◆ことばの話2210「ターゲットを当て」

6月22日のNHK「クローズアップ現代」は、これまで安売りをしなかったコンビニエンス・ストア業界で、99円均一の商品を置いて安売りを始めた店を取り上げ、コンビニ業界の現状を特集していました。その冒頭で国谷裕子キャスターは、
「これまでコンビに足を運ばなかった人たちに、ターゲットを当て」
と言いましたが、果たして「ターゲット」は当てるものでしょうか?
「ターゲット『に』、何かを当てる」
ことはありますが、
「ターゲット(そのもの)『を』何かに当てる」
というのは解せません。これは正しくは、
「ターゲットを絞り」
ではないでしょうか。「ターゲット」を使うなら、こうでしょうね。単なる言い間違いかな。でも、言い間違えるかな、普通。これって、
「これまでコンビニに足を運ばなかった人たちに(   )を当て」
として(  )の中に、何か適当な言葉を入れるとしたら、どうだろうか。おそらく、
「スポット(ライト)を当て」
というふうになんらかの「光」を当てるのが、妥当ではないでしょうか。
カタカナという点では「ターゲット」と「スポットライト」は共通していますが、全然意味は違うのになあ。これも混用表現の一つなんでしょうかねえ・・・。
Google検索では(6月22日)
「ターゲットを当てる」=75件
「ターゲットを当て」=184件
「ターゲットをあてる」=21件
「ターゲットをあて」=97件

ということで、件数はどれも少なかったです。そして「スポット(ライト)」は、
「スポットを当てる」=2万0300件
「スポットをあてる」=5560件
「スポットを当て」=4万2600件
「スポットをあて」=3万3000件
「スポットライトを当てる」=3540件
「スポットライトをあてる」=620件
「スポットライトをあて」=3760件
「スポットライトを当て」=4490件

と、やはり段違いに多いですね。「〜を当て」は、
「これまでコンビに足を運ばなかった人たちにスポット(ライト)を当て」
の方が妥当だと思われます。
今回は、国谷キャスターの言葉遣いに「スポットを当てて」みました。

2005/6/22



◆ことばの話2209「勝利の方程式」

系列のアナウンサー研修会に講師役で行くことになり、事前に参加者から質問を募ったところ、こんな質問が。
「『勝利の方程式』ということばがありますが、これって正しくは『勝利の法則』ではないでしょうか?」
ああ、そう言われれば、そんな気がしてきます。
Googleでネット検索してみると(6月23日)
「勝利の方程式」=3万8200件
「勝利の法則」=4640件

と、やはり「勝利の方程式」の方がよく使われているようです。
『新明解国語辞典』で「法則」「方程式」を引いてみると(例文は省略しました)、
「法則」=(1)一定の条件のもとでは常に成り立つものと考えられる、自然界の事物相互の関係。(2)自然界に見られる秩序。(3)守るべききまり
そして「方程式」の法はと言うと、
「方程式」=(1)(数学で)未知数(函数)または曲線・曲面などの上の点の座標が満たすべき条件を等式の形に表したもの。(2)(自然科学で)法則を等式の形に表したもの。(3)一類の同じような問題を解決・処理するのに有効な方法として定型化された一連の手順。
おお、この3番目の意味はまさに「勝利の方程式」に当てはまりますよね!例文は、
「販売戦略必勝の方程式を見事確立する」
というものでした!
ということで、これなら「方程式」を使ってもいいのかな、ということですよね。
野球担当の野村明大アナウンサーに、
「『勝利の方程式』って誰が言い出したの?」
と聞くと、なんとすんなりと、
「ああ、それは長嶋監督ですよ。たしか1993年、監督に復帰した年に、セットアッパーの橋本投手と、リリーフエースの石毛投手の継投で勝利に導いたところから、そういうふうに言っていたんだと思います。」
そ、そうだったのか!ちゃんと、「言いだしっぺ」がいたんだ!
だとしたら、このことば自体は、特におかしな言葉だとは言えないですよね。
ネットで検索したところ、こんな記述もありました。

『再び指揮を執った長嶋監督の「勝利の方程式」という言葉がこの年を象徴している。前年から抑えの石毛に加えて「セットアッパー役」に橋本が活躍。石毛はチームとしては角(すみ)以来12年ぶりにタイトル獲得。』

この年、石毛博史投手は、48試合に登板して6勝5敗30セーブ、防御率2,96。橋本清投手は、52試合に登板して6勝4敗3セーブ、防御率1,83。投球回数はそれぞれ67回、88回3分の1でした。
しかも、「方程式」の意味として、ちょうど当てはまるようなものが辞書にも載っているんですから、目くじら立てることはない、ということになるんではないでしょうか。
それにしても長嶋監督、あらためて、偉大ですねえ・・・・。
2005/6/23



