◆ことばの話2300「にわか雨のアクセント」

「にわか雨」のアクセントは、『NHK日本語アクセント辞典』によりますと、
「にわかあめ(LHH・HL)」(Lは低く、Hは高く発音する)
という「わかあ」までが高いアクセントが最初に載っていて、二つ目に、
「にわかあめ(LHH・LL)」
と、「わか」だけが高いアクセントが載っています。恐らく一般的には2番目の「わか」だけが高いアクセントが広く使われているのではないでしょうか。21年前にアナウンサーになったときに、私が使っていたのは2番目のアクセントでした。しかしアナウンス訓練で「そのアクセントは違うよ」
と直されて教えられたのが、1番目のアクセントでした。
このほかにも自分で使っていたのと違うアクセントはたくさんありましたが、それには一つの傾向がありました。つまりそういった単語は「複合語」で、後ろにくっ付いた単語の頭の所まで高いアクセントが続く、ということなのです。
ところが私が使っていたのは、複合語の後ろの語になる前のところでアクセントの山が終わってしまう言い方だったのです。
アクセント辞典に載っていた1番目のアクセントだと「雨」という言葉の持つ本来のアクセントである、
「あめ(HL)」
がそのまま保たれますが、2番目のアクセントだと「雨」は共に低く発音されて、
「あめ(LL)」
になってしまいます。つまり複合語の複合度合いが弱いのが1番目のアクセントで、もう複合語かどうかわからないぐらいまで複合してしまっている、複合度合いの強いものが2番目のアクセントと言うこともできると思います。
この「にわかあめ」のほかにも、たとえば、「パトロール・カー」は、
「パトロール・カー(LHHHH・HL)」
と教わりましたが、ふだん使っているのは、
「パトロール・カー(LHHHH・LL)」
でした。それに従うと省略形も、
「パトカー(LHHL)」
になりますが、やはり私が使っていたのは、
「パトカー(LHLL)」
でした。これは現在のアクセント辞典では、「パトロール・カー(LHHHH・LL)」「パトカー(LHLL)」が1番目に載っていますが。ただ、東京語の古い(というか伝統的な)アクセントを多く残していると言われる別のアクセント辞典(『新明解日本語アクセント辞典』)を引くと、順番は逆で「パトロール・カー(LHHHH・HL)」が先に載っています。
そして、このところ全国で起きている「エアガン」での事件ですが、この「エアガン」、上野考え方から言うと本来は、
「エアガン(LHHL)」
となるはずですが、アクセント辞典には、既に(?)、
「エアガン(LHLL)」
しか載っていません。
複合語のアクセントは、その複合語が定着するにつれて、前にずれるのではないでしょうか?そんなふうに感じました。
2005/10/1


◆ことばの話2299「リフォームとリホーム」

先日、新聞用語懇談会放送分科会の新しい委員になった毎日放送のTさんが、こんなことを口にされていました。
「外来語の表記で納得がいかないのは、『リホーム』。普通はどう考えても『リフォーム』でしょう。でもうちは全部『リホーム』に書き換えさせられるんです。これは納得いかない。新聞もそうなんですよ」
と言われたのですが、はっきりと気にしたことがなくてわからなかったので、
「ほう、そうですか」
と答えました。その後気になって調べたところ、新聞表記ではしっかり「リフォーム」になっています。「おやおや?」と思ったので、Tさんにメールしました。
『こないだの席でおっしゃっていた「リフォーム」の件ですが、その後見た新聞は「リフォーム」としているようでした。読売テレビも「リフォーム」です。『新聞用語集』には「リフォーム」も「リホーム」も載っていませんが「フォーム」は載っていますので、そこからの類推で「リフォーム」としているのではないでしょうか?読売新聞社の『読売スタイルブック2005』は「リフォーム」でした。『2005年版・朝日新聞用語の手引き』には「リフォーム」も「リホーム」も載っていませんが、「フォーム」は載っていました。共同通信社の『記者ハンドブック』(第9版)も「リフォーム」だけでした。辞書では、『三省堂国語辞典』『新明解国語辞典』が見出しは「リフォーム」だけですが、意味の解説の最後に「リホーム」という表記も出てきました。しかし、『明鏡国語辞典』『新潮現代国語辞典』『岩波現代国語辞典』『日本語新辞典』『広辞苑』は見出しはすべて「リフォーム」で意味の中にも「リホーム」という表記は出てきません。『日本国語大辞典』も見出しは「リフォーム」だけで「リホーム」という表記は出てきませんが、「レフォーム」というのが「リフォーム」の用例として取り上げられています。
GOOGLE検索(8月6日)では、
「リフォーム」=113万件
「リホーム」=3万9200件
「レフォーム」=99件
でした。ご参考までに・・・。』

