◆ことばの話2535「クマのプーさんのアクセント」

3月25日から4月2日までと、5月3日から7日まで、大阪厚生年金会館・大ホールで、「くまのプーさん」
のミュージカルが行なわれています。その宣伝のコメントを読む時に、新人のIアナウンサーが、
「くまのアクセントは『くま(HL)』と頭高アクセントでしょうか?それとも『くま(LH)』と平板アクセントなんでしょうか?」
と、聞いてきました。
「うーん、『くま』は『くま(LH)』だけど、東京の人は、落語の『くまさん・はっつあん』のアクセントと同じ頭高の『くま(HL)』という傾向があるなあ。」
と答えると、
「実は、東京ディズニーランド(TDL)に『プーさんのハニーハント』というアトラクションがあるので、TDLを経営しているオリエンタルランドに電話して聞いてみたら、『くま(HL)のプーさん』ですって言われたんですが、いろいろ考えて、結局コメントの録音では『くま(LH)のプーさん』でやりました。」
とのこと。ま、それはそれでいいか。だって「くまの(HLL)プーさん」と頭高アクセントだと、まるで、
「熊野プーさん」
と、和歌山県の「世界遺産」のようになってしまいますからね。
と、こんなことを書いていたら、「ニューススクランブル」のCMで、女性演歌歌手の、
「熊野古道」
という曲のCDの宣伝が流れました・・・・なんじゃ、こりゃ!!
2006/3/31
(追記)

後輩の三浦隆志アナウンサーが、今、公開中のアニメーション映画、
「オープン・シーズン」
で、猟師の吹き替えを担当しました。「七色の声を持つ男」と言われる三浦アナの面目躍如というところでしょう。さて、その吹き替え作業中の出来事です。
「あらあ、クマが出ただよ」
とかなんとかいうセリフがあって、そのとき三浦アナは、「クマが」をアクセント辞典にあるように、
「クマが(LHL)」
「尾高アクセント」で読んだそうなのですが、監督さんがやってきて、
「三浦さん、それは『クマが(HLL)』ではないんですか?」
と言われたのだそうです。三浦アナは、
「確かによく皆さんは『クマが(HLL)』というアクセントでおっしゃいますが、アクセント辞典だと、『クマが(LHL)』なんですよ」
と答えると、監督さんは、
「でも『クマが(LHL)』だと、目の下に『クマが(LHL)できた』の『隈』みたいじゃないですか?」
と言われたそうですが、周りの声優さんやスタッフが、
「そこはやっぱりアナウンサーの三浦さんがそう言ってるんだし、辞典にもそう書いてあるんだから、『クマが(LHL)』でいいんじゃない?
ということになって、そのままOKになったそうです。三浦アナは、そうは言ったものの、
「自分の猟師のところだけアクセントが違うのもなんだかナア・・・と思いました」
と話してくれました。その話を聞いて私はピカーンときました。つまり、普通名詞の「クマ」は、三浦アナウンサーが読んだとおり、そしてアクセント辞典に載っている、
「クマが(LHL)」
という「尾高アクセント」なんですよ。でも落語に出て来る「ハッツアン・クマさん」「クマさん」のアクセントは「頭高」で、
「クマさん(HLLL)」
ですよね。だから固有名詞で使う場合には「頭高アクセント」になるんです。そして一般的によく出て来る「クマ」は、たとえば「クマのプーさん」のように、
「擬人化されたクマ」
なわけですから人格を持っている。そこで、
「普通名詞ではない、固有名詞のクマ」
になっているわけです。だから「頭高アクセント」になるのではないでしょうか?
これは、疾風の意味の「はやて(LHH)」は「平板アクセント」で、新幹線の名前は「はやて(HLL)」と「頭高アクセント」になり、一般的な風水害の「風水(LHHH)」は「平板アクセント」だけど、占いの「風水(HLLL)」は「頭高アクセント」になるのと同じだと思います。そこから頭高アクセントの「クマ(HL)」が定着して、一般名詞の平板アクセント(尾高アクセント)の「クマ(LH)」にまで影響を及ぼしているのではないか?というのが私の見立てですが、いかがでしょうか?
ことばの話2755「風水のアクセント」もお読みください。「オープン・シーズン」もお子さんとごいっしょにご覧ください。
2006/12/12


