◆ことばの話2275「ハモる」

「ハモる」
という言葉に関して、Yeemarさんが「ことばについての会議室」についてこう書いていました。
『金田一春彦・安西愛子編『日本の唱歌(中)』(講談社文庫:初版は昭和54年7月15日)p.292に「朝はどこから」の歌について「安西と岡本とがハモッて歌ったのが、当時はまだ珍しい試みで新鮮な感じを与えた。」とある。このころから「ハモる」は意外に古いと思った。『日本国語大辞典』の「ハモる」には用例がない。』
これについて岡島昭浩さんが、
『私が中学生の頃、昭和48年から51年頃、福岡の民放・RKBラジオで、大人気番組「スマッシュ11(イレブン)」というのがあった。その中で、「○○○ないコーラス」というコーナーがあった。一語化して言っており、下がり目はこの後。聴取者が集まって何か歌を歌い、それを編集して放送するというコーナーだった。この「○○○ないコーラス」が何と言っているのか分からず、「真駒内コーラス」?「浜もないコーラス」?「たまらないコーラス」?と首を傾げていた。これが「ハモらないコーラス」だった。多分、音楽愛好者の間では、早くから使われていたものだろうと思う。』
と書き込んでいました。そしてそれに対して佐藤さんが、
『昭和35年発生説、発見。我等、ハモるとともに生まれし者達?
http://www.geocities.jp/showahistory/history5/showa35.html
歌声喫茶が発祥の場。昭和35年に「使われ(てい)た」ということだろうから、もう少しさかのぼれるか。ただ、回想録のような書きぶりなので、思い違いも考えられる。他の証言もほしい。』
と。ここで男声合唱をしている私も、ひとこと口を挟みました。
『大学のOB合唱団で男声合唱をやっているが、昭和20年代後半卒業の先輩たちも「ハモる」はごくフツウに使っているね。新たに覚えた言葉というようでもなく、学生時代から使われていると思う。
『日本俗語大辞典』(米川明彦編、東京堂出版)に載っている「ハモる」の用例で一番古いのは、1955年(昭和30年)8月28日号の『週刊読売』の記事で、『みんなで”若者”でもハモろうぜ』(”ハモる”は合唱する。ハーモニーの転)左翼学生の隠語」。また、昭和31年初版・昭和48年22版の楳垣実『隠語辞典』(東京堂出版)にも学生語として「ハモる」が載っていた。意味は「合唱する」。ただ、現在私が使っている「ハモる」は、単に合唱するのではなく、和音を聞かせるものを「ハモる」と言う。斉唱は、合唱ではあるだろうが「ハモる」ではない。』
これに対して、佐藤さんが、
『歌声喫茶を生み出した「うたごえ運動」(↓)の産物のようだ。するとさらにさかのぼるか。上限は1948年?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%86%E3%81%9F%E3%81%94%E3%81%88
「ハモる」という言い方は、岡島さんやYeemarさんの受け取り方からすると、生まれてから現在まで必ずしも拡大の一途をたどった訳ではないようだ。ある時期に拡大してまた収束して、現代にみるように定着した、という筋だろうか。あるいは大学生の隠語として長らく保たれたということか。』
これに私も返事を。
『昭和35年大学卒業の先輩から返事が返ってきた。それによると「現役の頃は、ごく自然に『ハモる』を使っていた。またジャズメン達が使っていた「C千」(=1000)、「G百」(=500)など金銭に関する表現や、「ジャズ」を「ズージャ」というように語順を入れ替える表現なども仲間内で隠語として結構使っていた。」
早稲田大学グリークラブ(男声合唱団)での話。「現役の頃」というのは、「昭和31年から35年(1956年から60年)」にかけて。さらに昭和34年(1959年)卒業の先輩からは「定かではないが、私の記憶ではグリークラブ現役当時(昭和30年から34年)から使われていたように思う。21号館共通教室裏手の部室で、現在ボニージャックスの西脇さんや高橋さん玉田さん達が、何人か集まっては暇があれば何かを歌っているのを見かけて『あー、またハモッてるネ』などと云っていたような気がする。」とのこと。』

