◆ことばの話2555「文金高島田を身にまとい」

土曜の夜勤をしていた時のこと。会社の食堂に夕食を摂りに行くと、音効のスタッフと会いました。すると向こうから、
「こんなところでなんですが・・・」
と話しかけてきました。
「結婚式の和装で結う『文金高島田』ってありますよね。あれを、『文金高島田を身にまとい』とか『文金高島田のいでたちで』と言いますか?」
「・・・言わないだろうねえ。『文金高島田』は髪型でしょ。『身にまとう』のは『服』『着物』だからなあ。たしかに自分の毛で高島田を結えない人が多いから、鬘(かつら)をかぶるんだろうけど、それにしても『身にまとい』はダメでしょ。『リーゼントを身にまとい』とか『坊主刈りを身にまとい』と言わないのと同じだなあ。」
「やっぱりそうですか」
「日頃あまり使わない言葉を、あまりよく知らないけどなんとなく雰囲気だけで使うと、そうなるんじゃないのかなあ。人のことは言えないけど・・・」
ということで、そのあと一緒に食事をして、いろいろと言葉の話で盛り上がりました。
「また、何か質問があったら、遠慮なく言ってきてね。」
なかなか有意義な、夜勤の夕食になりました。
2006/4/22


◆ことばの話2554「続いてです」

最近「ズームイン!!SUPER」を見ていると、日本テレビの西尾由佳里アナウンサーが、よく、
「続いてです」
と言います。これが気になって仕方がありません。現在は一般的にニュース番組で使われる、
「次です」
と言うのも、本来は、
「次のニュースです」
ですよね。その「のニュース」が省略されて、
「次(のニュース)です」
となっていると思うのです。「次です」はまだ許せるのだけれど、それと同じ形で、
「続いての話題です」
「の話題」が省略された形の、
「続いて(の話題)です」
は、気持ちが悪い。特に連発されると、気になって気になって仕方がない。きっと使っている人はそんな意識もなく、ついつい口から出ているのでしょうけど。
しかし「次です」と違って、「続いてです」の場合は、「続く」という動詞の連用形「続いて」が接続詞化したものなので、名詞の「次」よりも違和感があるんですね。
これとよく似たケースについて、新聞用語懇談会放送分科会委員のOさんが、先日(4月20日)の会議で「日々の事例」として苦言を呈していました。それによると、
『新聞の見出しふうの言い回しで「大物議員が逮捕です」との言い方も聞く。「大物議員が逮捕されました」ではないか。』
とのこと。たしかに、
「大物議員が逮捕です」
というような文章は、最近とみによく目にします。これはO委員が言うように、
「新聞の見出し」
にあたるもので、つまりは、
「キャッチコピー」
なんですね。だから「大物議員逮捕」という「見出し」に少しだけ話し言葉っぽく「が」とか「です」を付けて、文章のようなものにしてみただけなんです。キャッチコピーは、人の目や耳をひきつけるために、あえて違和感のある表現を使うことがあります。しかし、その方法が「効果がある」ということで、みんながみんな「そういうものなのだ」と(思考停止して)こういった文章を使うと、特に若いスタッフなどは、
「これが正しい文章なのだ」
思い込んでしまう危険性があります。こういった違和感のある表現は、たまに使うからこそ効果があるのです。本来の文章の中に時たま登場するからこそ、「おっ!」と思うので、全部が全部こうなってしまっては意味がありません。直球が速いからこそ、フォークボールの効果は高まるのです。フォークばかり投げても決して三振は取れないでしょう。それと同じようなことです。(本当かな?)
まっ、とにかく、最近こういった表現が増えているのはたしかで、注意すべき表現ですね。「名詞句」に頼りすぎると、助詞の使い方もわからなくなってしまいますよ。
これとは直接関係ないのですが、キャスターの筑紫哲也さんがよく使う、
「今日はこんなところです。」
というコメントについては、作家の小林信彦さんが、
「おまえは魚屋か」
と苦言を呈している文章がありました。ニュースを魚のように扱うな、と。(『出会いがしらのハッピー・デイズ〜人生は五十一から(3)』文春文庫の中の「現代<恥語>ノート6」から)キャスターやアナウンサーの言葉遣いは、やはり注目されているのですね。より一層、気をつけなくては!
2006/4/21


◆ことばの話2553「立ち往生」

先日行なわれた用語懇談会放送分科会で、休憩時間に、隣の席のMBSのF委員が話しかけてきました。
「昨日のニュース23で、外国でロープウエーが宙ぶらりんで止まったというニュースをやってたんだけど、その時のスーパーが、
『ロープウエー立ち往生』
って、ずっと出てたんだけど、ロープウエーって『立ち往生』するものですか?
あ、なるほど。宙ぶらりんで止まってはいるけど、ロープウエーだから、
「地に足は付いてない」
わけですから、「『立ち』往生」という比喩的表現を使うことはいかがなものかということですね。
たしかになー。ちょっとおかしいですね。たとえば新幹線などの電車や自動車は、地面の上を走っていますから、止まった時に「立ち往生」でも構まわないけど、空中に浮かんでいるものが「立ち」はないよな。「飛行機」は空中で止まれないから「立ち往生」できないし、ヘリコプターにしても、ホバーリングはできるけど、「立ち往生」は合わないですよね。停止しているわけではないから。
ロープウエーもエレベーターも、中に乗っている人は確かに床に「立って」いますが、その乗り物自体が空中にあるので、この場合は比喩的にでも、
「(乗り物が)立ち往生」
というのは合わないと思います。
どういうことを言いたいのか、その気持ちはわかるけど、この表現は「×」でしょう。いろんな表現をする人がいるもんですねえ。
2006/4/22


