スープのさめない距離


◆ことばの話3145「まばゆい」

これも、もう2か月以上前の話になりますが、昨年の大晦日のこと。紅白歌合戦で『ルビーの指輪』を聞いていて、その歌詞の中に出てきた、
「まばゆい」
という言葉が気になりました。これって「ま」は「目」だよな、と思ったのです。漢字で書くと、
「目ばゆい」
じゃないのか?後ろの、
「ばゆい」
は連濁なので、元の形は、
「はゆい」
で、これは、
「『おもはゆい』の『はゆい』」
だろうから、漢字で書くと、「おも」は「顔」の意味の「おもて(面)」で、
「面映ゆい」
つまり、「まばゆい」を全部漢字で書くと、
「目映い」
ではないのか?と思ったのですね。(説明が長いな)今、書いていて関連で思ったのは、
「まぶしい」
「ま」も「目」じゃないのか?そうすると後ろの「ぶしい」は「ふしい」の連濁で、元は「ふしい」。漢字に変換してみると、
「臥しい」
と出ましたね。「伏しい」でもいいかな。あそうか、「目をふせる」ぐらい光が強い状態が、
「まぶしい」
なのだな。と思ったのです。
ついでに、
「曇り硝子の向こうの人込みに消える貴女の姿が見えると歌っているが、なぜ見えるのだろうか?曇り硝子なのに・・・」
とも思いました。こんなこと考えながら『紅白』見ていた人っているんだろうか・・・・。
2008/3/5


◆ことばの話3144「たい焼き屋さんの看板」

これもお正月休みに初詣に行った時に見つけたものです。(メモしておいて、書くのが随分後回しになってしまいました。2か月遅れ。おお、もう2008年も2か月経ってしまったのだなあ・・・。早い!)
和歌山・K神社の境内に出ていた「たい焼き」屋さんの看板です。面白いので写真を撮りました。
「一、 当店のたい焼きは 魚屋では売っていません」
そりゃそうだ。
「一、 最上の小豆玉子砂糖等より誕生します」
「誕生」と言うところがいいやね。
「一、 たい焼きの寸法は親子オスメス共十三センチです」
たい焼きに、親子やオス・メスがあるんかい!というツッコミが入りそうです。
「一、 アタマからシッポ迄アンコが一杯 骨はありません 
    海では取れません 当店が産地です
    毎度おヽきに」
アンコでよかった。骨があったら不良品です。海で取れるのは「泳げ!タイヤキ君」ぐらいのものでしょう。
いやいや、なかなかユーモア精神あふれるたい焼き屋さんです。1つ買って食べたら、本当にシッポまでアンコが詰まっていましたよ。

2008/3/5



◆ことばの話3143「小豆島と書いて・・・」

これも正月休みに和歌山市内を車で走っていた時に見かけたのですが、
「小豆島」
と書く地名がありました。てっきり私は、
「しょうどしま」
と読むのかなと思ったら、違いました。なんとこれは、
「あずしま」
と読むそうなのです。ふーん、地名は難しいですね。ちなみに、同じ和歌山市内で、
「神前」
と書いて、これは
「こうざき」
と読むんだそうです。ニュースに振り仮名なしで出てきたら、
「しんぜん」「かみまえ」「こうぜん」「かみさき」
などと読み間違いそうですね。気をつけましょう。
2008/3/5


◆ことばの話3142「犬連れの方へ」

お正月に初詣に行った、和歌山市のK神社で見かけた張り紙には、こう書かれていました。
「犬づれの方へ

あなたにとって家族でも、嫌いな人もいるので他の人に迷惑をかけないこと」
おお、すごいなあ、ダイレクトですね。ドラマ『斉藤さん』じゃないけど、正論だ。
こんな張り紙があるということは、
「他の人に迷惑をかけている犬の飼い主がいる」
「その人は、犬は家族同然なので、それを嫌うなんて人は信じられない」
というような意識を持っていると思われます。そうなんですよね、犬好きの人にとって、犬は犬であって犬でない、お犬様じゃないけど人間と同等、あるいはそれ以上の存在なんですよね。
ペットに関する言葉使いでも、「正論」で言えば、
「犬にえさを『やる』」
なのですが、愛犬家や愛猫家にとっては「やる」では不十分で、「あげる」になるのですね。難しいなあ・・・。

2008/3/4


◆ことばの話3141「ステキ女子」

日本テレビで去年放送したドラマ『ホタルノヒカリ』にも出てきた言葉に、
「ステキ女子」
というのがありました。これはTアナウンサーにとっては、
「いつも『干物(ひもの)女』に共感してばっかりの私には、憧れの存在です。」
らしく、ブログにそう書いていました。そして、
「先日またまた『ステキ女子』にお会いしました。それは、中谷美紀さん!!
スタイルがいい!!立ち居振る舞いが、とっても上品でステキ!!
などなど、書ききれないくらいです。」
と記しています。「ステキ女子」ということの条件には、
「スタイル(外見)が良い」「立ち居振る舞いが上品」
といったことが、構成要件としてあるようですね。最後には、
「同じ女子から見てもほれぼれするくらいステキでした。『ステキ女子』あこがれますよね!」
と書いています。
私が問題にしたいのは、この「女子」という表現。本来は子どもや学生、スポーツ選手、アナウンサーぐらいで、男女平等の概念が定着するにつれて(「男女雇用機会均等法」の成立以降、徐々に。「働く女性」の増加とともに。)、ひところあった「女子工員」「女子従業員」といった表現は消えたかと思っていたのですが、最近、大人を指して「女子」と呼ぶことが増えているように思うのです。ネット上の言葉、
「腐女子」
「女子」を使っていますよね。これは、
「婦女子」
のひねりだと思いますが(意味は違うけど)。
「女子」が増えれば「男子」も登場します。やはり日本テレビのこの1月からのドラマのタイトルは、
『貧乏男子』(ボンビーメン)
「貧乏」と書いて読み方は「隠語」っぽくひっくり返して「ボンビー」(隠語を使うというのは。この言葉に対して何らかの後ろめたさがあるのかもしれない)「男子」と書いて英語で「メン」という、ちょっとひねったタイトルですが、そこに、
「男子」
という言葉が出てきています。また、芥川賞作家・絲山(いとやま)秋子の『豚キムチにジンクスはあるのか〜絲的炊事記』(マガジンハウス)を読んでいたら、
「いい感じの男子います」
という表現が出てきました。子どもの「男子」ではありません。恋愛対象の男の人です。

これはどうしたことなのだろう?オトナが子ども化しているのでしょうかねえ?
2008/2/29
スープのさめない距離