◆ことばの話2190「いりまえ」

池田弥三郎さんの『郷愁の日本語〜市井のくらし〜』(あずさ書房、1980)という本を読んでいたら、ホウと思う言葉が出てきました。それは、
「いりまえ」
という言葉です。まず、お母さんの思い出を書いた「夏の食〜母の想い出から」というコラムの中で、
『(前略)居候のように、次男のわたしの処に身を寄せて、それなりに居着いて、入り前の十数年を、多摩川べりの、母から言えば、荏原郡玉川村の「田舎」ですごした。』(118ページ)
『つい四、五年前までは、そら豆をつくったり、なすをつくったりしていたが、それもいつかやめになってしまった。しみじみ、いりまえ(晩年)という日本の古語を感じさせられる。』(126ページ)
という2か所に出てきました。
『新明解国語辞典』『明鏡国語辞典』『岩波国語辞典』には、この言葉は載っていません。『新潮現代国語辞典』には、「入(り)前」は載っていましたが、意味は、
(1)収入
(2)入費

と、池田さんが使っている意味とは全然違いました。『広辞苑』の見出しにもありましたが、
(1)「いりまい(入米)」と同じ。
(2)ものいり。生活費。

とあって、やはり「晩年」という意味はありません。「入米」とは、
「(米の収入の意か)収入。みいり。訛って『入前』(いりまえ)ともいう。」
と『広辞苑』にありました。
『日本国語大辞典』にも「入前」は載っていましたが、やはり「いりまい(入米)の変化した語かという」とあって、「入米」には、
(1)江戸時代の小作料。入付米(いりつけまい)
(2)収入みいり。いりまえ。
(3)失費。ものいり。いりまえ。

とありますが、いずれも「入り」は「入ってくる(あるいは出て行く)お金」を意味しているようです。池田さんの「入り」は、「あの世」へ「入る」ということですから、そもそも意味が違いますよね。
Googleで検索すると(6月14日)、
「入り前、晩年」=81件
でした。ただ、一つ一つ見てみると、その全ては「中入り前」「プロ入り前」「Jリーグ入り前」などの言葉の一部で、純粋に池田さんの使う「入り前」の意味で使われているものはありませんでした。
もう、池田さんの「入り前」は、死語なのでしょうか。「入り前」ではなく、入ってしまっていると。死語(後)の世界に・・・。
2005/6/14



◆ことばの話2189「ナイジェリア人の苗字」

今年2月、奈良県でナイジェリア人の男が、付き合っていた日本人女性を殺害したとして逮捕されました。その男の名前は、
「アナシ・パキ・オディ容疑者」
でした。そして容疑者の名前が2回目以降に出て来る時には、
「オディ容疑者」
となっていました。その時に思ったのは「ナイジェリア人の苗字と名前の順番はどうなっているのか?」ということでした。インターネットで調べたのですが、答えは見つかりませんでした。それから約3か月。今日(5月6日)、そのナイジェリア人の男の初公判のニュースがありました。読売テレビでは、
「アナシ被告」
に変っているではありませんか。いつ変ったのでしょうか?誰もわかりません。今回は「アナシが苗字」という判断をしたのでしょう。その後見たNHKのお昼のニュースでも同じように「アナシ被告」と言っていたので、NHKも「アナシが苗字」と判断したのだと思います。じゃあ、「苗字+名前」という日本人と同じ順番なのでしょうかね。真ん中の「パキ」は「ミドルネーム」かな。報道のデスクに聞いてみると、
「たぶん、逮捕の時は『警察発表の読み方』に従い、今回の初公判では『起訴状に従った』のでしょう。起訴状では普通は苗字を呼びますから、『アナシ』というのが苗字なんじゃあないですかねえ。」
とのことでした。それにしても外国人の名前は難しいですねえ。国際化は、人の名前の読み方の多様性も教えてくれますが、どう読むのかは、なかなか教えてくれません。
外務省のホームページで、アフリカの国の基礎データをいくつか見てみると、こんな感じでした。
<アンゴラ>
Jose Eduardo dos Santos→ドス・サントス大統領、
Fernando Da Piedade Dias dos Santos→フェルナンド・ダ・ピエダーデ・ディアス・ドス・サントス首相
<ナイジェリア>
オルシェグン・オバサンジョ大統領→オバサンジョ大統領
<アルジェリア> 
アフメド・ウーヤヒア首相→ウーヤヒア内閣、ウーヤヒア首相
<カメルーン> 
ポール・ビヤ大統領(Paul BIYA)→ビヤ大統領
<ルワンダ> 
ポール・カガメ大統領→カガメ政権