◆ことばの話2534「合否」

3月1日のお昼のニュース、京都大学の入試のニュースを、新人のMアナウンサーが読んでいました。その原稿の最後で、
「合否は○日に発表されます」
と読んでいました。しかしこの、
「合否」
は、耳で聞いてわかりにくい漢語です。
「合格発表は」
に変えた方が耳で聞いてわかりやすい。しかも正確には、「合否」のうち発表されるのは「合」だけですね。「合」が判明すれば「否」もわかるけど。そういった意味から、「合否は」より「合格発表は」と直した方がいいよ、とアドバイスしました。
文字で見るとわかりやすくても、音で聞くとちょっと「ん?」と思う言葉は、たくさんありますね。
2006/3/30


◆ことばの話2533「満充電」

買っちゃいました、ワンセグ・ケータイ。やはりワンセグ放送が4月1日から始まるにあたって、放送関係者としてはワンセグの実態を知っとかなきゃいけないと思いましたので。
で、分厚い説明書をいやいや読んでいたら、こんな言葉が目に付きました。
「満充電」
うーん、これは字の通り、
「フルに充電された状態」
を指すのでしょうね。「フル充電」ならそんなに違和感がないのに、「満充電」はちょっと見慣れないなあ。そもそもなんと読むのか?
「まんじゅうでん」
としか読めないとは思いますが、音の響きが「饅頭」を思い出させ、
「饅頭伝」
なのかと思ってしまいますね。「いかにもマニュアル書にありがちな、文字面だけそろえた言葉だなあ」と嫌がりつつも、そういった言葉を見つけて、少しウキウキした気がしました。Google検索(3月31日)では、
「満充電」=16満9000件
「フル充電」=45万7000件
うわ!16満件!あ、漢字を間違えた、16万9000件!業界用語としては、ごく普通に使われているということですか。ケータイ用語かな。「充電」を必要とする電化製品用語、ということでしょう。でも、やはり「フル充電」の方が3倍近く使われていますね。「満充電」の方が新しい言葉なのではないでしょうか。ついでに、
「半充電」=    249件
「過充電」=12万1000件
「未充電」=    809件
でした。「過充電」は、以前からある言葉ですね。
2006/3/31
(追記)
うちのビデオカメラのバッテリーの充電器の液晶画面に、
「満充電まであと○○分」
という表記があることに気づきました。「満充電」という言葉は、携帯電話よりもビデオカメラの充電の方が、もしかしたら早かったのかもしれません。
2008/7/29


◆ことばの話2532「ウェザーとウエザー」

先日、車を運転しながらFM802を聞いていたら、天気予報のことを、
「ウェザー・インフォメーション」
と英語ふうで読んでいました。それを聞いて私は「おやっ?」と思いました。というのも、この「ウェザー」は、
「ウェザー(HLL)」
という感じで、拍数で言うと2拍半ぐらいだったからです。ふだん私たちが使う「ウエザー」は、
「ウエザー(LHLL)」
と4拍のリズムなんですよね。
そうか、「ウエ」と「エ」を大きな「エ」にして2拍で(日本語の)外来語として読むのと、「ウェ」と「ェ」を小さくして「ウェ」を1拍で読む「英語(ふう)」にするかで、拍数が変わってくるんですね。耳で聞いた感じも微妙に違います。恐らく原稿には英語の「weather」ではなく、「カタカナ」で「ウエザー」もしくは「ウェザー」と書かれているのでしょうけど。
FM放送は、カッコよく英語(風)を取り入れる、DJ風の喋りが、もともと多いですよね(「もともと」と言うけど、大阪だと「FM802」が出来た「平成に入ってから」あたりだと思いますが)。たとえば、「交通情報」のことを、
「トラフィック・インフォメーション」
と言ったり、
「日本道路交通情報センター」
のお姉さんも、FM放送では、
「JATIC(ジャティック)」
と言いますしね。
最近、情報流出事件が相次ぎ問題になっているファイル交換ソフト「ウィニー」の場合は、「ィ」は小さいのですが、発音は「ウィニー」と2拍半で「ィ」を小さく「ウィ」で1拍にして英語風に読んでも、「ウイニー」と「ウイ」を2拍で外来語風に全体で4拍で読んでも、おそらく聞いてる人にはその差が、あまりわからないのではないでしょうか。「ウィニー」は結構言いにくいのですけど・・・「ウイニー」だとソーセージの名前みたいだし・・・と言ったら、若い人から、
「ウイニーがなんでソーセージなんですか?」
と聞かれてしまいました。
「昔そういう名前のソーセージがあってね、・・・」
と説明しても、ねえ・・・。
2006/3/31
(追記)

