◆ことばの話3120「パパパ・チ・タタタ」

去年(2007年)の秋、「読売日本交響楽団」のコンサートの番組のナレーションを担当したときの話です。この時の演奏曲は「ブルックナーの交響曲第3番」で、指揮者はスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ さん。1923年ポーランド生まれの84歳です。読むのがなかなか難しい名前ですよね、日本人には。
そのスクロヴァチェフスキさんが、ブルックナーの第3番の第2楽章・アダージョのハーモニーを説明してインタビューに答えて、リズムを表現する時に、こう言っていました。
「パパパ・チ・タタタ」
それを聞いて私はOO!と思いました。今から30年近く前の大学生の時に男声合唱の指導を受けた故・福永陽一郎先生も、よくリズムを説明する時に、
「ヤン・パンパン」
とか、
「チ・タタタ」
とくちずさんで説明してくれていたのです。交響曲で歌詞はありませんからまあ、当然といえば当然なのですが、
「音楽の世界は国境・言語を越えて、同じ表現をするんだ!」
ということを、この時に改めて感じたのでした。
2008/1/28


◆ことばの話3119「新潟県出れ」

1月11日に出た『広辞苑・第6版』(岩波書店)「芦屋」の記述が、 初版からずっと間違っていたという記事が、先日、新聞各紙に載りました。どうやら在原業平の在原行平を勘違いしていたようで、本来は「須磨」が舞台の能のことを、「芦屋」の説明文の中で書いていたというもの。うーん、気づかなかったなあ。何でも神戸新聞社からの指摘を受けて、『広辞苑』編集部も初めて気付いたとのこと。やはり地元は強いですね。こういう記事が出るのも、「有名税」でしょうか。
私も『広辞苑』を読んでいて、いくつか気付いた点があります。この「第6版」で初めて採用された、
「ジャイアント馬場」
です。『広辞苑』に「ジャイアント馬場」が載っているのがすごいなあと思います。しかも、「『ジャイアントパンダ』の次の項目」
ですからね。ちゃんと、
「得意技は十六文キック」
というのも載っていますしね。しかし、これはどうなんでしょうか。
「プロレスラー。本名、馬場正平。新潟県出れ。」
え?「新潟県出れ」?・・・これは、
「新潟県生まれ」
と書こうとして、なぜか、
「新潟県出身」
が混ざってしまったのではないでしょうか?珍しい誤植ですね。単純ミスですが、痛恨のチェックミスでしょう。
また「デジカメ」に関しては、『三省堂国語辞典・第6版』はちゃんと、
「商標名」
としていて「デジタルカメラを見よ」となっていましたが、『広辞苑・第6版』は、
「デジタルカメラの略」
としか書かれていません。「デジカメ」は、
「三洋電機の商標名」
なんですよね。そして「デジタルカメラ」を引いてみたら、
「静止画像を電子的に記録するビデオカメラ。フィルムの代わりにCCDを用いて画像をデジタル信号に変換し、メモリーカードなどの記憶装置に記録する。」
とあります。この前半部分の「ビデオカメラ」というのが、ちょっと納得できません。これでは「デジタルビデオカメラ」と区別が付きにくいですよね。それに、
「静止画像を記録する」
のではなく、
「(動いているものや動いていないものを)静止画像として記録する」
なのではないでしょうか?それにここは、
「デジタルスチールカメラ」
とした方がいいのではないでしょうか?実際「デジタルビデオカメラ」を引くと、
「映像・音声をデジタルデータとして記録するビデオカメラ」
とあって、区別が付きにくいです。ただ、最近の「デジタルカメラ」は、
「動画も撮れるもの」
もあって、「デジタルカメラ」と「デジタルビデオカメラ」の垣根が崩れつつありますが。
なかなか言葉の定義は難しいですねえ。
なお、「新潟県出れ」に関して『広辞苑』編集部に電話してみたところ、
「あのう、1293ページなんですが・・・・」
と言っただけで、あとは何も言わなかったのに、
「あ、『ジャイアント馬場』でございますか?申し訳ございません、これは輪転機が回っている最中に見つけたんですが、もう機械を止められなくて・・・できるだけ早い機会に訂正させていただきたいと思っているのですが、お恥ずかしい限りでして・・・。」
「これはやはり『生まれ』と『出身』が混ざってしまったんですかねえ?」
「ええ、『広辞苑』では『生まれ』に統一しているんですが、下の原稿が『出身』だったので、それに引かれてしまったのかもしれません。校閲担当者も2回も3回も目を通しているんですが、本当にお恥ずかしい限りでして・・・」
と平身低頭の感がありました。そんなに責めているわけではないのですが、馬場さんはあの世で、
「アポーッ!」
と空手チョップをしているかもしれませんね。
2008/1/25


