◆ことばの話2890「放つか、放すか」

6月1日放送の「ニューススクランブル」の中の「コウノトリの赤ちゃん」の原稿。
コウノトリの放鳥が行われて、43年ぶりに野生のヒナが生まれたニュースの特集です。そこで「放鳥」のことに関して、
「放された」
と言っていたのですが、それに違和感を覚えました。これは正しくは、
「放たれた」
ではないのでしょうか?動詞の元の形(終止形)が、
「放す」=「放された」
「放つ」=「放たれた」

ですよね。鳥の場合は、「放つ」だと思うのですが。「放す」だと「ほら、行きなさい」とトリを歩かせて地べたに「はなす」感じですが、トリには羽があって空に飛びますから、空に向かって「それ、行け!」という感じが「放つ」なのではないでしょうか?
「矢」の場合は「放つ」ですよね、「放す」ではなく。「野に放つ」も「野に放す」ではありませんよね。それとイメージは重なります。こういった細かいところのイメージは丁寧に使いたいものです。『新明解国語辞典』を引いてみると、
「放す」=(1)握ったりつかんでいたりするのをやめる。(2)捕まえていた動物・捕虜などを自由の身にする。(3)(料理で)汁などに入れて、散らばらせる。
「放つ」=(1)「放す」の雅語的表現。(2)手元から(遠くへ)出す。(3)追放する。
となっていました。『新潮現代国語辞典』では、
「放す・離す」=(1)くっついているものや身近にあるものを、隔たるようにする(2)郷里をおく。間をあける。(3)つなぎとめていたものを解いて自由にさせる。(4)(目を離すの形で)視線を別のところへ移す。
「放つ」=(1)縛られたものや固定されたものを解いて自由にする、また、行かせる。はなす。(2)声やひかりなどを出す。(3)(屋や弾丸などを)うち出す。発射する。(4)(「目を放つ」の形で)1.視線を遠くの方に動かす。目を離す。2・視線を他のものへ移す。

原稿を読んだ担当女性キャスターには話しましたが、本人はあまり細かいことは気にしないタイプらしく、ほとんど気にしていないように見えましたが、担当プロデューサーからは、
「その通りです。大変失礼しました。他のデスクに最終チェックを任せていました。申し訳ありません。以後気をつけます。」
というメールが届きました。



2007/6/13


◆ことばの話2889「適切に処理している」

5月28日、松岡農水相が自殺しました。
「なんとか還元水」
などとともに、この人の口から出た数々の言葉は、失笑を買いました。
そういった器具があるのかどうかを聞かれても、
「法律に定められたとおり、適切に処理しています」
という答えの一点張り。ここで使われた言葉「適切」が、一般の人の耳には、
「適切=不適切」
に聞こえたことは、言うまでもありません。
「法律に定められたとおり」
行うことは確かに必要なのですが、これまでも法律が現実に追いつかないということがありました。たとえばかつて「合法ドラッグ」と呼ばれたクスリがありましたが、あれなんかも日本の法律が追いついていなかっただけで、現在では「脱法ドラッグ」と呼ばれています。法律の範囲内でも、その法律の網の目をくぐるような方法をとって「適切」に行われることは、「合法」ではなく「脱法」です。内閣に所属する大臣がその違いを知らないわけはありません。知っていて、あくまでそう突っぱねるのは、どう考えても「不適切」な言動と言えるでしょう。
亡くなった方にこんなことを言うのは何ですが、責任は責任として、言葉の問題を申し上げました。


