◆ことばの話2135「イネのタネまき」

3月某日、お昼過ぎ、静岡第一テレビのMさんから電話がありました。
「あのお、『イネのタネまき』って、言いますかねえ・・・」
ふだんあまり農業関連のニュース原稿を読んだことがない私、イネと言えば、
「田植え」「稲刈り」
ぐらいしか思い浮かびませんが、「イネのタネまき」はなんだかおかしい。
「え?イネのタネですか?・・・普通イネは『モミ』って言うのでは?」
「そうなんですが・・・・でも農家の方が『イネのタネまきだ』と言うと、記者が言うものですから、ついさっきのお昼のニュースで、それを許しちゃったんですけど・・・。」
「うーん、もしかしたら『タネもみ』のことを略して『タネ』と農家の方は言っているのかもしれませんね。ほら、『タネイモ』ってあるでしょう、あれを略して『タネ』と言うように(言うのかな)、イネのモミを『タネ』と呼んでいるのかもしれませんね。でももし、そうだとしても、放送でその言葉を扱う場合には、専門用語・業界用語をそのまま使うのではなくて、普通の言い方・わかりやすい言い方・違和感のない言い方に直して言う必要がありますね。そう考えると、『イネのモミまき』と言った方が、原稿の場合は良いのではないでしょうか。」
「やっぱり・・・でも農家の方がそう言っているインタビューの『音生かし』なんかは、どうしたらいいでしょうねえ・・」
「うーん、その場合は、字幕でその発言をフォローして、『イネのタネまき(モミまき)』というふうにして、『農家の人たちは「タネまき」と言っているが、「タネ」とは一般的に言うところの「モミ」なんですよ』と視聴者にわかるように提示すればどうでしょうか?」
「なるほど。わかりました!」
ということで、一件落着。
でも、毎年同じように季節のニュースを読んでいても、いろいろとわからないことって出てくるもんですね。誰かが「疑問のタネ」をまいているのでははないかしら?
そんなことを書いた翌日の4月8日の各紙朝刊に、天皇陛下が皇居内の苗代に稲の種もみまきをされたという記事が出ました。
「陛下、種もみを苗代にまかれる」(産経)
「天皇陛下がもみまき」(日経)
「天皇陛下が種もみまき」(読売)
という見出し。本文を見ると、
「うるち米ともち米の種もみをまかれた」(産経)
「稲の種もみをまかれた」(日経)
「稲のたねもみまきをされた」(読売)
ということでした。やはり正確には「種もみまき」、略すと普通は「もみまき」。でも農家は「種まき」なのかもしれません。
2005/4/8

(追記)

ほぼ1年ぶりの追記です。
2006年4月12日の読売朝刊に載っていたベタ記事に、
「天皇陛は11日、皇居内の苗代で、恒例の稲の種もみまきをされた。種もみはうるち米の…20区画の苗床に150粒ずつを丁寧にまかれた。」
とありました。ここでは、
「種もみまき」
という言葉を使っていました。お、上に自分で書いたものをよく読むと、1年前は4月7日に、天皇陛下は「種もみまき」をされていたではないか。それに比べると今年は4日、遅いんですね。
2006/4/13


◆ことばの話2134「おはつ!」

アナウンス部のアルバイトのYさんが髪を切ってきました。Mアナウンサーもちょうど髪を切ったところだったので、
「おそろいだねー」
などと話していました。それを見た私が、
「おはつー!」
と言ったところ、二人ともキョトンとしています。
「なんですか?それ?」
「え?言わへんかった?散髪した翌日に学校行くと、『おはつー!』って言って頭叩かれたりせえへんかった?」
「・・・初めて聞きました、そんなの。道浦さんだけじゃないですか?」
「そんなことないやろ。ネットで検索してみよか?」
で、「おはつ、散髪」でGOOLE検索してみると(4月7日)、1750件出てきました。やっぱりボクだけじゃなかったよ!でも、なかにはネット掲示板特有(?)のあいさつ「おはつです」「おはつ!」なども含まれているので、実際はもっと少ないでしょうが。それとやはり「地域性」があるようです。関西に特有なのかな。ウェブで見ても神戸、京都、大阪あたりでしか使われてないようですねえ。それも、比較的年配の方が記しているような・・・。私も小学生から中学生ぐらいの頃ですから、昭和40年代ですねえ。ということは関西でも、最近の子供たちは「おはつー!」ってやってないのでしょうか。ちょっとさびしいなぁ・・・・。
牧村史陽さんの『大阪ことば事典』では、「お初」は「オハツゥ」の見出しで載っていますが、意味は、
「仏前などに最初に供えるもの。」
とあります。もしかしたら、昔の男の子の散髪は、いわゆる「坊主刈り」だったので、その頭がお坊さんのようなので、『大阪ことば事典』にあるように「仏前に最初に供える」という意味で「おはつ」だったのかなと、今ふと思ったのでした。

