◆ことばの話3247「しっかとばかり」
茂木健一郎の『すべては音楽から生まれる〜脳とシューベルト』(PHP新書)を読んでいたら、シューベルトの『魔王』の話が出てきました。思わず『魔王』の一節を口ずさんでしまいました。
♪かぜーのようにー、うまーをー駆りー
たけーりゆーく ものーありー
うでーにわらべ おびーゆーるをー
しっかーとばかり いだーけーりー♪
(風のように馬を駆り 猛り行く者あり 腕に童 帯びゆるを
しっかとばかり 抱けり)
中学1年の時の音楽の先生が声楽家で、日本語で『魔王』を音楽の授業で歌わされました。ワーグナーの『タンホイザー』も歌ったなあ。覚えてるもんですね。習っておいてよかったなあ。30年以上経っても、ちゃんと歌詞が出てくるんだから。作詞は堀内敬三さんですかね?調べてみよっと・・・おお、この曲の歌詞に関しては、早稲田大学講師の飯間浩明さんが、既に書いているではないか。それによると、
「大木惇夫・伊藤武雄の共訳」だそうです。そして、「腕に童 帯びゆるを」の部分は、
「腕に童 怯ゆるを」
ではないか、と指摘されていました。
ところでこの歌詞に出てくる「しっか」は、
「しっかり」
という言葉と、どう関係があるのか?「しっかり」は擬態語由来なのか?ということが気になりました。あまり、今「しっか」が擬態語だとは感じられないですが、もし「しっか」が擬態語ならば「ゆっくり」の「ゆっく」も擬態語?「たっぷり」の「たっぷ」も擬態語?擬音語?これは擬音語のような気もするな。「タップタップ」と音がしそうだもの。『精選版日本国語大辞典』(電子辞書)で「しっか」を引いてみましたが、あれ?載っていませんねえ。古語辞典にも載っていないなあ。そこで『三省堂国語辞典・第6版』の編集を担当された早稲田大学非常勤講師の飯間浩明さんに聞いてみることにしました。
『以前、シューベルトの「魔王」の歌詞に関して(「帯びゆるを」「怯ゆるを」)書かれていましたが、今日お尋ねしたいのは、
「『しっかとばかり』の『しっか』」
についてです。この「しっか」は「擬態語」なのでしょうか?
たとえば「ゆっくり」「たっぷり」なども「ゆっく」「たっぷ」という擬態語に「り」が付いて出来ているのでしょうか?そのあたりに関してご教示いただきたいのですが・・・。
よろしくおねがいします。』
お忙しい中、すぐにお返事をもらいました。
『「魔王」の「しっかとばかり」ですね。これは「しか(確)と」を強調して促音が入ったものですね。「しっかり」もこの仲間です。
「しかと→しっかと→しっかりと」
の順に出現した模様です。いずれも擬態語とみてよいでしょう。
オノマトペの語形が、時代別にどういう変遷をたどったかについては、山口仲美『犬は「びよ」と鳴いていた』(p.34-35)に表があります。それに当てはめれば、「しかと」は奈良時代からある形、「しっかと」は鎌倉・室町〜江戸に栄えた形、「しっかりと」は鎌倉・室町に現れて明治以降にやや勢力を拡大した形、ということになります。「しっか」に「り」がついたというより、「しか」という核になる形がまずあって、それが時代により「しっかと」になったり「しっかりと」になったりしたと考えるといいでしょう。
ところで、「しかと」「しっかと」「しっかりと」をオノマトペ辞典で見ると、辞書によって扱いが違います(語によって載せたり載せなかったり)。擬態語とそうでない語とは、分けにくいことがわかります。たとえば、「ゆたか」の「ゆた」は「ゆったり」と同じで、もとは擬態語ですが、今日ではあまり意識されません。一方で、「うきうき」は「浮き浮き」で、もとは動詞を重ねただけですが、オノマトペ辞典に載っています。でも「いきいき」は「生き生き」で同じ語構成のはずなのに載っていません。擬態語かどうかは、「そう意識さ れているかどうか」という、あいまいな基準で分けているということになります。
「しかと」が、もともと擬態語として成立したものかどうかは、いまや古すぎて分かりません。「然るに」などの「しか」と同じとも言いますが(『大言海』)分かりません。もし「しか」が擬態語由来ならば、「たしか」ももとは擬態語かもしれません。
さて、もう1つお尋ねのあった「ゆっくり」「たっぷり」ですが、「ゆっくり」は「ゆくらゆくら」「ゆくゆく」(両者、万葉時代のことば)などの似たことばがあるため、「ゆく」が核となる部分でしょう。「ゆっく」に「り」がついたのではなく、「ゆく」から「ゆくゆく」とか「ゆっくり」とかが派生したとみるべきでしょう。一方、「たっぷり」は、「たぶたぶ」「たんぶと」「たんぶたんぶ」(中世)「たんぶりと」(近世)「たぷたぷ」(近代)などの例があるので、「たぶ(たぷ)」が核の部分でしょう。「たっぷんたっぷん」なども、ここから出たのではないでしょうか。こんなご説明で、いかがでしょうか。』
いやいや完璧です。山口仲美先生のご本も、もう一度読み直してみますね。引用が大変長くなってしまいましたが(そのまま載せちゃった!)どうも飯間さん、ありがとうございました!
2008/5/27
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