また、佐藤さんから、「ハモる」には以下の種類があるのではないかとして、
(A)正式な不協和音でひびく
(B)きれいな和音(不協和音除く)がひびく
(C)4声部(以上?分からん)でうたう
(D)せいぜい2声部程度でうたう
(E)ともかく皆で一緒にうたう
(F)偶然、同時に同じ言葉を言い合う

程度差順で、このぐらいありそうだ、と提示してくださいました。
ああ、たしかに。音楽的に「ハモる」のとは別に、異口同音に同時に意見を言うのも「ハモる」と言いますね。
これに対してYeemarさんが、佐藤さんに対して書き込みを。
『私は1979年の例を見て「意外に古い」と思ったのだが、よく考えてみれば、私は中学生の時(1982年)に音楽の先生が「ハモる」を使っているのを聞いた覚えがある。そして、
意味もすぐに分かった。だから実際には79年の例は、私にとっても3年さかのぼったにすぎなかった。』
私もさらに、先輩から仕入れた情報を。
『昭和23年(1948年)入学の先輩から、返事が来た。「入部時には既に使われていた記憶がある。終戦間もない頃、当時、指揮者は磯部俶さん、一年上には故・関屋晋さんがいた。よく『ハモってないな』とか『ひとつハモるか』という風に使っていた。」とのこと。』
それについて、佐藤さんから。
『あっさり理論的上限(=うたごえ運動発祥)の例まで出た。ひょっとすると、合唱はじめ音楽に(準)専門的に関わる人には、早くから使われていたのだろうか。うたごえ運動の広がりとともに昭和30年代あたりから「ハモる」が専門外の人にも広がりだした……。いまさら言うのもなんだが、「ひとつハモるか」のような使い方、恐らくは「二声部以上で合唱する」の意味だと思うが、私にとっては初めて接する用法。さきに語義などを何段階かに分けたが、「合唱する」系のいくつかのブランチは、私にとっては実感のわかない用法である。』
また、私の書き込み。
『さらに古い時代の先輩の話が聞けた。「昭和24年卒の先輩は所謂『特攻帰り』で、当時航空隊の長靴を履いて通学しておられたように思う。学徒出陣で戦闘機に乗っていたということだった。その学生時代に「ハモる」を使っていたということだから、昭和17、18年(1942、43年)頃には間違いなく使われていたということになる。磯部さんは17年卒だから、その頃は普通に使っていたのではないだろうか。それ以前については残念ながら不詳。』
ということで、「ハモる」は、昭和17、18年まではさかのぼれました。これ以上古い使用例、ご存知の方は、是非ご一報ください!!
2005/8/6


◆ことばの話2274「水金地火木土天・・・」

平原綾香さんの歌う「ジュピター」という曲に合わせて、中越地震の被災地で花火大会が開かれたと、8月4日の『ズームイン!!SUPER』で紹介していました。それを見ていて、
「ジュピターって、冥王星だっけ?」
と、後ろの席にいた三浦アナウンサーに聞くと、
「ジュピターは木星じゃないですか?」
「そうか。じゃあ、冥王星は英語でなんだっけ?」
「えーっと、調べてみます・・・プルートですね。」
「プルートかぁ。浦沢直樹の漫画のタイトルだよね。『プルートウ』って。意味は『冥界の王』なんだよな。」
「ミッキーマウスが飼っている犬の名前もプルートだったですよ。」
「それより、ポパイの恋敵だろ、プルートと言えば」

などと話をしていると、小林アナウンサーが、
「水金地火木土天海冥か、水金地火木土天冥海か、どっちでしたっけ?私が中学受験の頃は、水金地火木土天冥海だったんですけど、あれって変わるんですよねえ?」
「え!順番変わるの?」
「そうなんですよ」

