◆ことばの話2775「から」

1月4日夜の日本テレビ『ニュース・ゼロ』で米・マサチューセッツ州の食料品店に車が激突した瞬間の映像を紹介していました。その説明コメントで、
「店長はすぐにカウンターから脱出し軽傷です。」
と言っていたのですが、この「カウンターから」は、
「被災場所」を表しているのか「非難経路」を表しているのか、よくわかりませんでした。
実際は「被災場所」としての「カウンター」「から」逃げ出したのですが、たとえば、マンションで火事になって住民が、
「ベランダから逃げ出した」
という場合の「から」は「避難経路」の「から」です。もともといた場所(被災場所)は、風呂場だったり、居間だったり、書斎だったりトイレだったりするでしょう。つまり、
「ベランダを通って逃げ出した」
「〜を通って」と同じ意味の「から」です。
脱出の場合に使う「から」には、「もともと、いた」という意味での「起点」を表す場合と、「最終的に脱出した場所」を示す場合があるということですね。この後者の場合は「避難経路」を表すことにもなりますね。
『日本国語大辞典』で「から」を引いてみると、
「から」=(1)動作の経由地を示す。・・・のまにまに。・・・に従って。・・・に沿って。上代はこの用法のみである。(2)動作の起点を示す。中古に現われ、現代に至る用法。上代は、この用法としては、もっぱら「より」の方を用いる。時間的起点を示す場合と、空間的起点を示す場合がある。(3)手段を示す。・・・によって。・・・で。(4)(2の用法から転じて)体言または接続助詞「て」を受け、「・・・から後」「・・・以上」の意を表わす。近世以後の用法。(5)(2の用法から転じて)体言を受け、「・・・からはじめて」「・・・をはじめとして」の意を表わす。「からして」の形で用いられることもある。
ということは、もしかしたらこの(1)と(2)の意味の違いを感じると、違和感があるということかな。(2)は「より」と同じだって言うので、「より」に置き換えて、
「カウンターより脱出」
にすると、「起点」というのがより感じられますね。
「ベランダより脱出」
にすると、なんだかちょっとおかしい感じがしま・・・せんか?
うーん、『日本国語大辞典』には用例も含め、もっと詳しく載っていますので、興味のある人は「語誌」なども読んでみてください。

2006/1/5


◆ことばの話2774「給与飼料」

年末に肉屋さんに豚肉を買いに行った時のこと。鹿児島産の
「もち豚」
という、なんだか分らないけどおいしそうな名前の豚肉を売っていました。きっと肉がもちもちとしておいしいのでしょう。その説明文の中に、
「給与飼料や飼育環境にこだわり」
という一文がありました。ん?給与飼料?豚に給与を支払っているのか?給与明細書とかあるのか??と、一瞬、よく訳がわからなくなりましたが、すぐに、
「そうか、与えられるエサのことを業界用語では『給与飼料』と呼ぶんだな」
と合点しました。でも養豚場で働く人たちに払う給与が飼料だったら、いやだな。現物支給とか言って。それよりなにより、われわれサラリーマンの「給与」って、もともとは「ブタに与えるエサ」のような感じだったのかな・・・。
Googleの日本語のページでの検索では(1月5日)
「給与飼料」=4万0800件
でした。
その、こだわりの豚肉を買って帰って、妻が煮詰めて料理してくれましたが、なかなかおいしかったです。