日本国語大辞典の「レフォーム」は意外でしたが、一般的にも「リフォーム」が主流と見ていいでしょう。

2005/8/7
(追記)

この結果をT氏に送ったところ、返事が来ました。それによるとTさんが気になったのは「リホーム」と同じような、
「ユニホーム」
という表記に関してだそうです。なぜ、
「ユニフォーム」
ではないのか?という疑問を強く持ってらっしゃったそうです。
たしかに『新聞用語集』には「ユニホーム」とありますが、英語の綴りは、「uniform」で、「単一の型」という意味。「H」の「ホーム」ではなく「F」ですから「フォーム」が正しいと思います。結局、カタカナの外来語は、現状においては「英語の音表記」ではなく、英語の「昔の音表記」がそのままカタカナで定着してしまっているので、動かしがたいのでしょう。一般の人は、音にそれほど関心を持ってらっしゃらないのか、「ブ」と「ヴ」の表記は違っても、音はおんなじ発音してますし、「ユニフォーム」と「ユニホーム」とたとえ書き分けても、おそらく発音は同じではないでしょうか?
本来は「ディジタル」と言うべきところを、技術系の人を除いてみんな「デジタル」と言い、書く。これなんかも同じようなことなのでしょうねえ。外来語は難しい。
2005/10/1


◆ことばの話2298「5度目か?5回目か?」

9月29日、甲子園球場の対巨人最終戦を5対1で勝利して、阪神タイガースは2年ぶりのセリーグ優勝を飾りました。私も球場で生で観戦し、満足、満足です。
さて、一夜明けた新聞各紙の朝刊(9月30日)の記事で気になったのは、阪神の優勝は、
「2年ぶり5度目」
なのか、それとも、
「2年ぶり5回目」
なのか、ということです。「どっちでもおんなじやんけ!」と言うなかれ。 つまりこういう場合に「度」を使うのか、それとも「回」を使うのか?ということ。
一般的にはたしかに、
「どちらでも良い」
のでしょうが、以前たしか、
「『回』はある周期で必ず回ってくるものを数えるときに使い、『度』はそうではない時に使う」
と書かれたものを読んだような気がするのです。(NHKのハンドブックだっけ??)だから、それに従うと、誕生日や命日は、1年ごとに必ずやってきますから「回(目)」を使えば良いのですが、今回のプロ野球の優勝のように、「必ず回ってくるとは限らない」ものの場合は、「回」ではなく、「度」を使うべきだということになります。
ちなみに、各新聞の表記は、
「2年ぶり5度目」=読売、朝日、産経、日経
「2年ぶり5回目」=毎日
と、毎日新聞だけが「回」を使い、ほかの4紙は「度」でした。
2005/9/30


◆ことばの話2297「ひとり旅」

「野口、完全にひとり旅です!」
のように、マラソンで、トップ独走している様子を比喩的にこう呼びます。転じてプロ野球などリーグ戦で、他チームを圧倒的に引き離してトップを行くこともこう言います。また逆に、うんと引き離されて最下位を行くことをこう呼ぶこともあります。
マラソンの場合、「独走」は文字通り「一人で走る」ですが、野球などのチーム競技(しかも球技)の場合の「独走」は、既に比喩的表現です。
しかしなぜ「旅」なのか?
思うに、あまりにも引き離して周囲に相手の姿が見えないぐらいになっているために悠然と見え、それが勝負であることを忘れさせて、「旅」を連想してしまったのではないでしょうか。
しかしたとえ「ひとり旅」と呼ばれても、「風の向くまま気の向くまま」に進むのではなく、マラソンにしても野球にしても、しっかりとゴールは定められているのですよね。コースアウトはいけません。そこが「フーテンの寅さん」とは違うところです。スポーツですから。なお、Google検索では(2005年9月30日)、
「ひとり旅、プロ野球」=9770件
「ひとり旅、マラソン」=949件
「一人旅、プロ野球」=4万3500件
「一人旅、マラソン」=5万3700件

でした。
2005/9/30
(追記)

川崎市のNISHOさんから「言葉についての会議室」に書き込みをいただきました。(そこに質問として「一人旅」はいつ頃から使われているのか、書き込みをしていたのでした)それによると、
「競馬でも『ひとり旅』と言いますね。レースの途中(経過)は『道中』と言いますし。見坊豪紀 『ことばのくずかご』 (ちくまぶっくす15、1979) p.40
『"独走"の競馬ふう表現〔74・8 73〕
中山の二千メートル、フクジンの一人旅ということになりそうです。(「夕刊フジ」74年6月26日29「今週のレース展望」欄)
参考 レースの途中を競馬用語では「道中」と言う。ますますぴったり。』
競馬では少なくとも30年前には「一人旅」を使っていたということですね。表記は『独り旅』もあったかもしれません。正確には『一人と一頭の旅』ですが。」


