◆ことばの話2695「『よそる』と『よそう』、出立飯」


10月25日の、出久根達郎さんの日経新聞夕刊エッセイ「レターの三枚目」を読んでいたら、
「茶椀に、たっぷりとよそる
という一文が出てきました。この「よそる」「よそう」ではないのでしょうか?それとも本当(標準語)は「よそる」「よそう」が方言
『新明解国語辞典』『明鏡国語辞典』『新潮現代国語辞典』を引くと、「よそる」は載っていません。ということは、あれか、「よそる」の方が方言なのか?出久根さんは茨城県出身、とするとこれは関東方言かな?と思いながら他の辞書を引いてみました。
『岩波国語辞典』、あ、載っていました。
「よそる(装る)」=食器に盛る。▽「よそう」と「もる」との混交した語。
ああ、そういうことだったのか!でも「何を」食器に「盛る」のでしょうか?普通は「ごはん」だよな。同じ岩波の『広辞苑』は、
「よそる」=「(「よそう」と「もる」との混交した語)飲食物を器に盛る。
飲食物!?飲み物の場合も「よそる」と言うんですか?なんだかおかしいな。
『三省堂国語辞典』にも載っていました。
「よそる」=(「よそう」+「盛る」の合成語)よそう(例)「茶碗にごはんをよそる」
『日本国語大辞典』にも載っています。
「よそる」=「(動詞「よそう(装)」と、「もる(盛る)」とが混交したもの)飲食物をすくって器に盛る。」
として、「改正増補和英語林修正(1886)」にも「Yosoru」は載っているようなので、けっこう歴史はありそうです。例文として、
*「アパアトの女たちと僕と」(1928、龍胆寺雄)「御飯ふかしから僕の茶碗へよそりながら」
*「白毛」(1966、北杜夫)「ぼそぼそした、ほそ長い米をさらによそるたびに」
というものが載っていました。
「方言」ではなく「混交語」だったのですね。それもかなり歴史がありそうです。
Google検索(10月31日)では、
「よそう」=69万件
「よそる」= 1万8800件
でもこの中には「みらいよそうず」なんてのも入っていたので、「ご飯」をくっつけて検索して見ました。
「ご飯をよそう」=1万2500件
「ご飯をよそる」=   353件
でした。「よそう」派が圧倒的ですね。「よそる」は少し古い言葉なのかもしれません。
ところで出久根さんのこのエッセイには、
「一膳飯は出立(でたち)飯で縁起悪いから」
という文章もありました。そんなの初めて知りました!
「出立飯」
という言葉も初めて知ったぞ。Google検索では(10月31日)
「出立飯」=13件
しかありませんでした。『日本国語大辞典』を引くと載っていました。さすがやね。
「出立飯(でたちめし)」とは、
「出棺のときに会葬者に出す一膳飯。でたてめし。でたちの飯。」
だそうです。そのほか「出立」の付く、「仲間の言葉」としては、
「出立茶」「出立酒」「出立食(でたちぐい)」「出立映(でたちばえ)」
が、「日本国語大辞典」に載っていました。読みは全部「でたち」です。勉強になりましたです。

2006/10/31


◆ことばの話2694「脳を鍛える」

最近(ここ1年ぐらいかな)ものすごくはやっているのが、
「脳を鍛える」
とかなんとかいうキャッチフレーズです。もう「○○力」と同じぐらい使われすぎて、手垢が付きまくりです。
はっきり言いましょう、
「『脳を鍛える』と言うフレーズを何の抵抗もなく受け入れている人の脳は鍛えられない!」
と思います。この「脳」は、一昔前までは、
「頭」
と言われていたものと同じです。
「頭を鍛える」「頭の体操」
などと言っていたものが、なぜか今「脳」になっている。「脳」とした方が、科学的な”感じ”がするからではないでしょうか。あくまで”感じ”ですが。そこをうまく突いてきているのですね、今いろんな企業が。
「脳」には「NO」と言える「脳」を持ちたい、と思いますが、あなたはいかが?
2006/10/30

(追記)

