詞命令形)+がし(接尾語)」
となります。』
そうでしたか!『三国』で「がし」は引いてなかったので、引いてみますと、
「―がし」(接尾)=(終助詞「かし」の変化)あてつけがましくのぞむことば。・・・してくれればいい。「出て行けがしに」「聞こえよがしの」「(−・・・といわんばかり・に(の)
となっていて、「よがし」の説明文とほぼ同じです。ちょっと違うのは、
「よがし」=「・・・こと。」
「がし」=「・・・ことば。」
「ば」が、あるかないかの違い。例文も少し違いますけど。
飯間さんのメール、先があります。
『ところが、「出て行けよがし」「帰れよがし」「死ねよがし」などという例もあるので、話がややこしくなります。三島由紀夫「金閣寺」には「乾けよがし」があります。これらの語は、ひとつひとつの例は少ないのですが、合わせると無視できません。分析すれば
 「出て行け(動詞命令形)+よ(終助詞)+がし(接尾語)」
 「帰れ(動詞命令形)+よ(終助詞)+がし(接尾語)」
などとなります。これらの例から「よがし(連語)」という項目を立てる必要が出てきます。
つまり、動詞に「がし(接尾語)」がつく場合と、動詞に「よがし(連語)」がつく場合があり、二本立てで考えるべきものです。
ただ、『三国』の場合、「がし(接尾語)」「よがし(連語)」の双方に、例として「聞こえよがし」が入っており、疑問を招く結果になっています。「聞こえよがし」「死ねよがし」から「よがし」という共通の単位を取り出すのも一つの考え方であり、一項目内の説明としてはこれでけっこうなのですが、「がし」の項で「聞こえよ+がし」と分けているのと整合性がとれなくなりますね。これは第2版以来のことで、問題が未処理のままになっています。これは私も気づかず、申しわけありません。次の版では、「よがし(連語)」の項目から「聞こえよがし」の例を削るか、ほかの処理をするかして、だれにもすっきり納得できるようにする必要があります。貴重なご指摘をいただきました。』
ということで、次の改訂に何らかの反映がされるかもしれませんね。連語を文法的に解明するのは、色んな意見があって難しいのでしょうねえ。
2008/5/28


◆ことばの話3253「頭の骨を折る」

社内で、言葉に関する疑問を募ったところ、「頭の骨を折り」 という表現に関して、
「頭の骨は丸いので、『折る』という表現はそぐわないように思うがどうか?」
という質問が出ました。どうなんでしょうか?『広辞苑・第6版』で「折る」を引いてみたところ、
「おる(折る)」
(1) 直線状または平面であるはずのものに力を加えて急角度に曲げる意。
(2) (棒状のものを)まげてその部分を本体から離してしまう。
(3) 〜(7)略。
この場合は(2)が「折る」にあたりますね。確かに「棒状のものを」とあります。普通の脚や腕の骨は「直線状」ですが、頭蓋骨は「直線状」ではありません< /b>ね。
『三省堂国語辞典・第6版』の編者で、早稲田大学非常勤講師の飯間浩明さんに聞いたところ、
「これは私の個人的な感覚ですが、頭の骨も、卵のからのような球状ではありませんね。いくつかのパーツが組み合わさっていて、それぞれのパーツをみれば板状といえる範囲なので、『折れる』でもいいような気がします。『折れる』は棒状のもの以外に、板状のものにも使いますね。卵のからのような形状ならば、やはり『割れる』でしょうか。その場合『骨折』でなく『骨壊』とか『骨砕』とかいうことばを作らなければなりませんね(もちろんその必要はないでしょう)。」
また、読売新聞の用語幹事・関根健一さんに伺ったところ、
「『頭の骨を折る』がおかしいのなら『骨折』という熟語も同じですから、『頭蓋骨骨折』もおかしいことになりますね。医学的には『骨を折る』=『骨折』は、骨が本来持つ強度を超え、さらに強度を上回る外力負荷が加わった場合に生じた骨構造の破壊(医学書院「医学大事典」)を言い、骨の形状で区別するものではありません。『折る』にある『棒状のものを〜』という原義にまで立ち返って理屈を論じるのは、生産的ではないでしょう。」
というご意見をいただきました。ありがとうございます。
さらに新聞用語懇談会・放送分科会でも審議してもらったところ、
*医者が「頭蓋骨骨折」と使っている。(NHK)
*「頭の骨を折る」は、言い換えがない。「陥没骨折」とすることも。(TBS)
*「頭の骨を折る」は使っている。違和感はない。(フジ、テレビ東京、共同通信、関西テレビ)
*「頭の骨を折る」は使っていない。「陥没骨折」と言い換えている(テレビ朝日)
*骨の形状に関わらず、「折る」でよい。(朝日放送)
*「良い表現、言い換えがあったら教えて!(テレビ大阪)
*「頭の骨を割りました」ではプロレスの技のようだ。「骨盤骨折」「剥離骨折」「半月板損傷」なども、必ずしも「折れて」いるわけではないが、骨にヒビが入ったり割れるのは「骨折」で良い。「頭の骨」も「折る」で良い。(日本テレビ)
という意見が出ました。いずれも、
「『頭の骨を折る』を使っても、おかしくない」
ということなので、安心して今後は使えますね。(別に私は、不安に思っていたわけではないのですが・・・)                    
2008/5/29


