◆ことばの話2390「こうした中」

12月4日(日曜)の夜7時のNHKニュースを見ていたら、末田アナウンサーが伝えていました。その口調を聞いていて気になったのは
「気象庁は」
を、
「きしょちょは」
長音をしっかり伸ばさずにしゃべっている点です。これは前にも書きました。(平成ことば事情2366「NHKベテランアナウンサーの発音」)
そして、これについて先日、NHKの原田さんから、
「実は今の東京の話し方が、そういうふうに長音を短くしゃべるふうになっているのではないか。もしかしたら、昔から東京ではそういうふうにしゃべっていたのではないか。つまり促音や撥音も、他の音と同じように1拍分の長さがある、というのは、実は違うのではないか?」
という意見をいただきました。たしかに、そうかもしれませんね。
そんなことを思い出しながら、そのまま続けて末田アナウンサーのニュースを聞いていると、こんな点が気になりました。
「こうした場所」
「う」が欠落して、
「こした場所」
というふうに、走ってしゃべっているように思えたのです。全体に早口で、強調するところはゆっくりです。さらに聞いていたら、今度は、
「こうした中」
「う」が欠落して、
「こした中」
さらに、
「こうした情報公開は」
のやはり「う」が欠落して、
「こした情報公開は」
に聞こえました。ここまで聞いていてハタと感じたことは、
「NHKのニュース原稿には、『こうした』というフレーズが多いのではないか?」
ということです。私がふだん読む原稿には、あまり「こうした」は出てきません。というのも、うち(読売テレビ)のようにストレートニュースの長さが50秒とか1分とかの短さでは、「こうした」の前提になる、「長めの事前の説明文」が入らないからです。NHKのニュースは、ストレート系のニュースでも比較的長めなので、前段の説明をした上で、
「こうした○○」
というつなぎの言葉が入ってしまうのではないでしょうか。そしてこの「こうした」がよく出てくるからこそ、アナウンサーは慣れているので早く読もうとしてしまい、その結果、長音部分の「う」が欠落していると見たのですが、いかがでしょうか?
平成ことば事情1455「アナウンサーの訛り」、同じく平成ことば事情1570「ジエタイとセフ」で書いたことなども総合すると、NHKの原田さんがおっしゃるように、東京では長音が短くなってきているということは、間違いなさそうです。これが全国的なことなのか、それとも東京だけの話なのか。そして年代的にはどうなのか。そのあたりの調査が必要ですね。
2005/12/5
(追記)

さっそくNHKの原田さんからご指摘をいただきました。
『古い文献を見ると、「本来、拍の長さは一定ではない」というのは、ずいぶん前から指摘されているようです。最近ではネット上で、俳人の秋尾 敏さん(55)が「口語俳句の可能性」という文章の中で、時枝誠記の「等時的拍音」を「幻想」と批判しています。
やはり、もともと均一ではなかったのかもしれません。』

なるほど俳人の方は、やはりリズムを重視しているでしょうから、均等なリズムというものに対して大いに違和感を覚えていらっしゃるのでしょう。
そう言えば、学生時代に所属していた男声合唱団でご指導いただいた、故・福永陽一郎先生『メリー・ウイドウ』の指揮をしてくださった時の練習中に、
「ウインナーワルツは、3拍子ではない」
と何度もおっしゃってました。これは単純に、
「イチニサン、イチニサン」
というふうにメトロノームのように機械的に、等分に3拍子を刻むのではなく、
「イチニッ・・サン、イチニッ・・サン」
と最初の「イチニ」は16分音符のようにササッと行き、そのあと休符があるように溜めてから、また16分音符で「サン」と抑えるような感じ。「ワルツ」とは踊りの音楽だから、踊りのリズムなのだ、足の運びは決して均等ではないのだということを、口をすっぱくしておっしゃっていたのを思い出しました。当時はあまりよくわからなかったのだけれど、今になってなんとなく心に沁み込んできた言葉です。
このウインナーワルツのリズムのように、「日本語のリズムも機械的に均等ではない」というのは、説得力があるように思いますね。
2005/12/6