12月1日に行なわれた「2006年ユーキャン新語・流行語大賞」の表彰式で、
「脳トレ」
が、今年の新語・流行語大賞の「トップ10」に入ったそうです。
ちなみに12月1日のGoogle検索では、
「脳トレ」  =130万件
「脳を鍛える」=136万件
でした。ちなみに「ウィキペディア」によると「脳トレ」とは、
(1)ニンテンドーDS用ゲームソフト「東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング」シリーズ(任天堂)の略称。
(2)PSP用ゲームソフト「東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳力トレーナー ポータブル」(セガ)の略称。(1)と区別する際は「脳トレP」などと呼ばれることもある。
んだそうです。「脳を鍛える」は商品名の一部だったのかぁ・・・。
2006/12/1


◆ことばの話2693「ブラウンカープ」

出張で広島に行ってきました。会議が終わって懇親会までの間、ホテルの部屋で地元の夕方のニュース番組を見ました。系列は広島テレビです。その「テレビ宣言」という番組をつけると、広島カープの秋季練習の話題を取り上げていました。そのニュースの冒頭、こんな言葉が当然の如く出てきました。
「ブラウン・カープ」
「へ?茶色なの?カープは赤じゃないのか、チームカラーは・・・」
と思った0、3秒ぐらい後に、
「そうか、監督の名前がブラウンだから、監督の名前の後にチーム名をくっ付けた呼び名なのか!」
と納得。「ジーコジャパン」「星野阪神」「岡田阪神」「原巨人」のようなものだな。でも、「ブラウンカープ」って聞いたことないな、私は。地元では常識なんだろうけど、全国区的な呼び名ではないんじゃないだろうか。
ちなみにGoogle検索(10月30日)では、
「ブラウンカープ」=2720件
でした。中国新聞なんかも「ブラウンカープ」を使っているみたい。ついでだから・・・
「岡田阪神」=5万8500件
「星野阪神」=4万1200件
「原巨人」=23万6000件
でした。必ずしも実力や人気に比例はしないみたいですが・・・・でも2720件だと「全国区」ではないようですねえ、残念ながら。方言・・・かな。
2006/10/30


◆ことばの話2692「8日間だけ、ごめんなさい」

阪神高速12号守口線の工事が行なわれている関係で、
「10月24日の午前6時から11月1日の午前6時まで」
守口線は全面通行止めです。そのニュースを伝える10月24日のお昼のニュースの原稿を下読みしていて、「おや?」と思いました。そこには、
「8日間、全面通行止めになります」
と書いてあったのです。指を折って数えてみました。
「10月24、25、26、27、28、29、30、31、11月1日」
・・・「9日」あります。「8日間」ではありません。
報道のデスクに聞くと、
「うーん、要は10月24日の午前6時から、『丸々8日間』だと、11月1日の午前6時までということになるんですよねえ。」
「でも、カレンダーの上ではどう考えても足掛け『9日間』だろ」
「そうですねえ・・・」
ということで、結局、原稿から「8日間」という言葉を外し、「11月1日まで」というところだけ生かしました。
数日後、Sキャスターに、
「これ、どう思う?」
と聞いたところ、新聞広告を持ってきました。そこには阪神高速会社の広告が載っていて、
「8日間だけごめんなさい」
と書いてあるではないですか。そうか、阪神高速会社の意図が、
「(工事期間を)できるだけ短く思わせたい」
ということではないのか?確認のために電話してみました。しかし、
「守口線の工事の広告の表現のことで・・・」
と代表番号の受付に言うと、「広報部をお願いします」と言ったのに、「お客さまセンター」に回されました。しょうがないから、そのお客様センターで趣旨を言ったところ、担当のYという女性が、
「守口線の工事に関しては、フリーダイヤルがあるので、そちらの方にお願いします。」
の一点張り。「広報部に回してください」と言ったのに、一切聞く耳を持ちません。仕方がないのでそのフリーダイヤルにかけると、責任者のMさんという男性が出てきたのですが、
「うーんどうでしょ。ここでは分りませんねえ・・・。」
「じゃあ、広報部の電話番号を教えてください。」
「えーと、どこやっけ・・・・ここじゃちょっとわかりません」
そんなことで、いいのか、おい!
ということで、仕方なくもう一度代表番号にかけ、用件を言わずに、
「広報部をお願いします」
と言って、ようやく広報グループの責任者Sという男が出てきました。その話を要約すると、
「意図的に短くしようとしたことはありません。『丸8日間』と言う意味です。」
「でも、カレンダー上では『9日』ですよね?」
「カレンダー上では・・・・そうですね」
「正直に『9日』と表示しないと、間違われるとは思いませんか」
「そうは思いません。ちゃんと10月24日午前6時から11月1日の午前6時までと書いてありますし。」
「でも新聞広告では『8日間』の方が、『期間の上』に書いてあるでしょ」
「ポスターでは、期間が『上』に書いてありますよ。一体あなたは何がおっしゃりたいんですか?」
と向こうも引きません。なかなか強情です。
「こっちは、適正な表示をするべきだということを言っているんです!結局、意図的に短く感じさせるようにしたということはないというんですね?」
「そうです!」
「わかりましたっ!!!」
と言って受話器を切ったのですが、久々に取材の電話でハラ立ちました。意図はなくても結果的にそう、とられる恐れがあるのなら、素直に認めるべきだと思いました。
何より、お客様センターにしてもフリーダイヤルにしても、対応がお粗末すぎました。
我々も企業の表示をそのまま信じることなく、検証してから放送するべきだと思います。
2006/10/30

