◆ことばの話2220「とごる2」

朝日新聞の板倉さんという記者の人から電話がかかってきました。読者の方から「とごる」という言葉について問い合わせがあって、いろいろ調べていると、私が「平成ことば事情849」で「とごる」について書いているのを見つけたので電話してきた、とのこと。
「たしかに、それについて書いたことがありますし、私の生まれ故郷の三重県伊賀上野では使います。」
と答えました。「水の中に粉かなんかを溶かして、溶け残った状態」「とごる」と言うのです。
そのコメントが載った記事は7月1日の朝日新聞夕刊の「ほんま?関西伝説」に載りました。ちょっとだけだけど。

みそ汁が溶けずに底の方で「とごる」?

というタイトルのその記事によると、
「中学生の息子が『理科の実験で「A液にB粉末を混ぜたら?」と聞かれ、「溶けずにとごる」とプリントに書いたら、先生に『わからない』と言われた。昔から家では使っていますが・・・」というお便りが、奈良県天理市の読者からが届いたとのこと。愛知県出身の板倉記者も「使う」ので、気になって調べ始めたのです。
私の恩師でもある大阪大学大学院の真田信治教授(社会言語学)によると、「とごる」は愛知、三重、奈良、和歌山に分布する方言。
「元々は『とどこおる』が縮まった『とどこる』から来ているのでしょう。『とごる』は関西から見て南東に広がる。これに対し西日本の各地では『とどる』に変化して点在している」
と答えているとのこと。
また、東京大学名誉教授の柴田武さんは「煮こごりの『こごる』と同じ語源、『凝る』から派生したのでは」。分布の形については「かつて京阪で使われていた言葉が、周辺に広がったのだろう」と話しています。
「煮こごりの『こごる』と同じ語源、『凝る』から派生したのでは。分布の形については、かつて京阪で使われていた言葉が、周辺に広がったのだろう」
と話しているそうです。
そして板倉さんの実態調査は以下のとおり(その中で私も電話取材を受けたのです)。少し長くなりますが、記事からそのまま引き写していきますね。

【和歌山県】白浜町の梅干し店「福梅本舗」は、ホームページで紀州弁を紹介している。20歳代の店員が作った。その中では「とごる」は「年齢層なしでよく使われる。紀州ではこの言葉を知らないと暮らせない!?」とある。

【奈良県】方言辞典などでは「宇陀郡で使う」「北葛城郡で」とまちまち。詳しい調査は見つからなかったが、吉野町と明日香村出身の知人から「使う」との証言アリ。

【三重県】「三重県方言民俗語集覧」によると「県内ほぼ全域で使う」。筆者の元高校教師江畑哲夫さん(69)は青森出身。三重で初めて聞いた時「語感から意味が直感的に想像できた」と振り返る。

読売テレビの道浦俊彦アナウンサー(43)は伊賀上野出身。3年前まで共通語と思っていた。「共通語にはぴったり来る言葉が無く、便利」

【愛知県】愛知学院大の鏡味明克教授(国語学)によると、県内で広く使われている。ずっと県内に住む私の友人は、「え、方言なの?」。彼も30年あまり、共通語と信じて疑わなかったらしい。

この4県以外にも、隣接する滋賀、静岡両県の一部でも使われているようだ。たとえば「滋賀県方言語彙・用例辞典」(00年)には「県南部・東部で使う」とある。

これらのほかに、横浜市のデザイン会社「トゴル・カンパニー」のスタッフ2人は三重と愛知出身。デザイナーのYOUCHANさん(37)は「時代に流されず底の方でとごって仕事ができれば、との意味を込めた」。関東では全く意味がわかってもらえず、ドゴル、トール、ひどい時はドクロとまで間違えられる。が、「覚えてもらえば通りのいい名」。

と答えているほか、横浜出身の明治大学の中村利廣教授(分析化学)は、30年ほど前に三重県津市出身の学生に「とごる」を教わり、「これほど適当な言葉はない」と化学実験で使い始め、10年ほど使ったが、毎年新入生に方言と説明するのが面倒で、最近は使わなくなったそうです。でも、「語感と状態があっている言葉で、ニュアンスがとても便利だった」と述べています。