◆ことばの話3118「年金の語源」

会社の食堂で昼ごはんを食べていると、言葉の問題に詳しいM取締役から質問が。
「辛坊の『年金の真実』を読んでるんだけど、たしかに年金のしくみについてはわかりやすく書いているんだけど、そもそも年金はなんで『年金』って言うかについては、書かれていないんだよな。なんで『年金』と言うか、わかる?」
いや、そんなに急に聞かれても・・・おそらく英語の訳語から始まったのでは?ととりあえずお答えしましたが、言われてみるとそうですよね。なぜ「年」金なんでしょうか?
そこでちょっと調べてみました。それによると、「年金」とは、
「毎年定期的・継続的に給付される金銭のこと」
を指し、『精選版・日本国語大辞典』(小学館)によると、
「一年を基準として、一定期間または終身にわたって支給される一定額の金銭。老齢・死亡などによる生活保障を目的とする。爵位・勲章に伴うものや恩給として支給されるもののほかに、厚生年金・国民年金などの公的年金と、企業年金・個人年金などの私的年金とがある。」
と記してあって、用例としては1884年(明治17年)の『小学読本』の「若林虎三郎・五」から、
「長吉は其の疲労と巌石にあたりて受けたる傷とによりて永く病の床に臥し居りしが、其の報償として母は若干の年金を与へられて」
とありました。明治時代には使われていたのですね。今年の1月10日に出た『三省堂国語辞典・第6版』には、
「年金」=制度や契約に基づいて、毎年、決まった時期に受け取るおかね」
とあり、同じく今年1月11日に出た『広辞苑・第6版』によると、
「年金」=毎年、一定金額を定期的に給付する制度のもとで支払われる金銭。老齢・障害・死亡などにより失う所得の補償を目的とする。制度の性格により公的年金・私的年金に分かれ、給付事由により老齢年金・障害年金・遺族年金などに大別。」
とあり、ともに「毎年」と「年単位での給付」いうことが記されていますが、現在の日本では、年金は偶数月の15日が受給日(年6回給付)になっているので、その意味では、
「隔月金」
とでも呼ぶべき状態ですね。
ファイナンシャル・アドバイザーの福島明彦氏のサイトによると、「年金」を英語で言うと“annuity”“ pension”
の2種類あるとのこと。“ pension”は、日本語では「宿泊施設(ペンション)」「西洋風の民宿」の意味で使われていますが、もともとはラテン語の
“ pensio”(支払い・賃貸料・計ること)
から来ていて、同じくラテン語の、
“ pendo”(「つるす」「計る」)
がその由来。「お金で重さを量る」という意味だそうです。“pendant”(ペンダント)“ pending”(ペンディング・未決定の・宙ぶらりんの)も同系列の言葉なんだそうです。
また、『語源由来辞典』というサイトによると、年金生活者が、自宅の空き部屋を学生寮や下宿式のホテルにしたことから、比較的安価で泊れる宿泊施を指して「ペンション」と呼ぶようになったといいます。
また“annuity”の方ですが、これも福島氏のサイトによると、
「ラテン語で『1年』の意味を持つ“annus”」
から来ているそうです。 “annual”(1年単位の、周年)“anniversary”(記念日)も同系列の派生語です。つまり、
「“annuity”の訳語として『年金』が生まれた可能性が高い」
ということですかね。
福島氏は、“ pension”は「不動産」「保険料収入」の観点から、“annuity”は「時間」の観点から捉えた「年金」の姿だと結論付けています。
『ランダムハウス大英和辞典』(電子辞書)“annuity”を引くと、
「年金・年賦金」
とあり、『精選版日本国語大辞典』(電子辞書)で「年賦」を引くと、
「負債額または納税額などを舞と際一定額ずつ分割して支払っていくこと。またその弁済方法。年払い。年分(ねんぶん)年割。」
と書いてあります。用例はなんと『浮世草子・西鶴織留』(1694年)で、
「十年切りの年賦にして」
と出ていました。
何となく、少しは年金の語源に近づけたかな、という感じです。
2008/1/17