◆ことばの話3252「意見か?異見か?」

視聴者センターのWさんから、質問を受けました。
「先日、大阪府の橋下知事が、30歳以下の若手職員を集めて訓示した時に、反論した女性職員がいましたよね。あの時彼女は、知事の意見に対して反対する意見を言ったのだけど、これって漢字で書くと普通の『意見』ですかね?それとも『異見』ですかね?どちらが正しいんでしょうか?」
「うーん、広い意味では全部『意見』でしょうね。『それは違いますよ』という意味で言う時に『意見する』なんて言い方もありますし。広義ではすべて『意見』で、その中に『反対意見や、違う見方をした意見』としての『異見』があるんじゃないでしょうか?」
と一応答えて、辞書(『三省堂国語辞典・第6版』)を引きました。
「意見」=(一)あることについて持っている考え。(二)(自分の考えを述べて)人をいましめること。
「異見」=ほかの人とちがった意見や考え。
とまあ、ほぼ思っていたようなことが書かれていました。さらに電子辞書の『精選版日本国語大辞典』を引くと「語誌」の欄に表記について書かれていました。
『(1)表記は「色葉字類抄」に「意見」とあるが、中世後期の古辞書になると「異見」とするものが多く、「又作意見」(黒本本節用集)のように注記を添えているものも見られる。近世の節用集類も「異見」を見出しに上げているが、明治時代に入ると典拠主義の辞書編纂の立場から「意見」が再び採られるようになり「異見」は別の語とされた。文学作品の用例を見ても、中世後期にかけては、「異見」が一般的であった。』
なんと、
「意見」→「異見」→「意見」
という表記の変遷があったのですね!さらに、
『(2)「意見」は、「色葉字類抄」に「政理分」と記されていることや「平家物語」の用例によると、本来は政務などに関する衆議の場において各人が提出する考えであった。そのような場で発言するには、他の人とは異なる考えを提出する必要がある。そのようなところから、「異見」との混同が生じたものと思われる。』
『(3)中世も後期になると、「異見」の使用される状況も拡大し、二者間においても使用されるようになってきた。それに伴い<2>の意味も生じてきた。最初のうち、相手が目上・目下に関わらず使用されていたが、訓戒の意が強くなり、次第に目上から目下へと用法が限定されてきた。』
ふーん、随分、歴史があるんですね。一方『新聞用語集2007年版』によると、
「意見」=<思うところ、考え、訓戒>大方の意見、親の意見
「異見」=<異なった意見・見解>異見を唱える
とシンプルです。放送ではこれに従うことにいたしましょう。
2008/5/28


