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◆ことばの話2167「ほおとほほ2」
先日、系列のアナウンス責任者会議に出席した時に、出席者からこんな質問が出ました。
「ほっぺたの『頬(ほお)』のことを、『ほほ』と言うのも耳にしたり目にしたりするんですが、これはどちらが正しいんでしょうか?」
実はその少し前、新人用のアナウンス・テキストの見直しをしていた際に、発音練習の文の中に、
「ホホ」
というのが出てきたのです。検討をしていたアナと一緒に、これは「ホホか?ホオか?」を『新明解国語辞典』(三省堂)を引いて調べたところ、そこには、
「ほほ(頬)」=「ほお」の新しい言い方。
と載っていました。つまり本来は「ほお」だったのが、新しく「ほほ」という言い方が出てきて、それが定着しつつあるということですね。
なぜ、そうなったかについての私の考えは、まず、
「ほほえみ」
という言葉にカギがあるのではないかということです。「ほほえみ」は漢字で書くと、
「微笑み」
ですが、「微笑む」という仕草は、ニッコリと軽く笑みを浮かべる感じ。「笑み」は、ほっぺたにエクボが出来たり、頬の動きがポイントで特徴的です。そこで「ほほえみ」の「ほほ」が「頬」の読みとして取って代わり、
「頬笑み」
と解釈されて、
「頬」=「ほほ」
と認識されるようになったのではないでしょうか?
また、「ほお」という音、ローマ字で書く、
「HO−O」
ですから、「HO」を長音化して、
「ホー」
と言いがちです。すると、感嘆詞としての、
「ホー」
という感じになって、「頬」を表しているように聞こえない。そこで、「HO」の音を繰り返して「頬」の存在感を高めたいというような気持ちも込められて、「O」の前に繰り返して「H」を入れることで、
「ほほ」=「HOHO」
となったのかもしれません。同じ母音が続く場合には、後ろの方の母音をキッチリと言い直さないと、だらしない長音になってしまい、言葉の明瞭さが欠けるのです。
また、旧仮名遣いの「いふ」は、現代仮名遣いでは「いう」となることから逆に類推して、「ほお」の元の形は「ほほ」と考えてしまう人もいるのではないでしょうか。
それと、これは関係あるかどうか判りませんが、
「菜穂子」
という名前を「ナホコ」と読むか「ナオコ」と読ませるか、両方のケースがありますよね。そこからの類推で、「ホ」か「オ」かは、揺れているのではないでしょうか。つまり「ホオ」と読むのだけれども表記は「ほほ」とするのだと思っているとか、逆に「ほお」と書いても「ホホ」と読むと思っていたりとか。混乱していると思います。
先日購入した大塚愛の「黒毛和牛上塩タン焼680円」という曲のシングルCDのカップリング曲(レコードだとB面にあたるのか?)の「本マグロ中トロ三00円(緑色)」という曲の歌詞の中に、こんな一節がありました。
「ねえ 気づかないうちに あたしのほほはピンク色」
ここに出てきた「ほほ」は「頬」ですね。やはり若い人の間では「ほほ」という言い方がかなり浸透していると考えていいのでしょうかね。
『岩波国語辞典』『明鏡国語辞典』『日本語新辞典』『三省堂国語辞典』『日本国語大辞典』は、いずれも「ほほ」は空見出しで、「『ほお』を見よ」となっています。ただ、『新潮現代国語辞典』は、
「ほほ(頬)」=(現代語では「ほお」と「ほほ」の二種がある)
とした上で、「『ほお』を見よ」となっていました。「現代語では」ということは、もともとは「ほお」だが、今や「ほほ」も認めているということなのでしょうね。でも、うちのアナウンサーは「ほお」を使いましょう。
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2005/5/1 |
(追記)
「心の四季」(吉野弘・作詞、高田三郎・作曲)という合唱組曲の練習をしていたところ、1曲目の「風が」という曲の歌詞の中に、
「ほほ」
が出てきました。吉野弘の歌詞は、
「光が葡萄の丸い頬をみがく夏がそれだけ輝きを増す」
と、漢字で「頬」と書いてあったのですが、実際の楽譜では八分音符(♪)の上に、
「ほほをみがく」
と書いてあったのです。短いリズムで、もしこれを「ほおを」とすると「O」の母音が3つも続くことになり、せっかく刻んだリズムが崩れて、長音になってしまう恐れがあるからでしょうか?それで作曲の高田先生が「ほほ」として「H」の子音を発音させるようにされたのでしょうか?