2007/1/5


◆ことばの話2773「元義父」

2006年12月15日、義理の娘・森まゆみさんとその子供(つまり自分の孫)を殺し、その家に放火した罪に問われている森 建充被告に対して、大阪高等裁判所は一審の無期懲役判決を改めて、死刑判決を出しました。これを伝えた12月15日の各紙夕刊、「森被告」のことをどう表現したかに注目しました
(読売)元義父
(毎日)元義父
(日経)義父
(産経)義父・義理の息子の結婚相手であるまゆみさん
(朝日)義父だった・息子の妻のまゆみさん
という表記でした。
つまり森 建充被告のことを「義父」としたところと「元義父」としたところがあったのです。
各新聞をよく読んで見ると、これが結構複雑な人間関係でして、森被告が結婚した相手の連れ子と結婚したのが、今回の被害者の森まゆみさん。つまり、
「義理の息子の結婚相手」
なのです。そういう意味では「義理の娘」(あるいは逆に「義理の父」)と言っても、普通の「義理」の関係よりも、一段関係が薄い「義理」です。しかも、それがさらに「元」となっている新聞があるのは、事件後、森被告とその妻が離婚したからだと思われます。(この件に関して、各紙夕刊は触れていませんでしたが)「事件発生当時」を基準にすれば「義父」、現状から言うと「元義父」ということのようです
ここで考えたのは、「義理の息子(娘)」など「義理」の関係は、婚姻関係の解消などによって「元」がつき「元義理の息子(娘)」となることはあります、「実子」「孫」は、婚姻関係解消後も「元子」「元孫」とはならないということです。それだけ「血縁関係」の結びつきというのは強いということですね。

2006/12/18


◆ことばの話2772「シマとトー」

クリント・イーストウッド監督の映画『父親たちの星条旗』『硫黄島(じま)からの手紙』、両方観ました。考えさせられました。
さてその舞台である、
「硫黄島」
ですが、「島」を「ジマ」と読むか「トー」と読むかという問題です。「平成ことば事情2225硫黄島」でも書きましたが。この映画のタイトルは、はっきりと、
「イオージマ」
になっているので、作品名としては問題ないのですが、フジテレビの用語委員Aさんから問い合わせのメールが来ました。
「硫黄島の読みは、ジマでしょうか?トーでしょうか?」
12月8日に放送した硫黄島に関するドラマで「イオージマ」という読み方にしていたら、視聴者の方から、
「トーではないか?」
という問い合わせが殺到したそうです。そこで、返事を書きました。
『よく考えると、日本の「島」で、「とう」と読む物はあまりないことに気づきました。ほとんどが、
「○○しま(じま)」
ですよね。
「淡路島」「佐渡島」「(伊豆)大島」「小豆島」「新島」「大三島」「屋久島」「石垣島」「与那国島」「宮古島」「父島」「母島」「八丈島」ETC
てな具合で。
アナウンス部内でちょっと考えたところ、沖縄の、
「与論島」
とあとは、北海道の島々、それに北方領土の島々の、
「奥尻島」「利尻島」「礼文島」「焼尻島」、「色丹島」「択捉島」「国後島」「歯舞島」
ぐらいしかないのではないかということになりました。
北海道の場合は、アイヌ語に「島」を合わせて「トー」と読んでいるのでしょうし、「与論島」の場合も琉球王国の影響があるのではないか?と推測します。そう言う意味では、「硫黄島」
「いおうじま」
と「じま」をつけて読むのが「日本風」と言えるでしょう。そもそも、戦争中でさえ、日本にとっても軍事拠点としての意味しかなかったのですから、「八十島」の中には入っていなかったのではないか?だから「トー」という呼び名にしたのではないか?という思いもあります。
しかし今となっては当時の呼び名を懐かしがるゆかりの人たちが、まだ多数生き残ってらっしゃるところから、人一倍「トー」に固執されるのではないか。その思いは汲んであげて、ストレートニュースなど以外のドキュメントやドラマなどでは「じま」と「トー」を使い分けてもいいのかもしれません。以上、私見でした。』
これに対してAさんからもまたメールが。
『ヤフーの地図ページを見たら「いおうとう」でした。東京都小笠原村のHPが「いおうとう」なので、そうしたのでしょうか・・・。』
また、同じく用語委員のTさんの見解も寄せてくださいました。それによると、ドラマ制作サイドは、ニュースでは「イオージマ」としているので、それを使ったようだということや、Tさんご自身は、
「戦時中はトーと読んだはず。小学校3年〜5年ころ、国語の教科書の中に硫黄島のことを扱った教材があり、「イオウトウ」と読んだのをはっきり覚えている。小学校の国語の教材なので授業のとき、繰り返し大声で朗読し、その際イオウトウと読んだのが頭に残っている。私の父母も硫黄島の話をするときはイオウトウと言っている。アメリカはイオウジマ。強襲揚陸艦もイオウジマ。今回の映画が「イオウジマ」なのは、アメリカの映画だから。」
とのことでした。当時の体験(イオウトウ)は貴重ですね。当時は「イオウトウ」だったのでしょう。と言うのも、やはり、本土から遠く離れていて、もともと日本の「シマ」とは考えられていなかった、その後に発見されたものだから「トウ」なのでしょう。おお、暴力団も自分の領土を「シマ」と言うではありませんか、「トウ」ではなく!
最近読んだ『小笠原クロニクル〜国境に揺れた島』(山口遼子、中公新書ラクレ、2005)には、小笠原諸島がどういう運命だったかが、現地の人たちの証言を中心に収められています。また、『十七歳の硫黄島』(秋草鶴次、文春新書、2006、12、10)という本のタイトルは、奥付を見ると、こちらは
「いおうとう」
とルビが振ってありました。著者の秋草さんは、1927年群馬県生まれで、少年兵として硫黄島に行き、九死に一生を得て帰ってきて、現在もご存命だそうです。
12月13日に『硫黄島(じま)からの手紙』も観ました。この映画は「アメリカ映画」なんですね。それをつい忘れてしまいますが、アメリカ映画なのに日本人捕虜をアメリカ兵が殺してしまうシーンは、今までのハリウッド映画にはなかったのではないかと思いました。(『パールハーバー』にはなかった。『ディープ・インパクト』(競馬ではありません)的な娯楽映画にもなかった。ベトナム戦争を題材にしたものにはあったが。)
2006/12/21
(追記)