◆ことばの話2552「邦楽」

「邦楽」
と言うと、日本古来の「雅楽」とか、お琴、三味線、尺八、そういった楽器が思い浮かびますが、最近は、
「洋楽」の反対語・対語としての「邦楽」
が使われています。
「CD売り上げ邦楽ランキング」
などと言う場合の「邦楽」は、ほとんどがいわゆる、
「Jポップ」
のことです。昔は「演歌」とか「歌謡曲」とか「フォーク」と、「邦楽」は別のジャンルでしたが、最近はそれら全てを含む形で(日本のオーケストラが演奏していても、「クラシック」は除くのでしょうね)「邦楽」と読んでいるようです。
これは金川欣二著『おいしい日本語』(出版芸術社)の107ページに書いてありました。そこから引いてみると、
『ごく最近でも「邦楽」は「日本古来の音楽(『新明解』)であったが、洋楽と対比して新しい日本の音楽を主に指すようになった。民謡などと混同されるのを避けて「Jポップ」と言うこともある。』
とのこと。
新しい言葉を早く採集すると言われている『三省堂国語辞典』(2001,3)には、どう載っているでしょうか?
「邦楽」=わが国に昔からつたわる音楽。(⇔洋楽)
惜しいな、
(⇔洋楽)
まで行ってるんだったら、2番目の意味として、新しい意味の「邦楽」を載せて欲しかったな。
『辞典・新しい日本語』(東洋書林:2002、6)はどうでしょうか?・・・あまり名詞は載せていないような・・・。載っていませんでした。
比較的新しい『明鏡国語辞典』(大修館書店:2002、12)は?
「邦楽」=日本の伝統的音楽。雅楽・能楽・筝曲・民謡など。和楽。⇔洋楽
やっぱり、ここ止まりですね・・・。残念。
さらに新しい『日本語新大辞典』(小学館:2005、1)はどうでしょうか?
「邦楽」=(1)日本古来の独特の音楽。神楽・雅楽・能楽・筝曲・三味線音楽など。⇔洋楽。(2)音楽ディスクの販売などで、広く日本の音楽⇔洋楽。(例)CDの邦楽部門で年間売り上げ一位となる。
おお!2番目に新しい意味が載っていた!さすがに「新」辞典だけありますね!
こういった言葉は「新語」でも「流行語」でもないから、なかなか辞書などには載りづらいと思うのですが、よっくぞ拾ってくれました!これからこの辞書も使って行こうっと!
2006/4/22


◆ことばの話2551「一・六戦争」

今月、日経新聞の「私の履歴書」で連載されているのは、宮沢喜一・元首相。読んでいると、日本の戦後政治の中枢部を、ずーっと見てきた観があり、「宮沢さんそのものが日本の戦後政治史」という感じがします。マッカーサーや、シャウプ勧告のシャウプ、など、歴史の教科書に出てきたような人たちと仕事をしてきているのだ、この人は。
その中で、4月21日の中で、鈴木善幸総理退陣後に、宮沢喜一さんと田中六助さんとの中が険悪になり、
「一・六戦争」(宮沢喜一、田中)
と呼ばれたと書いてありました。1982年のことです。しかしこれを読んで私は、「あれっ?」と思いました。私が知っている「一・六戦争」と言うのは、1992年頃、
「小沢一郎氏と梶山静六氏」
との間の確執を呼んだ、
「一・六戦争」(小沢梶山静六)
です。
ネットの百科事典「ウィキペディア」によると、梶山静六氏は、昭和60(1985)年、田中角栄に反旗を翻す形で、竹下 登を総裁候補に担ぐ「創政会」旗揚げに参加。「竹下七奉行」(奥田敬和、小沢一郎、小渕恵三、橋本龍太郎、羽田 孜、渡部恒三、梶山静六)の一人。その時は金丸 信の命を受け、小沢一郎氏と共に田中派内の多数派工作を担当、盟友関係に。しかしその後平成4年(1992)年、東京佐川急便事件を発端に金丸 信氏が竹下派会長を辞任、後継に小渕恵三氏を押した梶山氏は小沢氏が対立し「一・六戦争」になったんだそうです。
やはり1990年代にも「一・六戦争」がありましたね。しかしその10年前にも、別の「一・六戦争」があったんですね。
2000年代にも「一・六戦争」は起きるんでしょうか?もう起きたのかな?「小泉純一郎」と、誰か「六」のつく人と、かな。
それにしても、その後も「私の履歴書」を読んでいますが、宮沢さんと言う人は(政治家の家計の三代目なんだけれど)中枢にいたのに・・・という感じがぬぐえないような。
三代目は「売り家」と唐様に書く・・・とか言われるけど、ねえ。
2006/4/22