◆ことばの話2605「吸水口か排水口か」

7月31日、埼玉県ふじみ野市の流水プールで、小学2年生の女の子が吸水口に吸い込まれて死亡する事故がありました。最初このニュースを日本テレビの「ニュース・リアルタイム」で「第一報」として聞いたときに、ビックリしました。キャスターが、
「訃報です」
と言ったように聞こえたのです。まず、著名人でない人が亡くなったことを伝えても「訃報」とは言わないだろうと思って違和感があったのですが、次にもっと大きな間違いに気づきました。この女の子はまだ死亡が確認されていない(姿が確認されていない)のに「訃報」と言うことはない、と。もし言っていたら大問題です。DVD録画していた映像を3回聞き直して、ようやくわかりました、キャスターは、
「速報です」
と言っていたのです。カツゼツが悪くて「訃報です」と聞こえたのでした。
当日一緒にテレビを見ていたNアナウンサーも、この日近くでDVDの再生を聞いていたMアナウンサーも、
「『訃報です』と聞こえました」
ということですから、やはり発音が悪かったのでしょう。
さてそれはさておき、女児が吸い込まれた所を、日本テレビは昨日の第一報では、
「排水溝」
と言っていましたが、今日(8月1日)からNNN系列として、
「吸水口(キュースイコウ)」
に統一するとお達しがありました。
そこで各社の様子をお昼に見ていたら、TBS系列とフジテレビ系列、日本テレビ
「吸水口」
でした。NHKは、
「排水口」
としていました。ただTBSもお昼のワイドショーでの字幕スーパーは「排水口」と「吸水口」が混ざっていました。
「プール本体」から見れば「排水口」かもしれませんが、その水をポンプを使ってまたプールに戻して「流れるプール」としているシステム全体から見れば「吸水口」でしょうし、女の子が「吸い込まれた」ということのイメージから言うと「吸水口」で良いのではないでしょうか。
8月1日の新聞は、
  (朝刊) (夕刊)
(読売) 吸水口 吸水口
(産経) 吸水口 吸水口
(日経) 吸水口 吸水口
(毎日) 排水口 吸水口
(朝日) 排水口 排水口
でした。
脇浜アナによると、
「私、『キュースイコウ』って『給水口』かと思っていました。『吸水口』だったんですね。」
とのこと。たしかに音だけ聞くと、そうも取れますね。
2006/8/1

(追記)

8月2日の午前1時半にケータイネットで見た朝日新聞の記事では、
「吸水口」
になっていました。
NHKも8月2日の昼ニュースから、
「吸水口」
に変えたようです。
2006/8/3


◆ことばの話2604「夏将軍」

7月14日、たまたま毎日放送の夕方のニュース番組『VOICE』を見ていたら、女性アナウンサーが、
「梅雨明けまであと一週間。いよいよ夏将軍の到来です。」
と言っていました。「冬将軍」という言葉は知っていまするが、「夏将軍」というのは初耳でした。原稿にそう書いてあるのでしょうが、ちょっと「?」。
「冬将軍」は、あれですよね、ナポレオンがロシア遠征で、その寒さの前に撤退したことを受けてロシアの冬の寒さを「冬将軍」と呼んだのですよね。念のため『日本国語大辞典』『広辞苑』『新明解国語辞典』『新潮現代国語辞典』を引いたところ、「夏将軍」は載っていません。『広辞苑』で「冬将軍」を引くと、
「(モスクワに突入したナポレオンが、厳寒と積雪とに悩まされて敗北した史実に因む)冬の異名。冬の厳しさを擬人化した表現。」
とありました。これこれ、これは知ってます。
Googleで、各季節に「将軍」とつけて検索してみると(7月30日)、
「冬将軍」= 17万0000件
「夏将軍」= 576件
「春将軍」= 868件
「秋将軍」= 148件
「冬将軍」以外の季節の「将軍」は、やはり3ケタのヒットしかなく、一般的ではありませんね。
ただ「夏将軍」で検索して一番上に出てきたのは高校野球の「松山商業」。あの太田幸司投手擁する青森県代表の三沢高校と延長18回再試合の死闘を演じた高校野球界の名門、愛媛県の松山商業です。
そこで、「夏将軍」「松山商業」の2つをキーワードにして検索し直したところ、「夏将軍」単独よりも少し多い593件出てきました。それによると、松山商業高校・野球部は、夏の大会では数々のドラマや名勝負を生み出しているために、
「夏将軍」
の異名を持っているんだそうです。そうだったのか。
でも、単なる「暑い夏」を指して「夏将軍」と呼ぶのは、やっぱり無理があると思うけどな。
2006/7/30