これで見ると、後半の方が「苗字」のように思われますね。やはりアフリカも「名前+苗字」の順なのでしょうか。そう考えると、「アナシ被告」はおかしいと思うのですが・・・。
そうそう、タレントでおかしな外国人として人気の、「ボビー・オロゴン」は、ナイジェリア人だそうですが、どう考えても「ボビー」が名前で、「オロゴン」が苗字ですよね。とすると、「名前、苗字」の順だな。
2005/6/14
(追記)

2006年1月25日、そのボビー・オロゴンが、所属事務所で暴れて警察で事情聴取されるという事件が起きました。それを伝えた翌日26日の朝刊によると、

「オロゴンさん暴行容疑」(読売)、「ボビーさん”場外乱闘”」(毎日)、

『ボビーさん事務所で『K−1』」?」(朝日)

「オロゴンさん」と「ボビーさん」に分かれました。本文の中の名前を見てみると、ナイジェリア人タレント、

「ボビー・オロゴンさん=本名、オロゴン・カリム・アルハジ」

と書かれていました。ということは、芸名(?)というか通称の「ボビー・オロゴン」は、英語の並び順にあわせたもの、つまり私の場合だと「トシヒコ・ミチウラ」と言っているようなもので、ナイジェリアの名前の順番に合わせると、

「オロゴン・カリム・アルハジ」

のようですから、「オロゴン」が苗字、「カリム」がミドル・ネーム、「アルハジ」がファースト・ネームとなるのでしょう。ということは、ナイジェリアの苗字と名前の順番は、日本と同じ「苗字・(ミドルネーム)・名前」の順のようです。

ついでに、オロゴンさんと「戦った」相手で、鈴木宗男議員の元秘書で現在はコンゴ人タレントのムルアカ氏の名前は、

「ジョン・ムウェテ・ムルアカ」

と記されていました。苗字が後ろのようですが、これはコンゴ式なのでしょうか?それとも「ジョン」なんて英語っぽい名前だから、英語と同じ並び順にしているのでしょうか?コンゴの課題です。
2006/1/27

(追記2)

2008年4月11日の「ミヤネ屋」で紹介したニュースに、横須賀の米軍基地の、
「ナイジェリア国籍の米兵」
が、タクシー運転手を殺して逃げたという事件で逮捕された男の名前は、
「オラットウンボースン・ウグボグ容疑者」
で、2回目以降は、
「ウグボグ容疑者」
と読みました。おやおや、また今度は「名前+苗字」の順か。
2008/6/10



◆ことばの話2188「立ち込めると垂れ込める」

日本テレビの今野記者(キャスター)が、6月8日の「ニュースプラス1」で、ワールドカップアジア最終予選の対北朝鮮戦を前にした中継リポートの中で、
「スタジアム上空には、怪しい雲が立ち込めてきました」
と言っていました。しかしこれはおかしい。「雲」は「立ち込め」ません。「雲」は「垂れ込める」のです。
以前も書いたかもしれませんが、「立ち込める」のは「下から上」、一方の「垂れ込める」は「上から下」です。雲は明らかに「上から下」ですから、この場合には、
「怪しい雲が垂れ込めてきました」
とすべきところでしょう。
この話を新人アナの五十嵐竜馬君にしたところ、
「じゃあ、ドライアイスの煙は『立ち込める』ですか?それとも『垂れ込める』ですか?」
と聞いてきました。
ウグッ。
「そ、それは・・・最初は『垂れ込める』だけれども、それが充満してきたら『立ち込めた』状態になるということだよ。」
と答えると、
「ふーん、ややこしいんですねえ・・・」
君がややこしい質問をしなければ、別にややこしくないんだよ!
2005/6/8