2007/6/13


◆ことばの話2888「衣類乾燥機」

松下電器の家電に不具合(設計ミス?故障?)があったとして、なんと300万台規模でのリコールがかかりました。その中のひとつに、
「衣料乾燥機」
があり、そのニュースを読むHアナウンサーから、アクセントに関して内線電話がかかってきました。
「『衣料乾燥機』は、コンパウンドして『イリョー・カンソーキ(LHH・HHHLL)』でしょうか?それとも2語に区切って『イリョー・カンソーキ(HLL・LHHLL)』でしょうか?』
「うーん、そもそも『衣料乾燥機』という言葉をあまり聞いたことがないよな。業界用語なんじゃないの?『(衣料)乾燥機』は『乾燥機』だろ。『食器』の乾燥機の場合は『食器乾燥機』と言うわな』
「うーん、そうなんですが、ねえ・・」
「それじゃだめなの?」
「私は、コンパウンドしてもいいと思うんですが・・・」
「たぶん、家電業界ではよく使われている言葉なので、業界の人はコンパウンドしてると思うんだけど、われわれ一般消費者から言うと、聞き慣れない言葉だから、2語に区切って読んだ方がいいと思うけどな」
「そうですか。」

ということで、Hアナには2語に区切って読んでもらいました。
その後、インターネットで検索してみると「衣料乾燥機」という言葉は、やはりずいぶん使われていました。(6月13日のいま、Google検索したら、21万1000件でした。)「食器乾燥機」と区別するためだと思います。それはとりも直さず、
「食器乾燥機が普及してきた」
ことによるのではないでしょうかね。

2007/6/12


◆ことばの話2887「『外郎売』、見てきました!」

ちょうど1年ほど前、アナウンサーならカツゼツ練習でおなじみの「外郎売」を、東京の歌舞伎座で演じるというので、見に行ってきたときの報告を、アナウンス部の皆さんに配ったのですが、今年も新人が入ってきて、また「外郎売」の練習をする頃になってきたので、「平成ことば事情」に掲載しておくことにしました。(2007、6、13)
******************************** 2006年5月11日(木)、カツゼツ練習でもおなじみの、歌舞伎十八番の一つ『外郎売』を、東京の歌舞伎座で今、行なわれている「團菊祭(だんきくさい)・五月大歌舞伎」で、日帰りで見てきました。
当日は「ゲツキン!」終わりで飛び出して、歌舞伎座に着いたのが午前10時20分。
11時からの開場だというのに、もう歌舞伎座一帯は人・人・人!
特に外国人観光客が多く、6人に1人は外人さんでした。
歌舞伎座入り口内部にある、一幕だけを見られる「一幕見席」券を買い求める人の列が、3階あたりにまで続いていて(一幕見席は4階)、
「これは本当に(座って)見られるのかな・・・せっかく大阪から来たのに・・・。」
と不安になりましたが、一幕見席は150席ほどあったので、何とか座って見られました。(その後ろに50人以上、立ったままで見ている人たちもいましたが。)
お目当ての『外郎売』は三つ目の出し物。見るのはそれだけでいいのですが、その前から見て座っていないと席が取れないというので、最初の出し物から見ました。3時間半、出し物4つのうち3つを見て1600円は安い。ちなみに一等席は15000円、一階座敷席は17000円です。