(追記)

2004年2月24日午前零時のNHKのニュースで、小見アナウンサーが、
「明日から始まる6か国協議」
と言っていたのですが、開幕は「2月25日」。たしかに25日は「明日」ですが、これはちょっとわかりにくいですよねえ・・・。時制の表し方は難しいですねえ・・・。
2006/10/31
(追記2)

今年もこのコマーシャルを耳にしました。
2007年10月29日午後3時50分頃に読売テレビで放送していた「阪神高速の工事のおしらせのコマーシャル」のセリフが、
「8日間だけごめんなさい」
でした。阪神高速で工事が行われているのは「阪神高速15号堺線及び17号西大阪線」で期間は、
「平成191022日(月)午前4時〜平成191030日(火)午前6時(8昼夜連続)」
でした。
2007/10/29


◆ことばの話2691「中島みゆきのbut」

中島みゆきのCDをレンタル店で借りてきました。中島みゆきのCDは、家にも随分たくさんあるのですが、私が持っていないものを見つけたので、借りたのです。『大銀幕』というアルバムで、これまでに映画やテレビドラマの主題歌として作られた中島みゆきの曲を集めたものです。気づかなかったのですが、1998年に出ていたのですね。随分前だな。
このタイトルは、おそらくそれよりも少し前に出たベストアルバム『大吟醸』に引っ掛けたものでしょう。
その『大銀幕』、なぜか歌詞カードは「英訳されたもの」しかないのです。なんでやろ。
そこで仕方がないので、英語の歌詞を読みながら日本語の歌詞で歌っているCDを聴くということになってしまったのですが、その中に収録された、
「二隻(「にそう」と読ませている)の船」
という曲を聴いていたら、最後のリフレインの部分が、
「私たちは二隻の船 ひとつずつの そして ひとつの」
とありました。これの英訳分が、
We are a pair of boat , individual but untied
だったのです。これをみて、「おや?」と思いました。中学校で習った、「but」の訳は、
「しかし」
という「逆接」ですよね。でもここでの訳は、
「そして」
という「順接」で、しかも意味の上では、
「強め」
つまり「強調」の意味で使われているのは明らかです。元は日本語の歌詞ですから、英語の方の意味が「強めとしての『but』」として使われたのでしょう。こういう使い方もできるのですねえ。
それともう一つ、この英語の歌詞を見ていて気づいたのは、
individual
という単語についてです。「単一の、個人的な、個人の」とか、そんな感じの意味で受験の時に覚えましたが、これを分解してみると、inが、否定のinですね。「見えない、みることができない」という単語の「invisible」などのinと同じですね。
またdiviは、division」(分けられたもの)、divide(分ける、割れる)のdiviですね。
そして最後のdualは、「二つの」という意味ですね。
つまりindividualの意味を合成して考えると、
「二つに分けることのできない(もの)」
ということ、つまり「単一の、個人的な(もの)」ということになります。
英語の構成を考えると、その単語の本来の意味がわかる場合もあるのだなあと思いました。なかなかおもしろいものです。こういうことを、中学や高校の英語の先生は教えてくれなかったような気がするなあ・・・。
2006/10/30