◆ことばの話2389「あっざーす」

「ありがとうございます。」
の意味の言葉で、早口で雑に言う言葉である、
「あっざーす」
が、『月刊言語』2005年12月号の、亀井 肇さんの「新語・流行語」を紹介するコーナーに出てきました(163ページ〜164ページ)。それによると、
「あっざーす」=「ありがとうございます」の体育会系学生の略し方。しかし、親しい後輩から先輩に対する答え方、つまり上下関係がはっきりとしていて、なおかつ、当事者同士が親しいような場面でのみ用いられるもの。後輩から先輩に対して「ありがとう」では礼節が足りないけれども、「ありがとうございます」では他人行儀ということで、「あざーっす」が適度な礼節と親近さのバランス感が得られるということから登場してきたようである。」
あれ?この文章のタイトルは、
「あっざーす」
なのに、本文中に出て来るのは、
「あざーっす」
と微妙に違うな。亀井さんも混乱してる?
この「あっざーす」あるいは「あざーっす」、これまでにも耳にしていたかも知れませんが、あまり気にしていなかった言葉です。でもなんだか、これも今年の流行語のようなんですね。
これを見て思ったことは、この「あっざーす」あるいは「あざーっす」は、明らかに「耳から入った言葉」ですね。書き言葉ではもちろん「ありがとうございます」です。耳から入った言葉と目から入った言葉、というと思い出すのが「外来語の表記」。最近は、
「耳から入った言葉の表記を重視すべきではないか」
という論調が強いように感じますが、しかしちょっと待って!耳から入った音を採用していくということは、この「あっざーす」が「ありがとうございます」に取って代わるということ?そんなことを許していては、言葉はとめどなく乱れるのでは?流行語的に扱われるから「あっざーす」は許容されているのではないでしょうか?
『掘った芋、いじんな』
が、発音上は使われることがあっても、表記まで、
「What time is it now?」
に取って代わることがないように。そういう意味では発音と表記は必ずしも一致しない、というのが"真実"なのでは何でしょうか。
ちなみに、Google検索では(12月6日)、
「あざーす」= 9万0600件
「あっざーす」=   321件
「あざーっす」=6万6900件

でした。ということは、一番使われているのは「あざーす」とシンプルな形、次は「あざーっす」という後半を伸ばす形。『月刊言語』で出てきた「あっざーす」はほとんど使われていないようですね、ネット上では。
なおこの言葉は、2005年の「新語・流行語大賞」にもノミネートされました。(ノミネートは60語です)
2005/12/5
(追記)

アナウンス部のアルバイト・牧野さんによると、「あざーっす」を流行らせたのは、お笑いコンビ「アンジャッシュ」の太めの方のメガネをかけていない方の人だそうです。
2005/12/6
(追記の訂正)

朝日新聞の福田さんから、
「アンジャシュは、どちらも太っていません」
と画像付きのメールが来ました。あ・・・・
「アンタッチャブル」
だった・・・・。
「あざーっす」と言っていると、他人から聞いて知ったぐらいですから、よくわかんなかったのですね、やっぱり。「アンタッチャブル」のメガネをかけていない方の人、ということで、よろしくお願いします。
・・・・と、12月7日に訂正したつもりで、まだしていなかったようです。新人アナの五十嵐君からも同じ指摘を受けました。どうもすみません。
2005/12/12


◆ことばの話2388「キチガイはダメ?」

あるアナウンサーからメールです。
「びっくり!今、NHKをつけていたら、『きちがいの処理をしなければいけません』との発言あり・・・『基地外』でした。『気違い』がダメで、『気が違う』はOKというのは、いかがなものか。『トラキチ』が駄目で『カトキチ』はいいのでしょうか?」
返事を出しました。
「そう。意味と音が重なってないから『カトキチ』はOK。『トラキチ』は意味がアウトだからダメ。」
「そういう人は『キチガイ』という音に反応すると聞いたのですが・・・」
「昔、そういうふうに放送局に言った精神科医がいたということでは?30年前と今では、精神医学も変わってるのではないか?音だけに反応するというのは、いくらなんでも、おかしくないかい?だって、『基地外』ももちろんだけど、『あ!靴下、履き違いだ!』なんてのは、文章の中に「(は)きちがい(だ)」という音が入っているけど、意味がだめなのか?と考えると、本来は『その両方が重なった時だけがダメ』なはず。もちろん、好んで使う必要はないが、必要以上に気を回しすぎることはないのではないか、という気がするね。」
と答えて、一応「なるほど」ということになりました。

そんなことがあったあとの7月10日。某局「サンデーモーニング」を見るともなしに見ていたら、司会の田原総一郎さんが、午前10時56分頃、北朝鮮を指して、
「キチガイじみた」
と2度発言。「じみた」が付けば、使っても構わないのか?田原さんのことですから、うっかりではなく、確信を持って言ったのでしょう。2回も繰り返したのですから、この表現が悪いとはちっとも思っていない、あるいは、あえて挑戦したのかも知れません。ただ私は、ふだんあまりこの番組を見ていないので、田原さんがいつもそう言っているのか、たまたまこのときだけ言ったのかは判りません。
放送の言葉も変わってきているのでしょうか。
2005/7/29
(追記)

「カーキチ」
という言葉を、以前、昭和30年代の社報を見ていた時に見つけて、
「昔はおおらかだったんだなぁ、今ならこの言葉は差別的なので、ダメだろう。」
と思ったことがありましたが、なんと、『週刊新潮』の11月24日号の新聞広告に、この言葉を見つけました。11月15日に行われた紀宮さまのご結婚式関連の話題の特集で、
『「おしゃべり」が災いした?「カーキチ仲間」』
という見出しがでていたのです。しかも、11月17日の読売、朝日、毎日、産経、日経という全国紙の朝刊すべてに、です。
以前なら、週刊誌の広告の文言でも、基準に引っかかるものは文言を変えさせたり、削って空白にしたりしていたのですが、その基準には引っかからなかったのか、それとも見逃してしまったのか、どうなのでしょうかねえ。
2005/11/19