◆ことばの話2187「咄嗟」

5月9日の読売新聞夕刊(大阪版)1面に、奈良の女児誘拐殺人事件で昨年末に逮捕された小林薫被告の裁判の記事が載っていました。その見出しは、
「咄嗟の殺意主張」
でした。この、
「咄嗟」
という漢字、読めますか、皆さん。もちろん、常用漢字表には載っていない、いわゆる「表外字」ですから、新聞では基本的にはこの漢字は使わないことになっているものです。
場合によっては読み仮名=ルビを付けて使うこともありますが。実際、この記事では見出しにはルビは振ってありませんが、本文中には、
「とっさ」
とルビが振ってありました。
報道フロアで、若いスタッフを中心に12人に聞いたところ、読めた人と読めなかった人は半々、6人・6人でした。間違って読んだ人のうち3人は、
「せっさ」
と読みました。「嗟」は、旁(つくり)が「差」だから「さ」と読めても、「咄」は「とっ」とは読めないですよねえ。しょうがないと思うな。読めた人でも、
「文脈から想像して読んだ」
という人が2人でした。
実はこの「咄嗟」、『新聞用語集』でも『読売スタイルブック2005』でも、「咄嗟→とっさ」と書き換える、というふうになっています。ほかの新聞は、朝日、毎日、日経はすべて、
「とっさ」
と平仮名で見出しを使っていました。産経は「咄嗟」も「とっさ」も使っていませんでした。読売新聞は、今回はなぜ例外なのでしょうか?とっさに「咄嗟」を使ってしまったのでしょうか?読売新聞東京本社の方に聞いても、
「驚いた。大阪のことはわからない」
とのこと。それだけ今、漢字を使うことに対して、世の中の抵抗がなくなってきているということの一つの表れなのではないでしょうかね。
2005/5/11



◆ことばの話2186「ファンドマネジャー」

5月16日のお昼のニュースでやっていた、納税番付。その全国トップの「サラリーマン」、清原さんの職業は、
「ファンドマネジャー」
と表記してありました。これを「NNNニュースダッシュ」(日本テレビ)の金子キャスターは、文字のとおり、
「マネジャー」
と読んでいました。また翌日(17日)「情報ツウ」(日本テレビ)で、松本しのぶアナウンサーも、
「マネジャー」
と言っていたのですが、VTRのナレーターは、字幕とは違い、
「マネージャー」
と言っていた。これは表記上は「−」が入るかどうかですが、アクセントは著しく変ってきます。我々の感覚では
「マネージャー」
の方が慣れていますが、『新聞用語集』で定めた外来語の表記では、
「マネジャー」
なのです。さあ、困った!
実は表記と違う読み方をしているカタカナ語はほかにもあります。たとえば、ハンバーガーなどの、
「ファストフード」
表記はこのとおりなのですが、実際に言う時も読む時も、皆さん、
「ファーストフード」
と伸ばしていっていませんか?また、書類などを送る機械の、
「ファクス」
これも、小さい「ッ」を入れて、
「ファックス」
と言っていませんか?もしかしたら、書く時もそのように書いているのではないでしょうか。
つまり、カタカナ語・外来語の一部に関しては、実際に発音している音と、文字としてかかれて物が違うという現状があるのです。
今回、ふだんは「マネージャー」と言っているものなのですが、「ファンドマネジャー」は比較的新しい職業であるために、文字通りに、
「マネジャー」
と読んだのではないでしょうか?「マネージャー」と伸ばすよりも「マネジャー」とした方が、頭にアクセントが来て、原音に近い発音にはなるのですが。
Google検索(6月2日)では、
「ファンドマネジャー」= 3万3300件
「ファンドマネージャー」=9万4900件
「マネジャー」= 149万件
「マネージャー」=375万件

で、「ファンドマネージャー」と「マネージャー」の伸ばす方が優勢でした。
もし、うちのアナウンス部で「ファンドマネジャー」と伸ばさないで読む人がいたら、私はきっと、こう言うでしょう。
「何の、マネじゃあー」
2005/6/2
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