2007年2月14日の朝日新聞朝刊の読者の投書欄「声」に、神戸市灘区の主婦・中村道子さん(82歳)から、
「硫黄島の読み『いおうとう』」
という投書が載っていました。引用しますと、
「今は皆さんが『いおうじま』と言われます。しかし、当時は、『いおうとう』と言いました。『しま』と聞くと、なんとなく白々しくて違和感を覚えます。当時をご存知の方々はいかがでしょうか。戦死された多くの人たちにも申し訳ないような、何だか変な気がしてならないのです。」
というご意見です。なるほど、そうですか。ご意見はよくわかりました。そういう思いを持っている方は、「硫黄島(イオートー)」と関係が深い方ほど多いのではないでしょうか。
2007/2/14


◆ことばの話2771「甘酸っぱいゆずの香り」

12月22日は「冬至」です。冬至と言えば「ゆず湯」と「かぼちゃ」ですね。その「ゆず風呂」(ゆず湯)のニュースを、読売テレビのお昼のニュースでやっていました。
その中で、
「ゆずの甘酸っぱい香りが漂っていました。」
という表現があったのですが、アナウンス部で見ていたみんなから疑問が出ました。
「ゆずの香りは甘酸っぱいか?」
言われてみれば確かに。「甘酸っぱい」の「甘」が引っかかったのです。私は、
「さわやかな柑橘系の香り」
というのが、ゆずの香りとして適当かと思ったのですが。
この日の各紙夕刊を見てみると、
(読売)「立ち上るさわやかな香り(を楽しんだ)」
(日経)「さわやかな香り(を楽しんだ)」
(産経)「入浴客は風呂に浮かんだユズを手に取ったりして、香りを楽しんだ」
朝日と毎日は「ゆず風呂」(ゆず湯)の記事が、22日の夕刊には載っていませんでした。載せて欲しいよな、季節のネタも。
やっぱり、新聞さん(読売・日経)はきっちりと
「さわやかな香り」
と表記していますね。少なくとも「甘酸っぱ」くはありません産経新聞は単に、
「香り」
としています。その手もあるか。
やっぱり「甘酸っぱい香り」は、おかしいよな。
2006/12/28