(追記)

アメリカ在住のI先輩から、久々にメールが届きました。
「ごぶさたしています。しばらく読んでいなかった平成ことば事情をまとめて読みました。
中島みゆきの歌詞の話。まず、ミススペリング。
"A pair of boat" というのは誤りで、”boats”と複数形にしなければなりません。それと
”untied”は、もしかしたら”united” の間違いでしょうか。”untied”だと”結ばれていない”で、”united”だと、”結ばれている”で、正反対の意味になります。unitedとしたほうが、ここはしっくりくるような気がするので、もしかしたら、と思ってお聞きしました。それから、BUTの問題ですが、そもそも、「私たちは二隻の船 ひとつずつの そして ひとつの」ってどういう意味なんでしょう。
「ひとつずつ別々の船で、二隻の船ではあるが、また同時にひとつの船でもある」(二隻の船だが、それと同時に一隻の船でもある)という矛盾したことを言いたいのでしょうか。それとも、やっぱり、「われわれは別々の二隻の船で、一隻ずつがバラバラだ」といいたいのでしょうか。そもそも、この文の「そして」の使い方がよく分かりません。前後の関係がないので、よく分からないのですが、このへんどうなんでしょう。
もし、原文が”united”だと仮定するなら、英語に翻訳した人は、「二隻の船だが、それと同時に一隻の船でもある」という意味にとって、しかし、これをandと訳すと意味が通じないから、butにしたんだろうと思います。つまり、別々の二隻の船だが、この二隻の船はつながっている(united)という意味にしたんだろうと思います。
もひとつオマケ。individual という言葉について。”そして最後の「dual」は、「二つの」という意味ですね”とありますが、辞書によりますと、”individual”は、”in(否定)”+”dividu(分割できる)”+”・・・al(性質)”、の三つからなる言葉だそうです。”Dual”という言葉は、 ”du(二つの)”+ ”al(・・の)”ということだそうです。」

I先輩、詳しく読んでくださってありがとうございます。
「"A pair of boat" というのは誤りで、”boats”と複数形にしなければなりません。」
というのは確認したところ、私の写し間違いで、歌詞カードはちゃんと複数形になっていました。「A pair of shoes」と同じことですね。
それから、
「”untied”は、もしかしたら”united” の間違いでしょうか。”untied”だと”結ばれていない”で、”united”だと、”結ばれている”で、正反対の意味になります。unitedとしたほうが、ここはしっくりくるような気がするので、もしかしたら、と思ってお聞きしました。」
に関しては、私が最初に書いたとおり、
”untied”(アン・タイド)
でした。”united”(ユナイテッド)ではありませんでした。
そして、BUTの問題ですが。これは「詩」ですから、本当のところは作詞した中島みゆき本人に聞くしかないと思うのですが、解釈は人それぞれでいいのではないでしょうかね?正解は一つではないと思います。
私は、「ひとつひとつ別々だけれども繋がっている」ということで、英語は"A pair of boats”が「1組の(=1つの)船」つまり「1つ」で、”untied”は、「バラバラの、繋がっていない」「2つの」と解釈したのですが。
漢字の「一双」の「双」は旧字体では「雙」ですよね。これは「隻」の上の部分が2つ集まった字ですね。だから「片割れ」だと「隻」になるわけですが、中島みゆきは、その漢字の構造に着目したのではないでしょうか?だから「二隻の船」というタイトルなのに「にせき」ではなく「にそう」と読ませていると考えることもできま・・・せんかね?
「もし、原文が”united”だと仮定するなら・・・」
の部分は、仮定が違っていたので、特に書かずともいいでしょう。
もひとつオマケで「individual」という言葉についてですが、語釈は知りませんでした。でも「dividu(分割できる)」の「du」の部分に「2つ」という意味はないんですかねー??あるとしたら私の説もおもしろいと思うのですが。ということで、また皆様からのお便り、お待ちしていまーす!
2006/11/15
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