◆ことばの話2310「ささげ」

先日、妻が野菜のビニール袋に書かれていた文字を指して、
「これ、なんて読むの?」
と聞いてきました。そこには、
「大角豆」
と書いてありました。「だいかくまめ」?なんじゃ、それ?
妻は後日、私の母にも尋ねたようで、それを覚えていた母が、先日私に話しかけてきました。
「わかったよ、あれ!たしか『ささげ』とちゃうかしら」
「なんの話?」
「ほら、こないだ聞いてきた野菜の読み方!『大角豆』と書くヤツよ。」

妻が母に質問をしたことを知らなかった私は、話がピーマン(古い!)でしたが、ようやく想像がついて、「へえ、そんな読み方をするのか」と思いました。
翌日、辞書やインターネットで調べて見ると、たしかに、「大角豆」と書いて、
「ささげ」
と読むらしいです。漢字表記はほかにも、
「小角豆」「白角豆」
とも書くようです。
いろんな野菜が・・・いろんな名前の野菜があるものですねえ。
2005/10/7
(追記)

これには随分反応がありました。まず、新潮社の小駒さんから、
「『ささげ』は『野菜』とありましたが、東京では『ささげ』は小豆の代わりに赤飯に使う『豆』です。「ささげ」を赤飯以外に使うことは、ほとんどありません。関西では「ささげ」を赤飯に使わないようですが、どんな料理に使うのでしょうか?」
というご意見をいただきました。そうなんですか、お赤飯に!知りませんでした。絹さやエンドウのように、卵と一緒に煮て食べちゃいました。さやの切り口が「星型」だったのが「変わってるな」と印象に残っていますが、もう、おなかの中です・・・いえ、もうおなかの中にも残っていません。また、川崎市の西尾さんからは、
「以前、難読地名が話題となった時に、茨城県つくば市に『大角豆』という地名があることを知った。これは『ささぎ』と読む。Mapionで調べてみると、愛知県額田郡にもあった。こちらは『幸田町 大字 深溝字 大角豆田』(こうたちょう・おおあざ・ふこうず・あざ・ささぎだ)。Windowsのかな漢字変換でも『ささげ』は出ないが、地名(?)の『ささぎ』は一発で変換できる。『角川古語大辞典』の『ささげ』の項に『ささぎ』の名が出ていた。『日本国語大辞典』には、発音(訛り)として『ササギ』『サザギ』『ササンギ』『シャシャゲ』など多数が見える。小豆島では『ササゲ』か『シャシャゲ』。『ササゲ』の語源説の一つが「捧げ」だが、秋祭で太鼓台の担ぎ棒を多勢で頭上高く捧げるときの掛け声が『シャーシャーゲ!』だったことを思い出して、初めて納得した。豆としての『ササゲ』は、古くから親しまれてきた存在。『小豆』もマメ科ササゲ属。モヤシや春雨の原料になる『緑豆』も同属。ササゲはアズキより煮くずれしにくいので、餡より赤飯に適しているそうだ。皮が裂けにくいことから、切腹を忌む江戸の武士に好まれたとも。」
詳しく教えていただいて、ありがとうございます。
また、同期のテレビ岩手の柴柳アナウンサーからも電話があって、
「『大角豆』は、7〜8年前に、茨城県つくば市の難読地名として知った。その後に、実際植物(野菜)の『大角豆』が、一度だけ、ニュース原稿に出てきたが、読めてよかった。」
とのことでした。みなさん、ありがとうございました!
2005/10/19
(追記2)

赤飯の代用にしか使わないのですか・・・・知らないなあ。妻に、
「あれ、どうやって食べたっけ?」
と聞くと、
「あー、あれね!お葱のように切って、さやえんどうのように、玉子とじで食べました。切り口が、星形でした。あなたも食べましたよ。お母様も赤飯の代わりに食べるなんて、知らないって。」
とのことでした。
2005/11/3


◆ことばの話2309「『今でこそ』と『今だからこそ』」

9月12日の「ニューススクランブル」で、Yアナウンサーがこんな原稿を読みました。
今でこそ見せられる数々の品々」
ん?それを言うなら、
今だからこそ見せられる数々の品々」
ではないかい!?ちょっとの違いのようだけど、全然違います。「今でこそ」をどうしても使うのなら、
今でこそ見せられるようになったが当時は見せられなかった品々」
というふうに、後半の「見せられなかった」方に重点が置かれるはずです。でも、原稿で印刷されて出てくるとついついそのまま読んでしまうんですよねえ・・・。
ニュースの原稿、一見それっぽいんだけど、よくよく見てみると「違うぞ」というような表現が、結構多いのです。だから気をつけないと足元をすくわれます。
みんな、気をつけよう!!
2005/10/7


◆ことばの話2308「武部幹事長の星影のワルツ」

9月の衆議院選挙で、自民党候補の応援に全国を駆け回っていた武部幹事長。その様子をテレビのニュースで見ました。
ある会場では、「星影のワルツ」の替え歌を歌って、有権者にアピールしていました。しかし・・・「星影のワルツ」と言うぐらいだから、曲は、
「ワルツ=3拍子」
なんですが、会場の支援者たちの手拍子は、「2拍子」だったんですよ。
これは難しいよ、手拍子するほうも。歌うのも難しいと思うけど。
ま、しかし「8分の6拍子」ならば、「タタタ、タタタ」の「タタタ」のところで1回手拍子を入れれば、ワルツなのに手拍子できないこともないけど・・・・リズム感、悪いですよねぇ。
それにしても、みなさん、音楽センスがおありで・・・。
ああ、気持ち悪かった。
2005/10/7