ということで調べてみたところ、なんと驚いたことに小林アナの言うとおりでした。
(順番が変わることにビックリしたのか、小林アナの言うことが正しかったので驚いたのかと言うと・・・・「どっちも」です。)
惑星は太陽の周りを円に近い楕円軌道を描いて回っていて、「太陽からの平均距離」は、太陽から近い順に、
「水金地火木土天海冥」
となると。ところが「冥王星」の軌道は、楕円の離心率が非常に大きいために、接近した時は太陽へ距離は29.694天文単位、遠ざかると49.386天文単位にもなるのだそうです。
冥王星は、太陽の周りを約248年かかって回っていて、その間の約20年間だけ、海王星よりも太陽に近い位置にいるとのこと。だから1979年1月から1999年3月までは、
「水金地火木土天冥海」
となるのだそうです。フーン、なんだかスゴイねえ。最近、冥王星よりさらに外側にも惑星があるのが発見されたとか。それを考えると、スペースシャトル「ディスカバリー」が行ってる「宇宙」は、地球からたかだか何十キロかそこらでしょ、地球の「フチ」みたいなものじゃないですか。それでもあれだけ大変なことなんですから、冥王星や海王星やそれより遠いところのことなんて、どうやってわかるんだろう?誰か住んでいるんだろうか?向こうでもこんなこと考えているのかなあ。夏空を見上げて考えてみるのでした。
2005/8/5
(追記)

2006年8月25日のテレビ・新聞が伝えたところによりますと、ここ一週間ほど世間をにぎわしていた天文問題に決着がついたようです。
惑星の定義について、チェコのプラハで検討を重ねていた国際天文学連合(IAU)の総会は24日、冥王星を惑星から格下げして太陽系の惑星を8個とする最終決議案を採択したというのです。
これは、火星と木星の間に「セレス」、冥王星の近くに「カロン」、その外側に「第10惑星」(=2003UB313)という、冥王星クラスの「惑星」が見つかったため、それらを惑星の仲間に入れるかどうか、というところから話は始まって、そもそも冥王星は「惑星」じゃないんじゃないか、というようなところに話が落ち着き、冥王星は、
「矮小惑星」
に分類されたのです。つまり、惑星の順番は、
「水金地火木土天海」
になるということです。これからの教科書はこうなるのかア。ちょっと可哀想な冥王星。セレスとかカロンが見つからなければ、「惑星」の仲間でいられたのになあ。人間の勝手な分類とは別に、今も冥王星は存在しています。(と思う。)
2006/8/25
(追記2)

すみません、ポパイの恋敵は「プルート」ではなく、
「ブルート」
でした。訂正します。
9月15日の読売新聞によると、冥王星降格のきっかけになった、
「第10惑星=2003UB313」
は、国際天文学連合(IAU)によって、
「エリス」
と名付けられたそうです。「エリス」は、ギリシャ神話に登場する「混沌」と「不和」の女神の名前なんだそうです。と、いうことは「安全地帯」が歌っていた、
「碧い瞳のエリス」(1985年)
って曲は、そういうことだったのか!なるほどー。ついでだけど、「柳ジョージとレイニーウッド」に、
「青い瞳のステラ、1962年夏....」(1980年)
という、よく似た名前の(似てない?)別の曲もあります。
2006/9/20
(追記3)

2007年1月10日の読売新聞夕刊の記事によると、アメリカの方言学会は、「2006年の言葉」として「プルート」(=冥王星)を選出したそうです。
「プルート」は、冥王星が去年、従来の「惑星」から「矮(わい)惑星(=仮称)」に格下げされたことから、
「降格させる」
という意味の動詞として使われ始めているのだそうです。へえー。
このアメリカ方言学会は16年前から「今年の言葉」を選んでおり、1999年にはコンピューターの200年問題を意味した「Y2K」、2002年には「大量破壊兵器」が選ばれたと、ワシントンの増満浩志記者が伝えています。アメリカ版「新語・流行語大賞」のようなものでしょうかね。
2007/1/10