日本人は・・・特に関西人のおっちゃん・おばちゃんは、小さいカタカナで書く文字の発音が苦手ではないでしょうか?たとえば、
「阪神ファン」
を、
「阪神フアン」
と発音して、ここ数年のタイガーズの強さの陰に横たわる長年の不安を、思わず吐露しているファンも多いことと思います。関西弁の野球解説者に、「フアン」と「ア」を大きな文字で、3拍で言う人が多いような気がするのですが。
「ウィニー」だって、「ウェブ」だった、小さく書こうが大きく書こうが、読み方は一通りしかなかったりして・・・。
2006/4/18


◆ことばの話2531「文化住宅と共同住宅とアパート」

先日、報道の記者から、
「『文化住宅』という呼び方は使わない方向だ。『文化住宅』という呼び方は、関西のみだから、全国ニュースなどだと通じないケースもあるし。『共同住宅』『集合住宅』というふうに言い換える。」
という話を聞きました。
子供の頃、よく友だちのうちに遊びに行きましたが、その大半は「文化住宅」だったことを覚えています。あれから40年近く、あの頃よりは減ったとは言え、いまだに電車の車窓から、
「○○文化」
と書かれた「集合住宅」を見かけますから、「文化住宅」自体がなくなったわけではありません。
そもそも「文化住宅」というのは、いつ頃生まれたのでしょうか?また、関西に特有のものなのでしょうか?
そんな疑問を胸に本棚を眺めていたら、三省堂が出している「一語の辞典」というシリーズの『文化』(柳父 章、1995)という本が目に留まり、それを引っ張り出してきて読んでみたら、『大正の「文化」』という項に「文化住宅の流行」という項目がありました。それによると、
『「文化」という言葉は、大正時代、ジャーナリズムや政治家から一般民衆の生活の中にも、「文化」生活、「文化」学院、「文化」鍋、「文化」饅頭などと広がっていく。その中で、「文化」住宅について調べてみよう。』
という書き出しです。「文化包丁」もありますね。「万能包丁」という意味で。「文化」は大正デモクラシーの時代に流行ったんですね。「文化○○」というふうに、何の上にでも「文化」を付けたのが、流行だったのでしょう。その少し前には、たぶん「電気○○」の時代があったのではないでしょうか?「電気ブラン」「電気あめ」の名前に、かろうじて残されていますが。もう少し先を読んでみましょう。
「建築学者 西山卯三(うぞう、一九一一〜九四)の『日本のすまい』(頸草書房、一九七六)によると、一九二0(大正九)年、第一次大戦終了を記念した博覧会が東京で開かれたとき、建築学者がモデル・ハウスを並べて「文化村」と名付けた。赤い瓦、ガラス窓、白いカーテンの、洋風を取り入れた和洋折衷の家は大変任期を呼び、「文化住宅」と呼ぶようになったという。」
なるほど、「文化住宅」の起源は1920年だったんですね!その後おそらく、昭和30年代に大変流行って、次々と建てられたのではないでしょうか。それからでも50年、起源からだと、もう86年。ある意味では「死語」となりかかっているものですね。
『「文化」住宅は、当時の中流、インテリ階級の憧れであった。洋館というのは一時代前の明治の、いわば上流階級の住居のことだが、「文化」住宅というのは、洋館よりはもっと小さく、だが応接間があり、広い居間や個室があって、家長だけでなく家族みんなの生活を大事にする西洋風で近代的な住居のことである。この住宅は時代の風潮に乗って、東京から大阪や神戸へ広がり、やがて日本中の都市に普及していった。』
もともとは東京からで、大阪・神戸をはじめ、全国に広がったのかぁ。さらに読み進むと、
『そして、一九二五(大正一四)年、神田御茶の水に洋風の「文化アパートメント」が建てられた。アメリカ渡来の「文化」だったわけだが、やはり、「文化」と呼ばれている。』
『やがて第二次大戦後、敗戦で貧しくなった日本において、都市での建築はアパートから始まったわけだが、これを阪神地区では「文化住宅」と言った。戦前の呼び名を受け継いだわけだが、経済成長とともにアパートの価値は急速に低下し、低所得者向きの住宅と言うことになっていく。そのうちに「アパート」と「文化」の呼び名が分化し、アパートは設備共用で木賃(きちん)アパートとも言われ、他方「文化」は「ブンカ」とも書いて各戸に便所と炊事場のある一段だけランクが上のアパートを指して呼ぶようになっている。』
あ、これだ!今、かろうじて「文化住宅」と呼ばれている物は。戦後、関西で広がったんだ!そう言う意味では「関西特有」と言えるのかもしれませんね。
『日本国語大辞典』を引くと、
「文化住宅」=(1)大正から昭和にかけて流行した洋風を採り入れた住宅。和風住宅の玄関脇に洋風の応接間をつけたものが多い。
として谷崎潤一郎の『痴人の愛』(1924−25)、内田魯庵『読書放浪』(1933)、向田邦子『父の詫び状』(1978)から用例が引かれています。
そう言えば、やはり子供の頃、大阪の堺に住んでいた頃の友だちの家で、和風住宅の玄関脇に洋風の応接間が付いた家がありました!
そして2つ目の意味として、
(2)多く関西地方にある木造二階建ての棟割アパートをいう俗称。
とありました。やはり関西特有ですね。しかも俗称。俗称としては「文化住宅」ではなく省略した形の「文化」「ブンカ」だと思いますが。
今後は、ニュースではあまり耳にしなくなっていくのでしょうかねえ。
2006/3/30
(追記)