◆ことばの話2603「うりうり教習所」

いつも合唱団の練習で使わせてもらっている、大阪の堺筋本町にある大阪産業創造館。その1階に、
「ネットショップ支援・うりうり教習所」
というポスターが張ってありました。この「うりうり教習所」の、
「うりうり」
というのが、私たちアナウンサーにとっては、カツゼツ練習の、
「瓜売りが 瓜売りに来て瓜売り残し 売り売り帰る 瓜売りの声」
を思い出さずにはいられません。「売り売り」が「ウリウリ」になっているんですね。
でも大阪という土地柄か(?)、「うりうり」を見て、つい思い浮かんできたのは、
「おらおら!」
でした。なんとなかキヨハラ番長風。
「おらおら、買わんかい!うりうりうり!!!」
まさか、そんな教習所ではないでしょう。絶対に。
念のため、インターネットで大阪産業創造館のページを覗いてみると・・・載っていました。「ネットショップ最前線セミナー」「ネットショップ道セミナー」など起業関係のコースがあるみたいです。その中の「ネットショップ道セミナー」のページを覗いてみると、

「やるのかやらないのかの分かれ道!ネットショップ開店を検討している方、既に運営を始めているが、なかなか売れない・・そんなあなたはネットショップ道セミナーへ。ネットショップにかかる費用は?ネットショップと実店舗との違いは?ネットショップにかかる時間は?どんな人に向いている?そんな疑問を一気に解消します。本気でネットショップをやるのかやらないのか、の分かれ道になります」

いろいろあるんですねー。
それにしても、こういった繰り返し音の擬態語風の言葉は、なんとなく親しみ易さがありますね。幼児語系ではありますが、嫌いじゃありません。
2006/7/30


◆ことばの話2602「けさときょう朝」

7月18日午前0時のNHK総合テレビのニュースで、
「雨は、きょう朝にかけて強くなり・・・」
と言っていました。この中の、
「きょう朝」
が引っかかりました。というのは、こういう場合、普通は「きょう朝」ではなく、
「けさ(今朝)」
と言うのではないか?この「きょう朝」は、
「これから明ける朝」
を指しており「未来形」です。でも「けさ」とすると「過去形」になってしまう気がします。ニュース原稿で出てくる「けさ」は、まず間違いなく「過去に起こった出来事」を指す場合に使われています。そうすると、ここで出てくる疑問は、
「きょう午前、午後、昼、夜、今夜、今晩」
は、いずれも過去でも未来でも使えるのに、なぜ「けさ」は過去にしか使えないのでしょうか?
思うに、「けさ」以外の「午前・午後・昼・夜・今夜・今晩」は、漢字で書かれたまま読んでいます(音読みか訓読みかは別にして)。それに対して「けさ」は漢字では、
「今朝」
と書いて「けさ」と読んでいます、「こんちょう」「いまあさ」ではなく。つまり「当て字」ですね。うーん、でも「けさ」の「さ」は「あさ」の「あ」が落ちた形で、本来は、
「けあさ」
ではないか。そうすると頭の「け」はもしかしたら、「この」という意味ではないか。そして「この」は、既に過ぎたものを指す指示語ではないか、という勝手な想像が働きました。ここで『日本国語大辞典』を引いて見ましょう。
「けさ」=今日の朝。こんちょう。けさし。
うーん、これではわからん。「語源説」を見ましょう。
(1)コノアサ(此朝)の略転(俚言集覧、和訓栞、大言海)
(2)コノアシタの義(名語記)
(3)ケアサ(日朝)の約。ケはカ(日)の転呼(日本古語大辞典=松岡静雄)
(4)ケはアケ(明)、サはアサから(和句解)
(5)「今早」の別音。Kei―Saから。(日本語原考=与謝野寛)