◆ことばの話2273「市町村合併と大掃除」

「平成の大合併」が進んでいます。
日本全国で市町村が合併して、10年ぐらい前までは3300ほどあった市町村が、ここ1年ほどで、1000いくつになると。
我々アナウンサーは、市町村名が変更になり、新しい市町村の名前がニュース原稿などに出てくると緊張します。聞いたこともないような市町村の名前や、

「あれ?ここって『○○町』だったはずなのに、いつ『○○市』になったんだ??」

などとあわてて地名辞典を引いたりするのですが、まだ地名辞典も改訂されていないので、その元の市町村役場に電話して確認したりします。一応、大合併でどう変わるか?という一覧地図を、アナウンス部の壁に張ってはあるのですが、ついつい昔の名前で原稿が書かれていたりすると、チェックの目をすり抜けてしまうことも、ないとは言い切れません。
「地名」というものは、言うまでもなく大変大切なものです。と言うのも、その土地の歴史が、名前に表れている(はずだ)からです。
しかし合併に際して、過去の歴史よりもこれからの町の発展を願って前向きに新しい名前をつけるケースも見られます。
今回の大合併に際して考えたことは、「大掃除」の時になかなか物を捨てられないということです。「整理」するということは「物を捨てる」ということです。要らないものを捨てる、これだけなら簡単なのですが、その物に「思い出」が付着しているケースは厄介です。特に男性は女性よりも、幼い時から「収集」「コレクション」する性癖が強いと思います。そうすると、それぞれに「思い出」が染み付いて、なかなか捨てられなくなってしまいます。長い間、手元に置いておけば置いておくほど、愛着は強くなります。
・・・何の話でしたっけ?そうそう、「大掃除」の時のものへの愛着と、地名に対する地元の人たちの執着は、なんだか似ているなあと思った、と言いたかったのでした。
大掃除の場合は「捨ててしまえ」と言えますが(言うけど、しないんだけどさ)、地名に関しては、言えないなあ。
そして、何の惜しげもなく物(思い出の品)を捨てる人と、過去の地名を捨ててまったく新しい地名を取る人に、何か共通点があるような気もします。
今のまったく新しい地名の決定は、もしかすると将来へ禍根を残すかもしれません。そういった心配はしないのかなあ・・・。
これは10年ほど前(そんな前だっけ?)に、一時問題になった「アクマ君」のように、「人名」においても同じことだと思います。つまり、子どもの名前を付ける時にも、「親の思い」だけで付けちゃうと、あとで「あーあ」なんてことになりはしないかと、ちょっと他人事ながら心配するのですが。どうでしょうか。
2005/8/6


◆ことばの話2272「泓」

用語懇談会放送分科会では、今、関西と関東で別々に小委員会を開き、月に1度程度、助数詞の検討を行っています。その中、先日の会合で、
「養殖池」
の数え方が出てきました。これは、「面」で数える(一面に面、三面・・・)のですが、委員は皆、
「養殖池の数え方、という見出しは要らないでしょう。『池』でくくったらどうでしょう?」
ということで、「池」でくくることになりました(関西の小委員会では)。そして「池」の数え方を『数え方の辞典』(飯田朝子、小学館)で引いたところ、「つ」「面」のほかに、
「泓」
という数え方が出てきたのです。こう書いて、
「おう」
と読みます。難しい字だなあ。初めて見ました。意味は、
「水がいっぱいに広がるさまを表す」
と記してあります。ついでに、「池」を大きくしたような、「湖」を引いてみても、やはり助数詞として「泓」が出てきました。(余談ですが、湖の場合は「湖」という数え方<例:「三方五湖」「五大湖」>もありますが、池には「池」という数え方はありません。なんでなんでしょうねえ??)
Google検索(8月6日)ではなんと、
「泓」=1万5100件
も出てきました!「日本語のページ」に限定して、ですよ。限定しなかったら中国語のページも入るのでこの3倍ぐらい出てきました。
京都市内の地名で「泓」というのもあるようです。ただこの場合の読み方は、
「ふけ」
だそうです。
この漢字を分解すれば、「さんずい偏」と「弘」ですから、そんなに難しくないのですけど、くっつくと難しく感じますね。それよりも難しいのは、やはり「助数詞」、ですね。
2005/8/6