2005/4/7


◆ことばの話2133「買い物かご」

マンガ雑誌の『ビッグコミック・スピリッツ』の3月7日号を読んでいると、吉田戦車さんの「殴るぞ」という4コママンガでネット・ショッピングをテーマにしたもので、
「買い物かごに入れるな!」
という言葉が出てきました。この「買い物かご」というのは、スーパーに置いてあるものでもサザエさんが腕にかけているものでもなく、インターネット上のバーチャルな物です。インターネット・ショッピングではよく出てきますね。自分が欲しい商品を入れるところは本物と同じですが、ネット上では英語表現で、
「カート」
とも言いましたね。
インターネット・ショッピングと言うと、便利だと思うけど、用語も横文字が多くて何となく縁遠い感じが・・・というような人でも、「買い物かご」というと何だか身近な感じがするような気がします。そういう意味ではうまいネーミングだと思います。
「買い物かご、インターネット、ショッピング」という3つのキーワードでGOOGLE検索したら(4月7日)、
「182万件」
出てきました。ちなみに、「カート、インターネット、ショッピング」で検索すると(4月7日)、
「97万4000件」
でした。ともに大変よく使われていますね。国語辞典にも、是非早く載せて欲しいと思います。
2005/4/7


◆ことばの話2132「ヨハネパウロ2世」

4月2日午後9時37分(日本時間の3日午前4時37分)、ローマ法王、ヨハネ・パウロ2世が亡くなりました。その葬儀は、日本時間の4月8日の午後5時から、全世界の要人が集まり、しめやかに営まれました。
さて、そのローマ法王の名前の読み方ですが、NHKとテレビ朝日は、
「ヨハネ(HLL)・パウロ(HLL)2世」
と区切って、ヨハネとパウロをそれぞれ頭高アクセントで読んでいました。私は、もうコンパウンドして、
「ヨハネパウロ(LHHHLL)2世」
と読んでしまいましたが、日本テレビの男性キャスターも
「ヨハネ(HLL)・パウロ(HLL)」
と頭高アクセントでした。どうも趨勢は、区切る方向のようです。
ただ、現地・バチカンから中継リポートしていた日本テレビの矢島さんという女性特派員は、私と同じく、
「ヨハネパウロ(LHHHLL)」
とコンパウンドしていました。
ところで、アメリカのCNNやABCの放送を聞いていると、アメリカでは、このローマ法王のことを、
「ジョン・ポール・セコンド」
と呼んでいるようです。「ヨハネ」は「ジョン」(「ジャン」のようにも聞こえたのですが)、「パウロ」は「ポール」。英語だとそうなるのですね。
英語だと、音楽家の「バッハ」も「バック」になったりしているようですが、「現地音のカタカナ語訳」に慣れているわれわれ日本人にとっては、なんだか別人のことを言っているように思えます。そういえば、高校の世界史の授業の時に、同じ人の呼び方が、国によって変わって、ややこしいなあと思ったのを思い出しました。
「ジョン・ポール2世」かあ・・・ご冥福をお祈りします。

2005/4/8

(追記)

4月9日の「ズームインサタデー」キャスターの矢島学アナ、それに読売テレビから日本テレビに出向している小島美穂キャスターがそろって、
「ヨハネパウロ(LHHHLL)」
とコンパウンドして読んでいました。

2005/4/10


◆ことばの話2131「メートルが上がる」

去年(2004年)11月24日の日経新聞夕刊、「プロムナード」のコーナーに仏文学者の野崎歓さんが書いたコラム「ワインに入門したころ」。この中で野崎さんは、
「あのころは毎晩一瓶飲んでいたのだから、元々アルコールに強くない人間としてはずいぶん『メートルが上がった』ものだ(死語か?)」
と書いています。この「メートルが上がる」という言葉、
ええ、死語ですとも!
若い者は知りゃしませんって。私も普通には使ったことありません。『新明解国語辞典』には、「メートルを上げる」という言葉で載っていて、意味は、
「俗に、酒を(たくさん)飲んで勢いづく」
と書かれています。
GOOGLE検索(4月1日)では、
「メートルが上がる」=157件
しかありませんでした。
そもそも「メートル」というのは、メートル法の導入で日本に入ってきたのでしょう?昭和33年かな。それよりも前にもこんな表現はあったのだろうか?「尺が上がる」といった言い方があったの?何が上がるんでしょうか?不思議な言葉ですねえ。でも、私も時々メートル上げています。