ニューススクランブルの特集で、文豪・谷崎潤一郎の住んでいた洋館を紹介しました。その際に『痴人の愛』の中の一節を朗読していたら、「文化住宅」が出てきました。(1)の意味の「文化住宅」です。
『結局私たちが借りることになったのは、大森の駅から十二三町行ったところの省線電車の線路に近い、とある一軒の甚だお粗末な洋館でした。所謂(いわゆる)「文化住宅」と云う奴(やつ)、―――まだあの時分はそれがそんなに流行(はや)ってはいませんでしたが、近頃の言葉で云えばさしずめそう云ったものだったでしょう。』
と言うことで、戦後の関西の「文化住宅」ではなく、「洋館」の「文化住宅」。あ、なんだこれは『日本国語大辞典』の用例に出ていたものじゃないか!ついでにその「文化住宅」がどんな感じだったかを記した一節を抜き書きします。
「赤いスレートで葺(ふ)いた屋根。マッチの箱のように白い壁で包んだ外側。ところどころに切ってある長方形のガラス窓。そして正面のポーチの前に、庭と云うよりは寧(むし)ろちょっとした空地がある。」
そんな家が「文化住宅」だったのですね。この本の巻末に「文化住宅」の説明がありました。
「関東大震災(大正十二年)の後、私鉄資本などによって、文化住宅と称する住宅が、東京郊外に多数建てられるようになった。その主な特徴は、玄関脇の洋風応接間、玄関から奥へ向けて廊下を通し、その両側に部屋を配置して部屋の独立性を高めること、赤や青の屋根瓦など概観の洋風化であった。ここで出る洋館は、画家のアトリエであって、厳密には別のものである。」
そうですか。ご丁寧に。私鉄資本によって東京郊外に建てられたのが「文化住宅」だったのですね。わかりました!それにしてもこの新潮文庫版の『痴人の愛』、すごいですよ、昭和22年11月に第1版が出て、平成17年6月に出たこの本は、なんと118刷!ロングセラーなんですねえ・・・。
2006/4/6
(追記2)

「語源探偵団」というサイトに「文化住宅」が載っていました。それによると、「さばの文化干し」というのがあるそうで、それ以外にも頭に「文化」が付くものには、
「文化住宅」「文化鍋」「文化包丁」
などいくつかあります。なぜ「文化」なのか?そのネーミングについては、「文化住宅」は1950年代以降、日本の高度成長期における関西発信の<文化>であった、と。そして、
『「文化干し」「文化住宅」「文化鍋」といった「文化商品」における「文化」とは、ぜいぜい「新しい生活」という程度の意味しかない。似たような用語はいくらでもある。最近でも「コンピュータ○○○○」「エコ○○○○」「構造改革○○○○」「○○○○のカリスマ」など本来の意味を失っている(真空化した)名称が跡を絶たない。文化本来の意味はともかく、よくもわるくも、その軽さこそ日本的なのであり、文化といえば文化なのだろう。』
と記しています。確かに「文化」が流行る前には「電気」が流行ったのでしょう。浅草の神谷バーのカクテル「電気ブラン」は、別に電気が流れているわけではないですし、今では「綿菓子」「綿あめ」と呼ばれるお菓子も、当時は「電気あめ」と呼ばれたそうですし。
「文化」という名前を掲げることが、「文明」の象徴であったということでしょうか。
2006/4/6
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