◆ことばの話2387「なんですって!」

「ズームイン!!SUPER」のメイン司会でおなじみの日本テレビ・羽鳥慎一アナウンサー。そのスラリとした長身から、同期でやはり長身の藤井貴彦アナウンサーと二人で、
「ツインタワー」
と称されたこともありましたが、現在はそれぞれの道を(?)歩んでいます。藤井アナウンサーは去年末、彼が「プラス1」を担当していた時、私が奈良の女児殺害事件の容疑者逮捕の中継に行ったときに一緒になったのですが、その頭の回転の速さ、現場でのコメント処理のうまさに舌を巻きました。羽鳥アナもその頭の回転の速さでは負けていません。何度かお会いしたことがありますが、先日、ズームの紅葉中継のPRのために読売テレビに来て記者会見をされた際には、その様子を見ていて「やはりすごいな」と思いました。
そんな彼の持つ言葉の技の一つは、
「なんですって!?」
です。この言葉は、とにかく相手が何か言ったあとに間髪を入れずに言うのです。そのリアクションの速さに、まず驚きます。問い返しているように聞こえるこの「なんですって!?」は、相手が驚いているように思えて、聞いた人に優越感を与えると同時に、それがあまりにも早いリアクションであることで、相手に驚きを与えます。そうして、相手が驚いている間に、「なんですって!?」と言った本人は、次の一言を考えることができ、会話の主導権を握ることができるのです。
そういう意味ではこれは、
「究極の相槌」
だと言えるのではないでしょうか?でも、二人同時に「何ですって!?」と言うと相打ちですが。あ、今「なんですって」とキーを打って変換したら、
「何で吸って」
と出た。その場合は、
「ストロ−で」
と答えましょう。まったくの余談ですが。
アナウンサーは「話がうまい」と思われているかもしれませんが、本当にうまいアナウンサーは、
「聞き上手」
であるべきです。なかなかできないのですが・・・。その「聞き上手」になるための一つの条件は、
「相槌のバリエーションをたくさん持つこと」
だと思います。恐らく羽鳥アナウンサーはいろんな相槌を研究して、この「なんですって!?」という相槌にたどり着いたのだと思います。私たちも負けないように頑張らなくては!
2005/12/5


◆ことばの話2386「驚がく」

11月30日未明、広島の女児殺害事件の容疑者が逮捕されました。容疑者は、事件現場のすぐ近くに住む30歳のペルー人男性で、立ち回り先(これも専門用語ですね)の三重県鈴鹿市で逮捕されたのです。そのニュースを伝えた11月30日読売新聞夕刊社会面の大きな見出しは、
「隣人逮捕に驚がく」
でした。これを見て驚きました。
「なんじゃ、『オドロガク』と言うのは!」
しばらくして(1、5秒くらい)冷静になって分かりました。
「『驚愕』の交ぜ書きか・・・」
「驚がく」させんといて欲しいです。交ぜ書きは分りにくいというのは、こういう時に本当に思いますね。「驚愕」の「愕」の字が表外字で使えないのならば、
「隣人逮捕に驚く」
あるいは動名詞にして、
「隣人逮捕に驚き」
ではいけないのでしょうか?「がく」を平仮名にするぐらいなら、その方がまだマシだと思いますが。
ところで、被害にあった小学一年生の女の子の名前・顔写真を、NNN系列では11月27日から出していませんが、11月30日現在、新聞・放送で私がチェックした限り、匿名・実名の現状は以下のとおりです。
<実名>読売、朝日、産経、日経、NHK、テレビ朝日、TBS
<匿名>毎日、日本テレビ
毎日新聞は11月26日の朝刊から匿名
にしていました。
2005/11/30
(追記)

被害にあった小学1年生の女児(7歳)の敬称ですが、12月1日の各紙朝刊は、朝日だけ『さん』で、読売・毎日・産経・日経は『ちゃん』でした。そして被害女児の氏名については、「毎日新聞」以外は「実名」ですが、各紙ともリードで1回実名書くだけで、2回目からは『女児』というふうに配慮していましたが、産経だけは2回目以降も「実名」でした。
また、12月2日テレビ朝日は匿名で「女子児童」としていました。
12月3日のお昼のニュースでは、
(TBS)女の子
(テレビ朝日)女の子
(フジテレビ)確認できず
(NHK)小学一年生

でした。新聞の表記は、容疑者逮捕後ちょっと変わってきました。12月5日現在、各紙とも匿名になりました。現在の表記と、いつから匿名になったか調べてみると、
(読売)小1女児、12月 2日夕刊から
(朝日)小1女児、12月 1日夕刊から
(毎日)小1女児、11月26日朝刊から
(産経)小一女児、12月 5日朝刊から
(日経)小一女児、12月 3日朝刊から

でした。日経は12月5日の紙面では「小学一年の女児」とも書いていました。
2005/12/5
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