語源説に5つも載っているということは、語源が確定していないということのようですね。それだけ古い伝統的な言葉だということでしょう。でも、その語源説の中の1番目に載っているものは、私が類推したものと同じだ!3番目と4番目も近いぞ!
1番目を一応採用すると、「この」という指示語は、既に存在するもの(こと)を指して使われると考えると、「過去形でしか使えない」というのもわかります。
また、「今晩」「今夜」の「こん(今)」は、「今度」の意味の「今(こん)」なので、「きたるべき」「次に来る」
という意味で、「未来形」でも用いられるし、
「今夜は楽しかったわ」
のように、「『今』につながる過去」として「現在完了形(あるいは過去形)」としての「今夜」としても使える、ということではないでしょうか。いかがでしょうか?
今回はちょっと理屈っぽくなりましたね。ごめんなさい。いつものことだけど。
2006/7/30


◆ことばの話2601「2対9で敗れました」

テレビ岩手の同期のSアナウンス部長から電話がありました。
「最近、若手を中心に、
『○○高校が、2対9で敗れました』
という言い方をよく耳にするんだけど、これって違和感ないかい?普通は、
『○○高校が、9対2で敗れました』
だろ?10年前にはこんな言い方、聞いたことなかったと思うけど。」
「うーん、どうかな。10年前にはもう使われていたんじゃないかな。『2対9で敗れました』に違和感を覚えるというのはわかるよ。でも、そういう言い方も『あり』じゃないかな。」
「そうかな?うちで(テレビ岩手)聞いたら、35歳より上の人は違和感があるって言ってるんだけど。『0対14で敗れました』なんてのもあるんだぜ。これはダメだろ。それを若い記者は平気で書いてきたりするんだよ。」
「普通は、
『14対0で敗れました』
と、数字の大きい方から言うだろうね。ただこれは、昔は勝負の勝ち負けが最大の関心事、つまり『客観報道』をしていたから、勝ったチームを先に言って、
『A高校が14対0でB高校に勝ちました』
としていたんだけど、最近はどちらかのチームに肩入れしてドキュメンタリー的な作り、主観の入ったスポーツニュースが増えて、試合の勝ち負けそのものが一番の関心事ではなく、取材対象のチーム、それがB高校だとすれば、B高校のスコアと勝ち負けが最大の関心事になっているので、主語がB高校になり、
『B高校が0対14で(A高校に)敗れました』
となるんじゃないかな。手法としては『あり』だと思うよ。ただ単なるストレートニュース系のスポーツニュースでは、やらない方がいいだろうね。それとこのやり方の良い点は、
『B高校が0対14で・・・』
と言えば、その後に来る言葉は、
『敗れました(負けました)』
しかないから、途中まで聞いただけで結果がわかるということがあるね。
『B高校が14対0で・・・』
の場合は、
『勝ちました』も『敗れました(負けました)』もどちらの可能性もある
から、最後まで聞かないと結果がわからないよね。そういう点では『0対14で』という言い方もわかりやすいと言えるんじゃないかな。」
「ふーん・・・そうかなあ」
「きっとスポーツ中継やニュースに時代が求めるものが、客観報道的な手法ではなく、主観報道的な手法を求めているから、それが当たり前と思う若い人が作り手の側にも増えてきたんじゃないかな。それが良い悪いは別にして。」
ということで、一応、S君には納得していただけました。
2006/7/28
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