そもそも『外郎売』は、日本三大仇討ちの一つ、曽我兄弟の仇討ちの話のひとコマ。(残りの二つは、赤穂浪士四十七士の『忠臣蔵』と、伊賀上野の荒木又衛門『鍵屋の辻』、そして曽我兄弟の弟・五郎が「外郎売」に身をやつして、父の仇・工藤左衛門祐経(すけつね)を捜し求めていたところ、たまたま工藤にめぐり合い、その工藤から、
「おい外郎売、座の余興に、例の早口の口上をやってくれ」
と呼ばれて披露するというものです。
病からの全快という12代目・市川団十郎(「おーい、お茶」でおなじみの市川新之助あらため海老蔵、のお父さん)がその口上を披露します。もともとこの『外郎売』は1718年に二代目・団十郎が初演。その後、1980年に今の12代目団十郎が、父・11代目の台本で40年ぶりに復元・上演させ(と、12代目・団十郎はこの日の口上で言っていましたが、プログラムには野口達二が復活した、とあります)、それ以来今回で17回目の上演になりますが、そのうち、団十郎が8回、息子の海老蔵が4回上演しており、そういう意味では「成田屋」(団十郎、海老蔵の屋号)の専売特許と言える演目なんだそうです(あとの5回は、現在の尾上松緑=音羽屋)。
ご承知のように、1600文字にもわたる口上を一気に唱えるものですが、実際に聞いてみての感想は、
「そんなに早口ではないな。」
というもの。たしかに全部暗記するのは大変ですが。また、私たちがアナウンス教本で習ったものとも、若干、違いました。たとえば、
「拙者、親方と申すは・・・・円斎と名乗りまする」
までゆったりと言うと、そのあとは音曲が入ります。三味線などに合わせて「義太夫」語りが続きの台詞をしゃべってしまうのです。そして再び団十郎がしゃべる台詞は、
「ご存じない方には、正身の胡椒の丸呑み、白河夜船」
からです。そして、
「万病即効ある事、神の如し」(YTVアナ教本)
の部分は、その後に、「でござりまする」と付けて、
「万病即効ある事、神の如しでござりますると団十郎は言っていました。そのほか、「菊、栗、菊、栗、三菊栗」は、私たちは無声化の練習と心得ていて、濁らずに、
「キク、クリ、キク、クリ、ミキククリ」
とやりますが、団十郎は濁って
「キクグリ、キクグリ、ミキクグリ」
とやっていましたし、同じように「虎熊、虎きす」も濁って
「トラグマ、トラギス」
と言っていました。最後の方は一気にまくし立てていましたが、その中で、
「臼、杵、すりばち、ばちばち ぐゎらぐゎらぐゎら と」
の部分は、
「臼、杵、すりばち、ばちばち くわばらくわばら と」
と言っていました。微妙に違いますね。最後の、
「息せい引っ張り」
の部分も、
「息せき引っ張り」
と言っていました。とりあえず以上のような点に気づきましたので、ご報告申し上げます。
また、プログラムから、「外郎売」の関連部分をコピーして、アナウンス部の皆さんにお配りしますので、ご参考までに。
以上


2007/5/19


◆ことばの話2886「教師と教諭」

報道のMデスクからの内線電話です。
「一つ教えて欲しいんですが、『教師』と『教諭』はどう違うんでしょうか?どう使い分ければいいんですかね?新聞さんは、ほとんど『教諭』で、たまに『教師』が混在しているような感じなんですけど・・・」
「うーん、『教師』の方が一般的で範囲が広いね。『教諭』は職位みたいな感じで、校長、教頭、学年主任、教諭というような流れの中にあるんじゃないかな。ちょっと待ってね、『新聞用語集』を引いてみるから・・・載ってないなぁ。じゃあ、『NHKことばのハンドブック』・・・これも載ってないな。」

そこで『新明解国語辞典』「教師」を引いてみると・・・・あった、あった!ありました。
「(組織化された教育機関で)知識を授け技芸を指導する立場に在る人。(例)人生の教師・家庭教師・反面教師」
とありました。これに対して「教諭」は、
「(時間講師・嘱託と違って)小学校・中学校・高等学校および幼稚園等において一定の資格を持つ、常勤の教員。(例)助教諭、養護教諭」
とありました。やっぱり「教師」の方が意味が広くて、「教諭」は資格のような感じですね。
そのようにMデスクに話すと、
「わかりました!」
とのことでした。『日本国語大辞典』を引いてみると(用例は略)、
「教師」=(1)学校などで、学業を教える人。学術、技芸などを教授する人。師匠、教員。先生。(2)宗教上の教化を職とする者。宗教上の指導者。宣教師。布教師。
「教諭」=(2)教員職員免許法による普通免許による普通免許状を持ち、学校教育に携わる者。小・中・高等学校、養護・ろう・盲学校および幼稚園の正教員。旧制では、中等学校の正規の教員をいった。」

とのこと。やはり「教諭」は、免許と関連した「資格」を呼び名とした場合なんですね。だいぶスッキリしました。

2007/6/12
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