◆ことばの話2208「土瓶蒸し」

以前Sアナと「土瓶蒸し」に関する話を、平成ことば事情1462「Sアナの疑問」を書きました。
「ドビン蒸しの容器って、何って言うんでしょうね?」
「このドビン蒸し、ドビンはどこに入ってるんでしょうね?」
という2つのエピソードだったわけですが、これを聞いて笑って入るだけではダメだ、なぜそんな間違いが起きたのかを考えたところ、実は「蒸し料理」の名前の付け方には3通りあるのではないかということに気づきました。つまり、次の3つの視点からの命名です。
(1)料理の入った容器
(2)具
(3)蒸し方・料理法
これに従って、「蒸し料理」を改めて見てみると、
<蒸し料理の名称>
(1)容器→「土瓶蒸し」「茶碗蒸し」など
(2)具→「マツタケ蒸し」「銀杏蒸し」など
(3)蒸し方・料理法→「酒蒸し」など

というようになるのではないでしょうか。
Sアナの場合「○○蒸し」という料理の「○○」は、(2)の「具」(だけ)だと思ったので、トンチンカンな答えになってしまったとうことですね。
2005/6/17



◆ことばの話2207「いい結果」

サッカー・ワールドカップのアジア最終予選、6月8日にタイのバンコクで日本は北朝鮮を2−0で下して、見事ドイツ大会への切符を手にしました。
その興奮がさめやらない6月9日、日本代表が帰国した時に、宮本キャプテン、そして小笠原選手の二人は、こういう言葉を口にしました。
「いい結果を残せるように頑張りたい」
と。これを聞いて思ったのは、以前であればこういった場面では、
「結果を出したい」
と言っていたのではないかということです。「結果を出す」という言葉は、私の記憶ではカズこと三浦知良選手がよく使っていたように思います。これは、平成ことば事情101「結果を出す」にも書きましたが。その後いろんな分野で「結果を出す」が使われてきました。おそらくこれまでであれば、宮本選手や小笠原選手のようなインタビューの場面では使われていた言葉ではないかと思ったのですが、出てきませんでした。代わりに使われたのが、「いい結果を残せるように」
だったのです。なんだか、時代の移り変わりを感じてしまったのでした・・・。
2005/6/17



◆ことばの話2206「ロシア戦勝60周年」

5月9日はロシアの「対ドイツ戦勝記念日」、しかもそれが60周年とのこと。5月8日から10日まで、モスクワでは「第二次世界大戦勝利60周年」の祝賀式典が、大々的に挙行されました。
日本の場合は「戦後50年」はひとつの節目として認識されましたが、「60年」は特に意識されていません。(この5月の時点では。その後、8月が近づくに連れて「戦後60年」と言われるようになって来ましたが。)それなのに、なぜロシアでは「60年」を節目としているのでしょうか?「還暦」と関係があるのでしょうか?と思った時にひらめいたのは、

「これはもしかしたら、60進法、もしくは12進法と関係あるのではないか?」

という考えです。
ネットの掲示板「ことば会議室」に、その疑問を書き込んだところ、「面独斎」さんが、
「いや、ロシアは戦後50年でも式典をやっている。60年だからということではなく、10年ごとにあるのではないのだろうか」
という主旨のお答えとともに、高知新聞の記事をネットで紹介してくださいました。そこには確かに「50周年の式典もモスクワで行われた」と記されていました。
たしかに「10年ごと」もあるのでしょうが、それにしても50年よりも60年の方が大々的な気がします。
その高知新聞の記事には、
「10年前の式典で軍事パレードには各国首脳も欠席した。ロシアがチェチェンの独立を抑える軍事介入を本格化させていたからだ。その情勢は大きく変わってはいない。エリツィン政権を継いだプーチン政権は、旧ソ連圏への影響力を失うまいと強権的な内外政策をとり続ける。」
というふうに書かれています。50周年の式典であるにも関らず、各国首脳は欠席したのですね。そしてチェチェンをめぐる情勢はその時と大きく変っていないにも関らず、今回の60周年は出席したのは、やはり50年より60年の方が重要視されているということとではないか?とさらに質問したところ、
主宰者の岡島明浩さんから、
「西洋人は、われわれ日本人に比して、半ダースである6に『ちょうどよさ』を感じるようである、というような文章を、昔読んだ記憶がある。鈴木孝夫だったか、外山滋比古だったか。『切手を買うとき、我々ならば五枚買うところを六枚買う』というような内容だったと思う。」
というご意見をいただき、さらに佐藤さんから、
「その文章は、柴田武先生の『切手の五枚と六枚』(『日本語を考える』所収)」
だと教えてもらいました。やっぱり、「6」や「12」に関係あるのか?
また、NISHIOさんからは
「洋食器は6客揃え、和食器は5客揃えが基本。奇数を吉とする陰陽思想の影響だろうか。仏教では『六』も重要な数のようだが。」
というご意見もいただきました。皆さん、ありがとうございます。
また、先月(5月)下旬、大阪・ミナミにあるロシア料理店に行ったときに、大阪弁の達者なお店の女性経営者に、「60に特別な意味があるのか?」と聞いたところ、返ってきた答えはこうでした。
「戦後50年、つまり1995年は、まだソ連が崩壊して間がなく、戦後50年を大々的に祝う『国としての体制』が整っていなかった。余裕がなかった。それから10年が経って、ようやく体制が整ってきたから、60周年は大々的なのではないか。」
うーん、そうなのか。でも、なんとなく「60」に深い意味が隠れていそうな・・・。
2005/6/20