◆ことばの話3117「搭乗橋」

1月21日のお昼のニュースで、関西空港で中国人が空港内の立ち入り禁止区内に入っていたことがわかったというニュースを報じていました。その時に、中国人が禁止区域内にどうやって入ったかという説明の文章で、読売テレビのニュースでは、
「搭乗橋(トージョーキョー)」
という言葉が出てきました。これを聞いて「ん?」と思い字幕を見ると「搭乗橋」と書かれていたので、少し考えて、
「ああ、『ボーディング・ブリッジ』のことか」
と思い当たりました。映像も出ていましたしね。しかし同じニュースを関西テレビは、
「搭乗口と飛行機をつなぐボーディングブリッジ」
と説明を加えて「ボーディングブリッジ」を使っていました。こちらの方が明らかにわかりやすかったです。
うちは「中国人の話題だから漢字にした」・・・ということはないと思いますが、今後も出てくるとしたら、どう表現したらいいと思うか、キャスターやデスクに聞いてみました。すると、
「たしかに、関西テレビの言い方は分かりやすいですね。私としては、『それ採用!!』という感じなのですが(笑)」
という意見や、
「この手の原稿を過去に書いた記憶はないが、『搭乗橋』という言葉は、私の語彙にはない。『ボーディングブリッジ』は、交通担当の経験があり何となくわかるが、一般視聴者はどうなのだろうか。私がこの原稿を書くとすれば、ありふれた表現だが、『飛行機と搭乗口とをつなぐ「通路」』にすると思う。」
という意見、また、
「ネット検索してみると行政(お役所)用語として『搭乗橋』は出てくるので、警察などの発表原稿に出てきた『搭乗橋』という表現をそのまま使ってしまったのではないか?」
という意見もありました。字際ネット検索(Google、1月23日)してみると、
「搭乗橋」 =4990件
「ボーディングブリッジ」=2万1900件
圧倒的に「ボーディングブリッジ」が使われていました。「ボーディングブリッジ」はその形状から俗称で、
「ゾウの鼻」
とも言われているみたいですね。なるほど、似ているといえば似ていますね、蛇腹のところとか。また、
「PBB」
という略称も書かれていました。
「パセンジャー・ボーディング・ブリッジ」
のことだそうです。「ボーディングブリッジ」は、航空機だけでなく「船」にも使われているようです。ただ、この場合の日本語は、
「渡船橋」
のようです。
「渡船橋」=311件
でした。
2008/1/23

(追記)

1月24日の産経新聞は、
「ボーディングブリッジ(搭乗橋)」
というふうに書いていました。

2008/1/24


◆ことばの話3116「必死のパッチ」

読売テレビ制作で2007年3月22日の夜9時から放送された『カミングアウト バラエティ・秘密のケンミンSHOW』(当時は「特番」でした)で、
「大阪府民は『必死のパッチ』と必ず言う」
と出てきました。必ずかどうかはわからないけど、まあ、言わないことはありませんね。「言えてる、言えてる」という感じで見ていました。
そのしばらく後、知り合いの作家の丹波元さんから
「『必死のパッチ』の語源は?」
と聞かれましたが、すぐには答えることができませんでした。