◆ことばの話2307「おがる」

9月下旬、大阪府貝塚市の65歳の男性が、闇金の「押し貸し」を苦にして自殺しました。その男性の家の近所の人がインタビューに答えてこんなことを言っていました。

「一回、おがってるのは聞きましたね」

この「おがる」というのは「どなる、さけぶ」という意味の大阪弁です。「よがる」ではありません。全然違います。「おがる」、昔はよく耳にした気がしますが、なんか久しぶりに聞いた気がします。
牧村史陽『大阪ことば事典』を引いてみると、用例として、
「そないにオガラいでも聞こえてるがな」
とありました。Google検索では(10月 7日)、
「おがる」=1060件
ありました。ただ、ネットで検索してみると、関西弁の「おがる」以外にも方言で、別の意味の「おがる」があるようです。たとえば、北海道では「おがる」=「大きくなる、育つ」という意味で「おがったなあ(大きくなったなあ)」と使われるそうですし、
仙台では、ある高校教師が「疲れ切っている」「やる気ない」という意味で、「こらあ、お前ら何オガッてるんだあ!」という使い方をしていたそうです。
『広辞苑』を引いてみると、なんと載っていましたねえ。
「おがる」=(1)(東北地方で)大きくなる。成長する。(2)西日本で)叫ぶ。
とありました。東北・北海道の「おがる」は、
「おおきゅうなる」→「おおぎゅなる」→「おぎゅなる」→「おがる」
というふうな変化をしたのではないでしょうかね。西日本の「おがる」は、「どなる」と関係があるのではないでしょうか?まったくの当て推量ですが。
最近あまり、おがってません・・・・あ、昨日おがった。

2005/10/7
(追記)

川崎市の西尾さんからメールをいただきました。
『(「おがる」は)すっかり忘れていました。懐かしい言葉です。「角川古語大辞典」には、「おがる」は「大きくなる。成長する。東北地方の方言で今も言う」とだけあります。「日本国語大辞典」は、「(1)大声でいう。叫ぶ。どなる。(2)怒る。叱る。」の「おがる」と、「大きくなる。成長する。」の「おがる」を別見出しで立てています。「おがる」とほぼ同じ意味で、「大阪ことば事典」には「おらぶ」も出ています。こちらは「大声で叫ぶ」です。私の田舎でも「おがる」より「おらぶ」のほうを主に使っていた覚えがあります。微妙な使い分けがあったのかもしれません。「日本国語大辞典」では「おらぶ【叫・号】」の見出しで「声の限り叫ぶ。大声で泣き叫ぶ。啼哭する」とあります。また、「角川古語辞典」では「悲しんで大声を上げる。さけぶが単に大声をあげる意であるのに対し、悲しんで絶叫する場合に用いる」となっています。大阪ことばの「おらぶ」には「泣き叫ぶ」の意味はないと思いますが、どうでしょう。「おがる」との使い分けはどうでしょう。』
うーん、「おらぶ」。聞いたことはありますが、あまり使ったことはありませんね。「おらぶ」には「悲しみ」があるような。「うらぶれる」に引かれて、そう思うのでしょうか?「おがる」には「怒り」があるような。大阪弁だと、ヤンキーなどが、
「いきって、おがる」
というような状況もありますよ。
2005/10/20


◆ことばの話2306「起きるで、しかし!」

9月1日から始まった読売テレビの早朝番組「ゲツキン!」。メイン司会はサブローさんと森若佐紀子アナウンサー。私も木曜と金曜に、ニュース担当で出演しています。番組スタートから1か月が経ち、ワイワイやっております。
さて、この番組のポスターは、メインの二人が元気よく写っていて、そこにサブローさんのセリフとして書かれているコピーは、
「起きるで、しかし!」
と記されています。サブローさんが得意な、故・横山やすし師匠の口マネ風(音は出ませんので)です。さて、この「しかし」ですが、これは逆説の意味ではありません。大阪弁に置き換えると、
「なんしか」
ですかね。標準語では「なんにせよ」「いずれにせよ」という意味でしょう。以前「なんしか」については書いたな。あった、あった、4年前に書いてた。平成ことば事情497「てゆーか」の中で、若者言葉の「てゆーか」とよく似た言葉を、我々も実は使っているのではないか?と思って探したときに見つけたのが「なんしか」でした。それまでいろいろ話していた経緯はまったく無視する形で、強引に自分の言いたいことを結論として話す時に用いるもので、牧村史陽さんの「大阪ことば事典」(講談社学術文庫)には「なんし」という形で載っていました。意味は「何しろ。何と言っても。」となっていました。
甲南大学の都染直哉助教授の調査によりますと、「なんしか」は大阪近辺では各年代でよく使われていますが、そこから西へ行くと、使う年代は、徐々に中年層だけに絞り込まれて行ってるそうです。今までの議論のどちらと決定することなく、結局自分の言いたいことを言うために便利な「接続詞」ですよね。
で、この「しかし」を「なんしか」に置き換えてみると、
「起きるで、なんしか」
おや?なにか違和感が。「なんしか」は後ろには来ないな。前(語頭)に来て、
「なんしか、起きるで!」
ですね。しかしこれだとやすし師匠の口マネにはなりませんので、インパクトは薄れてしまいます。結局「起きるで、しかし!」で良い、という結論になりました。
2005/10/7