◆ことばの話3251「じゃこかジャコか」

5月21日、タイ産の「ちりめんじゃこ」(関東では「しらす」と言うそうですが)を国産と偽って販売していた業者が逮捕される事件がありました。これを報じたマスコミの「ちりめんじゃこ」の表記が、ひらがな派とカタカナ派に分かれました。私が最初に見た読売新聞(大阪版)には
「ジャコ偽装」
と書いてあったのですが、私はこの「ジャコ」を「ジャスコ」と見間違ってしまいました・・・。
『ニューススクランブル』の坂キャスターのチェックによりますと、新聞は「日経」だけ、
「じゃこ」
で、あとの新聞社は「カタカナ」で、
「ジャコ」
逆にテレビでは「読売テレビ」だけが、
「ジャコ」
と「カタカナ」で、あとの在阪テレビ局は「ひらがな」で、
「じゃこ」
だったそうです。
そこで、毎日新聞のK記者に尋ねたところ、校閲部門に聞いてくれて、
「特に基準はないが、漢字で書けない動植物はカタカナで書くのが原則なので。『ちりめんじゃこ』は、もう製品名になっているから『動植物』とは言い難い。なので、(カタカナ・ひらがな)は決まっていません」
ということでした。読売新聞のS氏に聞いたところ、
「東京の紙面にその記事は出ていないが、常用漢字で書けない動植物名は『カタカナ書き』が原則。ただし『かつお節』のように形態が変わったものは、その限りではない。魚の一種ととらえれば『ジャコ』、カタクチイワシを加工したものとすれば『じゃこ』ということになるだろう。個人的には、『加工食品だから平仮名がベター』と考える。ただ平仮名は文章の中に埋まってしまって、いささか見にくい。『雑魚(ざこ)』の転なので、ぎりぎり動植物名と言えるだろうが。ただ『ちりめんじゃこ』となると、これはどう見ても加工食品だから、好き嫌いではなく当然『平仮名』になる。(海の中に雑魚はいるが、ちりめんじゃこは泳いでいない)もっとも、表記の大きな原則として、
『平仮名表記と決められたものはカタカナで書いてもいい。その逆は不可』
ということがあるので、そちらの理屈で、カタカナにしたということも言えるかもしれない。」
とのことでした。また、関西テレビのTアナウンサーからは、
「基準は『共同通信記者ハンドブック』にあり、動植物名の書き方の項目によれば、
『動植物の名称は片仮名書きを原則とする』しかし、『動植物の意識が薄れたもの、動植物を比喩的に使う場合、加工・調理したため動植物そのものの形態がなくなったものなどは一般的に平仮名書きにする』したがって、『縮緬雑魚を加工食品とみなし、平仮名表記にした』です。」
とメールをいただきました。皆さんありがとうございます。
原則は「(常用)漢字で書けるかどうか」そして「生き物か、加工品か」ということのようですね。個人的にはひらがなの、
「ちりめんじゃこ」
が好きなんですがねえ・・・。「ちりめんじゃこ」は一応「お湯に通す」(=茹でる)という「加工」はされていますが、あんまり加工らしい加工がされているイメージはないですけどね。Google検索(5月28日)では、
「じゃこ」=   134万0000件
「ジャコ」=    62万3000件
「ちりめんじゃこ」=29万1000件
「チリメンジャコ」= 4万4100件
「縮緬じゃこ」=      320件
「縮緬ジャコ」=      297件
でした。ひらがなの「じゃこ」「ちりめんじゃこ」が優位ですね。ところで、
「たたみいわし」
はどうでしょうか?あれはちょっと「加工」されている気がする。同じくGoogle検索(5月28日)では、
「たたみいわし」=3万1100件
「タタミイワシ」=1万5300件
「たたみイワシ」=  2470件
「タタミいわし」=   394件
「畳いわし」=    2100件
「畳イワシ」=     947件
でした。こちらも、ひらがなの「たたみいわし」が優勢ですね。
2008/5/27
スープのさめない距離