2005/4/1

(追記)

ご常連、川崎市の西尾さんからまたメールをいただきました。それによると、
「メートルが上がる」という表現に出てくる「メートル」は、「メートル法のメートル」ではなく、「計器のメーター(の目盛り)」のこと』である
というのです。西尾さんによるとまず、大槻文彦『新編・大言海』の「メエトル」の(2)に、
*「メエトル」(名)[米|米突]〔佛蘭西語、Metre.〕
(2)瓦斯、電氣ナドノ計量器ノ俗稱。「めえとるヲ計ル」めえとるノ故障」
  めえとるを上げるトハ、コレヨリ転ジタル語ナラム、即チ、熱ヲ吹ク、
  氣焔ヲ吐クナド云フ意。

とあるほか、『日本俗語大辞典』(米川明彦)にも、
*「メートルがあがる(メートルを上げる)」[句](メートル」は仏語 me`tre)
 「メートルを上げる」の自動詞形。
 気炎が上がる。意気が上がる。酒を盛んに飲む。
*「メートルをあげる(メートルを上げる)」[句](メートル」は仏語 me`tre)
(1)メートルは計量器のことで、目盛りがついており、液体の体積を測った。
  この目盛りが上ることから、「気炎を上げる」の言い換えとして「メー
  トルが上る」ができた。意気盛んに話す。また、酒を飲んで気炎を
  吐く。
(2)酒を盛んに飲む。

と載っていて、『日本俗語大辞典』には、「メートルが下がる」「メートルを下げる」も載っています。「メートルを上げる」の用例としては、
『校歌ロオマンス』三高、同志社、高工<出口競>(1916年)「三高の生徒は吉田町の寵児である。ミルクホオルでメヱトルを上げる」、『ボクの学生時代』焼芋堂(1918年)<池部鈞>「其処は我々の倶楽部でもあった、治外法権とでも云ふのだらう、盛にメートルを上げたものだ」
という大正時代の例が載っています。そのぐらいに時期からあった表現なのですね。
また、西尾さんは「メートル法の導入が昭和33年というのは誤り」として、
『幕末期にはオランダ経由で既に伝来。明治維新後の欧米技術の導入に伴って一部の分野ではメートル法やヤードポンド法が使用されていました。また、明治19年には「メートル条約」に加入、同23年に「メートル原器」を入手、翌24年制定の「度量衡法」では尺貫法を基本としつつメートル法も公認しています。さらに、大正10年4月11日公布の改正度量衡法により「メートル法単一制」を採用。(「メートル法記念日」はこの日を記念したものです)とは言うものの、特定の業種について10年〜20年の実施猶予期間が設けられていたこともあってメートル法への移行はなかなか進まず、昭和初期のメートル法反対運動など紆余曲折の末、昭和14年の勅令により「尺貫法・ヤードポンド法の併用期間を土地・建物については当分の間、その他については昭和33年12月31日までとする」と決められました。戦後に制定された「計量法」でも併用期間がそのまま継承されていましたが、ようやく期限が切れて、尺貫法禁止・メートル法完全実施となったのが昭和34年ということです。なお、土地・建物取引での尺貫法禁止は昭和41年のことでした。』
と詳しくご教示くださいました。ありがとうございました。

2005/4/8
(追記2)

4年半ぶりの追記です。
ナンシー関『何を根拠に』(角川文庫)を読んでいたら60ページに「メートルを上げた」が出てきました。
「第一試合から徐々にメートルを上げた私たちは、すぐ隣にあったとはいえロイヤルボックスの中に入り込んでしまったのだ。」
国技館でのプロレス観戦の際に、関さんらは(ナンシーさんらは?)「メートルを上げた」のだそうです。お酒飲んでないのに?しらふでもメートルは上げられるものでしょうか?
聞いてみたくても、関さん、もう7年も前に亡くなっているからなあ・・・。
2009/11/25
 
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