記事では最後に福島大の半沢康・助教授(国語学)が、
「共通語に代わる言葉が無い方言は、若い世代でも方言が消えず、継承されやすい」
とまとめています。
結局、東海から関西にかけて使われている地域があるということですが、大阪では使われていないし共通語でもありません。
その後、和歌山に住む、妻の実家の義母に聞いたところ、
「ともごる」
という言い方をすることがわかりました。
Google検索したのですが(7月7日)、
「ともごる」=8件
で、この意味で使われているものは、1件しかありませんでした。
板倉記者は記事の最後で、
「なんとか、共通語に格上げできませんでしょうか?」
と訴えていますが、よっしゃ!共通語にするべく、使っていきましょうや!
2005/7/7



◆ことばの話2219「なすりつけあい」

6月28日、4年前に兵庫県の明石市で起きた歩道橋事故の民事裁判の判決が出ました。
その模様を伝えた読売テレビの「ニューススクランブル」で記者は、明石市や警察側の態度について、
「罪を擦(なす)りつけあう」
という表現を使っていましたが、これについてI部長が、
「『擦(なす)り付け合う』というのは、クドくないか?『なすり合う』か『なすり付ける』でいいんじゃないのか?」
と疑問を提示。たしかに辞書には「なすりあい」「なすりつける」しか載っていません。
「なすりつける」だと、一方の人だけがもう一人の人に「なする」行為をするのですが、「擦り合う」では二人がお互いに「なする」行為を行うというところに違いがありますね。
「なすりつける」と「なすり合う」の混用表現が「なすりつけ合う」だと思います。つまり、「なすり合う」に「つける」を付けることで、「なする」行為の"しつこさ"が強調されているようには思います。関西風の過剰表現なのでしょうか?
Google検索してみると(6月28日)、

「なすりあい」 =4570件
「なすり合い」 =6440件
「なすりあう」 =90件
「なすり合う」 =187件
「なすりつける」 =1万6300件
「なすりつけあう」 =273件
「なすりつけ合う」 =1290件

ということで、「なすりつける」が一番多いようです。
ではこれに、「罪を(の)」「責任を(の)」をくっつけると、

「罪のなすりあい」 =205件
「罪のなすりつけ合い」 =178件
「罪をなすりあう」 =11件
「罪をなすり合う」 =19件
「罪をなすりつける」 =674件
「罪をなすりつけあう」 =45件
「罪をなすりつけ合う」 =19件
「責任のなすりあい」 =914件
「責任をなすり合う」 =106件
「責任をなすりあう」 =42件
「責任をなすりつける」 =950件
「責任をなすりつけあう」 =103件
「責任をなすりつけ合う」 =557件

という具合で、ネット上ではどれもそんなに大きな差はありません。「なすりつけ合う」もそこそこありますね。
最近の言葉の使い方において「過剰な敬語」や「婉曲表現」がありますが、一つの出来事を表現するのに、過剰な重複表現を使うのも、もしかしたらその一端かもしれません。「なすりつけ合う」はその一例なのかも知れません。

2005/7/7



◆ことばの話2218「もやすゴミ」

6月中旬。大阪府合唱祭に出演しました。会場は貝塚市のコスモスシアターです。
余裕をもって会場に着いた時に目に付いた「ごみ箱」にはこんな文字が記されていました。
「もやすゴミ」
あれ?これって、普通は、
「もえるゴミ」
と書いてあるのじゃないかな。そう言えば先月、出張で行った時に訪ねた、北海道は函館の五稜郭でも、たしか「もやすゴミ」という文字が書かれていたぞ!
もしかしたら最近、こういう表記が増えているのでしょうか?数年前に、
「燃えるゴミというのは、ほおっておいて燃えるわけではなく、人が『燃やす』のだから、ちゃんと『もやすゴミ』と言うべきだ」
というような声を聞いたことがあるような。
Googleで検索すると(6月28日)、