それから半年ほどたった2008年1月18日、この日の『情報ライブミヤネ屋』で、
「男性にも冷え症対策が必要」
というような新聞記事を紹介する時に、「5本指のソックス」「パッチ」も紹介。最近の「パッチ」は、カラフルでおしゃれなものも出てきているという話でした。その際に、
「パッチはたしか朝鮮語が起源だよ」
と言うと、スタッフが、
「へえ!そうなんですか!じゃあ、『パッチギ』と関係あるんですかね?」
と聞いてきました。
「『パッチギ』は『ビンタ』とかそういうもんだから、違うんじゃない?でも、おんなじ朝鮮語由来の言葉でしょうね。」
と答えたものの疑問が残り、あとで改めて「パッチ」について調べてみると、『日本国語大辞典』にちゃんと載っていたではないですか。いえ、「必死のパッチ」がではなく「パッチ」がですが。
元はやはり「朝鮮語」で、「ズボン下」のことを韓国・朝鮮語では「パッチ」と言い、日本では江戸時代・宝暦年間(1750年頃)に大流行したとか。またその「パッチ」を使ったことわざ(?熟語?成句?)に、
「パッチを穿く」
というのがあり、その意味の一つ目は、
「軍隊で上官から叱られる意にいう。不動の姿勢を、竹のパッチでもはいているようにみたてたもの。」
とあって、野間宏の『真空地帯』からの用例が載っていました。
そして二つ目の意味には、
「(「わらじをはく」の言い替えか)逃げる意の、盗人・やくざ仲間の隠語。」
とありました。あ、もしかしたらこれかな?
つまり「必死で逃げる」様子を「必死のパッチ」と言ったのかもしれませんね。
「必死のパッチ」
の語源をご存知の方は、ご連絡お待ちしています!


2008/1/22
(追記)
2008年9月17日、『ニューススクランブル』の坂キャスターが、
「神戸新聞に“必死のパッチ”についての記事が載っていますよ」
と教えてくれました。記事の見出しは、
『「必死のパッチ」って…駄じゃれ?股引?桂馬の駒?』
として最近、阪神タイガースの矢野選手や関本選手お立ち台で口にする「お約束」の決めゼリフが、
「必死のパッチでした!」
だという長沼隆之記者の記事。記事によると、なぜ「必死のパッチ」と言うのかについては、「パッチ」は「強調語であり、股引の意ではない」という意見がある一方、「語呂合わせでおかしさを醸す一種のしゃれ言葉」との見方(例えば「余裕のよっちゃん」のような)もあると言います。その中で、武庫川女子大言語文化研究所長の佐竹秀雄先生の説、初めて聞いたものでした。いわく、
「関西では、桂馬の駒の動きが股引の形に見えることから『桂馬のパッチ』という言葉があり、相手がどう守っても確実に詰める状態を『必至』という。桂馬で王手をかけられた際、守る側の『ぎりぎりの状態』が転じて『必死』になったとみる。」
とのこと。そうだったのか。そんな見方も!なんにせよ、語呂がよくてつい口を付いて出てくる言葉ですね。その意味では、この言葉を口にする人は『ケンミンSHOW』が言うように(大阪府民かどうかは別にして)、
「関西人」
に間違いありませんね! こと、「必死のパッチ」に関しては、関西は「道州制」が取られているのではないでしょうか?
2008/9/17
(追記2)

いま(2009年4月下旬)、関西地方で流れている、心斎橋「ビッグステップ」のリニューアルオープンのCMで、「くいだおれ太郎」と共演している若い女の子が関西弁で、
「必死のパッチやなあ」
と言っています。
2009/4/29
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