◆ことばの話2271「ムチはしなる?しなう?」

7月20日のK−1決勝。タイのブアカーオ選手のキックを評して、実況のTBS初田啓介アナウンサーが、
「ムチ(鞭)がしなるような」
という表現を使ったのですが、それを耳にして私は、
「鞭は『しなる』ではなく『しなう』ではないか?」
と感じました。これって、どうなんでしょうか?

Google検索では(7月28日)
「ムチがしなる」 104件
「ムチがしなう」 6件
「ムチがしなった」 3件
「鞭がしなる」 123件
「鞭がしなう」 4件
「鞭がしなった」 20件

ネットの掲示板「ことばについての会議室」
『「しなう」と「しなる」、「しなう」の方が古い言葉のようですが、意味の違いや使い分けはあるのでしょうか?私は「ムチ(鞭)」は「しなう」の方が合うような気がするのですが。「木の枝」は断然「しなる」です。そして、ともに過去形は「しなった」で良いのでしょうか?』
と書き込んだところ数人の方からご意見をいただきました。Yeemarさんからは、
『ほかに、ごはんを「よそう」と「よそる」、赤ん坊を「負ぶう」と「負ぶる」、いずれも前者が古く、後者が俗語的という感じがする。私の場合、意味による使い分けをするかどうかはあいまいだ。活用はいずれも五段活用で、過去形は「しなった」「よそった」「負ぶった」でよい。つまり、過去形では終止形が「う」か「る」か分からないところから、交替が起こったのだろう。見坊豪紀『〈'60年代〉ことばのくずかご』(筑摩書房)p.57によれば、「しなう」は辞書にある。「しなる」はない〔Yeemar注、当時の話〕。が、「しなる」は、「しなう」と同じくらいに新聞では使われているらしい。オリンピック〔Yeemar注、東京五輪〕期間中、「しなう」6例「しなる」5例「しなり」(名詞)1例を新聞から採集した。とのことです。』
また、POP3さんからは、
『童謡「船頭さん」の歌詞に
「元気いっぱい櫓がしなる」
とある。作曲:河村光陽(1897-1946)、作詞:武内俊子(1905-1945)だそうだから、戦前にも「しなる」は登場していたのだろう。』

これを受けてYeemarさんは、
「船頭さん」は「昭和十六年七月キングレコード」ということですね(『童謡』野ばら社1983)。
と情報を追加。そして佐藤さんからは、私の発言、
「『はなしのくずかご』によると、1960年代には、もう「しなる」が出てきていたのですね。」を受けて、
『方言差も考えたいところ。ここ十年くらいの論文で、誰のだったかで見た気がする(柴田武先生?手紙で調査依頼が来たような記憶が……)。また、津軽方言などでは、共通語・東京語のワ行五段活用が、規則的にラ行五段活用化しているのは夙に有名。ただし、ここ10〜20年ほどのあいだで急速に共通語化が進んでいるようなので、若年層ではどんなものか。』
と書き込みをいただきました。ありがとうございます。
「しなう」は、今では「詩」などの表現の世界でのみ使われる言葉になってしまって、実際の会話の中などでは「しなる」が使われているということでしょう。
でも「しなう」を使っちゃいけないということでもないので、私はチャンスがあれば使ってみようかなと思います。
2005/8/6