「もやすゴミ」 =65件
「燃やすゴミ」 =711件
「もえるゴミ」 =674件
「燃えるゴミ」 =6万4900件

ということで、やはり、まだまだ「燃えるゴミ」の勢力は圧倒的に強いようですね。ひらがなの「もやすゴミ」はまだまだのようですね。中をざっと見てみると、「もやすゴミ」が使われているのは、北海道、愛知県豊橋市、愛知県名古屋市、福岡県福岡市、新潟県長岡市、岐阜県多治見市、兵庫県伊丹市、兵庫県西宮市、栃木県栃木市、埼玉県戸田市、山形県櫛引町、宮城県仙台市といったところ。ほかにもありそうです。
文具メーカーのコクヨからは「もやすゴミ」のシールも出ているようですね。
あ、もう一つ、「もやせるゴミ」という呼び方もあったな。
「もやせるゴミ」 =193件
「燃やせるゴミ」 =6120件

おお!「燃やせるゴミ」は、6000件以上とかなり使われていますね。こちらの方が耳になじんできているのかな、「もやすゴミ」よりも。
たしかに「燃やせるゴミ」だから「もやすゴミ」があるわけで。しかし、「燃やせるゴミ」でも「もやさないゴミ」という区分も出てくる可能性はあるので、そのあたりがちょっとややこしいと言えばややこしいのですが・・・。
「もえるゴミ」だと、なんか「自然発火」みたいでヘンと言えばヘンですよね。
でも、こんなふうに分けるのは、ちょっと理屈っぽ過ぎるような気がしないでもないなぁ・・・って、大体この「平成ことば事情」が、理屈っぽいでしょうが!

2005/6/28
(追記)

11月24、25日、用語懇談会の合同総会で、長崎市に出張しました。会議が始まるまでの間にブラブラと町を歩いていたら、興善町自治会のゴミ捨て場にあった、
「長崎市環境部」
と書かれた看板に、
「燃やせるごみ」「燃やせないごみ」「プラスチック製容器包装」
の3種類の表示がありました。でもそれより古い表示の看板も残っていて、それには、
「もえるゴミ」「もえないごみ」
と書いてありました。
ついでに言うと、長崎市中町の公園の看板には、
『あきかんをすてたらいかん』
と、「あかん」ではなく「いかん」と書いてありました。そしてその横には、
『公園に犬や猫をすてないでください』
という看板も立っていました。いろんなものが捨てられるようです、長崎では。
2005/11/29
(追記2)

家の近くのコンビニエンス・ストア「アンスリー」の店舗の外に置いてあったゴミ箱には、「燃えるゴミ」というふうに書いてあったのですが、おや!と思ったのは、その文字の下に英語が書き添えられていたことです。そこには、
「Combustibles」
と書かれていました。英和辞典を引いてみると、
「Combustible」=a、n 燃えやすい(物)、燃焼性の:激しやすい
とありました。
2006/1/15
(追記3)

家の近くの病院の受付の前のごみ箱に、
「一般・燃やせるゴミ」
と書かれていました。
2006/1/23



◆ことばの話2217「孤児ら」

中国残留孤児が、帰国が遅れた上、その後の自立支援も不十分だとして、大阪地裁に国家賠償を訴えていた裁判で、大阪地裁は7月6日、孤児たちの訴えを全面的に棄却しました。
このニュースを伝えた読売テレビのニュース(昼=ニュースダッシュ、夕方、ニューススクランブル)で、原告のことを、
「孤児ら」
と表現しました。しかし、これって文字で見ると特におかしくはないのですが、耳で聞くと、
「コジラ」
となり、相当違和感を覚えます。まるで、
「ゴジラ」
のようです。そもそも「孤児」に「ら」をつける必要があるのか。
「孤児」
で良いのではないか。日本語の場合は、必ずしも名詞に複数か単数かを明示する必要はありませんので、十分これで通用すると思います。もし、どうしても「複数である」ことを明示する必要であるなら、
「孤児たち」
とした方がよいのではないでしょうか。「ニュース・スクランブル」のナレーションの中では、何回か「孤児たち」も使っていました。
原則「孤児」、どうしても複数を示す時は「孤児たち」にした方がよいと思いますが、いかが?