おお、ありがとうございます!なんと1974年に競馬では「一人旅」が使われていたのですね。競馬が一番早いのかな。
そう思っていたら、10月2日(日)の読売新聞朝刊、女子ゴルフの宮里藍選手が日本女子オープンで、2位に6打差をつけてただ一人アンダー・パーの成績で3日目を終え、国内メジャー初優勝に王手をかけた(結局、優勝を果しました)という記事の見出しで、
「アンダー"一人旅"」
とありました。ゴルフでも使うんですね。
2005/10/3
(追記2)

あちゃー、またやってしまった!
「ひとり旅」は「平成ことば事情1064」で書いていました・・・・!
それはさておき、経済の世界にも「ひとり旅」進出です。6月5日、ケータイサイトの朝日新聞ニュースを見ていたら、「対ユーロ」の「円相場」に関して、「ひとり旅」という言葉が見出しに出てきました。
『円安「ひとり旅」、対ユーロでは最安値更新』
というものです。
内容を読んでみると、6月5日の東京外国為替市場で「円」は一時、対ユーロで164円台半ばをつけ、ユーロ導入以来の最安値を更新したとのこと。経済用語で言うところの、
「独歩安」
のことを「ひとり旅」と表現していたのです。ふーん、こんなのも「あり」か。これは新しい使い方ではないでしょうか?
Google検索(6月6日)では、
「ひとり旅、独歩安」=8件
しかありませんでした。それもこの意味で使っているのは、朝日新聞の例だけのようでした。
2007/6/6
(追記3)

2008年8月15日の読売新聞、「北京オリンピック」の記事で、中国の体操男子の楊威選手個人総合で金メダルを獲得したという記事の中に、
2位との点差は開く一方の“一人旅”。」
というふうに「一人旅」が出てきました。
2008/9/16
(追記4)

2010年3月17日の新聞各紙は、自民党を離党した鳩山邦夫・元総務大臣のことを取り上げています。新党結成に向けて同調者が出るかと思いきや、どうも出ない感じであることを指して、こんな見出しが。
『鳩山邦氏「ひとり旅」』(朝日新聞)
この「ひとり旅」は、本来の使い方に近いのではないでしょうか。また、スポーツ紙はさらにこんな見出しを。
『新党ひとり』(日刊スポーツ)
うまいっ、座布団一枚!「劇団ひとり」に引っかけて「新党ひとり」。語呂がいいですね。でも、政党助成金とか、もらわれへんなな、一人じゃあ・・・。
2010/3/22


◆ことばの話2296「ファッションドクター」

これも9月4日、「ルーヴル展」を見に行った帰りのこと。
総選挙(9月11日)前ということで、民家の壁や、その民家を取り壊した空き地にできている虫食い状の駐車場の壁に、政党のポスターたくさん並べて貼ってありました。京都は「政治の町」という感じがしましたね。
その政党のポスターの横には、英会話スクールのポスターも。英会話スクールの広告と政党のポスターを続けて読むと、
「3ヵ月からはじめよう。」「自民党。」
と読めてしまいました。そんな3か月なんて短期で、ええんかいな、自民党。
また、その時に見かけた看板には、
「ファッションドクター」
というのがありました。「ファッション・センスのない人を直してくれるお医者さんか」と思ったら、さにあらず。よく見るとその横に、
「かけつぎ」
という文字が。懐かしいなあ・・・って、あんまり私はお世話になったことがありませんが。「かけつぎ屋」さんも、現代において商売として成り立っているのでしょうか。京都ならではの商売なのでしょうか?そんなことを感じました。
2005/9/23
(追記)

先週、京都に行ったら、今度は
「洋服の整形」
の看板を見つけました。京都なので「着物」かと思ったら、着物ではなく「洋服」。京都は奥が深いです。
あ、そういえば今日(11月1日)の読売夕刊(大阪版)の「ことばのこばこ」で、武庫川女子大学の佐竹秀雄先生が、「奥が深い」という言葉を取り上げて、
「学生にレポートを書かせると、出来の悪いレポートには『日本語は奥が深いと思いました』という感想が付くことが多い」
と書いてらっしゃったな。つ、つい書いてしまった、「奥が深い」・・・。
2005/11/1
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