高田三郎さんは、残念ながら既にお亡くなりになりましたが、今度、編曲者の須賀敬一さんにお会いすることがあったら、伺ってみたいと思います。グリークラブの先輩なので。 |
2005/6/23 |
(追記2)
アチャー!やってもた・・。平成ことば事情1592「ほおとほほ」(2004、2、15)で、おんなじネタを取り上げていました・・・・。
その時は「おもいっきりテレビ」のニュースコーナーで、大阪の女子学生が通り魔に「頬」を切られる事件を報じた久能さんは、
「ほほ」
と言ったのですが、字幕には、ひらがなで、
「ほお」
と出ていたというもの。「ほほ」「ほお」どっちが正しいか?日本新聞協会が出している『新聞用語集』を見ると、
「ほお」
となっていたと。『新明解国語辞典』もちゃんと引いていました。さらにほかの辞典も引いていました。
「『日本国語大辞典』で「ほほ」を引くと、「→ほお」となっていて、「ほお」を引くと、最初の所に(現在は「ほほ」とも)とありました。やはり時代の流れとしては「ほお」→「ほほ」なんですね。この「ほ」の用例として挙げられている10世紀終わりの『枕草子・一0九「見ぐるしきもの」』は、
「寝腫れて、ようせずは、ほほゆがみもしぬべし」
とあるので、表記は昔は「ほほ」だったのでしょう。
ということは、もともと「ほほ」と書いて「ほお」と読んでいたものが、言文一致で「ほお」と書くようになってから、過剰修正で「ほほ」と読むようになったのでしょうか?
「なほこ」と書いて「なおこ」と読んだり、「かほり」と書いて「かおり」と読んだりするケースとの関連はどうなのでしょうか。(平成ことば事情1514「シクラメンのかほり」参照)
さらに『日本国語大辞典』をよく読んでみると、「音」の歴史「音史」として、
「古くはホホ、平安後期以降はホヲからホオ、さらにホーとなり現代に至る。現在はホホ形にも。」
とありました。平安期には「ヲ」と「オ」の発音は違ったのですね。そう言えば「平成ことば事情1200『を』の発音」を読むと、『広辞苑』に「平安中期までは『を』と『お』の発音は異なった」と書いてありました。
「ホ」の発音は時代によって揺れている、ということが言えるのではないでしょうか。」
と、今回よりも突っ込んで辞書を読み込んでいました。えらい!でも、たった1年ちょっとでそれをコロっと忘れるなんて・・・アホッ! |
2005/6/28 |
(追記3)
もう一つ、『丸谷才一の日本語相談』(朝日新聞社)を読んでいたら、「丁寧はテイネイかテーネーか」という項に、こんな記述が。
「わりに言はれていないことですが、発音は字で書けるとは限らない。小学唱歌に『埴生の宿』といふのがありますが、あの『埴生』は本当はハニフとハニウのあひだでせう。ハニューはをかしい。『頬紅』はホホベニとホオベニの中間。ホーベニはをかしい。」
とありました。
発音の面でも、「ホホ」と「ホオ」の中間と考えている方もいらっしゃるということですね。
もう一つ、『丸谷才一の日本語相談』(朝日新聞社)を読んでいたら、「丁寧はテイネイかテーネーか」という項に、こんな記述が。
「わりに言はれていないことですが、発音は字で書けるとは限らない。小学唱歌に『埴生の宿』といふのがありますが、あの『埴生』は本当はハニフとハニウのあひだでせう。ハニューはをかしい。『頬紅』はホホベニとホオベニの中間。ホーベニはをかしい。」
とありました。
発音の面でも、「ホホ」と「ホオ」の中間と考えている方もいらっしゃるということですね。 |
2005/6/28 |
(追記4)
昔は「ほほ」と書いて「ほお」と読んでいた。こういった音のことを
「ハ行転呼音」
と呼ぶそうです。「うるはし」が「うるわし」、「買ふ」が「かう」というように、語中・語尾のハ行の音節が他の行で発音されるようになった現象をいうとのこと。もとの発音から転じて他の音に変わったことを「転呼」と言うのだそうです。「ハ行転呼」の現象は、平安時代後期には完了したそうです。 |
2005/7/14 |
(追記5)
角田光代『キッドナップ・ツアー』(新潮文庫)の中では、
「ほほ」
が出てきました。
「でもなぜかおとうさんの背中にほほをくっつけて」(177ページ)
というものです。
これは2006年の7月に書きかけていたものです。そのまま、ほったらかしになっていました。その間に新しい「ほほ」を見つけました。
歌手の城みちるが、1月6日のNHK−BSで「イルカに乗った少年」という往年のヒット曲を歌っていましたが、その中に
「ホーラごらんよ 吹く風も 静かに頬(ほほ)をなでるだろう」(だったと思う)
という部分で「ほほ」が出てきました。
2007/1/8 |
(追記6)
「スピッツ」のアルバム『ハチミツ』の中の『ロビンソン』を聞いていたら、歌詞の中に、
「片隅に捨てられて 呼吸をやめない猫も
どこか似ているので 抱き上げて 無理矢理に頬よせるよ」
と「頬」が出てきましたが、歌っている歌詞は、
「ほほ」
でした。それにしてもこのアルバム、もう10年前のものなんですねぇ・・・つい2、3年前の感覚でいたのに・・・。
2007/5/23 |