2005/7/6



◆ことばの話2216「完食2」

金沢で行われた系列局の研修会に、講師として出席しました。その時に、日本テレビのMアナウンサーから、
「最近よく耳にする『完食』と言う言葉なんですが、国語辞典には載っていないんですよね。こういう言葉はどうなんでしょうか?」
使っても良いのかどうか、また、どう調べれば良いのか?ということを聞かれました。
Google検索してみると(6月27日)
「完食」(全ページ)=77万1000件
    (日本語のページ)=54万5000件
    (”完食”)=19万4000件

とい言うことで、いずれにせよ良く使われていますね。たしかに普通の国語辞典を引いても乗っていません。『日本俗語大辞典』(米川明彦編)にも載っていませんでした。でもこういう「新語」は、やはり『現代用語の基礎知識』」とか、そういう辞典を引かなくちゃ。
で、引いてみると載っていました。2004年版の1134ページ。
「完食」=食事をすべて食べること。
新しい言葉が普通の国語辞書に載るまでには、時間がかかります。新しい言葉は、『現代用語の基礎知識』や『イミダス』や『知恵蔵』のほか、新語辞典などで引くことですね。
・・・と書いてから「もしや・・・」と思って、この自分の「平成ことば事情」で検索したら・・・ありました・・・。
平成ことば事情1324「完食」。2003年の8月7日。
引き写します。
*******************************
以前、阪大の岡島先生がこの言葉に気づかれた時に、たしか「ことば会議室」で書かれていたと思いますが、その後、故・ナンシー関の著作などでも目にしていた言葉、それは、
「完食」
です。すべて食べること。「大食い選手権」とか「ラーメンマニア」を扱ったテレビ番組などで聞いたり見たりしました。それを新聞でも見るようになってきたのです。問いうことは、話し言葉から書き言葉への変化?というふうにも思えるのですが。
インターネットでどのくらい使われているか?とGoogleで日本語ページを検索すると・・・
なんと、17万6000件もありました!!(8月4日しらべ)
ということは、もう完全に日本語として定着したと見てよいのかな?前ページで検索すると、今度はなんと、40万2000件!ということは、中国語にも「完食」という言葉があるということなのかな。
「完食レシピ」とか「17分45秒で完食」とか、こんな感じの使われ方ですね。
「完○」という形で「○」の中に動作を表す漢字が入るものとしては、
「完歩」「完走」「完成」「完勝」「完敗」
といったところが思い浮かびます。意外とあるものですね。そういった並びで考えると、「完食」もおかしくはないのですが、私にはまだ、「流行語・新語」というイメージがあります。
辞書には載っているのかな。『日本国語大辞典』を引いてみました。
が、「完食」は載っていませんでした・・・。「間食」や「甘食」は載ってたんですけどね。でもネット上で17万件も使われていることを考えると、今後、辞書への登録も考えなきゃいけないかもしれませんね。
*******************************
その後、辞書にはまだ載っていないということで。しかし、自分で書いたことを忘れてるとはなあ・・・・。
2005/6/28
(追記)

川崎市の西尾さんから、「完食」についてこんなメールをいただきました。

『goo辞書』(三省堂『デイリー新語辞典+α』)に載っていました。新語マーク付きです。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%B4%B0%BF%A9&kind=&mode
=0&jn.x=46&jn.y=16
完食【かんしょく】
目標とする量や種類だけ,食べ物を完全に食べきること。
「大盛りの定食を―する」「地域の駅弁を―する」

そして、「完飲」という言葉も載っていたそうです。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%B4%B0%B0%FB&kind=jn&jn.x
=40&jn.y=9
完飲【かんいん】
目標とする量や種類だけ,飲み物を完全に飲みきること。

「ジョッキのビールを―する」「地域の地酒を―する」

しかし「完飲」という言葉は耳にしたことがないと、西尾さんもおっしゃっています。
たしかに、ねえ・・・汝、完飲するなかれ。
Google検索(7月7日)では、
「完飲」=8180件
でした。

2005/7/7
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